U-LABOの編入プログラムで憧れのUCバークレー合格鳥取から世界へ―。一般的な日本の高校を卒業後、世界トップレベルのカリフォルニア大学(University of California, 以下UC)への2022年秋学期編入学という大きな夢を叶えた鳥取県出身のT.Mさん。高校卒業後は地元で働いていましたが、外の世界を見てみたいと一念発起し、カリフォルニアへ。入学後は学業のみならずOPT(Optional Practical Training)で3つの活動をしながら充実した日々を送っています。T.M.さんはカリフォルニア大学編入プログラムを提供する「U-LABO」を利用した1人です。一人では挫けそうな高い壁もU-LABOと共に乗り越え、自分の新たな道を切り開くことができました。アメリカ留学に独学で挑むT.M.さんの地元である鳥取では、地元での就職後に故郷を離れる人は少ないそうですが、以前から「海外に出てみたい」という思いがあったそうです。アメリカの文化や音楽、エンターテイメントなどが好きだったこともあり、アメリカ留学の夢が膨らんでいきました。家族や友人にそのことを伝えると最初は驚きを示したものの、T.M.さんの夢に向かって一歩踏み出そうとする勇気に、「行ったほうがいい!」と皆が応援。金銭面での心配もありましたが、父親からの「稼げる男になってこい。借りたものはあとで返せばいい」という言葉が強く背中を押してくれたといいます。周りに留学経験者やスクールなどはなかったため、情報収集や勉強はインターネットや本を参考にしながら独学で準備を進めていました。特に、英語を定着させるためのアウトプット方法として、ニュース記事に対して自作した質問に自分で答えるという方法や、自宅付近を通りかかった宣教師に声を掛けて英会話の実戦練習をするなど、独自のやり方で工夫しながら英語力を鍛えていったそうです。目指すは名門カリフォルニア大学留学するからにはとにかく「トップクラスの大学に」と目標に定めたのはカルフォルニア大学。UCバークレー(世界8位)やUCLA(世界20位)をはじめとする10のキャンパスで構成されており、その全てが世界トップレベルを誇る全米No.1の公立名門大学群といわれています。最先端の研究やスポーツの名門としても知られており、卒業生にはApple共同設立のスティーブ・ウォズニアック氏、Google元CEOのエリック・シュミット氏、サントリーホールディングス株式会社代表取締役会長の佐治信忠氏など、数々の著名人がいることでも有名です。その中でもT.M.さんにとって憧れの存在だった、ソフトバンクの孫正義氏がUCバークレー出身だったこと、その他にも影響を受けた企業家たちがUCLAに入学していたことが進学を志すきっかけとなりました。しかし、UCを目指すにはまだまだ英語力が足りないと感じていたT.M.さんは、まず州立の二年制大学であるコミュニティ・カレッジ(コミカレ)へ入学し、そこからUC編入を目指すというルートを選択しました。U-LABOと二人三脚で不安解消期待を胸に、いざやってきたアメリカ。しかし、慣れない土地での生活、食べ慣れない食事、新しい人間関係など、期待を上回るほどの不安が溢れ出す日々に「泣きながら自転車をこぐ日もあった」と振り返ります。さらに新型コロナウイルスによるステイホーム期間と重なったため、家から出られないストレスで精神的にも余裕がなくなっていたそうです。2021年冬頃、UCへの出願をどうすればいいか一人で悩んでいた時、WEB広告で見つけたのがU-LABOでした。出願サポートはもちろん、毎日の授業と生活で精一杯な状況下での精神的な支えにもなったといいます。コロナ禍で課題活動ができない分を学業で補えるよう日々の学習に取り組み、「本当にこれで大丈夫かな」という心配もあったそうですが、U-LABOのサポートによりストレスをため込むことなく学業に集中することができたと満足した様子。エッセイでも、U-LABOが用意したシートで対策をしたことで、より良いものを提出することができたと語ります。悲願達成!最難関カリフォルニア大学バークレー校合格2022年4月、地道な努力が実を結び、T.M.さんは世界大学ランキングトップ10常連の最難関大学、UCバークレー校に見事合格しました。憧れの孫正義氏と同じ大学入学という大きな夢を実現させ、「ビジネスに関するメジャーを学びたい」と目を輝かせます。現在は学業に励みながら、OPT制度を利用し、飲食店、ブックキーピング、無償のインターンの仕事を掛け持ちしているそうです。日本のような「お客様は神様」という風潮がないせいか、気を張らずに働くことができるため、「将来的にはアメリカで働くこともいいかも」とさらに夢を広げています。留学生活を振り返り、「不安を解消するためには実力を付けることが一番の近道」と語るT.M.さん。今後の目標について「自分のアイデンティティである日本の良さを持ってグローバルに仕事をしていきたい」と意気込んでおり、鳥取から始まった世界への挑戦はまだまだは続きそうです。U-LABOとは?U-LABOは設立以来、UC合格率100%、UCトップ校合格率89%の実績がある留学・教育会社です。アメリカ大学への編入制度を熟知しているカウンセラーが入学から卒業後の就職までをサポートしています。「UCLAが選ぶグローバル社会に影響を与える事業100(原題:UCLA Bruin Business 100)」にも選出されています。UCLAが選ぶグローバル社会に影響を与える事業100に、日本企業が選出 : T.M.さんのように夢への第一歩を踏み出し、U-LABOと一緒に世界に挑戦しませんか?カリフォルニア大学編入制度に関するセミナー海外大学への進学は日本国内の大学への受験とタイミングが異なることもあり、まだ浸透しておらず、「編入試験」を視野に入れた海外留学ともなると、なおさら情報は少ないのが現状です。U-LABOでは「カリフォルニア大学編入プログラム無料セミナー」を開催しており、カリフォルニア大学の概要はもちろん、進学への近道、卒業後の進路などの情報を提供しています。興味がある方はぜひ参加してください。無料セミナーへの予約はこちら : 会社概要U-LABOについて世界トップレベルのカリフォルニア大学(UC)への編入学を実現するための留学サポートを提供する留学・教育会社。編入制度を熟知した専門カウンセラーによる的確なアドバイスときめ細やかなフォロー、保護者への定期報告、UC編入後から就職までをもカバーする包括的なサポートを強みとしています。前身であるUC LABO設立以来、UC合格率100%、UCトップ校合格率89%の実績を誇り、今年度の「UCLAが選ぶグローバル社会に影響を与える事業100(原題:UCLA Bruin Business 100)」に選出されるなど、今留学業界で最も波に乗っているベンチャー企業です。【会社概要】会社名:株式会社U-LABO所在地:東京都新宿区西新宿3-3-13 6F代表取締役社長:小泉涼輔設立:2021年 (前身2012年創業)URL: お問い合わせ先【本リリースに関する報道お問い合わせ先】e-mail: marketing@ulabo.org 詳細はこちら プレスリリース提供元:NEWSCAST
