くらし情報『〈原子力明るい未来のエネルギー〉標語の考案者が語る「恥ずかしい記憶」の意味』

2021年9月19日 21:00

〈原子力明るい未来のエネルギー〉標語の考案者が語る「恥ずかしい記憶」の意味

〈原子力明るい未来のエネルギー〉標語の考案者が語る「恥ずかしい記憶」の意味
2011年8月、2回目の一時帰宅で双葉町に入った大沼勇治さん。当時、看板はまだ撤去されていなかった=本人提供
今月20日、福島県双葉町にできた『東日本大震災・原子力災害伝承館』がオープンから1年を迎えます。今も深刻な被害が続く原発事故をどう「伝承」するのか。課題は尽きません。

〈原子力明るい未来のエネルギー〉。この標語が書かれた巨大な原子力広報看板は、事故前から双葉町の象徴的存在です。しかし、オープン当初の伝承館には、看板の写真の展示しかありませんでした。批判が集まり、今年3月に実物展示になりました。先頭に立って実物展示を呼びかけたのは、少年時代に標語を考案した大沼勇治さん(45)。事故で故郷を追われ、今は茨城県内で暮らしています。「標語を考えたことは、今となっては『恥ずかしい記憶』です。でも、あの標語を信じていた時代のことを伝えなければ、事故は『なかったこと』にされてしまう」。大沼さんに「伝承」への思いを聞きました。

■看板の実物展示はなかなか叶わなかった

――標語はいつ考えたのですか。

小学6年生のとき宿題で出たんです。私は町内の双葉北小学校に通っていました。〈原子力〉を冒頭につけた標語ということで、〈明るい未来のエネルギー〉と続けました。

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