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【ニュース】特別支援学校の教材を製品化したい!クラウドファンディングの取り組みが開始Upload By 発達ナビニュース道具で発達を支援する「トビラコ」は、発達に凸凹がある子どもを支援するツールをセレクトし、ネットで販売しています。今回、トビラコは、筑波大学附属大塚特別支援学校で先生が手づくりし活用していた教材を製品化しようとしています。それは、「特別支援学校で使われる教材こそ、質が高く、きちんとしたエビデンスが必要で、子どもが手にとりたくなるデザインであることが大切」だと考えているからです。Upload By 発達ナビニュース現在、この製品化への応援を、クラウドファンディングで募っているそう。目標金額は100万円!教材についてや、子どもたちが教材を使うことでどんな変化があったかなど、詳しくはこちら↓で紹介しています。トビラコ【映画】ダコタ・ファニングが自閉症の女の子を演じる「500ページの夢の束」Upload By 発達ナビニュースダコタ・ファニングが演じる自閉症のある少女ウェンディは「スター・トレック」が大好きでその知識なら誰にだって負けない。そんな彼女が「スター・トレック」の脚本コンテストに応募するためハリウッドまで旅に出るストーリーです。人生の目標のために、つまずきながらも彼女なりの一歩を踏み出す姿に勇気と感動をもらえます!【公開日】9月7日(金)【上映】東京・新宿ピカデリーほかで全国ロードショー※東京・大阪で各1回ずつ、視覚や聴覚などに過敏さをもつ人のための、センサーフレンドリーな上映も予定だそう。ページの夢の束 | キノフィルム【イベント】絵本ではじめてクラシック「そらコンサート」(東京都)Upload By 発達ナビニュースじっとしてなくても、大丈夫!第6回をむかえる「そらコンサート」は、親子で安心して音楽が楽しめます。ゆったりとした空間の中で絵本や手遊びを使って上質なクラシックデビューをしてみませんか?また「そらマーケット」も同時開催。不要になった絵本を使った無料のお買い物体験です。おもちゃのお金を使ったお買い物の練習もできます。Upload By 発達ナビニュース【対象】新生児~小学生(特に3~6歳程度)の子どもとその保護者の方【日時】10月13日(土) 10:15~11:30 (10:00受付開始)【場所】三茶しゃれなあどホール(世田谷区太子堂2-16-7 5階)【参加費】大人:1000円 / 小学生以下お子様:無料【申し込み】下記URLからお申し込みください【イベント】「第11回 日本フリースクール大会」(東京都)出典 : 不登校の子どもが通うイメージの「フリースクール」ですが、実は既存の学校とは違う、子ども中心の学びの場となっています。このイベントの1日目には「フリースクール」がどんな理念のもと、どのように活動しているのかを知り、不登校の子どもたちに必要な支援を考えるきっかけや、実際にフリースクールに通う子どもたちの声が聞けます。2日目では「学びとは何か」「フリースクールと進路」「世界のフリースクールとホームエデュケーション」「フリースクールのつくり方と運営」「適応指導教室との連携」「実践交流『他のフリースクールではどうなの?』」の6つのテーマにそってディスカッションを行ったり、子どもの多様な学びを考えるワークショップが開催されます。【日時】9月22日(土)13:00~16:30、23日(日)10:00~16:15【場所】東洋大学白山キャンパス(都営地下鉄三田線「白山」駅A1出口徒歩5分)【参加費】両日参加:8000円(9/14までの申込み&振込で6000円)、1日参加:5000円【内容】■9月22日(土)・基調講演「フリースクールとは何か」奥地圭子さん(NPO法人フリースクール全国ネットワーク代表理事、東京シューレ代表)・子どもシンポジウム「学校に行かなかったワケ、フリースクールに行ったワケ」司会:江川和弥さん(寺子屋方丈舎代表)、シンポジスト:フリースクールに通う子ども数名■9月23日(日)・テーマ別分科会・ワークショップ「子どもの多様な学びをつくろう」【申し込み】<氏名><お立場またはご所属><連絡先(電子メールまたは電話番号、FAX番号)><参加希望日程>をご明記のうえ、下記の電子メールまたはFAX・郵送にてお申し込みください。【問い合わせ】NPO法人フリースクール全国ネットワークTEL 03-5924-0525 E-mail:info@freeschoolnetwork.jp第11回日本フリースクール大会 | NPO法人フリースクール全国ネットワーク【イベント】「障がい者とその家族のための年金教室」(東京都)出典 : 障害年金の基本について、専門家である社会保険労務士の方がわかりやすい資料を用いて解説してくれる勉強会です。なかなか理解しようとしても難しい障害年金ですが、個別相談の時間も設けられ疑問が解消できる機会になっています。関心のある方、お困りの方は足を運んでみてはいかがでしょうか。【日時】9月17日(月・祝) 13:00~16:30 (12:30~開場)【場所】練馬区立区民・産業プラザ研修室1 (練馬区練馬1-17-1 Coconeri 3階)【参加費】障害者の方とその家族は無料(社労士などその他の方は、1000円)【内容】・当事者からのお話:東久留米市市議会議員 宮川豊史 さん・個別相談コーナー(申込み時に予約必須)【申し込み】電話・メールにて担当者までご連絡ください【問い合わせ】たまごの会年金教室担当:社会保険労務士 石井良美携帯:080-4953-2911 メール:nenkin.up@gmail.com
2018年09月03日福祉避難所とは福祉避難所とは、一般の避難所での生活が困難であったり、配慮が必要な高齢者や障害のある方のための避難所です。平成28年時点で全国に2万185施設が設置されています。災害時、自宅が倒壊したり危険な状態にあるときに、一定の期間、避難所での生活を余儀なくされる場合があります。ただでさえ災害に見舞われた恐怖や慌ただしさの中で避難所では不安な状況にありますが、障害がある方、持病をお持ちの方やお年寄り、妊娠されている方などはより一層困難な状況におかれます。福祉避難所では、そのような配慮を必要とする方々が避難し、円滑な施設の利用や、助言や支援を受ける体制を整え、適切な生活環境の確保を目指しています。内閣府令で定める基準は、次の通り(災害対策基本法施行規則第1条の9)。・ 高齢者、障害者、乳幼児その他の特に配慮を要する者(以下この条 において「要配慮者」という。)の円滑な利用を確保するための措置が講じられていること。・ 災害が発生した場合において要配慮者が相談し、又は助言その他の支援を受けることができる体制が整備されること。・ 災害が発生した場合において主として要配慮者を滞在させるために必要な居室が可能な限り確保されること。出典:平成28年度避難所における被災者支援に関する事例等報告書|内閣府福祉避難所の対象の人は?福祉避難所の利用対象者は「要配慮者」とされています。実際にどのような人が当てはまるのか詳しくみていきましょう。以下が内閣府による要配慮者の定義です。「災害時において、高齢者、障害者、乳幼児その他の特に配慮を要する者」(災害対策基本法第8条第2項第15号)「その他の特に配慮を要する者」は、一般的な避難所での生活では支障をきたしてしまい、何らかの配慮が必要となる方を指します。つまり、福祉避難所を利用することができることになるのは以下のような方です。・障害のある方(身体障害者、知的障害者、精神障害者)・高齢者・妊産婦・乳幼児・難病患者・傷病者また、内閣府の示すガイドラインによると、要配慮者の家族も同行することが可能であるとしています。ただし、避難所の運営は民間企業やNPO、ボランティア団体などが指定管理者となり、自治体主体で行われています。そのことから、それぞれの地域で異なる決まりがなされている場合もあります。お住まいの地区がどのような対応をしているのか事前に確認しておくことが重要です。どんな場所が福祉避難所になるのか?出典 : 困りごとのある方々を受け入れる福祉避難所の候補となる場所は、「バリアフリー」であり「支援者をより確保しやすい」ところです。この2つのポイントに重きを置いてみると、以下のような施設が想定されます。・一般の避難所となっている施設(小・中学校、公民館等)・老人福祉施設 (デイサービスセンター、小規模多機能施設、老人福祉センター等)・障害者支援施設等の施設(公共・民間)・児童福祉施設(保育所等)、保健センター、特別支援学校・宿泊施設(公共・民間)市区町村などの自治体はこれらの施設の設備や、そこで支援を行うことのできる人材などの状況をあらかじめ情報収集し、福祉避難所として活用できるように準備しています。要支援者の災害時の避難所での困難とは?出典 : 避難生活は、多くの方にとってストレスフルと言えますが、要支援者の方々はさらに困難を感じがちです。特に一見障害があるとわかりにくい方は、困りごとが理解されにくく窮屈な思いをしたり、過度なストレスを感じてしまうこともあります。さらに、一般の避難所での生活が困難であることから自宅避難や車中泊に切り替える方もいます。そのため、支援物資などが行き渡らないなどの問題や、狭い場所での寝泊まりでエコノミークラス症候群などのリスクも高まります。福祉避難所では支援を必要とする人、困りごとのある人が適切な施設の利用や配慮を受けられるように開設されます。福祉避難所の課題福祉避難所に関しては、住民に周知されていない、支援者側の人手不足、施設入所者以外の困りごとの把握が困難であること、などの問題も指摘されています。熊本地震では想定よりも少ない開設数と利用者数になってしまいました。住民への福祉避難所についての周知に関しては、26.5%の自治体が行っていない現状があります。周知することが困難である理由として、内閣府の調査によると・二次避難所としての位置づけだが、受け入れる体制が整う前に直接避難してきてしまう可能性がある(支援者側も被災することや、福祉施設などでは通常運営と並行して行われることなどによる人員不足)・要支援者が対象だが、一般の人が直接避難してきてしまう恐れがあるの2つが大きな課題としてあげられていました。出典:平成28年熊本地震における福祉避難所での要配慮者の受入状況出典:指定避難所等における良好な生活環境を確保するための推進策検討調査報告書|内閣府(防災担当)そのため、事前に要支援者の大まかな人数の把握や事前通知、避難所でスクリーニングを行い要支援者を把握して二次避難所として福祉避難所を提供するなどの対応が検討されています。ただし先述のとおり、避難所の開設の流れは国で統一せず市区町村など自治体により異なるため、自分の住む地域の周知が不十分であったり、他の地域とは異なっていたりする可能性もあります。事前に自分はどこの避難所に行き、どのように福祉避難所にたどり着けばよいのかを確認することが必要です。避難までのステップ福祉避難所の利用の仕方を調べる場合、お住まいの地域の市区町村のホームページを検索し、防災・災害時に関するページから情報を得たり、「地域名避難」などで検索してみてください。もしも情報の記載がなかったり、不十分であった場合は市区町村の福祉課や防災課に問い合わせを行うなどして、いざというときの行動をイメージできるようにしましょう。ここでは、発達障害のある方が避難する場合の一般的な流れを紹介します。ただし、命を守る緊急の避難を終えた後に、避難所での生活を余儀なくされた場合についてです。それぞれの災害における緊急の避難は、命を最優先に避難勧告や指示に従いましょう。状況によって判断できるようにあらかじめ準備をしてみてください。命の安全が確保された後自宅での生活が困難な場合、まず最初は市区町村などから指定された避難所に移動しましょう。次に指定された避難所では多くの人が集まるため、その場で生活することが困難になってしまう場合に、その避難所内(もしくは近く)に設置される福祉避難室への移動を相談しましょう。ここでは専門性の高いサービスなどは必要ではないが、配慮を必要としている要支援者の方が生活できます。しかし、福祉避難室での生活が困難な人もいます。二次避難所である福祉避難所の利用が必要な人たちは、受け入れ側の体制が整い次第、福祉避難所へ移動することが可能となります。細かな指示や流れは自治体ごとに異なるため、必ず事前に確認をしておきましょう。Upload By 発達ナビ編集部準備しておくべきこと・もの出典 : 避難のイメージをつけると同時に、防災用品の準備も大切です。ここでは発達障害のあるお子さんのいるご家庭向けに一般の防災グッズに合わせて、特に準備したいものについてまとめました!・常備薬とその説明書・ヘルプマーク、ヘルプカード、サポートブックなど・偏食があっても食べられる飲食物・耳栓、アイマスク、簡易トイレなど、苦手なもの対策・いつも使っていて安心できるもの(毛布、ぬいぐるみ、ゲームなど)・家族での防災マニュアルなどリタリコではお子さんにどのような困りごとがあり、どのように接してほしいかを書くことのできる「サポートブック」を配布しています。また、目に見えない困難がある人のためのヘルプマークについての記事も載せているので参照してみてください。サポートブックテンプレート|LITALICOジュニアさらに、発達障害のあるお子さんが、いつもと違う場所や行動をすることでパニックになってしまわないためにも、平常時に避難の予行演習などに積極的に参加したり、予習として実際に足を運んでみることもよりスムーズな避難のために大切なことです。まとめ出典 : 災害などのもしもの時に、困りごとがあり配慮が必要であるなど、災害時の避難所での生活を不安に思われている方は特に、お住まいの地域の福祉避難所の利用をご検討ください。また、避難の流れや防災用品の準備に加えて、もしもの時にどのように行動するのか、防災の日をよい機会に、ご家族で話し合ってみてはいかがでしょうか。
2018年08月31日高次脳機能障害とは人は、周囲にあるものを見たり聞いたりして情報を得て、これまでの経験も踏まえながら考え、行動をしています。このような脳の働きを、高次脳機能または認知機能と言います。病気やけがなどによって、この脳の機能がうまく働かなくなった状態を認知障害と言います。高次脳機能障害は、そのうちの一つです。高次脳機能障害を起こす主な原因は、脳梗塞などの脳血管疾患や、事故による頭部外傷、窒息などで起こる低酸素脳症、脳炎、脳腫瘍の手術後などがあげられます。これらの病気やけがの後遺症として、高次脳機能障害が起きるのです。高次脳機能障害の主な症状出典 : 高次脳機能障害には、主に「記憶障害」「注意障害」「遂行機能障害」「社会行動障害」の4つの症状があります。それぞれ詳しく解説していきましょう。記憶障害は、物事を覚えられなくなったり、覚えていたことを忘れてしまったりする状態(=健忘)のことを言います。この健忘には主に2種類あります。・前向性健忘:脳に障害を負った時点から後に新しい物事を覚えられなくなる状態。受傷から時間が経っていくと、受傷時に近い記憶ほど思い出せなくなる。・逆向性健忘:脳に障害を負った時点より前のことを思い出せなくなる状態。昔のことほど思い出すことができ、受傷時に近い日の記憶は思い出せない。軽度であれば、部分的に記憶は維持されており、複雑な出来事でも思い出すことができます。中等度だと、古い記憶や学習したことは思い出せるものの、複雑な記憶や新しい出来事は思い出しにくくなります。重度になると、前向性健忘と逆向性健忘のどちらも起こり、ほぼ全ての記憶に影響が出てしまいます。人は、日常生活においてさまざまな情報を選択して注意を向けたり、同時に複数のことに注意をしたりしながら、行動しています。この注意に関する機能が障害されるのが、注意障害です。注意障害には、以下の2つがあります。・全般性注意障害:注意を向けるものを選ぶ「選択機能」、向けた注意を維持する「維持機能」、いったん向けた注意を別のものへ移す「転換機能」、複数のものへうまく注意を振り分ける「配分機能」を全般性注意と呼びます。これらが障害され、注意散漫になったり集中力が保てなくなったりする状態です。・方向性注意障害:損傷を受けた脳の反対側の空間のみ注意を向けられなくなった状態です。左側の半側空間無視が多く、左側にあるものを認識できず、食事時に右側にあるものだけを食べたり、絵を描いても右側しか描かなかったりします。このほか、一度に1つのものにしか注意が向けられない「同時失認」もありますが、比較的珍しい症状とされています。遂行機能障害は、物事の計画を立てて、その通りに行動することが難しくなる状態を言います。人は何かをするときに、頭の中でその順序を決めたり、必要なものを準備したりすることができます。しかし、この遂行機能が障害されると、物事を達成するのに何が必要なのか、何をすればいいのか、その順番の組み立てはどうするのか、などの判断が難しくなってしまいます。マニュアルや工程表などがあれば、その通りに実行するのは可能です。ただし、イレギュラーなことが起きたときに、再度その場で計画を立て直すということができないので、臨機応変な対応は難しくなります。社会的行動障害にはさまざまな症状がありますが、それらによって社会的生活を営むことが難しくなる状態を言います。中でも代表的な5つの状態について説明します。・対人技能拙劣(せつれつ):相手の気持ちや立場を配慮することができず、人間関係をうまく築けない。・依存性、退行:まわりの人を頼る傾向が強くなったり、子どもっぽくなったりする。・意欲、発動性の低下:運動障害や精神的なうつ状態がないのに、自発的に何かをしようとしなくなる。・固執:一つの物事に対してこだわりが強くなる。・感情コントロールの低下:すぐに怒り出したり、暴力的になったりする。そのほか、気分が落ち込んでしまう抑うつや、性的逸脱行為、食欲や物欲などを抑えられない欲求コントロールの低下などが起きることもあります。高次脳機能障害の診断基準出典 : 国立障害者リハビリテーションセンターが作成した行政上のガイドラインでは、以下のように高次脳機能障害の診断基準が定められています。Ⅰ.主要症状等1.脳の器質的病変の原因となる事故による受傷や疾病の発症の事実が確認されている。2.現在、日常生活または社会生活に制約があり、その主たる原因が記憶障害、注意障害、遂行機能障害、社会的行動障害などの認知障害である。Ⅱ.検査所見MRI、CT、脳波などにより認知障害の原因と考えられる脳の器質的病変の存在が確認されているか、あるいは診断書により脳の器質的病変が存在したと確認できる。Ⅲ.除外項目1.脳の器質的病変に基づく認知障害のうち、身体障害として認定可能である症状を有するが上記主要症状(I-2)を欠く者は除外する。2.診断にあたり、受傷または発症以前から有する症状と検査所見は除外する。3.先天性疾患、周産期における脳損傷、発達障害、進行性疾患を原因とする者は除外する。Ⅳ.診断1.I〜IIIをすべて満たした場合に高次脳機能障害と診断する。2.高次脳機能障害の診断は脳の器質的病変の原因となった外傷や疾病の急性期症状を脱した後において行う。3.神経心理学的検査の所見を参考にすることができる。なお、診断基準のIとIIIを満たす一方で、IIの検査所見で脳の器質的病変の存在を明らかにできない症例については、慎重な評価により高次脳機能障害者として診断されることがあり得る。また、この診断基準については、今後の医学・医療の発展を踏まえ、適時、見直しを行うことが適当である。高次脳機能障害と診断するためには、脳に損傷があることを確認する必要があります。そのため、まずはCTやMRIなどの画像検査をします。ただし、検査をしてもはっきりとした病変が確認できないこともあります。その場合には、問診やそのほかの検査などを参考に、評価を慎重に行うことになります。また、どんな障害が起きているのか、障害の程度はどのくらいかを具体的に把握するために、神経心理学的検査を行う場合もあります。これは診断そのものには必須ではありませんが、診断書を作成する場合には必要となります。各症状において、必要となる主な神経心理学的検査は以下の通りです。・知的機能障害:MMSE、HDS-R(改訂長谷川式簡易知能評価スケール)、WAIS-III・記憶障害:WMS-R、三宅式記銘力検査、RBMT、ベントン視覚記銘力検査、Rey-Osterrieth複雑図形検査・注意障害:Trail Making Test、標準注意検査法(CAT)、PASAT・遂行機能障害:BADS、Stroop Test、ウィスコンシンカード分類検査(WCST)高次脳機能障害と似ている疾患として、認知症が挙げられます。認知症も認知機能が低下していく病気ではありますが、全体的に機能低下していくのが特徴です。高次脳機能障害の場合は部分的に機能が障害されるため、全体的な機能低下でないことが多いとされています。高次脳機能障害の治療方法出典 : 高次脳機能障害を起こす原因となった病気やけがの治療が終わったあとは、高次脳機能障害に対する治療を行っていくことになります。高次脳機能障害は、発症から数年以内であれば、リハビリテーションなどの治療によってある程度改善することが期待できます。また、発症年齢が若いほうが改善の度合いはより良いとされています。しかし、脳の損傷の程度によっては、十分な治療をしても大きな後遺症が残ってしまうことがあります。そうした場合は、日常生活や健康管理、コミュニケーションなどの面で、家族や専門職による継続した支援が必要になります。高次脳機能障害の治療においてメインとなるのが、リハビリテーションや社会生活に対応するための訓練です。このリハビリテーションや訓練は、大きく分けて3つの種類があります。・医学的リハビリテーション:病気やけがなどの急性期の治療が終わったあと、医療機関で行われるリハビリテーション。認知リハビリテーションとも言う。認知機能の回復や、残された能力を使って生活ができるようにするために行われます。・生活訓練:日常生活を送る上で、必要な行動をできるようにするための訓練。・職能訓練:生活訓練がある程度進んだ段階で、状態にあった職業を選んだり環境を整えたりするために行われる訓練。生活訓練と職能訓練は、障害者支援施設や障害者職業リハビリテーションセンターなどで行われます。個々の障害の種類や程度によって必要な訓練は異なるため、それぞれに合わせたゴールを定めて、訓練を行っていきます。リハビリテーション以外にも、状態に応じて薬を使った治療が行われます。高次脳機能障害で注意が必要なのが、てんかん発作です。てんかん発作は脳の損傷も原因となります。その発生を抑えるために服薬することも少なくありません。また、感情のコントロールがうまくいかずに人間関係に影響を及ぼしている場合などにも、薬物治療が行われることがあります。高次脳機能障害のある人の困りごと出典 : 高次脳機能障害は、見た目には分かりにくい障害です。そのため、周囲に理解されにくいほか、障害のある本人も状態を認識できていないことが多くあります。また、障害によって不便が生じるのは日常生活の中であるため、診察時に具体的に見てもらえません。それによって、医療機関で診察を受けても見落とされてしまう場合があります。物事が思い出せない、感情のコントロールができないなど、生活の中でうまくいかないことがあるのに、原因が分からなかったり、周囲から理解してもらえなかったりということも珍しくありません。高次脳機能障害のある人が受けられる支援出典 : 高次脳機能障害と診断された場合、公的支援を受けることができます。高次脳機能障害は精神障害に分類されているため、障害の程度によっては精神障害者保健福祉手帳の取得が可能です。身体障害を合併している場合には身体障害者手帳、受傷した年齢が18歳未満で知的障害があると診断されれば療育手帳が、それぞれ申請対象になります。障害者総合支援法に基づき、生活の援助や生産活動の場を提供する「介護給付」、就労や自立した生活を目指す「訓練等給付」を受けられます。利用するには、市区町村の障害福祉担当窓口へ申請します。精神障害者保健福祉手帳または自立支援医療受給者証(精神医療通院)など、詳しい必要書類についてはお住まいの自治体の福祉窓口にお問い合わせください。年齢によっては介護保険制度を利用して、介護サービスを受けることも可能です。介護保険制度を利用できるのは、65歳以上で支援・介護が必要と認められた方、または40〜64歳で脳血管疾患などによって要支援・要介護状態となった方です。介護サービスは、障害福祉サービスよりも優先されます。しかし、就労移行支援などは介護サービスで利用できないため、障害福祉サービスを利用することになります。障害の有無に関わらず受けることができるのが、職業リハビリテーションです。職業相談や職業評価、訓練、指導、職業紹介のほか、就職してから能力を維持・向上させるためのサービスを受けることもできます。これらのサービスは、ハローワークや地域障害者職業センターなどで提供されています。高次脳機能障害のある人の相談先出典 : 高次脳機能障害のある人の相談は、各地域の健康福祉センターや地域包括支援センターなどで受けつけています。また、高次脳機能障害の治療やリハビリテーションを行っている医療機関にも相談窓口が設けられています。地域によっては当事者会や家族会などがありますので、そういった場で気持ちを共有したり、情報を得たりすることも有用です。参考:相談窓口の情報|国立障害者リハビリテーションセンター家族が高次脳機能障害になったときのサポート方法出典 : 家族が高次脳機能障害になったとき、以前とは違う姿に戸惑ってしまうことも少なくないでしょう。まずは、以前と比べてどのように変化したのか、どのような障害を負ったのかなどを理解することが大切です。医師などの専門家に詳しく話を聞き、理解をした上で対応を検討していきましょう。高次脳機能障害は人によって、症状は異なります。本人がどんな場面でつまずくのかを確認し、環境調整をしたり、本人の持つ能力でできるように工夫をしたりしてみましょう。そして、家族だけで問題を抱えていると、疲弊してしまいます。相談機関や家族会などもうまく利用しながら、無理なくサポートできる体制を整えることが重要です。まとめ出典 : 高次脳機能障害は見た目には分かりにくいため、本人が気づきにくいだけでなく、周囲にも理解されにくい障害です。しかし、まわりの人が一つひとつの行動を観察したり、自身で振り返ったりすると、どんなことで困っているのかが見えるようになります。障害の程度にもよりますが、早い段階で治療を開始すれば、ある程度の回復も期待できます。医師やリハビリテーションスタッフ、行政の担当者などと相談しながら、対応を検討していきましょう。参考:高次脳機能障害情報・支援センター|国立障害者リハビリテーションセンター参考書籍:中島 八十一 (著), 今橋 久美子 (著)『福祉職・介護職のためのわかりやすい高次脳機能障害原因・症状から生活支援まで』(中央法規出版・2016年)参考書籍:橋本 圭司 (著)『高次脳機能障害―診断・治療・支援のコツ』(診断と治療社・2011年)
