くらし情報『元宝塚の女社長「考え方がマリー・アントワネット」と言われながらも『カリカリ梅』救う』

2019年6月21日 08:00

元宝塚の女社長「考え方がマリー・アントワネット」と言われながらも『カリカリ梅』救う

無謀というか、バカというか(笑)」

高校が終わると、毎日往復5時間かけて、東京までレッスンに通ったが、中3から高2までは不合格。

「(受験資格の)最後のチャンスだった高3で、なんとか合格できました」

度肝を抜かれる厳しい音楽学校生活が始まった。

「1年目は壮絶すぎて、入学当初の記憶がほとんどありません。ただ、在団中も退団後も、“あのときに比べれば大したことない”と思え、頑張れてしまうんですよね(笑)」

卒業後は初舞台を踏み、宙組の配属に。入団時は43人中32番だったが、3年目には8番に。やっと望む役ができるようになってきた矢先、実家から1本の電話が入る。

「『カリカリ梅』を開発した(4代目社長の)祖父の持病が悪化。いつ倒れてもおかしくない状況だ、と」

2人の兄は家業を継がなかった。5代目社長は父親が務めていたが、後継者のイスは空いていた。

「私がやらなければ、同じ味の『カリカリ梅』は2度と食べられなくなる。それに、“子どもの遊び場じゃない”と言われながらも、社員さんたちにかまってもらいながら成長してきたので、赤城フーズがなくなることは、身体の一部が欠落することと同じ。耐えられない。

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