くらし情報『仁支川峰子が病気・交通事故・豪雨災害に遭って確信した“命あってこそ”の人生』

2020年3月22日 16:00

仁支川峰子が病気・交通事故・豪雨災害に遭って確信した“命あってこそ”の人生

華々しいデビューを飾ったが、芸能界入りした原点はというと「家族を楽にさせたい」という思いだった。

「貧しい家庭だったので、子ども心に両親を幸せにしたいとずっと思っていましたね。それで賞品目当てで『のど自慢大会』に出るようになり、文房具なんかをもらって、家計を助けていました」

’73年に『第3回全日本歌謡コンテスト』で優勝したのをきっかけにデビューを果たすが、4年間は無休でガムシャラに頑張ったという。

「19歳で地元・福岡の大宰府に両親のために家を建ててあげたんです。そのために寝る間も惜しんで働いていたから、10代は恋愛している余裕がなかったですね。睡眠も営業の移動の夜行列車で寝るぐらい。当時は1日16本とか仕事があったので」

■不倫騒動で、全マスコミと1対1の対面取材

両親へ家を建ててあげるという目標を達成し、緊張の糸が切れたのか、身体に異変が現れ始める。19歳のときのどを酷使した影響で一時的に声が出なくなってしまう。また21歳のときには卵巣のう腫を患い、続けて水ぼうそうも発症してしまった。「発症後もステージで歌い続けていたら、医者に“あと2時間遅れていたら死んでいたかもしれない”と激怒されました。

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