「発達障害」について知りたいことや今話題の「発達障害」についての記事をチェック! (89/98)
発達障害の子が起こすパニック。みんな長男のように激しいものかと思いきや…発達障害の子がよく起こすパニック。それは、自分の思い通りにならなかったり、いつもと違う生活に混乱したりしたときに現れ、冷静でいられなくなってしまう状態を指します。Upload By モンズースー長男のパニックは派手でした。泣いたり、怒ったり、話が聞けなくなったり、次の行動に移せずその場から動けなくなって大暴れ。赤ちゃんの頃はよくえびぞりになって大騒ぎ。私が考えていた「パニック」は派手なイメージだったのですが、支援を受ける子どもたちのパニックは、それぞれ違ったものでした。大声や奇声を発する子自分を叩いたり、壁に体をぶつけたり、自分を傷つけてしまう子他者を叩いたり、物を投げたり、噛み付いたりして、他者を傷つけてしまう子…中には固まって言葉が出ない子や、1人片隅で延々泣いてしまう子もいました。このような静かなパニックは、集団の中では見逃されることもあるかもしれませんね。今思うと長男も、1時期壁に頭を打ちつけるなどの自傷行為がありました。当時は理由がわからなかったのですが、今思うと環境の変化などでパニックになっていたのかもしれません。パニックの原因もさまざまですが、パニックの現れ方も色々あるのだな…と思いました。
2016年11月04日パニックを起こしませんように…息子との外出は緊張しっぱなし!出典 : 発達障害と診断の出ている6歳の息子にとって、「初めての場所」は1番緊張感の高まるシチュエーションです。行動の見通しが立たない場所に突然連れて行かれると、パニックになって支離滅裂なことを言い出したり、大きな声をあげてその場にいる人たちを困らせたりしてしまうのです。私はいつの間にか、息子を初めての場所に連れていくとき、とても緊張するようになりました。「どうか大声をあげませんように…」「走り回って収拾がつかないことになりませんように…」「あの状況にパニックを起こすかもしれない、先に予告しておこうか…」出かける前は、前日から様々な状況を考え、1人でうんうんと唸るのが常です。ですから、息子といざ外出する頃には、私は疲れ果てています。目は血走り、緊張で汗ばんだ手で息子の手をぎゅうっと握っているような状態なのです。周囲に迷惑をかけてはいけない…息子が失敗するたびについ手が出てしまう私出典 : ふと気付いたら、習い事や療育先でもつい先回りしていた私。先日、公文に行った時のことです。教室のドアを開けたとたんいつも騒ぐ息子に、「ドアを開けたらしゃべらない、大声出さない、走らない。お約束だよ」と事前に言い聞かせました。息子はパニックのとき、周囲のお友達から白い目で見られると、余計パニックがひどくなるので、教室に入っても落ち着いて過ごして欲しかったのです。ところが、ドアを開けた瞬間キャーッと騒ぎ出す息子!とっさに止めに入ろうとしたら「お母さん大丈夫ですから!」と先生に止められてしまいました。「そんなにしなくても大丈夫。私たち、プロですから」「お母さん、ちょっと外に出ていて大丈夫ですよ。息子くんは落ち着いたらちゃんとできますよ。」先生からはこう指摘されましたが、私は「息子が教室で騒ぎ、パニックになれば授業は進行できない。そうなればみんなの迷惑になる…。」という思いが拭えませんでした。しかも、パニックになった息子を止められるのは私しかいない。みんなが授業に参加できるように私が動いているのだ、とすら思っていたのです。正義感でいっぱいの私、息子を厳しく見つめる目は徐々に変化し…出典 : 習い事や外出先でいつも息子の行動を監視していた私を見て、あるとき息子がいいました。「お母さん、こっち見ないで」「見ないでってば!!」「こっち見るな!!!」と、パニックを起こすようになりました。なぜなのか本人に聞いてみると、「お母さんの目がどんどん怖くなる」と言うのです。発達障害の子というのは、そもそも人の目を見ることがあまり好きではありません。息子も、療育を受けるまではなかなか視線が合わず、今でも人の目を見るのが怖いために挨拶することが苦手です。そんな息子が「どんどん怖くなる」と言った私の目。「息子がパニックになってしまったらどうしよう」「みんなに迷惑をかけたらどうしよう」と緊張するあまり、私の目は息子をじっと監視する目になっていたに違いありません。周囲からの言葉で気付かされたのは、「人を信頼する」ということ出典 : こんな風にガチガチに緊張し、血走った目で息子を監視する…そんな私を見て、これまで沢山の方々がいろいろな言葉をかけてくださいました。「子どもなんてこんなものだよ~」「よくいるよ、こういう子」こうした言葉は、息子が発達障害ではないかと悩んでいたときは、とても辛く感じました。けれども今は、なぜかこの言葉が、ガチガチになっている私をその都度救ってくれるのです。それから、「私はプロなんだから、こっちに任せて。お母さんはその辺でゆっくりしていて」という言葉も本当にありがたいと感じるようになりました。それまでは「私しかこの子を止められない!」と自分を過信していましたが、親は人を信用する力を養うことも大切だな、と最近は感じます。習い事や療育先で親が先生を信頼できるようになると、子どもも先生を信頼する傾向があるようです。息子は、先生が信頼できるようになることで、パニックも起こさずに落ち着いて過ごすことが増えてきました。親ができる範囲は限られているのだから、プロを信頼して委ねよう…と、少し解放された気持ちになりました。大変な毎日の中で、ついつい怖い目になっていた私。いろいろな人に気付きをもらったおかげで、少しずつ子離れの必要性を感じ始めています。
2016年11月03日言葉が遅れていた長男。やっと少しずつ話し始めた!7歳になる長男は、重度の自閉症という診断を受けています。最近まで言葉がほとんど喋れなかったため、長男と意思の疎通をはかることが困難でした。Upload By シュウママ気持ちを口にしてくれない長男に、私や家族は歯がゆい思いをしていました。けれど、少しずつ指差しをしたり目線が合うようになったりするようになり、ぽつりぽつりと単語のようなものも出始めました。ある日、私の袖を引っ張り、キラキラと輝くイルミネーションを見て「きれい」と教えてくれました。次第に「ごはんを食べる前は、いただきますってするんだよ」と伝えると、手をパチンと合わせ、「いただきます」と言うなど、ごく簡単なやり取りもできるようになりました。7年もの間、私が一方的に叩き続けていた心のドア。長男がこのドアをやっと少し開け、私を招き入れてくれたように感じうれしかったです。Upload By シュウママたくさんの言葉を覚えたこと。その喜びを夫と共有したい!物の名前がわかるようになってきた長男は、身の回りの物の名前もぽつりぽつりと口にするようになりました。学校からの帰宅時「脱いだ靴下は洗濯機に入れようね」と伝えていると「せんたっき」という言葉が自然と出るようになり、「寝る前はテレビを消してね」と伝えれば「テレビ」といつの間にか口にするようになりました。単語が出てくるにつれて、私は長男がどの程度の言葉を獲得しているのか確認したくて、あちこち指差しました。「あれは何?」「それは何?」長男は「とけい」「あし」など、覚えた言葉を次々と答えてくれます。たどたどしい喋り方がまた愛おしく、何度も何度も繰り返して言わせました。Upload By シュウママそんな時、夫が仕事から帰ってきました。夫の帰宅はたいてい9時過ぎ。長男は既に寝てしまっている時間になることが多いです。そのため、夫はこの数日で長男の言葉数が増えたことを知りません。私は言葉を話す姿を見てもらいたくて、夫の前でついさっきの質問と全く同じことを長男に聞きました。「手はどこかな?」「足はどれ?」「時計はどこ?」Upload By シュウママけれど、長男は答えようとしませんでした。ただじっと私の顔を見つめています。そんな長男の姿を見た夫が言いました。Upload By シュウママはっと長男の顔を見直すと瞳は怒りにみちていました。同時にとても悲しげで、私は胸をつかれました。Upload By シュウママ幼いと思い込み、傷つけてしまった長男の気持ちわかりきったことを何度も聞かれることを、彼は小さな体で精一杯拒絶しようとしていたのです。苛立ちを言葉にして表現できないため、答えずに私を無言で睨みつけるという方法をとるしかなかったのです。彼は感情を抑えているとき、ぎゅっと小さな指を握り拳をつくります。その時も、堅く結ばれた握り拳が私の目の前にあったことを覚えています。「ボクは芸を仕込まれたサルじゃない!ボクは赤ちゃんじゃない!」そんな叫びが聞こえた気がしました。Upload By シュウママ自閉症があり発達がゆっくりだからといって、長男の感情を置き去りにすることは決して許されないことだったのです。私は反省しました。大切な長男の尊厳を踏みにじっていたんだと……。言葉が口から出ない間にも、子どもの心は育っていた行動が幼いがゆえ、私自身も長男が7歳であることを忘れてしまうことがあります。身長や体重と違い、心の成長は測ることができません。特に言葉の遅い子どもは、表出する言語が少なく判断する材料も少ない分、なかなか成長に気付けないのかもしれません。でも行動が変わっていても、言葉が喋れなくても、長男は7年分ちゃんと成長していたのです。もし、彼が本当に1歳の幼児であったなら、無邪気に親の言葉に従っていたかもしれません。でも言葉が出ない=赤ちゃんではないということを、息子の無言の抵抗が教えてくれました。7年の月日の中で長男が味わい、感じた景色は、産まれてまもない赤ちゃんのままではなく、私が思っていたよりもずっと広がりがあったのです。少なくとも、誇りという確かなものをちゃんと手にしていたのだと気付きました。「どうか、ぼくたち自閉症の子どもを幼いと思いこまないで!」彼の小さな心の叫びが、すこしでも届けばと切に願います。
2016年11月03日5歳になった広汎性発達障害の娘、次第に周りの子たちとの違いがハッキリしてきて…滑舌が悪く赤ちゃん言葉で、マイワールドが強い広汎性発達障害の娘…3~4歳の頃の娘は、周りとの発達の差もあまり目立たず、年上の子たちから「可愛い~!」と言われていました。Upload By SAKURAしかし5歳にもなると、周りの同級生の子たちとの差がはっきり開いてくるようになりました。Upload By SAKURAそんな娘も、気づけば来年は小学生。進路はどうする??Upload By SAKURAそんな5歳の娘は、早生まれのため来年は小学1年生になります。同年代の周りの子たちは、はっきりとしゃべるようになり、意思の疎通もきちんとできています。しかし娘はいまだに会話もきちんと成立せず…日々の療育や言語訓練も頑張っていますが、周りの子に追いつくことはできていません。娘に合った進路は支援学校?支援学級?それとも普通学級…?発達外来の主治医の先生、言語訓練の先生と長い間話し合ってきた結果、小学校は普通小学校の普通学級に通い、「支援の先生」を付けてもらうことに私たち夫婦は決めました。Upload By SAKURA夫婦でしっかり話し合って決めた進学先。でも周りは…Upload By SAKURAUpload By SAKURA「普通学級で、支援の先生付き」と夫婦で決断したものの…娘を心配する身内や親戚から、「このままで普通の小学校に行けるの?」「この子は本当に大丈夫なの?」と、言われることが増えてきました。この子を心配してくれているからこその、良かれと思っての発言だとはわかっていても、考え抜いて決めた結果に口を出されると、ちょっと困ってしまうことがあります。いろいろ言われることもあるけれど…娘のことを誰よりもわかっているのは私たち!Upload By SAKURAそんなとき私たちは、その場は笑顔で「そうですね~」とかわして、後から夫婦でお互いの考えを改めて再確認しています。私たちは、娘にできることは何でもします!でもこちらが焦っても何も変わらないということは、長い療育生活の中で痛いほどわかっています。色々言われ、うっとおしく思ったりもしますが、言いたい人には言わせておけばいい。今後どうしていくか、決めるのは娘の親である私たち夫婦です。娘のことを1番わかっているのも私たち。周りと違ってもいい。ゆっくりでもいい。家族一丸となって、この子が笑顔でいられる方法を選んでいきたいと思っています。Upload By SAKURA
2016年11月02日初めまして、この記事に目を留めて下さりありがとうございます。これを読まれている皆様は発達障害との縁が多少なりともある方だと思います。お子様への接し方が分からない。学校などの集団生活になじめない。他人と考え方・感じ方が異なるため誤解されやすい。抱えていらっしゃる悩みごとは様々だと思います。そこで発達障害当事者である私が、自分の障害とどのようにして付き合い、受け入れ、いまの仕事をしているかについて書かせていただきました。今回は、私の幼少期の学校生活についてです。「障害」を周りの大人たちが認識したのは小学生のとき出典 : 小学生のころ、私は自分自身に障害があることを認識しておりませんでした。私の異常を最初に気づいたのは周囲の大人達で、小学1年生のときでした。この時期になっても未だに私だけ読み書きができなかったためです。私は文字の形を認識することができず、平仮名が書けませんでした。ようやく書けるようになっても、文章を書くことはとても難しかったです。作文の宿題が出ると、机に向かって書こうとするのですが、2~3時間頑張ってやっと2~3行書けたぐらいでした。読解については、文字を1文字ずつしか読めず、意味も理解できませんでした。例えば「がっこう へ あるいて いく」なら「が、つ、こ、う、へ、あ、る、い、て、い、く」か「が、つこう、へある、いていく」としか読めず、単語の認識ができなかったようです。さらに算数も、数字の意味や計算の仕組みを理解する事ができませんでした。1+1すらできなかったそうです。自分の努力と適切な支援のおかげで、勉強ができるようになった出典 : 私の様子を担任の先生から指摘され、手を尽くして原因を調べた母は、「発達障害」の存在を知りました。当時はまだあまり知られていない障害でしたが、運よく発達障害を研究している機関を見つける事ができました。そこで私に下された診断は学習障害(LD)。でもこのとき私はまだ、自分に障害があるということをきちんと認識できていませんでした。研究機関に通って母と医師が何やら話しているものの、私は内容が自分に関することだとは思いもせず、退屈だったので同じ部屋内で遊んでいました。しかしこの診断があったことで、母は「根気よく繰り返し、できなくてもイライラせずに、できた事があれば必ず褒める」という教育方針のもとで私を勉強させてくれました。最初なかなか進歩は見られませんでしたが、学校の授業で漢字が出てきてから変化が見られました。例えば「つき」という平仮名だけだとその意味がわからなかったのですが、漢字の「月」は三日月の絵が崩れて漢字になったという成り立ちを見ながら教えてもらうことで、漢字の形と意味を理解できました。漢字を覚えたことがきっかけで、「文字を組み合わせて単語をつくる」ということもだんだんと理解できるようになり、これをきっかけに文章も徐々に読めるようになりました。作文はやはりかなり苦手で、宿題はいつも母が隣で手助けをする必要がありました。しかし、私が強く「書きたい」と思ったことについては、周囲が驚くほど筆が進んだそうです。算数については、数を数字以外のもので視覚化する事で分かるようになりました。例えば先ほどの1+1は、りんごを用意して実際に数える事で理解できました。ただし、文章問題は問題を読み解く必要があるため、できるようになるまでかなり時間がかかりました。このように私は、苦手なことを他の子どもたちとは違う方法で勉強することで、学習の遅れを補うことができました。いじめもあった。でも得意なことをがんばることで、周りに認めてもらえた出典 : 同級生達を始めとした人間関係ですが、小・中・高のどこでも入学してから数ヶ月の間よくいじめられていました。幸い私の周りには助けてくれる大人たちがたくさんおり、大事には至りませんでした。ただ、担任の先生は私の扱いに困っていたようで、よく怒られていたのを覚えています。でも私自身は何が問題で怒られているのかさっぱりわかりませんでした。何が原因だったのか、はっきりとした事は不明ですが、私は授業中に逃げ出して行方不明事件になる一歩手前まで大騒ぎになった事がありました。このように、後先考えず衝動的に行動するところが、恐らく周りから見て異質に見えたのではと思います。このように書くと「発達障害のある子どもは学校になじめないんだ」と思われるかもしれませんが、そんな事はありません。そして、私自身の得意分野が周りに認められたことも、同級生たちとの関係が良くなった一因でした。小学校3~4年生のころ、クラスメイトの誕生日カードを作る宿題がありました。私はこの宿題に夢中になり、夜中の12時頃まで絵を描き続けて、本来は作る必要のない表紙の絵まで描いたそうです。そのとき母は「学校の成績ではあまり重要ではないことに時間を割いて…」と思ったそうですが、夢中になって完成させたカードはクラスメイトの間で好評になり、同級生たちと仲良くなるきっかけになりました(ちなみに誕生カードを贈ったクラスメイトとは、特に親しい間柄ではありませんでした)。何かを作りだすと夢中になり、図工や美術の科目で良い評価を受けることは、その後もたくさんありました。こういった経緯で、周りから見た私は「変わり者だが、すごいやつ」という認識になっていき、次第に同級生たちから認められるようになっていきました。周囲には「障害は完治した」と思われた。でも自分の心の中には違和感があった出典 : 多くの支援と私自身の努力により、学校の成績や友達関係などの問題は解決していきました。これにより、先生も母も「学習障害は完治した」と思ったそうです。特に母は、障害に対する忌避感も重なって、私に「障害がある」とハッキリと伝えることはしませんでした。これでめでたしめでたし…のように見えて、実はそうではありませんでした。確かに目に見えて明らかな問題は解決しましたが、私は他人と打ち解けることが苦手で、周りとは何とも言えない壁を感じ続けていました。例えるなら私と他人の間には常にガラスの壁があり、わかり合えず、私の声は向こう側に届いていないようでした。この壁に、長い間私は1人で悩まされていました。「障害は完治した」という周囲の認識は、成人してからの私の生活にも大きな影響を与えることになります。障害を受け入れた今、保護者や学校に思うこと出典 : 障害があっても、今後も社会で生きていく以上、学校など何かしらの社会的な集団に所属しておく必要はあると思います。でも自我が確立していない幼少期に、所属している集団で自分の存在を認めてくれる人がいないと、本人が自分を認められず、社会で生きていくことは困難になってしまうかもしれません。ありのまま生きる姿を、「障害」としてではなく「個性」として接してくれる人がいれば、その子にしかない才能を発揮して力強く生きてくれるでしょう。私はいじめも経験しましたが、個性の一部として周囲の人に受け入れられていたため、自分を異常だなどと追い込んだり、できないことや失敗したことを障害のせいにすることはありませんでした。そこで、発達障害のお子さんを持つ親御さんへ、発達障害の当事者としてお願いがあります。どうか皆さんには、お子さんの最大の理解者になって欲しいと思います。良くいわれている事だとは思いますが、発達障害=悪いことではありません。だから、悔やむことも、恥じ入ることも、責められることも何一つありません。悪い方向に傾くのか良い方向に傾くのか、それはこれからの行動次第です。いじめや学習障害を乗り越えた私ですが、自分自身に障害があるとは認識しておらず、障害と向き合うことをしていませんでした。このことが将来に影響を及ぼすこととなります。次回は私が大人になってから仕事をするにあたり、ぶつかった困難についてお話します。
2016年11月02日話を聞くのが苦手な息子。その理由を聞いた母はショックを受ける…ADHDの息子リュウ太は、何を伝えてもすぐに忘れてしまいます。1度にたくさんのことを覚えることも苦手です。ある日、少しでも話が息子の耳に入るようにと思い、丁寧にゆっくり説明していると…Upload By かなしろにゃんこ。息子は「早く話して!早く早く!」と急かせてきました。前置きはどーだっていいから、早く本題を話せ!という様子です。あるとき息子に「なんでそんなに急かすの?」と聞いたら「お母さんの話し方が遅くて気持ち悪い!」と言われました。ガ―――――ン!人の話を聞けない理由に、「話すスピード」が関係していたUpload By かなしろにゃんこ。でも「気持ち悪い」というのは母親がキライという意味ではありませんでした。相手の話すスピードが、自分の聴きたいスピードと異なると、「気持ち悪く感じる」ようです。話を聞くのが苦手な理由には、こんなこともあるのかと驚きました。伝えたいときは丁寧さよりも「回数」でカバーUpload By かなしろにゃんこ。”せっかちさん”な息子と話すときは、早く話終わらせなくちゃと気を遣うため、伝えたいことの半分も伝えられなかったりします。でも長い話を我慢させて聞かせても頭に入っていかないだろうと思いまして、短く説明して伝える回数を増やすようにしました。息子も自分のそんな特性をわかってきたようで、「覚えていられないから悪いけど再度言ってくれ」と頼んできます。「あたしゃ秘書じゃないからイヤだよ!」と思うこともありますが、こういうフォローが必要なのがADHDなのかな…と最近諦めました(笑)。いつも読んでいただきありがとうございます。
2016年11月01日ストレスがチックになって出る長男。でも、今年の春から始まったチックはいつもと違い…出典 : 新学期や行事の前後など、周りの様子が普段と違うようなとき、大人でさえもストレスを強く感じるケースがあるかと思います。ましてやストレスに敏感な発達障害の子どもたちは、日々思いがけないストレスに晒されていることが少なくありません。保育園に通っている長男も例外ではなく、ナイーブな性格も手伝ってか、だいたい「そろそろかな」という時期には毎年「チック」が現れるようになりました。長男のチックは主に、口でいろいろな音を立てるタイプと、首をすくめるタイプが合わせて出ていました。ひっきりなしに音が出ているものですから、何か話しかけているのかと間違われ、周囲の人から「何?」とよく聞き直されることもしばしば。そんな状態であっても普段は1ケ月、長くても2ケ月もすれば自然に治まるので、あまり気にせず「今はストレスを多く感じているんだな…」とだけ認識し、見守るようにしていました。しかし、春に出はじめたチックはなかなか治まらず、秋まで半年間続きました。私は、できるだけストレスの原因を取り除こうとしましたが、その原因が何なのか?察するのは難しく、やはりただ見守ることしかできなかったのです。療育の先生が誘ってくれた絵本作り。自由な発想から生まれるそのストーリーとは出典 : そんなある日、いつもの療育先で個別の指導を受けていたときのことです。長男が紙で本を作っている様子見てピンと来た先生が、ある提案をしてくださいました。先生「ねえねえ、今日は絵本を作ってみない?」先生からの提案に、嬉しそうに応じる長男。1枚の紙に切り込みを入れ、先生があっという間に3ページの本を作ってくれました。そして「タイトルは何がいい?」「この本は誰のお話?」など、長男のイメージを引き出しながら本を作ろうとしています。長男は主人公を猫に設定し、猫には自分の名前を付けました。タイトルは『しろねこのAくんの本』。「最初は森から始まる?海から始まる?」という先生からの質問に答えたり、ときには自分から「公園に行きたい」などとストーリーを提案したりしながら話を進めていきます。自由な発想で構成されたそのストーリーは、突然家でごはんを食べるシーンになったり、急に宇宙の話になったり、かと思えば次のページで「ぎゅうにゅうをのみました。 おしまい」なんていう展開もありました。こうして、読み聞かせも絵本も大嫌いだった長男は、意外なところで絵本との接点を得ることができました。話を想像してそれを相手に伝えることに一生懸命取り組んだ長男。その姿は本当に楽しそうで、とても印象的でした。絵本作りがすっかり大好きになった長男。それと同時にある変化がUpload By OKASURFERその後、すっかり絵本作りにハマってしまった長男。自宅でも出先でも、紙とペンを持ち歩き、時間を見つけては「えほんかく」と言うようになりました。「かく」とは言っても、実際に書くのはほとんど周りの大人で、私たちは長男大先生のイメージ通りに作品を起こす、アシスタントに徹しています。「ねこ 15にん かいて」など、アシスタント泣かせの大先生ではありますが(笑)。彼がイメージをがんばって言語化しているのだから…と、私たちもできるだけ彼の思う絵を描けるよう、無い画力を振り絞る日々です。さてこの頃、思いがけず不思議なことに気付いたのですが、あれだけ長く続いていたチックがピタッとなくなっていたのです。絵本との因果関係はさすがにわかりませんが、全てではないにしろ、彼の中にあったものを絵本という形で吐き出すことで、ストレスを発散できていたのかもしれません。長男をストレスから救った魔法出典 : いまだ自作以外の絵本が嫌いで、読んでも聞いてもくれない長男ではありますが、思わぬところでストレスを減らす『魔法の本』に出会うことができました。思いを吐き出す、イメージを膨らませるひとつの手段として、これからも楽しく取り組んでいけたらいいな、と考えています。