2022年06月25日私筆者土居彩は “幸せとは?” と14年間勤めたマガジンハウスを辞めて、まずは幸福心理学を学ぶためにアメリカへとやってきました。奇跡が重なってバークレー大の研究室で学ばせてもらったり、街の人々に助けられたり、日課の瞑想を続けながら3年が経過。さまざまな経緯を経て、住所を持たないホームレス生活を始めることを決断しました。そして一時帰国中に新しい価値観で働く人たち、逗子市『NPO法人ごかんたいそう』の代表理事 全田和也さん、淡路島で『ヒマラヤ水晶ひかりや』を営む片岡悠さんを訪ねてきたのです。写真/文・土居彩【土居彩の会社を辞めて、こうなった。】vol. 721か月間の一時帰国中では、金沢市にある1泊約3千円のドーミトリーに滞在してアメリカに仏教を広めた立役者である鈴木大拙館を訪ねたり、ご縁をいただいて2年ほど暮らしていたカリフォルニア州 バークレー市ではかぶりもしなかった、スローフード活動の中心的存在のアリス・ウォータースさんと’95年から続く彼女の ”Edible Schoolyard(食べられる校庭)” を通じた教育活動について滋賀県で書いたりしていました。一時帰国は毎回楽しみでもあり、少し怖くもあります。というのも毎度少しずつ自分の感覚が変化していることを実感し、ビザが切れて帰国した場合に日本社会でやっていけるのだろうかと不安になるからです。とはいえ、アメリカで生活の基盤を築けているのかというとそうでもない。そこには私の甘さがあり、それを突きつけられるような気分になります。そこで私の持つ恐怖感を超えたフェーズで働いている日本の人たちに会ってきたのです。必要なお金を稼ぎながらも、それに消費されないような生き方をしている人たちです。海と緑に囲まれた淡路島で水晶販売。片岡悠(以下はるかちゃん)ちゃんは、4年ほど前から淡路島で旦那さんの片岡徹さんと息子のアウワくんの3人で暮らしています。はるかちゃんも旦那さんも都市部で育ったのですが、1年半のインド、オーストラリアのバックパッカー旅行を終えて淡路島に移住。 より今はヒマラヤ水晶の原石や精麻しめ飾り、国産精麻、シルク、ヘンプ紐などでひとつずつ丁寧に編んだマクラメ編みのネックレスなどを『ヒマラヤ水晶 ひかりや』として展示販売しながら生活しています。そんなはるかちゃんが介護福祉士から今の仕事に完全にシフトしたのは約3年前。 より©片岡悠はるかちゃん 小さい頃から水晶とか石が好きで。もちろん生活の糧を得る術ではあるんだけど、どちらかといえば水晶を丁寧に浄化してお守り作りごっこをしている感じかな(笑)。幼い時に自然としていた遊びがハートの声に忠実な表現かなと思うの。だから自然と情熱も注げる。 よりとはいえ、翌月の家賃が払えない! という緊急事態になったことも。 よりはるかちゃん 今の私のテーマは、信じること。勇気がいるんだけどそこを踏み込んだ時に新しい扉が開くのだと思います。実際ピンチのときにはいつも何かが救ってくれた。例えば経済的に大ピンチだったときに友だちに相談したら、「雑巾掛けがいいらしいよ」とアドバイスをくれて、さっそく水晶の周りをピカピカにしたの。すると、もうびっくりするぐらいのオーダー数が来て! 今月も生かさせていただいてありがとうございます、といつも感謝している。ーー今の生活は毎日が実験で、目の前の世界のメッセージを謎解きしながら行動に移しているという彼女。はるかちゃん とてもワクワクして楽しいけど、読み間違えたら本当にお金もなくなるし、生きていけなくなる。ピンチにはいつも勇気のいる決断が必要で。意を決し実行するとまたエネルギーが回って生きていける。道無き道をびびりながら一歩踏み出して、そしたら道があった! みたいな感じで日々実験しながら生きています。逗子の森で農園と共にある保育園。全田和也(まったかずや。以下じゃがさん)さんは、NPO法人ごかんたいそうの代表理事。2012年4月より逗子市披露山のふもとに『ごかんのいえ』という保育園、2015年4月からは披露山の森の中に『ごかんのもり』というパーマカルチャー農園を併設した保育園を開きました。©2018 NPO Gokantaiso.凸凹の更地を菜園教育の第一人者で、いまやじゃがさんの大親友となったパーマカルチャー安房(PAWA)代表のフィル・キャッシュマンさんをはじめとした仲間と手作りで自然と共生する暮らしの園を作り続けています (※以下『ごかん』とは、『ごかんのいえ』と『ごかんのもり』を含める)。写真は刈った草を積み上げて山を作ってトランポリンにしたり潜ったりして遊ぶ園児たちの様子。©2016 gokantaiso.じゃがさん 僕、経営の本とか読まないんですよ。そして、かなり身勝手な話ですが、ここ最近は、園児のことを自分の孫、そしてスタッフのことが子どものように思えてきて。だから「この子は共感力が強いことが素晴らしいけど、ややもすると、人を助ける時間が多くて自分の時間が少なくなっているんじゃないかな。自分の時間を大事にしてほしいな」と感じたら、岡本太郎さんの本『自分の中に毒を持て』を渡したりなんかして。思春期の娘に語るように『自分の時間を生きなきゃー』とかスタッフに言ったりします。だからある意味、鬱陶しいと思います(笑)。©増田茜というのも、例えばスタッフとの関係でいえば、僕は雇用契約上の関係だけで割り切れないし、『ごかん』を子どもたちやスタッフ、みんなが自尊心を誇れるような場にしたいんです。「誰の場所?」って聞かれたときにみんなそれぞれが「自分の場所」って言ってくれるのが理想で。それは、それぞれの個性を誇りながら表現できることが最終的には根の強い生態系になると信じているから。僕もその中のひとりとして、天真爛漫に自己表現をさせてね、って。だから一般的な会社や経営者の考え方からは外れてしまっていると思います。ーー自分のことをロジカルではないと言い切るじゃがさんだが、大学を卒業後に国の金融機関での勤務経験も。その後担当していた投資先のベンチャー企業に転職して地域の建物をリノベーションし新規事業のオペレーションなども行ってきた。さらには『ごかんのいえ』準備の途中で資金繰りが大変になったときは、広告代理店でも働いていたという。つまり論理や戦略的な予測を要求されるような職務を経てきたうえで、現在の経営方針に至っているのだ。じゃがさん いろいろな組織論とかもあると思いますが、僕はビジョンを持ったカオスがいいなって思うんです。もちろん個性があると喧嘩とかも起こって、進むスピードが遅かったりもするんですけど。でもなんか僕は同じような色の人ばかりのモノクロな場よりも、カラフルな社会のほうが全体として持続可能なたくましさを持つんじゃないかなって感じるんです。もちろん『ごかん』を作った当初は自分のやりたい世界観を表現しなきゃと必死だったので、ワンマンぽいところもあったと思います。人一倍表現欲も強いほうで、チャレンジしていきたい ”妄想” も尽きない。でもどちらかというと今はいろいろな人たちが予想外な動きをしているのを含めて自分の作品や表現となっているような感覚で。だから、こだわりもなくなってきました。もちろん変に遠慮するのもおかしいから一意見としては素直に発言しますが、だからといって僕の意見が絶対だとは思わないで欲しいし、みんなの意見をオープンに出し切ってほしいんです。