くらし情報『末期がんの夫・ECDさんとの生活を日記に「亡くなるまでの3か月は、本当に苦しかった」』

末期がんの夫・ECDさんとの生活を日記に「亡くなるまでの3か月は、本当に苦しかった」

2018年4月2日 16:30
 

末期がんの夫・ECDさんとの生活を日記に「亡くなるまでの3か月は、本当に苦しかった」
植本一子さん撮影/吉岡竜紀
『かなわない』『家族最後の日』、そして本書『降伏の記録』(河出書房新社)。これらの著書で、写真家の植本一子さんは、自分と夫であるラッパーのECD石田義則)さんと2人の娘との生活を綴(つづ)ってきた。夫との距離、愛した人のこと、母との絶縁、義弟の自殺などの出来事をどう受け止め、どう感じたかを率直に記している。

■夫との決定的な出来事を書かずにいられなかった

今年1月24日、ECDさんは末期がんの闘病を経て亡くなった。植本さんに話を聞いたのは、その半月後のことだった。

「石田さんのお別れの会も終わって、いまは部屋の片づけをしています。この間、娘たちがECDのPVを見て、上の娘は号泣したけど、下の娘は“お父さんがいないってことがまだ分からないから泣くことはできない”って困った感じでしたね。どちらも素直な反応だなと思いました。わたしは……自分でもよくわかりませんね。でも、亡くなる直前のころよりは優しい気持ちになれたかもしれません。もういないので遅いんですけど」

植本さんは、これまで日記という形式で文章を書いてきた。なぜ、こういうスタイルを選んだのだろう?

「エッセイも頼まれたときに書きますけど、やっぱり受けてやっている仕事という感じで、日記がいちばんストレスなく書けますね。文字数を気にせずに、その日にあったことを述べればいいので、わたしには合っていると思いますね」

しかし、本書の巻末には、「降伏の記録」という長い文章が付されている。これは日記ではない。

「日記の部分を書き終わって、どこか足りないなという気持ちがありました。その冒頭の部分を書いたときに、石田さんに対して、いなくなってほしいと思ったんです。その決定的な出来事をいま書かないと何かが逃げてしまうと思って、書いたんです。いつもは生活の合間に書くんですが、このとき初めて、子どもたちを人に預けて、この文章を書きました」

結局のところ、夫は自分に向き合っていなかったのだという怒りが、植本さんにこの文章を書かせた。しかし、それを読んだはずの石田さんからはなんの反応もなかったという。

「石田さんはわたしがつくるものを楽しみにしていたし、自分がどう描かれているかも気にしていたから、本が出た時点ですぐ読んだと思うんですけどね。わたしも聞くことはしなかったです。やっぱり、どういう反応が返ってくるのかが怖かったんだと思いますね。摩擦を起こしたくないという気持ちもありましたし、それに、書き終わった時点で、自分のなかでは完結しているんです」

■まっとうな人生だったら文章なんて書いていない

植本さんが初めて文章を書いたのは、ECDとの共著『ホームシック生活(2~3人分)』に載った出産を振り返る一文だった。

「入院していた産婦人科が変わったところで、このときのことを忘れたくなくて書いたんです。自分の揺れ動く気持ちを書くというスタンスは、いままでずっと変わっていないですね」

では、仮に波風の立たない生活を送っていたら、植本さんは文章を書くことはなかったのだろうか?

「そう思うんですよ(笑)。この本を書いたあとしばらく休んで、カウンセリングに通っていたんですが、そのとき“まっとうな人間になりたい”と思ったんです。石田さんが亡くなるまでの3か月は、本当に苦しかったですね。末期がんの夫のそばにいると、自分のなかにある醜い感情に耐えられなくて、文章なんて書けなくてもいいから、もっと優しい人に変わりたいと思っていました」

本書には「重要な他者」という言葉が出てくる。植本さんにとってのそれは、石田さんであり母だった。

「本当は重要な他者がたくさんいるほうがベストですよね。その人とだけになると、0か100かの関係になりやすいです。実家の母とは、いまでも距離を置いたままですね。その関係は変わらないと諦めているけれど、どこかでいつか変わることがあるんじゃないかと期待もしています」

書くことから離れていた植本さんは、石田さんの葬儀の翌日からまた日記を書き始めた。

「石田さんが亡くなるまでの間のことで、残しておきたい言葉や情景があったから、忘れてしまうのは惜しいと思ったんです。精神的にも解放されたせいか、すごくフラットに書けるんですね。いまは書きたくて書いている感じです」

一方、写真についてはどうだったのだろうか?

「わたしの場合、写真は記録を残すという面が大きいです。作品をつくるという意識よりも、家族のアルバムをずっと撮りつづけてきたという気がします。亡くなるまでの3か月は、撮った枚数はすごく少ないですね。いまは文章に比べると、写真に対してそれほど敏感ではないのですが、徐々に感覚が戻ってくればいいと思います」
安定を求めつつ、不安定な方向へ向かってしまう自分を「不幸な体質です」と言いつつ、植本さんはきっと、これからも書くことから離れられないだろう。

■ライターは見た! 著者の素顔

植本さんの最近の楽しみは、子どもたちと一緒にNintendo Switchで遊ぶことだという。「みんなでマリオカートで対戦しています(笑)。これまでゲームをやってなかったので、楽しいですね。以前はそういうひまがあれば、本を読んだり美術館に行ったりすべきだと思っていました。あと、Netflixに入って、韓流ドラマを見まくっています。なんだか現実逃避していますね(笑)」。植本さんの日記にゲームやドラマが登場する日も近いかもしれません。

<プロフィール>
うえもと・いちこ◎1984年、広島県生まれ。2003年、キヤノン写真新世紀で荒木経惟氏より優秀賞を受賞し、写真家としてのキャリアをスタートさせる。広告、雑誌、CDジャケット、PVなど幅広く活躍中。著書に『働けECDわたしの育児混沌記』『かなわない』『家族最後の日』がある。

(取材・文/南陀楼綾繁)

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