くらし情報『『みんなのうた』七尾旅人のあの曲は “身近な人の自死” から生まれたものだった』

『みんなのうた』七尾旅人のあの曲は “身近な人の自死” から生まれたものだった

2018年3月26日 16:30
 

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シンガー・ソングライターの七尾旅人
NHKの音楽番組『みんなのうた』で放送中の曲が話題を集めている。シンプルなメロディーに語りかけるようなやさしい歌声。聞く者の胸を打ち、「涙が出る」「せつない」「悲しいけれど心が温かくなる」などの声がSNSを飛び交う。とりわけ、母親や子どもたちに静かな感動が広がっている。

この曲、『天まで飛ばそ』を手がけたのは、シンガー・ソングライターの七尾旅人。自身の作品が『みんなのうた』で流れることは、昔からの夢だったと話す。

「『みんなのうた』は伝統と歴史のある番組。戦後の日本人にとって、心の原風景を形作る要素でもあったと思います。僕自身、子ども時代から好きでしたし、ずっと関心がありました」

古くから大衆に受け継がれてきた無数の曲がある。歴史のなかで自然に生まれて、広く共有されてきた名もない歌がある。ポピュラーミュージックに携わりながらも、民謡や童謡、唱歌といった「ポップス以前の音楽も好きだった」と語る七尾にとって、歌の意味を問い直すときに思い出す存在――、それが『みんなのうた』だった。

「何万年も前から人は歌っていて、いまのように産業化するよりも昔から、音楽に触れるためのいろいろな経路を持っていました。『みんなのうた』には、その伝統を現代に残そうとしている側面があるんじゃないかと思うんです」

■人間の光と影を包む曲を作りたかった

1998年のデビュー以来、ジャンルの枠を超えて、さまざまな歌を鳴り響かせてきた七尾。しかし『天まで飛ばそ』は、映像作品『兵士A』のように日本社会を鋭く映し出すわけでもなく、ラブソングの手触りともまた違う。

「亡くなった祖父母がいちばん気に入っていた『赤とんぼ』みたいな曲、人間の光と影をすべて包み込む歌、善悪を超えて、ただ人間や世界がそこにポツンとあるような作品をいつか作ってみたかったんです。歌詞なんて少しも明るくないし、頑張れと背中を押してくれるわけでもない。

でも、あの寂しげな『赤とんぼ』には、幸せな人、苦境にいる人、どんな人間も抱きとめてしまう大きさや包容力がある。まるで空っぽの器みたいな曲なんです。『天まで飛ばそ』を作って、それに近いことが初めてできた気がしました」

これまでは作品を通して、「人間の有り様を描きたかった」と七尾は言う。「社会のいちばんエッジに置かれている人々、暗がりや片隅で震えていたり、泣いていたりする人々の相貌をとらえたかった。震災後に東北で出会った方や、戦死自衛官や、途上国の子ども兵や、ストリッパーや、いろんなテーマで歌を作ってきました。もちろん俗っぽい曲も好きですし、自分自身の小さい悩みなんかも歌にしてきました」

しかし、この作品には七尾個人のエゴや実験精神や願望は、いっさい含まれていないという。

「今までにない空っぽの心境で作った」という曲の誕生は、七尾にとって身近な人の、突然の自死がきっかけだった。葬儀の日の夜、ギターを抱えるうち、ごく自然に、子どもへ語りかけるような歌が生まれた。

「人間って、ひと皮むけば誰もが子どもと一緒で、幼いころから変わらない場所がある。そうした“子ども性”と言ったらいいのか、どんな人間でもよく目を凝らしてみたら、その人の原型のようなものが見えてくるんです。その、命のいちばん奥底、根源にある部分は揺らがないし、善も悪もない。ただ光を帯びていて、この世界に生まれてきたことを祝福されている。どんな人間でもそうだと感じるんです」

たとえ戦火のやむことはなく、現実には陰惨な事件が絶えないとしても、

「人間の原型を見つめると、なんとか絶望しないでいられる。もちろん、人は愚かですよ。惑うし、いろんな欲を抱えるし。でも、それは表層的なこと。人は、とてつもなく醜悪なこともするけれど、同じ人間が、ときに信じがたいほど慈悲深くなる瞬間もある。それは驚きの連続で、僕にとって創作の動機にもなっています」

■私たちにできることは?

番組を見た子どもたちの反響も、七尾を驚かせたことのひとつ。

「もし『みんなのうた』で放送されるとしたら、子どもをなめたような曲には絶対にしたくないと昔から思っていました。とはいえ、自死がきっかけの歌ですし、不安はありましたが、まだ2、3歳の子どもが、僕の曲になると食い入るように見ていたり、見ながら泣いていたりするという。それも“お母さん、悲しいね”って言ったりするんですって。何の説明もしていないのに。そんなことが起こる人間というもの、子どもたちの感じとる力に驚きました」

作品に寄せて、番組ホームページで、七尾はこんな問いを投げかけている。

《誰かがひとりきりで不安に震えている時、どうにかして壁を乗り越え、ドアをノックして、その手を取ることが出来るでしょうか?》
理不尽が雨のように降り、影が色濃く映るとき、光を見出すことは難しい。まして、年齢が若ければなおさら。

「たいしたことができなくても、誰かがちょっと、5分だけでも気にかけてくれたら、やっぱりうれしくて心に残りますよね。いくつもの悩みや不安に押しつぶされている本人より、その周囲にいる人たちが、肩の荷のうちのひとつでもいいから気付いてあげることが大事なんじゃないか。特効薬はないけれど、気付くだけでも違うんだと思います」

七尾旅人(ななお・たびと)◎シンガー・ソングライター。9・11をテーマにした3枚組アルバム『911FANTASIA』、メロディアスな『サーカスナイト』など、ジャンルを超えた多彩な作品を世に送り続けている。年内にニューアルバムを発売予定

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