©gokantaiso.ーーそして何ページにも渡る企画書を作ったり、クライアントありきでプロジェクトを進めるといったような論理的な戦略も立てないという。じゃがさん なんかそれって自分に言い訳しちゃっているような感じがして。むしろ初期衝動の『これがやりたい!』という熱量のほうが最終的には人に伝わるような気がするんですよ。この場所(ごかんのもり)も実は勝手に園児たちと遊びに入っていたんです。すごいいいところだなぁって。この自然の場にちょっとモダンな建物を建てて園児たちと自然と共生する暮らしができたらいいなと僕の妄想も広がっていって(笑)。そうなると根拠もお金も無いのに、やる前提で友だちとかスタッフに話していったんですよ。©gokantaiso.するとたまたま地主さんのことを知っている人がいたから、むりやり繋いでもらってご提案に行ったら『よく入って遊んでいましたよね』って言われて。すごく謝りました(笑)。結果、とても良い方でここを貸してくださって、いろいろ協力もしてくださることに。さらにその1か月後ぐらいに、資金的にも応援してくださる足長おじさんのような方も現れて。そのときは奇跡的なご縁が2か月の間に立て続けにやってきたので、少し怖くなって『こういうのってドラマでしか見たことがなくて、自分の人生で、いま目の前に起こっていることに現実味が無くて……。僕はだまされているんでしょうか? 』と思わずその人に聞いてしまいました(笑)。ーーこのように戦略的なレンズからではなく、予定不調和な奇跡の連続を通した場づくりを進めながら、日々まわりに生かされているんだと実感しているというじゃがさん。そして最近では、感謝というのは “される” よりも “する” ときのほうが何倍も心が満たされているという感覚が湧いているという。とはいえ、最後は誰かが助けてくれるから大丈夫という甘えの意識が生まれているというのでもない。保育料や月謝を極力抑えながら、いっぽうで、日々取り組む場の質を追求していくことを両立させるという道のりは正直険しい。一週間後の期限が迫りくる資金繰りで駆けずり回ることだってある。また『ごかんのもり』では東京まで働く人のために送迎バスも用意しているが、その経緯をたずねるとそれは全てが持ち出しからのスタートだった。© 2016 gokantaiso.じゃがさん 園が朝の7時半からなので、絶対に会社に間に合わない人がいるんです。その人たちが通えなくなるのは耐えられないなと思って。全然ロジカルじゃないんですよ(笑)。でも、そしたら北海道で中古のバスが見つかったんです。でも納車した初日、駐車場から出る際にいきなり、僕、ぶつけてしまって。園児たちを乗せるスライドドアのほうをガガガガガーッと大きく擦ってしまったもので、バスを待っていた保護者の方たちも不安そうにしてて。僕の運転が危なっかしいということもあって、今はシニアの経験豊富な方に運転をお願いしています。となると人件費はかかるけど、今のところバスの運賃はもらっていない。情熱で突き進んだ結果、金銭的に苦しむこともあります。でも後悔はないっていうか。義務感じゃなくて、心から自分がそうしたいと思ってやることが持続可能な運営の土台を作ったり、長い時間はかかったとしてもサポートしてくださる人たちの共感を積み重ねていけるのだと確信しているから。僕自身もすごくシビアなことが起こっても、しんどいけどどこかワクワクしている部分もあるんですよ。©今堀洋子上の写真は左から今回のご縁をつないでくれた保育士の増田茜さん、筆者、全田さん、園長でガーデナーである前田朋英さん(右)と『ごかんのもり』の前で。最後にじゃがさんの幸せとはなんだろう?じゃがさん 自分ひとりだけでおいしい三ツ星レストランのご飯食べるよりも、仲間と一緒に頬張るピザってすごくおいしいなって思うんです。それから一緒に話しているうちに落ち込んでいた人がいい表情をしたときは自分も幸せな気持ちになるし、スタッフのことを「最近、子どもができて、デレデレやんかー」と微笑ましく思ったり。なんかそういう感じを僕は求めているんだと思います。©gokantaiso.それが究極的には自分の生きている全てのような気もするし、そのせいかどんどん境界線が曖昧になってきているんですよ。所有とかお金とかの。奥さんはそれがちょっと怖いみたいですけど(笑)。みんながありのままで幸せであれる場を守りたい。だからベースとしてそれぞれが個性と自尊心を持てる場が存在することの大切さを痛感しています。僕は正直経営者的な意識はあまりないんですが、この場づくりが自分の生きる幸せだから無責任にはなれない。苦難の壁の矢面に立ちながら最後は大きな孤独とも向き合いながら決断をしています。保育士業界など全く畑違いのど素人から始めた僕の妄想と暴走にずっと辛抱強く付き合ってくれて、この場を一緒に具現化してくれたチームのみんな。彼らが「結婚したいな」とか「子どもを持ちたいな」とか「こんなテーマにチャレンジしたいな」と思ったとき、つまり5年10年先のことも考えて、彼らの生きがい、生活の保障や雇用環境の改善も常に目指しながら、サービスともビジネスとも違う第三の運営の場としての、子どもたちの暮らしの場を作っていきたいと思っています。SEE YOU!乳がんステージ4で起業した、N HEAD WEAR 中島ナオさんデザインの帽子を被って。もみあげや後頭部に毛があってもなくても気にならない。しっかりと、でも締め付けがなく温かく頭を包んでくれる。守られたような気分になるヘッドウェアは、かぶるとワクワクする! たとえ何かがそれを邪魔したとしても、毎日を楽しく過ごしてほしいというナオさんの願いとエネルギーが心と体に充満していく製品です。こちらのインタビュー記事は近日greenz.jpで掲載されるのでそちらもチェックしてもらえると嬉しいです。
2018年06月06日私筆者土居彩は14年間勤めたマガジンハウスを辞めて、まずは幸福心理学を学ぶためにアメリカへやってきました。英語も心理学もわからない私に奇跡が重なりバークレー大の研究室で学ばせていただいたり、街のさまざまな人に助けられ3年が経ちました。その大好きなバークレーを離れて、住所を持たない生活を始めることにしたんです。そのきっかけは大きくふたつあるのですが…...。写真/文・土居彩【土居彩の会社を辞めて、こうなった。】vol. 71みなさんこんにちは!突然ですが、カリフォルニア大学バークレー校・心理学部で学ぶために長らく住んでいたカリフォルニア州のバークレー市を離れ、しばらく住所を持たない生活をします。ところで現在バークレーで住んでいる家は8人でシェアしています。ということもあってカルマを作らないために(笑)、次に私の部屋に住む人を責任持って決めてから出て行くことにしました。まずバークレー大の学生が利用するFacebookグループFree & For Saleで募集し(見よ、この私のテンションの高い投稿を! アメリカヴァージョンです笑)、すべてのやりとりを窓口となって行い(私の部屋は相場から考えると激安だったので、毎日何十通とFacebookメッセージが)オープンハウスをして一人ひとり面接し、契約まで立ち会って……。