2016年11月01日年長に進級した息子。間もなく登園を渋るようになり…出典 : 歳の息子にはADHDの診断が出ています。これまでは毎日元気に幼稚園に通っていたのですが、登園を渋り出したのは進級後、しばらくしてからのことでした。幼稚園に行く時間になると私にしがみつき、「ママと一緒にいたい」と泣くようになったのです。1学期の間は、なんとかなだめて登園させたり、時々休ませたりすることが続きました。「担任の先生が怖い」それが、息子が登園を渋っている理由でした。何度か担任の先生とお話しをしましたが、「息子さんを特別きつく叱ったりはしていません」「むしろよくできる方なので叱る原因がありません」という回答でした。先生とあまり相性が良くないのかな?合わない人と過ごすのも人生経験、そこから何かを学べればいいかな?と思い、息子にもそう言って聞かせましたが、「怒られるかもしれないから行きたくない」と、相変わらず登園渋りは続くのでした。息子の様子を見に授業参観へ。そこで見えたのは、家庭の方針に応じて対応を変える先生の姿だった出典 : そんな中、幼稚園の授業参観がありました。私は息子の登園渋りの原因を探ろうと、先生とのやりとりを観察することに。息子は先生の話を一語一句聞き逃すまいと、必死でお話しを聞き、うなずき、返事をしています。工作の課題を与えられると、自分の行動が間違っていないか必死に周囲のお友だちを見回し、「このやり方で合っている」と確信すると、遅れないように必死に作業を行っていました。失敗を極端に恐れる、という特性を持っている息子らしい行動だな…と思いながらその様子を眺めていました。一方、行動がゆっくりなお友だちもクラスにはいて、先生は彼らに声をかけていました。「いつまでやってるの!?もうみんな終わってるよ!」「早く〇〇しましょう!みんなが待ってくれてるでしょ!」「まだこんなところをやっているの?間に合わないよ!」そのお友だちのご両親は、「みんなと同じ速度で行動ができるよう、きちんと躾けてほしい」という方針だそうで、事あるごとに先生から注意を受けるのです。そのお友だちと席が近かった息子は、先生の言葉をずっと聞いていました。私はこの様子を見た瞬間、息子がなぜ「先生が怖い」というのかがわかりました。お友達が怒られるたびに苦しんでいた息子出典 : 発達障害を抱える人の中には、他人との境界が曖昧なため、知らない人が怒られていても、自分が怒られているかのように恐怖を感じ、悲しみ、怒りを覚える特性を持つ人がいます。わが家の娘や息子も、そのタイプに当てはまります。進級してからずっと、お友だちが怒られる姿を見て、自分が怒られているかのように受け止めていたのです。息子が登園を渋る理由が腑に落ちました。話を聞いてみると、頭では「自分が怒られているのではない」とわかっているようですが、「次は自分が怒られるかも知れない」「早くしないと怒られる」という恐怖から、必死に気を張って過ごしていたのです。一日中注意を受けているお友だち、それを隣で聞いている息子…私が想像するよりも、うんと苦しかったのかもしれません。私は息子の登園渋りの原因を、担任の先生にお伝えしました。その後、そのお友だちと席を離してもらうなどの策を講じてもらいましたが、息子の登園渋りがなくなることはありませんでした。いろんな習いごとに挑戦し、その中でたくさん怖い先生にも出会ってきましたが、これほどの拒絶は初めてでした。園をやめることを決意した息子。怒られることがそんなに嫌だった?出典 : 学期に入ると、家を出る足が動かなくなり、ついに息子は幼稚園へ行くのをやめました。毎日家で穏やかに過ごしている息子と、時々幼稚園の話をします。私「家にいたって、ママにたくさん怒られるのに怖くないの?」息子「そりゃ怖いよ!ママは鬼みたいだもんね~!」私「幼稚園の先生よりママの方が怖いんじゃない?」息子「う~ん、ママは僕のことを大好きだって知ってるからいいの。僕のために怒ってくれてるんでしょ?幼稚園の先生はそうじゃなかった。あのクラスにいるのは厳しかった。2度と行かない。」きちんと言葉にはできませんが、息子なりにいろいろと感じていたのでしょう。もし、進級後からきちんと先生との信頼関係が築けていたら、「この先生が言うのなら」と思えていたら、事態は変わったのかもしれません。レールから外れることは怖い。それでも私が子どもたちの笑顔を大切にする理由出典 : 現在、息子はまだ幼稚園に籍を置いています。幼稚園との交渉はまだ続いていて、先生方はなんとか息子が以前のように幼稚園に通えるようにとあれこれ策を講じ、「今幼稚園を辞めてしまったら、この先どうするんですか!?小学校は?中学校は?」と心配して下さっています。進学、就職…そのレールから外れずに、何とか耐えていくこと。それが正しい道なんだと、園の先生方は口を揃えておっしゃいます。確かにそのレールから外れた先に何があるのか、私にもわかりませんし、わからないから怖い。それでも、子どもたちの心を殺してまでもレールにしがみつくことは、私にはできませんでした。先生に請われ、渋る息子を1度だけ幼稚園に連れて行ったことがあります。笑顔で駆け寄ってきてくれるたくさんのお友だちを眺めていると、この子たちのように息子も幼稚園生活を満喫できたら、どんなに幸せだっただろうと思います。それでも、教室の片隅に目を向けると無表情で佇んでいるお友だちもいて、息子もきっとこんな風に過ごしていたんだろうと胸を締め付けられる思いがしました。息子は黙って私にしがみつき、俯いたまま顔をあげようとしませんでした。親の理想と子どもの現実。うまく行かないことだらけ。それでもきっと、心地よく過ごせる場所が見つかるはず。合わない場所から離れるのは悪いことではない。笑って過ごせる場所を探していけばいい。それが“自分らしく生きる”ということなんだよ、そう信じて、子どもの笑顔を見守りながら前に進んで行きたいと思います。
2016年11月01日「何でも出来るけど、何にも興味が無い」そんな中高生時代編集部:前回、何かに熱中していても「1番じゃなきゃダメ、これじゃなきゃダメ」という気負いはあまりない、とお話を伺いました。現在従事されている義足の開発に関しても同じなのでしょうか。遠藤:うーん、そうですね。義足に関しては、友人とのエピソードが大きいですし、あの足を作りたいと思って今も研究開発していますが、だからといって「できなかったらどうしよう」ということは思っていなくて。「ただロボットを作る」ということでも僕はきっと楽しめると思うから「(義足が)できなかったらどうしよう」というのはあまり考えていないです。編集部:なるほど。遠藤:なんというか、失敗経験があまりないからかもしれません。もっと丁寧にいうと、人生の中で負け戦をしてきていないんです。学力もスポーツも特別困ってこなかった、ある程度要領よく進んできた方だと思います。編集部:中高生の中で、「僕はなんでもそこそこできるから、何も興味がないんだよね。」という子ども達にも出会うのですが。遠藤:ああ、僕も中高生の時はそんな感じだったと思います。成功体験って楽しいじゃないですか。成功すると嬉しいし、楽しい。遠藤:だから、周囲の人から「君はこれが得意だよね」と言われることや、「特別面白くないけど人より出来ること」を伸ばしたり磨いたりするのもいいですけど、やっぱり「自分が楽しいと思えること」を選んだほうがいいと思います。出来る出来ない、得意不得意という軸ではなく、「自分が楽しいかどうか」を軸に考える。もちろん楽しいと思えるものは段々変化していくと思いますけど、"今は"それをやる、という事です。そして楽しいと思える取り組みは、長続きすると思います。最初から志が高くなくていい。「ちょっとGoogleしてみる」ぐらいから始めてみる出典 : 編集部:出来るかできないかではなくて、「自分が楽しいと思うかどうか」なんですね。遠藤:そうですね。ただ、楽しいことを見つける機会が学校の中には少ないのだろうと思ってます。編集部:そんなときはどうすればいいのでしょう?遠藤:それこそ「LITALICOワンダー」(LITALICOのIT×ものづくり教室)みたいな。今流行りですよね。プログラミングとか。義務教育のお陰でこんなに識字率が高いですし、学校教育はそれはそれでいいと思いますが、学校の授業で自分を伸ばせる機会がないなら、部活でもいいし、部活がないときは習い事でもなんでもいいので、次から次へと色々な経験を試せる機会があるといいと僕は思います。編集部:いろいろ試せる機会がある。いいですね。遠藤:ロボットを作るとか、ものをつくるのは楽しいですよ。学歴社会の中で苦労したことがないって言いましたけど、それは僕が沼津(静岡県の沼津市)という田舎にいたからだと思います。受験戦争なんて無くて、大学も推薦でしたし。田舎だったからのびのびとしていられたのかもしれませんね。編集部:「これが面白い、もっと知りたい」と思ったときに、まっすぐになれないこともあると思うんです。「本当にこれがやりたいのだろうか」って。遠藤:わかります。特に進路を決めるときなんて、そうかもしれませんね。でも、とりあえず期間を設けてやってみたらいい。一定期間どっぷりやってみて、つまらなかったらそれ以降やらなくていい、そう考えています。編集部:ああ、そう思うと、取り組むハードルが低く感じられますね。遠藤:うん、意外とやってみると楽しいこともありますし。やってみる前からやめてしまうのは勿体無いですよね。とりあえずGoogleで調べる、楽しそうだったらもうちょっと調べる。その「ちょっと調べる」を終えるまで、続けるかどうか判断するのを先延ばしにしてみるといいと思います。親御さんも、お子さん自身も急いで決めなくても良いのではないでしょうか。ワンダー出来るからやるのか、楽しいからやるのか。人それぞれの判断基準がある編集部:「出来る!」にも、もともと得意な事と、努力して上手に出来る事とあると思います。出来る!を伸ばそうと思った時に、「磨きをかける」方法やモチベーションの置き方にアドバイスなどいただけますか?遠藤:うーん、出来る事で得意であっても、やりたくないなら、やらなくていいのでは(笑)。周囲が「伸びるよ、もっと伸ばしてみよう」と言ってくれる事もあると思いますけど、自分が楽しいかどうかで選べばいいと思っています。そうすれば自然と困難なことも超えていけますから。編集部:なるほど。遠藤:例えば、毎回為末(元陸上競技選手の為末大さん)を例に出しちゃうんですけど(笑)、為末は「世界で勝つ」ということが一番の目的だったからこそ、種目を400メートルハードルに転身する決断が出来たんだと思います。僕の場合は「義足をやりたい」ということなんです。それが、やりたい。「足がないという人にテクノロジーで何かを生み出す」という基準で、義足以外に最適な方法があったら変えるかもしれないけれど、僕は義足が好きだから、今はやりたい。為末も僕も、共通しているのは、自分の中での優先順位があって、それに沿ってやることをやっている、という事です。結局、「自己満足できるか?」ということかもしれませんね、いくら人のためとはいっても。編集部:すごくわかりやすい例えでした。「一番になりたい」という目的と「順位とかではなく、これそのものがやりたい」という目的のどっちが良いという事ではなく、その決断や選択に「自分が納得しているかどうか」という事なんですね。遠藤:そうですね。それでも興味関心にひっかかるものを見つけられない、というのは触れている情報量がまだまだ少ないからだと思うんです。編集部:情報量が少ない、ですか。遠藤:はい、Googleで検索しても日本語の情報量では限りがあるとは思いますけど、それでも「情報を増やす」という事をしている子ども達や若い人は少ないのかな、と。「得意なことを深めろ」とはよく言われるけど、フィールドを広げることも、大事だと思いますね。それはGoogle検索でも充分ですし、学校以外で何か経験出来る機会をつくるのも良いと思います。無理に夢中にならなくてもいいけれど、気になることは「ちょっと調べてみる」、そこまでやると興味関心は広がっていくのではないでしょうか。株式会社Xiborgソニーコンピュータサイエンス研究所プロフィール
2016年10月31日みなさんの周りにも、こんな人いませんか?出典 : 「うっかりさん」それは…いつも探し物に追われ、忘れ物をしてはあたふたとして、貴重な人生の時間を「あれがない、これがない」と言って浪費してしまう。なんだか大変そうにしていたかと思えば、ぽわ〜んと考え事をして、上の空で壁や電柱に頭をぶつけたり、電車で駅を乗り過ごし、いつの間にか知らない土地に降り立っている…そんな不思議人間です。もしかしたら、「うっかりさん」は、いつもうっかりミスや失敗ばかりで、親や先生・上司からの注意や叱責が続いたり、自分でも「なんでこんな簡単なことができないんだろう」なんて落ち込んで、自信を無くしがちかもしれません。でもね、本当はそんな「うっかりさん」は人間味溢れる、豊かな世界観を持った魅力的な人物でもある可能性が高いのです。そんな愛すべき「うっかりさん」の、長所やいいところに気づき、ミスや失敗を減らすために、親や周りの人達ができる接し方のコツと、うっかりを予防する、自分でも簡単にできる自己管理の工夫はあるんです今回は、「うっかりさん」の魅力を引き出すポイントを、自分自身のうっかりとつき合いながら、「うっかりさん」な子ども達を子育て中の、楽々かあさんこと大場美鈴がお伝えします。うっかりさんの短所を長所に「凸凹変換」すると…?Upload By 楽々かあさんそもそも、「うっかりさん」って、なんでうっかりしてしまうのでしょう?それは、こうした理由があるからかもしれません…。・頭の中がいろんな雑多で膨大な情報でいっぱいで、処理が追いつかない(いわば、「脳のメモリ不足」状態)・目や耳から入って来る情報を、そのまま無選別に受け取り過ぎてしまう・今するべきことの優先順位がつかない・あれも、これも、それも、同じように気になってしまうから、ついつい手元がおろそかにでもこれは、見方を変えれば「好奇心旺盛」とも言えるんです。「うっかりさん」の長所をみてみましょう。●要る情報と要らない情報の区別は苦手だけど、一見無関係な情報同士が結びついて、アイデアやひらめきを得やすい●発想力や想像力が豊かで「クリエイティブ」そして、ミスや失敗ばかりの「うっかりさん」の最大の魅力は、その「親しみやすさ」です。思い出してみて下さい。「うっかりさん」の代名詞、マンガ「ドラえもん」の主人公、のび太君を…!彼は、できないことが多くて、失敗ばかりだからこそ、世代も国境も超えて幅広く愛され、親しまれる人気者になれたのではないでしょうか。「うっかりさん」は、そんな不思議と憎めない、人間味溢れる魅力が満載なのです。出典:Facebook記事「凸凹変換表」(初出:2015.12.25)「凸凹変換表」の無料ダウンロードは、楽々かあさん公式HPより。上の空のうっかりさんを「今、現在」に戻す、接し方のコツと声かけUpload By 楽々かあさんでは、そんな「うっかりさん」の子育てをしたり、学校や職場で上手にフォローしながらつき合っていくには、どうしたらよいでしょう?いつもお空にぽわ〜んと浮かんでいる「うっかりさん」が、地に足をつけて現実の世界でやっていくためには、「今、現在」に気づかせ、何を優先して行動すれば良いのか、具体的に思い出せるようにするのがポイントです。【気づかせる声かけの例】●「今、何してたんだっけ?」「今◯時だけど、大丈夫?」●「どうすればいいんだっけ?」「こういう時、いつもはどうしてるの?」●「今やることはAと、Bと、Cだけど、どれから始める?」こんな声かけで、うっかりさんはハッと我に返ったり、大事なことを思い出したり、優先順位をつけて具体的な行動に移ることができます。そして、ミスや失敗の多い「うっかりさん」なので、親や周りの人は、つい小言を言いたくなってしまいますが、周囲からの注意や叱責が続いてしまうと、余計にうっかりが増えてしまいます。出典 : 「うっかりさん」は、同時にあれもこれもとテキパキ処理するのが苦手かもしれませんが、ひとつひとつ順番に確実にやってゆくことは得意だったり、全体像を把握してから具体的な部分に入ることで、頭の整理整頓ができて動きやすくなります。●1つのことが終わってから、次の指示を出す●やることを順番に、箇条書きやリスト、チェック表にして、伝言メモ、ホワイトボードなどに書いてあげる…などで伝える情報を絞って整理し、伝え方を工夫すると、落ち着いて行動することができます。また、最初に完成図やお手本を見せてあげると、イメージしやすいタイプもいます。うっかりミスや失敗続きで、成功体験が少ないと、本人は「なんでこんな簡単なこともできないんだろう」と、落ち込んでしまって、自信がなさそうにしているかもしれません。ほめるハードルを少しだけ下げ、「ここまではできているね」と、できている部分に気づかせたり、「忘れ物がなかった」「遅刻しなかった」と、頑張れた部分を褒めたりすると、自信につながります。「うっかりさん」は、一見他の人ができて当たり前のようなことも、本人にとっては、ものすごく努力が必要なことがあるからです。例えギリギリセーフでも、なんとか時間どおり目的地に着けた時などには「間に合って助かったよ」など、さり気なく感謝を伝えてあげると「次も頑張ってみよう」という意欲が出てきます。もう忘れない!記憶力を道具で補い、うっかりを予防Upload By 楽々かあさんそして、「うっかりさん」が自分自身でもできる、「うっかり忘れを予防する簡単な工夫」があります。つい忘れてしまうのは、先述の通り感性豊かな「うっかりさん」が受け取る、圧倒的な情報量に対して、脳のメモリが不足気味だからです。道具を工夫して、外部メディアにデータを移し、「覚えなくては」「気をつけなくては」という負担を減らせば、情報処理が追いつき、スッキリ動きやすくなります。【やることを把握する工夫】●カレンダーやスケジュール帳に、やることを書き出したふせんを貼る●スマホアプリのTODOリストなどで、優先順位をつける【記録する工夫】●買い物メモなど、メモ魔になる●書くことが負担の場合には、スマホやデジカメで写真を撮って記録する習慣をつける【思い出す工夫】●スマホや家電製品のアラームやキッチンタイマー、リマインダーをセットして活用する出典 : 【ミス・失敗の対処への工夫】●もし失敗しても「こうすればOK」という対処法を書いたカードや、手順表・工程表を作って貼っておく【なくしもの、探し物を減らす工夫】●よくなくすものにはヒモをつける●大事なものだけを入れる専用のBOXを作る●「習い事セット」や「打ち合わせセット」など、用途別に専用バッグをそれぞれ用意し、必要なものは入れっぱなしにしておくうちの子ども達には、登校時刻や宿題開始のアラーム、「OKカード」や手順表、ヒモ付きのハサミや連絡帳のタグなどを使って、学校や日常生活の工夫をしてきました。自分の「うっかり」と上手につき合うことで、「せっかくいいこと思いついたのに、紙と鉛筆が見つからなくて忘れちゃった」なんて勿体ないこともなく、クリエイティブな長所も活かすことができます。参考情報:「WatchMinder」海外にはADHD等の子・方のための、メッセージ付きバイブレーション機能のある腕時計型リマインダーなどもあるそう。出典:Facebook記事「OKカード」(初出:2013.11.9)うっかりは最大の魅力!?人間味あふれる愛すべき「うっかりさん」出典 : こうして、自分でも工夫しながら、周りの人の理解や協力を得られると、うっかりミスを少しでも減らし、ひとつひとつ宿題や仕事をこなして、小さな「できた!」の成功体験を積み重ねることができます。そして、親や周りの人たちが、「うっかりさん」の当たり前の頑張りや、できていることに気づいて認めてあげることで、失っていた自信を回復することができます。すると…自信がついた「うっかりさん」は、最大の魅力を発揮することができるんです。それは、うっかりしていて、ミスや失敗が多いという、自分の欠点を長所として受け容れられるということ。「うっかりさん」のうっかりは、実は、欠点であるにも関わらず、一番素敵なところでもあるのです。どんな人でも長所と短所はセットで持っているものですが、一見完璧そうで、誰にも隙を見せない人の前では、大抵の人は緊張してしまって、心を開くことができません。そこへゆくと、人間味溢れる愛すべき「うっかりさん」は、周りの人の気持ちを和ませ、安心させ、話しかけやすい親しみを感じさせます。できないことも多い「うっかりさん」が、自分なりに一生懸命がんばっている姿は、人に勇気や希望を与えることができます。でも、自分に自信がないと、せっかくの素敵なうっかりを隠し通して、完璧を演じようと頑張り過ぎてしまうかもしれません。「うっかりさん」は、そのままでも充分素敵なんです。「うっかりさん」のうっかりを、周りの人も、そして、「うっかりさん」自身も、家宝のように大事にしてあげて下さいね。次回の楽々かあさんコラムは「あわてんぼさん」編の予定です。お楽しみに!参考書籍:著書「発達障害&グレーゾーンの3兄妹を育てる母の毎日ラクラク笑顔になる108の子育て法」記事で使用のイラストは、「楽々かあさん公式HP」より無料ダウンロードできます
2016年10月31日1日1枚ずつ学校に上着を忘れてきてしまう息子は、ある日とうとう…Upload By 鈴木希望Upload By 鈴木希望Upload By 鈴木希望Upload By 鈴木希望小学校に上がってからADD(注意欠陥)の傾向が目立ってきた息子。忘れ物や失くし物はしょっちゅうです。上着を置きっぱなしにしても、「夕方は暖かかったから…」という理由ならわかるんですけどね(笑)その日の朝に「もう上着は1着もないから!」と、私が念を押したのが印象に残っていたようです。「だからって一気に全部着てこなくても…」という私の言葉に、息子は「覚えてるときに全部着て帰らないと、また忘れたときに困るでしょ?」と、自分の特性を把握しているからこその行動でもあったのでした。
2016年10月30日絵本との付き合い方はさまざま。自由に作れば、なお楽しい!Upload By 荒木まち子Upload By 荒木まち子絵本に全く興味のなかった娘。それが変化し…出典 : 高2の娘には、発達障害の診断が出ています。今回は、3,4歳の頃のお話。娘はもともと絵本に全く興味を持たなかったのですが、療育センターでの読み聞かせがきっかけとなり、3,4歳の頃にはすっかり「本好きの子ども」になっていました。この頃の娘のお気に入りがコチラ。出典 : 出典 : 出典 : 子どもが夢中になる絵本がもう1つ!手作り絵本のつくりかたUpload By 荒木まち子もう1つ、絵本をご紹介します。これは保健師さんに教えてもらったもので、牛乳パックを使って作るオリジナルの小さな絵本です。スマホやiPadなどもなかった当時、娘と公共交通機関を使っての移動に、私はとても苦労していました。外の眺めを楽しめるバスや電車はまだ良いのですが、窓が真っ暗な地下鉄や長時間拘束される飛行機などでは退屈し、暇を持て余す娘。乗客のいる中で泣いてぐずる子どもを相手にするのは、周囲の目もありとても辛いですよね。お菓子や飲み物でごまかすのにも限界があります。移動中、タイミング良く寝てくれたときなどは、本当にラッキーでした。そんな時、娘を夢中にさせたのがこの「手作りマイ絵本」でした。雪印メグミルクのHPで詳しい作り方がご覧になれます。牛乳パックで作ろう!ミニ絵本出典 : これは丈夫で小さく持ち運びにも便利なので、電車の中や飛行機の中でとても重宝しました。・お気に入りのキャラクターの絵を描いて眺めるもよし・好きな図鑑のページをチョイスして貼ってもよし・シールを貼って遊ぶもよし・スケジュールボードとして使ってもよし…などなど、使い方は自由自在!字が書けなかった娘も、自分なりにストーリーを考えて楽しそうに作っていました。好きなものを集めたマイ絵本、皆さんもお子さんと一緒に作ってみてはいかがでしょうか?
