くらし情報『《東日本大震災》大川小、裁判を終えて“震災遺構”へ…遺族の10年「生き地獄の日々」』

2021年3月7日 08:00

《東日本大震災》大川小、裁判を終えて“震災遺構”へ…遺族の10年「生き地獄の日々」

10年前の3月11日、多くの命が奪われた。石巻市の大川小学校は全校児童104人のうち、74名が津波にのまれ犠牲となった。児童の死は学校のせいなのか。保護者はこの10年さまざまな思いを胸に戦ってきた。学校や市を訴える人たち、思い出したくないという人たち、生き残った児童や教師、彼らが過ごしてきた10年に迫る。(ジャーナリスト・渋井哲也)

《東日本大震災》大川小、裁判を終えて“震災遺構”へ…遺族の10年「生き地獄の日々」
宮城県石巻市の大川小学校の校舎跡地
2011年3月11日の東日本大震災から10年。児童70人が亡くなり、4人の児童が行方不明となった宮城県石巻市の大川小学校の校舎跡地。市が、校舎跡周辺で震災遺構としての整備を進めている。これまで、校舎保存をめぐっては、地域住民や遺族の中でも、さまざまな声があった。結果、極力手を入れない「存置」と決まった。市では「今春のオープンを目指す」(震災伝承推進室)という。

◇◇◇

14時46分、三陸沖を震源とするマグニチュード9の地震が発生した。大川小は震災当日、全校児童108人。うち27人の児童は、保護者が迎えに来て下校をした。

津波が校庭に到達したのは15時37分。74人の児童が死亡、または行方不明となった。10人の教職員も死亡した。

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