「みなさんの時代の学校と今の学校は違う。自分たちの時代とはまったく違う国になっていると思ってください」と話すのは、「ダンシング掃除」「勝手に観光大使」などがメディアに取り上げられ、その斬新な授業法がアクティブラーニングの先駆けといわれ、AI時代に負けない教育法といわれている沼田晶弘先生。「子どもにやる気があれば、勝手にがんばって子どもは伸びていきます。それが子どもの自信につながります」と沼田先生は話します。しかしそれを阻害する「大人の都合で貼られてしまうレッテル」についてお話を伺います。【AI時代を生き抜く「自信が持てる子」の育て方】 第1回 子どものやる気を引き出す親、ブレーキをかける親 第2回 子どもの「考える力」を見逃さない方法 ■子どもの前にある「すべての石」を拾うことはできない沼田先生のお話をうかがっているうちに、小学生の娘がいる筆者が思ったことがあります。それは、親として子どもに対して説明し尽くさなければいけないことを曖昧に終わらせて、本来ならば見守らないといけないことを手とり、足とり教えてはいないかということ。沼田先生はこう言葉を寄せます。「僕からすると、今のお母さんとお父さんはがんばりすぎています。自分の子どもが進もうとする道があるとします。そこにいっぱいの石ころが落ちている。子どもがつまずいたり、転んだりすることを心配し、先回りして親御さんは石ころを拾い始める。しかも、そのすべてを。何もないまっさらな道にしようとしているように見えるときがあります」さらにこう続けます。「僕の意見ですけど、石ころを拾いきることは不可能です。それよりは転んだときの受け身の仕方や、起き上がり方を教えてあげたほうがいい。転んだら、こういうリスクがあることを伝えることの方が重要。そこにあるものをないものにしてしまっては、なんの対処もできない人間になってしまうのではないでしょうか」沼田先生は、昔に比べて、親の目が子どもに行き届いていないという指摘に対しても、「むしろ届きすぎている。しかも、そこは届かなくてもいいのではというところに届いている気がします」と話します。■子どもを成長させるのは「失敗」からたしかに思い当たるところがあります。筆者も「上着を1枚余分に着なさい」とか、「マフラーをしていきなさい」と、子どもに任せていいことも、ついつい先んじて注意をしてしまう。子どもの自主性に任せていいところまで口を出してしまっているのかもしれません。沼田先生はこう続けます。「目が届きすぎるということは、子どもの学ぶ機会を奪っていることになりかねないんです。学ぶ機会がなければ、そのことはいつまでたって上達しないし、子どもの成長を妨げることにもなってしまう」たとえば、箸が苦手な子どもにスプーンでばかり食べさせていたら、箸がうまくなるはずがないし、野菜が嫌いな子だからと、ずっと食卓にあげないでいたら、あたり前ですけど食べられなくなると沼田先生はいいます。「たとえば、子どもに洗い物を頼んで、水浸しにされて、怒ったなんて経験がある方もいるのではないでしょうか? でも、任せると自身が決めたなら、怒るのは子どもに理不尽。もし、水浸しにされたくなかったら、子どもに事前にしっかりと洗い方を教える。それができないなら、頼まない。その上で、頼んだなら、黙って途中で口を出したりしない。失敗したら怒るのではなく、何が原因だったか教えてあげればいい。そうでないと、子どもの成長はないと思います。」そんな沼田先生ですが、「日々失敗の連続」だといいます。ある日の給食がポトフだったとき、沼田先生は、忙しくて子どもに配膳を任せてしまったところ、ポトフの鍋がどうなってしまったか…!?ここで大人は「汁だけが大量に残った」と思いがち。しかし実際には、具だけが残ってしまったそうです。「汁だけが大量に残っていたと考えるのは、大人の考え。逆なんです。なぜかというと、子どもたちにとって、ポトフはスープ。スープだと味噌汁ぐらいの具の量でいいと認識して、結果、具だけが残る。これは僕の失敗。説明すべきことを怠ってしまった。だから、子どもを責められないんです」■「トイレに行ってもいいですか?」と聞いてはいけないワケ「目が届きすぎるということは、子どもの学ぶ機会を奪っていることになりかねない」という考えは、授業においても常に頭に入れていることだと沼田先生は言います。「先生が教えすぎることって必ずしも正解ではない。もしかしたら、子どもの学ぶ機会を奪っている可能性がある。