子育て情報『日本のラジオはここからはじまった。放送の歴史と技術を振り返る「NHK放送博物館」【日本と世界のサイエンスミュージアム】』

2019年10月17日 14:00

日本のラジオはここからはじまった。放送の歴史と技術を振り返る「NHK放送博物館」【日本と世界のサイエンスミュージアム】

日本のラジオはここからはじまった。放送の歴史と技術を振り返る「NHK放送博物館」【日本と世界のサイエンスミュージアム】


NHK」といえば、テレビとラジオの公共放送をしている放送局と知られていますが、正式名称を「日本放送協会」といいます。そのNHKが運営しているのが、1956(昭和31)年に開館した世界初の放送専門博物館「NHK放送博物館」です。

これまでの【日本と世界のサイエンスミュージアム】はこちら

愛宕山の上にある世界初の放送専門博物館

このNHK放送博物館は、標高25.7メートルの愛宕山の上にあります。これは、日本でのラジオ放送発祥の地であることと関係しています。電波は建物や山などに遮られると弱くなってしまう性質があり、地球自体の丸さの影響でアンテナから遠いほどその影響が顕著になるので、なるべく高いところにアンテナを設置する必要があります。

1925(大正14)年当時は高い建物が多くなかったこともあり、この地が選ばれました※。公共交通機関で向かうと少し登ることになりますが、エレベーターも設置されているので、臆することはありません。

当時、NHK放送博物館候補地はいくつかあった。最終的にここが選ばれた理由は不明。

日本のラジオはここからはじまった。放送の歴史と技術を振り返る「NHK放送博物館」【日本と世界のサイエンスミュージアム】

愛宕山の下から見上げる

放送と通信の違い

ところで、最近は動画番組をインターネット(通信)で見ることも多いため、放送と通信の違いを意識することが減りましたが、2005(平成17)年に「放送と通信の融合」が提案されるまではひとつの企業で両方を提供することは原則禁止されていたほど、大きな違いがあります。

今でも、主に電波を用いてテレビ(受信機)に一斉に情報を送れる“放送”と、送(受)信側と受(送)信側を一対一で接続するため一斉送信に向かない“通信”では、災害時の情報伝達での優位性など明確に役割が異なる点があります。

画像: 1932〜1977年ごろの放送用マイクとラジオ

1932〜1977年ごろの放送用マイクとラジオ

放送の「技術」と「番組」の歴史

放送博物館では、放送に関わる装置という技術的側面と、内容・番組といった歴史・文化的側面を年代に沿って辿ります。太平洋戦争(第二次世界大戦 1941〜1945年)前後のころは、ラジオ放送が一斉に声を伝えられる唯一の手段でした。1936(昭和11)年に発生した陸軍青年将校らによる二・二六事件では、クーデター放送が行われることを警戒して、現役の放送局であった愛宕山を憲兵隊で警備を固めるとともに、投降を呼びかける放送も行われました。

また、終戦を知らせる玉音放送は、1938(昭和13)

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