2018年08月31日フリースクールを立ち上げたい!その思いは大きな流れになって2018年4月から発達に個性のある子たちのフリースクール「IFラボ」を開いています。前回のコラムでは、息子が不登校になって素敵な居場所を見つけ、フリースクールをたちあげようという気持ちにいたるまでをお伝えしました。最初は不登校の息子に合う場所をつくりたいという一心でしたが、実際にフリースクールを立ち上げ、子ども達が通ってきてくれるようになると、いつの間にか自分では止められない大きな流れに…。ここでは、試行錯誤した準備や、運営開始してからの様子をご紹介します。どんなフリースクールにする?出典 : フリースクールを立ち上げようと考えた私は、同じ思いの仲間をみつけ、設立に向けて準備を始めました。まず、フリースクール設立に興味のある大人だけで、どんなフリースクールにしたいかを話し合いました。療育施設ではないけれど、発達に個性がある子を受け入れる場合にどんな課題が考えられるのか?どんな形式のフリースクールにするのか?などなど、何度も議論を重ねました。その結果、「何でも好きなことをしてもいい居場所ではなくて、プロジェクト形式で学びを広げ深めていける場所にしよう」「私たち大人は先生ではなく伴走者になろう」という方針を決めました。しかし!大前提の結論は…「子どもが来てみないと分からないんじゃない(笑)」!?確かにそうなのです。大人が寄り集まって議論をしても、実際の子どもたちの反応はまったく分かりません。そこで、一緒に運営にかかわってくれているお母さんの子ども、Yくんに運営スタート前のフリースクールに、テストとして週1回、来てもらうことにしました。子どもと一緒にフリースクールをつくろう出典 : はじめて遊びに来てくれたYくん、恥ずかしそうにしていて、あまり話もしませんでした。しかし何回か一緒に過ごすうちに、「ここはなんだか落ち着く~」と打ち解けてくれるように♪プログラミングではコンテストの受賞歴もあるYくん。でも、プログラミングに限らずどんな分野の話にも興味津々です。フリースクールを手伝ってくれている大学生が、試験勉強のために統計の本を読んでいると統計の話が広がり、心理学の話になれば目を輝かせてIQについて質問をします。「大人が設定しなくても、子どもたちが抱く興味から学びは広がる」私たちはそう確信し、大人がプロジェクトを設定するのではなく、子どもの興味で生まれたプロジェクトに寄り添いながら進めていくことにしました。お互いの「好きなもの」を尊重しあえる仲間ができたUpload By 赤沼美里さて、子どもが主体的に学んでいく過程を確認できましたが、子どもたちが増えるとどんな風になるんだろう…子どもひとりではイメージがつかめません。そこで、Yくんと同じ学校に通っていて、Yくんの隣のクラスに在籍しているSくんを招待することにしました。SくんもYくんと同じように学校になじめないでいたそうです。Y&SコンビはIFラボにくるなり、すぐに打ち解けて仲良しに!Yくんが好きなのはプログラミング、Sくんはドローンです。2人の興味は異なるものの、互いの興味あるものを見せあって話しあって…楽しそう!あとで聞くと、学校ではカリキュラムがキチキチと決まっていて、自分の好きなことを自由に話す時間がなかったそうです。また、たとえ時間があっても、分かってもらえる友だちが見つからないので話しも盛り上がらず、毎日がつまらなかったと言っていました。「ずっと大人しか話し相手がいなかったから」といったYくんはニコニコ笑顔でした。友だちが見つかってふたりとも本当に楽しそうで、私まで嬉しくなった瞬間でした。大人は伴走者。プロジェクトは子ども主体でUpload By 赤沼美里IFラボの活動日は子どもたちの状況を考えて、週1から始めることにしました。オープン時間は、10時から15時まで。朝の会、午前の活動、お昼休み、午後の活動を行います。ワークショップや図書館に行くなどの活動がある場合以外は、当日の朝にその日にやることを確認します。朝みんなが集まったら、まずは朝の会です。当日やることを決めるほか、この1週間で楽しかったことや嬉しかったことをシェアします。最初は「ゲーム」だけだった回答が、今では「〇〇に行ってきた」とか「〇〇して楽しかった」とか、たくさんの楽しかったことを教えてくれるようになりました。朝の会でやることを決めたら、早速活動開始です!現在は、複数の子どもたち協働で「エレベータープロジェクト」がすすめられています。このプロジェクトでは、プログラミングを活用して制御可能なミニチュアエレベーターをつくってみようと、まずは段ボールで試作品をつくることからはじめました。このエレべープロジェクトのほかにも、さまざまなプロジェクトが立ち上がって動き出しています。ドローンで短編映画がつくりたい、自作PCをつくってみたい、ドローンで大会に出たい、プログラミングコンテストに出たい、会社をつくりたい、段ボールでシミュレーションゲームをつくりたい、飛行機の揚力を調べたい…などなど。週1の活動日では足りないくらい、子どもたちのやりたい気持ちはあふれています。私たちが口を挟む必要のないくらい、子どもたちの学びたい気持ちが大きいので、子どもが増えてもプロジェクト設定に問題はなさそう!むしろ、子どもたちが出会うことでどんな化学反応が起きるのか楽しみなくらいです。ただ、プロジェクトをすすめていくのには、やはり大人の伴走が必要です。1日の見通しが立たないと、何をしたら良いか分からなくなって不安になってしまう子や、時間の使い方が苦手な子、次の作業に切り替えるのが難しい特性のある子が参加しています。そのため週1の短い活動時間をどのように配分するのか、ToDoリストなど視覚的なツールを活用しながら、子どもたちが達成感を得られるように寄り添う努力をしています。ぼくたちがIFラボを宣伝するよ!自分たちでつくりあげるキャンプUpload By 赤沼美里そんななか、Y&Sくんがおもむろに「キャンプ計画を立ててもいいですか」と聞いてきました。「こんなに楽しいIFラボをもっとみんなに知って欲しい。夏休みにIFラボのキャンプで過ごして、9月からIFラボに来て欲しい。もしIFラボに来なくても、キャンプの楽しい思い出を胸に学校で頑張って欲しい」という子どもたちの願いから生まれた計画です。スケジュールから、ホームページでの告知まで、みんな子どもたちが企画・実施しています。1泊はIFラボで泊まりたいから、2泊目をアウトドアでキャンプにするという計画を立てていた子どもたち。2泊ともアウトドアが良いんじゃないかしら…とやんわり提案するも、「これがいい!」とのことで譲りません(笑)「自分たちで好きにやりたい」ということなので、失敗もふくめてたくさん経験してもらえたら良いなと思っています。キャンプがどうなったか、それは次回の記事でのお楽しみに!!「学ぶ場をつくりたい」という私の思いは、みんなの願いにUpload By 赤沼美里子どもたちも少しずつ増え、9月からは週に2回の活動日にしていく予定でいます。毎回、試行錯誤で「次はこうしていったら良いね」と子どもも含めた話し合いを大事にしています。IFラボを始めるまでは不安や心配の方がが多くて、「つくりたい」と考えてはいるものの、きっと実現できないだろうなぁとどこかで思っていました。でも、自分の気持ちを表明すると、賛同する仲間が集まってくれました。いつの間にか、私の希望や願いが他の人の希望や願いと重なり合って、小さな流れができていたのです。小さな流れができると、その流れを知った新しい仲間が賛同してくれて、さらに大きな流れになりました。そのうち、自分ではもう止められない流れになっていました。最初は息子・チー坊の学び場をと悩んできたことが、いつのまにかIFラボにきてくれている他の子どもたちの人生にも大きくかかわり、子どもたちの家族にもかかわるようになったことを痛感します。子どもたちの笑顔に接するたびに、この場を大切に育んでいかなくてはと強く思うようになりました。「ここに来るとなんだか落ち着く」「楽しくて、帰りたくない」「毎日オープンしないの?オープンしたら毎日来たいよ」「お母さん、僕生まれてはじめて毎日が楽しいんだけど、これってずっと続くのかな」「週1度、IFラボにくるのを楽しみに、毎日学校に行ってた」IFラボに来てくれている子どもたちの言葉は、私の宝物です。IFラボ(Infinite Future Lab)という名前は、子どもたちの無限の未来を願ってYくんと一緒に考えたものです。「学校が合わなくても、その子にあった居場所はきっとある」という信念は、変わっていません。だってIFラボにきてくれている子どもたちは、すごく楽しそうに自分から学んでいるから。学校以外の学ぶ場所や居場所がもっともっと増えて、子どもたちの笑顔が増えることを願っています。ラボ
2018年08月30日不安いっぱいだった去年の夏休みの宿題、なんとか完成…!広汎性発達障害の娘は、現在小学二年生。去年初めて夏休みの宿題というものを経験しました。娘も初めてですが、私も親として小学生の夏休みの宿題に挑むのは初めてでした。まず、自分の頃と違うその量に驚きました。ちゃんと終わるのか…娘にやらせることができるのか…。不安いっぱいで挑んだ一年生の夏休みは、私が娘の横にぴったりとくっつき、どれをやるか指示することに。娘の調子や機嫌を探りながら、私が何ページやるかを決めると、娘は素直に言われた分を着々とこなしてくれました。順調に宿題は進んでいき、8月に入った頃、全部終わりました。Upload By SAKURA成長しているはずの娘、まさかの抵抗!?今年はなんだか手強いそして、今年もやってきた夏休みの宿題。去年の経験もあったので、同じような方法でいこうと思っていたのですが…今年の娘は一味違いました。Upload By SAKURA去年よりも自分の意志が強くなった娘は、宿題をすることに反抗するようになったのです。ここは予想外だった私。自分の意志がなく、フワフワしていると思っていた娘が、「やりたくない」と反抗したことは、うれしい成長ではありましたが、宿題が無事終わらないかもという不安もありました。宿題はやりたくないけど、何をしたらいいかもわからない宿題をしたくないというので、じゃあ好きなことをすれば?と言うと…Upload By SAKURA"好きなこと"という「自由」が苦手な娘は、「何したらいい?」と何度も聞きに来ます。そこで私たち親子は、夏休みの一日のスケジュール表をつくることにしました。スケジュールは私が娘に提案しながら、二人で相談しながら作っていきました。スケジュールに宿題の時間を入れることは、意外にも嫌ではない様子。そうして、スケジュール表が完成しました。スケジュールがあれば、自分で動ける!それから娘は、毎日スケジュールを確認しながら過ごしました。Upload By SAKURA私がやらせようとしたら嫌がっていた宿題も、時間になれば仕方なくですが動きます。せっかくの夏休みに窮屈なものを作ってしまったかと思いましたが、娘にとっては先の見通しが立つ安心につながったようでした。スケジュールを見ながら娘が自分で考えて動く姿は、一年前からは想像できないほど、しっかりしていました。いつまでやることを一つ一つ指示しないといけないのだろうか…と心配していましたが、娘は、その心配を吹き飛ばす成長を、見せてくれました。「イヤ」の裏側に成長があった。これからも親子で一緒に方法を考えよう宿題に関して反抗を見せた時、どうなることやらと不安でしたが、同時に娘は、自分で決めて一人で取り組むということができるようになりました。他のことに関しても、娘は私の言ったことに少しずつ反抗し始めています。Upload By SAKURAちょっと頭を抱えていた私ですが、「イヤ」という言葉の裏側には、何かしらの成長があると今回で学びました。反抗に対して、叱るばかりではなく、その真意を探ることもしつつ、臨機応変に対応できたらいいなと思います。
2018年08月29日私が息子に教えてきたこと出典 : 発達障害の息子のソーシャルスキルの獲得にあたって、好ましい行動と好ましくない行動を分かりやすく伝えることは、とても大切です。さらに、好ましくない行動については、好ましい行動を代わりに提示してあげることが不可欠です。例えば、「お友達を叩く」というのは「好ましくない行動」のひとつです。私は、なぜそれが好ましくない行動なのかを説明し、「叩きたくなったら、そのお友達から少し距離を取って、クールダウンの時間を設けようね」といったように「代わりの好ましい行動」を教えました。その結果、息子のソーシャルスキルの力は、かなり伸びたように思います。けれども、息子の場合は「好ましくない行動」とインプットされた行動は絶対にやらない律儀さがあります。「好ましくない行動」については、本人の中で「ダメなものはダメ」となり、融通が利きません。ですから、何でもかんでも「好ましくない行動」としてインプットさせることは、息子にとってむしろマイナスになります。「好ましい行動」や「好ましくない行動」を教える場合は、さじ加減の見極めが必要。実はこの感想は、私のある失敗経験が基になっています。それは1年前。息子を近所の公園に連れていったときにさかのぼります。お母さんの嘘つき!衝撃の言葉出典 : 年前、私はいつものように息子を近隣の公園に連れていきました。そのころ、息子がハマっていたのは砂場での砂遊び。造形や工作が好きな息子は、ちょっと水を加えてベトベトした砂をこねて、お城や恐竜などを時間をかけて作り上げます。こういうときの息子の集中力はなかなかのもの。そして、出来上がりもなかなかのもの。息子は時間を忘れて砂場での「作品」作りにいそしんでいました。ところが、ここで思ってもみない事件が起きるのです。1歳ぐらいの女の子でしょうか。まだ歩き方もヨタヨタしています。その子が、突然砂場に突進してきたと思ったら、息子の何時間もかけて作った作品を、スコップで掘り返し、あっという間に壊してしまったのです。その子のお母さんが後ろから走ってきましたが、間に合いませんでした。「うわああああ、やめて!!やめて!!」パニックになる息子を横目に、その子はまた息子の作品を壊していきます。私は咄嗟にその子の手を掴み、「ご、ごめんねっ!お兄ちゃん、一生懸命作ったものだからさ、壊さないであげて…!」と止めました。しかし、時すでに遅し。息子は久々に見るほどの激しい癇癪を起こしました。「何時間かかったと思ってるんだ!!俺が一生懸命作ったのに!!なんてことするんだ!!!うわあああああ」息子は、砂場に突っ伏して大泣きです。砂まみれになって、泣き叫びます。ところが、かけつけた女の子のお母さんは、こう言ったのです。「こっちはまだ赤ちゃんなのにね…。そんなに泣かなくても…」私は一瞬ムッとしましたが、確かにおかしな光景だったのかもしれません。小さな赤ちゃんのいたずらに、大きな小学生の男の子が大泣きしている…。普通だったら「まあ赤ちゃんのしたことだしね」という感じで、おさまる話なのかもしれません。「情状酌量」は通じない。だからこそ…出典 : 癇癪を起こしてその場に突っ伏して泣きわめく息子に、私は思わずこう言ってしまいました。「悔しいよね。でもさ、相手はまだ赤ちゃんだからさ…」すると息子は、大泣きしながらこう言ったのです。「お母さんは、人が作ったものを壊しちゃダメって言った!!!誰が何歳とか関係ない!!!お母さんは、なぜあの赤ちゃんを叱らないんだ!!」息子がこう言うのを聞いて、私はハッとしました。そうです、息子はこれまで、私や学校の先生に教えられた「好ましい行動」と「好ましくない行動」を一生懸命インプットしてきたのです。そこに、年齢とか、状況とか、「情状酌量」をすることなど、できないのです。逆に、「情状酌量」を求めるのは、私たち大人のエゴでしかありません。息子は十分、頑張っていたのです。私は息子の言葉に、胸がいっぱいになりました。そして今は、「自分より小さい子なんだから許してあげなければならない」というようなことを教えるべきではない、と感じました。「情状酌量」の基準まで教えてしまったら、息子はきっとパンクしてしまいます。それよりも、息子がこれまで頑張ってきたことを、認めてあげなければ、と思ったのです。「息子くんは、あの赤ちゃんにすごーく腹が立ったんだよね。頑張って作ってたんだもんね。そう思うのは当たり前だよ。だけど息子くん、頭がカーッときたのに、あの子を蹴ったり叩いたりとか絶対しなかったよね。よく耐えたね。偉かった。私は君を誇りに思うよ」と言って、息子を抱きしめたのです。それまで癇癪を起こしていた息子は、少し落ち着きました。そして、小さな声でこう言ったのです。「だって、人を叩くのはダメでしょう?だから僕は叩かなかったよ。頑張ったよ」そう。息子は息子で、一生懸命考えて行動していたのです。この一件で、ただただ「好ましい行動」と「好ましくない行動」を教えるのではダメだと私は気づいたのです。特に、それを忠実に守ろうとする子であればなおのこと、そのさじ加減はよく考えなければなりません。その子が、教わったルールにがんじがらめになったり、生きづらくなったりすることのないよう、よく考えて教えていかなければなりません。そして、今回のように「情状酌量」の余地があることに遭遇したときに、親として大きく試されるように思います。そのときに教えるべきなのか、もう少し心の成長を待つべきなのか、その子の成長の度合いを見ながら、判断していく必要があると思います。
2018年08月29日リクの通う高校の二者面談へUpload By ひらたともみなぜかいつもビクビクしている担任…。おそらく以前、学校側のリスク対応に意見したからだと思います。リク曰く「とてもいい先生」らしいので、担任の先生とは真逆に、私はリラックスしていました。Upload By ひらたともみUpload By ひらたともみ成績は案の定、いいものではありませんでした。ですが、頭の痛みを訴えて保健室に行くこともなく、前向きな態度で授業を受けているとのこと。それよりなにより、担任の先生のド緊張が、ビシビシと伝わってきて、こちらまでもがなんだか気まずい…。そう思っていたとき、突然、先生が、リクにまつわる学校でのエピソードを話し始めたのです。担任の先生がリクのコミュ力を絶賛!?障害をカミングアウトした場面で…Upload By ひらたともみ中学で負ってしまったケガとその後遺症。高校入学してからも通院や検査で遅刻が多い理由をクラスメイトにたずねられても、曖昧に答えていたリク。担任の先生も個人情報だからと、あえてリクの後遺症について他の生徒たちには伝えてこなかったそうです。そんな折、改めてクラスメイト一人ひとりが自己紹介する機会があったそうです。皆、シンプルに自分の名前と出身中学を発表していく中、リクだけは違っていました。Upload By ひらたともみUpload By ひらたともみ心強い、リクの成長Upload By ひらたともみ親が知らないところで子どもの別の顔を知ったとき、落胆するか感動するか…。今回は明らかに後者。うれしい知らせでした。家では私に対してそっけなく、悩ましい態度のリク。学校では、こんなに頼もしいのかと思うと同時に、どれほど後遺症を抱えたことに心を痛めていたのだろう…とも思いました。長男(22歳)のときも感じましたが、こうやって、家族の知らないところで頑張ってることを聞く機会が増えるたびに、息子の成長を実感します。それはきっと「親離れ」のサイン。自分の息子であっても、もう小さな子どもではなく、障害があっても、私の手の中にはいない。「私も手を離し、子離れしていかなくては」とふんぎりをつけられたような、うれしく心強い出来事でした。