教えすぎると、本当はもっと伸ばせた子どもの能力を伸ばせないで終わってしまう可能性がある。だから、僕は常にそうならないように注意を払っています。ついつい口を出したくなる気持ちはわかるのですが、時には黙って見守ることも大切かなと」また沼田先生が重んじるのは自主性。沼田先生のクラスでは「やっていい」とか「やっていいですか?」という言葉が、学期が進むにつれどんどん減っていくそうです。なぜかというと、沼田先生から「自分で考えろ」と言われることが生徒たちはわかっているから。「授業中に『トイレに行ってもいいですか?』と聞かれたら、『尋ねるな、ダメといったらもれちゃうだろう』と。『トイレに行ってきます』でいいと言います。言い切れと教えています。まずは自分で判断させる。そこで間違ったことをしたら教えてあげればいい。先回りして、それはダメとしてしまうのも子どもの学ぶ機会を奪っていること。もっと子どもの自主性を大切にしていいと僕は思っています」■大人の一言が子どもを「いい子」にも「悪い子」にもするまた、子どもの能力を伸ばすために、“うちの子はこんな子”と決めつけるのも注意したいところと沼田先生。ついつい、「うちの子は得意なことがなくて」なんて人前で言ってしまったりすることないでしょうか?沼田先生は「この子はこんな子」と決めつけないでと訴えます。「ボクは教師として、いろんな子どもたちと出会ってきました。明るい子、おとなしい子、勉強が得意な子・苦手な子、スポーツが得な子・苦手な子。「いい子」といわれる子もいれば、「悪い子」といわれる子もいます。でも、本来子どもに良いも悪いもない。大人が大人の都合で、レッテルを貼っているにすぎません」出典: 『家でできる「自信が持てる子」の育て方』 (沼田晶弘(著)/あさ出版)「子どもたちはみんな、まだまだ伸びている最中です。いろんな一面があるのに、大人の都合や常識に照らし合わせ、一部を取り上げて、『この子はこんな子』とするのは、その子なりの事情がまったく考慮されていません。決めつけると、『自分はそうなんだ』と子どもは思ってしまう。そこで成長をやめてしまうかもしれません。」さらにこう続けます。「大人の何気ないひと言が、その子を『いい子』にすることもあれば、『悪い子』にすることもあります。そのことを忘れないでいてください」この言葉はちょっと子を持つ親としては胸にぐさりと刺さるのではないでしょうか。そして沼田先生は最後にこうメッセージを贈ります。「親が子どもに期待することは上限がない。少しでも上を目指してほしいと願う。そして、子どもをけっして見捨てることはありません。なので、悩みは尽きない。たぶん、親御さんたちは子どものことでずっと悩み続けるんです(苦笑)。ですから、力まず、ほどよく距離をとって、その大きな愛をもって、子どもと寄り添ってもらえればと思います。」日々、子どもたちと向き合うお父さん、お母さんにとって、沼田先生の言葉は、何かしらの気づきを与えてくれることでしょう。■今回のお話を伺った沼田晶弘さんのご著書 『家でできる「自信が持てる子」の育て方』 (沼田晶弘/あさ出版 ¥1,400(税込み))「ダンシング掃除」「勝手に観光大使」など、ユニークな授業で各種メディアの話題を集める東京学芸大学附属世田谷小学校教諭 沼田晶弘の最新刊。どうしたら子どもたちの中に自信が芽生えるのか? どうしたら何事にもやる気が起きるのか?そんな子どもの自主性や自立性、自己肯定感、やる気を引き出す方法のヒントになるメソッドが満載の一冊です。沼田晶弘さん国立大学法人東京学芸大学附属世田谷小学校教諭。学校図書生活科教科書著者。東京学芸大学教育学部卒業後、アメリカへ。インディアナ州立ボールステイト大学大学院で学び、インディアナ州マンシー市名誉市民賞を受賞。スポーツ経営学の修士を修了後、同大学の教職員などを務める。その後、2006年から東京学芸大学附属世田谷小学校に赴任。児童の自主性や自立性を引き出す、ユニークな授業が新聞やテレビに取り上げられ、大きな話題に。その授業はアクティブラーニングの先駆けと言われる。
