2022年1月16日 06:00
藤田朋子 駆け出し時代のオーディション落選続きを救った欽ちゃんの言葉
、『欽ちゃんのどこまでやるの!(欽どこ)』(’76~’86年・テレビ朝日系)、『欽ちゃんの週刊欽曜日』(’82~’85年・TBS系)を欠かさず見ていた。
「それで日曜は欽ちゃんが司会の『スター誕生!』(’71~’83年・日本テレビ系)。とにかく欽ちゃんが大好きで『週刊欽曜日』の欽ちゃんバンドオーディションにも応募しました。落ちてしまったんですが、そのことを後に欽ちゃんにお話しすると『それはよかったね』と(笑)。落ちたからこそ、女優として大きな経験となる朝ドラにつながったんだという、欽ちゃんならではの、やさしい表現でした」
オーディションには落ち続けたが、舞台に立ちたい思いは失われなかった。ただ、プロへのこだわりはそれほど持っておらず、ダメなら普通に就職して、社会人の演劇サークルに入ろうとも考えていたという。そんな藤田さんが大学時代、体育館で英語劇の稽古をしていたときのこと――。
「2人1組になり、1人が体育館の端から端まで向かっていき、もう1人がそれを阻止する。
阻止されずに向かい側の端までたどり着けたら、夢がかなうという設定のゲームをしたんです。私は役者になりたいという夢を描いて向かい側を目指したんですが、結局、たどり着けず、くやしくて泣いてしまって。