2018年08月27日子どもが「学校に行きたくない」と言ったら、親はどのように対応すればいいのでしょうか。一度学校を休ませると不登校になってしまうのではと心配してしまうママも少なくないと思います。小学生の不登校の実情について伺った前回に引き続き、今回は、子どもの不登校に対して親ができることについて、不登校新聞の石井志昂編集長に話を聞きました。 「学校行きたくない」と言われたら(前編):子どもが追い込まれる危険日は夏休み明け の続きです。■不登校の原因特定より大切なことがある――前回、不登校の理由は複数あり、子ども自身もはっきりわからないことがあるとお聞きしました。親としては、ついその理由を特定させて学校に戻してあげたいと思ってしまうのですが…気持ちはよくわかるのですが、子ども自身も自分が学校に行けない理由がはっきりわかっていないのに、そこで「なぜ行きたくないの?」ときつく問われると、ますます追い込まれてしまいます。当事者のなかには、不登校の理由は不問でもいいのではないかという声もあるくらいなのです。――それでは、親にはまず何ができるのでしょうか。原因を特定させることよりも、まずは子どもを甘えさせてあげることが大切だと言われています。不登校というのは、よく子どもの甘えだと言われがちですが、親に甘え足りないからなるのだという専門家の意見もあるくらいなのです。親は子どもたちが頼れる心の安心基地でもあるのですが、ここが揺らいでしまうと、その先子どもが進んでいく道のなかで、いつかもっと大きな問題になってしまうこともあります。小学生のうちに甘えさせてあげれば、傷が深くないうちに子ども自身が満足して、成長につながるとも言えます。■「学校に行きたくない」サインを見抜くには――子どもが「学校に行きたくない」と言い始める前に、そうなりそうなサインというのはあるのでしょうか。小学生くらいの子どもの場合、必ず何かしらのサインを出していると思います。不登校の子をもつお母さんたちも、「そういえばあのときは…」と、あとから何かしらのサインを出していたことに気づく人が多いようです。不登校というのは、不登校になってからが問題なのではなくて、その前に子どもたちはすでに追い込まれて危険な状態になっているんですよね。だれにも言えない苦しみを、複数抱え込んでしまっている。そして、原因となっている学校から離れたいと、SOSを出して不登校になるんです。――具体的に、どのようなサインを出す子が多いのですか。「今日は学校やだな」とか、「もう無理」とか、何かしらの言葉を発している子もいます。また、落ち込んでいる表情をしている子も多いようで、学校が始まる月曜日と、休みの日の表情を比べると顔つきが全然違うというようなこともあります。――そのサインに気づいたら、どのように対応すればいいのでしょうか。まずは、「どうしたの?」と率直に聞いてあげることが大切です。その聞き方が重要で、親が子どもをなんとか学校に行かせようとコントロールしようという気持ちが働くと、子どもたちはそれを敏感に感じ取って、返事をしてくれないことが多いのです。親としては、まずは子どもを心配して「心配だな」と思いますよね。そしてその次に、「待てよ、この子不登校になってしまうのでは」と不安になり、先を見越して何とかそうならないようにと打算が働いてしまいます。その親の心の動きを子どもたちはすごく敏感に読み取ってしまいます。自分の心配する気持ちのままに、子どもたちに尋ねてみてください。■「学校に行きたくない」と言われたとき――では、子どもに「学校に行きたくない」と言われたときは、どのように子どもに声をかければいいのでしょうか。さきほどのサインが見られたときと同じで、心配して、「どうしたの」と聞いてあげましょう。そして、本人からつらいことを伝えてきたら、いっしょに悲しんであげましょう。じつはこれだけで十分なのです。――何か行動するというわけではなく、いっしょに悲しむだけでいいのですね。これは、子どもの気持ちの前に出てはいけないという鉄則に基づいています。「子どもの気持ちは今こうだろう」、「こうアドバイスしてこうさせよう」とすると、子どもたちは自分の気持ちをますます言えなくなってしまいます。不登校になる子どもたちは心が傷ついた状態なので、まずはその心が救われないといけません。いっしょに悲しんでくれる人がいて、それも自分の心の拠りどころである親がそうしてくれるということが大切です。――その先はどうしていけばいいのでしょうか。あとは、本人が必ず自分の幸せな道はどこにあるかと考えて、提案を出してきます。その提案を親は支えてあげて、いっしょに歩んでいってもらいたいですね。その道はおそらく紆余曲折あり、大変なこともありますが、子どもが自分で決めたことなので、しっかり進んでいけると思います。 ■「学校に行く」「行かない」どちらが正しい?――学校に行かせる、行かせない、どちらが正しいのでしょうか。ついこの2択で考えてしまいますが、じつは選択肢はいろいろあります。そして、子どもたちが自分で決めることが大切です。不登校の子も、中学校卒業と同時に、85%の子が高校に行くのです。私が知っている子で、小学校、中学校とずっと不登校だったけれど、フリースクールでできた友達が高校に行くから自分も行くと決めた子がいます。そんな単純な理由だけで、学校に戻ろうとする子もいます。ですから、学校に行く、行かないということにはそこまでこだわる必要はないのではないかと思っています。――文部科学省でも学校復帰にのみこだわらない対応の必要性にもとづいて、これまでの方針を見直す動きがありますね。そうなんです、教育支援センターやフリースクールへの通所は、これまであくまで学校復帰を目的としたものだとされてきました。それにより、学校の先生や親は子どもたちを学校に何とか戻そうとする、そして学校以外の受け入れ先は見つけにくいという不登校の子たちにとってつらい状況が続いてきたのです。これを見直して、学校復帰のみにこだわらない不登校対応を行っていこうという方針が決まったのは、とても重要なことです。学校に行かせないという選択肢がもっと普通のものとなっていけば、楽になる子どもたちもいるのではないかと思っています。――とくに夏休み明けは、子どもたちが学校へ行きづらくなる時期です。子どもが「学校に行きたくない」と言ったら、どのようにすればいいですか。これまでにお話したとおり、まずは心配して聞いてあげる。そして緊急性が高いと思ったら、思い切ってその日は休ませて、子どもといっしょにいてあげてもいいと思います。夏休み明けは、統計的にも突出して18歳以下の子が自殺する可能性が高く、子どもが追い込まれる危険な日だと言えるので。不登校になる前には、夏休みの宿題にも手がつかないということが多いそうです。言いづらいとは思いますが、親が「もういいんじゃない」と言ってあげてもいいのではないかと思うんです。そして、どうしても苦しそうだったら、先生に連絡して相談するのもひとつです。親はできるだけ子どもを追い込まないであげてほしいと考えています。■担任よりも適した親が相談できる場所がある――子どもが「学校に行きたくない」と言ったとき、親が相談できる場所はありますか?担任の先生に相談する親が多いのですが、不登校の子に対応した経験が少ないことも多く、あまりおすすめとは言えません。不登校については、フリースクールに聞くのが一番いいと思います。不登校の子どもたちをたくさん見てきた経験をもとに、相談に乗ってくれるはずです。また、不登校の子の親が集まる場に行くと、客観的に自らの状況が整理できますよ。あとは、信頼できる医師やカウンセラーに相談するのもいいと思います。――親たちに伝えたいことはありますか。不登校になることに対して、不安を感じている親も多いと思います。そして、実際になってしまって困っている人もいるでしょう。不登校は、子どもが弱い、怠けているなどと言われがちですが、そうではないのです。説明できなくても、本人にとっては学校に行けない理由があり、どうしても自分にとって曲げられない大切なことであります。不登校になると、本人も心に傷がつくが、それが癒えていく過程でたくさんのことを学びます。不登校は子どもの成長過程のひとつでもあるのです。その日々もたった一度きりのものなので、親と子どもで有意義に過ごしていってもらいたいと思っています。●相談先一覧 ・フリースクール全国ネットワーク ・NPO法人登校拒否・不登校を考える全国ネットワーク ■石井志昂(いしい・しこう)さんプロフィール1982年東京都生まれ。中学校受験を機に学校生活が徐々にあわなくなり、教員、校則、いじめなどにより、中学2年生から不登校。同年、フリースクール「東京シューレ」へ入会。19歳からは創刊号から関わってきた『不登校新聞』のスタッフ。2006年から『不登校新聞』編集長。これまで、不登校の子どもや若者、親など300名以上に取材を行ってきた。 【同じテーマの連載はこちら】 樹木希林からの命のバトン この連載の全話を見る >>
2018年08月27日まもなく9月、小学生ママたちにとっては長い夏休みが終わりますが、一方で子どもたちは、楽しかった毎日が終わってしまうと嘆いている子もいるかもしれません。そしてなかには、夏休み明けの学校生活に対して憂鬱(ゆううつ)な気持ちを抱えている子もいるのではないでしょうか。夏休み明けは、子どもたちが学校に行くハードルが上がり、不登校になりやすい時期だと言えます。今回は、小学生の不登校の実情について不登校新聞の石井志昂(いしい しこう)編集長に話を聞きました。不登校新聞とは1998年に創刊された不登校に関する専門誌。当事者の視点を大切に、不登校についての情報を発信し続けている。不登校とは文部科学省は、「何らかの心理的、情緒的、身体的あるいは社会的要因・背景により、登校しないあるいはしたくてもできない状況にあるために年間30日以上欠席した者のうち、病気や経済的な理由による事案を除いたもの」と定義している。■小学生での不登校になる、不登校の実情とは――小学生で不登校となる子はどれくらいいるのですか。2017年に文部科学省が発表した調査結果によると、小学生の不登校者は31,151人いて、割合としては0.4%、208人に1人だということがわかっています。学校に1ケタという数字で、けっして多いとは言えません。ですが、これまで20年ほど取材を続けてきて感じるのは、小学生の不登校というのは人数が少ないからこそ、親が孤立しやすく、なかなか対策が講じられないという問題があると感じています。――不登校の小学生数は、年々どのように変化しているのでしょうか。しばらく0.3%台を維持してきたのですが、この数年で0.4%台に増えてきています。20年前は0.24%だったことから比べると、かなり増えてきている印象ですね。■小学生が不登校になる原因――なぜ、小学生で不登校になってしまうのでしょうか。私は、その主な原因には5つあると考えています。それは、「いじめ」、「発達障害」「集団生活が合わない」、「人一倍敏感な気質」、「学校の管理の厳しさ」です。▼いじめ――小学校でのいじめとは、どういった内容なのでしょうか。驚かれるかもしれませんが、小学校1年生でもいじめは起こります。小学校低学年でも、腕力が支配しているような旧時代のいじめは起きていて、子どもたちの見た目から想像するような平和な世界ではないのです。ただ、子どもに「いじめを受けたか」と聞くと、クラスの半分くらいが受けたと言ったという話もあって、まだ意地悪といじめの区別はついていないように思います。――学年によって、いじめの質も変わるのですか。そうですね、小学校3~4年生くらいからは、現代的ないじめに切り替わってきます。クラスカーストがあって、女の子を中心にコミュニケーション操作が行われ、特定の子が孤立させられていくようないじめです。大人からはけっして見えない高度ないじめが行われている場合もあり、いじめられた子どもにとってはつらい経験になります。そうして、小学校から学校に行けなくなった、行かなくなったという話はよく耳にします。▼発達障害――発達障害があると、支援学級などでケアがあるのではないでしょうか。たとえば、発達障害があってもグレーゾーンと言われる状態で、支援学級に行くほどではない子も多くいます。その場合、ケアは十分に受けられるとはいえず、集団生活になじめないということがあるのです。――たとえばどのようなことが起きてしまうのでしょうか。私が聞いた事例では、ある発達障害のグレーゾーンだった子が、消しゴムの使い方がわからなかったんですね。その子は空気を読んで周りの子の使い方をまねすることが苦手でした。書いたところを消せないので、二重線で消していたら、先生に怒られてしまった。しかし、消しゴムの使い方はわからないままなので、何度も繰り返して…。先生の怒りがどんどん膨らんでしまったのです。そしてパニックを起こしてしまい、学校に行けなくなってしまった。こうした事例もよく見られます。学校がそうした子への関わり方を工夫できたらいいのですが、その受け皿ができていないのです。▼集団生活が合わない――集団生活が合わないとは、発達障害などの「合わせらない」こととは違うのですか。小学生でも大人びている子がいて、その中でも集団生活がばからしく感じてしまうという子がいます。お遊戯をさせられたりするのが屈辱でたまらないと感じ、学校から離れて行ってしまうことがあります。▼人一倍敏感な気質――敏感な気質で学校に行けないということもあるのですね。人一倍敏感な気質の子どもを、「ハイリー・センシティブ・チャイルド」という言葉で表します。略して「HSC」と言われることもあるのですが、ここ近年、こうした子どもたちの存在がわかってきて、私たちも何度か取材して記事にしてきました。すると、「やっと言葉にしてくれた。自分はHSCだったんだ」という反響があったのです。――「HSC」とは、たとえばどのようなことに敏感になるのでしょうか。典型的によく見られるのは、音に敏感になる子です。先生がだれかに大きな声で怒っていると、まるで自分が怒られているような感覚になって体が動かなくなってしまう、教室のザワザワした音が苦痛に感じるといいます。研究者の中では、5人に1人がこうした気質を持っているとされていて、病気や障害ではないのですが、本人たちにとってはかなり大きなダメージを受けると聞いています。そのほかにも臭いや気圧など、それぞれに敏感になる対象が違い、それが原因で学校生活が送れないという子がいるのです。そういう子は、虚弱体質だとか、臆病だとか言われがちなのですが、そうではなくて、変えることのできない気質なのだと、ぜひ周りが理解してあげたいところですね。▼学校の管理の厳しさ――学校の管理というのは、校則や決まりといったことでしょうか。取材を通じて、小学生に守らせる決まり、日々の細かい指導が近頃どんどん厳しくなっているんではないかと思っています。子どもたちの管理体制が厳しくなっているように感じ、それに対して子どもたちは合わせることが難しく、双方の亀裂が大きくなっているように思います。学校側が子どもたち1人ひとりに合わせて指導する余裕がなくなっていて、ある種の慢性的なパニック状態になっていると言えるかもしれません。 ■夏休み明けは一番注意が必要!――1年をとおして、不登校になりやすい時期というのはありますか。厚生労働省が発表している「自殺対策白書」によると、9月1日に18歳以下の日別自殺者数は突出して高くなっています。「自殺」というと大げさだと感じるかもしれませんが、これまで数多くの不登校の人たちと出会ってきて、この時期というのは不登校が始まる時期に限りなくイコールだと思っています。――この統計では、夏休みやゴールデンウィーク、冬休みなどが明ける時期に、自殺者が多くなっていますよね。不登校が始まるのも、休み明けの時期が多いということですか。そうですね、とくに夏休み明けは注意してあげてもらいたいです。■不登校になる理由はひとつじゃない――なぜ子どもたちは「学校に行きたくない」というのか、その理由は特定できるものなのでしょうか。それは難しいと思います。なぜなら、子どもたちが不登校になる理由はひとつだけではなく、3つくらいの理由が重なり合っているからです。子どもたち自身が、学校に行きたくない理由を説明するのが難しいと同時に、いじめられている場合は親に言いたくないと感じるものです。ですから、子どもの不登校の理由を見つけるのはなかなか容易なことではありません。――子ども自身も理由がわからないということがあるのですね。私が取材したなかで、小学生から不登校だった子がいるのですが、その人は話を聞くたびに不登校だった理由が変わったんです。約5年おきに取材をしていたのですが、初めは「雷が怖かったから」、次は「いじめられていたから」と話していて、いじめられていたと言いにくかったのだなと思っていました。しかし、その後「やっぱり雷が怖かった」と言っていて、よく話を聞くと彼はいわゆる「HSC」で、雷の音に敏感に反応していてパニックを起こし、それが理由でいじめにも遭っていたことがわかったのです。このように、子どもたちが学校に行けない理由は複数ある可能性があります。まずはそのことを知ってあげることが大切ですね。次回は、子どもの不登校に対して親ができることについて、引き続き石井編集長にお話をお伺いします。具体的な子どもとの向き合い方についても、ご紹介します。■石井志昂(いしい・しこう)さんプロフィール1982年東京都生まれ。中学校受験を機に学校生活が徐々にあわなくなり、教員、校則、いじめなどにより、中学2年生から不登校。同年、フリースクール「東京シューレ」へ入会。19歳からは創刊号から関わってきた『不登校新聞』のスタッフ。2006年から『不登校新聞』編集長。これまで、不登校の子どもや若者、親など300名以上に取材を行ってきた。【参考サイト】・文部科学省: 平成28年度「児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査」 ・厚生労働省: 平成26年度自殺対策白書 [PDF:234KB] 【同じテーマの連載はこちら】 樹木希林からの命のバトン この連載の全話を見る >>
2018年08月26日人間関係の問題がないところで始まった、息子の不登校出典 : 小学3年の息子は、現在、不登校中である。親である私が言うのもなんだが、息子は好かれやすいタイプの人間だと思う。もしかしたら好かれやすいというより、学校の児童数が少ないため、学年関係なく全体的に仲が良い、というのが大きいのかもしれないが。それにあやかって、私1人で近所を歩いていても、「ハルくん(息子の呼び名)のお母さん、こんにちは!」と、おそらく違う学年の児童さんからも声をかけてもらうことがしばしばある。息子も「多数派にすぐ傾いちゃう雰囲気が嫌だ」などと言っていたし、もしかしたら苦手な子もいたのかもしれない。しかし「一人ひとりのことは嫌いじゃない」とも明言しており、もちろん大好きな友達だっている。いじめだとか、人間関係のトラブルが具体的にあったわけではないところで、彼の不登校は始まったのだ。学校に行っていなくても、近所を歩けば同じ小学校に通う児童さんたちと顔を合わせることもある。「あ!ハルくんだ!」嬉しそうに駆け寄ってくる友達の姿を見て、少し照れくさそうに、でも同じくらい嬉しそうに応じる息子。「どこか悪いの?大丈夫?いつごろ学校に来られそう?」「んー、今は分からない」そのようなやりとりをして、朗らかに別れる。向こうも責め立てたくて学校に来る日を尋ねているわけではないし、息子もそれを理解しているから平然と答えている。「次に○○くんに会えるの、いつかなぁ?」なんて発言もしていたくらいだ。ところが、悪夢を見て私との分離不安を訴えるようになったころから、見知った顔に会うのを嫌がり始めた。「学校のことを聞かれるの、辛いな…」放課後の時間帯や休日に近所を歩くことを避けたがるようになった。「仲の良い友達に会うの、前は喜んでたよね?今は学校のことを聞かれなくても、嫌なのかな?」「うん。みんなのことを嫌いになったわけじゃないけどね。会いたいって思わなくなっちゃった」精神状態も明らかに悪くなっていたし、何の気なしの質問も突き刺さるようになっていたのだろう。息子に合わせ、午後の外出を避けることに別段不便もない私は、そのまま様子を見守ることにした。外出を嫌がっていた息子が変わった「ベランダ越しの会話」出典 : 極力外出を避けるようにしても、どうしても顔を合わせてしまう子がいる。同じ団地に住む同い年のSくんである。就学前からのなじみである彼は、私も知った顔。素直で朗らか、そして心根の優しい男の子で、息子も彼を好いている。団地の前で遊んでいることも多く、ふと息子がベランダに出たときに姿を見つければ、大きな声で名前を呼んでくれるのだ。最初のうちはバツ悪そうに姿を隠すなどしていたが、そのうち手を振り返すようになった。あるとき、夕方に用事を思い出して息子と外出したとき、学校帰りのSくんと遭遇した。一瞬気まずそうにした息子だが、「ハルくんはーぁ、いつーぅ、学校に来るんですかーぁ!?」という、Sくんのふざけたような口調と変顔に、表情をほころばせた。「Sくん、今学校の帰り?」私が聞くと、「うん、今日も楽しかったよ!」と、笑って元気に答えてくれた。「じゃあね。ハルくんバイバイ!元気なとき、また遊ぼうね!」と手を振り、笑い、団地の方へと走り去るSくんの後ろ姿を、私たちは見送った。ふと隣を見ると、息子はうっすらではあるが、微笑んでいた。それから息子は、Sくんが団地の前で遊び始める時間帯になると、ベランダに出てその姿を探すようになった。「あ、ハルくんだ!おーい、ハルくーん!」そう呼ばれると、息子は「呼ばれた!ちょっと行ってくる!」と部屋を飛び出すのだ。そのうち自分の方から「おーい、Sくーん!今から行くよー!」と声をかけ始め、ベランダに息子がいなくても、「ハルくーん!今家にいるのー!?」と、Sくんが誘ってくれるようにもなった。とにかく、Sくんと息子がベランダ越しに呼び合い、団地の前や近所の公園で遊び始めることが、週何度かの習慣になってきた。少し前までは私と一緒でなければどこにも行きたがらなかった息子が、Sくんがいれば自分1人で外出するし、近所であるとはいえ、私の姿が見えない公園まで足を運べるようになった。そして次第に、息子の行動に変化が表れ始めた。遊びの誘いをクラスメイトに断られた息子がそのあとに取った、驚きの行動とは?公園で遊んでいたとある日曜日、同級生らしき男の子のグループがやってきた。しばらくその様子を眺めていた息子だったが、「混ぜてもらえるか聞いてくる!」と、彼らの元へと駆けていった。何か二言三言やり取りしたあと、走り出した彼らと、取り残されるように立ちすくむ息子の姿。深呼吸するようにゆっくりと肩を上下させたあと、私の方に戻ってきた。「どうしたの?」「学校に来ないのに、どうしてこんなところで遊んでるの?だって…なんて返していいのか分からなかった」同級生たちが疑問を持つのは仕方ないし、息子が咄嗟に返せないのも無理はない。寂しそうにうなだれる息子に、私はどんな言葉をかけていいのかわからなかった。こんなことがあったら、友達であっても声をかけるのが怖くなるかもしれない。私だったら、きっとそうなる。しかし、息子はそんなタマじゃなかった。同じ年頃の児童さんたちを見つけると、果敢にアプローチをするようになったのだ。「全然気づいてもらえなかった」「完全にシカト!」「ちょっとだけしゃべってきたよ。みんなこれから習い事なんだって」向こうのリアクションは、その時々、人それぞれで違うけれど、いずれにしても息子は朗らかに報告してくれる。「ところであの子たち、知ってる子?」と、あるとき私が聞くと、「いや、知らん!」と息子が元気に返してきたので、思わず口をあんぐりさせてしまった。「いやほら、知らない子の方がさ、新しく仲良くなれるって場合もあるからね」そう、息子は大きな公園や娯楽施設へ出かけると、そこで初めて会った子に声をかけ、一緒に遊び始めるような人間だ。知らない子の輪に飛び込んで行くのは大得意だし、1人で遊ぶのも大好きだから、断られるのも怖くない。「この前公園で断られたのは、知ってる子だし残念だったけど、あれも仕方ないと思うんだよ。知らない子だったら、なおさら仕方ないし。でも、仲良くなれたらラッキーじゃん?」すごい。「本当に私の子か?」と驚嘆する社交性だ。感心すると共に、一時は身内以外の誰にも会いたがらなかったことを考えると、随分と回復したものだと私はしみじみ嬉しくなった。受け入れてくれる人もいると知った息子、「またみんなに会いたい!」出典 : つい先日、息子と一緒に近所の公園横を通りかかったときのこと。その日は短縮授業だったのか、普段より早い時間から、子どもたちの姿で公園は賑わっていた。「あ、ハルくん。ハルくんだよね?」清掃班が一緒だったことがある、という上級生の女の子が声をかけてくれた。それを皮切りに「ほんとだ、ハルくんだ!」「え?ハルくん?」「わ!ハルくん!」と、その場にいた子たちが口々に息子の名前を呼びながら、どんどん集まってきた。中にはいつも一緒に下校していた、仲良しのクラスメイトの顔も。「ハルくん、今はどこの学校に通ってるの?」クラス外の子は、息子が別の学校に転校したのかと思っていたらしい。「家で勉強してる。ドリルとか、ゲーム機の学習ソフトを使って」息子が答えると、「ねぇねぇ、勉強するなら学校に来てよ!」と、さっきのクラスメイトの男の子が後方から手を振った。「ずっとハルくんに会いたかったんだ!学校にはいつ戻ってくるの?」「うーん、分かんない」その場にいた児童さんたちの質問に答える形で、息子はしばらく会話を続けた。用事がある私たちはその場を一旦離れなくてはならなかったのだけれど、彼らが息子を好いてくれていること、息子も彼らを慕わしく感じていることは伝わってきた。しかし、「学校にはいつ戻ってくるの?」という質問があったし、帰りはこの道を通りたくないかな…と私は思っていた。しかし息子は「帰りもここを通っていい?またみんなに会いたい!」と願うではないか。みんなの好意的な様子が嬉しかったに違いない。「うん、もちろん。じゃあ、急いで用事を済ませてこようか」そして復路に公園近くまで来ると、彼らが別の公園へと移動している様子が見えた。「のん(私の呼び名)、あのさ、一旦帰ったら、みんなのところへ行ってもいい?」「いいよ。一旦帰らなくてもいいよ。みんながまた別の場所に行っちゃう前に、行っといで!」私が背中をポンと叩くと、息子は勢いがついたように走りだした。「行ってきまーす!!」向こうの公園の入口で、「ハルくん!」「やったぁ、ハルくんだ!」と歓迎してくれる児童さんたちと、「ねぇ、仲間に入れてよ!」と声を弾ませる息子の姿が見えた。昼間の居場所の違いを断絶の理由にしなくてもいい出典 : 繰り返すが、息子はいじめなどの理由で不登校になったわけではない。「誰かが悪いことをしていても、それをしたいという人が多いと、みんなそっちに味方してたり、あっさり考えを変える人がたくさんいるのが嫌」「男子と女子が仲良くしているだけでラブラブだとか言って、囃し立てるのが理解できないし、バカバカしい」「頭のいい人や運動ができる人が羨ましいからって、自分よりそれができない人をバカにして、勝った気になる人を見るのが悲しい」というような、いわゆる「小学生あるある」が苦痛だった部分はあるようだが、どうしても会いたくない誰かがいたという訴えはなかった。むしろ、顔を合わせて話したり、遊びたい相手だっていただろう。だから、学校にはいかないと決断したその胸の内は、実のところ複雑だったのかもしれない。不登校という選択をする児童や生徒と一口に言っても、タイプはさまざまあるだろう。人間関係を築くことが苦手な子もいれば、単に同世代の子どもたちの雰囲気になじめないという子もいる。息子はそのどちらでもない。精神状態が悪化したときは、「学校にはいつ来るの?」という問いに答えられない自分が、彼らと断絶されているような感覚もあっただろう。「でもそれは親愛の情があるからこその疑問である」ということを思い出させてくれたのは、逃げようが隠れようが息子の名前を呼び続けてくれたSくんのおかげだと、私は思っている。彼の根気強い働きかけがあったからこそ、息子は人と関わる自信を取り戻せたのだろう。学童期はどうしても、友達というと同じ学校で過ごす仲間に偏ってしまう。だからといって、同じ学校で過ごしていなければ友達でいられないわけではない。今、昼間の居場所の違いが断絶にならない関係を、息子たちは築いている。学校に行かない息子を受け入れたうえで仲良くしてくれるSくん含む仲間たちに深く感謝しつつ、彼らの柔軟さに私は感心しきりだ。あの日、公園へと駆けていった息子は、みんなと「ごく普通に」遊んできたそうだ。ベランダ越しにSくんと呼びかけ合う習慣も続いている。まだ小学3年生。友達の顔ぶれも入れ替わっていくかもしれない。例えそうだとしても、これからも息子が自分なりの人との関わり合いを見つけていってほしいと願う。