2019年02月19日子どもたちがやる気を引き出すためには、「仕掛けて、仕掛けて、さらに仕掛ける」と語るのは、現役の小学校の先生ながら、児童の自主性・自立性を引き出す斬新でユニークな授業が新聞やTVでも取り上げられて話題となっている沼田晶弘先生。沼田先生は、「これからの子どもたちに求められる能力は、『考えを言葉にする力』」といいます。ではどうやって子どもたちに考え、学び、自分の意見が言えるようなきっかけを作れるのでしょうか。【AI時代を生き抜く「自信が持てる子」の育て方】 第1回 子どものやる気を引き出す親、ブレーキをかける親 ■学ぶ楽しさを知るために必要な3つのこと沼田先生は、「子どもは勉強をしないといけないことはわかっている。いかに、楽しく学べるかが重要」と話します。そのための勉強を楽しくする方法とは? 親にもできるアプローチ法を教えてもらいました。まずは、第1回 「子どもの“やる気”を引き出す親、子どもの心を動かせない親」 について触れます。親としては、「やる気にさせることを見つけることこそ大変なんだ」と思うかもしれません。でも、意外と発想の転換をするだけで、変わることもあると沼田先生は言います。「本来学ぶことは楽しいはず。知識が増え、考えが深まって、できないことができることに変わっていく。でもそれを教えてくれる大人がいない。にも拘らず『これをやりなさい』『あれもやりなさい』と言われ、子どもたちにとって勉強は『やらされるもの』になりがちです」。そこで、沼田先生が学ぶ楽しさを知ってもらうために必要な3つのものを教えてもらいました。「一つめは、「課題」。「やってみよう」と提案するとき、必ず「これから何をやるのか」「どうやるのか」をわかりやすく説明します。二つめは、「制限」。「課題」を出すとき、同時に何らかの「制限」をつけるのです。できることが限られると、子どもたちは許された範囲でできる最大限のことは何か、どうすればそれをやれるのかと、ワクワクしながら考えはじめるからです。三つめは、「報酬」。「課題」を達成したあかつきに、子どもたちが手にすることのできる成果やご褒美について、最初にきちんと提示してあげます。出典: 『家でできる「自信が持てる子」の育て方』 (沼田晶弘(著)/あさ出版)沼田先生のクラスではこの「課題」「制限」「報酬」をうまく利用したテストがあります。先の回でも触れた「U2(ユーツー)」。これはUnder 2minutes、つまり制限時間が2分で行う「81ます計算」のことです。この計算テストを行う際に、沼田先生は音楽をかけます。沼田先生とっては、音も子どもたちをやる気にさせる小道具のひとつで、「音」を流すことで子どもたちの気持ちをワクワクさせます。「テスト開始のときも、まずファンファーレが鳴り響く。次にクイーンの『ウィ・ウィル・ロック・ユー』(We Will Rock You)がかかって、これが準備時間。そしてテストがはじまると、F1のテーマソングでおなじみのT-SQUAREの『TRUTH』がかかる。すると、みんなもう一生懸命、集中してテストに挑みます」2分という「制限」があるので、みんなそれを切りたくなる。すると自然と練習にも熱が入るそうです。さらにこのテストで2分を切った子にはシールという「報酬」が与えられます。「1日5枚練習してきたり、休み時間にU2をしたりする子もいる。あるお母さんから『家から帰ってきたら、一目散でU2をやっている』」と連絡が入ったことがありました(笑)。1枚に81問あるわけですから、5枚といえば400問を超える。それは早くなりますよね。記録があがれば誰もがうれしい。だから、みんな知らず知らずのうちに集中して打ち込む。そして、気づけば学力もあがっているというわけです」 ■子どもにも意見はある。その瞬間を見逃さないためにはやる気スイッチは、子どもの中にもあるといいます。沼田先生はこうヒントをくれます。「子どもはアイデアマン。僕がニュースを見て、北方領土のことをやっていたら、子どもたちに『ロシアは何で還してくれないのかな?』と聞いてみます。すると子どもたちも一生懸命考えて、そもそもロシアってどこにあるんだっけと、地図で探し始めたりして、自分なりの意見を言ってくれます。子どもは子どもなりにしか話せないけど、彼らにはちゃんと意見がある。それを僕は受け流さないし、耳をきちんと傾けます。すると子どもたちがどんなところに興味をもって、乗ってくるのかがわかるときがあって、それがアイデアのタネになったりするんです」沼田先生のメソッドとして「勝手に観光大使」というものがあります。これは、子どもたちが自分で担当する都道府県を決めて、その地域の魅力は特色をPRするというもの。沼田先生いわく「担当する地域を自身で決めたということは、この地域について自分は勉強するぞと宣言したことに等しい」とのこと。まず、その地域を知らなければPRのしようがないですから、子どもたちは一生懸命調べることになります。