そしてついに次の入居者が決まりました! いい人が決まって、今はホッとしています。ハウスマネージャーもいまだかつてここまで徹底的にやってから退居する人がいなかったようで、「ものすごい、助かったよ!!」と笑顔で感謝され、最後に握手。どことなくクールでシャイな彼の笑顔を見たのは8か月間ここに住んでこれが初めてだったので、「やってよかったな」と心から思いましたね。自分の行き先はまだ決まらないけど、とりあえずは立つ鳥跡を濁さず!“ホームレス” を選んだワケ。さて大好きなバークレーを出て、住所を持たない生活をしてみようと決めたきっかけは、大きくふたつあります。ひとつめは、ヴィパッサナー瞑想合宿でボランティアをしたこと。12日間朝の5時半から夜10時まで80人分のご飯を作ってセッティングしたり、先生に食事を届けたり、合図の鐘を鳴らしたり、ダイニングホールやキッチンを掃除したり、生徒のみなさんのお問い合わせに答えたりしていました。男性と女性がわかれて奉仕するというルールがあるのですが、女性のキッチンサーバーは私ひとり。かなりの肉体労働だったので、肉体的にも精神的にも追い込まれました。ゴミ出しの合間に見る美しい風景にどれだけ救われたことか。©Tony Antonio Nateraとはいえ実は2日目の朝まではもうひとり女性サーバーがいたんです。彼女はメインディッシュを作るけれど、生徒さんが助けを求めてベルを鳴らしても一切応えない。皿洗い、ダイニングホールやキッチンの掃除といった後片付けはせずに、自室に帰ってしまう……という人で。キッチンマネージャーには愛想を振りまきますが、他の人たちを強い命令口調で、アゴで使うところもあって。5人の男性サーバーのうち3人に至っては「耐えられない」「気分がすぐれない」とキッチンに出てこなくなってしまったんです……。いまだかつてここまでの強烈キャラ、会ったことないよ!存在を含めて全否定される。そこで思い切って彼女に直接話してみました。心を込めて話せば、理解し合えるはず。「私ひとりでは力不足でできないから、できれば、後片付けを手伝ってくれないかな」と。すると大激怒されたのです。「私は奉仕の経験があなたよりもあるのよ! 今後バカなことを言ったり、質問したりするのもやめてちょうだい。私はキッチンでは聖なる沈黙を実践しているの。あなたの存在はその妨げになるのよ」と。ガーン、言った言葉だけじゃなくて存在を含めての全否定だよ。これからの10日間どうやっていこうかと思い悩んだ末、先生にインタビューの時間をもらいました。彼女の貴重な時間にわざわざ愚痴を聞いてもらいたいわけじゃないし、ありのままを正しく見るというヴィパッサナー瞑想を実践する人の前で自分を正当化するほどアホらしいこともありません。そこでゆっくり座って呼吸を整えてから、「どうやったら思いやりを持って働けるのか、そしてそれをどうヴィパッサナー瞑想に落とし込んで捉えたらいいのでしょうか?」とシンプルに質問します。自分の内面を整えると、世界が変わる。すると先生が言います。「山積みの仕事に追われて心がせわしなく落ち着かなかったり、人の心ない言葉や理不尽な態度に怒りや憤りを感じたりしたら、まずあなたの感覚を感じてみて。それは熱さ、冷たさ、硬さ、重さ、それとも麻痺した感じ? 今のあなたは実際にどう感じているの? 手と足は神経系が多く走っているから、感覚を捉えやすいと思うわ。そうやって感覚を研ぎ澄まし、加工したり抑圧せずに今そのままの感覚を受け入れていくとしだいに思考が洗われてきます。あなたの内側がクレンジングされていくと、おのずと外側の環境も癒されていきますよ」。大興奮して、「キッチンにいてもヴィパッサナー瞑想の実践なんですね! さっそくやってみます」というと先生がにっこりと微笑みます。「それからこれも大切。夜の慈悲の瞑想では、まずあなた自身に優しい気持ちを贈ってあげてね」と言われました。休憩時間を終えてキッチンに入り、「あの人またサボっている」と意地悪な感情が沸いたらそれを否定せずに受け止め、野菜を切る手の感覚に集中。「で、私なんで人生の瀬戸際にここでひたすら掃除しているんだろう?」と疑問を抱いたらそれを受け止めつつ、ほうきで床のごみを集めることだけに向き合ってみる。ティク・ナット・ハン師と過ごしたマインドフルネス瞑想合宿での実践を思い出します。そんなふうに過ごしているとマネージャーから彼女が合宿所を出て行ったことを知らされます。その後はより少ない人数になったことで、本当にみんなで助け合いました。助けられ続ける喜びと、その辛さ。実は女生徒さんのなかに塩を含んだものが一切食べられないという人がいて、彼女のためにスペシャル食も作っていたんです。いつものように彼女に食事を届けると、「ただでさえ忙しいあなたに余計な負担をかけてしまって、罪悪感を感じるわ」と言われてしまいました。「とんでもない! お役に立てるのは私の喜びなんですよ」と答えるけれど、彼女の心の痛みが伝わってきます。ただただ世話になることを受け入れるというのはとても有り難いいっぽうで、辛くもあるのです。会社を辞めてからそれを体験し続けてきたので、今はすごくよくわかります。実は彼女から食事の後の掃除を手伝いたいと何度か言われていたんです。でも生徒さんは瞑想に集中する必要があるので、お断りしていました。でもこの状況では何が正解なのかがわからない。そこでこのセンターに長らく住むという先生に相談してみることにしました。すると「彼女が心から手伝いたいというのなら、そうさせてあげなさい。昔センターは今ほど大きくなくて、普通の家のガレージだったんだよ。当時は奉仕する人間もすごく少なかったから、それこそこちらから頼んで生徒さんに手伝ってもらっていたんだ。だからそれが本当に彼女がしたいことなら、手伝ってもらいなさい」と。彼女がテーブルを拭きだすと、今度は無言で料理を一緒に片付けだす女性も現れて……。本当にいろんな人に助けてもらいました。女性側の先生をアシストする瞑想マネージャーのジェイも頻繁にキッチンに立ってくれました。歪んだモノの見方、誤解に気づく。今まで自分は人を頼るのが下手な人間だと思い込んでいたんです。頑張りすぎてしまうと。でもあるときテーブルを拭こうと清潔なクロスを取ったときに気がついたんです。「これをきちんと洗って乾燥機にかけて、畳んでここにおいてくれた人がいた。だから、私はこのクロスでテーブルを拭けるのだ」と。私の努力や頑張りは全て、必ず誰かの支えのもとで初めて成り立つことにようやく気がついたのです。ひとりぼっちで戦っている気分でいたとしても、何もひとりではできないのです。サポートを受けている自覚がなくても、生きるということは必ず誰かに助けられているということ。それを体験を通じて腹に落とした瞬間、言いようもない感謝の気持ちと、世界と自分に対する絶対的な信頼感が胸の奥から熱いエネルギーのような形で湧き上がってきて…。その力に圧倒され、もっと謙虚にならなければと思いました。そして自分が無意識に設定してきたコンフォートゾーン(自分が心地よいと思う領域)を超えたいと感じたのです。エネルギーヒーリングの世界。もうひとつのきっかけは、瞑想合宿から帰ってからのこと。