2018年08月24日デイサービスを利用したい!Upload By shiori学校が終わる時間にデイサービスの車が学校に迎えにきてくれて、午後の時間をお友達と楽しく過ごし、夕方に自宅に送り届けてくれる。カムはお友達と過ごすことで刺激を受けられるし、私も自分の時間が確保できます。なんて素敵なサービスなんだろう!しか〜〜し!わが家の場合は、カムが布オムツであること、手話でコミュニケーションをとっていること、場所見知りが激しくこだわりが強いこと…さまざまな障害があることなどがネックになり、あちこちのデイサービスに見学に行きましたが、なかなか良いところが見つかりません。カムが楽しめるところじゃないと意味がないし…。そこで、しばらくの間は、自宅にシッターの方を呼び、カムの遊び相手をしてもらいながらデイサービス探しを続けていました。そうして今年の初め、やーーっと「ここに通わせたい!」と思えるようなデイサービスに巡りあいました。利用体験をしてみたら、カムも楽しそうに過ごしています。ついに今年の3月からデイサービスの利用をすることになりました。私はワクワクですが、状況を分かっていないカムは一体どんな反応をするだろう?デイサービス、1日目。両耳の高度難聴や発達障害、知的障害があるカム。細かな事情を説明することが難しい中、最初から学校にデイサービスの車がお迎えに来るなんて絶対びっくりするだろう。まず初日はうちの車でデイサービスまで送り届け、帰りだけデイサービスの車で送迎をお願いしました。見学にも1日体験にも行っていたので、デイサービスに到着してすんなり入っていくカム。よし、いい感じ。さて、どんな様子で帰ってくるだろう?Upload By shiori無事にデイサービスの車で帰宅したカム。表情は若干緊張気味だったものの、デイサービスでつくったビニールテープで編んだ三つ編みの紐を大事そうに握りしめて帰ってきました。楽しく過ごせたみたい。よかった〜!なかなかいいスタートなんじゃない?デイサービス、2日目。さあ、今日からは学校にデイサービスのお迎えの車がやってきます。無事に乗れるのか!?期待と不安で帰宅時間までドキドキの私…。デイサービスから帰宅したカムはニコニコ!スタッフの方が教えてくれた話によると、学校でデイサービスの車をみたカムは、この車に乗っていいのだろうか?と躊躇する様子もあったそうですが、スタッフの方の顔を覚えていたので何とか乗ってくれたようです。デイサービスでも楽しく過ごせたみたいで、帰宅したカムは明らかにご機嫌でした。デイサービス、3日目。3度目ともなると、デイサービスの楽しさを覚えたカムはお迎えの車をワクワクして待っている様子を見せました。着替えやおむつ、おやつのおにぎりなどが入った大きなカバンを自分で持っちゃう張り切り具合。まだかまだかと車を待ってキョロキョロ。デイサービスの車がやってくると、自分で車に乗り込むという意気込み。もう後ろは振り返りません。早く出してくれ!と言わんばかりに、運転席にスタッフの方が乗り込むのを待っています。デイサービスを利用して4ヶ月もうすっかりデイサービス大好きっ子になったカム。送迎のときにスタッフの方とゆっくりお話する時間がありました。カムはデイサービスでは落ち着いて楽しく過ごしているそうです。カムは普段から手話でコミュニケーションをとっているのですが、デイサービスを利用開始するときに、カムの理解している手話をイラストつきでまとめ、それをなるべく使ってくださいとお願いして渡していました。ですが、カムが理解している手話はまだ少ないのが現状。大変だとは思いますが、スタッフの方からは、「コミュニケーション方法の違うカムちゃんが入ることで、スタッフもどうやったらカムちゃんにうまく伝えられるか、あれこれ考えて工夫するようになり、とてもいい刺激になっています」と嬉しいコメントをいただきました。ある日のデイサービスの帰りカムがパーカーを着て帰ってきました。これはカムの服ではありません。この日は特別寒い日でもない。どうしたのだろう?Upload By shioriすると、スタッフの方が、「これ、私のパーカーなんですが、カムちゃんが気に入ったようで着たいというので着せました。まだ脱ぎたくないというので、今日はこのままお渡しします」とお話してくれました。カムが好きそうな色合いでもなく、カムが好きそうな柄が入っている訳でもない。私はこのときに、カムはデイサービスのスタッフの方が大好きになったんだ、それだけ楽しく過ごしているんだな、と実感しました。大好きな場所と大好きな人Upload By shiori最近のデイサービスからの連絡帳には「カムちゃんはお友達と見つめ合って遊んでいました」「一緒にくるくる回って遊んでいました」など、お友達と関わっている様子が書かれるようになりました。カムの見つめ合い遊びは、ただ見つめ合うだけなんですが、本人の気がすむまでずっと続きます。その時間が長いもんで、じっくりつき合ってあげられないことが多いのです。カムの見つめ合い遊びにつき合ってくれる子がいるなんて〜〜!それは楽しいだろう。家以外で楽しい場所があるということ。家族以外で大好きな人がいるということ。それは貴重な財産だと思います。これから先、ここでの経験はきっと、カムを支えていくだろう。いい出会いがあって、本当に良かったです。
2018年08月24日『子どもも親も幸せになる発達障害の子の育て方』著者の立石美津子です。偏食を辞書で引くと「好き嫌いが激しく、特定の食品だけを食べること」と出てきます。親は「世の中にはおいしいものがたくさんあるのだから、もっと食事の幅を広げてほしい」「同じものばかり食べていると、栄養が偏るのではないか」と心配になり、療育の先生のようにあれこれ指導したくなりがちです。私の心に刺さった、ある本出典 : 『障害のある子の親である私たち』(福井公子著/生活書院)という本にこんなことが書いてありました。著者の息子さんは就学前まで白いご飯を食べられなかったそうです。そこで「日本人なのにお米が食べられない。これは何とかしなければ」と考え、綿密な計画を立てます。例えば、保育園から帰った一番お腹がすいているとき、ほんの一口からご飯を食べさせ、その後、大好きなチョコレートを食べてよい許可を与える。その結果、息子さんは家に帰ることを嫌がり、あげくのはてに保育園に迎えにいった母親の顔をみるなり先生にしがみついて、離れない状態になってしまいました。ところが、スーパーに行ったときのこと。試食販売のおばさんが、小さなカップに一口大のご飯を入れ、ふりかけをかけたものを息子さんに渡したそうです。すると、嬉しそうに食べたというのです!そして、その日を境にふりかけご飯が大好きに…。療育者である前に、親であるということこの本の最後に、次のような言葉が書かれていました。期待も押しつけもしない、ちょっと太った試食販売のおばさん。私はそんなお母さんになろうと思いました。障害のある子の親はついつい専門家もどきになってしまう。でも、親が療育の専門家になってしまうと子どもには親がいなくなる。障害のある息子と向き合ったとき、私はやっぱり親でいたいと思いました…中略…親は親以上でも親以下でもない。親だからできることもあり、親だからできないこともある。それでいいのだと思うのです。『障害のある子の親である私たち』(福井公子/生活書院)よりわが家の食事は、「恐怖の食卓」だったUpload By 立石美津子息子がまだ幼いころ、私も息子の偏食を直そうと必死でした。卵と牛乳に食物アレルギーがあった息子は、食べられるものが少なかっただけでなく、感覚過敏とこだわりの特性により「納豆、かぼちゃ、さつまいも、うどん、シュウマイしか僕は食べません」という食生活が続いていました。当時の私は、卵と牛乳を除去したさまざまな献立をつくり、「これでもか、これでもか」と食べさせようと必死でした。息子は食べたくないものが並ぶ食事の時間が、次第に苦痛になってきたようです。本来、楽しいはずの食事の時間なのに・「好き嫌いしないように、残さず食べろ」と小言を言われる・マナー優先、スプーンやお箸を上手に使えないと叱られる・手づかみしたら手を叩かれる・「こぼさないように食べなさい」と何度も叱られるという状況だったからです。そのころの私は、まさにモーレツ母さんでした。そして、本来、楽しいはずの食事の時間を「偏食を直す訓練の時間・しつけの時間」にしてしまったのです。大人になっても「あれも嫌い、これも食べられない」と好き嫌いが多い人はそんなにはいません。確かに偏食を厳しく指導された結果、なんでも食べられるようになる子もいます。その一方、嫌いなものを無理矢理口に押し込まれてトラウマになり、絶対に食べられなくなる子もいます。「楽しく食事を」を優先すべきだったと反省しています。息子の世界を、理解しようとしていなかった私出典 : 悲しいかな、こういうことは後になってわかることです。息子は多動性もあり、食事時間中じっと座っていることなんかできませんでした。きちんと座ってお箸で食事をするより、おにぎりやサンドイッチなどの手づかみ献立のほうが無理なく食べられたかもしれません。「世界では手食文化の国だって多くあるんだし、まあいいか」「お箸を使った方が上手につまめる。スプーンを使ったら、たくさんすくえるし手も汚れないし熱くもない。そう気づいたとき、使えるようになればいい」程度に思っていた方が、母子ともに楽だったかもしれません。発達が遅れている息子に対して、当時の私は、無理矢理「こっちの世界に合わせろ」と強要していたと反省しています。自閉症がある大人がレストランでスプーンを投げたり、手づかみで食べている光景は、あまりみかけませんからね。人目を気にするあまり叱ってばかりいて、心が不安定になってしまったら本末転倒です。昔の自分と息子に、かけたい言葉今は食べ盛りでいろんなものをモリモリ食べます。Upload By 立石美津子もし、過去に時間を戻せるのだったら幼児期に戻り「好きなものだけ食べていればいいんだよ、食事時間を楽しんで」と息子に言ってやりたいです。そして過去の自分の肩をポンと叩いて「美津子さん、そんなに真面目に一生懸命にならなくたっていいですよ。もっと今を楽しんで」と声をかけてやりたいです。偏食指導はほどほどに…。
2018年08月23日ADHD息子、”ひとつの公園で満足”はありえないUpload By かなしろにゃんこ。ADHDがある息子の外遊びはハードでした。落ち着きがなく好奇心いっぱい、自由奔放にあちこち動きまわるので、追いかけるのが大変。言葉が分かるようになっても、3歳~5歳ごろまでは「勝手に行かないでー」と言ってもいうことなんて聞きません。道路に飛び出す前に「止まってー!」と叫んでも止まるなんてことはしません。急いで捕まえて命を守らないといけないので、常にヒヤヒヤしていました。公園に行っても一通り遊具を触ると「別の公園に行こう」。飽きっぽいのか?遊具を触れば「公園チェックをコンプリートした」という気持ちになるのか?次から次へと違う場所に行きたがり、ついてまわるので精一杯。毎日へとへとでした。このころはまだ発達障害と診断される前でしたが…興味があちこちに移りすぎること、衝動性があることはあきらかでした。でも、それを「いけないこと」とは思いませんでした。外遊びにつき合うのはヘトヘトでしたが、元気があって何にでも好奇心が湧く、いい特性だと思っていました。たっぷり遊んで欲しいけど、疲労困憊の毎日だったUpload By かなしろにゃんこ。それに、しっかり遊ばせないと、夕方や夜中にイライラしたりぐずったりしてしまいます。だから、外遊びは息子のやりたいようにやらせることにしていました。とはいえ、夜中に漫画やイラストの仕事をしていた私は、昼間に2~3時間の外遊びタイムがツラくてしょうがなかったのも事実です。おしゃべりできないから、ママ友ができないUpload By かなしろにゃんこ。さらに!息子を追いかけて走りまわっていると、ママ友がつくれません(涙)明るくて優しそうなママが折角話しかけてくれても、短いお返事をしながら走り去らなくてはいけません。会話にならないので親しくなれるわけもなく…私たち親子はいつも2人きりでいるしかなかったのでした。孤独だな~なんて思うこともありましたが、息子が明るくおしゃべりだったので、息子との思い出がいっぱいつくれたから今はアレでよかったかな!って思っています。ワクワクを見つける達人Upload By かなしろにゃんこ。育てていくうちに「こういう子は落ち着きのないことがいいこと」なんだって分かってきました。行きたいところへ行って、見たいものを見て、いつも新しい刺激を受けるのがADHDがある子の特性。20歳になった今も絶えず新しい刺激を求める生活をしています。楽しいイベントをいくつも企画して、頭の中は複数のことをいつもいろいろ考えているそうです。たまに企画の段取りがごちゃごちゃになって困るらしいのですが…イベントの予定日まで、ワクワクした気持ちで過ごせるそうです。ワクワクがないと、別の公園に行きたがった子ども時代のように、ワクワクを探しにフラフラ歩きまわるのかもしれませんね。好奇心旺盛でいつもワクワクを見つけている息子、人生を楽しんでいるなぁ!ってこちらまで幸せな気持ちにさせてくれます。
2018年08月22日発達障害のある息子、学校になじめない出典 : 小学校2年生になる息子チー坊は、入学後1ヵ月もしないうちに行き渋りが始まりました。校門までは手をつないでニコニコで行けるのに、校門をくぐった瞬間に座り込んでしまう。最初の1か月半ほどは朝から給食が始まるまで付き添いを続けていました。しかしお母さんがいると甘えてしまうとのことで、ほどなく付き添いをやめることに・・・仰向けになって「行きたくない!」と泣き叫ぶ息子を、副校長先生が抱き上げて教室に連れて行くのを胸を痛めながら見送っていました。息子の通う小学校は5月に運動会があるため、先生方もなんとか息子を運動会に参加させてあげたいと、息子の気持ちが落ち着くまで隣の空き教室で本を読ませてくれるなど、一生懸命心をくだいてくれていたようです。でも、朝行きたくない気持ちを切り替えられない、みんなと一緒の行動ができない、休み時間に本を読むと集中しすぎて授業に戻れない、お友達にちょっかいを出す、授業が簡単すぎてつまらない、知っている字なのにドリルをやる意味が分からないので取り組まない、聴覚過敏など、さまざまな理由が重なり、なかなか学校になじめませんでした。息子、不登校になる出典 : 入学後しばらく経つと、息子の体に異変が起こります。夜になるとじんましんが出るようになってしまったのです。最初は疲れているのかな、とじんましんの出た翌日は休ませるようにしました。しかし次第に学校に行った夜にじんましんが出るように…これは息子のSOSなのではないだろうか…「息子からSOSが出ている、でもそうだとしたら私はどうしたら良いのだろう」不登校を決断するまで、とてもとてもとても悩みました。お世話になった保育園の先生からは「合わない居場所に1日いるのは、大人が思っているよりも本人にとってずっとずっと長い時間だから、チー坊にとってはすごくつらいと思う」とアドバイスを受けたり、息子を知る方々にも「チー坊に合った居場所が必ずあるよ。今の学校だけが学ぶ場所ではないから、あきらめないで居場所を探して」と励まされたりしているうちに「体にサインが出るほどつらいのに、無理して学校に行くことはないよね」そう考えるようになり、6月からは学校に行かない選択をしました。息子、本当は学びたい出典 : 不登校のあいだに息子をじっくりと観察して確信したこと、それは「息子は学校に行きたくないだけで、学びたくないわけではない」ことです。息子は知的好奇心がものすごく旺盛で、興味のあることにはごはんを食べることを忘れるくらいにとことん集中します。2歳くらいから好きになった魚から始まり、恐竜、宇宙、人体、元素、三国志など、知りたいことがあると親が何も言わなくても自分で学びを広げ、深めていました。不登校中に博物館に出かけたり、家で本を読んだり、アクティブラーニングの学習塾で授業に参加したり・・・息子の目はいつもと変わらずキラキラと輝いていました。こうして「学校に無理に合わせるのではなく息子に合った居場所を探そう」と、家族で息子の居場所探しが始まったのです。息子、素敵な居場所を見つける出典 : フリースクールのなかには、学校とは違う学びを目指しているところがあり、まずは体験に行きました。ところが、息子の個性がそことは合わず、ほかの居場所を探した方がいいのではとやんわり断られてしまいました(ちなみに、息子もそのフリースクールが合わなかったようで相互にお断りという結果でした)。ひとつめのフリースクール見学だったのに、「もうチー坊が行けるフリースクールはないかも」と、泣きながら帰ったことを覚えています。ふたつめのフリースクールを見学すると、チー坊は「ここにする!」と即決。1年生の6月から自宅から電車で1時間半ほどの距離にあるフリースクールに通うことになりました。息子の通うフリースクールは、まさに「みんな違ってみんな良い」。障害の有無にかかわらず、少人数で異年齢のいろんな子どもたちが通っていて、それをみんな当たり前のように受け入れて生活しています。放課後にフリースクール近くの公園で遊んでいる様子を眺めていると、複雑なルールの理解が難しい子のために子どもたちは理解しやすいルールをつくって、どの子も楽しめるように工夫して遊んでいました。このフリースクールでは、問題が起こったら先生と一緒に「どうしたらみんなが気持ちよく過ごせるか」についてミーティングを重ね、みんなで解決しているそうです。驚くことに、学校に通っていたときは毎日のように出ていたじんましんも、普段はまったく出なくなりました。好きなことを伸ばしてあげたら良い出典 : フリースクールの先生は「よく学校で座っていられたね。学校は無理だったんじゃないかな」と驚いていました。体験初日、あらゆるものに興味がうつり、引き出しすべてを開けて室内を走り回っていたとのこと…そして先生はこうもおっしゃいました。「チー坊の動いちゃうのは性質で、仕方のないことだと思う。学校で無理に座らせて苦手なことを克服するより、好きなことや得意なことを伸ばしてあげたら良いと思うよ」フリースクールの先生は、子どもたちの興味に合わせて小学校1年生から中学生に授業をしてくれます。博物館の特別展(古代アンデス文明展)に行く前には南米の地理や歴史、古代文明について授業をしてくれ、息子は古代文明好きに。毎週お散歩の授業があり、博物館に行ったり、アスレチック公園に行ったり、山登りしたり…お散歩での発見から次の授業が広がるなど、子どもたちは体験を通して楽しく学んでいるようです。チー坊がニコニコしながらフリースクールに通うようになって、私の心も本当に軽くなりました。心が元気になって、フリースクールに通う元気な子どもたちをみるたびに「人にはいろいろな学び方がある。学校だけが学ぶ場所ではない。こんな素敵な場所がたくさんあったらいいのに」そんな風に考えるようになりました。学校になじめない子が学べる場所が、日本には少ない出典 : フリースクールを探す過程で、息子のように学校になじめない子がたくさんいること、小学生の居場所が少ないこと、学べる場所が本当に少ないことを知りました。通級の先生は「学力支援や凸凹の凹(苦手)の部分を支えるものはあります。しかしチー坊のように、凸が高すぎるための凸支援は残念ながら日本にはありません。本当ならば良いところ、得意なところを伸ばしてあげたいのですが」とおっしゃってくださいました。そうか、ないのか…。そうだ、夫が借り上げた仕事場にはスペースがある。家賃の問題はクリアしている。ないなら、つくっちゃえばいいのかもしれない。そこで、わが家と同じように、発達が個性的なために学校で生きづらく不登校を経験したお母さんを誘って口説き落とし、教育に興味のある学生さんと一緒にフリースクールをつくろうということになりました。「大人だったらどうする?」で考えてみるUpload By 赤沼美里ここまでが、私がフリースクールをつくることになった、きっかけ。息子が不登校になったとき、「自由に育てているから、学校に合わない」とか「休みたいといったから休ませるなんて、わがままにさせていいのか」とか「ここは日本なんだから順応させるべき」とか、状況をなかなか理解してもらえず、傷ついたこともたくさんありました。でも私の悩んだときの基準は、「これが大人だったらどうするかな」です。会社環境が合わないために、じんましんが出るほどをつらい思いをしている友人がいるなら、きっと休職か転職をすすめるのではないでしょうか。不登校から1年、フリースクール歴1年。アンケートで「毎日の満足度を教えてください」という問いに「99点。今日はゲームをしていないから1点引いた」と答える息子(笑)笑顔で毎日を過ごす息子を見るたびに、不登校を選択して良かったと心から思っています。そして息子の通うフリースクールのような素敵な居場所が日本にひとつでも多く増えてほしい、学校になじめない子どもたちがひとりでも多く笑顔になってほしいと願って、フリースクールを立ち上げることに。次回は、どんなフリースクールを立ち上げたのかをお伝えしますね!