2016年10月30日「これ買って!」と言ったことがない、ADHD長男の誕生日は…我が家のADHDの長男は、普段から物欲があまりありません。おもちゃを欲しがることもあまりなく、何か遊びたいことを思いついたら積み木やブロックを駆使して自分で作ります。お菓子も服も、私が買ってきたもので満足します。そんな息子なので、誕生日プレゼントやクリスマスプレゼントも、前もってリクエストしてくることがありません。そんな長男の7歳の誕生日が近付いてきたある日…Upload By ラム*カナひゃ、ひゃっこ!?なになに、なにが欲しいの!?Upload By ラム*カナUpload By ラム*カナUpload By ラム*カナ珍しく、欲しいものが聞けるかな?とわくわくしてみたけど、なかった。結局なかった。100個、とか言ってみたかっただけだった!!ただ、毎回「じいちゃんたちにきてほしい」と言うので、ささやかな誕生会を開きました。家族みんなでそろってバースデーパーティ。長男へ内緒で用意したプレゼントは…Upload By ラム*カナ長男は、みんな揃って楽しい時間を過ごすことが一番のプレゼントになるみたいです。しかし実は、夫と水面下で誕生日プレゼントを用意していました。Upload By ラム*カナUpload By ラム*カナUpload By ラム*カナ今乗っている自転車は、幼児サイズで長男には小さくなっていました。しかも、その自転車は私の父がどこからかもらってきたもので結構古かったんです。周りのお友達から「なんで自転車小さいの?」「なんで自転車汚いの?」と聞かれたりもしていたんですが(笑)、当の長男は別に何も思っておらず…(その鈍さが長所にもなっていると思います)。でも、このタイミングで買ってあげようということになり、夫と相談しながら購入しました。プレゼントを見てとても喜んでくれた長男。何より、Upload By ラム*カナと、目をハートにしていました。カ…カゴ欲しかったんだ…!!まぁ、何入れるって拾った釘とか草ですけどね。かわいいものです。
2016年10月29日転校を機に変化に戸惑う小4の娘。大きな壁となったのは方言だった出典 : 歳でアスペルガー症候群と診断された娘は、小学校高学年から続いたいじめにより、神経性食欲不振症、不登校、被害妄想、幻聴幻覚、解離などの二次障害が現れ、現在は入院中です。今回はこの二次障害のきっかけとなった、小学生時代のお話です。娘は赤ちゃんの頃から元気がよく、明るくて三枚目タイプ。いつも楽しい事をして、家族を笑わせてくれていました。ところが、幼稚園に通う頃になると、お友達との関わりが少し苦手なように見えました。けれどもずっと1人で過ごすことはなく、小学校低学年の頃までは、お友達と遊ぶこともできていました。仲の良いお友達もいて、いじめられた事はありませんでした。娘が小3を終えた3月末に、主人の転勤で関東から九州へ引っ越しをしました。転居してまず驚いたのは、方言でした。その口調は怒っているように思え、なんだか叱られているような気がするのです。言葉に慣れるのには、かなりの時間がかかりました。そんな中、引っ越し後に初めて登校した小4の始業式で、みんなの前で自己紹介をした娘は、「言葉が変っちゃ!」と笑われてしまいました。出典 : しかし、標準語が変だと言われても、どうしようもありません。みんなが方言で話す中、方言を知らない娘は標準語をからかわれ、その上なぜか「組長」とあだ名をつけられ、それ以来いじめの対象になったのでした。まもなく、娘は、「学校に行きたくない!」と言いだしました。理由を聞くと、「言葉が変だと言われるし、給食の量が多すぎて食べられないから嫌だ」と言うのです。どうやら、毎日給食が食べられず、昼休みまでかかって食べている様子。この学校では給食を完食しないといけない規則で、時には5時間目まで食べているそう。前の学校では、食べられない時は残しても良かったので、給食が嫌いではなかったのですが…。以前の学校でも、言葉で表現する事が苦手な娘でしたが、からかわれても言いたい事が言えず、加えて給食の時間も嫌で仕方なく、事態は深刻でした。私は毎朝、祈るような気持ちで娘を学校に送って行きました。どうか、娘がみんなと仲良くなれますように…今日1日、楽しく過ごせますように…。あのときの、とても寂しくて辛そうな娘の後ろ姿は、今でも忘れられません。2週間くらい一緒に登校すると、そのうち娘は1人で登校できるようになり、私はホッとしました。けれどもそれは、すべての事の発端(神経性食欲不振症、不登校、被害妄想などのきっかけ)であった事を、当時の私は知る由もありませんでした。漢字練習で気づいた、担任の厳しさ。相談を持ちかけるもその返答は…出典 : 不安な1年が過ぎ、娘は5年生になりました。担任の先生は教育にはとても熱心で、毎朝10分間テストから、1日が始まるようでした。ある日帰宅した娘が、必死になってノートに何か書いていました。よく見ると、朝の漢字テストで間違えた漢字を書いているようでした。その夜、寝る時間になっても、娘はまだ漢字を書いていたので驚きました。「どうしたの?」と尋ねると、「漢字を1000回書かないといけない…。」との返事。聞くと、明日までに間違えた漢字を1000回書いて提出しなければいけないようです。しかも、間違えた漢字1文字ごとに1000回なので、2文字間違えると2倍の計算です。娘は、徹夜で間違えた漢字を1000回書き、翌朝眠そうに登校しました。私は、どうしても納得できず後日、連絡帳に「いくらなんでも多すぎるのではないか?」と書いて担任に訴えましたが、何の返答もありませんでした。出典 : 他にも娘の事で相談したかった私は、その後担任との面談を申し出ました。面談では、漢字練習の目的や、前の学校では給食は残しても良かった事、クラスの子どもたちにからかわれている事などを相談しました。しかし担任の言葉は、私の期待と全く異なるものだったのです。「漢字を1000回書くのが嫌なら、間違えなければ良いのです。給食は、この学校では完食しなければいけない規則になっています。いじめられるのは、いじめられる側に問題があるのです。」この冷たい言葉に驚きを隠せませんでした。教育熱心なのはわかりますが、子どもの側に立って考えず、自分の理念だけを押しつける態度に、私は打ちのめされ失望したのでした。担任は6年生も持ち上がりだったために状況は改善されず、娘はますますクラスから孤立していきました。私は、その後何度も担任に相談をしましたが、状況は変わりませんでした。母親1人の意見など通らないのだと、このとき痛感した私は、出張先の主人に相談しました。すると主人は、すぐに東京から市の教育相談室に電話をかけてくれたのです。教育相談の方からは、「担任のしている事はおかしいから、直接校長に話をして下さい」とアドバイスされ、やっと校長との面談が決まったのでした。夫婦で校長と面談。話し合いで見られた変化は、担任教師の態度だけだった出典 : 校長との面談は、放課後に校長室で行われました。母親の私だけでは話も聞いて貰えないだろうと考え、当日は 東京から主人にも来て貰い、2人揃っての参加です。娘の担任は、出席するか分からないと聞いていましたが、部屋に入ると、校長の後ろに立っていました。その様子は、普段私に見せている態度とは うって変わって、とても小さくなっているように感じました。私たちはこれまでの経緯を、校長に伝えました。校長は頷いて私たちの話を聞いた後に、担任にそのような話があったのかどうかを確認しました。すると担任は、まるで私たちの話を今初めて聞いたかのような顔をして、驚いて見せたのです。これには呆れてしまいました。これまで何度となく相談してきたにも関わらず、私の訴えはなかったことにされたのでした。校長との面談後も、大きな状況の変化はありませんでした。漢字練習は改善されましたが、給食は全校生徒が頑張って食べているので、娘にも完食するようにして欲しいと念を押されたのです。いじめについては、標準語をからかわないようにクラスの児童に注意するとの事でしたが、結局、娘にとっては 仲間はずれにされたり、陰でいじめられ、辛い思い出ばかりの学校生活となりました。小学校の卒業式を迎え、子どもたちに願うこと出典 : 月、娘は小学校の卒業式を迎えました。慣れない土地で、言葉や方言に戸惑いながら、校則の違いにも翻弄され、同級生の中にもうまく入れずにいましたが、娘なりにとても頑張ったと 私は心の中で拍手をしていました。「辛かった経験をバネにして、どうか今後も力強く生きて欲しい。あなたの頑張りは、きっと道を開くはず。大丈夫!人生で役に立たない事は、何1つないのだから…。」卒業証書を受け取る娘に、私はエールを送っていました。教師が、クラスの子どもたち1人ひとりをきちんと受け入れて理解し、その子に合わせて対応をする事は、とても容易な事ではありません。教師と生徒、お互いの心が繋がり、信頼関係を築く事は、更に難しい事だと思います。子どもが十人十色なら、大人の教師だって同じこと。教師によって、考えや指導の仕方も異なる事でしょう。けれども、教師の偏った考えで、数10人の子どもたちを支配する…そんな事があってはならないと思います。親として、大切な我が子を学校に預けている以上、楽しく元気に学校生活が送れるようにと望むのは、当たり前だと思います。出典 : 子どもたちが自分の力を発揮でき、それぞれの道を進んで行けるよう、私たち親だけでなく、学校や教師も変化していかなければならないと思います。娘のように、自分が辛くてもその気持ちをうまく表す事ができない子どももいます。こうした子どもたちは、抑えていた気持ちが身体や心に様々な症状として現れてしまいます。そうなる前に、周りの大人が変化に気づき、症状が大きくならないうちに、子どもたちを守らなければならないと思います。それは、学校に行きたくないと言えない子も言える子も、どちらも。娘は、現在 二次障害で入院しています。どうか、娘のように二次障害で苦しむ事のないよう、いま辛い気持ちを抱えたまま闘っている全ての人たちが、大切な存在として守られることを、願ってやみません。
2016年10月29日豪雨の日、やっと着いた幼稚園で長男のこだわりが炸裂!発達に遅れがあり、支援を受けられる幼稚園に通う長男。その日はものすごい雨でした。幼稚園の配慮により、子ども達が濡れないようにと、普段使わない入り口を解放してくれたのです。Upload By モンズースー思い返せば、普段使っている園児用の昇降口以外から、入ったことがなかった長男。しかも抱っこされての登園も初めてでした。今まであまり気にしなかったのですが、長男は登園方法にこだわりがあったのです。いつもと違う入り口、いつもと違うだっこでの登園に納得ができず癇癪を起こしたのでした。やりなおしをすれば癇癪は治まることが多いのですが、この日は豪雨。外でうろうろしていると身体が濡れ、体調を崩してしまうかもしれません。先生と一緒に長男の気持ちを切り替えようと、色々試したのですが努力もむなしく、けっきょく豪雨の中、門まで戻って登園をやり直したのでした。Upload By モンズースーその後、長男のこだわりによる癇癪はだんだん減っていきました。癇癪を起こしても、気持ちの切り替えが早くなり安定して生活できる日も増えました。長男の幼稚園には、同じ理由(急な予定の変更やルーティンが崩されること)で泣く子が毎年いるそうです。以前、療育先のママ友から「こだわりは2歳がピーク、年齢と共に減っていくよ」と聞きました。この先、長男の考え方がもっと広くなって、生活が楽しく送れるようになってくれたらいいな…と思っています。
2016年10月28日不登校の娘が中学へ進学。さて、何から準備すればいい?出典 : アスペルガー症候群の診断が出ている娘は、小2から不登校です。6年生の夏休みが終わり、もうじき卒業を考えなくては…と思った私は、早めに中学校へ見学に行こうと考えました。小学校の先生に「娘が小学生のうちに、中学を一緒に見学したい」と希望したところ、なぜかスクールカウンセラーと面談することになりました。9月になり、娘が通う予定の中学校に、まずは私だけで伺いました。ちなみにそこは私の母校でもあります。スクールカウンセラーの方はとても話しやすい雰囲気で、不登校の経緯、肌の過敏性のために制服は着られないかもしれないこと、本人に通学の意思はないけれど「1日だけ行ってみたい」と言っていること、私もそれで了承していることを話しました。娘が行く気になったときに、すぐ受け入れてもらえるよう、登校した場合の打ち合わせを、今度は保健教諭や生活指導の先生とすることに。カウンセラーの方の話によると、空いた教室を使って別室登校している生徒がいること、その子たちは休み時間を外して登下校しているとのことでした。不登校の子たちの様子やスクールカウンセラー室の様子がわかり、なかなか有意義な訪問となりました。いよいよ中学の校長先生と面談。これまでの経緯を伝えると、思いもよらぬ言葉が…!出典 : その後、卒業式を目前に控えた2月に、私1人で中学校の校長と面談をすることになりました。不登校の経緯、発達診断の結果、学校への要望をまとめた資料を持参して、以下のことを話しました。●小学校3年のときに支援学校に転籍したけども、それが決定的な心の傷になって学校へ完全に行かなくなったこと●勉強は全くしていないこと●心が辛いと身体症状が出ること●本人には通学する意思がなく、私もそれを認めていることすると、校長先生からこんな言葉を投げつけられました。「子どもはどんどん成長するからねぇ、刺激を与えないとこのままではだめだね。お母ちゃん、1人で考えてない?市の教育サポートセンター行ってる?勉強はさせてないの?まったく?そりゃあかんわ~。でもお母さん、学校に通わせる義務はあるんですよ。まぁ、子どもさんが無理なときはしょうがないですけどね。通信制っていいはるけど、そんな簡単に入れませんよ。学校への希望に、勉強や学校の話はしないでくれって書いてますけど、これは無理ですなぁ。小学生じゃないんだから、ちゃんと刺激も与えないといけませんし。甘いことは言ってられませんよ。小学校じゃないんですからね。本当は支援学級に入ってもらった方がいいんやけど。欠席連絡はね、担任と話し合ってください。担任が納得せんと、私らは何も言えませんから。」出典 : そして、最後に感覚過敏があって着られる服に限りがあることを話すと、「それはお母ちゃん、甘やかしすぎやわ。週に1回くらいは靴下と靴履かせてどこか通わせなぁ」こうして、校長先生のあまりにも一方的な言い方に、私はすっかり落ち込んでしまい、それから3日間寝込んでしまいました。その後、すがる思いで普段相談に乗ってもらっている親の会へ、校長先生との話を相談しに行ったのです。私が参加しているのは「登校拒否を克服する親の会」です。参加して4年ほどですが、ここには大阪府の組合に参加している教員、現役の先生なども参加し、親たちを支援してくれているのです。娘のことをよく知る教育相談のA先生に、中学校での話をするととても驚き、「これはひどい。僕も同席してまた一緒に話しに行こう」と言ってくれました。2度目の話し合い。すると、中学校側の態度に変化が出典 : 中学校の始業式の前日に、A先生についてきてもらい、中学校へ話し合いに行きました。前回、校長先生と話したのがよかったらしく、学年主任をはじめ、学年の先生全員が出席する中での話し合いとなりました。小学生のときから私が更新しながら作っている、「不登校の軌跡と娘の特性、学校へのお願い」という資料を回覧してもらいながら、資料の内容を口頭でも説明しました。この資料には時系列で以下の内容を書いています。【生育歴】・家庭環境(幼少期〜現在まで)・人生の大きな節目(離婚やいじめなど)、その時の娘の気持ちなど・娘の学校との関わり(小1~現在まで)【学校に把握しておいて欲しいこと、お願い】・発達障害の診断が出ていること、神経症で通院していること・欠席の連絡はしない(行くことがあれば連絡する)・学校からの連絡は月2回程度にしてほしい・子どもと会ったときには登校刺激をしないように・役員の仕事はできない(親も障害があること、コミュニケーションが苦手で繊細であること)出典 : この資料は、毎回説明するのが大変なので、娘が小学生の頃からずっと私が書き溜めていたものです。子どものことや家庭環境を1から説明し、理解してもらうことは、大変な労力が必要です。先生方は、口をはさむこともなく、時々質問を挟みつつも黙って真剣に私たちの話を聴いてくれました。校長先生と最初に話した時には、「単なる甘えでは?」という否定的な印象がありましたが、この資料と話し合いにより、少しだけ理解が深まっているようでした。学校の方針としては、私の希望通り娘のペースで、娘が会いたいときに担任やスクールカウンセラーなどに会ってみる、登校刺激、勉強刺激はしないということで、小学校と同じようなペースで過ごせそうでひと安心しました。A先生は、私が学校への希望を言い忘れていることを指摘したり、先生方に「お母さんとの間に誰か立つ必要があれば私がやりますし、みんなでこの子のことを考えていきたいと」言ってくれました。A先生のおかげで、落ち着いて話すことができて、本当によかったです。学校との連携は、1人で抱え込まないで。早めの相談でスムーズな入学準備を出典 : 我が家は母子家庭ですが、こうした学校との連携の際は、親の会の情報によると「学校は母親の話を割引いて聞くから、親の会の支援員や夫と一緒に話し合いの場を持つと良い」のだそうです。その理由は、「母親は子を思うあまり、感情的で大げさに話をする傾向がある」と思われているからだそう。また学校にもよると思いますが、話し合いの場では主に付き添いの人(夫や支援員)の方が、話が通りやすいそうです。中学進学については、主治医からもアドバイスをもらいました。「学校の先生は、学校に来てもらうことを前提に考えているので、娘さんの辛さがどこから来ているのか?丁寧に説明しないとわかってもらうのは難しいでしょう。学校から要望があれば、私が学校の先生と直接話します。」と言ってもらい、ホッとました。A先生は、小学校と中学校の引継ぎについても教えてくれました。以下は、私の住んでいる地域の場合の例です。●小学校と中学校の引き継ぎが行われるのは、小学校の卒業式の次の日●中3の担任がそのまま中1の担任になる●この場で、いわゆる問題のある児童などの報告も行われ、それを踏まえてクラスや担任を決める●正式なクラス分けは4月3日頃に決まる●この時期に小学校へ「中学校と話し合いの場を設けたい」と依頼すると学校側もタイミングが良いこれからこうした話し合いに行く親御さんは、覚えておくと役立つこともあるかと思います。最初にしっかり話し合っておくことが、トラブルを防ぎ、親と子の不安軽減にも大きく役立ちます。辛いこともあるかもしれませんが、しっかり準備して臨みたいものですね。
