本誌巻頭エッセイ、寿木けいさんの「ひんぴんさんになりたくて」。ひんぴんさんとは、「文質彬彬(ぶんしつひんぴん)」=教養や美しさなどの外側と、飾らない本質が見事に調和した、その人のありのままを指す、という言葉から、寿木さんが生み出した人物像。日々の生活の中で、彼女が出逢った、ひんぴんさんたちの物語。
春のはじまりにソウルを訪れた。
目的は、仕事と遊びが半分ずつ。隙間の自由時間には、古美術商街で知られる踏十里(タプシムニ)に行こうと予定を組んでいた。
古道具や工芸品が好きで、日本でも骨董市や骨董品店にちょくちょく出かけているが、いいなあと感じるものは、は、朝鮮半島に縁があるものが多い。それらの故郷で、好きなだけ観賞して買うことができたら、どんなに楽しいだろうと思っていたのだった。
外国でお店に入るときの心構えを教えてくれたのは、十歳上の姉だった。その国の言葉で「こんにちは」と挨拶をして、大切なものを見せていただくつもりでドアを開けなさいと、当時十一、二歳だった私に教えてくれた。
骨董品店が連なる踏十里で、ピンとくるお店を見つけ、姉の教え通り、アニョンハセヨ───と入ろうとしたそのとき、店の奥でギターを弾いている女性が目に入った。