2018年08月21日子どものころの家族旅行。車中では元気いっぱいなのに…出典 : ようやくやってきた夏休み!今日は待ちに待った隣県にある漫画の博物館にお出かけする日。私と兄弟の3人は、両親を急かしながらそそくさと車に乗り込みます。父親が運転するバンの中で兄弟と一緒にはしゃいだり、流れていく景色を楽しんだり。車の中では、ワクワク過ごしているのですが…。いよいよ目的地の博物館に着くと気分は一転。私は車から出たくなくてぐずってしまうのです。人はたくさんいるし、どこに何があるか分からないし、大きい音で人気アニメの音楽が流れていたために家族の声もよく聞こえない。子どものころの私にとってそれはとても怖い場所に感じられました。両親も兄弟も私をなだめて、車から出てもらおうと苦戦します。でも、なんとか車を出ても、1時間もしないうちに「もう帰ろう!」とか「足が疲れた!もう歩きたくない!」なんて言い出すありさま。家族から「せっかく来たのにもう帰るの?」と言われながら、なんとかいろんな展示物を見てまわるものの、あまり楽しめず、今すぐ横になって寝たい気持ちでいっぱいになるのです。結局ぐずる私に引きずられて、家族旅行は予定より早く切り上げることに。帰りの車の中では、出発したときと同じように楽しそうにする私と、疲れて寝ている兄と弟…。このお出かけに限らず、県外の大きな公園やショッピングモールなどに行くと、私はいつもこんな状態でした。子どものころから、兄弟は全然大丈夫なのになぜ自分だけこんなに疲れてしまうのかが不思議でした。多すぎる情報と不安感で、一気にぐったり出典 : お出かけ自体は楽しみにしていましたし、移動中の車の中はよく知っている空間なので大丈夫でした。車の中は安心していられるので、周りの風景も楽しめたし、兄弟ともじゃれあいながらウキウキと時間を過ごすことができていました。でも観光地は知らないことだらけです。鳴っている音楽の音量は大きく、人もいっぱい、照明は明るいことが多いです。そういう場所では目や耳から入ってくる情報量が多かったり、家族の声がよく聞こえなかったりして、それを処理するのにとても体力を使っていたのでしょう。そのせいで、すぐに疲れてしまっていたのだと思います。小学校の低学年のころまではお出かけをするといつもこんな具合でした。両親は、どちらかが私につき添って車の中で一緒に待ってくれたり、水筒に入れた冷たい麦茶を飲ませてくれました。子どもながらに悪いなと思いながらも、自分ではどうしようもないのでもどかしく思っていました。小学校の高学年になるころには、両親は■目的地がどんな場所で■どのくらいの広さで■どのくらい人がいるかもしれないというようなことを事前に教えてくれるようになりました。とはいっても当時はインターネットもスマートフォンもなかったので、今考えると結構適当な情報だったのだろうと思います。それでも当時の私にとっては、事前に目的地に着いてからの心構えができたのでかなりありがたい情報でした。実際、事前に情報を教えてもらうようになってからは目的地に着いてからぐずることはかなり少なくなったと思います。外出先で疲れてしまう子のためにできる3つの対策出典 : 大人になっても、観光地が苦手なことはあまり変わりませんでした。子どものころほどではありませんが、知らない場所にいくと変に緊張しますし、人だかりやいろんな音が混じった空間に入るだけでとても疲れます。それでも経験を積んできてうまく対処できるようになったこともありました。私と同じように外出先で疲れてしまうお子さんのいるご家族へ、今までの経験から身につけてきた対応策をいくつか紹介します。出典 : 見通し不安がある場合、知らない場所に行くときは、画像や周りの地図などを事前に調べておくことで不安を軽減できます。子どものころに両親にやってもらったときにも気持ちが少し楽になっていたので、お子さんにも効果があるのではないかと思います。行く場所が、「どのくらいの広さで、どういう雰囲気の建物があって、どのくらい人がいるのか」という情報だけでもOKです。例えばインターネットに掲載されている地図の中には、目的地の近くに立ったときのような画像を見ることができるものもあります。お出かけをする前に、お子さんと一緒に「明日はここに行くんだよ」なんて言いながら一緒に見ておくとよいかもしれません。お子さんが興味を持てれば怖さよりも楽しさが勝り、着いてすぐに「帰りたい!」という状況を避けることができるかもしれません。出典 : もしお子さんに視覚過敏があって、まぶしい光や人混みが苦手な場合、サングラスや偏光メガネをかけてあげることをおすすめします。経験上、サングラスをかけるだけで、目に刺さってくるような光や人混みの情報量、照明のまぶしさが劇的に良くなります。観光地や行楽地はどこも視覚過敏がある人にとっては光がまぶしいことが多いので、サングラスがあるだけでかなり楽になります。子どものころ遠出するときは、100均で買った色が濃いサングラスをよくつけていました。車から風景を見るときも、サングラスをつけているだけで目の疲れがかなり楽になっていた記憶があります。今でも外出するときには晴れてない日でもいつも身につけているくらい、私はサングラスが大好きです。最近は、子ども向けの偏光メガネもあるので、チェックしてみても良いかもしれません。出典 : 聴覚過敏があると、人混みの中ではまわりの人が話している声が全部混じって聞こえてきてしまいます。そのため、何も対策をしないと人混みの近くにいるだけでひどく疲れてしまいます。そういう場合は、耳栓やヘッドフォンの使用がおすすめです。私自身は大人になってから、外に出るときに耳栓をするようになりました。これで、人が多い場所への外出がとても楽になりました。完全に音が聞こえなくなると危ないので、ある程度周りの音が聞こえるような耳栓がおすすめです。ノイズキャンセリング機能があるヘッドフォンでもいいと思います。ほんの少し聞こえなくなるだけで、ぐっと楽になります。耳栓をするだけで、少し遠くにいる人の声や比較的小さな音が聞こえなくなったり、聞こえてくる音がマイルドになって、耳に刺さってくる感じではなくなるのです。慣れるまでは耳栓をすると自分の話し声の大きさが分からなくなって大声で話しがちになってしまうので、お出かけする前に家で耳栓をしながら話す音量を調整する練習をしておく必要があるかもしれません。特性に合う対策で、お出かけを楽しんで!出典 : 長期連休に家族で外出しても、以前の私のように外出が苦手な子どもがぐずったりして、あまり楽しめなかった…というご家庭も多いかもしれません。でも、少し事前準備をするだけで、お子さんもご両親もみんなが楽しめるようになるかもしれません。ご紹介した3つの対策だけでなく、お子さんからも話を聞いてみて、お子さんの特性に合う対策をつくってみてください!
2018年08月20日発達障害の本を積み上げた、あのころ息子が発達障害と分かってから、買い漁った”発達障害のある子の子育てハウツー本”。わが家には山のようにハウツー本が積み上げられており、書き込みや付箋でいっぱいです。息子の特性に右往左往していた幼児期、ハウツー本には本当に救われました。解決法が見えない困ったことが起きても、本を読めば必ず解決法は見つかる!と気持ちを強く持つことができたからです。そういえば、最近すっかり発達障害児関連の本を読まなくなったなあ…と思い、久しぶりに話題の本をいくつか読んでみることにしたのです。そこで手に取ったのが、『赤ちゃん~学童期 発達障害の子どもの心がわかる本』(主婦の友社)。この本をパラパラと読み始めてすぐに、私は「そうだったそうだった」と息子が小さいころを懐かしく思い返しました。言葉の遅れはないのに、会話は一方的。独特の大人びた口調で、まるでニュースのキャスターのような話し方をしていたり、出かければすれ違う人に「あの人太っているね!!」と指を差して大声で言ってしまい、殴られかけたり…。泥水に足が浸かっただけで、「足が気持ち悪い」とパニックになり、大泣きして止まらなかったことも。「なんで?どうしてなの?君は何を考えているの?何が辛いの?」パニックになって大泣きする息子の側で、ぐったりと膝を抱えていた私。息子の行動の一つひとつに、ちゃんと理由があったのだなあと、この本を読みながら改めて気づいたのです。本を読むと、自閉症スペクトラム障害の子どもの行動の意味を、子どもの側に立って理解できるようになります。そして、特性は「治す」ものではなく「寄り添う」ものだということを、教えてくれています。実は、この本の感想をこうしてしたためるのに、大変な時間がかかってしまいました。書こうとしても書こうとしても書けないのです。すごい有用な情報が載っているなあ、そうそう、息子もこんなだったなあと思いましたが、やはり「感想」が書けないのです。なぜだろう、と思いながら読み続けていて、ふと気づきました。私はまるで、「物語」を読むような気持ちでこの本を読んでいたのです。息子の成長を楽しむUpload By 林真紀息子が発達障害だと診断を受けたのは3歳のころ。幼稚園に入園する直前でした。3歳とは思えないほど難しい言葉を使う子だったし、ニコニコと愛嬌があるタイプだったため、発達障害と言われても周囲は「??」という感じでした。けれども当時、私は連日の息子の癇癪とこだわりの強さや偏食に、毎日途方に暮れていました。息子は可愛かったけれど、育児は常に不安がベースにありました。幼稚園入園にあたっても、あれもこれもできないんじゃないだろうか…と不安ばかりが頭にありました。息子の多動が酷かったために家の外に出るのも面倒で、毎日のように発達障害についての本やネット情報を読み漁っていたものです。将来に希望は持てませんでした。他の子とうまくやっていけるのか、小学校に入るまでに座って勉強ができるようになるか、大人になって普通に就職できるのか…。ごくごく当たり前に子どもの成長を願うその時期に、私は目の前の不安で押しつぶされていました。息子の困り感や特性の強弱は、成長と共に次々と移り変わっていきました。さまざまな工夫により目立たなくなってきたと思えば、今度は新しい問題が出てきたり。それに必死に対処したり支援したりしているうちに、気づいたら本人がそれを克服する力をつけていたり。とにかく、息子も私も「今この瞬間」だけを見て生きてきたのでした。そうしているうちに、幼少期のころの「なんで?どうしてなの?」という行動は減ってきていました。そして、息子への育児は「不安」ベースではなく、「楽しみ」ベースになってきていることに気づきました。これは、大きな変化だったと思います。「今この瞬間」が、いつか「物語」になるUpload By 林真紀そうして、目の前の育児に走り抜けた日々。息子は今、8歳になりました。あのころ悩んでいたいろいろな特性は、療育や成長のおかげで、息子自身でコントロールすることができるようになっています。癇癪を起こすこともなくなりました。イライラしやすいところはありますが、自分でちゃんとそれを周りに訴えることができます。また、触覚過敏や味覚過敏についても、「無理はしない」というスタンスでお互いいるため、特別悩んだことはありません。「無理はしない。でも頑張れるところは頑張る」という感じです。ああ、息子可愛い、とやっと余裕を持って思えるようになりました。最近頭を巡らすのは、学習のこと、そして、友達関係のこと。実際、不安が強すぎたり、お友達とのコミュニケーションがうまくいかず、登下校で介入が必要だったときが何度もあったり、幼少期にはなかった課題も次々に出てきますが、息子と一緒に試行錯誤しながら、丁寧につき合っていっています。Upload By 林真紀これからも、育児は続いていきます。でも、私にとって「もうお先真っ暗」「疲れて明日のことも考えられない」というような状態は、終わりました。毎日毎日息子の行動の課題や特性に悩まされ、他の子どもと比べて絶望感に打ちひしがれるような日々も、終わりました。だから、久しぶりに発達障害のある子の育児本を読んだとき、私には一つの「物語」に思えたのです。当時はあまりに必死過ぎて、過去も未来も私にはなかったのに、息子幼少期の育児は、今「物語」になっていたのでした。振り返ってみると、療育はとても楽しかった、幼稚園での支援は本当に有り難かった、たくさんの資料と本に埋もれての学びも多かった。でも…もう少し長い目で見て、肩の力を抜いて育児をすれば良かった。「物語」として受け止められるようになった今、さまざまな思いが去来します。苦しく、必死で、未来が見えないとしても、やがてそんな日々は「物語」になっていくのだと、私はつくづく感じたのです。改めて、先が見えなくても、足元を見ながら前に進んで行こうと勇気づけられたのでした。こうしたハウツー本のなかには「親ができること・するべきこと」についての記述がたくさんあります。それを知ることはとても大切なこと。でも、今こうして息子と過ごした日々を振り返りながら、発達障害のある子を育てるうえで、「親ができないこと・他人に頼るべきこと」についても、フォーカスしてほしいと思います。全部背負い込んで、疲れ果てていた自分のようにならないように。
2018年08月19日Upload By 荒木まち子Upload By 荒木まち子娘が唯一好きなスポーツとは出典 : 体を動かすことが苦手な娘は、縄跳び、跳び箱、鉄棒、球技など、ほとんどの運動を“努力して”身につけてきました。そんな彼女が自ら好んでする運動が1つだけあります。それは水泳です。娘は4歳~10歳まで水泳教室に通っていました。「水泳は自分のペースでできるから好き。泳ぐと気持ち良い。ストレス解消になる」と、娘は水泳教室を辞めた後も高校を卒業するまでは週1回ほどのペースで公共のプールへ泳ぎに行っていました。就職後はなかなか時間が取れず…出典 : 高校を卒業し、今年の春に就職した娘は現在、月曜から金曜の平日9時から17時までの仕事をしています。体力的にも精神的にもまだ慣れておらず、週末は疲れて昼まで寝ていることもしばしば。会社帰りに泳ぎに行ったりする余裕も当然ありません。諦めていなかった夢出典 : 泳ぐことが好きな娘には、小さいころから”イルカと一緒に泳ぎたい”という夢がありました。その夢は、水泳がなかなかできなくなっても変わらず抱き続けていました。就職して3カ月が経ったころ、ついに念願の「イルカと一緒に泳ぐプログラム」を体験する目途がたちました。過去に体調の関係などで参加を断念したこともあった娘は、日程が決まるとその日を指折り数えて待ちました。イルカと一緒に泳ぐプログラム、スタート!出典 : プログラム当日、緊張した面持ちで水中に入った娘でしたが、イルカの放つ水しぶきを顔いっぱいに浴びると一気に緊張がほぐれた様子でした。最初はおそるおそるイルカに触っていましたが、餌をあげたり撫でたりしているうちに徐々にリラックスしていきました。娘は人と目を合わすことが苦手なのですが、不思議とイルカとは目を合わせていました。そしてイルカに頬ずりをされ、娘は自然と笑顔になっていきました。イルカは娘の出す合図に従って泳いだり、声を出したりします。それを笑顔で見る娘。その様子を見ているこちらも自然と笑顔になりました。意外と体力勝負娘が参加したプログラムはイルカに触れるだけでなく、一緒に泳ぐというもので■25m以上泳げること■立ち泳ぎができることが参加の条件でした。この日ウエットスーツ初体験の娘はスーツの浮力でバランスを崩してしまい、立ち泳ぎの状態をキープするのに苦労していました。イルカの力は強く、泳ぐスピードも結構あります。イメージしていたような「笑顔のライディング」とはいきませんでしたが、それでも速いスピードで水の上を滑るようにイルカに運んでもらう娘の姿はとても楽しそうでした。イルカとのふれあい体験をした娘は…出典 : プログラム体験後、娘は「バンドウイルカの肌はゴムっぽいんだけど、シロイルカの頭は柔らかくてグミとかゼリーみたいなの!」「目がすごく優しいんだよ」「声は口からじゃなくて頭の穴から出すの」「すごく癒された」と、いろいろと教えてくれました。そして「動画や画像で見るのと実際にふれあうのとでは全然違う。生きてるって感じが伝わってくる。やっぱり外に出ていろいろな体験をするのって大事なんだと感じた。非日常感もあって嫌なことを忘れることができた。またいつか体験したい!」と興奮気味に話してくれました。生き物とふれあうことで得られる「癒し」の力娘は、いつもは絵を描くことや、テレビを見ること、本を読んだり好きな音楽を聴いたり歌を歌ったりすることでストレス発散をしています。でも今回の体験は格別だったようで、言葉がなくても優しい気持ちが通じ合う動物のパワーと癒しを感じ、娘は元気をチャージしたようでした。これからも、好きなこと・夢中になれることを通して、いろんなことを感じたり、パワーチャージする方法を増やしていってもらえたらなと、思っています。
2018年08月17日親子が大好きな幼稚園の先生との出会い広汎性発達障害がある娘は、幼稚園入園時、無言で、表情もない状態でした。しかし、園で出会った先生は、無言の娘にたくさん声をかけてくれ、表情がない娘にたくさん笑いかけてくれました。Upload By SAKURAそして、みんなが当たり前にできることでも、嫌な顔一つせず対応してくれ、娘が一つできるようになると、一緒に喜んでくれました。当時の娘は、私の通訳がないと、言っていることを周りの人に理解してもらえない状態だったのですが…先生と娘はなぜか分かり合えていました。前回のコラムでその出会いについてご紹介しましたが、実はそのあとも、私たち親子は先生にとても助けられています。Upload By SAKURA3年間、一緒に悩み、一緒に成長を喜んでくれた先生に、親子共々支えてもらいました。卒園式は、私の方が寂しくて泣きそうでした。卒園後も、娘の中で先生の存在は消えず、「先生、元気かな?」「私、先生大好き!」とたびたび言っていました。卒園後、大好きな先生とばったり再会!先生から意外な提案がそして、娘が一年生の夏休みのこと。偶然、買い物に行った先で、先生とばったり会いました。娘と先生は再会を喜び、たくさんお話をして大盛り上がり。私も、卒園してから今までの学校生活や娘の成長を、先生に話していきました。私たちの話を、先生はうれしそうに聞いてくれました。Upload By SAKURA「もっと、あーさんの話を聞きたい」と思ってくれたのでしょうか。先生は私に「あーさんと文通させてくれませんか?」と言いました。娘は「やる!やる!お手紙書く!」とやる気満々。娘と先生は文通をすることになりました。読み書きが苦手な娘、はじめての文通にチャレンジ!しかしこの時、娘は文章を読むのもたどたどしく、まだ自分で文章を書くことができませんでした。今まで手紙を書くといっても、私が手伝いながら、頑張って書かせても一行程度。とても時間もかかっていました。先生からの申し出を、うれしいと思うと同時に「娘に文通なんてできるのだろうか」と心配な気持ちにもなりました。しかし、大好きな先生との手紙のやり取りは、「娘にとっていい影響を与えるに違いない!」そう考え、チャレンジしてみることにしました。Upload By SAKURA先生から届いた手紙を読む時、そして娘が返事を書く時は私がサポートしながら、二人は文通を続けました。娘の誕生日の時は、バースディカードも送ってくれました。「4歳、5歳、6歳、7歳と、あーさんに誕生日カードを書かせてもらえてうれしい」と書かれてあり、私は涙が出るほどうれしかったです。そして娘は、やり取りの中で少しずつ、少しずつ…先生の手紙をスムーズに読めるようになり、少しずつ、少しずつ…一人で返事を書けるようになっていきました。娘は私が想像していた以上に、楽しみながら手紙を書いています。どんなことを書こうか…先生に何を伝えようか…自分で考え、私のアドバイスなしで書く姿は、急にお姉さんになったように見え、とても成長を感じます。直接支援が終わっても、つながる気持ちに支えられている文通を始めてもうすぐ一年。娘は手紙が届くのを、そして返事を書くのを、毎回楽しみにしています。幼稚園の先生が、小学校に上がった今も娘のことを気にかけ、話を聞きたいと思ってくれるだけでもありがたいのに、「相手のことを考え、自分のことを伝える」そんなコミュニケーションを楽しく学ばせてくれる先生。卒園しても、娘を成長させ続けてくれています。Upload By SAKURAこの先生との出会いに、私たち夫婦は本当に感謝しています。これからもずっと、二人のきずなを深めていってくれたらうれしいです。私自身も先生とLINEのやり取りをしています。私とも是非、末永くつながっていてくれたらなーと思います(笑)
2018年08月15日幼稚園生時代、夏休みの帰省で。「孫に障害はない!」と完全否定する祖母Upload By 荒木まち子私は娘が1歳頃の時から、周りの同世代の子どもとの違いや育てづらさを感じていました。健診時に指摘などはされていませんでしたが、娘の幼稚園入園前から療育機関などに相談をしていました。娘は人見知りをしなかったので、年に数回しか会うことがない祖父母は「本やテレビが好きな大人しい孫」「歌やお絵描き好きなおっとりさん」と感じていたのかもしれません。出典 : おじいちゃん、おばあちゃんっ子だった娘娘自身もおじいちゃんとおばあちゃんが大好きで、帰省の時は親ではなく祖父母と一緒に寝たがる程でした。電車に乗れるようになると一人で祖父母の家に泊まりに行ったり、旅行好きな祖母と一緒に旅にも行ったりしていました。高校生になるとPC検定の資格を持つ娘が祖母にパソコン操作を教えることなどもありました。おおらかで優しいお年寄りと過ごす時間は娘にとっても心地良かったのだと思います。出典 : 初めて、娘のパニックに遭遇した祖母娘が高校3年生の時、たまたまわが家に泊まりに来ていた祖母は娘のパニックに遭遇しました。この頃の娘は、就職活動中だったこともあり、とても不安定でした。「学校から配布された資料が見つからない」と家中の引き出しを開けて探しまわりました。私が「学校に電話して同じものをもらえば良いんじゃない?」と言っても「それは絶対ヤダ!」「あの先生は怖いんだ」と全く聞く耳をも持ちませんでした。同じ引き出しを何度も開けたり閉めたりすることを止められない娘。しまいには弟の机の引き出しやランドセルの中まで探し始めました。その時、祖母は…Upload By 荒木まち子祖母が娘をなだめている間に私は学校に電話をし、先生に娘の様子を伝え、翌日同じ資料をもらうことになりました。パニックは1時間ほどで治まりましたが、孫のパニックを目の当たりにした祖母はショックを受けたようでした。孫の将来を案じてその後、就職がなかなか決まらなかった娘を心配した祖母に「知り合いの会社を紹介しようか?」と勧められたことがありました。私は「いつまでも親が子供を守り続けられるわけじゃない。私たちは娘のことを理解して支援してくれるような人(ジョブコーチ)がいる会社を探している」と伝えました。祖母の思う幸せとは、違うかもしれないけれど就職後、娘は祖父母のところに行くことはほとんどなくなりました。孫のことが心配な祖母は、しょっちゅう電話を掛けてきます。「会社には休まず通っているの?」「会社の先輩とはうまくいっている?」「身だしなみはきちんとしているのかしら?」「お金は足りてるの?」「親としてちゃんと悩みを聞いてあげてる?」「また一緒に旅行に行きたいんだけど…」私はその一つひとつに丁寧に答えます。「会社は無理して毎日通うより、休み休みでもいいから彼女のペースで長く続いた方が良い」「娘は人間関係は時間をかけて築き上げていくタイプ」「完璧でなくても他人を不快にさせない程度の身だしなみはできていると思う」「まだ職場になれるのに精一杯でお金を使う暇もあまりないみたい」「職場の悩みを聞くのは親ではなくてジョブコーチという会社の上司なんだよ」「休みの日は趣味や友達と過ごす時間に充てているよ。もう家族と一緒に出掛ける年じゃないし」“おばあちゃんの思う『幸せ』とは少し違うかもしれないけれど、本人が辛いと感じることなく毎日を過ごせていれば、それが彼女にとっての幸せなのだ”と時間をかけて伝えていこうと思っています。
