くらし情報『「拘置所で私を助けてくれたのは“好奇心”だった」村木厚子さんに聞く、ピンチの乗り越え方』

2018年10月3日 21:01

「拘置所で私を助けてくれたのは“好奇心”だった」村木厚子さんに聞く、ピンチの乗り越え方

目次

・大変なことも好奇心が救いになった
・とりあえず「今できること」をやる
・拘置所で掛けられた思いがけない言葉
「拘置所で私を助けてくれたのは“好奇心”だった」村木厚子さんに聞く、ピンチの乗り越え方

2009年に起きた郵政不正事件で検察による冤罪に巻き込まれながらも、その後、官僚のトップである厚生労働事務次官まで務め上げた村木厚子さん(63)が8月に『日本型組織の病を考える』(角川新書)を上梓しました。

2015年に、37年間務めた厚生労働省を退官した村木さんが、改めて冤罪事件を振り返るとともに、公文書改ざん問題やセクハラ事件など昨今の不祥事を重ね合わせて「日本型組織の病」について考えた内容です。

同書では、村木さんが「ずっと仕事をし続けていきたい」と思っていた原点や女性が圧倒的に少ない職場でどのような思いを抱きながら働いてきたかもつづられています。

大学卒業後、国家公務員となり当時の労働省に入省。日本初のセクハラ研究会を作り、男女雇用機会均等法をいかに根付かせるかなど、「女性政策」に取り組んできた村木さん。女性たちが働きやすくなるためのレールを敷いてくれた“先輩”でもある村木さんにお話を伺いました。

【第1回】村木厚子さんが“仕事の階段”を上がって見えたこと
【第2回】村木厚子さんがおじさんばかりの組織でやってきたこと

大変なことも好奇心が救いになった

——村木さんと言えば、郵政不正事件を真っ先に思い浮かべる人も多いと思います。

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