沼田先生はここで終わらせません。次にあらたな課題を与えます。それはパワーポイントでのプレゼン資料作り。すると生徒たちは、「誰よりもかっこいい資料を作りたい」と、みんな、自分で率先して学び、調べ、工夫をして資料作りに邁進(まいしん)していくそうです。最後には、その地域の自治体の関係者にお願いし、実際に子どもたちはみごとにプレゼンをやり遂げます。「調べる」という能力において、人はAIには太刀打ちできません。では、子どもたちにこれから求められる能力は何かと考えたときに、「考察する力」そして「考えを言葉にする力」ではないかと、ボクは思っているからです。出典: 『家でできる「自信が持てる子」の育て方』 (沼田晶弘(著)/あさ出版)みなさんも、子どもと話していて自分でも想像していなかったことに子どもが興味を示したり、くいついてきたりする瞬間があるのではないでしょうか? 沼田先生はそういった子どもの気持ちや興味を絶対に見逃さないとのこと。親もこの瞬間を見逃さずに仕掛けることで、子どものやる気スイッチを入れられるようになるのかもしれません。■親の時代の価値基準で子どもを判断してはいけない沼田先生と話していて、筆者が1番に痛感させられたのは、親の意識改革こそが必要ではないかということです。沼田先生は、親に向けて次のようにお話するそうです。「みなさんの時代の学校と今の学校は違う。教育法も違う。自分たちの時代とはまったく違う国になっていると思ってください」と。「あるお母さんが自分はバスケット部だったから、子どもにもバスケ部に入ってほしいと言ってきたら、『いいですよ』と言います。ただ、今の部活動の在り方は昔とはまったく違う。旧態依然としているところもあれば、すごく進歩的なところもある。一律ではない。学校や指導者によっても大きくかわる。昔のイメージではなく、現状をきちんとみてくださいね」とアドバイスを贈るそう。とかく年齢を重ねると「昔はよかった」と思いがちなところがあります。たとえば、ちまたでは、ゆとり世代は使えないとか、コミュニケーション能力が低いとか言われたりもしています。しかし沼田先生は、今の若い子にもすごいところがいっぱいあると話します。「今の学生に調べものを頼むと、ネットを駆使して必要な情報をパパっと調べてきます。若い企業家は、ものすごいスピードで仕事を処理していく。ただ、若者に苦手なのはアポイントをとること。なぜなら、彼らにはもともとメールやスマホがあって、都合が合えば即決があたり前。でも、上の世代は、アポは2週間前ぐらいから先方に伝えてないと失礼にあたると思っています。だから若者が直前にアポをとったりすると、『若い奴らはなってない』と判断してしまう。でも、それは若い世代は知らないだけで、教えてあげれば済むことなんです」沼田先生は、「自分たちの時代の価値基準で、子どもたちのことを判断しないで」と話します。「これからの子どもたちは、こういう価値観のある時代を生きていくんだということをお父さんもお母さんももっと意識したほうがいいと思います」たしかに世の中の環境は大きく変化しているのに、昔からの固定観念にしばられて、これは絶対にいいこと、これは絶対に悪いことと思い込んでいることってけっこうあるのではないでしょうか? でも、時代も変われば価値も変わる。こう考えることで、子どもを見る目が変わってくるかもしれません。■今回のお話を伺った沼田晶弘さんのご著書 『家でできる「自信が持てる子」の育て方』 (沼田晶弘/あさ出版 ¥1,400(税込み))「ダンシング掃除」「勝手に観光大使」など、ユニークな授業で各種メディアの話題を集める東京学芸大学附属世田谷小学校教諭 沼田晶弘の最新刊。どうしたら子どもたちの中に自信が芽生えるのか? どうしたら何事にもやる気が起きるのか?そんな子どもの自主性や自立性、自己肯定感、やる気を引き出す方法のヒントになるメソッドが満載の一冊です。沼田晶弘さん国立大学法人東京学芸大学附属世田谷小学校教諭。学校図書生活科教科書著者。東京学芸大学教育学部卒業後、アメリカへ。インディアナ州立ボールステイト大学大学院で学び、インディアナ州マンシー市名誉市民賞を受賞。スポーツ経営学の修士を修了後、同大学の教職員などを務める。その後、2006年から東京学芸大学附属世田谷小学校に赴任。児童の自主性や自立性を引き出す、ユニークな授業が新聞やテレビに取り上げられ、大きな話題に。その授業はアクティブラーニングの先駆けと言われる。