2016年10月28日アスペルガーだと公表してから、「困っていること」ばかり聞かれるようになった出典 : みなさんこんにちは、高校教師のゴトウサンパチです。36歳でアスペルガー症候群と診断を受けてから10年が経ちました。社会全体としても、発達障害に対する認知や関心が高まり、その間、ボクも著書を出したり、発達障害関連の学会での発表をやらせていただいたり、講演依頼もいただくようになりました。そうした場でお願いされることのほとんどは、発達障害への支援を充実させるために、ボクが何に困っているのかを話してほしい、というものでした。ボクが当事者の1人として話すことで、発達障害への研究や支援が進み、それでたくさんの方が救えるならありがたいことだと思い、ボクは一生懸命お話してきました。他にも大勢いる発達障害当事者たちの代弁者のつもりで、自分が何に困っているのかを発信してきたのです。でも、話しているうちに、何かが違うのではないかという感覚になってきました。当事者の代弁者になんてなれるのか。ボクの困り感をみんなに伝えることが、いったい何になるのか。今日は、そんな逡巡から始まった、ボク自身の内面の変化についてお話します。どれだけ話しても、自分の感覚を他人と分かち合うことはできない出典 : 多くの人からの相談に答え、講演などで話し続けるなか、ある時ボクは気づいてしまったんです。ボクには、「発達障害当事者」の代弁や代表なんてできないということに。そんな風に思ったのは、どれだけ話しても、当事者の代弁はおろか、ボク自身の気持ちを理解してもらえることは決して来ないのだということを知ったからです。ボクの感覚は、ボクだけの感覚なのでいくら説明しようと試みても伝わりませんでした。ボクが絵を描いて説明しても、こうして文章を書いても、それを見る人読む人のその時の感覚や知識に任せざるを得ないのです。つまり、全く同じ気持ちを、2人の異なる人間が分かち合うことはできないのです。それを言っちゃあおしまいよ、支援者の方々はそう思われるかもしれませんが、どうしようない事実です。他の多くのみんなの感覚と、自分の感覚は決して同じではないこと。当事者の方には一刻も早く気づいてほしい。でもボクはこのことをネガティブには捉えていません。決して絶望なのではなく、むしろスタートラインだと思っています。自分と他人は違うのだということを受け容れて初めて、ボクはボク自身の幸せを追求できるようになるからです。他人と比較すればするほど、「困り感」は増幅していく出典 : アスペルガーだと公表してから、周りからいただく質問は「何に困っているか」という話題がほとんどだとお話しました。でも、そもそもボクたちが抱く「困り感」とは、いったいどこから生まれるのでしょう?思うにボクらは、自分と何かを比較することで、差を見つけ、そこからやり場のない困り感を生み出している気がします。わかり合えるはずなのに戦ってみたり、できないことをしようとしてみたり、必要以上に不安に感じたり。できることだけをすればいいのに周囲と合わせなくちゃいけないからとか、仕事だからとか、成績だとか、これができなきゃ将来困るからだとか…そんな風にして周囲と比べ、差を埋める努力を重ねれば重ねるほど、良くも悪くも自分らしさを認めることが減っていく。ボクはそんな自分に疲れたんです。何をやっても上手くいかない日々、悲しくて泣いた日々を思い出すことさえ嫌なんです。実は未来に期待することも嫌です。それより今、幸せでいたい。自分らしく生きていたい。ボクの内側からそんな声が溢れていることに気づきました。そこからボクは、考え方を少し変えてみることにしました。困った時は、困っていることに注目するのではなく、「世界に自分1人であれば、こんなに困ることはないはず」「いつだって1人ぼっちになってもいいように、自分にできることを追求してみよう」そうやって考えることにしたのです。別に何かを始めることではなく、そんな風に意識を変えただけです。驚くことにそれだけで、徐々に葛藤が減り、トラブルが減り、心が穏やかになり、格段に楽しい日々を送れるようになりました。なぜか以前より友達も増えたんですよ。それからは、“他人”との差ではなく、“ボク自身”の内面の変化に気付けるようになりました。自分を観察し昨日とは違う自分を発見するのは楽しいことです。いろいろな実験をしてみることも楽しいです。例えば、散歩したり、食事の内容を変えたり、そんな些細なことで、今日という日は昨日とは違う展開を見せるのです。それは、社会でも、周囲でもなくボクが変化しているからに他なりません。「困っている人の支援」という発想から抜け出そう出典 : ボクに質問や相談をしてくれる人のなかには、発達障害のある人の支援をしたい、という人も多くいます。彼らと話していると、実は「支援したい人も困っている」のだということに気づきました。「困っている人を支援したいけど、どうしたら良いかわからない。彼らが何を感じているか分からない」そのことが彼ら支援者自身の「困り感」を招いていることがしばしばあります。ボクはそういう人たちにも、まずは自分の幸せを第一に考えてほしい、と伝えたい。困っていることを解消するというのは、お互いの間にある「差を埋めようとする」ことです。そもそもそんな期待を持つことを、やめてしまってはいかがでしょうか。あなたにできることだけをしてあげる。それしかありませんし、できないことを前もってハッキリ伝えてあげる方がいいと思います。抱えきれないことを引き受けると、支援者であるあなた自身の困り感が増えてしまいますし、困り感を抱えたもの同士のやり取りはお互いがより困るだけです。できないことをできないと言うと、その時はたしかにギクシャクしますが、大丈夫、正直な行動は時間がしっかり解決してくれます。ですから、あなたは自分の幸せを第一に考えてください。ボクは、他人に合わせることをやめ、自分の幸せを第一に考えるようになってから、不思議と相手の変化にも敏感に気付くようになりました。もしかすると、お互いの変化を認め合い、伝えることが本当の支援なのかもしれません。きっと、ボクもあなたも、お互いが正直に向き合うことで、すでに支援し、支援されているんですよ。さて、今回言いたかったことは言えました。最後まで読んでくださってありがとうございます。
2016年10月27日発達障害児を育てているといつも言われる、「子どもの得意を伸ばそう」という言葉出典 : 我が家には6歳になる発達障害の息子がいます。小さい頃からちょろちょろと動き回り、他人の気持ちもお構いなしに自分の好きなことを喋り続け、家族や集団の中にいてもどうしても叱られる回数が多くなります。そんな彼を育てることに行き詰まるたび、言われること…それは「発達障害児は、叱られることが多くて、どうしても自己肯定感が低くなりがちです。この子の好きなこと、得意なことを伸ばしてあげましょう」という言葉です。そして親戚やママ友に、息子が発達障害であることをカミングアウトしたときにも、同じことを言われます。「発達障害の子って、好きなことにはめちゃくちゃ集中しちゃうんでしょ?」「好きなこと、得意なことを伸ばしてあげればいいんじゃない?」極め付けは、いつも最後に聞かれるこの質問。「この子の好きなことって何?」これにはいつも答えが見つからず、私は絶句してしまうのです。気付けば、息子を天才児にしようと奔走していた私…出典 : 「発達障害の子は、好きなことを伸ばせばいいんだよ。で、何が好きなの?」と聞かれるたびに口ごもってしまう私は、いつしか必死に息子の才能探しをするようになってしまいました。ちょっと何かに夢中になっている姿を見れば、「もしかしたらこの子は、これに才能があるかもしれない!」と思って、習い事や道具を探してしまう毎日。そして周囲の目を気にするあまり、私は次第に息子を天才児に仕立て上げることを望む自分がいることに、気付いたのです。さらに、私を追いつめたのは、「好きなことを極めさせ、それを仕事にさせればいいんじゃない?」という周囲の言葉でした。発達障害児を育てていると、必ず頭をもたげてくるのは「この子は果たして自立することができるのだろうか」という遠い将来のこと。私は毎日考えるのです。自分の思いついたことを一方的に話し、相手の質問にまともに答えなかったり、そうかと思えば、相手の気持ちも考えず、思っていることをズバズバと言ってしまったり…。こんなにズレた会話ばかりしている息子は、将来まともに働いて食べていけるのだろうか、こんなすぐに大切なことを忘れてしまう息子は、自活ができるのだろうか…。毎日こんな風に将来のことで頭を悩ませていると、つい「好きなことを仕事にさせれば…」という言葉にすがってしまう自分がいました。そして訪れた、「好きなもの探し」への憤りとむなしさ出典 : 息子に発達障害という診断が下ってから、「この子の好きなことは?」と探し続けた数年間、私には焦りしかありませんでした。けれども、息子の苦手を支援することに追われるばかりの毎日。息子の「好きなこと」「才能」なんて、私にはちっとも見えてきませんでした。次第に、「好きなことを仕事にすれば?」と言われるたびに、「なんで発達障害児ばかり、小さい頃から好きなこと探しをしなければならないんだ」「息子の仕事のことまで、他人に心配されるいわれはない」という風に、イライラするようになってしまったのでした。息子は「好きなこと探し」につき合わされ、新しい本、新しいイベントを次々に私から突き付けられていました。しかし、「新しいこと」が苦手な息子は、そのたびに疲労で座り込んでしまいました。疲れ果てた息子をおんぶして帰宅するたびに、「私は一体何がしたいのだろう…」と思うのでした。好きなことって、こんなに躍起になって探すものなの?出典 : 息子の好きなもの探しをして追い詰められるあまり、次第に息子の何もかもがダメなように思えてきてしまった私。でもある日、ふっと気付いたのでした。「別に、将来の仕事に繋がるような、特別な『好き』でなくてもいいんじゃないか…」と。息子の将来の自立や自己肯定感の低下を心配するあまり、私は息子の飛びぬけた才能を探し続けました。でも、「好きなもの」ってそんな大げさなものじゃなくて良いのです。毎日の生活の中で、ちょっと子どもが楽しいな…と思うことを、否定せずに一緒に楽しんであげる、それが1番大切なのです。親の不安や焦りで見失っていたのは、子ども本来の姿だった出典 : 息子は車が好きです。車の種類はいくらでも覚えます。絵を描くことが好きです。毎日何時間でも絵を描いていて飽きないです。テレビアニメを観ることが好きで、セリフを全部覚えてしまいます。犬が大好きです。そして何よりも、幼稚園のお友達が大好きです。生活の中に沢山散らばっていた息子の「好き」を、実は私は1つも大切にしていなかったことに気付いたのでした。将来の仕事に繋がらないようなことでもいい、他人に誇れるようなことでなくてもいい、極めようなんて思わなくていい、小さな「好き」を大切にし、積み重ねることが大切なのです。発達障害児の「好き」は、別に何か特別なものではないのです。小さな「好き」を大切にしてもらった経験が、大人になってからのこの子たちを支えるのではないでしょうか。
2016年10月27日気分障害とは出典 : 気分障害とは常に気分が落ち込んだり、逆に高まることで日常生活に様々な支障をきたしてしまう心の病気です。この障害名は世界保健機関(WHO)の『ICD-10』(『国際疾病分類』第10版)により定められています。気分障害とは気分に関する障害がある病状・疾患を一群としてまとめたものをさしますが、主に以下が含まれます。・うつ病エピソード・躁(そう)病エピソード・双極性障害(躁うつ病)・反復性うつ病性障害・持続性気分障害「エピソード」とは、症状が現れている状態であるということを表す用語です。上記の分類に当てはまらない場合は、その他の気分障害や特定不能の気分障害と診断されます。人は生活を送っていると少なからず嬉しいことや悲しい出来事に直面しますが、その際に気分が上がったり、気分が落ち込んだりしてしまうことは当たり前のことです。しかしこのように発生した感情を、自分でコントロールできなくなることがあります。こうした状態が一定期間以上続いて仕事や私生活など普段の生活に支障がでている場合は、気分障害の可能性があります。参考文献: 『ICD-10』 2013年 中山書店/刊気分障害の種類と症状出典 : 『ICD-10』によると気分障害は大きく分けて5つに分類することができます。うつ病エピソードは気分の持続的な落ち込みを主体とした症状が現れている状態のことです。医師によってうつ病エピソードが確認されると、いわゆるうつ病と診断されます。うつ病エピソードが当てはまると診断された場合は、他の細かい基準が用いられ障害の程度が判断されます。厚生労働省のデータによると、日本においては「一生のうちにうつ病になる頻度は約15人に1人と考えられている」とされるとてもメジャーな疾患ですが、その中の4分の3の人は治療を受けたことがないと言われています。症状としては、・通常なら快楽を感じる活動に対して興味または喜びを感じなくなる・喜怒哀楽などの感情の変化が顕著に無くなってしまう・通常より2時間以上早く起床する・重度の抑うつ気分が午前中に現れる・食欲が激しく低下する・体重の減少・様々な欲求への著しい減退が挙げられます。現れる症状は人それぞれですが、『ICD-10』によるとこれらの症状のうち4つ以上の症状が2週間以上つづくとうつ病の基準を満たしていると診断されます。また、うつ病が重症になると妄想の症状が出ます。代表的なものは体の過度な不調があると妄想する心気妄想、自分はまずしいと思い込んでしまう貧困妄想、自分は犯罪など悪いことを行ってしまったと確信してしまう罪業妄想です。1990年のWHOの研究では「健康な生活を障害する疾患」の4位として発表されていましたが、2020年には虚血性心疾患に次いで2位に上昇すると言われています。その理由として社会のストレス要因が増えてきていることがあると言われています。また慢性疾患を抱えているとうつ病が合併しやすいといわれていることも挙げられます。例えばがんを発症している人のうちの20~38パーセント、糖尿病は25パーセントの人がうつ病を合併していると言われています。こころの耳l 厚生労働省気分障害l 慶応義塾大学病院躁病エピソードは爽快感、身体の快調感、幸福感があり、自信に満ち溢れ楽観的な考えに支配される症状が現れている状態のことです。医師によって躁病エピソードが確認されると、いわゆる躁病と診断されます。躁病エピソードが当てはまると診断された場合は、他の細かい基準が用いられ障害の程度が判断されます。躁病の症状としては、・活動的になる・口数が多くなる・注意不足、集中力低下によるミスが増える・睡眠欲求の低下・性的欲求が高まる・リスクを考えない浪費や無謀な運転などの常識をはずれた行動を起こす・社交的になる、または過度に馴れ馴れしくなるが挙げられます。『ICD-10』によると躁病の診断には上記の症状のうち3つの症状が4日以上持続していること、日常生活に本人が感じる程度のトラブルを起こしてしまっていることが条件となります。多くの場合、躁病の症状は徐々に始まり、何となく元気がみなぎってきたり、仕事の能率が上がったりすることで調子がいいと感じていきます。症状が重くなっていくと活動性が増加し、多くのアイデアを実行しようと一日中活動し続けます。この場合に睡眠時間が短くなってしまったとしてもあまり疲れたと感じません。当初は意識的に活動量を調整するように気をつけることができます。しかし、次第に調子が出すぎているという認識がなくなり周囲の人を考えない言動をするようになります。最終的には口数が多く、自己主張が強くなり、しきりに他人の世話を焼こうとし、対人関係トラブルを起こしてしまう傾向にあります。生涯にわたって躁病の症状しか発症しない単極性躁病はとても珍しく、躁病エピソードを発症している人のほとんどは双極性障害を発症しているといわれています。うつ病エピソードのみを2週間以上継続し、2回以上繰り返すと反復性うつ病性障害と診断されます。反復していると診断される基準として、先述したうつ病を発症した後2ヶ月以上同じような症状が現れない期間が存在することがあげられます。反復性うつ病性障害の一例として季節性感情障害が挙げられます。季節性感情障害とは主に秋から冬にかけて抑うつ状態となり、春には症状が改善するなど、抑うつ症状になる期間と回復する期間の転換が1年のうちの特定の時期に起こる疾患です。双極性障害とは一般的に躁うつ病と呼ばれる疾患です。双極性障害はうつ病エピソードと躁病エピソード両方を反復する場合、基準に当てはまると診断されます。初めのエピソードを発症してから次のエピソード発症するまで平均5年程度かかるといわれますが、エピソードを繰り返すごとに再発までの期間は短くなり、一つ一つのエピソードの継続期間はながくなるといわれています。躁病エピソードは急に発症することが多く、2週間から5か月程度持続します。一方うつ病エピソードは徐々に発症し、躁病エピソードに比べて発症期間が長い傾向にあります。双極性障害によって気分が高揚し、いらいらしたり、注意散漫になったり、誇大的になったりするなど対人関係などにも様々な障害を引き起こすことがあります。双極性障害は再発率が高いと同時に、自殺をしてしまう確率が精神障害の中で最も高い精神疾患の一つといわれています。双極性障害(躁うつ病)l 前田クリニック主に気分循環症・気分変調症をまとめて指す疾患です。躁病やうつ病の症状は当てはまらないけれど、明らかに気分が変わっていることが分かる状態をさします。■気分循環症通常は成人早期までに発症する双極性障害の軽症型です。うつ病エピソードと双極性障害の症状すべての条件を満たさない程度で、数日単位で落ち込んでいる状態と気分が良い状態が不規則に反復する期間が2年間以上続きます。気分循環症の症状としては、うつ病期間と気分高揚期間にそれぞれ3つ以上の症状が当てはまることが条件となります。うつ病期間:・エネルギーあるいは活動性の低下・自信が急に無くなるなどの自己評価の激しい変化・不眠・集中ができなくなる・引っ込み思案になり、社会からひきこもる・欲求の低下、喜びの感情の喪失・口数が少なくなる気分高揚期間:・エネルギーがありあまり、活動性が高くなる・睡眠欲求がなくなる・自己評価が過大になる・頭の働きがとてもよくなる・社交的になり、人付き合いがとてもよくなる・口数が多くなる・欲求を追い求めるようになる・過剰に楽観的になったり、過去に成し遂げたことに対して過大評価をしてしまう軽うつエピソードが優位の抑うつ型、軽うつエピソードと軽躁(そう)エピソードが同じ頻度で出現する定型的な気分循環症、軽躁(そう)エピソード優位の軽躁型の3つのパターンがあります。抑うつ型を発症している人が一番多く、割合としては気分循環症を発症している人の50パーセントを占めていると言われています。■気分変調症うつ病の診断基準を満たさない程度の軽度の抑うつ状態が2年以上持続する疾患です。うつ病と違い比較的短期間であれば気分が落ち込まない正常な期間が存在しても診断内容に影響がないと言われています。気分変調症の症状としては、気分循環症のうつ病期間に発症する症状に加えて、・涙もろい・物事に対して絶望感を感じる・日常生活でこなさなければいけない課題を対処しきれないという考えに陥る・将来や過去の出来事に対して考え込んでしまうなどの症状を発症します。これらの症状のうち3つ以上が当てはまると気分変調症を発症していると診断されます。持続性気分障害を発症している人自身は無気力感や気分の大きな落ち込みを感じていますが、社会的・職業的にはトラブルが発生していない場合が多いです。そのため本人も周囲の人も疾患を発症していると認識できず、本人は不調をそのままにしてしまう傾向があります。参考文献: 『ICD-10』 2013年 中山書店/刊気分障害を発症しやすい年齢出典 : うつ病はいかなる年齢においても発症しますが、発症率は思春期以降に大きく増加します。平均発症年齢は20歳代ですが、高齢者になって初めて発症する人も少なくはありません。厚生労働省研究班のデータによると、日本においては「一生のうちにうつ病になる頻度は約15人に1人と考えられている」とされています。女性のほうがかかりやすく、有病率は男性の1.5倍~3倍であると言われています。これは女性ホルモンの増加、妊娠、出産など女性に特有のトラブルが多いことが原因の一つであると考えられています。うつ病をしっていますか?l 厚生労働省双極性障害の発症年齢をみてみますと、15~19歳が最も多く、20~24歳がそれについで多く、それ以上では50歳以上も稀にあると言われます。発症平均年齢は30歳と言われています。5、6歳くらいの子どもについても双極性障害の発症が認められていますが、ADHD(注意欠陥・多動性障害)との識別が難しく、まだ研究が進められている段階です。双極性障害l 前田クリニック気分循環性障害は通常青年期または成人期早期に始まる疾患です。性別関係なく発症すると言われており、子どもの気分循環性障害では症状発症の平均年齢は6.5歳です。気分循環性障害がある人が双極性障害を発症する可能性は15~50パーセントです。気分変調症は小児期、青年期、あるいは成人期早期に発症し、慢性化する場合が多いです。『DSM-5 』(『精神障害のための診断と統計のマニュアル』第5版)2014年医学書院/刊気分障害の原因出典 : 気分障害が発症してしまう理由として遺伝子、ストレス、環境、性格などの様々な要因が複雑にかかわりあっていることが挙げられます。主な要因は抑うつ症状の強いうつ病・気分変調症、もしくは躁うつ症状がでる双極性障害・気分循環性障害のどちらかによって異なります。しかしまだはっきりとした原因は解明されておらず、今後更なる研究が必要とされています。うつ病・気分変調症は主に性格、ストレス、生物学的要因が大きく関与しているといわれています。かつてはうつ病や気分変調症は性格や遺伝の問題であるとされていましたが、近年患者数が急増するとともに研究が進み、性格や遺伝の問題だけではないことが徐々にわかってきました。近年ではストレスや生物学的要因がうつ病に深く関与していると多く言われています。■性格:主にきまじめな性格や社交的な反面気が弱い性格の人がうつ病になりやすいと言われています。熱心に仕事に打ち込み、責任感が強くすべてのことに対して正直に取り組む人や、親しみやすくいい人として周囲からは見られるが、実は気が弱いために他者を優先させてしまう一面を持つ人が例として挙げられます。■ストレス:近親者の死亡、病気、家庭内のトラブル、出産、結婚・離婚、会社の人事異動や転勤、仕事上のトラブル、過労などさまざまなストレスがうつ病の発症の大きな誘因となっているという研究結果が出ています。■生物学的要因:上記の性格やストレス要因が当てはまる人のなかで、うつ病を発症する人としない人の違いは主に生物学的要因にある傾向があります。脳の中で重要な情報伝達の働きをしているセロトニンやドーパミンなどの異常が、うつ病の発症と深く関わっているのではないかという有力な説もあります。しかし、この生物学的要因もまだ解明されたわけではなく、研究が進められている過程にあります。双極性障害・気分循環性障害の発症要因と考えられるものは遺伝子、ストレス、性格、生物学的要因で、もっとも深く関与していると言われているのが遺伝子です。■遺伝子:双極性障害は同じ家系に発症する確率が高いことから、何らかの遺伝子が発症にかかわっているのではないかと指摘されています。しかし、ある特定の遺伝子ではなく、いくつかの遺伝子の組み合わせによって発症するのではないかと推測されています。■ストレス:身の周りで起こることを本人がストレスに感じてしまうことも大きな原因の一つであると言われています。例として結婚や引っ越し、出産などのライフイベントに対する受け止め方や重なり具合、職場の人間関係などが挙げられます。このような生活環境の変化がストレスとなり、こころの安定の成分をつかさどるセロトニンに影響がでてしまったり、様々な支障が発生します。