くらし情報『津波に自宅を奪われた17歳少女が母親に、悪夢を見ながらも福島で暮らし続けた10年間』

2021年3月11日 17:00

津波に自宅を奪われた17歳少女が母親に、悪夢を見ながらも福島で暮らし続けた10年間

でもその夜、高台にある磯部小学校に避難した人が懐中電灯を持って探しに来てくれたんです。私たちは月明かりを頼りに学校まで歩いて行きましたが、途中で靴が脱げ、裸足で歩きました。痛かったけど、緊急のときはなんでもできますね」

■南相馬市では「窓を開けないでください」と

筆者が駒場さんと出会ったのは、震災から2週間経ったとき。相馬市の避難所のひとつ『総合福祉センター・はまなす館』だった。

「磯部小学校に避難した後、『はまなす館』へバスで行きました。その後、南相馬市鹿島区の親類の家に避難したんです。でも、原発事故もあったため、広報車が“窓を開けないでください”とアナウンスしていて……そこでの生活も不安だったので、親類と会津地方に避難しました」

東京電力・福島第一原発は、地震や津波によって全電源喪失となった。3月11日19時03分、原子力緊急事態宣言が発令された。14日までに、20キロ圏内に避難指示。15日までに20〜30キロは屋内退避指示となった。駒場さんの自宅があった相馬市磯部は約40キロで、避難区域ではない。駒場さん家族は自費で会津地方の旅館に泊まっていたが、いつまでも泊まっているわけにもいかず、相馬市の『はまなす館』に戻った。

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