くらし情報『里見浩太朗、左とん平さんお別れ会で弔辞「こんなに早くお別れの言葉って…」』

里見浩太朗、左とん平さんお別れ会で弔辞「こんなに早くお別れの言葉って…」

2018年4月3日 13:58
 

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左とん平さんをしのんだ里見浩太朗(C)ORICON NewS inc.

左とん平さんをしのんだ里見浩太朗(C)ORICON NewS inc.


俳優の里見浩太朗(81)が3日、東京・青山葬儀所で、2月に亡くなった俳優・左とん平(本名:肥田木通弘=ひだき・みちひろ)さん(享年80)のお別れ会に参列。弔辞ではユーモアを交えながら、誰からも愛された左さんをしのんだ。

発起人代表を務める里見は「とんちゃん、こんなに早くお別れの言葉って夢にも思っていなかったよ。いろいろ、ホントに言いたいことがたくさんあるけど、ちょっと思い出を言わせてもらうよ」と寂しそうにぽつり。続けて「去年の6月18日にとんちゃんの傘寿の会をやろうってホテルを予約した。でも、その前にとんちゃんはホテルに行かずに病院に行っちゃった。心筋梗塞といったので2~3週間で帰ってくると思った。ホテルの予約はそのままにしておいた。でも、とんちゃんは帰ってこなった…」と急性心筋梗塞で倒れた昨年6月に傘寿の会を開く計画があったことを明かし「キャンセルしたお金は払っといたから大丈夫だよ」とユーモアを交えて語った。

大好きだったゴルフの秘話も。里見が左さんを迎えに行く際に、なぜか早朝の麻雀店に向かったという。「でも、そんなときに限ってスコアがいい」と左さんらしいエピソードを語った。最後は「とんちゃん、いい仕事をたくさんしてたんだねぇ。いつもセットで何を考えているんだかわからない顔をしていたけど、監督がカットと言うと『してやられた』と思ういい芝居を見せてくれました」と名バイプレーヤーとして知られた左さんの仕事ぶりを語り「ゴルフも麻雀も好きだったけど、それでいっぱい友達ができたのかもしれないね。お疲れ様でした。ゆっくり休んでください。もう一度、仕事したかった。もう一度、遊びがしたかった。仕方ないね。僕は、もうちょっと仕事するよ」と締めくくった。

祭壇はトルコキキョウ2000本など白や青色を基調とした花6570本で飾られた。何色にでも染まれる白、どんな形にもなれる水のような青色を使用し、名バイプレーヤーとしての俳優「左とん平」をイメージしたという。遺影代わりに置かれたのが190インチの大画面モニターで、最初に映されていたのは70歳のときに撮影されたもの。190インチのモニターは青山葬儀所でも例がないという。事務所関係者は「本人が『派手にやってくれ』と。本人の意思。ここまで派手にやるのは青山葬儀所でもないと思う」と説明した。

「盛大に」がテーマになったのは左さんが2008年に出演したTBS系『大御所ジャパン』の番組内の企画でしたためた“遺書”がゆえんとなっている。タイトルは『棺桶からのメッセージ』で内容は「俺が死んだら葬式はとことん盛大にやってくれ」というもの。「祭壇は上げ底でもいいから、とにかく大きく。遺影はできるだけ二枚目のやつを。バックミュージックに(フランク・)シナトラの『ニューヨーク・ニューヨーク』をかけて。霊柩車はキャデラック。弔問客はエキストラを頼んで5000人くらい」と要望し「そしたら、笑って死んでいけるよ」としていた。

左さんは1970年代にドラマ『時間ですよ』『寺内貫太郎一家』『ムー一族』などに出演し、お茶の間の人気者に。時代劇『銭形平次』『大岡越前』『鬼平犯科帳』などの名脇役としても活躍した。

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