■性格:うつ病・気分変調症を発症する人と違い、双極性障害・気分循環性障害を発症する人は社交的で明るい、ユーモアのある性格という傾向があります。このような性格を一般的に循環気質と表現します。気配りも上手で、常に周囲の人の中心的役割を果たしていますが、気分が高揚しているときと沈み込んでいるときが周期的に訪れるため、状況に応じながら気分や思考がポジティブになったり、ネガティブになったり変化します。しかし、現在では循環気質の性格だけではなく様々な気質の人も発症することが分かっており、執着気質がその一つです。執着気質とは一つのことにたいして徹底的に自分を追い込む頑張り屋さんのような人です。「疲れてなんかいない」といって自分自身を鼓舞し、さらに頑張り過ぎることを継続することで双極性障害を知らない間に発症している場合があります。■生物学的要因:近年双極性障害には生物学的要因もあることが明らかになってきています。それは、脳細胞内にあるミトコンドリアの機能異常です。ミトコンドリアはエネルギー物質を生産する働きの他に、情報伝達にかかわるカルシウムの濃度を調整する機能をもつ物質です。ミトコンドリアの異常によってカルシウム濃度の調整がうまく行われなくなると細胞内の情報がうまく伝わらず、双極性障害の発症を誘因するものと考えらます。しかし双極性障害は発症する確率も低くはっきりとした原因はまだ解明されていません。研究が今後進んでいくことが期待されます。気分障害l 前田クリニック気分障害の相談先と治療先出典 : 気分障害に区分される疾患はストレスが多い現代社会ではいつ、誰が発症してもおかしくない疾患です。気分が上がらず憂鬱な気分のまま数週間が経ってしまったり、逆にテンションの上がり下がりにムラがあり不安を感じる場合は以下の行政機関に相談するか、医療機関の受診をおすすめします。■児童相談所:児童相談所は、すべての都道府県と政令指定都市に最低1つ以上設置されている児童福祉の専門機関です。主に、「子どもの養育に関する相談」、「障害に関する相談」、「性格や行動の問題に関する相談」などの育児に関する相談ができる機関となっています。全国児童相談所一覧l 厚生労働省■全国精神保健福祉センター:各県、政令市にはほぼ一か所ずつ設置されている、保健・精神保健に関する公的な窓口です。精神保健福祉に関する相談をすることができます。精神科医、臨床心理技術者、作業療法士、保健師、看護師などの専門職が配置されています。相談については、施設によって予約が必要な場合や健康保険の適用が可能なところがあります。詳細は、それぞれのセンターにお問い合わせください。全国の精神保健福祉センターを探すl 厚生労働省■精神科:精神疾患をはじめ、精神障害や睡眠障害、依存症を診療する科です。具体的には不安、抑うつ、不眠、イライラ、幻覚、幻聴、妄想などの症状を扱います。■心療内科:心と体、それだけでなく、その人をとりまく環境等も考慮して扱う科です。前述の精神症状だけでなく、ほてりや動悸などの身体症状、また社会的背景及び家庭環境なども考慮して治療を行います。精神科、心療内科どちらに行ったらいいか迷う方もいらっしゃるかもしれませんが、気分障害の場合は精神科を受診しても、心療内科を受診してもどちらでも大丈夫です。気分障害の治療出典 : 気分障害の治療法として現在主に効果的であると考えられ、用いられているのは薬物療法、精神療法、そして電気けいれん療法です。発症している疾患により細かい治療法は異なるので詳しい情報は専門家に相談することをおすすめします。薬物療法の場合、うつ病に対してはうつ症状を改善する「抗うつ薬」が用いられます。一方、双極性障害に対しては激しい移り変わりがある感情を安定させる「気分安定薬」が中心的に用いられます。いずれの場合も、不安を抑える「抗不安薬」が同時に処方されることがあります。代表的な抗うつ薬として三環系抗うつ薬、四環系抗うつ薬、SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)、SNRI(セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬)などが挙げられ、適切な量と期間で服用することが重要であるとされています。抗うつ薬は主にうつ病・気分変調症に処方されています。双極性障害・気分循環障害を発症している人が抗うつ薬を服用するとかえって気分が不安定になったり、躁状態になってしまったりすることがあるため、躁うつの症状に対しては抗うつ薬は基本的に使用されせん。気分安定薬には気分が上がりすぎる躁状態を抑える効果、沈みすぎてしまう抑うつ状態を改善させる効果、いったん安定した気分を維持させる効果があります。現在、双極性障害・気分循環障害の薬物療法は気分安定薬が中心となっていますが、飲み始めてからしばらくは重い副作用を防ぐために血液検査が数回必要です。また検査後も一定期間ごとに採血をすることで効果と安全性が確かめられるため、継続して受診することが大切です。うつ病は再び症状が出現することの多い病気です。回復後1年の間に約20%の患者さんに再び症状が出現する上に、その後の再発も含めると、その割合は約40~50%に上がります。また、途中で治ったと感じて治療することをやめてしまうと半年後に再び症状が出現する危険性が2倍になるという研究結果もでています。しかし、いずれの場合も治療法の効果や必要な量・期間には個人差があるため、自分だけで判断することは危険です。治療の際には、専門家の指導を受けながら用量・用法を守って行うことが大切です。気分障害l 慶應大学病院気分変調症l前田クリニック現在様々な精神療法が開発されていますが、気分障害に有効であると考えられているのは認知行動療法と対人関係療法です。一般的には医師やカウンセラーとの対話を通して、自身がどのタイミングで不安や心配を感じるのか、物事をどのように捉えているのか自身の思考のクセを把握します。そして、不安を感じる状況をどのように捉え、対処していけばいいかを考え、自身の感情をコントロールできるようにしていく治療法です。また対人関係療法は気分障害を抱えている人だけではなく、その人の家族や恋人などの重要な他者との関係に焦点を当てて、他者との関わり方を考えていく精神療法です。最終的には身近な他者との関係だけではなく、より広い範囲の人々に対してもよりよい関係を築けるようになることを目的とします。頭皮から電流を流すことで意図的にてんかん発作を発生させ、抑うつ症状を改善します。うつ病、双極性障害に有効といわれています。この治療法が用いられるのは薬物療法をはじめ、認知行動療法、その他の治療では効果が認められない場合、あるいは妄想をしてしまうなど症状が非常に重く治療の緊急性が高い場合です。軽、中度のうつ病の場合、あるいは他の治療法によって効果が認められている場合には原則使用されません。電気けいれん療法がなぜうつ病や、双極性障害の症状に効果があるのかについては未だ解明されていません。しかし、多くの医療機関においてその有効性が確認されており、日本においても保険の適応となっています。以前は治療の過程で生じる全身のけいれんが骨折などの怪我につながるリスクがありました。しかし、1980年代頃から施行されるようになった「修正型電気けいれん療法(m-ECT)」では麻酔科医の同伴のもと麻酔薬及び筋弛緩剤を投与し、けいれんを防ぐことができます。治療を受けることができる医療機関は必要な薬剤や人員の確保ができる病院に限られるようです。気分障害l 慶應義塾大学病院まとめ出典 : 気分障害がある人は少なくとも世界に3億5000万人以上もいると言われており、世界的に増加傾向にあります。日本も例外ではなく厚生労働省によると、平成26年度時点で約112万人の人が発症していると言われています。気分障害の症状により日常生活に悪い影響をきたしてしまうと、何かとうまくいかないことがストレスにつながり悪循環に陥ってしまう場合も少なくはありません。そのため気分障害は悪循環に陥る前の初期治療、そして症状が治まった後の再発予防がとても大切になっています。近年研究が進んでいることにより治療法の種類も増えてきています。そのため疾患や症状の程度を考慮した上での一人ひとりに合わせた治療法が選択できるようになっています。最近気分が晴れずずっと暗いままであったり、気分の上がり下がりが激しく自分をコントロールできない時があるなど、不安を抱えている場合はこころの風邪である気分障害を抱えている可能性があります。気になることがある場合は、専門家に相談しながら、症状の見極めや対応方法を検討すると良いでしょう。平成26年度患者調査の概要l 厚生労働省
2016年10月26日指示を聞き取ることがとっても苦手な発達障害の娘5歳半になる広汎性発達障害の娘は、指示を「聞き取ること」がとても苦手です。これくらいわかるかな?という簡単なお願いでも、なかなか理解できません。Upload By SAKURAお出かけ前の準備、大慌てでお手伝いを頼んでみたけど…お出かけ前に準備が間に合わず焦っていたある日のこと。そんな娘にお手伝いするようお願いをしました。Upload By SAKURA内容が難しかったのか、早口だったからか、予想通り娘に伝わりませんでした(笑)。できることを増やしてほしい!急いでいるけど再チャレンジもちろん、娘に頼むのを「もういいや」と諦め、自分でやった方が早いのはわかります。しかし、いつまでもこれじゃあ困る…と思い、急いではいるけど再チャレンジしてみることにしました。Upload By SAKURAUpload By SAKURAしかし、丁寧に言ってもやはり難しかったのか…娘には伝わりませんでした。言葉で伝わらないのなら、一緒にやってみよう!こうなるともう途中でやめるわけにはいきません。耳から指示を聞くのが苦手なら、実際にやっているところを見せてみよう!と考えた私は、娘に向かい合って座り、キーワードを言いながらお手本にやってみました。Upload By SAKURA娘はハッと理解したようでやり直しを要求し、自分で同じことをやりたがりました。確かにちょっと面倒くさい。それでも娘の成長につながると信じて!Upload By SAKURA確かに正直言って、面倒くさい…時間もない…です。でもこういう日々の積み重ねが、娘の成長につながっていく…そう信じて、繰り返す毎日です。
2016年10月26日子どもが学校でいじめられている…親として正直な気持ち出典 : 娘は現在小学校6年生。広汎性発達障害の診断が出ていますが、小1からずっと普通級に在籍し、苦手な授業だけ支援級へ通っています。これは1年前、娘がいじめに遭っていたときのお話です。ある日、大好きなおばあちゃんと2人で遊びに行くことがあり、その時にふと「学校でいじめにあっている」と娘が話したのだそうです。「まさか娘が…!?」この話を聞いた直後、私は正直信じられませんでした。娘の様子について、妻は「最近元気がなさそう」と言っていましたが、私は異変に全く気付かなかったからです。これまで娘は、登校を嫌がったり体調が悪くなったりすることもなく、普通に学校に通っていました。驚きつつも、学校でどんなふうにいじめられるのか聞いてみたところ、「お友達から避けられる…」とのことでした。学校に問い詰めた事実。見えてきたのはいじめの実態だった出典 : いじめを知った私は、事実を確かめるために学校に連絡を取りました。まず私は、娘のことについては何でも連絡して欲しい、と伝えていたので「なぜいじめについて、こちらが問い合わせるまで何も連絡がなかったのか?」と問い詰めました。担任の先生は「すみませんでした」と謝罪していました。そして、これまでのことを確認すると、以下のような状況がみえてきたのです。●いじめは夏休み明けから始まっていた(この時点で、約2ヵ月間続いていたことになる)●学校はいじめを把握していて、学級会を2度開き、クラスで話し合っていた●最初関わっていた生徒は数人、アンケートを取ると、いじめに実際に関わっていたのはクラスの半数の人数だった●いじめは、娘に対して「気持ち悪い」と言う、無視する●話し合いをしたにも関わらず、まだ何の変化もない学校と同じ方向を向き、整えていったいじめへの態勢出典 : 起こってしまったことは仕方ありません。私は担任に、2度も学級会を開いてくれたことについて感謝を伝えました。いじめがあったのは事実ですが、ただ一方的に学校を責めるよりも、それまでの学校の対応を評価すべきと考えていました。こちらも歩み寄りの姿勢を示すことで、学校側も柔軟になり「親と学校が共にいじめに対処していこう」という雰囲気ができたような気がします。その直後から、約2ケ月ほど学校を休ませました。娘にいじめについて詳しく聞くと、「みんなと話すのが嫌。戻るのが嫌」と言っていました。また、自宅ではリラックスしてもらいたかったので、できるだけ普段通り接することにしました。親と学校、双方が建設的になることで出てくるアイデア出典 : それからは、月2回ほどのペースで学校側と話し合いを行いました。学校では校長先生のアイデアで、学年全体にアンケートを取り、いじめを見聞きしたか?どんないじめがあったのか?など、詳細な調査をしてくださいました。また、「いじめに関わっていたクラスに影響力のある子は、クラス委員にさせるのはどうですか?」と、私から学校側へ対策を提案することもありました。学校に全てをお任せするのではなく、親も自分の意見をはっきり主張することが大事なのでは?と思います。しかし、感情的に我を通すのではなく、建設的な姿勢で誰もが納得できる策が提案できると、学校も意見を受け取りやすくなるかもしれません。アンケートの結果で見えてきた原因。これがきっかけで子どもたちにも変化が出典 : その後、アンケートの結果が出てきました。多かったのが、「授業中、なぜ一部の子たちは支援級に抜けていくのか?」「支援級ってどういう子が行くところかわからない」という回答でした。このことから私は、「娘だけではなく他の支援級に行っている子は、周りの理解が得られていないのでは?」と校長先生に話しました。すると校長先生は、「支援級について、支援級の先生から個々のクラスに説明する機会を設けましょう」と言ってくださいました。説明会の後、児童からは「支援級に行っている子について事情がよくわかった、これからは優しくしようと思う」という声が増えました。この時点で学校は3学期を迎えていました。いじめが発覚してから約半年です。娘はまだ、クラスには通えていませんでした。しかし、支援級にだけは通えるようになっていました。1日に1時間だけ支援級に通い、学校には徐々に馴染めるようにしていきました。また、当時から仲の良いお友達に協力してもらい、支援級に遊びに来てもらっていました。その後まもなく春休みとなり、6年生にあがるときにはクラス替えがあったため、このタイミングで通常どおり登校できるようになりました。いじめを悪にすることは簡単。しかし、理由を探れば解決策も見えてくる出典 : あれから1年が過ぎ、娘は元気に学校に通えています。その後、いじめられている様子はありません。実は、娘をいじめていた子どもたちからは説明会の後、娘あてで手紙や絵をもらっていました。子どもたちには反省の色が窺え、娘に対しての理解も深まったようでした。この一件で特別仲の良いお友達が増えた訳ではありませんが、それでいいと思っています。娘には、何の問題もなく安心して学校に通える環境があれば、それでいいです。子どもがいじめに遭っているというのは、親としては衝撃だと思います。相手の子やその家庭、学校に対して憤りを抱く方もいるかと思います。私自身も、学校の最初の対応には納得がいかず、感情的になりました。しかしこうした問題は、いじめっ子本人や自分たち親、学校が成長するチャンスでもあると思うのです。学校との連携では冷静になり、子どもの自己肯定感や自尊心を守るためにも、建設的な話し合いや提案ができるといいですね。
2016年10月26日言語療法・言語聴覚療法とは?出典 : 言語療法とは、言葉を話したり聞いたりする機能に障害がある人に対して、日常生活を円滑に送るために行われるリハビリテーションのことです。言語療法は、英語ではspeech and language therapyと表記され、しばしばSTと呼ばれています。言語療法が対象とするのは、言語機能の障害、話し言葉の障害ですが、食べたり飲み込んだりする嚥下(えんげ)機能の障害もリハビリの対象とされます。聞こえに関する障害のリハビリも行われる場合には、言語聴覚療法ともいわれます。言語療法を受けられるのはどんな人?出典 : 言語療法が対象とするのは、言語障害、言語発達性遅滞(子どもの言葉の遅れ)、発音・発声に関する障害などがあります。言語療法ではこれらに対して検査を行いその結果から個々人にあったリハビリの計画を立てて、改善していきます。ここでは、言語療法が対象とする障害や状態には具体的にどのようなものがあるかを紹介します。言語障害とは、発語や発声や運動器官に問題がないものの、脳の言語機能・高次の認知機能の障害が起こることにより、聞いた言葉を理解できなかったり、言いたい言葉が口から出なくなってしまう障害のことです。主に以下のような疾病が関わっています。■失語症失語症とは「言葉の記憶喪失」のような状態であり、いったん獲得された言語知識が脳の損傷により失われてしまうことです。失語症では、言語中枢に障害が現れるため、話すことのほか、相手の言ったことを理解することにも障害が現れます。■高次脳機能障害高次脳機能障害とは、見たり聞いたりしたことを把握し理解する脳の認知の機能の障害のことです。その結果、記憶や注意や認知において障害が起こります。例えば、注意力が削がれやすかったり、集中力が長く続かなかったり、新しいことを覚えられなかったりします。そのため言葉が出てこないのです。認知症や記憶障害なども、高次脳機能の障害のひとつです。言語発達遅滞とは子どもの言葉の遅れを指し、生活年齢から予測される平均的な発達状態よりも、言葉の表出や理解が大幅に遅れていることをいいます。その原因は、耳の聞こえに関する問題や、言葉の理解に関する問題、または、発達障害や知的障害など脳の機能に問題がある場合、または、ただ言葉が出るのが遅れているだけなどさまざまな場合があります。言葉が遅れるパターンは大きく分けて2通りあります。ひとつ目は、その子の言葉を獲得するスピードが「ただ遅いだけ」というものです。子どもの成長のスピードは個人差が大きく、その場合、乳児期の時点では言葉が遅れていても、年齢が進むにつれて、遅れが目立たなくなることも多くあります。もうひとつは、発達や聴覚に障害のある可能性があり、その兆しとして言葉が遅れる場合です。この場合には、治療や発達を促す療育的なトレーニングを受けることになります。言語療法では、発音や発声に関する障害もリハビリの対象とします。声帯や舌、唇などを使う動作や、音を作り出す体の器官がうまく機能しないことにより起こります。これらの障害は、身体の部位が物理的に損傷を受けて起こる後天性のものと、先天性のものがあります。発声や発音の問題は、子どもの言葉の遅れに関わることもあります。■声の障害大きな声が出なかったり、かすれ声になってしまったります。■発声の障害例えば、「さかな」というところを「しゃかな」と言って、「さ」が「しゃ」という別の音に置き換わってしまったり、呂律(ろれつ)が回らなくなったり、音が省略される状態を指します。■吃音(きつおん)の障害同じ音を繰り返したり、言葉が円滑に出ずに詰まったりすることを指します。例えば、「みみみみかん」と同じ音を繰り返したり、「みーかん、」音が引き延ばされたり、「・・・・・みかん」など、言う言葉がとっさに出てこず、詰まったりします。言語療法では、口腔の機能、つまり食べることに関する障害も改善できます。食べることに障害があると、食べ物が肺に入っておこる肺炎や食べ物による窒息など生命に危険を及ぼす可能性のほか、低栄養による体力・免疫力の低下が起こった結果、食べる喜びも失われます。また、言語聴覚療法の場合には、難聴などの「聞こえ」に関する疾病や障害のリハビリも行います。言語療法科|社会医療法人 愛仁会 リハビリテーション病院言語療法は具体的にどんなことをするの?出典 : 言語療法は、主に専門家である言語聴覚士(ST/Speech-Language-Hearing Therapist)により行われます。言語聴覚士は、文部科学省または厚生労働省が指定する養成校で学び、言語聴覚士国家試験に合格している「話す」「聞く」「食べる」のリハビリに関するスペシャリストです。また、言語療法は、言語聴覚士を中心としながらも、医師・歯科医師・看護師・理学療法士・作業療法士などの医療専門職、ケースワーカー・介護福祉士・介護支援専門員などの保健・福祉専門職、教師、心理専門職などと連携し、チームで連携しつつ行われます。■個人の言語療法専門家から1対1で直接、言語療法を受けることをいいます。個人のセッションの場合には、基本的に20~60分ほどの面接・訓練を、1週間~1ヶ月に1度行います。移動が困難な場合には、在宅によるリハビリテーションが行われることもあります。■集団の言語療法集団の言語療法とは、患者さんの社会性やコミュニケーション能力の向上を目的とします。