くらし情報『勝海舟は船乗りに向いてなかったって本当?』

2014年8月10日 19:59

勝海舟は船乗りに向いてなかったって本当?

勝海舟は船乗りに向いてなかったって本当?
幕末から明治という新しい時代への橋渡しをした人物のなかでも、だれもが知っている勝海舟。言うまでもなく、坂本竜馬の師匠であり、江戸無血開城に成功した人物である。

海防に関する意見書を幕府に提出したことから、世に出るきっかけをつかんだのだが、じつは船が大の苦手。咸臨丸での渡米は有名だが、実際は船酔いでのたうち回っていただけ。ついには海の真ん中で、「船を下りる!」と騒ぎ出すなど、周囲を困らせるトラブルメーカーだったのだ。

■それでも船が勝海舟の人生を変えた

勝は何の役にもついていない超貧乏旗本に生まれる。幼少期は運よく江戸城に上がることができ、第12代将軍・徳川家慶の5男である徳川 慶昌(よしまさ)の遊び相手をしていた。うまくいけば家臣として出世できたのだろうが、残念なことに慶昌は14歳で亡くなってしまう。

出生街道が閉ざされ、家に戻った勝は家督を相続し、再び貧乏生活へと突入することとなった。

しかし、若き日の彼は剣術と蘭学(らんがく)に励み、28歳には蘭書と西洋兵学を教える2つの私塾を開くようにまでなった。その後ペリー来航を機に、幕府は広く海防に関する意見書を募集することとなる。そこで勝の意見書が目にとまったのである。

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