くらし情報『“キング・オブ・スキー”が夫婦で平昌五輪へ「バカだと言われてもポリシーを貫く」』

2018年1月3日 11:00

“キング・オブ・スキー”が夫婦で平昌五輪へ「バカだと言われてもポリシーを貫く」

と弟は当時を語る。

家族のバックアップを受け、トントン拍子にスターダムにのし上がった渡部は高2だった2006年、トリノ五輪代表に選ばれる。’05-’06シーズンはW杯よりレベルの下がるコンチネンタルカップ(当時はW杯B)を転戦していたのだが、成績が急上昇し、五輪代表枠に滑り込む格好となった。

「トリノへ行ったらテレビで見ていたような人たちが周りにいて、同じ会場で競技ができることがうれしくてたまらなかった。成績は個人スプリント19位。“まあいいんじゃないか”という感じで見物的な感覚だった。日本勢のメダルは女子フィギュアの荒川静香さんの金1つ。全体が沈んだムードだったのに、僕ひとりでへらへらしてました」と苦笑する。高校生で五輪に出れば、そういう感覚になるのもやむをえないだろう。

■手首の骨折から恐怖心が生まれて

「手はすぐに治ったけど、無意識にかばうせいで、ジャンプのバランス感覚がおかしくなり、次第に恐怖心が生まれていったんです。負傷後の2シーズンは全くダメでしたね。彼が真の意味でアスリートの苦労を知るのはその先のこと。最初の大きな挫折は高3の時の手首骨折である。’06-’07シーズンを棒に振り、早稲田大学に進学後も不振が続く。

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