くらし情報『ゴッホ「耳切り事件」の顛末がすごい! マイワールドを突き進んだ“ヤバい人生”』

2021年5月8日 12:00

ゴッホ「耳切り事件」の顛末がすごい! マイワールドを突き進んだ“ヤバい人生”

ゴッホ「耳切り事件」の顛末がすごい! マイワールドを突き進んだ“ヤバい人生”
フランスのオルセー美術館前の看板に飾られたゴッホの自画像
世界でトップクラスに有名な画家、フィンセント・ファン・ゴッホ。彼はわが道を突き進み続けた“ヤバい人生”を送ったことで知られる。

特に、1956年に伝記映画『炎の人ゴッホ』が上映されてからは、世間的に「ゴッホ=情熱の画家」というようなイメージがついた。まったくその通りだ。彼が作品にかけるパッションはハンパじゃなかった。まぎれもなく天才だ。

しかし、ゴッホは絵画にのめり込むあまり、「絵を描く前にやることがあるだろ」とツッコみたくなるほど、私生活がボロボロだった。常に情緒不安定かつ、自分で生活費を稼ぐ気がまったくない。ひと言で言うと「メンヘラでヒモの芸術家」なのだ。

そんなゴッホのメンヘラっぷりがいかんなく発揮されたのが、先輩の画家、ポール・ゴーギャンと繰り広げた「耳切り事件」である。今回は、ちょっと常人では理解が追いつかない、ゴッホのドタバタな人生について見ていこう。

■会社も伝道師も解雇され、キレて家出

ゴッホは1853年にオランダで生まれた。少年時代からいわゆる“キレやすい子ども”で癇癪(かんしゃく)もち。親族を含めて周りとまったくなじめず、高校(国立高等市民学校)

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