■パリでの生活
パリに着いてから、しばらくは、語学学校へ通ったり、師匠の知り合いのフランス人デザイナーのもとでインターンのような仕事を始めたりして、目が回るほど忙しかった。見るものすべてが新鮮で、行きたい場所、見たいものが次々現れ、毎日寝る間も惜しいくらいだった。
パリの街は、見るもの見るものきらびやかで、細部まで精緻で美しく、和紗はすぐにこの街に恋をした。
亮平への連絡も、ふと気づけば1か月過ぎて、亮平からのご機嫌伺いメールを見るまで本当に忘れていた。
物理的な距離と時間と言うのは恋を上手に風化させてくれる。
和紗は、亮平からのメールを受け取っても、ちっとも胸が躍らない自分に気づいていた。まるで日本を離れたとたん、自分を捕えていた重苦しい磁場から逃れ出ることができたように。心の底から、亮平のことがどうでもよくなっていた。
だから、亮平へのメールも、もらってから1週間以上経ってから、形式的に返しただけだった。「毎日忙しく元気にやってます」それだけ書いて送った。
亮平は、それが不満だったのか、むっつり黙り込んだまま、メールも電話も寄こすことはなかった。
パリは、花盛りの春から、いよいよ夏へと向かうところだった。