くらし情報『近藤真彦は「いそうでいない男」作詞家・売野雅勇がシビれた“マッチ像”とは』

2021年8月26日 19:00

近藤真彦は「いそうでいない男」作詞家・売野雅勇がシビれた“マッチ像”とは

近藤真彦は「いそうでいない男」作詞家・売野雅勇がシビれた“マッチ像”とは
キュートなTシャツを着こなして熱唱する近藤真彦(1982年)
「あのころは、本当に忙しかった。朝の5時に眠りについて昼前まで寝ていて、14時から打ち合わせ、という日々の繰り返しで。遊びに行く時間なんてなかったよ」

1980年代に中森明菜、チェッカーズ、河合奈保子、荻野目洋子、矢沢永吉など数々のヒット曲の作詞を手がけてきた売野雅勇は、そう振り返る。チェッカーズがブレイクした’84年ごろ、どのように過ごしていたのか尋ねてみたのだが、確かに、この年の売野は男性ボーカルだけでもチェッカーズ、近藤真彦、シブがき隊、吉川晃司のヒット・シングルをほぼ同時期に手がけているのだ。

■マッチの“問題作”も担当

中でもマッチこと近藤真彦は、シングルでは通算13作目となる『一番野郎』(’84年3月発売)からの起用だった。初期のがむしゃらな少年のイメージよりも、さらにコミカルな『ケジメなさい』や、大人の哀愁を見せ始めた『夢絆(読み:きずな)』『大将』といったものまで、近藤が’87年の『愚か者』で硬派な男像を定着させるまでの過渡期を中心に、アルバムを含め全17曲を提供している。

当時のマッチと言えば、’80年末のデビュー曲『スニーカーぶる~す』以降、寺尾聰の『ルビーの指環』で阻まれた2ndシングル『ヨコハマ・チーク』以外は常にオリコン1位を獲得してきた大ヒット・アイドルだった。

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