似たような状況にいる人が集まることで助け合いながら治療を行うことができるとともに、他の人の意見を聞くことで客観的な視点を養うことができます。集団における言語療法は、歌を歌う能力を利用したり、体操をしたりしながら、言葉の出やすい身体づくりをします。言語療法は、大きく分けて、発声、発話能力の獲得と、意思疎通を支えている高次脳機能の獲得を目指すという、2つのアプローチがあります。これらは、それぞれにリハビリの内容や注意点が異なります。1. 発音や発声の機能の獲得構音障害、発声に関する機能に障害がある人に対して、声を出すための基礎となる姿勢や呼吸を意識しながら、口の運動を通して、発声・発音の練習を行います。例えば、発声のために必要な姿勢についての指導や、全身の運動、深呼吸を行います。重度の障害の場合は、発声や発音の練習だけでなく、字を書いたり、50音表を指さしたりするなどコミュニケーションの補助手段も用いるようにします。2. 言語をつかさどる脳の機能の獲得脳は、言葉を理解したり言葉を発する指示を出すなど、他人とのコミュニケーションを支える大事な機能をつかさどっています。トレーニングの中では、本など一般に用いられる教材に加え、タブレット機器が用いられることもあります。■失語症の場合知能・心理検査によって、「聞く」「話す」「読む」「書く」のすべての言語的な検査、評価し、状態を分析します。そして、本人の状態に合わせてトレーニングのプログラムが組まれます。失語症のトレーニングの一例を以下に挙げます。・耳で聞いたり、目で見せたりして、言葉の理解力を伸ばす練習・絵や文字を見て、その言葉を言う練習・日付・名前など、自分にとって身近なものを紙に書く練習・言葉以外の方法でコミュニケーションをとる練習■高次脳機能障害の場合知能・心理検査によって、障害の状態や問題点を挙げ、本人の状態に合わせてトレーニングのプログラムが組まれます。高次脳機能障害トレーニングの一例を以下に挙げます。・注意力を強化する練習・新しく体験したことを覚える力を伸ばする練習・物事を計画し、順序立てて実行する力を伸ばす練習・疲れやすい、またはやる気が出ないなどの社会的行動障害に対する対応また、その他にも、家族に対する症状の説明、本人が社会生活を営むための家族への援助や、本人への心理的ケアなど様々な側面からも行われます。言語療法 | リハビリテーション科 | 医療法人ガラシア会 ガラシア病院脳卒中の言語リハビリテーション | 国立循環器病研究センター 循環器病情報サービス子どもの言語療法出典 : 子どもの言葉の遅れには、年月を経るごとに自然と言葉が追いついてくる場合と、発達障害や聴覚障害の兆しとして言葉が遅れているという2つの場合があります。子どもが幼い段階ではその違いに判別がつきにくいことが多いですが、言語療法のトレーニングを受けていると、後から何らかの障害があるとわかった場合にも、専門家を通して適切なサポートを受けることができます。子どもの言語療法では、言葉に対してだけではなく、運動やコミュニケーションなどその子どもの発達全体に働きかけるようなトレーニングが行われます。子どもへの言語療法の流れは、以下のようになります。保護者への問診、遊びを通した行動評定、聴力検査、発達検査、言語学習診断検査などにより、言葉の遅れや偏りの原因を見極め、支援の目標やトレーニングが決められます。子どもの言語療法の支援は、個人へのアプローチ、環境へのアプローチ、家族へのアプローチの3つの観点から行われます。■個人に対して子どもが楽しみながら社会性を伸ばし、日常生活で使える言葉を獲得することを目指して、個別、または集団で遊びを取り入れたトレーニングが提供されます。子どもの言語の発達レベルに合わせて、聞く、読む、話す、書くことという言葉全般に働きかけてトレーニングを行っていきます。その他には、コミュニケーションの面を伸ばすトレーニングも豊富に行われます。個々人によって原因は異なるものの、言葉に遅れや偏りがみられるときには、コミュニケーションの面にも偏りがみられることが多いためです。楽しんで取り組めるような課題に取り組む中で、子どもは自発的な言葉を話すことができるようになっていきます。例えば、「それ、とって」「もう1回」「どこ?」など、相手へ発信する言葉や、自発的なコミュニケーションなどです。保護者が付き添ってよいこともあれば、保護者と離れて別の部屋で行うこともあります。■環境に対して発達段階や本人の状況に合わせて、トレーニングに集中して取り組むことのできるように、環境にも配慮を行います。例えば、部屋の中に集中を妨げる刺激物を最小限にし、スケジュールを黒板に書いて視覚的に伝え時間に見通しを持たせることで、子どもが過ごしやすい環境をつくるなどです。■ご家族に対して子どもの発達について理解ができるように、検査の結果子どもの発達段階や、トレーニングを経たことによる子どもの言葉の変化について説明が行われたり、環境への配慮、日常生活の中でできるトレーニングなど、子どもの発達を伸ばすための工夫を教えてくれます。また、子育てや、子どもの学校生活について家族の抱えている悩みや心配事を相談することもできます。言語療法を受けるためには?出典 : 言語療法を受けるためには、医師の診察および処方箋が必要な場合があります。まず、かかりつけの病院で症状や困りごとなどを相談した上で、言語療法が必要かどうか判断しましょう。日本言語聴覚士協会のホームページから、全国の施設検索が可能です。所在地や施設名や障害の種類で詳しく検索できるので、お住まいの近くの言語療法が受けられる施設を調べてみてはいかがでしょうか?また、自治体によっては言語聴覚士による療育や在宅訪問サービスなどを行っていることもありますので、福祉などの担当窓口で相談してみるとよいでしょう。以下のHPから、言語療法を行う専門家である言語聴覚士のいる施設を検索することができます。一般社団法人 日本言語聴覚士協会■医療機関病気やけがの治療やリハビリが目的の場合、担当医から紹介・指示を受けることになります。この場合、健康保険が適用となります。また、子どもの場合も医師の診断・指示があれば医療機関で言語聴覚士の指導を受け、健康保険が適用となることもあります。病院のリハビリテーション科を訪れてみましょう。■教育・療育のサービス子どもの場合、「言葉の教室」「きこえの教室」といった小学校などの支援級、特別支援学校、療育施設で言語療法を受けられる場合もあります。園や学校に相談したり、自治体に問い合わせましょう。健診や就学前健診で個別に相談・進められる場合もあるようです。その後、面談や審査など、所定の手続きに従います。地域によっても制度が異なりますので、お住まいの自治体に問い合わせましょう。■福祉施設施設・地域によって異なりますので、各施設や自治体の定める手続きをとります。訪問リハビリテーションなど介護保険の適用になる場合もありますので、福祉窓口、ケースワーカーや民生委員に相談してもよいでしょう。■言葉の教室など民間が行っている言語に関する指導を行う教室です。その場合には、施設に直接申し込みを行います。■医療機関医療機関で治療・リハビリの一環として言語療法を受ける場合、費用は治療内容などによっても異なりますが、健康保険が適用されます。一例として、辻みみはなクリニック(兵庫県)の場合の費用をご紹介します。言語療法の費用3割負担の方3単位(1時間)2,420円2割負担の方(未就学児)1,690円各種医療券(乳幼児・障害児・母子)も適用となります訓練時診察をされたり、知能検査・聴力検査などを行った場合は負担額が追加となります。■教育機関、民間学校や療育センターなどで言語療法を受ける場合、無料から有料まで、自治体や施設により異なります。年会費などが必要になる場合もあります。例えば、兵庫県の子ども発達支援センター(ひょうご子どもと家庭福祉財団)の場合の費用は以下の通りです。子ども発達支援センターは、民間の福祉団体の「ひょうご子どもと家庭福祉財団」が運営しています。そのため、訓練やプログラムに参加していただく際には、保護者の皆様に費用の一部をご負担いただいています。個別訓練費用●月4回の場合:15,000円+消費税(月2回の場合:7,500円+消費税)グループ訓練費用●月4回の場合:9,000円+消費税(月2回の場合:4,500円+消費税)上記の料金は一例です。施設によって、また受ける回数や時間、サービスの内容によっても異なりますので、ご利用前に問い合わせることをおすすめします。言語療法の体験談出典 : 言語療法について関心があるけれど、通うかどうかを迷っている方もおられるかもしれません。ここでは、実際に言語療法を行ったことのある方や、その保護者の体験談をご紹介します。脳梗塞リハビリセンターで評価を受けた結果、失語症ということでした。軽度なのでなかなか周りが気づかないけれど、言葉がうまくしゃべれない、伝えたいことを頑張って言葉にするのだけど周りがうまく理解できない。文字がうまくかけない、短期記憶がうまくとどめられない、雑音などがイライラとしてしまうということでした。(中略)ちょっとした雑音なんかも気になるともう気になってダメだったんですけど、そういったことも少しずつ慣れてきたように思います。 先生からは、文字の書きやすさや記憶に関するところは少しずつ良くなったと言われています。(40代、男性、失語症)言語療法を継続的に行っていくことで、言葉だけでなく、記憶についての機能の向上も期待できます。初めての本格的なST指導に、お父さんは目を見張りました。「石川STは、その子がどこまで理解しているのか、何が足りないのか、ひとりひとりの状態を明確に把握している」と感じたからです。(中略)「ストローを吹く練習をしましょう」と教わったことも。「目的は口をすぼめた発音ができるようになることだったと思います。伸明は、意識的に息を吹くことができなかった。“ウーウー”になったり、“フ・ウ・フ・ウ”」と一語一語発声したりしていましたね。でもそういう練習をするといいだなんて、われわれには思いつかないですよ!」お母さんも、「“熱い食べ物をフーフーしましょう”とかね。そんなふうに生活の中で取り組めるヒントをくださる。それがさすがだと思いますし、親にはとてもありがたいんです」とおっしゃっています。中川信子/著『発達障害とことばの相談子どもの育ちを支える言語聴覚士のアプローチ』2009年/小学館/刊思い通りに息をふきだすために、子どもが楽しみながら取り組むことのできるトレーニングを提供してくれます。家庭でも簡単に取り組むことのできるトレーニングを専門家に直接教えてもらえる場合もあります。まとめ出典 : 言語療法とは、日常生活を送る上で欠かせない言葉や聴覚、嚥下(えんげ)に障害のある子どもや成人に対して行われるリハビリテーションのひとつです。言葉を使って私たちは生活をしています。阻害されていた言葉や聞こえの問題を解決することは、単に言葉を話す、聞くことができるようになるという機能面の向上に留まらず、言葉を使って人とやりとりや、人とのふれあい通した安らぎというコミュニケーションをとることによる心の安定をもたらします。障害のある人が、思い通りに言葉によるコミュニケーションを通して人とやり取りを行い、自分らしい生活を送ることのできるように手助けを行うのが言語療法です。
2016年10月25日音楽室への移動時間、長男は突然涙目になり…出典 : 小学校入学直後から「学校いかれへん!」となった大混乱から、私との付添い登校により少しずつ学校に慣れてきた長男でしたが、小3になって新たな壁になったのが、専門教室への移動が増えたことでした。これまで音楽は音楽室、図工は図工室へ移動するときには、支援級の先生につき添いをしてもらっていました。しかし、支援級の先生1人で2人以上の子を担当する体制になったことで、常時サポートが難しくなり、私の付き添い登校時間を再び増やさざるを得なくなりました。その日の4時間目は音楽。クラスメートが列をつくって移動し始める中、長男は「行かれへん!」と叫び、教室に戻ろうとしました。なおも進もうとする先生や私を押し戻そうとするので、廊下で相撲をとっているような感じになりました。「どうして行かないの?」という先生の問いかけにも、涙で目を赤くして「とにかく行かへん!」と言い続けるばかりです。音楽を学校で習いたいと思えない。目的が見出せないと納得できない長男出典 : なぜ音楽室に行きたくないのか理由を聞いてみました。私「しっかり聞くから考えていることを言葉で説明してほしい」長男「だって、行く意味がわからへんもん…図工は、その日にその作業をしないといけないって理解してるから行ける。陶芸だったら、みんないっしょに窯に入れないといけないとか。でも音楽は、自分はぜんぜんやりたくないし、今日絶対にそこにいないといけないってことが理解できへん」先生「音楽も一緒。今日は〇〇っていう曲を始めて鍵盤ハーモニカで吹いてみる日だから、聞いておいてほしいなって思ってるの」長男「自分は、ぜんぜんふけないし、みんなのをただ聞いててもしんどい。絶対暴れるか、床に寝てるしかできない!」手と目の協調運動が極端に苦手な長男は、聞くことにも集中しなくてはならない楽器の演奏が、ものすごく苦手なのです。長男「無理や!」そう言うと、と先生から逃げて私の方にきて、手をひっぱってその場を離れようとします。私「そんなにひっぱったら痛いよ!」その後の先生との話し合いで、先生には先に音楽室へ行ってもらうことにしました。どうして行けないの?ゆっくり話すことで出てきた本音出典 : その後私と2人だけになったので、落ち着ける場所へ移動して話すことにしました。植物が大好きな長男が落ち着ける場所は菜園です。冬野菜が育ち始めている学校の畑のへりに、とりあえず2人で腰をおろしました。長男「なんで自分は音楽室に行かれへんのやろう」私「予想だけど、音楽室へ行くことが自分の中から湧き出してきた考え、行動じゃないからだと思う。自分でやりたい!と思ったことなら難しいことでもできるけど、しなさい!と言われたことはかなり簡単なことでもできない。キミにはそういう特徴がある」長男「それって、先生とかに理解してもらう必要ある?」私「半分ぐらいは、あるかなあ」長男「なんで?」私「それがわからないと、今みたいにお互いに嫌な思いしなきゃいけないから。行きましょう、行けません、の繰り返しで平行線。音楽室に行くだけなら、普通そんなに難しいことじゃない。理由がわからなくて先生や周りの人もイライラしてしまうでしょう」出典 : 長男「自分は、理解してもらわんでもいいと思ってる」予想通りの反応。でも、言葉の奥には葛藤がありそうな気もしました。私「まあ、正直、完全に理解してもらうのは難しいし、必要はないかもしれないと思ってるよ」長男「なんで?」私「理解してくれたとして、『じゃあ、〇〇くんはもう音楽室に行かなくてもいいよ』って言ってもらう?そしたら、音楽室に行く力が身につきにくいと思う。できれば、大きくなるころには音楽室に行ける体質になれるほうがいいと思わへん?」長男「そう…やろな。やけど、やっぱり無理やわ」私「今はね。けどいつか、いろいろやってるうちに、ひょっと行けるようになると、お母さんは思ってるよ」その後、2人で音楽室へ。先生は来てくれたことを喜んでくれたけれど…出典 : 私が「そろそろ行こか」と言うと、長男はゆっくり歩きはじめました。音楽室に着くともうすぐ授業が終わる時間で、何も楽器はできませんでした。先生「気持ちを落ち着けて、よく来てくれたね」私「どうして音楽室へ移動できないのか?2人で話しながら理由を考えていました」先生「音符を読みながら吹くのが難しいと感じているのかなと思い、カタカナで書いておきました。支援していきますから、頑張ってほしいです」私「先生、楽譜にドレミを書きこんでおいてくれたよ」と長男に伝えました。話しながら、先生は本当に理解してくださっていないかもしれない…と、頭の隅で思いました。長男の特性では、「難易度を下げる」ことは「がんばり」のエンジンになりにくいのです。それよりも「音楽をやることが腑に落ちる」「音楽をやるのが楽しく思えるアタマとカラダになる」のが行動を変える早道なのです。どうアプローチすれば、長男の行動は変わるのだろうか?出典 : 今のところ、私を含めて他人の指示をキャッチし、カラダを動かすのがとても難しい長男。彼自身のアタマがカラダに「音楽室、行ってみたら。行ってみてもきっと大丈夫だよ。それどころか、もしかしたら楽しいかもしれないよ」と命令できるようにするのがポイントかな、というのが私の推論です。他者の指示を聞いてすぐに動けるアタマとカラダの持ち主である先生には、想像しにくい特性だと思います。言えばわかってくれる、動いてくれると私自身もずっと思っていましたが、ずっと観察してやっと「こういうことかも」と思うようになりました。家では替え歌を作ったり、楽器を作ってみたり、また知り合いの音楽の先生のおうちに遊びに行ってピアノを触らせてもらったり、アタマとカラダを耕す感覚でいろいろ試しています。思ったよりはノリがいいので、心の底から音楽が嫌いではないんだとわかり、ちょっと安心もしました。しんどさはなくならない。でも、現場でしかわからないことがある出典 : 我が子が暴れたり、他の子ができてることができない姿を見るのは、「しんどいな…」と感じる時も多いですが、やっぱり学校は、できること、できないことを見わける機会として活用できるように思います。「あー、がっこうって、ほんまに、しんどいわ」と、毎日口ぐせのように言っていますが、今のところは「そやなー、けど、ぼちぼちでOKだから登校を続けてみたら」と言っています。
2016年10月25日小学校と園をやめた姉弟。その後増えていったのは、子どもたちの笑顔だった出典 : 我が家には8歳の娘と6歳の息子がいて、それぞれアスペルガー症候群とADHDの診断が出ています。「学校をやめる」と宣言し、毎日家で過ごしている娘。後を追うように息子も「幼稚園をやめる」と決断し、のんびりと家で過ごしています。子どもが毎日家にいると大変では?と、聞かれることがありますが、実は私にとっては、子どもたちが学校や幼稚園へ行っていた時の方が大変でした。学校や幼稚園に通っていた頃は、帰宅後ぐったりと疲れていたりストレスで荒れたりと、子どもたちをフォローすることで精一杯。お互い心に余裕がなく、日常生活をなんとかこなすだけの日々で、何かを楽しむという時間は全くありませんでした。家で過ごすようになり、私は子どもたちが行きたくない場所へ送り出すエネルギーと、罪悪感から解放されました。そして、ストレスのなくなった子どもたちはとても明るく、元気になりました。うちの子たちって、こんなによく笑うんだな、と毎日とても新鮮な気分で眺めています。子どもたちをゆっくりと観察することもできるようになり、凸凹のタイプが異なる2人の違いも、より一層明確になってきました。一緒に過ごす時間が増え、子どもたちの得意なこと苦手なことがよくわかるようにUpload By GreenDays娘と息子の思考の違いに気付いたのは、娘とアイロンビーズに取り組んでいたときでした。以前、人によって物事を認知する能力が違う、というコラムを書かせていただきました。娘の場合、目で見る言語・耳で聞く言語にとても強く、頭の中も言語で埋め尽くされている状態です。アスペルガーの娘曰く、頭の中にはたくさんの引き出しがあって、きちんとインデックスがついており、全ての情報がしかるべき場所にきちんと言語化して収納されているそうです。ADHDの息子は視覚優位で、映像から物事を理解するタイプ。例えば「今日の午前中は何をした?」と聞いても「えっと何だっけ?」「思いだせない」と思いだすこともなく、考えることをあっさりやめてしまいます。娘に息子と同じ「今日の午前中、何をしたかな?」という質問をすると、「今日の朝は〇時〇分に目が覚めて、ママは起きていたけど弟はまだ寝てたよね。朝ごはんを食べている時に…」と、とても細かい部分まで正確に答えが返ってきます。娘とアイロンビーズを整理していたときです。綺麗に並べられたビーズを見ていてふと、「これは娘と私の頭の中みたいだな」と思いました。では、息子の頭の中をアイロンビーズで例えると、どんな風になっているのだろう?という疑問が湧いてきました。それから数日間、息子の言動を追いかけ、頭の中がどうなっているのかを想像してみました。娘とは違う方法で情報を記憶していた息子。大変なのは、その情報を取り出すときUpload By GreenDaysそして辿りついたのは、息子の記憶は1つひとつが細かく分かれていて、それが整理されることもなくどんどん放り込まれ、山積み状態になっているのでは?という考えでした。それは、色分け途中のアイロンビーズのようなイメージです。息子は何の脈絡もなく、突然昔のワンシーンを語り出すことがあります。数々の情報が整理されないまま記憶されているので、膨大な記憶の山から必要な情報を探し出すのに、途方もない労力が必要なのだと思います。そして、息子の記憶は言語化されておらず映像のまま残っているようなので、それを言語化して人に説明するためには、また多くの力を注がなくてはならないのでしょう。この分析が正解かどうかは、息子がもっと大きくなってから聞いてみないとわかりません。でも、「こんな感じなのかもしれないな」と想像するだけでも、息子が苦手なことにも理由があるのだ…と、イライラせずに済むので、子どもの特性を知ることは、大切な作業だと思います。努力では補いきれないときはどうすればいい?模索する中…出典 : さて、バラバラの情報が山積みになっている息子に、「お姉ちゃんのように、きちんと情報を整理しなさい」と言っても、脳の構造が違うので無理なものは無理です。これから息子に合ったやり方を一緒に見つけて行かなければなりません。とりあえず、「今日の朝からお昼まで」の情報を思い出す練習を、お昼ごはんの後に行うことにしました。毎日、手帳に箇条書きで書き出していきます。でも、お昼ごはんの前に何をしたかさえ、思い出せない息子。それでも毎日続けているうちに、「今日はこれを手帳に書いてみようかな」という言葉が息子から出てくるようになりました。もちろん、手帳を前にした時にはその出来事をすっかり忘れてしまい、「あれ?何を書こうと思ってたんだっけ?」ということの方が多いですが、それでも「今日の出来事を手帳に整理する」という意識が、少しずつ芽生えてきたことは大きな進歩です。子どものタイプによって苦手なことは違う。支援のコツは「その子が生きやすくなるかどうか」出典 : 自分が簡単に情報を引き出せるタイプではないことを理解した上で、いつかはその対処法として、必要なことはメモを取ったり、予定を忘れないようにアラームを設定するなどの行動をきちんとできるようになれば、息子自身が生きやすくなるのではないかと思います。子どもたちの色々な特性に気がつき、それで子ども自身や周囲の人が困っているのならば、こんな方法もあるよ、あんな方法もあるよ、と一緒に試しながら、その子にあった方法を見つけられるといいですね。
