カツセマサヒコさんによる『anan』連載、ショートショート「傷と雨傘」。しんどい人生の中にある「捨てたもんじゃない」と思える瞬間を切り取ります。今回は『anan』本誌の特集に合わせて、ちょっぴり官能的なお話。
あなたはいらない。指だけ欲しい(32歳・ライター・雨音 さんの話)
テレビを見ていたらハンバーガーのCMが流れてきて、無性にそれが食べたくなった。正確には、ハンバーガーよりもその横に映っていた、大量のポテトに惹かれた。
ポテト。ファストフード。
デート。元恋人。
ふと頭の中で連想ゲームが始まって、すぐに元恋人に辿り着く。別れて間もないから、仕方ない。といえばそれまでだけど、もう三十を過ぎたのに未だに失恋で心乱されていることが恥ずかしい。
この部屋のせいかもしれない。彼女の私物は全てなくなったとはいえ、広くもない1LDKの至るところで、その気配を感じる。
たとえば、灰色のベッドカバーは彼女が選んだものだった。
好きな映画に出てくるベッドが灰色だったからと、ある日会社から帰ったら、俺のベッドは灰色になっていた。
クイーンサイズのベッドは一人で寝るには広すぎる。マットレスの真ん中に横たわり、大きく手を広げて、やっと端に届く。