2021年3月5日 12:30
「え。今日何もしてへんの?」どうして自分だけ…不妊治療、一番苦しめたのは心の闇だった
「実現するかどうかわからない自然妊娠を待つのではなく、2人ともサラリーマンである今、経済的に余裕のあるうちに積極的に治療に取り組んでみようって決めました」
データから成功を願うもかなわなかった人工授精
不妊治療は、タイミング法、人工授精、体外受精・顕微受精の順にステップアップする。かかる費用も段階を追うごとに高額になる。夫婦が次に選んだ治療は、人工授精だった。
「データ的には人工授精でも厳しいとは言われていたんですが、授かったらそれはそれでラッキーだね、ということになりました」
だが3回試したものの、成功はしなかった。
どうして自分だけーーー。
再びこの言葉が襲いかかってきた。治療前にクリニックで見せてもらったデータが頭をかすめる。20代の人工授精の妊娠率を示したあのグラフ。
「あぁ、私はまたグラフの“成功”の割合から外れるんだなぁって。ひどく落ち込みました」
高額な顕微受精へ精神的に追い詰められ
医師に促され、すぐに顕微授精に切り替えた。顕微受精とは、顕微鏡下で卵子に直接精子を注入し、体外受精する方法のこと。かなさんは人工授精の時からホルモン注射は打っていたが、顕微授精となると何個も卵子を育てる必要があるため、注射の量も期間も種類も増えた。
この頃、かなさんは“妊娠=成功”という考えで凝り固まっていた。
「当時は本も読めなくなっていましたし、休みの日も妊娠のことばかり考えていました。うつの一歩手前だったかもしれません」と振り返る。どんどんのめり込む妻を、夫は何度もたしなめた。
「もうやめようよ」
「そんなに急がなくてもいい」
「二人でも楽しいことはたくさんある」
「仕事の環境を変えてみたら?」
「養子っていう方法もあるよね」
「子どもが欲しいからじゃなくて、俺と一緒になりたいから結婚したんだよね?」
しかしどの言葉も耳をすり抜けていった。
初めての顕微受精。結果、いくつか状態の良い受精卵ができ、より良い受精卵を選んで体内に戻した。かなさんの場合、顕微受精に向けた事前の検査やホルモン治療、薬代もひっくるめると、1回の顕微受精で約100万円かかった。あとは順調な経過を待つだけだった。