くらし情報『【哀悼掲載】斎藤洋介さん、複雑な家庭環境で育つも最期まで注ぎ続けた「母への愛」』

2020年9月20日 11:30

【哀悼掲載】斎藤洋介さん、複雑な家庭環境で育つも最期まで注ぎ続けた「母への愛」

「お母さんについていったって、お金がないし。お父さんは、お金があるから。お父さんについていく」

といったら、ポロポロ……。

大学は東京に出たんですけど。家から少しでも離れたい、というだけのことで。母親は、誰かまわず、グチをいうわけですよ。

年端もいかない息子をつかまえて、父親の浮気のグチをいわれても。こっちは、困っちゃって。自分さえ楽になれば、人のことなんて考えないところがあったかなぁ……。

■「洋ちゃんに面倒看てもらいたい」

享年は、80歳になる年だったんですかねぇ。僕が、34〜35歳のころでした。寝たきりになりまして。僕は仕事がないと名古屋に帰って。付き添って、身体を拭いてあげたりしてましたね。

家内も、手があけば、子どもたちを連れて、面倒を看てくれました。ただ母は病院で「お父さんは、付き添うとすぐ眠っちゃって。いびきが大きいし。お兄ちゃんは、気がきかないからヤだ」なんていっていて。

最後は、言葉がしゃべれないで、ずっと筆談だったんですけど、「洋ちゃんに面倒看てもらいたい」と。

歯も不自由だったんです。「落花生が、食べたいわぁ」。しょうがないから、すり鉢で、すり潰して、粉状にして食べさせてあげたりしました。

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