くらし情報『紫式部は二重人格だったって本当?』

2014年12月7日 12:34

紫式部は二重人格だったって本当?

紫式部は二重人格だったって本当?
日本を代表する女流作家・紫式部(むらさきしきぶ)。源氏物語という超有名な長編恋愛小説を描き、紫の上をはじめ、美しく教養の備わった女性たちを登場させているものの、本人は極めてゆがんだ性格で、ライバルたちを批判し続け、とくに清少納言をディスりまくっていた。

おまけに「源氏物語」の作者とも断定できず、後年に新訳を書いた与謝野晶子も「一人で書いたのではなさそう」と疑っているほど疑惑の作家だった!

紫式部、じつは正体不明?

「男もすなる日記といふものを、女もしてみむとて、するなり」という土佐日記の冒頭の一文は、誰もが一度は聞いたことがあるだろう。現代語では「男性が書いている日記を、女性もしてみようと思って始めました」の意味で、平安前期の当時、文学は男性のものだった。

実際は男性の紀貫之(きのつらゆき)が、私的なことを書くために女性に成り代わり、「かな文字」で日記を書いたとされているが、結果的に「女性も日記を書いても良いのかも!」という空気になったのかもしれない。

かな文字は女性にも親しみやすいものだった。なにせ当時、和歌が詠(よ)めなければ男女ともに結婚なんてできなかったのだ。たとえ、地位も名誉も金も美貌もそろっていたとしても、和歌が詠めなければ「ダサい奴」

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