あの場所、あの風景、あの空気、すべてが、彼なのだ。
彼そのものを表しているのだ。だから、記憶の中のほんの一端に触れただけで、彼をリアルに思い出し、彼が恋しくてたまらなくなる。
あの時、そこにいた自分に、今すぐにでも飛んで戻りたくなるのだ。たったひと時の恋だったのに。
その恋は、自分を、体の隅々、細胞ひとつひとつまですっかり変えてしまった。
バタン、と戸が開き、新郎である男が入って来た。「かずさ」とにこやかに笑うその自信に満ちた顔を見ていると不思議な気持ちになる。
ずっと知っているはずの顔なのに、なんだか知らない人のようだ。
亮平は、和紗の腰に手を回し、軽くハグをした。この男を、誰よりも好きだと思っていたことが、確かにあったはずなのに。その時のあの胸の高鳴りを、思い出すことがどうしてもできない。
和紗は、微笑んで、少し距離を取る。そんな仕草に、亮平の瞳の中に不安の色が差す。そうだ、彼だって怖いのだ。あのとき、和紗の心を失った時に感じた喪失感を、きっと彼は忘れることはできないだろう。
きっと、一生。
和紗は、少しおかしくなった。
「私たちは、似たもの同士、結婚するんだ」そんなふうに、ふと思った。