バークレーの街を歩いているとどうしても気になる店があって入ってみたんです。『The Wisdom of Heart』という名前のお店で、ああいう経験を合宿でしたばかりだったので店名も気になって。中に入るとエンジェルカードやペルーの神木のパロサントを用いたお香、セージのスプレーなどが販売されています。するとオーナーらしき男性からまっすぐな目で「もしよかったら、これを受けに来なさい。初回は無料ですよ」と一枚のカードを渡されます。それはエネルギーヒーリングのセッションカード。©The Wisdom of Heart実はアンアンやハナコで編集者をしていた頃からエネルギーヒーリングやボディワークには興味があって、そういった特集を編集させてもらったり、さまざまな施術も受けてきました。けれどもアメリカに来てからはちょっと封印していたところがあって。ひとつは経済的な理由です。そして “スピリチュアル” とされるものの科学的な根拠をまずは学ばないと、広く深くは伝えられないはずだ、と意識的に遠ざけていたところもあります。そのうえヴィパッサナー瞑想を始めたことでプラクティスの方向性が異なる部分もあって中断せざるを得ないところもありました。©The Wisdom of Heartけれど、これも何かのご縁だとエミリオ(カードを渡してくれた男性。写真上)のセッションを受けてみたんです。彼はペルーのクランデロ(ラテンアメリカ土着の男性精神治療医、祈祷師)の末裔で、レイキ、エンジェルヒーリング、ビオマグネティスム、フラワーエッセンスなどさまざまなエネルギーワークも一緒に用いてヒーリングをしていきます。セッションの後で、これはすごいとわかりましたね。頭の中のザワザワが止んで、からっぽになるんです。ヴィパッサナー瞑想合宿8日目の夜にいつも抱くあの感じです。もっとわかりやすく言えば、夢の記憶がない朝、目覚めたばかりのちょっとまどろんでいるときのような感覚でしょうか。今の私は将来に対する不安でいっぱいなので、いつもどこかしら未来への漠然とした恐れとともにあります。ところがセッションの後はそれがスカッと飛ぶというか。抱えていた問題などがある意味どうでもよくなって、「なんとかなる」という世界と自分に対する絶対的な信頼感が増すんです。ちょっと危ないですか?(笑)。エミリオが言うには、自分は何も教えていないし、何も加えていない。ただ、私本来のエネルギーに戻るための手助けをしているだけだと。彼自身自分のことをヒーラーだとは捉えておらず、みんなそもそも自分自身を癒す力がある。自分は彼らのヒーリングの過程を助ける友達だよ、と。ではそれを踏まえると、そもそもの私は、根拠のない自信と好奇心が強い、ちょっとクレイジーな人間なのかもしれませんね、苦笑。「今後続けて行く場合はどれくらいの費用がかかるのですか」とたずねるとセッションは90分で$60〜100。その人の経済状態に合わせて一緒に決めていくのだそうです。非常に良心的な施術料です。それでも今の私には払えない。そこで「あなたのやっていることを考えるととても良心的な金額だと思います。すごいパワフルなのもわかる。今の私には難しいけれど、違った状況でいたら絶対に受けていたと思います」とお返事すると、エミリオは全部わかっている。「実は新しいヒーリングの技術もみなさんに届けたいと思っていて、その体験をして率直なフィードバックをくれる人が必要なんだ。週に二度、何度か受けてもらって、正直な感想や体験を教えてくれたら、研究の治験者のような形であなたに無料セッションをしばらく受けてもらいたいと思うのだけれど」と私が受け取りやすい形で助けることを申し出てくれたのです。私の答えは当然、イエス。そしてエミリオに「セッションで心をオープンにして、前に進むために自分を信じられるようになりたい」とリクエストしました。2度目のセッションの後でしょうか。「バークレーを出よう。旅に出よう」と強く思って、ハウスマネージャーに退去の意志を申し出ました。行き先も決まっていないのに、出るってどういうこと? 頭で考えてもわかりません。でもこれは瞑想中にも何度も思ったことと同じで、勇気が持てずに決められなかったこと。エミリオのセッション後には、その直感を信じてみようと強く思ったのです。直感を信じると、扉が開きだす。とはいえ「決めたはいいけど不安だな」と4度目のセッションを受けた後に「セッションルームを掃除させてもらえないか」と、恐縮するエミリオに頼み込みます。ギブアンドテイク信仰が染みついている私には、無償で与えてもらってばかりではエネルギーがうまく循環されない気がしたからです。すると掃除を終えて店を出た直後にエサレン研究所から連絡が。エサレン研究所とはスタンフォードの卒業生二人が始めたエッジィなスピリチュアルセンターで、雑誌ブルータスでCEOの方を取材させてもらったこともあるのですが、あいにくの天候不順で道路が閉鎖されており(太平洋を臨む崖の上にあるので)、当時訪ねることができず苦い思いをしました。振り返ればアンアン編集部に在籍していたころ、8年ほど前でしょうか。山川紘矢・亜希子ご夫妻に取材させていただいたときにも「あなたはエサレンに行ったほうがいいよ!」と言われたことがあったっけ。エサレン研究所へ。そこでバークレーを出ると決めてすぐ、働きながら1か月間住んで勉強するというプログラムがエサレンにあったので、志望動機エッセイなどのアプリケーションフォームを提出したのです。ところがエサレン側からの返事がこず、うなだれていました。それが無事に受け入れてもらえるとの連絡だったんです。そこでとりあえず1か月間は行き先が決定! あとは依然として真っ白ですが、笑。エサレン研究所で学ぶのは、生活のバタバタや人間関係のアレコレのなかでも体感覚を鋭くして体の声を聞きながらプレゼンス(存在感)を高め、自分の内側の声を聞く方法。驚くことに、これはエミリオから言われていた私の課題ズバリ。つまり「思考だけで人生をコントロールしようとする傾向があるね。体には独自の叡智があって、いつも私たちに語りかけているんだ。それを私たちは無視しがちだけど。だから肉体感覚ともっと繋がってみると驚くことが起きるよ! 体の声に注意を傾け、聞いて、対話し、感謝を示してみて」とずっと助言されていたのです。エミリオのエネルギーワーク中に、思考と感情のブロックが取り払われると、物質ではないもののはずなのに何か石のようなものが胸の真ん中から動いていく感覚がしたり、呼吸を用いて体のエネルギーを巡らせていくと、いつも冷たい手先足先がびっくりするほど熱くなっていくのを体感して、「すごい!」と感動していました。アメリカに来てから大学や研究機関の自然科学の世界では真理を追究するうえでの客観性の重要性を学び、計測、計算できるものだけを現実と認めると教わってきました。でも、それはあくまでも現実の一部。もしかしたら一番重要な部分ですらないのかもしれません。点が線になり始める。少しづつではありますがバラバラだった断片が繋がり始めました。バークレー大学では心理学の基礎と自分のなかに強いアカデミックコンプレックスがあったことを学びました。そしてUCSF Osher Center for Integrative Medicineという研究機関で体内感覚と感情の繋がりについての研究のお手伝いをしたきっかけで、ヴィパッサナー瞑想やマインドフルネス瞑想の世界により深く入りこんでいって。