くらし情報『【あの街の歴史エピソード】中央線沿線は文学者に愛される街だった?』

2013年7月3日 10:07

【あの街の歴史エピソード】中央線沿線は文学者に愛される街だった?

【あの街の歴史エピソード】中央線沿線は文学者に愛される街だった?
このコラムは、大袈裟なネタではないけれど、知っているとちょっと自慢できる「あの街の歴史エピソード」をご紹介しています。第二回は、杉並区の荻窪、阿佐ヶ谷、高円寺の中央線沿線周辺です。■井伏鱒二太宰治……そうそうたる作家が集い、酒を酌み交わした街荻窪、阿佐ヶ谷、高円寺界隈は、大正末期から昭和初期にかけて多くの作家や文学者が移り住み、活動していたことで知られています。「山椒魚」で有名な井伏鱒二を中心に、詩人で仏文学者の青柳瑞穂、「チャタレイ夫人の恋人」の翻訳で知られる伊藤整、昭和を代表する私小説家・上林暁らそうそうたるメンバーが「阿佐ヶ谷会」をつくって集い、酒と将棋を楽しみながら文学を語り合っていました。井伏鱒二を慕って近くの下宿に移り住んだ太宰治もメンバーの一人。ちょうど本名からペンネームの「太宰治」を名乗り始めた時期で、作家・太宰治が誕生した地ともいえます。井伏鱒二は「荻窪風土記」でこんなことを書いています。「新宿郊外の中央沿線方面には三流作家が移り、世田谷方面には左翼作家が移り、大森方面には流行作家が移つて行く。それが常識だと言ふ者がゐた。(中略)荻窪方面など昼間にドテラを着て歩いてゐても、近所の者が後指を指すやうなことはないと言ふ者がゐた。

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