くらし情報『立川志らくが“立川ボーイズ”だった頃「その男は危険極まりない男であった」』

立川志らくが“立川ボーイズ”だった頃「その男は危険極まりない男であった」

2018年7月16日 16:00
 

古舘プロジェクト所属の鮫肌文殊山名宏和樋口卓治という3人の現役バリバリの放送作家が、日々の仕事の中で見聞きした今旬なタレントから裏方まで、TV業界の偉人、怪人、変人の皆さんを毎回1人ピックアップ。勝手に称えまくって表彰していきます。第52回は鮫肌文殊が担当します。■立川志らく 様

その男は危険極まりない男であった。口から飛び出してくるのは師匠・立川談志譲りの放送禁止用語満載のトーク。スタジオ収録の番組なので、あとでピー音をかぶせてくれるのを見越してガンガンにヤバいフレーズを連発する。ドン引きする女性客を尻目に、拍手喝采で爆笑するディープな落語好きの男性客。

「この人、ものすごく頭がいいか、放送コードをまるでわかってないホントのバカか、どっちかだ」

伝説の落語バラエティ『平成名物TVヨタロー』(TBS・1990年~91年)という番組で、立川志らくを初めて目撃した時の正直な印象である。

立川志らくが“立川ボーイズ”だった頃「その男は危険極まりない男であった」
立川志らく(2000年、落語会『志らくのピン』にて)
その時、まだ駆け出しだった私は、事務所のチーフ作家・腰山一生の構成する『ヨタロー』のスタジオ収録を見学していた。

「お前、そんなことばっか言って放送できないだろう!」

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