くらし情報『「腎臓をもらったら、私の中で生きられるね」余命1ヶ月の母にした最後の親不孝』

2018年7月18日 21:45

「腎臓をもらったら、私の中で生きられるね」余命1ヶ月の母にした最後の親不孝

目次

・余命1ヶ月の母にした最後の親不孝
・免疫抑制剤と戦いながら思い出したのは
・妊婦のように膨らんだ母のお腹
・ホスピスに入るまで“日常生活”を続けた母
・「これまでお世話になりました。ありがとう、さようなら」
・親不孝を悔いても母は喜ばない
「腎臓をもらったら、私の中で生きられるね」余命1ヶ月の母にした最後の親不孝

中学1年生の時に腎臓病になり、36歳で末期腎不全になってしまった、ライターのもろずみはるかさん。選択肢は人工透析か移植手術という中で、健康な腎臓を「あげるよ」と名乗り出たのは彼女の夫でした。

今回は、実のお母さんへの思いについてつづっていただきました。

余命1ヶ月の母にした最後の親不孝

これまで、夫がドナーになった経緯をお話ししてきましたが、今回は実母の話をしようと思います。腎臓移植にあたって、ドナーの候補にあがったのは、実夫、実姉、夫の3人でした。その回を読んで、「なぜ実母は手をあげなかったのか」と、思われた人もいるかもしれません。

誤解なきよう伝えたいのですが、ドナーのクロスマッチングテスト(腎臓を提供する人に対する、主にHLAに対する抗体がないかどうかを調べるもの)が行われたのは、2017年。母はそれより前の2015年、66歳の時に肝臓ガンでこの世を去りました。

あげたくてもあげられなかった、という表現があっているかどうかはわかりません。

私は余命1ヶ月の母に向かって「母の腎臓をもらったら、私の中で生きられるね」と口を滑らせてしまったことがありました。今でも思い出すと情けなくなるのですが、母を失うのが怖くて、せめて母の腎臓だけでも生きてくれたらと願ってしまったのです。

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