その結果、感覚を鋭くすると信念体系が変わって外側の現実も変わることを実体験。エミリオのエネルギーワークではその感覚をエネルギーレベルで捉えることを経験させてもらいました。次はそれをどう実生活に落とし込んでいくかをエサレン研究所で学んでいく……。まだまだいろんなことが起こりそうで、ワクワクします。もっと言えばマガジンハウスに採用してもらってアンアン編集部で働いていなければ、今ここでこんなふうにみなさんとお話することもできなかったでしょう。全ては意味があって、ベストなタイミングに必要なことが起こるのだなと強く思います。それにはいいことも一見悪いこともあります。今後住所も持たないし行き先もはっきりしない。正直不安です。でも不思議といずれ全てが繋がって全体になるときがくるのだと信頼しています。SEE YOU!©Tony Antonio NateraInformationエミリオさんの詳しいインタビューはOur Giftismでも!『The Wisdom of Heart』
2018年04月07日「歩粉のポートランド&バークレー案内」刊行自然の中でスローライフを楽しめるとして「全米で暮らしたい街NO.1」とも言われる、アメリカ西海岸の街ポートランド。そんなポートランドと、同じく西海岸のバークレーを紹介する書籍「歩粉のポートランド&バークレー案内」が、2018年4月11日(水)に発売されます。ポートランド&バークレーの厳選ショップを紹介著者は人気焼き菓子ブランド「歩粉(ほこ)」を立ち上げた、磯谷仁美さん。そんな彼女がアメリカで本場の焼き菓子を学ぶ中、ポートランドやバークレーで出会ったスイーツとオーガニックフードの店を紹介しています。オーガニックフードへの意識が高く、お洒落なカフェが多く建ち並ぶ街で、著者が本当に惚れ込んだお店だけを厳選して掲載しています。焼き菓子レシピも同書では、著者が現地で巡り会った美味しい焼き菓子の詳細なレシピも紹介。たっぷりのりんごが食欲をそそる「りんごのガレット」は、是非作ってみたい1品です。トラベルガイドとしてはもちろん、スイーツ好きには見ているだけで楽しめる1冊となっているのではないでしょうか。(画像はプレスリリースより)【参考】※株式会社誠文堂新光社のプレスリリース(PR TIMES)
2018年04月06日私筆者土居彩はアンアン編集者時代に14年間勤めたマガジンハウスを3年前に辞め、まずは幸福心理学を学ぶためにアメリカへとやってきました。奇跡が重なりバークレー大の研究室で学ばせてもらったり、街で暮らすさまざまな人々に助けてもらいながら"幸せ”について教わり続けています。さてアフルエンザとは、豊かさ(affluence)とインフルエンザのかばん語(混成語)で、”もっともっと欲しい病” のこと。私も心の穴を埋めるために物を買い続けていました。この病を癒やした結果、しだいにホンモノの喜びや本当の願いが見えてくるとか。その方法と私の体験をお伝えします。写真/文・土居彩【土居彩の会社を辞めて、サンフランシスコに住んだら、こうなった。】vol. 70“40歳独女”という言葉には、一定のイメージがあると思います。おそらくポジティブな印象よりも、同情を誘ったり、「痛いんだろうな……」と感じさせたりとネガティブなもののほうが多いんじゃないでしょうか。実際に私もそうでしたし、今でもまだこの言葉がタイトルに使われると正直少し嫌な気分になってしまいます。私がそうだったのは “こうあるべきだ” という世間一般の既成概念からズレているとダメだ、という考え方が自分のなかにあったからで。つまり「40歳の独身女性だったら、もっとちゃんと稼がなくちゃ」「パートナーがいないのは偏屈だから?」「親になったことの無い自分は未熟だ」など、人との比較のなかでしか自分という人間が誰なのか、何が自分にとって大事なことで、何が自分の幸せなのかがわからなかったからです。世間が考える幸せが自分の幸せのはずだと、そう信じ続けていたんです。アフルエンザ(Affluenza)という言葉があります。それは、豊かさ(affluence)とインフルエンザのかばん語で、”もっともっと“ と物質的な豊かさを執拗に追い求めて、使いすぎや負債、不安、無駄遣いに陥ってしまう社会的感染症のこと。ひらたく言えば、”もっともっと欲しい病” です。このアフルエンザには、物質的な豊かさが幸せの中心にあるいう考えが根底にあります。私は洋服やアクセサリーが好きです。といっても今持っている全ての衣服は10着ほどで、スタメンはこの布バッグとポシェット。スウェードのミニポシェットはBAGGUというカリフォルニア発のブランドのもので、どんな洋服ともよく合うのでとても気に入っていて、持つとハッピーな気分になります。日本で編集者をしていた頃は今とは全く違って、月に10着ぐらいは新しいものを買っていたのではないかと思います。装いに気を遣っていたのは服が単純に好きだったり、会社や雑誌のイメージを損なわないようにというプロ意識ももちろんありました。けれども、クローゼット一杯の高級衣服やバッグのなかにはタグがついたままで一度も着ていないものもあって、自分の心の底にある穴を埋めるためにオンラインショッピングで流行のものを買い続けていたというのも事実。お金を稼いで物を持つという成功概念に完全に囚われていたんです。振り返ってみれば、当時の私もアフルエンザにかかっていたのだなと思います。心理学者によると私たちがアフルエンザにかかってしまうのは快楽順応(hedonic adaptation)のせいだとか。つまり私たちは感覚的・生理的変化に適応するようにできているので、結婚、転職、異動、またはショッピングなどでいっときの幸せを感じたとしても、しだいにそれに慣れて幸福感も薄れ、気づけば当たり前になってしまうというのです。その結果、“もっと、もっと” と新しい刺激(快楽)を求め、永遠に幸せに到達できないゴールのないトレッドミルを漕ぎ続けることに。幸福心理学の権威である社会心理学者ソニア・リュボミアスキー教授は、この快楽順応には二人の犯人がいると考えています。ひとり目は上昇願望。ファストファッションの世界では一年は4シーズンではなく、52シーズンもあるのだといいます。つまり新しいアイテムを買っても1週間もすれば流行に遅れている気分にさせられてしまう仕組みになっていて、「もっともっと欲しい」気分に拍車がかかります。ガジェットなんかもそうですね。新しいバージョンがでると古いものはとたんに値段が下がって、やがて見向きもされなくなります。私の例を出すと、学生生活を送っていた昨年は認知症の女性の家に朝食のお世話と交換で居候させてもらっていました。庭への通路も兼ねた部屋だったので、プライバシーはほぼゼロ。いっぽうで今は家賃を払いながら7人のハウスメイトと一軒家で暮らしています。この部屋は、個室に鍵があるので入ってしまえば自分ひとりの世界。写真の家具はすべてスリフト・ストアという古着や家具を寄付で集めて再販し、収益を慈善事業にあてるという小売店で買いました。あやうくホームレス寸前だったので、部屋が見つかったときは天にも昇る気持ちでした。