2019年02月18日「AI時代が来て、仕事の半分以上はコンピューターに取って代わられる」などと言われても、親としては子どもにどういったスキルを身に着けさせればいいのかわかりません。そこで、ぬまっち先生の愛称で各メディアでも取り上げられ、話題を集める現役小学校教員の沼田晶弘さんに、現在の教育現場の現状、そしてこれから来るAI時代を踏まえて、親として何ができるのか、お話を聞きました。沼田晶弘(ぬまたあきひろ)さん国立大学法人東京学芸大学附属世田谷小学校教諭。児童の自主性や自立性を引き出す、ユニークな授業が新聞やテレビに取り上げられ、大きな話題に。その授業はアクティブラーニングの先駆けと言われる。■大人の「注意」は、子どもに届いているのか?子どもがどういった将来を描くのかは未知数。でもまずは子どもに「やってみたい」という気持ちが起きないことには始まりません。しかし、「どうしたら子どもをやる気にさせられるのか?」は、親にとっての永遠の命題ともいえます。この問題に、沼田先生は、「子どもは楽しいことは自然とやりたくなる」といいます。沼田先生の著書 『家でできる「自信が持てる子」の育て方』 を読んで、筆者が思い出されたのは自分の子ども時代。漫画やおもちゃが部屋に散乱していると、当然のごとく、親から“片づけなさい”の声が飛んでくる。しぶしぶ片づけると、今度は“それで整理したことになるのか”となる。そんな大人の言い方が嫌だったのに、いざ自身が小学生となる子の親になってみると、意外と同じ轍を踏んでいたりする。沼田先生はこう言います。「たとえば、みなさん、子どもに“ちゃんと”とか“きちんと”って口癖のように使っていませんか? でも、単に“ちゃんと”と“きちんと”といっても子どもはわからない。それぞれ基準が違うんです」。沼田先生は、たとえば部屋の片づけならば、床に散らばっているものを片づけるのか、それとも棚を片づけるのか、具体的に基準を明確に伝えることを提案します。以前、沼田先生のクラスで、夏場に生徒が扉を開けっ放しにしてクーラーの効果がゼロになったことがあったそうです。「僕としては、なんで“開けたら閉める”の当たり前のことができないんだとなる。そこでまず扉を開けた子どもに聞くと、『後ろに来ていた子がいたから開けたままにした』と。その後ろにいた子に聞くと、『後ろにすぐ来る子がいると思った』という。みんな開けたら閉めないといけないことはわかっている。でも、次の人のためにという意識があったんですね。それで、クラスで合言葉を変えたんです。“開けたら閉める”ではなく、このクラスは“開けなくても閉める”と」これにより翌日から常にピシッと扉が閉まるようになったそうです。「開けたら閉める」では、他人に任せてしまうときがある。そこで、開けたら閉めるのはもちろん、扉が開いていたら気づいた人が閉める。「扉は必ず閉めた状態にする」というルールを徹底したことで子どもは理解したわけです。つまり沼田先生が伝えたいのは、「ルールの共有が大切」ということ。家庭でもそれぞれルールがある。でもそのルールさえ共有できれば、親がカリカリしなくても子どもがすんなり行動してくれることもたくさんあるといいます。「なんでこの子は何度言ってもしっかりできないんだろう?」とついつい考えてしまうけれど、その前に「曖昧な指示だから、子どもがわからないのかも」と考える必要がありそうです。明確な説明がなければ、それにむけてのやる気持ちも高まらない。むしろ、やる気を削ぐ可能性さえある。■子どものやる気は、どうやって引き出すのか?さて、本題の“子どもからどうやってやる気を引き出すのか?”沼田先生が実践しているさまざまなメソッドには、共通点があることに気づきます。それは、どれも子どもが学ぶ楽しみを見つけているものであること。沼田先生は、子どもが楽しく学ぶためならば労を惜しまないといいます。「『勉強は誰がするの?』というと、子どもなんです。だから、僕は『子どもがどうしたら楽しく学ぶことができるか?』にポイントを置いて、工夫をしているだけなんです。ただ、「勉強しなさい」といっても子どもの心は動きません」ささいなことかもしれませんが、ネーミングひとつで変わることもあります。沼田先生の現在のクラスには勉強のやり方にネーミングがついています。たとえば、「N1(エヌワン)」、「U2(ユーツー)」(※)。※●N1(エヌワン):「Notebook for the one」の略で、日記のこと。