2018年08月10日孤立しがちな子育ての伴走者としての医療出典 : 娘が小2で不登校になったとき、母子2人きりの家庭だったわが家は、周りに理解者も味方もなく、たった1人で混乱と不安の中に突き落とされたような気持ちでした。のちに親の会でたくさんの仲間に出会いましたが、子どもが不登校でも発達障害でも、学校や相談機関との対応を引き受けることになるのはほとんどが母親。子どもからやるせない気持ちやときには暴力をぶつけられるのもやはり母親が一番多かったのです。そんな母親たちは孤独で疲れ切っており、親の会で初めて話すときはポロポロと涙をこぼす人も多く、「自分自身が精神的に病んで精神科に通っている」という声もよく聞きました。子どもが学校に行かなくなったとき、病院を受診する家庭が多いと思います。私の場合、自分自身が精神科にかかっていたので、同じ総合病院内の児童精神科医を紹介してもらえ、娘もすぐに医療につながることができました。学校からは登校を迫られる中、娘の主治医は「今は無理に登校させるべきではない」という意見書を書いてくれたり、私たち親子が疲れ切ったときにはリフレッシュのために入院させてくれたりしました。また、私の精神状態が悪化して「死にたい」と訴えたときには、児童相談所での一時保護や入院を提案してくれ、まさに最後のセーフティネットとして助けてくれたのです。こういった難しい子育てに臨む親は追い詰められ、孤立しがちです。医療機関にはそういった親に寄り添い、共に歩む支援者としての一面もあるのだということに気づくことができた体験でした。代理受診をチャンスに変えるわが家もそうですが、同じ境遇に置かれた人たちの悩みで多いのが「子どもが病院に行きたがらない」ということです。娘も3度の入院を終えるまでの最初の1年半くらいは素直に病院についてきていましたが、次第に「自分はどこも悪くない」「病院は嫌い」と言って行かなくなってしまったのです。これは親にとってなかなか心折れることで、「本人が行かないのならしょうがない」と通院をやめてしまう人も。でも私は、1人で代理受診を続けました。そしてそれは、思わぬいい結果を生み出してくれることになります。出典 : 多くの病院は代理受診を認めてくれます。特に精神科は本人が受診できないケースも多いですから。私は娘の代わりに受けた診察で、「娘が『死にたい』って言ってるんですけど大丈夫でしょうか?」など、気になる言動について相談し続けていました。こんな状況、自分1人で娘と向き合い、受け止めるには重すぎますから。そんなとき、「大丈夫ですよ」と先生に言われるだけでホッとしたのを覚えています。また、娘のためのセラピーにも、娘抜きで行っていました。そこではまるで自分がカウンセリングを受けているかのように、「もうつらい」「どうしたらいいのかわからない」といった気持ちを吐き出すことも多くありました。カウンセラーの先生はいつも静かに話を聞いてくれて、本当に救われた気持ちになりました。また、臨床心理士ならではの「娘さんは今こういう気持ちなのでは」といった解説も、心を楽にしてくれたものです。親として抱えきれないさまざまな悩みを受け止めてくれた先生方には、感謝してもしきれません。出典 : 主治医が退職したのを機に、総合病院から発達障害を診ることができるクリニックに転院しましたが、そこでも代理受診は続きました。月一度ペースで通い、その間の娘の様子を報告するといった診察でしたが、ふとした拍子に「娘さん、こんなところが成長していますね」「それができるのは視覚的処理が非常に優れているということですよ」といったように、母親の私が気づくことができないことを教えてもらえることがありました。それは思った以上に私を勇気づけてくれました。学校に通っていないと他人が娘を評価してくれることはめったにありません。先生の何気ない言葉は「一緒に育ちを見守ってくれている」という心強さを私に与えてくれたのでした。出典 : 娘が思春期に入ってからは対応のしかたに悩むことも増えてきました。そんなときも、継続的に様子を報告し続けている先生に「娘も他人相手だと割り切れるみたいなんですけど、私相手だとうまくいかないみたいなんですよね」と相談してみると、「親子だからこそ難しいんですよ。お互いに別々の時間を大切にするとか、親子の距離を置くようにしていったらどうでしょう」という提案が。そういうところが、さすがなのです。専門家として距離を置いて見ているからこその目線です。不登校の子の家族にはなかなか外からの風が入ってきません。だからこそ、風通しを良くしてくれる他者が大切なのだと思います。障害年金受給なども見据えて最初の主治医が退職したことをきっかけに、障害基礎年金申請のことも見据え、大人の精神科も併設した発達障害に強いクリニックに転院しました。障害基礎年金の申請には、専門のドクターに書類を書いてもらう必要があります。不登校期間が長く、発達障害もある娘には年金のことも考えておく必要があったのです。先生には私の考えを伝えてあり、本人の気持ちや様子を見ながら再度の発達検査や精神障害者手帳の手続きなどを考えていこうということになっています。将来、娘が福祉を必要としたときに、きちんとつながることができるようにするためにも、医療機関との関わりは重要なのです。出典 : 私は代理受診をしていることを娘に話していました。そして「今日は先生とこんなことを話したよ」「先生が気が向いたらおいでって言っていたよ」と軽く声をかけ続けたのです。すると、新しいクリニックに変わって1年くらいたったある日、メールで先生に相談したいことを送ってきて「これを先生に見せて」と頼んできたではありませんか。びっくりしましたが、何度かその方法で先生と伝言ゲームをした後、ついに娘がクリニックを受診したのです。少し緊張していましたが、私の話を通して先生に親しみを持っていた娘はしっかりと先生の目を見て話していました。それからは3回に1回くらいのペースで娘も受診しています。まさかこんな日がくるなんて。細くてもいい、長くつながり続けることの大切さ出典 : しんどい子育てをしている家庭は孤立しがちです。だからこそ、社会とつながる支援の手はひとつでも多い方がいいといえます。しんどいからこそ、ときには支援につながることに疲れてしまうかもしれません。そんなときは少し距離を置いてもいい。でも細く長くでいいから決して手を離さないでほしい。これは、代理受診でつながり続けてきたわが家が、今、切実に感じていることです。
2018年08月10日ADHD息子とのおでかけは、歩かない、グチ多い、かんしゃくの三重苦Upload By かなしろにゃんこ。息子がまだ小さいころのこと。ADHDと軽い広汎性発達障害がある息子とのおでかけは、毎回大変でした。親の用事で外出するときは、死んだ目をしてヤル気ゼロ!「疲れた、お腹空いた、のど渇いた、トイレ行きたい、あの店見たい」など、事あるごとに休みたいとか、気になる店に入りたいと要求してくる息子をなだめながら、「正直こっちが疲れるーーー!!」とぐったりしていました。手を引きながら歩いても、”力入りませんアピール全開”で、背中を丸めてヨロヨロ歩きます。そのうち「つまらないー、おもちゃ屋さん行きたいー」とぐずりはじめ、しまいにはかんしゃくを起こします。たいした用事ではないはずなのに、目的地までどえらい時間がかかります。歩かせるよりも抱っこしてしまった方が早いなんてこともありました。甘やかしてしまうようでイヤだったけれど、息子のように育てにくい子の場合は、幼稚園児くらいの年齢になっても抱っこするのは仕方のないこと…と、息子が成人した今は思いますが、当時はかなり悩んでいました。レストランでの食事を味わうなんて、夢のまた夢Upload By かなしろにゃんこ。レストランに入っても、落ち着きがなく、食べ終わらないうちからレジ横のおもちゃコーナーが気になってソワソワ。「おもちゃ見たい!」の連呼です。今のようにスマホが無い時代でしたし、レストランにまでゲーム機を持っていくのは夫が厳しく禁止していたので、息子は手持無沙汰に。自分の要求が通るまで「おもちゃ見てきていい?」を繰り返します。それに、同じ場所に10分以上座っていると飽きてしまうので、体を動かしていなければ息子はイライラするのです。息子の我慢の限界がくるのではと気になり、せっかくの外食なのにゆっくり味わうことができません。根負けして「少しだけなら見てきていいよ」と言うと、ダッシュでおもちゃのところに飛んでいきます。心配して息子の様子を見ると案の定…少し見るどころか、自分のものみたいな顔をして、売り物のおもちゃでガンガン遊んじゃってます(汗)あわてて残りの食事をかき込み、急いで店外へ。レストランに行っても、いつも落ち着かない食事ばかりです。ゆっくり食事を楽しんでいる他のファミリーを見ては、うらやましいな…と感じていました。ミニカー作戦で、30分間の食事時間を確保!Upload By かなしろにゃんこ。少しでもいいからゆっくり味わいたい!そこで、でかけるときは息子の大好きなミニカーのおもちゃを持っていくことにしました。食事のときはミニカーを1つ渡して遊ばせて、飽きてソワソワしてきたら隠しておいたミニカーを渡します。その代わり、今まで遊んでいたミニカーはカバンの中に隠します。家から持ってきたおもちゃですがレストランで遊ぶと新鮮な感じがするのでしょう、しばらくは自分の世界に入って大人しく遊んでくれます。飽きたらまた次のおもちゃと代わるがわる渡していく作戦を実行したら、30分間は落ち着いて食事ができたのです!「こんな日が来るなんて!!」と、とても嬉しかったことを覚えています。おでかけ前の「ご褒美」見える化で、ワクワクできる!Upload By かなしろにゃんこ。もう少しハードルの高いおでかけのときは、「ご褒美作戦」を実行しました!親の用事でつき合わせなくてはいけないおでかけでは、息子のテンションが下がらないように「しっかり歩いてくれたら用事が終わった後におもちゃ屋に寄ってもいいよ!ミニカー1つ買ってあげるよ」などとご褒美を用意することにしたのです。子どもにだっていろんな思いがあります。別に行きたくもないところに連れていかれるのです。「ミニカー買ってもらえるなら行こうかな」と、出発前に納得できれば、外出先でもくずれないはず。帰り道に寄れそうなおもちゃ屋さんや、息子が興味を持ちそうなイベントを調べておいて、おでかけ前に伝えます。息子にも目的を持たせることで、ウキウキした気持ちでおでかけできるようになりました。親子のストレスの軽減とスムーズなおでかけのためには、多少の出費も仕方ないし、息子の気持ちに寄り添うことも大事だと考えたのです。子どもの気持ちに寄り添えば、おでかけもラクになるUpload By かなしろにゃんこ。ちなみに、「ご褒美作戦」のコツは、おもちゃを買ったらすぐに開けさせないこと。息子とのおでかけは体力を使います。のども渇きます。ひと休みのためにカフェに入りたくなります。だから、カフェに入った時に、ようやく新しいおもちゃで遊んでもOK!とするのです。とはいっても、カフェタイムはそんなに長くはもちませんが(涙)、それでもカフェで座れるだけで幸せです。おもちゃを買い与えてばかりでよくないんじゃないかしら?と考える親御さんもいるとは思いますが、ミニカー1つ分の出費と割り切る、大人の用事につき合ってくれたご褒美だと考えればいいのです。「お母さんは約束をきちんと守ってくれる。僕も嫌がらないで歩こう!」と子どもとの信頼関係も生まれます。ちなみにわが家では、小学4年生まではご褒美はミニカーで通用していました。小学校高学年にもなると、親のおでかけにはついてこなくなりますから、それはそれで寂しいものです。今では、かわいい子どもとおでかけしている親子を見ると「あぁいいな~」とうらやましくて仕方がありません♡
2018年08月09日子どもへの声かけを学ぶ!『発達障害とグレーゾーン子どもの未来を変えるお母さんの教室』発達障害のグレーゾーンのお子さんがいるお母さんに、具体的なシチュエーションを想定して、肯定的な言葉がけができるテクニックや好ましくない行動をされたときの対応などをその理由とともに解説しています。幼少期に「体が弱く、手のかかる子」だったという著者の吉野加容子さん。自己肯定感が低かったそうですが、「苦しいよね。よく頑張ってるよ」と声をかけられてから、心が軽くなる経験をし、コミュニケーションや声かけの大切さを知りました。吉野さんは発達科学コミュニケーショントレーナー、臨床発達心理士。特別支援教育や発達心理学を学び、脳科学の研究を行っています。本の中では、「まずは3ヶ月やってみる」というスモールステップが設けられているので、始めやすいかもしれません。15年ほど発達支援に関わっていた吉野さんが、頑張るお母さんの気持ちに寄り添って声かけのアドバイスをくれます。(発行: 2018/7/1)子育ての気持ちが楽になるヒントを一問一答で!『「ウチの子、発達障害かも?」と思ったら最初に読む本』約20年にわたり、3,000人もの発達障害のある人と接してきた横須賀市療育相談センター所長で小児精神・神経科医の広瀬宏之先生の著書です。この本は、「発達障害かも?」と疑問を持ったり、発達障害の診断を受けて間もない子の保護者に向けられています。「診断されたら、何をしたらいいの?」「子どもの障害を受け入れるのがつらい」「保育園や幼稚園、学校にはちゃんと行けるの?」など、多くの保護者がぶつかる疑問や不安に対して、一問一答方式で、特性や困りごとへの対応などを紹介しています。1つの質問に対しての解説は1〜2ページにまとめられているので、気になる部分を中心に読み進められます。知らないことが多いと不安も多いですが、あらかじめ困りごとへの準備ができたり、先のことが分かると、いざというときに落ち着いて対応ができるようになりそうですね。(発行: 2018/7/10)保育者向け雑誌から発達障害の特集が登場!『PriPri特別編集発達支援「困った!」を抱える子の保育』これまで保育者向けの雑誌「PriPri」の中で数ページを使って連載してきましたが、10年の連載を経て現場からの強い要望から発達支援に特化した一冊として登場しました!子どもの困りごとの例やその対応をはじめ、園内研修向けの"困りごと擬似体験"の方法など、保育者が発達障害のある子どもに寄り添えるようなコンテンツがまとめられています。また、保護者と連携したサポートなども提案。巻末には幼稚園の指導計画の事例などもあり、実践のヒントになりそうです。同時に、食事やトイレの生活習慣をうながす絵カードの使い方も紹介されているので、さまざまな場面で活用したいですね。ほかにも、保育のノウハウだけでなく、特性を生かし、15歳でコーヒー焙煎士の道を選んだ岩野響さんや家族のインタビューなど、さまざまな内容が盛り込まれています。(発行: 2018/6/28)子どものころからの苦しみを救った自分へのメッセージ『ヘン子の手紙 発達障害の私が見つけた幸せ』自分と夫に宛てた作文「ヘン子の手紙」が第51回NHK障害福祉賞で最優秀作品に選ばれ、その後テレビでドキュメンタリーが放送されるなど話題になった著者・伊藤のりよさんの著書です。発達障害のある2人の子どもを育てる中で、36歳で自分にも発達障害があることに気づいた伊藤さんが、これまでの人生をつづっています。大人に怒られることが多かった子ども時代、生きる意味を見出せなくなったほどの特性による生きづらさ、葛藤もありのままに振り返っています。伊藤さんは生きづらさが発達障害のためだったと分かり、ホッとしつつも、対処が分からず精神的に追い込まれてしまいました。そこで自分への手紙を書いたことで抱えていたものと向き合うことができたそうです。発達障害のあるなしに関わらず、読む人が今の自分を見つめ直すことができる一冊です。(発行: 2018/7/31)医師であり発達障害当事者の著者が解説『自分の「人間関係がうまくいかない」を治した精神科医の方法』30代半ばにアスペルガー症候群とADHDがあると気づいた精神科医の西脇俊二さんが、自身の経験などから人間関係に悩みがある人へ解決のヒントを集めた本です。「なぜか相手をいつも怒らせてしまう」「学校や職場など、集団での生活が苦痛」といった悩みがある人に向けて、自身が行って改善があった対処法などを紹介しています。また、「人間関係がうまくいっていない人」とのコミュニケーションのポイントもシチュエーション別にまとめられています。当事者と夫婦や友人、部下、上司といった立場で関わりがあり、悩みを抱えている人も参考になりそうです。コミュニケーションにとらわれず、好きなことにのめり込むことで、社会に影響を与える仕事ができたり「特性は悪いことばかりではない」というメッセージも。自分がつまずいた経験があるからこその視点が詰まっています。(発行:2018/7/25)
2018年08月08日ダウン症のある子ども向け言語プログラムを、アメリカから導入Upload By 発達ナビ施設インタビュー東京都杉並区、南阿佐ヶ谷駅からほど近い場所にある、ダウン症のある子どもたちを中心に療育を行う、児童発達支援・放課後等デイサービス「bamboo wow(バンブーワァオ)」。2016年にオープンしたこの施設は、2018年7月現在、およそ150名の登録者が在籍しています。この施設の特色は、海外で実践されている「ラーニングプログラム(LP)」をいち早く導入したこと。LPとは、イギリスの大学でダウン症のある子どもたちのデータを元に開発され、アメリカで発展した言語プログラムです。アメリカでは既に20年近い実績があり、スムーズな言語獲得や認知の向上など、大きな成果が出ているといいます。このLPを日本に持ち込んだのが「bamboo wow(バンブーワァオ)」代表の矢作桂子さんです。矢作さんは、現在小学6年生と3年生の2人の男の子を育てるお母さん。開設のきっかけは、ダウン症のある次男が生まれたことでした。矢作さんは次男を育てるなかで、あることに気づきます。“日本では、未就学児への療育は充実しているけれど、小学校へ上がると通えるところが少なくなってしまう…”また、ダウン症のある子どもに特化したプログラムを受けられる場所が見つけられませんでした。そこで矢作さんは、「ならば、私が」と立ち上がったのです。そして、ダウン症のある子どもに関する教育法や療育をリサーチしていくなかで見つけたのが、LPでした。1984年から1993年の10年間をアメリカで過ごし、英語も堪能な矢作さんは、アメリカに視察に向かいます。“プログラムをこの目で見てよかったら、プログラムを広められる場所をつくろう”このときから、既に「bamboo wow(バンブーワァオ)」の構想が矢作さんの頭のなかにぼんやりと描かれていました。アメリカへ視察に出かけたのが2017年6月。この視察を経て構想はさらにはっきりとしたものに。その後、プログラムの日本語翻訳など1年の準備期間を経て、「bamboo wow(バンブーワァオ)」をオープンさせたのです。 wow(バンブーワァオ)アメリカで出会った、ハッピーでいきいきしたダウン症のある若者たちUpload By 発達ナビ施設インタビューアメリカでの視察で感じたことや「bamboo wow(バンブーワァオ)」の特色について矢作さんにお伺いしました。ーーアメリカでの視察で印象的だったことはありますか?矢作:子どものころから一緒にLPを受けている10代のダウン症の子どもたちに出会ったのですが、その子たちが兄弟みたいな関係性だったんです。外では「なんとか苦手を克服しなければいけない」と気を張ることがたくさんあると思いますが、その子たちだけで集まったときには、リラックスして若者らしく彼氏や彼女の話をしたり、映画の話をしたり。ハッピーでいきいきしている姿がとてもいいなと感じました。ーーそんな場所を日本でもつくりたいと考えたのでしょうか?矢作:もしプログラムを広めるだけだったら保護者を集めて講演をするだけでもよかったかもしれません。でも、「ダウン症のある子どもたちが、自分のままで認められ、自己肯定感を高められる場所」をつくりたかったんです。それと同時にダウン症のある子どもを育てるお母さんやお父さんがほっとできる場も必要だと思いました。だから「場所づくり」にもこだわりました。ーー多数の専門家の方がスタッフとして在籍していると聞きました。矢作:はい。ありがたいことに予想以上に専門家の方が集まってくれました。理学療法士、作業療法士、言語聴覚士、心理士、保育士、などです。現在在籍しているスタッフは21名です。私を含め、保護者からのありとあらゆる質問に答えられるような体制を整えています。ーー多くの専門家が集まっているからこそできることはどんなことでしょうか?矢作:「○○ちゃんのお母さんからこんな質問がありました」とスタッフでつくっているSNSのグループにメッセージを書き込むと、スタッフはオフの日でも、それぞれの考えをたくさん回答してくれます。専門が違うので、異なる意見もありますが、それをすべて保護者にお伝えします。このなかからいろいろ試して○○ちゃんにぴったりな方法を一緒に見つけられればと思っています。ーー本やネットでもなかなか自分の疑問や不安に対する的確な回答を探すのは難しいので、保護者にとっても心強いでしょうね。矢作:これまでの療育は、「いかにできないことを少なくするか」というところに重きが置かれていたように思います。でも、ここでは「できる、できない」は関係ありません。子どもも親も安心して過ごせて、子どもの特性を親が学び、できるだけ不安なく楽しく子育てをすることを大切にしています。そのために専門家の力を借りて、親も子もそしてスタッフもみんなで成長していきたいですね。豊富なプログラムや教材から、その子に合ったものをUpload By 発達ナビ施設インタビュー現在、「bamboo wow(バンブーワァオ)」では、アメリカから導入したLPで行う「ことばのためのプログラム」、「体づくりのプログラム」、「身辺自立のためのプログラム」、「好奇心発見のためのプログラム」、「親子プログラム」などさまざまなメニューを展開しています。1対1の個別指導からグループ指導まで、それぞれの子どもに必要なプログラムを、その子に合った形式で受講できます。「親子プログラム」は月に1度、保護者に向けての講座が行われます。”数の概念を教える”から”親なきあとのこと”まで、テーマはさまざま。保護者は「将来は就労させなくては。そのためにできないことをなるべく少なくして、愛される子どもに育てなくては」とプレッシャーを感じている方が多いといいます。このプログラムは、子どもの特性を深く知ることはもちろん、子育てをするうえで気を張ることが多い保護者が、子育ての見通しを持てたり、他の保護者との交流などを通して気を緩めることができる機会にもなっているのです。”数の概念を教える方法”は、数唱から始まり、数を数えるとはどういうことか、その後に足す、引く、掛ける、割るなどの四則計算が入ります。さらにその後、お金や時間、最後に分数を教えるという順番だそう。人間はもともと指を動かしながら数をかぞえることで、その概念を学んでいきます。そのために、指を動かして数唱する遊びをしたり、足踏みをして数を数えたり、手足で感覚をつかむ練習をたくさんするのだとか。体を動かしながら、体全体に染み込ませるように”数の概念”を教えていく――。その方法についても、丁寧に保護者に伝えます。また、”親なきあとのこと”というテーマでは、専門家による講演を通して将来の見通しをもてるようにし、そのために今何ができるのかを話し合います。ただ漠然と不安に思っていたことがクリアになり、肩の荷を下ろせる保護者も多いのだそう。また、「bamboo wow(バンブーワァオ)」にはさまざまな教材も揃えられています。ここでしか学べないLPはもちろん、アメリカから持ち帰ったものや、なかには手触りや音にこだわったオリジナル教材も。プログラムから教材に至るまで、さまざまな選択肢があるのが大きな特色のひとつと言えるのかもしれません。認知の発達や発語のためにも大切な、体づくりUpload By 発達ナビ施設インタビュー取材の日は、身体均整師である矢作智崇さんによる個別プログラムが行われていました。キネシオロジーなどによって適切な刺激を脳に送ることで、体の発達を促す「bamboo wow(バンブーワァオ)」で大切にしているプログラムのひとつです。実際に智崇さんが子どもの体に施術を行いますが、このとき、家に帰った後保護者自身が生活に取り入れられるように、とても丁寧に説明をしています。保護者からも質問が飛び、保護者自身の体で智崇さんがポイントを再現するなど、それはさながら、その親子のためだけのオーダーメイドプログラム。また、智崇さんの説明や、保護者の質問、そしてその回答は、別のスタッフがしっかりとメモにとり、プログラムの後に保護者に渡すそうです。「ここでやるだけではなくて、毎日実践してもらうことが大切」と智崇さんは話します。ダウン症のある子どもにとって、体の発達はとても大事なこと。筋力が弱いため、自分の体や脳に刺激を与える役割をもつ”運動”が苦手な子が多いのだそう。「だからこそ、外から刺激を与えることが重要なのです。きちんと体をつくることが、認知の発達や発語にもつながるとも言われています」。智崇さんは、去年より今年、昨日より今日…と更新される体や発達についての情報を収集し続けたいと話します。それは「今日ここで保護者に伝えたことを、もしダウン症のある次男がもっと小さいときに自分が知っていたら」という後悔からだそう。でもそれを次世代の子どもたちに伝えていくことで、未来はさらに明るいものになると、智崇さんは語ってくれました。遠方の希望者や、他の特性がある子にも!多くの親子にこのプログラムを届けたいUpload By 発達ナビ施設インタビュー「これからも最新最善の情報や知恵を取り入れて、子どもたちや保護者をサポートしていきたい」と話す矢作さん。遠方に住んでいて通えない親子のためのWEBレッスンや、教室の拡張、海外の良質な教材を日本に導入するなど、さまざまな形で多くの親子に関わっていくことが今後の展望だといいます。当初は、ダウン症のある子どもたち専門の施設を目指していましたが、矢作さん自身が療育を学んでいくうちに、ダウン症でなくても、多くの「発達がゆっくりした子」に各プログラムが適応するのではと考えるようになったそう。今後は、他の障害や特性がある子どもたちにもLPや各種教育を提供していきたいと考えているとか。「bamboo wow(バンブーワァオ)」は、ダウン症のある子どもたちの特性に合わせて、賑やかで雑然とした雰囲気になっています。シンプルで療育に特化した内装だと、「勉強をやらされる」とか「つまらない」と感じてしまうからです。でも、刺激が多すぎると感じる特性がある子どもの場合には、運営にも関わっているシンプルな内装の「よむかくはじく」の教室で療育をする場合もあります。「bamboo wow(バンブーワァオ)」の挑戦はまだ始まったばかり。これから子どもたちがお互いをよき仲間として、学び成長し合い、かつて矢作さんがアメリカで出会ったような、いきいきとした若者に育つのが今から楽しみです。取材・文:秋定美帆写真:鈴木江実子