ところがバスルームに隣接しているために深夜、早朝に関わらず誰かがシャワーに入るたびに部屋が揺れるほどの騒音が。共同のバスルームは大惨事で、ハウスメイトのクマ柄のトランクスが脱ぎ捨てられていることもしばしばです(笑)。「あぁ、自分の清潔なバスルームがある、静かに集中して資料を読んだり文章が書ける部屋に越したい!」と切望しながらも、そういう場所に引っ越せたらまた何か新しい欲求が出てくるのだろうなと。「足るを知りなさい」と自喝しつつも、以前東京で暮らしていた頃の生活を懐かしんだりして。でも洋服の例で考えてみると、実際は多くのものがなくても案外平気なものです。そもそも洋服を減らすつもりは無かったのですが、部屋にあるのは80cmの収納スペースのみ。必要に迫られて減らし続けていくと、結果本当に着たいものがわかってきたり、朝の準備も格段にスピードアップ。今もこの部屋で暮らしながら、自分が譲れないポイントが何かを見つめ直しています。ちなみに家の話で言えば、家賃が恐ろしく高い私が住むベイエリアでは、こんな組み立て式の移動ハウス・Tiny House(タイニー・ハウス。小さな家)で暮らすミレニアル世代(1980〜2000年頃に生まれた人々)が現れ始めました。家賃のために働くばかりの生活から、少し働いて楽しめる人生を送ろうという新しい価値観の人たちが登場してきたのです。アフルエンザの二人目の犯人は、人と自分を比べること。このところ瞑想合宿で一緒になった女性からしばしば電話がかかってきて、“40歳を目前にした漠然とした不安”について延々と語られ、毎日の不満をぶちまけられるようになりました。このあいだも「就職先が決まったけど、最高とはいえない」という話だったので、「ひとまずおめでとう! 希望して転職したということだけど、前に働いていた場所と比べたらどうなの?」と聞くと、前よりは好条件だけど、歯科衛生士の自分は歯科医と比べるとみじめな状態だと。話題は変わって彼女のフィアンセのことになり、花束が家に飾ってあったのでサプライズ的な贈り物かと思って感激したら、「それは隣人のお葬式のために用意したものだよ」と言われ、「1か月ぶりの再会で、それって、酷くない? 別に何かギフトが欲しかったってワケじゃないけど」と、彼への不満が延々と……。30分以上愚痴を聞き続けた後、「まず仕事のことだけど。私は働くためのビザが無いから、アメリカでは就職できないの。だからアメリカで働けるあなたが羨ましいわ。私の今の生活費は貯金を崩しながら、あとはたまに書く原稿料でまかなっている。それから、お隣のお悔やみ用に花を用意する彼って素敵じゃない。というワケであなたの論理でいうと、私って最高にみじめってことになるって気づいていた? あなたよりも年上で、稼げず、パートナーもいない。確かに8人暮らしで、ヒドイ状態で暮らしている。ところがどっこい、今の私は幸せなの。これは自分でも予想外だったんだけど。伝えたいことを書いて、それを誰かが読んでくれるって素晴らしいことだから。あなたは何を一番大事にしているの?」とストレートに聞いたんです。彼女はしばらく無言になったあとに、「彼と旅行に行きたい」と一言。「だったら旅のプランを立てなきゃね!」と言って電話を切りました。実体験から「もっと〜でなくちゃ」という思考がなくなると、自分にとって本当に大事なものに段々と気づけるようになってくると感じます。でもそれは周りの人から見ると、うまくいっていない状態だったり、変わり者に見えるかもしれない。だから、そこは踏ん張りが必要です。なぜなら私の場合「でなくちゃ」が叶った先にあったのは、案外ホンモノの願いや本当にやるべきことじゃなかったりしたので、これからは自分の人生にしたいなと思うからです。「でなくちゃみこし」をワッショイ!ワッショイ!と担いでいた私にとってある意味、40歳になったことは緊張が解けるターニングポイントになりました。というのも昨年から今年にかけてでしょうか。ちょうど周囲の友人たちがラストスパートの出産ラッシュを迎えたんです。彼女たちを祝福し続けるうちに「もう子どもを持つ人生は私には無いかもな。親に孫の顔を見せてあげたかったし、私も欲しかったけど……。ま、それもアリかな」と自分なりの生き方を受け容れられるようになってきたのです。バークレーのスピリチュアルセンターでスワミ(インド哲学の先生)が「私たちの本質は、肉体でもなく思考でもなく感情でもない」と無償で教えてくれたり、サンフランシスコのコーヒーショップで作家のジェイに突然話しかけられて「本当の答えは外側ではなく、あなたの内側にある」と言われたときは、わかったようなわからないような状態でしたが、今はなるほどなと思います。とはいえ、心はどうしても揺れ動くものなので、頭ではわかっていても「今のままの自分でOK」といつも行動できるかどうかはまた別の話。だから今でもかなりバカな考えにトラップされることもあるけど、前よりはだいぶマシになったように感じます。だから、今実際になってみれば40歳独女っていうのも、そんなに悪いものじゃないですよ、フフフ。スワミのお話記事はこちらをどうぞ。作家ジェイのお話記事はこちらをどうぞ。アフルエンザ予防のためにと極端に走って消費活動全般がいけないこと、と一切のショッピングを断っていた時期もありましたが、それも自然な私じゃない。なにごともやりすぎは禁物です。だから今は本当に必要で、着ていて自分らしく幸せな気持ちでいられるものを少しずつ買い足しています。物を増やしすぎて身動きが取れなくならないように、ひとつ増やしたらひとつ手放すという作業を繰り返しながら。先日はもはや継ぎはぎだらけになるまで愛用していたYAECAのオックスフォードシャツが着るたびビリビリに破れてしまうので、ついにXiRENAというLAをベースにしたブランドのシャツと世代交代。日本の桜を思って、淡いピンク色を選びました。もうしばらくすれば、日本はいよいよ満開の桜でしょうか。みなさん、私のぶんまで楽しんでくださいね!SEE YOU!
2018年03月16日こちらアメリカの2017年トレンドメニュー「アボカド・トースト」。原価のわりに値がはるので、これをやめなければミレニアル世代は家が買えないと警鐘を鳴らした億万長者もいたほど大ヒット。今ではオシャレなカフェの定番メニューになっています。けれどもサンフランシスコの現実と照らし合わせて見れば、そう簡単にはことは運ばなさそうで……。考察してみました。写真/文・土居彩【土居彩の会社を辞めて、サンフランシスコに住んだら、こうなった。】vol. 69みなさんアボカド・トーストのことをご存知でしょうか?その名前の通りズバリ、潰したアボカドを塩こしょうとレモンジュースで和えたオープンサンドのこと。こちらアメリカにおける2017年のトレンドフードだったこともあり、わたしが住む西海岸ベイエリアでは多くのカフェや人気レストランの定番メニューとなり、半熟ゆで卵やサーモン、トマトやフェタチーズなどをアレンジした、お店それぞれの趣向を凝らしたアボカド・トーストが食べられます。例えば『Blue Bottle Coffee』ではシソふりかけ(!!)が和えられたシンプルなアボカド・トーストが9ドル。