岸田内閣崩壊の好機に野党共闘を拒否する連合・芳野友子会長“共産党嫌い”の原点
労働運動アナリストの早川行雄さんが解説する。
「1989年に旧社会党系の日本労働組合総評議会(総評)と、民社党の全日本労働総同盟(同盟)など統一してできた連合は、結成以来『反自民・非共産』を組織原則して掲げています。共産党とは戦後の労働運動の歴史のなかで対立してきたこともあり、相いれない部分が残っていることは確か。しかし、その前提として反自民があり、連合が目指すのは政権交代でした。ところが、芳野会長は与党とは是々非々でやると明言。これでは政権交代という目標を棚上げして、『反共産・非自民』へと変更したと思われてもしかたありません」
なぜ、芳野会長の共産党をそこまで毛嫌いするのだろうか?
「芳野会長は、高校卒業後、ミシン大手『JUKI』に就職。1年後に組合活動に参加しました。そこで共産党系の組合に対する批判的な指導をずっと受けていたことが、反共産の根幹だと思います。
すぐに労働組合の専従になり先輩たちから指導を受けたのでしょう。その先輩たちというのが富士政治大学で“反共教育”を受けてきた人たち。労働活動を通じて芳野会長の“共産党アレルギー”が生まれ、徐々に膨らんでいったのです」
富士政治大学校は、西村栄一元民社党委員長によって1969年に設立された富士社会教育センター内に、労働組合向けの研修機関として設置。