2016年10月25日情緒障害とは出典 : 「情緒障害」とは、子どもが何らかの要因により感情面に問題が生じ、社会に適応できない状態にあることを指す言葉です。広義に解釈すると上記の意味ですが、実は「情緒障害」は、厳密かつ普遍的な定義がなく、その意味や内容は時代や社会的な背景とともに大きく変遷してきました。そのため現在実際に使われている「情緒障害」という言葉も、文部科学省、厚生労働省、医学のそれぞれにおいて定義や概念にばらつきがあります。情緒障害に含まれる具体的な障害もそれぞれの定義によって異なるため混乱を招くこともままあり、必要に応じて関係機関の定義を参照し、確認する必要があります。以下でそれぞれの定義を見ていきましょう。教育、福祉、医学、それぞれ違う「情緒障害」の定義出典 : ・情緒障害の教育的定義主に特別支援教育の場面で使われる、文部科学省による「情緒障害」の定義は以下の通りです。状況に合わない感情・気分が持続し、不適切な行動が引き起こされ、それらを自分の意思ではコントロールできないことが継続し、学校生活や社会生活に適応できなくなる状態をいう。平成25年教育支援資料Ⅶ 情緒障害|文部科学省HP・情緒障害の教育的定義に当てはまる症状教育の場で用いられる情緒障害にあてはまる症状の具体例としては、主に選択性緘黙(かんもく)を指し、その他、集団行動・社会的行動をしない、引きこもり、不登校、指しゃぶりや爪かみなどの癖、常同行動、離席、反社会的行動、性的逸脱行動、自傷行為をあげています。・教育的定義における情緒障害と発達障害の関係文部科学省では、情緒障害は心理的な要因から生じる後天的な問題であり、先天的な問題から生じる発達障害とは違うものと定義しています。・「情緒障害」の教育的定義の成り立ち教育の場で言われる「情緒障害」は、教育上の概念・分類であり、医学用語の「情緒障害」の定義とは必ずしも一致しません。現在、このようなわかりにくさを生んでいるのは、情緒障害という障害の概念が時代によって変遷していることと、特殊支援教育の歴史的背景に由来しています。公立学校に現在の特別支援学級の前身である情緒障害特殊学級が成立した1969年当時、自閉症などの先天性由来の障害も含めおおまかに「情緒障害」と定義していました。のちに、先天的な障害である自閉症は「情緒障害」から除外されたため、「情緒障害」は後天的な心理的問題により社会に適合していない子どもを分類するための概念と修正されました。平成18年には「学校教育法施行規則の一部を改正する省令」が発令され、平成21年には「情緒教育特別支援学級」の名称も「自閉症・情緒障害特別支援学級」と変更され、特別支援教育の場でも自閉症が情緒障害から分けられるようになりました。・情緒障害の福祉的定義厚生労働省管轄の情緒障害児短期治療施設などの福祉の場面で用いられる「情緒障害」は、厚生労働省が定義したものに沿っています。厚生労働省の情緒障害児の定義は以下の通りです。情緒障害児とは,家庭,学校,近隣等での人間関係のゆがみによって,感情生活に支障をきたし,社会適応が困難になった児童をいう。厚生白書(昭和53年版)・情緒障害の福祉的定義に当てはまる行動や状態不登校、引きこもり、かん黙、軽度の非行、チック、発達障害による二次障害、虐待により心理的に傷ついた状態など参考ページ:厚生白書(昭和43年版)第3章社会福祉|厚生労働省HP・福祉的定義における情緒障害と発達障害の関係厚生労働省が定義する「情緒障害」(情緒障害の福祉的定義)は、同省が定義する発達障害に含まれる、としています。参考ページ:発達障害者支援法の施行について|厚生労働省HP医学的な用語としての「情緒障害」は、主として、心理的な反応として起きる、情動が著しく不安定で激しい現れ方をする状態であり、病名ではないとするのが主流です。国立特別支援教育総合研究所によると、医学的な用語としての「情緒障害」は次のようにまとめられます。1)厳密で普遍性のある定義はない。2)病名ではなく症状もしくは状態像を指して用いられることが一般的。3)現在では、心理的要因が原因と想定されるものに主に用いられるが、例外もある。世界保健機関(WHO)の『ICD-10』(『国際疾病分類』第10版)においては、「情緒の障害」と表記されているものが、医学的な用語としての情緒障害とほぼ同義とされ、病名に相当する診断カテゴリーとされています。参考:発達障害と情緒障害の関連と教育的支援に関する研究・医学的見地における情緒障害と発達障害の関係基本的に、医学的には情緒障害と発達障害は別の区分とされています。就学相談などで使われる「情緒障害」のさす意味とは?出典 : 教育の場で「情緒障害」とされる状態は、具体的には2種類の問題行動があります。一つは、周囲から介入しない限り周囲に迷惑や支障を生じない、内向性の問題行動、もう一つは、周囲からの介入がなければその行動自体が周囲の人に迷惑や支障を生じる外向性の問題行動です。専門用語で「内向性行動問題」と呼ばれるもので、周囲が介入しない限り迷惑や支障を生じないものをさします。具体的な例として、・選択性緘黙(かんもく)・不登校、集団行動・社会的行動をしない・ひきこもり、指しゃぶりや爪かみなどの癖・身体を前後に揺らし続けるなどの同じパターンの行動を反復すること(常同行動)・自分の髪の毛を抜くことなどです。一般的にはただの「癖」と考えられているものでも、この行動が長期間頻繁に続き、学校での学習や集団行動に支障をきたすほどの場合には情緒障害としてとらえられます。専門用語で「外向性行動問題」と呼ばれるもので、周囲からの介入がなければその行動自体が周囲の人に迷惑や支障を生じる場合をさします。具体的な例は、・離席、教室からの抜け出し・集団逸脱行動・犯行、暴言、暴力、反社会的行動・非行、性的逸脱行動などです。これらの行動から、学校での学習や集団生活に支障をきたしてしまいます。攻撃性を示す場合が多く、その攻撃性が自分に向った場合である自傷行為も情緒障害としてとらえられます。教育の場で「情緒障害」としてあがることの多い、選択性緘黙と不登校について紹介します。・選択性緘黙文部科学省が定義する選択性緘黙は、以下の通りです。選択性かん黙とは,一般に,発声器官等に明らかな器質的・機能的な障害はないが,心理的な要因により,特定の状況(例えば,家族や慣れた人以外の人に対して,あるいは家庭の外など)で音声や言葉を出せず,学業等に支障がある状態である。(平成25年文部科学省教育支援資料)・不登校文部科学省の教育支援資料において、不登校は、以下のように定義されています。不登校の要因は様々であるが,情緒障害教育の対象としての不登校は,心理的,情緒的理由により,登校できず家に閉じこもっていたり,家を出ても登校できなかったりする状態である。そして,本人は登校しなければならないことを意識しており,登校しようとするができないという社会的不適応になっている状態である。したがって,一般的には,怠学や学校の意義を否定するなどの考えから,意図的に登校を渋る場合は,学校に登校しないという状態は類似しているが,ここでいう情緒障害の範囲には含まない。平成25年教育支援資料Ⅶ 情緒障害|文部科学省HP「情緒障害」の子どもには、どのような支援があるの?出典 : 自閉症・情緒障害通級指導教室通級指導教室とは、通常学級の学校に籍を置いて、通級指導の時間のみ通級指導教室に通って支援を受けるという制度です。子どもが在籍する学校に通級指導教室が無い場合は、通級指導教室がある他の学校に通って通級指導を受ける場合もあります。障害の種別に分かれ、その子に合った指導が受けられますが、情緒障害のある子どもは「自閉症・情緒障害通級指導教室」に通うことになります。・対象者通常の学級におおむね参加でき、一部特別な指導(社会的適応のための特別な指導や強化の補充指導など)を必要とする程度のものであるとされています。・どのような指導がされるか基本的には、特別支援学校などにおける、障害がある生徒の自立を目指した教育的な活動を参考とした指導が中心で、社会的適応性の向上が目的とされています。通級指導を受ける場合、大半の時間を通常学級で過ごし、通級指導を受ける時間は限られています。そのため、必要に応じて各教科などの補充的な指導は行っていますが、個別の指導内容を設定することはできません。自閉症・情緒障害特別支援学級特別支援学級とは、通常学級ではなく特別支援学級に籍を置き、よりきめ細かな指導を受ける少人数の学級です。もし、子どもに手厚い指導が必要な場合は、上記の通級指導教室ではなく特別支援学級に通う場合が多いです。情緒障害のある子どもは「自閉症・情緒障害特別支援学級」で指導を受けることになります。・対象者文部科学省は、自閉症・情緒障害教育の対象を以下のように定めています。一 自閉症又はそれに類するもので,他人との意思疎通及び対人関係の形成 が困難である程度のもの二 主として心理的な要因による選択性かん黙などがあるもので,社会生活へ の適応が困難である程度のもの平成25年教育支援資料Ⅶ 情緒障害|文部科学省HP選択性かん黙や不登校などの感情面での問題のために、通常の学級では学習を行うことが難しく、社会的適応のための特別な指導を行う必要がある子どもが対象者であるとされています。・どのような指導が受けられるか情緒障害や自閉症のある子どもなどが、人とのかかわりを円滑にし生活する力を育てることを目標に指導を受けることができます。 特別の教育課程を編成することができることが特徴です。基本的に主な授業は特別支援学級で受けますが、体育や図画工作、給食の時間は通常学級の子どもたちと過ごすこともあります。特別支援学校基本的には、情緒障害であるというだけで特別支援学校の支援対象となることはありませんが、情緒障害とされている子どもが、知的障害や病弱・身体虚弱を伴う場合は、知的障害、病弱などの区分での支援対象となることもあります。特別支援学校と特別支援学級・通級指導教室の違いについては、以下のコラムに詳しく解説されています。・放課後等デイサービス幼稚園・大学を除いた学校に就学中で、かつ障害のある子どもが、学校の授業終了後や長期休暇中などに通い、生活能力向上のための訓練および、社会との交流促進を行う施設です。施設利用にあたって療育手帳や障害者手帳は必須ではなく、障害児通所支援受給者証を申請し、認可が下りれば利用することができます。施設のタイプは、習い事型、学童保育型、療育型の大きく分けて3つのタイプに分けられます。詳しくは以下の記事をご覧ください。・情緒障害児短期治療施設(児童心理治療施設)情緒障害短期治療施設とは、学校教育との緊密な連携をとりつつ、医学的な心理治療を行う総合的な治療・支援施設です。情緒障害児短期治療施設の対象児童は、心理的困難や苦しみを抱え日常生活に生きづらさを感じている子どもたちであり、心理治療が必要とされる子どもたちであるとされています。知的障害児や重度の精神障害児は基本的に対象ではありません。利用方法は、宿泊入所、通所、外来相談の3つがありますが、施設によっては外来相談が設置されていない場合もあるため、一度お近くの情緒障害児短期治療施設に電話などで相談してみることをおすすめいたします。・児童相談所児童相談所とは、家庭や学校などから18歳未満の子どもに関するあらゆる相談に応じ、また、子どもおよび家庭に対して医学的、心理学的、教育学的、社会学的及び精神保健上の判定や調査、調整を行う場所のことです。各相談所には精神科医師、児童心理士、児童福祉司などの専門職員が配置されています。・児童家庭支援センター児童家庭支援センターは、児童心理療育施設、児童養護施設、児童自立支援施設、母子生活支援施設、乳児院に設置されているもので、18歳未満の子どもに関する様々な相談を、子ども、家庭、地域住民から受け付けます。また、児童福祉施設などの関係する機関との連絡調整も行います。学校で子どもが直面する「情緒障害」の原因は?出典 : 教育的定義における「情緒障害」とされる状態を引き起こす原因としては、対人関係のストレス状況、学業・部活動の負担、親子関係の問題などが考えられるとされています。友人同士や教師との関係において、対等な人間関係が崩れた場合大きなストレスが生じます。いじめがその最たるものとされています。一方的、威圧的に教師や友人に接されることによりストレスが生じ、情緒障害とされる状態に陥る原因になります。学業、部活などにおいて、本人の能力に見合わない要求をされ、かつその環境から抜け出すことができない雰囲気がある場合、それがストレスとなり情緒障害の原因となると言われています。親子関係において信頼関係が築けていない場合に、教育的定義における「情緒障害」の原因となる可能性があります。親子の信頼関係が築かれていないパターンで、児童虐待なども含まれます。子どもと過ごす時間を十分にとることが信頼関係の構築において大切です。平成25年教育支援資料Ⅶ 情緒障害|文部科学省HP子どもが情緒障害の疑いがあるとき、どう対応すべきなの?出典 : 生活上の問題が生じたときは、できる限り早い段階でなんらかの対応をとることが必要です。・毎日の基本的な生活環境を整える子どもの成育には、障害の有無、障害の種類にかかわらず、安心して過ごせる環境作りが必須です。毎日の生活のなかで、家族関係の安定を意識し、なるべくお子さんをほめてあげること、そして、できるだけ一緒に過ごしてあげること。このような安心して過ごせる基本的な環境作りを心がけることこそが、お子さんの症状の回復のための基礎づくりとなります。・いじめはすぐ対処もし、お子さんがいじめを受けているように感じたら、本人に対処させるのではなく、いじめが起きている環境から保護することが最優先です。まず、教師に相談し、お子さんのいる環境を変えるなどの対応をし、それに加え児童精神科などで専門的な治療を受けることで、心の傷がこれ以上深まらないようにする必要があります。・医療機関を受診する身体症状が強い場合は小児科、情緒面の問題が強い場合は児童精神科を受診することをおすすめします。専門家の指示を仰ぎ、適切な指示を受ければ、ご家族もお子さんも、無為に苦しむことなく解決の糸口を見つけることができます。どうしても、医療機関の受診への敷居が高い場合には、スクールカウンセラーや各相談機関を利用するのも一つの手です。もし、近くに児童精神科がない場合は、大学病院や総合病院の精神科でも診療してもらえます。少しでもお子さんが何らかの問題を抱えているように感じたら、どうか一人で抱え込まずに、専門家の助けを求めてください。参考文献:杉山登志郎 /著『子どもの発達障害と情緒障害』2009年講談社/刊まとめ出典 : 「情緒障害」の定義はさまざまですが、一般に情緒障害とされる状態は、主に対人関係などの後天的なストレス要因から生じるとされています。先述の通り、お子さんの成育の基本となるのは安心して生活できる環境づくりであり、それには家族からの理解が不可欠です。お子さんをあたたかい目で見守ってあげることこそが、問題解決のための近道となります。とはいえ、保護者の方が、何のストレスも感じずお子さんに接し続けるのは難しいこともあります。専門家からアドバイスしてもらうことで、今までずっと悩んでいた問題から抜け出す解決の糸口が見つかることもありますので、少しでも悩み事がある場合は一人で抱え込まず、医療機関や相談窓口に連絡を取ることをおすすめします。平成25年教育支援資料Ⅶ 情緒障害|文部科学省HPあなたのそばの相談機関|情緒障害児短期治療施設(児童心理治療施設)ネットワークHP発達障害者支援施策について|厚生労働省HP厚生白書(昭和53年版)|厚生労働省HP情緒障害児短期治療施設運営指針|厚生労働省HP特別支援教育について|文部科学省HP 自閉症・情緒障害とは|国立特別支援教育総合研究所HP
2016年10月24日なんでも自由に、自分の意思にまかせてくれた両親編集部:前回は、現在のお仕事である義足の研究開発に至るまでのエピソードや、MIT(マサチューセッツ工科大学)への留学を決めた理由などをお伺いしました。「留学費用をどうまかなうか」というご両親との話し合いが印象深かった、と…。遠藤:ええ、当時24歳でしたので、働いてもいい年齢でした。MITの学費は400万円くらい。その上アメリカでの生活費もかかる。どうしようかなと迷っていたら、「最初の一年はなんとかしてやるから、後は自分でなんとかしろ」と言って、背中を押してくれました。あの一言は忘れられないですね。結局はリサーチアシスタントとして学費と生活費ををもらえたので良かったのですが。編集部:高校生のころに「留学したい」と伝えた時は、目的が不明確で反対されたとおっしゃっていましたが、他にも、ご両親がこれまで遠藤さんの決断に反対されることはあったのでしょうか。遠藤:注意されたり、止められたりというのは無いです。どんな場面でも、無いですね。あれを伸ばせ、これを勉強しろというのも無かったです。自由にやらせてもらってましたね。編集部:そうなんですね、そんな「自由」な環境の中で熱中していたことはありますか。遠藤:ゲーム…ですかね?僕はまさにファミコン世代で、ゲームをひたすらやってました。 あ、ドラクエって、わかりますか?心配になってきた。編集部:大丈夫です。わかります(笑)。遠藤:僕の世代は人気絶頂期でしたから、新しいのが出たら数日間はつきっきりでやる、みたいな世界でした。編集部:新作はみんな並んで買ってましたよね。遠藤:そう、それで一週間後くらいにはクリアしちゃって、クラスの中での順位が決まる。僕は一番目にクリアしましたよ。…ドラクエ4だけでしたけど(笑)。編集部:一度クリアしたら、熱は冷めるものなんですか。遠藤:それが、クリアしても何度もやるんです。レベルをあげたり、違うルートを行ってみたり、はぐれメタルが仲間になるとか、クリアするために必要じゃない要素も全部やりきりたいタイプ。編集部:こだわりですね(笑)。遠藤:そう思います(笑)。親に「ほどほどにしなさいよ」と言われながらもやってましたね。もちろん学校はちゃんと行っていましたけど。夢中になってやる。「もっと知りたい」という気持ちにまっすぐに遠藤:あとはミニ四駆、あれはハマってましたね。編集部:ミニ四駆ですか?遠藤:そうです、既存のものを改造して、速く走れるようにして大会に出るんです。子どもが読む漫画雑誌の、「コロコロコミック」と「コミックボンボン」って人気のが2つあって。あ、「コロコロコミック」とか知ってます?編集部:はい、今のところついていけてます(笑)。遠藤:よかった。「コロコロコミック」には当時必ずミニ四駆の情報が入っていたんです。だからそれを読んでは改造し、読んでは改造し。相当やりましたよ。編集部:大会みたいなのもありましたよね。遠藤:そう!大会に出るためには標準パーツがあってそれを使わないといけないとか、穴を開けるにも何%までとかルールがあって。今は自由度がないと思うけど、当時はかっこいいのが作りたいと思って、一生懸命目指してましたよ。遠藤:ジャパンカップっていう大会にでたかったけど、僕の住んでいる沼津から小学生一人で行ける距離ではなかったので諦めました。でも沼津市内でお店の人が主催する会があって、それには優勝したことはあります。編集部:子どもの頃から興味関心に対してまっすぐだったんですね。どんどん深堀っていくというか。遠藤:そうかもしれないですねえ。編集部:逆に苦手なこともあるんですか。遠藤:うーん、勉強で困ったことは無いですけど、しいて言うなら音楽の授業はあまり好きじゃなかったです。「積極的に辞める」ことも多い。自分の目的が明確だから選べる。編集部:中高はバスケットボールに熱中していたとか。遠藤:そうですね、それも「背が高いからいいんじゃない」と言われたことがキッカケで。編集部:ざっくり(笑)。遠藤:実際やってみたらおもしろかったんですよね。バスケットって騙し合いなんですよ。足の速さやシュートの正確さを競うだけじゃなくて、試合の中で1:1で付かれたときに如何に抜くのか、それともシュートを打つのか。いくつかパターンかあって、色んな騙し方があります。それを考えるのも面白かった。編集部:面白い。バスケを騙し合いとして見たことがなかったです。遠藤:でも、うまくはならなかったですね。中学校のときはNBA(北米のプロリーグ)を目指していたけど、チームも強くなかったし、インターハイすら遠かったです。プロは目指していたけど、途中で積極的に目標を切り替えました。編集部:積極的に、ですか?遠藤:そうですね。部活レベルで留めることにしました。他にも積極的にやめてきた物事はけっこう多かったと思います。編集部:なるほど。前回のお話でも、「1番だと嬉しいけど、そうでなくてもまあいい」タイプだとおっしゃっていましたが、中高で熱中していたバスケも、スッと切り替えられたんですね。遠藤:そうですね。今もパラリンピックを盛り上げようという視点でみると、例えば為末(元陸上競技選手の為末大さん)は、SNSを使った情報発信や意思の発信が上手ですよね。僕もそれができたらすごくいいなと思うけど、できないと思う。だから僕は、SNSでの情報発信ではなくてモノを作る方向にコミットしてますし、そこに「なんで僕はできないんだろう…」という未練のようなものは、あまり無いです。編集部:なるほど。この流れで、遠藤さんの「出来ないこと」の話をもう少し。遠藤:あります、さきほど「勉強で困ったことはほとんどない」と言いましたけど、僕は生活能力が圧倒的に低い(笑)。編集部:生活能力ですか。研究と会社と、ご多忙の中でどう管理してらっしゃるのですか。遠藤:日本に帰国してから「スケジュール管理が苦手なんだ」と気づいて、そこからは自分1人でやらないようにしました。事務を担当してくださる方に頼ってますね。そうでないと大事なスケジュールも遅れたり忘れたりして、怒られるんです。時間の計算ができないんですかね…。編集部:意外な一面といいますか…。遠藤:あとはコミュニケーション能力が低い。初対面で、「感じよくしゃべる」ということが苦手です。「頑張ってもうまくいかない」ですね。だから交友関係も少ない方だと思っています。編集部:それは学生の頃からですか?遠藤:そうですねえ、部活や研究室の仲間とはもちろん話しますけど、クラス単位の活動とかは積極的ではなかったかも。ギラギラしている目立つ子たち、苦手で(笑)。編集部:勉強もスポーツもできて、クラスの中心的存在だったのかなと思ってました…!遠藤:いやいや全然です。でもだからといって、さっきの為末の話と同じですけど、すごい社交的な友人を見て落ち込むことも無かったんで、そんなに気にしていなかったですね。「出来なかったことに引きずられない考え」をお持ちの遠藤さん。次回は、「自分の熱量を何に傾けるべきか」ということをお伺いしたいと思います。株式会社 Xiborgソニーコンピュータサイエンス研究所プロフィール
