子育て情報『仕事復帰する。そう決めただけで、こんなに気持ちが変わるなんて。 / 第3話 sideキリコ』

仕事復帰する。そう決めただけで、こんなに気持ちが変わるなんて。 / 第3話 sideキリコ

 

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仕事復帰する。そう決めただけで、こんなに気持ちが変わるなんて。 / 第3話 sideキリコの画像

出典 : Upload By さいとう美如


第3話side キリコ

週末を岐阜で過ごし、また始まった川口での月曜日。

キリコ「あー、しんどい。体重い…」

一泊二日で義実家に泊まるとものすごい疲労感と、金曜日に残してた家事が私のやる気スイッチを完全にオフにしてしまう。

そんな事情などお構いなしに奏太はフルパワーで朝から遊びたがっている。

あぁ、録画しておいたアンパンマンを見ようか。次はどうする?戦隊もの?電車のDVD?

ひとまずテレビに奏太をお願いして、私は最低限の家事をこなした。

キリコ「…うおー、終わった」

奏太「終わったの?じゃ、公園いこ!みどりのボール持ってこ!」

キリコ「ちょちょちょちょ!お着替えしないと。それパジャマだよ?」

奏太「いいの!」

キリコ「良くないよ?てかさ、ちょっと休ませてよ…。ママ動けないよ…」

休みたい。一時間でいいからぼーっとしたい。

奏太「もう行くの!はやく!」

キリコ「そ…!」

思わず大きな声を出しそうになった時、ソファーの上にある私のスマホが鳴りだした。

なんだよ、なんだよ。今度は誰だよ。

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キリコ「………わ!」

――土曜の夜、私は義実家の布団の中から「来年の四月から仕事できます。仕事ください」というメールを2つの会社に送っていた。

1つはインターネット広告事業をしている「ヨリミチ日和」という会社。

夫と出会った料理教室に参加したのは、ここの会社で「料理系」の記事を書くことになって困っていたからで、私がもともと料理上手だったら奏太は生まれてないわけだから、欠点も時には役に立つもんである。

そしてもう1つは「RAIRA」。

フリーペーパーの制作会社で、こちらは結婚したあとにタウン誌の記事を数回書かせてもらい、今後も色々と依頼したいですと言われた矢先に妊娠が発覚。

つわりで記事など書けず、連絡が途絶えていた。そんなぐだぐだなライターのスマホが鳴っている。

液晶には「RAIRA」と表示されているではないか!

私はすっと立ち上がるとキッチンに隠してあったチョコを探した。

キリコ「奏ちゃん、ママ、大切な電話だから、これ食べて待ってて」

奏太「わぁ!チョコだぁ!やったぁ!」

大喜びの奏太を見てうなずくと、私は立ったまま電話に出た。ドキドキドキドキ……。

キリコ「…はい、もしもし」

男性「キリコさん、お久しぶりです」

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私の担当は女性だったよね?この人は…だれ?

男性「神林です」

あぁ、あの30代前半の青白い顔の人か。

私が担当さんとの打ち合わせに行ったとき、「僕にも挨拶させて」と急に会議室に入って来て、話にいちいち突っ込みを入れていた人。話が進まないし、人の話聞いてんの?という感じだった。

キリコ「あ…お久しぶりです。あの私の担当の…」

神林「白石は去年、退職しました」

キリコ「…あぁ」

神林「それで白石のメールはぼくが引き継いでいたので、キリコさんのメールを読みました」

キリコ「…ありがとうござい…」

神林「それでさっそく本題なんですが」

相変わらず話を聞かない感じに、イラッとするけど大人だから我慢するよ、できるよ。

神林「今、急ぎのものが一本あるんですけど、やれますか?取材は済んでいます」

キリコ「…あー」

神林「ネット版“RAIRA”にアップされる記事で、さいたま新都心にあるマウンテンヌードルっていうラーメン屋の紹介文です。先月オープンしたんですが、なかなか集客できなくて苦戦しているそうで。

キリコ「あの…」

神林「取材内容は音源で送ります。文字数は見出し30字、本文1000字です。〆切は土曜の夕方でお願いします。キリコさんから原稿をもらったらチェックしてすぐにアップになります。どうでしょうか」

えーっと、4月に奏太が入園してから仕事を…と思っていたのだけど。なう、ですか?

