”特別警報” は生まれて初めて見るもので、少し不安がよぎったのを覚えています。
それでも「大丈夫だろう」と考えた私は、予定をキャンセルせずにそのまま電車に乗っていました。
強まる雨足、鳴り響く警報。私は危機感をどこまで持てたのだろうか
帰路につく頃には、雨もさらにひどくなっていました。行きの電車で見た特別警報は、数時間に1回通知が来るように。街中では避難を促す放送も流れていました。
住んでいる地域から離れていたので、避難情報を見ようとしました。しかし、サーバダウンでハザードマップが開けない。
公共機関の災害情報ページはアクセスできない状態でした。今ここにいても大丈夫なのか、どこへ行けば良いのか、私には判断できず、そのまま帰宅する選択肢を取りました。このとき、街行く人が特段パニックになっている様子はなかったです。普段より若干足早に行き交い、電停やバス停には多くの人がいました。
私は電停まで急ぎました。広島でよく利用されているローカルの公共交通機関があるのですが、それは滅多に運休にならないという認識です。ちょうど電停にたどり着いたとき、その電車は来ました。これが最終電車なのだと、そこで初めて知りました。