2016年10月24日発達障害のある小5の息子が、自分からお手伝いをしてくれた日出典 : 我が家には発達障害の息子と、定型発達の娘がいます。小5の息子にはADHD、アスペルガーの診断が出ています。ちょっとしたことですぐにイライラしやすく、手先が不器用なところもあります。そんな息子が少しでも自分に自信を持てるよう、私はどんなに些細なことでも本人の頑張りを見つけたら褒めるようにしていました。ある日のこと、我が家の和室に洗濯物が山づみになっていました。これが目に入るといつも、「たたまなきゃ」とストレスの原因になっていました。ある日、夕食の支度をしようと動き出しながら、ふと和室を見て驚きました。洗濯物がたたんであったのです。出典 : 驚きつつも、嬉しくてつい聞きました。私「洗濯物、誰がやってくれたの?」息子「ボクだよ!」声をあげたのは息子。これには心底驚きました。たまに手伝いでやっても、とにかくブーブーと文句を言いながらやっていた息子が、自分からやったんですから。私「助かるよー!ありがとう!」心の底から出た言葉でした。その日の夕飯時、息子が嬉しそうに今日の出来事を報告し始め…出典 : 夕飯時に、息子が再度その話を掘り返しました。「ボクがたたんだの、スゴかったでしょ?!」褒められたい!頑張ったよ!そんな言葉が聞こえてくるような表情です。息子の成長になればという気持ちもあり、私は再度、助かったことを伝え、たたみ方の話などを持ち出し、本や相談機関から得た方法「より具体的に褒める」を実行しました。それに対し、喜ぶ息子。私も嬉しかった気持ちを「意識して」伝えました。するとそこへ割り込んで来たのは、夫の一言でした。「そろそろ、そのお話は終わりにしよう。」この言葉で振り向いた私の目に映ったのは、目に涙をいっぱいためた5歳の娘の姿でした。すぐに「しまった!!」と思いましたが、時すでに遅し。「私もたくさんお手伝いしてるのに、どうしてお兄ちゃんだけたくさん褒めるのぉぉぉーー!!」娘は泣きながら言いました。息子の障害を理由に、娘に我慢をさせてはいけない。わかってはいたけれど出典 : 娘の絞り出した言葉は、当然の言い分でした。自分からお手伝いをしてくれる回数は、娘の方が断然多いのです。洗濯物をよくたたんでくれるのも娘。たたみ方の上手さは同じだけど、むしろお片付けまで一緒にしてくれる事を考慮したら、私を助けてくれたのは、いつも娘でした。息子へは頭の片隅に「支援」があるので、褒めるのも意識して言葉を追加しています。でも、娘にはそこまでの配慮をしていなかった事が、この件でよくわかりました。健常のきょうだい児への配慮。これは、常に息子への支援で手一杯の私に、欠けていた部分でした。それでも気を付けていたつもりだったのに。娘へしわ寄せがいかないように、と思っていたのに。悩みは尽きない。けれど、工夫できることはきっとある出典 : 当事者への支援はそれだけでも大変なのに、2人以上子どもがいる家庭は、きょうだい児へのケアまで配慮しなくてはならない…。私たち親が、日々の支援で気を配らなくてはならないことは計り知れません。それはまるで、積んでも積んでも崩れる砂の山へ、根気よく砂を積むような日々です。いつか立派な砂山を目指して。今回の出来事でのせめてもの救いは、娘との関係が「理由や意図を伝えられる関係」だったことかもしれません。今後もその関係を続けていけることを意識し、娘のガス抜きができる時間を作っていく必要性を考えさせられました。
2016年10月24日アスペルガー症候群の娘が遊ぶ姿は、まるで蝶々出典 : 私の娘にはアスペルガー症候群があります。私が幼稚園を訪れると、園庭で遊んでいる娘を見かけることがあります。基本はひとりで遊んでいます。ふわふわと中途半端な位置で舞っていたり(笑)、ふわ~っと遊具のところへ行って遊んだと思えば、またふわ~っとどこかへ…その様子はまるで蝶々のようです。娘は自分のペースで、自分のイマジネーションの中で遊んでいるんだなぁと思いながら見ていると、私はとてもあったかい気持ちになります。幼稚園の先生方もそんな娘を暖かく見守ってくださり、空気や顔色が読めない娘の発言を「だからこそ真実味があって信用できて、心に響く」と評してくださったりします。周りの方のそんな言葉を聞くのはとても嬉しく、また娘を誇らしく感じていました。就学相談担当者から指摘された、娘の様子出典 : そんなある日、就学相談の担当者の方が幼稚園での娘の様子を観察しに来ました。その担当者の方の口から娘の様子を聞くと、・ホールに集合してみんなで先生の話を聞いているときに、誰に何の断りもなく水を飲みに行った・自分の近くに置いてあるペンをお友達に「取って」と言われても、名前を呼ばれるまで自分が言われていることに気づかなかったなど色々な指摘をされましたが、あの蝶々のように遊ぶ娘の様子についても報告がありました。ジャングルジムに登って、そこにいたお友達とちょっと喋ったと思えば、園庭の隅にある、娘お気に入りの葉っぱを取りに行き、そこへいた年少さんと少し言葉を交わし、今度は砂場で遊んでいたお友達に声をかけたと思えば、ふらふら~っと今度は鉄棒のところへ行って前回りを数回、その後…と、いつも見かけるような様子を微笑ましく聞いていたのですが、担当者の方はこう言いました。「お友達とじっくり関わったり、腰を据えてじっくり遊ぶことがなかったですね。」他の子にはない娘の良いところを、つぶしたくない!出典 : まるで娘の遊び方に問題があるかのようなその言葉に、私は考えさせられました。「うーん、私は全然そんなこと問題だと思わないんだけどなぁ…むしろ彼女の持つ空想力というか夢見がちなところを大事にしたいんだけどなぁ」そう思うと同時に、「ああ、これは大事にするっていうか、守ってやらなきゃ潰れてしまう!」と決意と危機感が合わさったような気持ちになったのです。娘の個性を大事にしたい。そう思えるようになったのは、自分の幼少期を思い出したから出典 : 今でこそこんな娘の様子を「守ってあげたい」と思うようになった私ですが、娘に「凸凹がある」と指摘されたばかりのころは、「娘のことがわからない」と悩んだこともありました。娘の個性を大切にしたいと思えるようになったきっかけは、自分の子ども時代を思い出したことです。親に「どんな子だった?」と聞くと、私は必ず「ちょっとませた、変な子だった。」と言われます。幼稚園の頃の記憶を思い返してみると、園庭の一角にあった小さな森のような場所が大好きでした。そこに一人で座って、リスやクマ、ウサギやシカなどの森の動物がやって来て、木の実でパーティーをやるという妄想をしながら遊んでいました(笑)。またある時は、朝食のパンに入っていた小さな四角いチーズを持って、「ここははネズミのお家に違いない」と思っていた建物のひび割れに空いた穴に詰めに行ったり。親や周りの大人からは「変な子」と思われていたかもしれないけれど、私にとってはとても幸せな思い出です。娘にもそんな素敵な思い出を大事にしてほしい。他の子と少し違うからといって、すぐそれを「問題」と決めつけて娘の個性をつぶしたくない。そう考えた出来事でした。「わが子のことが分からない」と行き詰まったときは、自分やパートナーの子どもの頃はどうだったか?と周りに聞いてみたり、思い返してみたり、家族で話してみてはいかがでしょうか。
2016年10月23日学校とのトラブル、たくさんの家庭からの相談から見えてきた法則は?出典 : こんにちは、國學院大學教授の池田行伸です。私はこれまで、高等学校のスクールカウンセラーとして、定期的に学校の教育相談室に勤務し、カウンセリングにあたってきました。また、小児科外来の心理担当としても、医師が診る範囲外であると判断があった場合、患者さん・親御さんの相談にあたるという職務も経験してきました。心理担当に回ってくるのは、不登校など学校と家庭と子どもとの関係が入り組んでいるケースなどで、場合によっては学校に直接出向いて糸口を探ることもあります。担当中、受診していた子どもが学校に行けるようになり、それと同時に健康を取り戻すという嬉しい出来事もありました。解決したケースを振り返ると、筋道をたてて根拠に基づいてタイミングを図りながら間を取り持ち、コミュニケーションが成立した場合がほとんどです。これまで経験したエピソードをお伝えするとともに、問題に直面した場合、どんな解決策が考えられるのか一緒に探っていきましょう。「私たちは学校にいじめられてきた」 − 高校でのカウンセリングで出会った事件出典 : 週に1日の出校日、教育相談室に着くなり、教育相談担当教員から「今日、生徒と親を呼んでいます。もうすぐ来られると思いますので対応お願いします。」と告げられました。教育相談担当教員から手短にその生徒の状況を聞き出しますと、その生徒に忘れ物が多く生徒指導の教員から苦情が来ているというのです。その生徒は入学したての1年生の女子で、制服に付けなければならない蝶ネクタイを頻繁に忘れ、生徒指導部に借りに来ていたとのこと。きつく叱って指導し、家を出るときにも確認するよう何度も注意したが改善しない、と怒り気味に訴えてきました。このような話が聞き終わるか終らないかののち、生徒とその両親がやってきました。出典 : <span><a class="linkclass" href="">善良そうな会社員風の父親と少しうつむき加減の母親、そしてその女子生徒です。椅子に座らせ、こちらが名乗ってあいさつした次の瞬間、やさしそうな父親が口を開きました。「この子が小学校に入ってからずっと私たち親子は学校にいじめられてきました。私たちがいったい何をしたというのでしょうか」。決して悪意を持って攻撃するような言い方ではなく、むしろやさしく問いかけるような語り口でした。娘さんは高校に入り電車通学時にたびたび乗り間違えをし、遅刻したり帰りが遅くなったりすることがあったようです。「お聞きしたことを学校教育での指導に活かさせていただきます」と伝え、まずはその日の相談が終わりました教育相談担当教員に、この生徒には注意障害があるかもしれないこと、それゆえ忘れ物をきつく叱ると心が傷つき逆効果になることなどの一般的なことがらを話し、注意障害の対応に従って指導するほうが良いと告げました。その後、生徒はきつく叱られることなく普通に過ごしていると報告を受けました。その生徒に注意障害の可能性があるかもしれないことが生徒指導教員に伝えられ、蝶ネクタイの忘れ物があってもきつく叱らずただ貸し出せばよいことが伝えられたのです。このことが学校で共有され、職務上厳しく生徒指導をしなければならないと思っていた教員の意識が変わったのでした。ただあの時の父親の「私たち親子はずっと学校にいじめられてきた」という言葉が今も脳裏に焼き付いています。学校にその子の特性を理解してもらえず、子どもの奇妙な行動を指摘され続け、親のしつけの甘さなどを暗に批判され、長年親子で悩み苦しんできたであろうことを思うと、申し訳ない気持ちになりました。母親と学校の間に募る不信感 − 小児科外来の心理相談にて出典 : 附属病院の小児科外来で心理相談をしているときにも、子どもの盾となって学校と対峙する親に出会いました。母親に連れられて、男子中学生が私の部屋に訪れました。母親は、現在子どもが中学校に行けなくなり家にいること、そうなった原因は中学教師が自分の子だけ理不尽に叱ったからであり、その後の学校の対応に誠意がないと訴えました。小児科を不登校で受診したのですが、医師として行うような治療はないので、心理で話を聞いて欲しいと、私のところへ相談が回ってきたのでした。このような場合、安易に「それは学校にも問題がありますね。」と言うと、親は「やっぱりそうだ、学校が悪い」と、学校批判を強めて火に油を注ぐ結果になりかねません。小児科医局の研修会では「それは学校が悪い」の一言は問題をさらに複雑にするので、苦しまぎれにそのような言葉を吐かないようにとスタッフに注意してきました。母親から話を聞いた後、私が学校に行って直接話を聞いてきても良いかと親子に尋ねました。二人ともけげんな顔をしていましたが、「お母さんが学校に伝えたいと思っていることを伝えてきます。担任に会ってどうしたら学校に行きやすくなるか話してきます。」と言うと「お願いします」と言って承知してくれました。この問題は、小児科外来で定期的に話しても解決するようなものではないと思ったので、そのような提案をしたのです。出典 : <span><a class="linkclass" href="">親と学校が険悪な状態に陥っているこのような場合、子どもにとって学校に行くことは一人で敵地に乗り込むことにほかなりません。登校したくなってもできないでしょう。この時私は地方の大学の教育学部の教員でしたので学校に行くことにさほど抵抗がありませんでした。先方の中学校に電話すると話し合いの場を設定してくれ、教頭、担任、学年主任など数人の先生方と話しをすることができました。学校側のその母親に対する認識はやはり「モンスターペアレント」でした。母親が学校に抗議に来るので母親からの電話には、教職員がいつもピリピリしているとのことでした。小児科での見立てを説明し、母親も一生懸命なのだが言葉が足りないのかもしれないとも話し、なんとか母親と学校の溝を埋めようとしました。学校も何とかしなくてはいけないと考えていたところだと言いました。その子の特性として級友と共同歩調をとりにくい面があるかもしれないと言い、このことは母親にも伝えてあるが、そこだけに着目した指導はしないほうがいいのではないかと意見も述べました。教員は、「分かってはいるが、ついつい目が行き、叱りつけていた。今後はあらためて指導方法を練り直したい」と言ってくれました。また、「母親の子どもを思う気持ちは分かったので何とかして生徒と接触できるようにしたい」とも言ってくれました。その後母親から、自分が働きに出ているときに、担任が何度か家庭訪問してくれた、誘われて子どもが数回登校したと、小児科外来受診時に報告を受けました。私との面談の時、母親は思いのたけをぶつけてきましたが、回を重ねるごとに学校に対する攻撃が鳴りを潜めました。同時に子どもの表情にも明るさが出てきました。このような経過を経て生徒は登校するようになりました。ずいぶん後になって子どもが専門学校に進学でき元気に通っていると母親から連絡をいただきました。非難、批判合戦から科学的教育へ出典 : 親が子どものことで一生懸命になり過ぎるあまり担任とぶつかり、間に入った学年主任や教頭とも険悪になり、家庭対学校の対立の図式が出来上がることがしばしばあります。上記の例以外にもたくさん経験しました。特に発達障害などの疑いのある子どもの場合、容易には対立が解消されない傾向にあるように思います。学校でいじめられた、教師にひどいことを言われたなどと子どもから聞いた親は、学校はなんてひどいところだと怒りの感情が先に出てしまうでしょう。一方教師は、一人だけ別なことをする子に手を焼いていて授業ができない、他の生徒の被教育権が奪われる、などとといきり立つことでしょう。そんな両者が穏やかに話し合うことは理想ではあっても困難なことだと思います。平静さを保っているように見えても、心の底ではお互い分かり合えない複雑な感情を抱いている。そんな状態では、学校は家庭がもっとしっかりやるべきだと考えるし、家庭は学校が悪いから自分の子がおかしくなったと考えるわけで、お互いの不信感がつのるばかりです。さらに母親は、「子どもがおかしくなったのはお前の育て方が悪かったからだ」と夫や義理の両親からなじられている場合もあります。子どもの回りにはこのような批判や非難が渦巻いているのです。このような状況をどのように解決すれば良いのでしょうか。今のところの解決法は、親が発達支援センターや小児科等の専門医を訪れて子どもの状態を客観的に観察してもらい、それらの情報をスクールカウンセラー等を経由して学校に伝えてもらい、その子の特性に応じた指導をするようお願いすることだと思います。学校は、必要に応じて専門家の派遣を教育委員会等の管轄組織にお願いし、そこからアドバイスを受けることもできます。ただし現在のところ第三者的存在が十分機能しているとは言えません。上記のような枠組みの中で何度も挑戦しながら経験を積み、新たな教育体制を作り出さない限り家庭と学校の非難合戦は無くならないと思います。自分の子どもが学校で正しく教育を受けていないと感じる親は、学校に対する不満や怒りをぶつけるだけでなく、客観的データ、科学的根拠に基づいた教育を行うよう学校に申し出るべきだと思います。その時には、ぜひスクールカウンセラーを有効活用してください。
2016年10月22日ADHDの息子は片づけが苦手…と、思いこんでいた!Upload By かなしろにゃんこ。ADHDの息子・リュウ太の部屋はとにかく汚い!部屋の掃除は月に一回すればいいほうで、息子の部屋から細かいゴミが廊下や階段に飛んできて散らかるほどです。掃除が苦手なのだとばかり思って、「誰かと一緒に暮らしているうちは、同居人に気をつかって片づけなさい」と注意していたのですが、息子はいつも良い返事をしません。どうしてそんなに片づけを拒むのか聞いてみると…「散らかってるほうが落ち着く」「思い出のあるものは捨てたくない」という驚きの答えが!なんと出掛けたときに買い物をしたときのレシートも思い出の品だと言うんです。私がゴミだと思っていたものは、彼の中ではゴミではありませんでした。だから片付かないのか!!物を大切することは良いことですが、どんなものにも愛着を持ってしまう気持ちには驚きでした。「片づけない」というのも、息子なりの解決方法…?Upload By かなしろにゃんこ。それから、目の前にものが見えていないと生活ができないということも分かりました。棚のなかに物が隠れると上手に探せなくなってしまいます。上の物をどかして下に探し物があるかどうか確認する動作や、記憶をたどって物をどこにしまったか思い出すことが苦手だからです。そのため物をどこかにしまうよりも、部屋中の置けるスペースを使って広げておくほうが生活しやすいようなのです。そういえば以前、ADHDがある人の生活を紹介したドキュメンタリー番組で、洋服などをタンスにしまわずに床に並べているところを見たことがあります。なんだか息子に似ているな~と思いました。これも息子なりの、自分のADHDの特性に対処する方法なのかなと思います。ただそれを理解して受け入れるのには、もう少し時間がかかるかもしれないと思う母なのでした(笑)。
2016年10月22日私の愛すべき家族
育児に遅れと混乱が生じてる !!
こどもと見つけた小さな発見日誌