キリコ「…あのー、メールにも書いたんですが」

奏太「ママー、まだチョコあるー?どこにあるのー?」

チョコを探してウロウロし始めた奏太に視線を送ると、こたつの上に置かれたままの戸建てのチラシが目に飛び込んだ。…そもそもメールを送った理由はなんだった?キリコ、思い出せ。

お前は仕事をする目的があったはずだ。

キリコ「あ…何でもないです。はい、やれます。やらせてください」

もらえる仕事をちゃんとこなせていれば、入園後にがっつり復帰できるかもしれないし、今は細い糸でもちゃんと繋ぎとめておかないと。

そんなこんなで私は思ったより早くライティングの仕事をすることになった。4年半ぶりに。

あー、仕事を請けてしまった、請けてしまったんだわ。どうしよう、いったん、夫にラインで伝えて…。

ワタワタしていると、神林からさっそくメールで音源が届いた。

――カンカーン!

と頭の中で鐘が鳴り、〆切までのカウントダウンが始まった。

わー、これこれ。頭の芯がピリッとする感じ。懐かしい興奮。アドレナリンが湧き出てくる。

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奏太「ママ~!早く公園に行こうよ!」

奏太に腕を引っ張られ、我に返った私は奏太に笑顔を向ける。

キリコ「奏ちゃん、10数えるうちに着替えられるかな?」

奏太「え?」

キリコ「よーい、スタートッ!」

奏太「あ!待って待って!」

本当に自分でも単純だなと思うけど、好きな仕事をやれると思ったら気持ちが急上昇している。

早く仕事内容を読みたくてソワソワしながら、着替えを終えた奏太とパン屋に行き、公園のベンチでパンを食べた。あぁ、今日は空がきれいだなぁ。

奏太「ごちそうさま!」

いつもなら「ちゃんと食べてから!」と怒っているだろうけど、今日はパンを少しかじっただけでボール蹴りを始めてしまった奏太に微笑みつつ、スマホでカレンダーを見た。

キリコ「うーん…土曜までってことは、一週間くらいあるし、見出し30字、本文1000字なら余裕かな。奏太を産む前は一日3000字を平気で書いていたし」

スケジュールの見通しがついてスッキリした私は足元に転がって来たボールを足で止め、「奏ちゃ~ん!行くぞ~!」と言いながら蹴り返した。

奏ちゃんのママ。満の妻。そしてライターのキリコさん。

自分の呼び名が増えるだけで妙に誇らしげになるから不思議だ。

――あぁ、公園で遊び過ぎたのがいけなかったのか。午後に珍しく1時間ほど昼寝をした奏太は22時になっても起きていた。

「今夜は仕事しよう」と思っていた私は奏太の昼寝中に張り切ってデスク周りの掃除をして疲れてしまった。

あげく、夫から「新規事業を任されたから今日は遅くなる」というメッセ。

キリコ「…ねぇ、奏ちゃん、眠くないの?」

奏太「うん!ねぇ、ママ!くるまであそぼ!」

あぁ、寝てしまいたい。すべてを放棄して寝てしまいたい。

夕飯後の皿洗いも、散らかりまくったおもちゃの片付けも、奏太の歯磨きも…。

ウトウト…しかけて、瞼の裏に「屋上庭園のある家」が浮かんだ。

いかん!とにかく、寝かしつけるまで頑張ろう!

私は自分の重たい体を無理矢理起こし、奏太の夜のお世話をせっせとこなした。

一緒に布団に入り、絵本を5冊も読んで寝かしつけを頑張った。頑張った!寝た!寝たぞ!奏太が寝たぞ!

さぁて!今夜どこまで作業できるかな!?

ライターキリコさんのお通りだい!まずは音源の文字起こしをして…。

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キリコ「………はっ」

寝間着姿の夫がいびきをかいて爆睡してる…。

今、何時?

おそるおそるスマホを見ると、「3:33」。

キリコ「ゾロ目~、ゾロ目~。………はぁ。仕事を請けたことを伝えてあったんだから、起こしてくれよ。…うぅ、寒い」

寝ている夫に完全なる八つ当たりを囁き、私は眠さと寒さに耐えられず二度寝することにした。

明日がんばる。明日…。ぜったい…。

――執筆しなきゃ!という焦る気持ちがあるものの、日々の家事や育児をサボる方法もなく、とにかくこなし、これはもう昨日のように昼寝をさせるしかない!

