感覚過敏でも「着られる冬服」の条件は?着心地、体感気温の違いに悩んだ数十年を経て出会えた着心地のいい服
高級ウールのニットが着られず母に叱られていた幼稚園〜小学校時代
当時は自覚もなく、誰も知らなかったものの、小さな頃から感覚過敏のあった私。着る服には苦労しました。秋冬になると特に、暖かい獣毛でできたニットなどの服が増え、これらが私にはチクチクするのでしんどかったのです。
祖母が質のいいウールの毛糸を使い、素敵なセーターなど編んでくれるのですが、これがどう着てもチクチクする。特に、祖母が腕をふるって編んだ模様編みのところなど、デコボコ部分のゴロゴロした感じもあいまって、本当につらいのです。
チクチクしてしんどい、と訴えても、当時は誰も感覚過敏などという言葉は知りません。「高級なウールを使っているのに。おばあちゃんが愛情込めて編んでくれたのに、あんたはなんてワガママなの」と母に叱られ、無理に頑張って着ていましたが、首などの皮膚は真っ赤になってしまい、学校が終わる頃には不快刺激に耐え続けたことでぐったり疲れ切ってしまうほどでした。
周りとは体感気温の感じ方が違いすぎてつらかった中高校時代
中高になると、もともとの自律神経の不安定さに加え、二次障害での自律神経の乱れも加わったのか、まだティーンなのに更年期? と思うほどのひどい冷えのぼせを感じるように。
夕方、教室に西日が入ってくる時間帯など、クラスの私以外みんながセーターを着込んでいるのに私は顔を真っ赤にしてブラウス1枚になり、ブラウスの腕をまくりあげ、ネクタイをゆるめて下敷きで顔をあおいだりしていました。それで手足は氷のように冷たいという……。
通学電車でも、車内が暑くてクラクラしてくるほどで、コートを脱ぎジャケットを脱ぎセーターを脱ぎ……という感じでした。
今でこそ、自分には自律神経の問題があったのだろうと推測することができますが、当時はともかく漠然と「自分がだらしないからだ。みんなこういうのを顔色にも出さないように我慢してるんだ。それに比べて私は……」と思っていました泣
制服のセーター、ブレザー、コートにはウールが使われており、これらはやはりチクチクしました。ウールなんてみんながチクチクするものだろうと思っていたので、みんな文句も言わず我慢して着ていて偉いなあ、などと思っていたものです。
大人になっても、不快なものを我慢して着ていた
大人になっても、自分が何が着られて何がダメなのかが分かっていませんでした。