くらし情報『松田聖子に中森明菜、勝新太郎にビートたけし、芸能界「伝説の記者会見」の変遷』

2020年8月30日 16:00

松田聖子に中森明菜、勝新太郎にビートたけし、芸能界「伝説の記者会見」の変遷

バブル崩壊、阪神・淡路大震災、そして「ああ言えば、上祐」という流行語にもなったオウム真理教による一連の事件が世間を騒がし、芸能の記者会見も、がんを公表するケースや破局系など暗いものが目立つようになる。

「’80年代まで通用していた場外乱闘としての記者会見が通用しなくなってきた」(窪田さん)

その最たる例が、田原俊彦の長女誕生記者会見(’94年)で発した“ビッグ発言”だ。「何事も隠密にやりたかったんだけど、僕くらいビッグになっちゃうと~」と答えるや、調子に乗っていると受け取られ、田原の芸能活動は一変。

’00年に発覚した盗撮事件で、「ミニにタコができる」と弁明した田代まさしも同様だろう。ひと昔前なら笑ってすんだかもしれない会見に対して、世間はどこか冷めたまなざしを送り、シビアに判断する……そして、当事者のタレントはしっぺ返しを食らうことになる。

■2014年、記者会見界に訪れた“素人の乱”

’00年代に起きた、雪印乳業の集団食中毒事件での「寝てないんだよ!」という社長の逆切れ会見(’00年)や、高級料亭「船場吉兆」による食品偽装等の謝罪会見(’07年)で飛び出した「ささやき(女将)」

関連記事
新着くらしまとめ
もっと見る
記事配信社一覧
facebook
Facebook
instagram
instagram
twitter
twitter
YouTube
YouTube
上へ戻る

Copyright © 1997-2022 Excite Japan Co., LTD. All Rights Reserved.