2018年08月08日ペアレントメンターを知っていますか?出典 : ペアレントメンターは、発達障害のある子どもを育てる保護者に寄り添う形で保護者支援の一端を担います。メンターの役割を担うのは私のような、発達障害のある子の育児経験がある保護者です。同じような保護者に対して共感的なサポートを行ったり、地域で受けられる支援や施設などについての情報をストックし、必要に応じて提供することができます。専門の支援者とはまた違う、ピアな(同じような)立場からの寄り添いです。発達障害のある子を育てる保護者にとって、同じ立場で話せる人がいるということがどれだけ自分の支えになるのかを感じる経験が私にもありました。孤独な発達障害児の子育てが辛かった、かつての私出典 : のある次男が診断を受けたのは3年生のころ。毎日のように学校からかかってくる電話、頻発する問題行動、家での育てづらさ…どう対応していいかもわからないまま学校の先生に相談してもめどが立たない日々が続くなか、同じように困っているママ友が周りにいるわけでもなく、誰にも話せず、自分がこの世の中で一番辛いような、どん底にいるような気持ちだったのを覚えています。あちこちに相談してやっとの思いでたどり着いた病院の先生、他校の通級指導教室に通うことになった先で出会った通級の先生、同じ学校のお母さんが紹介してくれた親の会、発達障害をキーワードに知り合ったTwitterの友人たち…少しずつですが、次男のことを相談できる相手、愚痴をこぼせる先が増えていきました。診断を受けてからも次男を育てていく大変さは簡単には減りませんでしたが、「発達障害とはどんなものか」を知ったうえでお話ができる相手が少しずつ増えるにつれ、自分の抱えている荷物が少しずつ軽くなっていったような気がします。「そうそう」「あるあるだよね」「うちはこんなだったよ」「お互い大変だねえ」…そんな自分のしんどさを共有できる人がいることで「自分だけじゃないんだ」「仲間がいるんだ」と心強く感じました。ペアレントメンターという言葉との出合い出典 : 私がペアレントメンターという言葉に出合ったのは、3年ほど前のこと。友人から教えてもらった講演会の情報を調べようと大分県の発達障害者支援センターのサイトを開いたときに、メンターの養成研修が行われているのを知りました。自分が発達障害児の親として生活するなかで、保護者の負担や不安に思うことへのサポートの手薄さを痛感する日々。そんなしんどさを親の会などを通して出会った先輩母さんたちに話しては、勇気をもらってもいました。「この制度を利用したら私にも何かできることがあるんじゃないか」「先輩母さんたちにやってもらってきたことの恩返しができるんじゃないか」興味を持ったものの、当時はまだ末っ子が小学校に入学する前でもあり、また問題行動の多い次男のサポートにも手がかかっていた時期。研修に全て参加するための時間を捻出することは今の私にはとても無理だ…と諦めて応募は見送りました。思い切って申し込んだ養成研修出典 : 気になりつつ踏み出せずにいた2017年の春先、所属している親の会を通してメンター募集の案内が来ました。いろいろなサポートのおかげで当時6年生の次男の状態がだいぶ落ち着いていたこと、また次男の中学進学を前に自分の知識や情報を増やしたい、もっといろんな人に会いたい、と思っていた矢先だったこともあり、「今しかない!」と夫や実家の家族にサポートを頼んで応募しました。養成研修は朝から夕方まで丸1日の研修が月1回程度のペースで組まれており、修了証を頂くためには全5回の研修を全て受けなければならない仕組みになっています。研修のなかではペアレントメンターとしての活動の基本から始まり、ピアの立場からの寄り添い方、お話の聴き方、相手を侵害しないよう気をつけながらお話を進めるスキルなど、相談を受けたときにお話を聴く手法、いわゆる「傾聴」の研修に多くの時間が割かれました。私も含め、同期の皆さんが難しさを痛感したのがそのなかの傾聴のロールプレイ(役割を決めて演技をする研修)です。3人1組で「相談者・メンター・観察者」に分かれて、それぞれの役割を演じます。「相談者は何歳の自閉症と診断された子を持つこういうことに困っている保護者」という設定が決まっている回もあり、また設定は特に決められず自分で考えながら演じる回もありました。相談者を演じ、流した涙相談者役になったとき、なんとなく設定を決めつつ話の流れで結局、その当時本当に困っていた次男についての悩みを話しました。メンター役の同期の方が私の話に相槌を打ちながら、ゆっくり聴いてくれます。ところどころに同じ親として自分のときはこうだった、こう思った、と体験談を挟みながら、こちらの言葉を遮ることなく5分の制限時間の間、ただただ私の話を聴いてくれました。研修のなかのロールプレイングだと分かっていたはずなのに、気づいたらボロボロと涙がこぼれていました。私につられてメンター役のお母さんも観察者さんももらい泣き、終了の合図を受けて周囲を見回すとあちこちのグループで涙を拭きながら笑い合う参加者の姿がありました。たった5分間、ただただ自分の話をしただけなのに、なんの結論も解決策もなかったのに、自分の中で何か整ったような、落ち着いたような、そんな不思議な気持ちになったのを覚えています。「これが、傾聴してもらうということなのかな」研修を終えて自宅に帰る車内で、ぼんやりと、何かが見えてきたような気がしました。ペアレントメンターとして話を聴くだけで出典 : 研修を終えて修了証を手にしたのは昨年の11月。そこから私の生活はペアレントメンターとして一変…したわけではありません。大分県ではペアレントメンターとしての活動は原則として親の会を通してに限られています。そのため、私がメンターとしてできるのは所属している親の会の勉強会や座談会のなかでお話を聴いたり、そこで個別に相談を持ちかけられたらお話をしたりする程度です。日常のなか、例えば小学校や次男の通いはじめた中学校などで「私はペアレントメンターです」と宣言して何かをしたり、肩書きを書いた名刺を配るようなことも今のところはありません。親の会のなかでメンターとしてできるのは具体的な解決策の提示ではなく、主にただ、お話を聴くだけです。それでも「話してスッキリした」「聴いてもらえて整理できた」「元気が出た、がんばれる」と言ってもらえたり、その時間を糧に次のステップに踏み出していくお母さんたちに、逆に私が元気をもらっているような気がすることもよくあります。ペアレントメンターとしての、これから出典 : 大分県ではまだ大きな枠組みの中でペアレントメンターをどう活用していくか、という仕組みはありません(地域によっては自治体や大学が連携しての活動があるところもあるようです)。そんな状況なので、私自身もペアレントメンターとして特別な活動が増えているわけではありません。ただ、研修を終えてから何となく自分の周りが変わりはじめたのを感じています。研修で培ったゆっくりと話を聴くスキルが日常の中のいろんな場面で活かせるようになってきました。親の会とは離れたところでも発達障害のある子を育てる保護者や、もしかしたらそうかもしれないという不安を抱える方を紹介されてお話をしたりする機会も増えてきています。昨年度は所属する親の会とは別に、次男と同じような年齢層の子を持つ保護者で話す場をつくろうという流れになり、そのために奔走したり、支援者や教員など多業種で集まる勉強会へのお誘いもうけ、いろいろな活動の場が広がりつつあります。8月にはイシゲスズコとして個人的に、当事者や保護者の話す場としてのサロンを大分市で開催する予定です。私は、支援者ではありません。困っている人を救ったり、必要な支援を与える立場ではない、とお会いする方々とお話をしながらいつも感じています。私がケアをしているというより、お話を聴かせてもらうことを通して共に学び、共に慰め合い励まし合い、共に支え合っている、そんな感覚です。ペアレントメンターの研修とそれを経て培ったスキルを元にして仲間に出会い、助け合う場をつくっていっている。私にとってペアレントメンターとは、そんな横の繋がりづくりのきっかけの一つのような気がしています。ペアレントメンターの養成や活用方法はまだまだ未整備な部分が多く、また自治体によってもあり方が大きく異なっているようです。お住まいの地域でどんな形での養成や運用がなされているかは、日本ペアレントメンター研究会のサイトから一部調べることができます。まだまだ過渡期です。これからどんな風に広がりを見せ、またどんな風に運用されていくのか私にもわからない部分が多いですが、少しずつ周知されていくことでメンターの存在が知られ、声をかけてくれる保護者の方が増えていくといいなぁ、孤独のなかで苦しむ保護者さんが減るといいなぁ、と願っています。日本ペアレントメンター研究会
2018年08月04日【イベント】学習障害の当事者の講演から人権を考える「ボク、学習障害と生きてます~多様性を大切にする社会へ~」(長崎県)Upload By 発達ナビニュース学習障害の一つであるディスレクシア(読み書き障害)の当事者である南雲明彦さん(明蓬館高等学校共育コーディネーター)が講師を務める講演会が開催されます!ディスレクシアは、聞く、話す、読む、書くといった能力のうち、特定のものができない「学習障害」の中でも、読み書きに困難をともなうもの。南雲さんは21歳のときにディスレクシアと診断を受けました。かつては不登校、引きこもり、うつ病なども経験。同じような悩みがある人が一人で悩まなくてもいいようにと、自らの経験をもとにさまざまなメッセージを発信しています。夏休みも終盤の時期の開催。2学期の学校生活に向けて学習障害から見た多様性について理解を深めませんか?【演題】「ボク、学習障害と生きてます~多様性を大切にする社会へ~」南雲明彦氏【日時】2018年8月20日(月) 14:00~15:50【場所】長崎市民会館文化ホール(長崎県長崎市魚の町5番1号)【参加費】無料【申し込み】不要 ※一時保育(1歳〜就学前)をご希望の方は、8月10日(金)までに申し込み。定員になりしだい締め切り【問い合わせ】長崎市人権男女共同参画室TEL: 095-826-0026講座・講演会 | 長崎市【イベント】「えらぶ」先に思いをはせる美術展「えらぶん:のこすん:つなげるん」(福島県)Upload By 発達ナビニュース「えらぶ」に着目したユニークな展示会が、福島県猪苗代町のはじまりの美術館で開催中です!作家らの数々の選択を経てきた作品たちが、私たちの日常にも繰り返される大小さまざまな選択について、何を残し、未来に繋げているのかを投げかけます。はじまりの美術館は、「人のつながりから生まれる豊かさ」に視点を置き、「さまざまな人が集える場所」として多様なテーマの企画展やイベント、地域でのプロジェクトを実施している社会福祉法人が運営している美術館です。今回は、7組の作家が出展しています。たくさんのぬいぐるみを組み合わせて、動物など新たなものをつくり上げる藤浩志さんの作品は、可愛いだけでなく、ぬいぐるみと持ち主の歴史を感じさせるような独特な雰囲気を持ちます。パンダや仔馬など背中に乗ることができる作品もあります!また、展示に合わせて、さまざまな企画も用意されています。佐藤悠さんが1枚の紙に絵を描きながら、その場にいる全員で即興で物語をつくる「いちまいばなし」や、東京都世田谷区の就労継続支援B型事業所「ハーモニー」の利用者の体験をもとにした「超・幻聴妄想かるた」のイベントや、来場者がかるたをつくるワークショップも行われます。ほかにも、出展者のトークイベントや地元住民による民話語りなどさまざま催しがあるので、ホームページを確認して足を運んでみてください。さらに、子どもたちの夏休みに合わせて8月の4日間を特別に夜8時まで開館。明治時代に建てられ、酒蔵、ダンスホール、縫製工場などを経て美術館として生まれ変わった蔵の建築が見せる夜の表情も魅力です。昼間とは違った雰囲気で作品を楽しめそうですね。【日時】2018年10月21日(日)まで(火曜日休館) 10:00〜18:00※8月10日(金)、17日(金)、18日(土)、24日(金)のみ20:00まで開館【会場】はじまりの美術館(福島県耶麻郡猪苗代町新町4873)【入場】一般500円、65歳以上250円、高校生以下・障害者手帳をお持ちの方および付き添い(1人まで)は無料【出展作家】乾久子、大路裕也、佐藤悠、根本将、ハーモニー、久松知子、藤浩志【問い合わせ】社会福祉法人安積愛育園 はじまりの美術館TEL/FAX 0242-62-3454えらぶん:のこすん:つなげるん | はじまりの美術館【ニュース】障害のある人を応援するリーダー育成研修が募集を開始!「夢へとつづく“3つの海外研修”世界へ。未来へ。」出典 : ダスキン愛の輪基金が実施する地域社会のリーダーとして貢献したいと願う障害のある若者を対象とした海外研修の参加者を2018年11月15日(木)まで募集しています!「ダスキン障害者リーダー育成海外研修派遣事業」は、1981年に国連で決議された「国際障害者年」にちなんで、障害者の社会への参加と平等の実現を目指して発足したそうです。今回は、年代や目的別に3つの研修で参加者を募っています。海外の障害者の生活を学んだり、当事者団体・支援団体などと交流したりすることがメインで、応募者が希望し、計画した内容で研修先を選べるコースもあります。9月に東京、大阪、福岡で説明会があるので、将来、社会で活躍したいという夢のある人はぜひ応募してみてくださいね。ジュニアリーダー育成グループ研修(視覚障がい者ユースグループプログラム)【対象】視覚に障害があり、2019年4月1日時点で15歳以上17歳までの人【行き先】イギリス(予定)【期間】2019年の夏休み8日間程度【募集人数】3〜5人(1グループとして派遣)【選考方法】書類選考、グループ面接審査、健康診断など【費用】一定額を財団が支給【内容】視覚障害者の生活・文化・教育・就労などを総合的に支える当事者団体、国際的な舞台で活躍する視覚障害者や研修生との同世代交流。希望のテーマで最長1年間 個人研修※障害の種別は問いません【対象】希望のテーマで研修計画を立案・作成し、それを実行できる方・18歳以上40歳までの人・研修地で必要な語学力が証明できる人・愛の輪運動に賛同し、積極的に取り組める人【行き先】応募者が研修を希望し、実行委員会が認める諸国【期間】3ヶ月以上1年以内【募集人数】4人程度【選考方法】書類選考、面接審査、語学審査、健康診断など【費用】上限400万円を財団が支給【内容】自らの「夢」を実現するため、応募者が希望し、計画する研修先を選びます。障害者団体、ボランティア団体、学校などの教育機関、リハビリテーション関連機関、研究機関、その他、行政機関、企業などグループで短期間学ぶ ミドルグループ研修(障害者権利条約の国内実施に取り組みたい方)※障害の種別は問いません【対象】・25歳から45歳くらいの人・グループ応募できる人・障害者の自立支援活動などに従事した経験が概ね5年以上ある人・愛の輪運動に賛同し、積極的に取り組める人【行き先】アメリカのほか、実行委員会が認める諸国【期間】1〜2週間程度【募集人数】研修生(障害当事者)3人以上、介助者、支援者、通訳などスタッフ含めて8人程度の1グループ【選考方法】書類選考、面接審査、健康診断など【費用】上限400万円を財団が支給【内容】グループの「夢」を実現するため、応募者が希望し、計画する研修先を選びます。障害者団体、ボランティア団体、学校等の教育機関、リハビリテーション関連機関、研究機関、その他の行政機関、企業など■海外研修説明会大阪会場【日時】2018年9月7日(金) 18:00〜20:00【会場】株式会社ダスキン 本社ビル 10階会議室(大阪府吹田市豊津町1-33)【参加費】無料【申し込み】開催2日前までに事務局へ申し込み東京会場【日時】2018年9月14日(金) 18:00〜20:002018年9月15日(土) 13:00〜15:00【会場】株式会社ダスキン 東京オフィス 会議室(東京都新宿区西新宿2丁目6-1 新宿住友ビル23階)【参加費】無料【申し込み】開催2日前までに事務局へ申し込み福岡会場【日時】2018年9月29日(土) 13:00〜15:00【会場】博多バスターミナル 9階第6ホール会議室(福岡市博多区博多駅中央街2-1)【参加費】無料【申し込み】開催2日前までに事務局へ申し込み【問い合わせ】公益財団法人ダスキン愛の輪基金TEL: 06-6821-5270FAX: 06-6821-5271夢へとつづく“3つの海外研修”世界へ。未来へ。| ダスキン愛の輪基金海外研修説明会のご案内 | 2019年度(第39期) ダスキン障害者リーダー育成海外研修派遣事業【ニュース】今年は大阪でも開催!第3回ダウン症支援セミナー「ダウン症成人期の支援を考える」出典 : 年に始まった支援者のための「ダウン症支援セミナー」が今年も開催されます!例年の東京都に加え、今年は大阪府でも開催され、参加者を募集しています。ダウン症がある成人のための支援プログラムに取り組んでいる方々を講師に招いて、支援のあり方を考えるセミナーです。日本ダウン症協会(JDS)が主催していて、今回で6回目を迎えます。対象は、保護者を除き、ダウン症のある人と関わり、支える専門家や学生などとなっています。東京会場は7月いっぱいで応募が締め切りとなりましたが、大阪会場では参加者を応募しています。地域、社会で生きていく成人のダウン症の人たちにどんな支援ができるか、事例や最近の動向を学びながら、これからの支援のあり方を考えてみませんか?東京会場※定員に達したため応募を締め切りました【日時】2018年8月19日(日) 10:00〜16:00【会場】東京日本橋タワー31階、受付場所7階 (東京都中央区日本橋二丁目7番1号)【講師】竹内千仙先生(東京都立北療育医療センター内科医長)、橋本創一先生(東京学芸大学教授)、菅野敦先生(東京学芸大学教授)大阪会場【日時】2018年9月2日(日)13:30〜17:00【会場】大阪医科大学、受付場所 看護学部講堂C-23(大阪府高槻市大学町2番7号)【講師】橋本創一先生(東京学芸大学教授)、菅野敦先生(東京学芸大学教授)【参加費】各会場4,000円【申し込み】ホームページからのウェブ申し込みのみ【締め切り】大阪 2018年8月19日(日)※定員になり次第締め切り【問い合わせ先】公益財団法人 日本ダウン症協会TEL: 03-6907-1824Eメール: info@jdss.or.jp | 公益財団法人日本ダウン症協会
2018年08月03日初めてのお給料。大金過ぎて、どう管理したらいいか分からない…!Upload By 荒木まち子Upload By 荒木まち子社会人になった娘。初任給をもらって…発達障害の娘は今年の春に高校を卒業し、就職をしました。整理整頓が苦手な上、視覚認知機能が弱く字を書くことも計算も不得意な娘は、小学生のころから何度もお小遣い帳を買っては無駄にしてきました。そんな娘もついにオトナの金銭管理にチャレンジする時がやってきました。Upload By 荒木まち子お金の計算も管理もハードルが高すぎて…Upload By 荒木まち子お金でもなんでも、きちんと管理することが難しい娘。学生時代には、お小遣い帳を買っても決まってお蔵入り。Upload By 荒木まち子いつかお小遣い帳や家計簿につけようと、レシートをとっておいてもいつの間にかぐちゃぐちゃになり、ゴミ箱へ…。買い物に行ってもお金の計算が不得手だから、小銭がたまる一方でした。お金ってどう管理する!?"袋分け管理法"を試してみたものの出典 : 初任給をもらった娘が、まず試したのは王道の”袋分け管理法”でした。これは「交際費」「食費」など、支出別に封筒に入れて管理したり、一週間ごとに使う額を決めて封筒に入れる、といった家計管理法です。でも・封筒の中身が見えないのでイメージが湧きにくい・封筒が沢山あって覚えきれない・封筒をなくしてしまう・封筒からの出し入れが面倒などの理由で、娘はこの方法を1ヶ月でやめてしまいました。お金の管理も不得意な娘ですが、そもそも複雑なことは覚えきれず、たくさんの封筒を管理しきれなかったのです。次に試したのは…Upload By 荒木まち子翌月、娘は見えやすいように百円ショップで購入した小さめのクリアファイルを使うことにしました。Upload By 荒木まち子このファイルはもともと預金通帳保管用のものでした。ちょうど紙幣も入るサイズだったので、支出の項目をラベリングし、給料日に給与口座から下ろした1ヶ月分の現金を分けて入れることにしました。残りの現金が「一目瞭然」のこの方法が娘に合っていたようです。この方法のポイントは■お金を入れる場所がひとつ■支出項目毎に給料をざっくりと仕分けられる■残金がぱっと見て分かると言う点です。娘にとっては、家計簿などを毎日つけたり、複数の袋に入れて管理するのはハードルが高すぎました。ぱっと見た感覚で残金が把握でき、「お金が足りなくなりそうだったらその月は買い物などは控え、節約する」「お金が余ったら翌月にまわす」というようなざっくりとした管理方法の方が自分には無理なく続けられると感じたといいます。主な支出項目は娘は、いまのところ・交通費・食費・医療費・交際費・生活用品代・衣料品代・趣味に係る費用・家賃(主に光熱費)→実家暮らしなので実家に支払い・予備費に分けていますが、もう少ししたら「任意保険」や「貯蓄」の項目も加えていく予定です。一人暮らしに向けて、自分に合う方法で、きちんとお金の管理ができるようになっていってほしいなと見守っています。
2018年08月03日シュウのやまない大声は家族の悩みの種9歳になる自閉症の長男は、幼いころから癇癪のひどい子どもでした。言葉も少なかったため、気持ちを伝える方法がわからず、自分の思い通りにならないと「あ~」と叫んで怒りをあらわにするのです。Upload By シュウママけれども7歳を過ぎて言葉数が増え、ある程度、意思疎通ができるようになると大声は徐々に減っていきました。やっと落ち着いた…と思っていたのですが、ここ2ヶ月ほど前から再び頻繁に大声を出すようになりました。ただ以前とは少し様子が違い、シュウの顔を覗きこむと笑顔だったのです。恐竜が出てくる番組だったり、アニメの戦闘シーンなどを見ているときにこの傾向はよく見られました。機嫌がいいのにどうして大きな声を出すの?興奮と連動しているのでしょうか。まるでやまびこのように、自分の出す声が反響するのが楽しいーそんな風に見えました。Upload By シュウママ「やめて」も「小さな声で」も通じない…どうしたらいい?そんなある日、またシュウが大声を出し始めました。あまりにも大きな声量に、私は「やめて!」と叫びました。けれどもシュウはいっこうにやめようとしません。私自身が感情的になってはいけないのかと思い、今度は「大きな声を出さないでね」と冷静に言ってみました。しかし、それでも大声がやむことはありません。Upload By シュウママそこで、声を出すことそのものは禁止せず私が小さな声を出して真似させてみました。するとシュウも「あ~」と小さな声を出してくれました。ところが安心したのも束の間、しばらくするとまた大声に戻ってしまいました。結局、対処だけでは根本的な解決にはならず、ほとほと困り果てて、何かいい方法はないか考える日々が続きました。息子が一番興味を持っているものそれから1週間ほど経った時のことでしょうか。シュウがテレビを指差して「あかちゃん!」「あかちゃん!」と連呼するのです。見るとそこには録画したアニメ番組の赤ちゃんが映っていました。Upload By シュウママ長男はその時々でマイブームが起きるのですが、おそらくその時は動物や人間の赤ちゃんが可愛くてたまらなかったんだと思います。ふとひらめきました。そうだ声の大きさを赤ちゃんになぞらえてみたらどうだろう?声の大きさを視覚で伝えるため、興味のあるものに置き換えてみたら…Upload By シュウママ私はホワイトボードを出して、左側から順に赤ちゃんと子ども、大人の絵を描きました。そしてシュウが大声を出すと、ホワイトボードを見せながら「今、大人の声になってるよ。小さい赤ちゃんの声を出すんだよ」と何度も説明しました。するとシュウは「あかちゃんのこえ、あ~」と小さな声を出すようになったのです。完全に大声が治まったわけではないですが、この方法を使うと、「大人の声=大声」「赤ちゃんの声=小さな声」と素早く脳内変換できるようで、少しずつ声の調整ができるようになってきました。自閉症児への伝え方はひとつじゃない自閉症の子どもの大声に悩まされているお母さんは多いと思います。シュウの場合、言葉の習得が進んだことでイライラするような大声はなくなりましたが、ご機嫌だとしても、音量が大きいのは悩ましいものです。声の大きさをどうやって使い分けてもらうか、対処法はそれぞれあると思います。例えば、声の大きさを赤青に色分けして教える、という方法もよく聞きます。わが家のように今お子さんが興味があるものになぞらえて教えるというやり方も有効かもしれません。どうかお試しください。Upload By シュウママ
