くらし情報『宮沢りえ「悲劇のヒロインになりたくない」やせ我慢発言から生まれた女優人生』

2020年9月17日 16:00

宮沢りえ「悲劇のヒロインになりたくない」やせ我慢発言から生まれた女優人生

宮沢りえ「悲劇のヒロインになりたくない」やせ我慢発言から生まれた女優人生
貴乃花と破局、会見をした宮沢りえ
“世紀の婚約”と世間を驚かせた宮沢りえと貴乃花(当時・貴花田)が“世紀の破局”を迎えたのは、わずか2か月後のことだった。1993年1月、単独で会見を開いたりえは「人生最高のパートナーにはなれなかった」「もっと話し合う時間があれば」として、

「悲劇のヒロインにはなりたくない」

と、発言。一方、貴乃花も単独会見で「自分の愛情がなくなりました」と語った。りえの引退を前提としていた花田家側と、それを拒んだ宮沢サイドという、双方のズレが真相とはいえ、りえが棄てられたかのような構図だ。

■破局会見からの宮沢りえ

それゆえ、彼女は誰の目にも「悲劇のヒロイン」に映ったが、そう見られることを自ら否定してみせた。しかし、そう言いつつも、その後「悲劇のヒロイン」を地で行くような姿を世に示してしまう。

中村勘三郎(当時・勘九郎)との不倫疑惑と自殺未遂騒動、激やせからの仕事の降板、そして休養。なかでも、

’95年10月、ゴルフイベントで見せた憔悴ぶりは衝撃をもたらした。

筆者はその日、テレビ朝日で梨元勝氏のインタビューを受けていたので、なおさら思い出深い。ちょうど摂食障害に関する本を出したばかりで、りえの激やせについての分析を求められたのだ。

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