●U2(ユーツー):Under 2minitus(制限時間2分)で行う「81ます計算」のことそして、漢字テストでは子どもたちが「漢字なので『KG(ケージー)』、『N1』『U2』があるから『KG3』にしよう」と決定したそうです。沼田先生は心の中で、「漢字はKANJIだから“KJ”だと思うけど」と思ったそうですが…。しかし、それに止まらず、先生は「せっかくだから“3”にも意味を持たせよう。3回連続で満点をとったらライセンスをあげよう!」と提案。すると子どもたちはがぜんやる気になって、「KG3(ケージースリー)チャレンジ」が始まったそうです。こんなネーミングだけで、勉強がなんとなくゲームのような楽しいイメージに変わるような気がしないでしょうか?■与えっぱなしでは、子どもの心は動かない沼田先生はこう言います。「僕は小道具を大量に使います(笑)。地声でいえばいいのに、あえてちょっとしたマイクを使ったり。スタンプやシール、ライセンスなどいろいろと作って、子どもたちの目標にする。学ぶことをワクワクするものにしたいんです」「やる気を引き出せるまで、あの手、この手、あっちの手、そっちの手と、あらゆる手を尽くして子どもたちに仕掛けていきます。また、「これは楽しい!」とやる気になってくれたからといって、安心してはいられません。今度は、また違う手を使って、子どもたちのやる気が失われないように工夫します。ときには、他人の手でも、機会の手でも、猫の手でも、子どもたちを飽きさせないためなら、ありとあらゆる手を使います。彼らが夢中になってからも、“その手”も“どの手”も“誰の手”でも利用して、その興味が長続きするようにチャレンジします」出典: 『家でできる「自信が持てる子」の育て方』 (沼田晶弘(著)/あさ出版)そう、つまりは子どもたちに“とにかくやれ”の一点張りで、親は「やる気を引き出す創意工夫」をちゃんとしているのか? そこに「楽しい」を見い出させてあげることができているかということなのです。たとえば、ネットかなにかで評判のいいドリルがあったら、それをとりあえずやりなさいと渡しっぱなしにしてしまいがち。でもドリルなら自分で一度目を通してみて何か子どもが興味をもちそうにアレンジしてみる、何分で解けるか競争してみるといった楽しくなるように提案することが大切です。沼田先生は、子どもに各教科の専用ノート以外に必ず1冊ノートを用意してもらい、必ず毎日提出してもらうそう。このノートに子どもたちが書くのは翌日の時間割から、連絡事項、自分だけの連絡事項(たとえば忘れ物をしたら、それを持ってくるといった伝言)、先生との日記など。そして、このノートはどんな勉強に使ってもいいことにしているそうです。その理由は、子どもが勉強しようと思ったとき、その教科のノートを探す時間の無駄を省けることと、せっかく芽生えた子どものやる気をしぼませないようにしたいという考えから。また、学校の授業以外、自宅でやった学習についてはこのノート1冊にまとめることで、自主勉強の成果をひとつにまとめることができる。こうすることで、子どものがんばった証の蓄積を可視化できるといいます。つまり、子どもも自分がどれだけがんばったかがわかるというわけです。与えっぱなしでは、子どもの心も動かない。そういう意味で、子どものやる気を引き出すか否かは、親の姿勢や工夫次第ということなのかもしれません。■今回のお話を伺った沼田晶弘さんのご著書 『家でできる「自信が持てる子」の育て方』 (沼田晶弘/あさ出版 ¥1,400(税込み))「ダンシング掃除」「勝手に観光大使」など、ユニークな授業で各種メディアの話題を集める東京学芸大学附属世田谷小学校教諭 沼田晶弘の最新刊。どうしたら子どもたちの中に自信が芽生えるのか? どうしたら何事にもやる気が起きるのか?そんな子どもの自主性や自立性、自己肯定感、やる気を引き出す方法のヒントになるメソッドが満載の一冊です。沼田晶弘さん国立大学法人東京学芸大学附属世田谷小学校教諭。学校図書生活科教科書著者。東京学芸大学教育学部卒業後、アメリカへ。インディアナ州立ボールステイト大学大学院で学び、インディアナ州マンシー市名誉市民賞を受賞。スポーツ経営学の修士を修了後、同大学の教職員などを務める。その後、2006年から東京学芸大学附属世田谷小学校に赴任。児童の自主性や自立性を引き出す、ユニークな授業が新聞やテレビに取り上げられ、大きな話題に。その授業はアクティブラーニングの先駆けと言われる。
2019年02月17日