『落下の解剖学』事故か、自殺か、他殺か? ぐいぐい心の深淵に入り込んでいく傑作ミステリー【おとなの映画ガイド】
サンドラは、いくつもの層を織りなす複雑なキャラクターで、それが裁判を通して浮き彫りになる」、トリエ監督はキャスティングの狙いをそう語っている。
息子役のミロ・マシャド・グラネールの演技も印象に残る。彼に負けず劣らず存在感をみせてくれるのが、一家の愛犬スヌープ。事件の鍵を握るといってもいい重要なシーンも含む活躍で、演じたボーダーコリーのメッシはパルムドッグ賞(カンヌ国際映画祭で優秀な演技を披露した犬に贈られる「非公式」な賞)を獲得している。いや、実に泣ける演技だ。
2時間32分、ぐいぐい引っ張られ、つい前のめりになってしまい、飽きることがないのは脚本の力。1月に発表された米ゴールデングローブ賞では、『オッペンハイマー』や『哀れなるものたち』などの強豪揃いのなか、最優秀脚本賞を受賞。アカデミー賞もこの勢いで脚本賞をとる可能性が高い。
『落下の解剖学』、なるほど、死因の解明だけでなく、夫婦間の深層心理や、息子の気持ち、裁判そのものに至るまで、細部にメスをいれて解剖してみせることが映画の主題。決して単なる犯人捜しミステリーでないところが、カンヌを始め、世界での評価を得た理由と思う。
文=坂口英明(ぴあ編集部)