思春期の娘との悩みを、静かに打ち明けた/ 娘のトースト 5話
口調をあらためて中村さんが言い、私はカップから口を離す。なんでもどうぞ、という気持ちだった。
「実は、僕にはパートナーがいまして。男性なんですけど」
「ん?」
間抜けな声を出しながら、私はコーヒーカップをソーサーに置いた。ガチャンという音が、周りに響いた。

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バターで炒めたタマネギに小麦粉を入れ、温めた牛乳を少しずつ加える。ダマにならないように、ゆっくりとかきまぜる。
鍋の中の白をじっと見つめながら、さっきの喫茶店での会話を思い返す。
中村さんは少し緊張した顔でカミングアウトをすると、そのまま私に「お願い」について話をした。
なんでも、夏に身内で小さな結婚式を挙げる予定らしい。「もちろん、法律的な結婚ではないんですが」と、中村さんは説明した。
そして、私にその会場の装花をお願いしたいという。
「すみません、どさくさまぎれのお願いみたいになってしまって。驚かせちゃいましたよね」
「それは、まあ、すごくびっくりしたけど」頭を下げる中村さんに、私は正直に言った。
「でも、同性を好きになる人は左利きの人と同じくらいいるって、ネットにも書いてあったし」
私がそう言うと、中村さんは「ありがとうございます」と嬉しそうに笑った。
グラタンの焼き加減

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実際、中村さんのカミングアウトに、私はそれほど衝撃を受けなかった。いや、まあ、すごく驚きはしたけれど、それはわずかな間しか続かなかった。
最初の驚きがしずまって、それから私が感じたのは「よかったなあ」という気持ちだった。仕事相手でもあり友人でもある中村さんに、大切な人がいてよかった。
それから、常連の山口さんの「会計士さんと再婚なんていいんじゃない?」なんていう言葉を真に受けて、その気になったりしなくて本当によかった、とも少し思った。できあがったホワイトソースに海老やマカロニを混ぜ、それをグラタン皿に盛ってチーズをのせる。
そろそろ、唯が帰ってくる。「友達の家で勉強してた。もうすぐ帰るね」と、さっきラインがあった。
オーブンからグラタンの焼く匂いが漂いはじめた頃、唯が帰ってきた。「ただいま」とリビングに入るなり、「いいにおーい」と鼻をクンクンとさせる。
「おかえり」と私が言う後ろで、オーブンが焼き上がりを知らせる。
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