奏太のお外遊びを長めにし、寝かしつけ作戦は成功した。

…しかし寝落ちより恐ろしい事態が起きた。

キリコ「どうしよう…」

この4年半で私のライティングスキルはすっかり落ちてしまっていたのである。

でもそんな事情などお構いなしに、夫は終電帰宅だし、明日は川口つばさ幼稚園のプレがある。

ひとまず「ライターのキリコさん」はお休みしなければいけない。

翌日。プレ終わりに園庭で遊ぶ子どもたちを見つつ、私は焦りを吐き出すようにママ友たちに話を聞いてもらった。文乃「それは大変だねー!でもさー、家でやれる仕事を持っててすごいよ、キリちゃん」

歩「そうだよ!私もリョウが入園したらパートしてお小遣いを稼ぎたいなぁ。自分のお金で好きなものを買いたい!」

文乃「だねー。私も子どもの習い事代くらいを稼げればいいなぁ」

ふと、入園後の自分たちが頭に浮かぶ。子どもたちは幼稚園に行き、ママたちはパートに出て、降園後もみんなそれぞれ習い事があったりして。

今みたいに一緒にいる生活も入園後は変わっちゃうのかな。なんだか寂しいなと思っていると、同じクラスのママが話しかけてきた。

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ママ「あの…ハル子ちゃんって引っ越しちゃったんですよね?」

歩「あ、はい」

ママ「それであの…ハル子ちゃんって、願書キャンセルしたか知ってますか?その…入園金って戻ってきたのかなぁって思って」

歩「あぁ」

ママ「実は…うちも転勤になるかもなんです。入園金は払っちゃったから、ちょっと困ったなぁと思って…」

文乃「それなら戻ってきたって言ってましたよ」

キリコ「確か、返金不可ってプリントに書いてあったけど、9割返金してもらえたって」

ママ「あぁ、よかったです。ありがとうございます」

ほっとした表情で去っていくママを見ながら、こんなギリギリに引っ越しするなんて大変だなぁなんて思っていると、スマホが鳴る。母・花代だ。

母は4年前、鹿児島の実家で一人暮らしをしているおばあちゃんが心配だと、栃木の家を出ていき、それ以来一度も戻ってきていない。

私の父は家事も育児も母に丸投げな仕事人間だから、母は愛想を尽かしたんだろうと私も姉も思っている。

この4年間、電話もたまにだし、メールも時々だし、考えてみたらこの半年くらい話してなかったのかも。

何かあったのかな?少し不安になりつつ電話に出ると、気の抜けた母の声が聞こえてきた。

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花代「あー、キリコ?お母さん、とうとうスマホにしちゃった。カメラで話したりもできるんでしょ?どうやってやるの」

キリコ「……」

そんなこと携帯ショップで聞いてよと思いつつ、カメラ通話へ切り替える方法を教えると、画面に母の顔がアップになる。

花代「キリコ、老けたねぇ!なんか疲れた顔しとるわ」

久しぶりに娘の顔を見た母の第一声って、それで合ってますかね?

キリコ「……お母さんは肌ツヤいいじゃん。ストレスフリーなんだね」

花代「あははっ!」

キリコ「私はね今、ストレスマックスなのよ。超バタバタなの。奏太の幼稚園プレもあるし、それに今少し仕事しててさ。そんでまたパパも仕事が忙しくて。家の中もひどいことになってるし。そりゃ疲れた顔にもなりますよ」

大きくため息を吐く娘を母は嬉しそうに見ている。

花代「いいじゃないの。じゃんじゃんやんなさいよ。子育てが終わったら、なんて言ってるとね、あっという間に年取って、仕事をやる気力も体力もなくなってくるから」

キリコ「…そういうもんかね」

「いつ栃木の家に帰ってくるの?お父さんともう一緒に暮らさないの?」と聞こうとしてやめた。

私の足元にいた奏太が私のコートのポケットに小石を入れ始めたことに気づいたからである。

キリコ「うぉい!こらっ!!お母さん、じゃあまたね!」

キャパオーバーの今、両親の心配までする余裕がない。

今日も夫の帰りは遅いのかな。仕事が終わらないから家事を手伝ってほしいのだけど…。

あぁしかし。夫の新規事業ってなによ。

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▶︎▶︎ 次回、第4話は、2/16(金)公開予定!

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