くらし情報『原節子・山口淑子が生誕100年、激動の時代を生き抜いた「伝説の2大女優」の軌跡』

2020年10月30日 05:00

原節子・山口淑子が生誕100年、激動の時代を生き抜いた「伝説の2大女優」の軌跡

16歳でヒロインに抜擢された日独合作映画『新しき土』で一躍、注目された。

戦時中は、政府に要請され供出運動参加や国策的な戦争映画への出演が増えた。敗戦後は、復員してきた兄弟や家族を支えるために女優を続けざるをえなかったが、黒澤明監督『白痴』、小津安二郎監督『麦秋』、成瀬巳喜男監督『めし』など巨匠の期待に応え、不動の大女優に。“永遠の処女”ともいわれ、42歳のときに映画『忠臣蔵花の巻・雪の巻』を最後に“引退”。再び表舞台に立つことはなく、2015年9月に95歳で亡くなった。

■「李香蘭」として人気に
司会者、政治家に転身

日本統治下の満州で生まれた山口は、中国人歌手「李香蘭」として13歳でデビューし、日本の国策映画会社、満映から“日本語の堪能な中国人女優”として売り出された。

日中戦争が勃発すると、日本の植民地政策のプロパガンダに利用されながらも東アジアのスターとして人気に。1941年に有楽町・日劇でのリサイタルではファンが押し寄せ劇場のまわりを行列が取り巻く“日劇7回り半事件”と報じられた。’45年に中国で終戦を迎えると売国奴を意味する漢奸を疑われたが、日本人であることが証明され翌年、帰国。

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