くらし情報『たけしも頼った浅草のドン、裏切られても愛情を注いだ女傑の最期』

2017年5月9日 22:00

たけしも頼った浅草のドン、裏切られても愛情を注いだ女傑の最期

たけしも頼った浅草のドン、裏切られても愛情を注いだ女傑の最期
たけし
「踊り子は恥ずかしいと思わなきゃ駄目。恥じらいがなかったら色気は生まれないよ」

誰からも「ママ」と慕われた浅草ロック座会長、一代でストリップの殿堂と言われたロック座チェーンを作り上げた斎藤智恵子さんは、配下の踊り子たちにそう言い続けた。

大正15年生まれ。36歳でストリッパーとなり18歳下の妹と一座を組んだ。妹の恵美子さんが当時を振り返る。

「どこの小屋でもママは大人気。そのうち小屋主から小屋を買わないかとすすめられ栃木県佐野に劇場を持ったのがロック座のスタートでした」

女性特有のアイデアを次々と出し早朝の客にはパンと牛乳の朝食サービス。客の車はボーイが駐車場に運ぶ。“裸”以外でも男を引きつける魅力を考え小屋は連日、超満員。

’72年に浅草ロック座を手に入れてからは不動産投資も。全国で20を超えるロック座の経営だけでなく、踊り子を他のストリップ劇場に派遣し、芸者置屋や貸しビル、パチンコの換金所など面白いように儲けた。それでいて普段の食事は漬物とご飯で十分なのだから金は唸る唸る。

そこに目をつけたのが若山富三郎さん。やがて弟の勝新太郎さんもやって来て、土下座してテレビドラマ『座頭市』と『警視K』の借金の肩代わりを願い出た。

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