2018年08月01日『どもる体』は医学書院のシリーズ「ケアをひらく」の新刊として2018年6月1日に刊行。「話しにくさ」という表面的なことで語られがちな吃音ですが、体の中では何が起きているのか。吃音当事者に丁寧にインタビューしながら「どもり」に迫る1冊です。自らも「隠れ吃音」であるという、著者の伊藤亜紗さんに、ある時期に「話しにくさ」を感じていたという発達ナビ編集長の鈴木悠平が研究の裏側を聞きながら、「どもり」という現象について本音を語り合いました。Upload By 発達ナビ編集部東京工業大学リベラルアーツ研究教育院准教授。専門は美学、現代アート。生物学者を目指していたが、大学3年次より文転。東京大学大学院人文社会系研究科美学芸術学専門分野博士課程修了(文学博士)。研究のかたわらアート作品の制作にもたずさわる。主な著書『目の見えない人は世界をどうみているのか』(光文社)、『目の見えないアスリートの身体論』(潮出版社)など。コントロールできない体のおもしろさUpload By 発達ナビ編集部鈴木: 伊藤さんは、吃音について研究する前は、視覚障害のあるアスリートへのインタビューなどを通して、「目の見えない人」の世界について研究されていましたね。いずれも、障害というものに対して、本人の身体感覚からアプローチされていることが印象的でした。そうした、身体的な現象に関心を持たれたのはなぜなんでしょうか?伊藤: まず、私たちの体って「選べない」ものなんだというところが出発点にあります。生まれたときや成長の過程でどうしようもなく与えられているこの体を、どう使っていくかが「生きていく」ということだと考えるならば、その課題や可能性は全人類にとって共通のものだと思ったんです。一方で、学問には「身体論」というジャンルがあるけれど、そこで語られる体というものは、どこか楽観的な感じがしていたんです。選べない、不自由な体の現象に言葉を与えながら、うまく体と付き合う方法を見つけていけないかと思って、研究をしています。鈴木: いわゆる標準的で、”五体満足”な体を想定した身体論とは違うところから、体というものを探っていきたいと思った、と。伊藤: そうですね。私自身の経験としては、出産をしたときの体の変化がとても大きくて。そもそも自分の中に別の人間が存在しているという物理的にも大きな変化があるし、妊娠中は急にジャズが聴きたくなったりして、身体感覚が全然違ってくるんですよ。「自分の体はこういうものだ」と思っていた体の輪郭から、自分が完全に外れていく感覚でした。障害とは違うんだけど、ある種、”体を失う”という経験だったと言えます。鈴木: なるほど…自分でコントロールできない方向に体が動いたり変化したりするという点で見てみると、障害と妊娠、一見別の現象にも共通点があるのかもしれませんね。今のお話は、『どもる体』の序章で書かれていた、「コントロールのきわ」に分け入っていくという表現につながっているように思いました。いわゆる五体満足であっても、自分の体を完全にコントロールできてる人なんて、そもそもいないと思いますが、目の見えない人や、吃音のある人など、障害があるゆえに体をコントロールできない度合いが大きい人たちが、どのように世界を見て関わっているかを探ることは、そうではない人にとってもきっと本質的な発見があるのだろうと思います。「聞けば聞くほど”発見”が”混乱”に…」吃音当事者としての研究の難しさUpload By 発達ナビ編集部鈴木: 本のあとがきで、伊藤さんご自身にも吃音があることを告白されていましたね。吃音といってもそれほど症状が重くはなく、日常生活や仕事は問題なくこなすことができる、だけど自分としてはどこか「体がどもる」感じがする…いわゆる「隠れ吃音」タイプである自分の体を抱えながら、今回、吃音をテーマにした取材・研究をされたわけですよね。それっていったい、どんな感覚だったんでしょう。伊藤: 今回は、話を聞けば聞くほど発見がそのまま混乱につながって。めちゃめちゃ大変でした、書くの(笑)。視覚障害をテーマにした研究のときは、わりと自分と相手の違いを相対視しながらオートマチックに書けた感覚があるんですけど。大変だった理由の一つは、吃音という障害の複雑さ。視覚障害は感覚の障害ですが、吃音は運動の障害でもありながら、社会的、心理的な障害でもあるという、複雑な要素が絡み合って起こる障害です。ずっと同じ症状が出ているわけではなくて、瞬間、瞬間に起こるものだから、吃音がある本人たちも振り返って分析するのが比較的難しい障害だと思います。もう一つは自分も当事者だから。自分のことでもあるからか、”ひらめき”がやってこないんですよ。吃音は視覚障害について書いたときの5倍くらい時間がかかりました。いろんな人から聞く一つひとつの話にいい距離がとれていなかったというか、いちいちボディーブローを受けたみたいにアザが残る感じで。鈴木: 傷だらけ(笑)。伊藤: 自分が当事者であることについて研究するのってこんなに難しいんだなって思いました。運動は、「相手からもらうもの」でもある鈴木: 本を読んでいて印象的だったのが、「連発」型の吃音があった人が、「難発」型の吃音を後天的に獲得するというお話です。周囲の人からのフィードバックなどを通して、自分の吃音が特殊であるという価値判断を内面化し、相手からの見られ方を意識して一言目が発しにくくなる、という…。伊藤: 運動って人からもらうものでもあるんですよ。自分の体ではあるんですが、周りのフィードバックを受けるなかでいろいろ調整がかかって、今この状態が成り立っているんだと思うんです。Upload By 発達ナビ編集部私、1年間フランスに住んでいたんですが、帰ってきてこういうポーズをよくするようになっていたんです。フランス人、よくこのポーズしますよね。それがうつっちゃって(笑)考えることとか、しゃべることの一部になっちゃってるんですね。周囲からのフィードバックを、自分の中に組み込んでいくなかで、どんどん運動が変化していく…もちろん、難発の場合には、周囲のネガティブな反応が引き金になることが多いので、単に「うつる」のとは違いますし、本人を傷つけるような関わりは言語道断ですが、本質的に、運動というのは他者との関係のなかで形作られていくものなんですよね。鈴木: その感覚、わかります。海外の大学院に留学していたときに仲良くなった日系アメリカ人の友人がいるのですが、彼と2人で話しているときは、英語と日本語のチャンポンなんですね。で、日本語を使うときは彼の日本語のたどたどしさに合わせて、僕のボキャブラリーも減るという(笑)相手の影響って知らず知らずのうちに受けているなあって。伊藤: ありますね。特に会話は共同作業なので相手に合わせるというのがある。それも単に相手と同一になるというよりカップリングしてうまくなるようにしますよね。新しい環境への変化に、「体が暴れる」ということ鈴木: 今回のテーマで取材をしていくころには、もう伊藤さんご自身の症状は「隠れ吃音」と言えるぐらいには目立たなくなっていたとのことですが、より症状が大きかった頃の吃音経験をお聞きしてもいいですか。伊藤: 子どもの頃から吃音はありましたが、あまり悩んだりはしなかったんですよね。小学校3、4年のころは、クラスのやんちゃな男子とかに真似されるようなことはあったけど、普通に言い返していましたし。しゃべりにくい感じはあっても、吃音という言葉も知らなかったので、他人と比較してどうこうじゃなく、自分のしゃべりは「そういうものだ」ぐらいに思ってました。むしろ、大学で教職について最初のころの方がきつかったです。就職して半年は「東京工業大学の伊藤です」という自己紹介がうまく言えなかったんですよ。それはきっと、就職するとか、組織に入るっていうことに納得していなかったんですね。自己紹介すらポジショントークに思えるっていう(笑)身体の研究をしているのに、就職するとこんなに自分の体を持っていかれるのかって思いました。多分、変化があるとちょっと暴れるんですよ、体が。Upload By 発達ナビ編集部鈴木: あー、それ、わかります!自分の所属とか立ち位置にしっくり感が足りないとき、自己紹介がすごく難しくなるんですよね…。そのくせ、環境に慣れてくるころには飽きてきちゃって、また新しい環境に飛び込もうとする、みたいな我ながらめんどくさい習性も持っているんですけど(笑)伊藤: 飽きちゃうんですね(笑)でも、私もそれまでの「スタンダード」を変えてみるということは好きです。絶対食べなかったものを食べてみるとか、聴いている音楽を変えるとか…。あえて自分から変化を起こして体の状態を変えるんです。変化に弱い部分と、変化をさせるのが好きという部分があるのは不思議ですね。鈴木: 変化する・しないの二者択一ってことではなさそうですよね。会社で働いていると、自分で提案・希望して仕事を勝ち取る側面と、「これ、やってみてよ」と他人から仕事が振られる側面と、両方ありますよね。で、他人から、つまり自分の「コントロールの外側」から仕事がやってくるときって、最初は「えー、できるかな…」と不安になったり、それこそ体が暴れたりすることもあるんですけど…伊藤: ええ。鈴木: 自分をよく見てくれている人がくれる仕事って、自分の枠を広げるのにちょうど良いチャレンジだったりすることも往々にあって。「やだなぁ」って思いながらやってみたら、だんだん楽しくなってきたり、「あれ、もしかして向いてるかも?」と新しい自分を発見できたりもするんですよね。だから最近では、変化すること自体への恐れは薄れてきたように思います。暴れるフェーズと馴染むフェーズ、振り子みたいに振れている自分を楽しむような感覚です。吃音があることの良さをあえて挙げるなら、それは「誠実さ」から逃れられないことUpload By 発達ナビ編集部伊藤: 鈴木さん自身も「しゃべれない」経験があったとお聞きしましたが、それはいつごろだったんですか。鈴木: 僕の場合は…「吃音」と言えるほどの症状か微妙なラインなんですが、話そうと思ってもなかなか言葉が出ない、人と「うまくしゃべれない」という時期がありました。大学卒業前後かな、ちょうど東日本大震災が起こった年と重なるんですけど。あのころ、社会全体も大きく揺れていた時期でしたが、それと同じタイミングで、僕の中でも、人と向き合う上でのありようの地殻変動が起こっていたというか、まぁちょっと色々こじらせていたんですけど(笑)。伊藤: こじらせてたんですね(笑)。鈴木: 要するに当時、震災と大学卒業のタイミングが重なって、同級生は就職とか、それぞれの選択をして進んでいったわけですが、僕はうまく決められなくて立ち往生しちゃったんですね。しっくりこなかったというか、それでしゃべれなくなっちゃった。いま思えば暗い時代です(笑)。伊藤: ”しっくり感”に対する感度が高くなりますよね、吃音だと。うまくしゃべれないというときに「言い換え」はしていましたか?鈴木: どうでしょう…そんなにしている感覚はなかったのですけど。伊藤: 私は結構しているんですよ。Aと言いたい、でも難発になりそうだからBに換えたというときに「Aだったらしっくりきてた」「Bだったからしっくりこなかった」というのがすごい残るんです。しっくり感に対する感度は私にとって言い換えで育まれた感じがしています。鈴木: なるほど。伊藤: 本の最後でも触れたんですけど、吃音があることの良さ…をあえて言うとしたら、それは「誠実」さから逃れられないことなのかもしれません。どうしても体の方が「ちょっと待て」とひっかけてきたりするので、立ち止まらざるを得ない。私、大学の講義も3年で内容を全部変えているんですよ。”立て板に水”みたいに話せるようになってきちゃうと、学生に対して申し訳ない気持ちになるし、苦しい。新しいものにしてたどたどしくしゃべらないと伝わってない気がするんです。鈴木: 仕事に慣れてくるとしゃべりが上手になってきますよね。同じことを繰り返し言っているようで…。単純に労力対効果でいったら効率よくなっているからいいことなはずなのに、逆に「このままでいいんだろうか」って思っちゃいます(笑)。伊藤: 自分の輪郭を更新したくなるような感じですね。形成されてきたパターンや枠…ある種、自分の枷にもなっているものがずれたときが楽しいし、生きてる感がある。鈴木: そういえば、うまくしゃべれない時期に出会った人に「君は、ちゃんとどもれるところがいい」って言ってもらったことがあって。どもっている時間は、自分が相手や言葉と誠実に向き合っているサインだというようなニュアンスでした。その言葉をもらったことが、僕にとってだいぶ救いになりましたね。でもまぁ…「誠実」であることって、燃費悪いですよね。なかなか楽にならない(笑)。手放しの肯定なんてできないけれどUpload By 発達ナビ編集部鈴木: 言葉の”しっくり感”に関するお話をしましたが、そういった感度も含めて、吃音であることが、何かその人らしい表現やコミュニケーションのリズムを形作る面もあると思います。とはいえ、いざ日常生活を送っていくうえでは、やっぱり吃音があることは”不便さ”と隣り合わせだったりする。この点、伊藤さんはどう考えられていますか?伊藤: 連発や難発になったときに、「じゃあどう対処したら正解か」という答えはやっぱりないですね。生身のコミュニケーションをしていて、その波が狂うっていうのは結構大きいことですから。波がない状態や、またはポリリズムな複数の波がある状態みたいなものも許容するような会話ができたらいいんだろうなって思います。鈴木: 周りの人たちに許容性があって、待ってもらえる空間や関係性だと、どもることに対する心理的安全感が高まるかもしれません。伊藤: そうですね。でも、ここが一番、私自身の当事者性が出るところで…。自分のしゃべりで波を壊してしまった経験があるので、明るく言えないんですよ。周りの人も感じている軽い”痛み”みたいなものを、簡単には肯定できない。鈴木: 確かに、仮に周りが「気にしなくていいよ」と言ったとしても、たとえば10秒間「たたた…」と連発状態になっている本人からしたら、気にしない方が難しいですよね。伊藤: インタビューをした吃音当事者の方々でも、「どもること」に対する捉え方はさまざまでした。「言い換え」などの工夫を身につけて、傍目には吃音だとわからないぐらいに話し方をコントロールできるようになったけれど、どもらなくなったことで、「本当の自分」を出せていない感覚がして、どこに行ってもどもりたくなってしまう人。どもらずに話せるようになって、どこか”嘘っぽく”生きることも含めて自分だと受け入れて、吃音と付き合っている人。「吃音当事者であること」と「その場その場でうまくやり過ごして生きていること」が、微妙に両立しないことがあるんです。Upload By 発達ナビ編集部鈴木: どちらが良い悪いといった話ではなく、個人の生き方の問題になってきますね。伊藤: ええ、そうなんです。たとえばどもる自分が「本当の自分」だと考える人にも理由があって、どもらないで話すなかで、「本当の自分が出せていない」と感じる経験が重なったからこそだったりするんですよね。鈴木: 吃音とどう付き合っていくのか、その人が自分の価値観を形成していくまでの物語がある。伊藤: その物語というのも、今後また変わっていくかもしれないんです。今は落ち着いていても、これから違うタイプの吃音症状が出るかもしれません。人間関係や生活環境などの影響も受けながら、吃音との付き合い方も変わっていくのだと思います。鈴木: たとえ今、自分なりに吃音というものの付き合い方が整理できていても、いつまたその前提が揺さぶられるかわからない…。伊藤: みなさんそれぞれ、「こんなときに自分はどもる」とか「自分の吃音の原因はこれだ」と分析して理屈を立てているんですが、結局、100%説明できる合理的な理由なんてものはないんです。立てたところで、すぐその理屈を裏切られてしまうから、常に自分の体に敗北宣言している感覚です。結局、個々人が自分の人生の中に吃音を意味づけてつくった「物語」も、長い時間軸で見たら体が全部飲み込んでいくんですよ。うまくしゃべろうとするとどもるとか、どもらないようにすると難発になるとか、吃音って、努力すれば確実に実る、というような分かりやすい話じゃないんですよね。…なんだか、明るいメッセージが出てこないですね(笑)。鈴木: そうですね(苦笑)。ま、それも「どもる人」としての誠実さということで…Upload By 発達ナビ編集部撮影:鈴木江実子
2018年07月30日発達ナビの「求人検索サービス」を通して、就職が決まった人も!LITALICO発達ナビでは2018年4月より、児童発達支援事業所と放課後等デイサービスの求人情報を検索できる「求人検索サービス」を新たにスタート。リリースから3ヶ月が経ち、各都道府県における求人数も増えて、発達ナビ経由で面接・内定と進み、就職される方も出てきました。支援者が就職・転職の際に知りたい情報とは?475名にアンケート!そこで、発達ナビでは、教育・児童福祉業界で働く支援者向けにアンケートを実施!475名の方にご回答いただきました。「就職・転職時に知りたい情報は?」との質問に対して、アンケート結果はどうだったかというと…!?Upload By 発達ナビ編集部1位は「勤務時間・休日」、2位は僅差で「支援方針・支援への想い」という結果に。実際に働くとなると、無理なく働き続けられる勤務時間か、休みはしっかり取れるか、ということはもちろん気になりますよね。一方、どんなに働く環境として良さそうに見えても、支援方針が合わないと、日々子どもたちに接する中でモヤモヤが募ってしまうのでしょう。給与はもちろん、「働きやすい環境で、かつ、自分にあった支援方針の場所を見つけたい!」という支援者の声が反映された結果となりました。<調査対象について>「LITALICO発達ナビ」会員へのメールから、アンケートフォームにて回答いただいた発達障害の当事者475名の回答を集計しました。(調査期間:2018年6月3日~6月10日)※設問によっては475名全員が回答していないもの、複数回答可のものがあります。※調査結果の構成割合は四捨五入をしているため、合計が100%にならない場合があります。支援者自身も「自分に合った環境」を選ぶことが大切Upload By 発達ナビ編集部子どもが学ぶ場所を選ぶ時には「どんな環境がこの子に合っているか?」を念頭に考える保護者が多いでしょう。それと同様に、大人にとっても、自分に合った環境を選ぶことは大切です。自分に合う企業理念や働き方、文化・風土の職場に出合えると、働く上でも力を発揮しやすくなるはずです。支援に携わる方自身が、自分に合った職場に出会うことは、お子さまへのより良い支援にも繋がっていくのではないでしょうか。しかし、各施設のホームページは保護者向けにつくられていることがほとんどで、働く環境や支援方針を知ることは難しいですよね。発達ナビの求人検索サービスは、勤務スケジュールや支援方針を確認できる発達ナビでは、支援に携わりたい皆さんが自分に合った施設に出会えるように、各施設の勤務スケジュールや具体的な支援方針を掲載しています。ここからは実際にスマホでの使い方をみてみましょう。まずは発達ナビトップから「求人検索サービス」の青いバナー、もしくは「施設求人情報」のアイコンをタップし、求人検索サービスのコーナーにいきます。Upload By 発達ナビ編集部その後ご自身が働きたい都道府県を選択すると、そのエリアの求人一覧が出てきますので、気になる求人をタップしてみましょう。Upload By 発達ナビ編集部募集一覧以外にも、「働く人の声」や「基本情報」のタブを選択すると、実際の勤務時間や、理念などを知ることができます。Upload By 発達ナビ編集部例えば、「わが子に障害があり、自分の子どもを預けたいと思える施設をつくりたいと思って立ち上げた」というエピソードや、「未経験であっても教育研修制度が充実しているので安心して飛び込んできてください」というメッセージもあります。給与や待遇だけではなく、その施設が何を目指しているのか、どういう思いでお子さまの支援に携わっているのかも含めて、求人応募を検討する際の参考にしてみてください。未経験であっても、子育て経験を活かせる場所があるかもUpload By 発達ナビ編集部有資格者の応募が優遇される施設も多いですが、未経験であっても、研修制度や指導員同士のフォロー体制が充実しており、「未経験者大歓迎」という施設もあります。指導経験はなくとも、発達が気になる子どもを育てた経験のある方などは、その子育てで得た知見や経験を活かせる場所がきっとあるはずです。お子さまが大きくなり、新たなスキルを身につけ、働きたいと考えている方も、自分に合う職場を探してみてはいかがでしょうか?まずは気軽に施設見学をして、話を聞いてみるところから始めてみてください。あなたの子育て経験の活きる場所が見つかるかもしれません。お役立ち情報が届く、支援者向けメールサービスもスタート!Upload By 発達ナビ編集部また、発達ナビでは支援者向けのメールサービスもスタート!支援者や支援者を目指す方に役立つ情報を定期的にお届けします。ぜひお気軽にご登録ください。※掲載情報について、LITALICO発達ナビの求人検索サービスは、求人情報の掲載サービスであり、職業紹介業ではありません。
2018年07月27日鉄道系博物館以外は興味なし。駅で電車を見ているほうがいいと言われて…Upload By かなしろにゃんこ。ADHDと軽い広汎性発達障害がある息子リュウ太。小さいころから鉄道が好きだったので、夏休みには必ず鉄道系博物館に連れていきました。鉄道の展示物を見ると興奮して喜ぶので「こんなに夢中になるんだから、科学館や歴史博物館に連れて行ったら、理科や歴史も好きになるかしら?」と考えて連れていくと…、実験できる展示物も、歴史的な展示物も、息子にとってはイマイチなのか?口数も少なくテンションは低め。さらには「博物館はもういいよ、駅で電車を見よう!」と先を急ぎ、平均滞在時間は30分。せっかく連れてきた母としては、残念な気持ちに…。美術館だけは特別!?展示物に夢中になった息子Upload By かなしろにゃんこ。そんな息子ですが、中学生になると絵を描き始めました。そこで、一流の芸術品を自分の目で鑑賞することで、なにかよい刺激になればと、今まで連れて行ったことがなかった美術館に一緒に行ってみることに!本物の芸術に触れると、クリエイティブな脳になるきっかけになったり、脳の血流が良くなったり、癒されたりとさまざまな効果があると耳にしたこともあり、少し期待していたんです。すると!私の予想以上に美術館を楽しんでいるではないですか…!展示物を見て美術の教科書の情報を思い出してみたり、テレビから得た情報を思い出したようで、「この作品、知ってる!」とか「実物はこんなに大きいんだ!」など、いつもは口数の少ない息子が、自分の感動をスルスルと口にするのです。「芸術は自由に楽しんでいい」と教えてみると…Upload By かなしろにゃんこ。でも、大きな美術館では何百点という展示物があり、全て見て回るのは大変です。その上、息子は飽きっぽいという特性があります。そこで、息子が飽きないように「気に入った絵を探して、好きなものだけ見てみよう!」ということにしました。美術鑑賞のポイントを伝えてみると「そういうふうに見ていいんだ、全体を見なくても部分的にじっくり見たりもしていいんだ!」と目からウロコの様子。美術の専門家のように目利きして理解しながら見る必要があるんじゃないかと思っていたようです(笑)教科書で知っている作品が目の前に!Upload By かなしろにゃんこ。それまでは、美術館=堅苦しいイメージがあったようですが、「芸術は、自由に感じたり見たりしていいものだ」と分かると、巨匠の作品を眺めたり、気に入る絵を探して館内を回ったりと、飽きっぽい息子には珍しく2時間くらい集中して鑑賞していました。ピカソやモネなど、「教科書で有名な画家の絵が、目の前にある」というのは、美術鑑賞初心者の息子でも、やはり感動したようです。また、作品のパワーを感じていたのでしょうか?ゴッホなどの力強い作品の正面に立つと、惹きつけられるようで足を止めて見入っていました。今や美術鑑賞が趣味に。好きなものの幅が増えた!Upload By かなしろにゃんこ。ちなみに、「美術館オモシロイ」と言った息子が一番気に入った作品は画家の直筆の手紙でした。紙の端が汚れて茶ばんだ古い紙に、筆記体で書かれた文字が、なんともカッコイイのだそうです。まるで、ゲームに出てきそうな謎の預言書みたいだと感じたようです。「オイオイ、これは絵じゃないだろう!」と心の中でツッコミましたけど、まぁ何にグッとくるかは人それぞれですから、それも良しです。その後、絵画鑑賞がすっかり好きになった息子。好きな画家の展覧会に行くようになったり、息子から美術館に誘ってくれるようになりました。息子の創作に何か反映されているかは分かりませんが、鉄道系以外にハマれるものと出合えたことが、母は嬉しかったのでした。絵が好きな子どもには、美術鑑賞はいい刺激になるはずです。中高生は入場無料という施設も多いし、屋内なので涼しいですし、夏休みに親子で行くのもいいかもしれませんね♡
2018年07月26日ヲタママだっていーじゃない!
STEAM教育って何?
子育て楽じゃありません