4.5ドルのラテを一緒に注文すれば、税金(カリフォルニア州税が9.25%)とチップ(15〜20%)を合わせて合計18ドル程度になります。つまりトーストとラテで2000円するわけですね。家が欲しけりゃアボカド・トーストをやめよ、という億万長者のアドバイス。ところで1980〜2000年頃に生まれた人を「Millennials(ミレニアル世代)」と呼ぶのですが、オーストラリア人億万長者のティム・ガーナー氏(彼自身もミレニアル世代)が『60 Minutes』という番組のなかで、ミレニアル世代は流行りのアボカド・トーストを買うのをやめなければ「自分の家を持つことができないぞ」と警鐘を鳴らし、節約を促しました。じゃあ、やめればサンフランシスコに家が買えるのか?ところがParagon Real Estate Groupの調査によれば、2017年5月の時点でのサンフランシスコで販売されている家の中央値は150万ドル(1ドル110円で計算しても、約1億6500万円!)。高級住宅に限り、じゃないですよ。中央値(median price)が、です。つまりアボカド・トーストとラテを8万3334回やめればサンフランシスコに家が買える計算になり、1年が365日だとすれば毎日食べていたとしても229年かかります。人間の平均寿命を考えると、アボカド・トーストを止めたところで家は買えないというわけです。年収1000万円以下が低所得者になり、2018年7月の時点で最低時給が15ドルになるという異常バブルなサンフランシスコですが、当然アボカド・トーストを注文できない人もたくさんいるわけで、いったいアメリカでは何がどうなっているというのでしょう?トップ0.1%の人たちがその他の200倍稼ぐ。INEQUALITY.ORGより経済貧富格差が大きな問題になっているアメリカですが、上の図はカリフォルニア大学バークレー校が2015年度の全米における世帯年収を調査したグラフ。これによるとアメリカの世帯年収トップ10%の人たちの平均所得は、その下90%の9倍以上。さらにはトップ0.1%の人々は、ボトム90%の人々の約200倍も稼いでいることになります。また世界最大のヘッジファンドBridgewater Associatesの創設者であるレイ・ダリオ氏によれば、トップ0.1%の人たちの世帯年収の合計は、ボトム90%の合計と同額なのだとか。つまり、たった0.1%の超富裕層の収入合計とそれ以外のほぼ全員の収入合計が変わらないというのです。つまり、サンフランシスコの所得1000万円以下が低所得者という話もこれに当てはめれば、ものすごく稼いでいる人が平均値を大幅に上げていることは確かで、どうやら過半数の人が1000万円以上の年収があるという話ではないのです。ところで上の動画は昨年観たマイベスト映画、ショーン・ベイカー監督の『The Florida Project』(フロリダ・プロジェクト。日本公開2018年5月予定)のトレーラー。この監督は他作品もiPhoneで撮ったりと低予算で実験的なことをやっていて、個人的に注目しています。さてこちら『Florida Project』では世界最大のアミューズメントリゾートである『ウォルト・ディズニー・ワールド・リゾート』がある、フロリダ州が舞台。『マジック・キャッスル』と呼ばれるモーテルにシングルマザーの母と暮らす6歳の女の子の目線で見た貧困層の人々の暮らしが描かれています。モーテルで暮らすなんて、アパート生活よりも割高では? と一見思えますが、きちんとした定職が無かったり、犯罪歴があったりすると入居審査に落ちてしまうので、結果こういうモーテル暮らしになるワケです。バイト生活者も利用していたフード・バンク。この映画のなかに賞味期限スレスレの食品を企業やスーパーからの寄付を受けて配給するフード・バンクの車が出てきます。映画を観ながらふと、サンフランシスコのヘイト・アッシュビーで暮らしていたころにハウスメイトの女性が毎週末『Haight Ashby Food Program』というフード・バンクの列に並んで、オーガニックスーパー『Whole Foods』や『Trader Joe’s』のパンや果物、惣菜を持ち帰っていたことを思い出しました。日本で暮らしていた頃はこういう配給を受けるのは相当な生活貧困者だろうと思っていたのですが、そうでもなかったんですよ。20年以上サンフランシスコで暮らすという30代の彼女はオシャレな花屋に勤めながらこちらの短大であるシティ・カレッジで何コマか授業を受けていました。彼女にはアルバイトとはいえど毎月収入がありましたが、家賃を払ってたまにカフェに行ってというので生活がやっと。「ここ数年の家賃の異常な値上がりで普通に生活できない」と、彼女のように今までサンフランシスコで暮らせていた人たちも生活がどんどん厳しくなっています。実際に彼女とハウスオーナーと3人で暮らした写真の家は昨年秋に売りに出され、オーナーは北カリフォルニアに引っ越しました。そこはサンフランシスコで初めて自力で問い合わせて住めた家だったので、売り出しの看板を見た途端、想い出が失われるようななんともいえない気持ちが。「サンフランシスコは、もう俺の知っている街ではないよ」と最後に言った、その家で生まれ育ってきた50代後半の彼の言葉は、忘れられません。どうやっても家は買えない。だから、買うことができるたまの贅沢としてヒップなトーストとサードウェイブコーヒーを楽しむという姿勢は、たしかに刹那的ではあります。でも実際にベイエリアで暮らすミレニアム世代を見ると、それはある意味彼らの厳しい現実における自然選択なのではとも思えるのです。SEE YOU!
2018年02月23日図らずともやさぐれモードで始まった二度目のヴィパッサナー瞑想合宿。セルと呼ばれる独房に篭って瞑想し続けた結果、心の深い深い部分まで向き合うことになりました。結果、”40歳を目前とした不安”について延々と語る女性に自らを晒せるほどエネルギーが軽くなったのですが。いったいどんなステップを踏んだというのでしょう。時系列でご報告します。写真/文・土居彩【土居彩の会社を辞めて、サンフランシスコに住んだら、こうなった。】vol. 67くしゃみが止まらず、ティッシュが手放せない。2回目のヴィパッサナー瞑想合宿、前編はこちらをどうぞ。やさぐれモードで始まった2回目のヴィパッサナー瞑想合宿ですが、始めの3日間はとにかく眠くて、眠くて。あろうことか瞑想中に寝落ちすることが多々あったほど。そこで休憩時間は散歩もせずにひたすら気絶したように爆睡していました。朝の4時半から瞑想がスタートするのですが午前中はくしゃみ、鼻水と涙が止まらず、ティッシュ箱が手放せない状態に。まったく集中できません。健康だけが取り柄だったのに、どうやらアレルギーになってしまったようです(これって、瞑想アレルギー?)。結果、ティッシュ箱と頭からすっぽり被れるぶ厚めのストールが瞑想時の私の必需品に。ちなみに合宿中にみんながどんな格好をしているのかというと、写真上のようなポンチョ人口が高かったです。ポンチョの下はパジャマのようなゆるいスウェットの上下。分厚い靴下を履いてビルケンシュトックのサンダルというのが北カリフォルニア ヴィパッサナー瞑想合宿の定番ファッションのようです。「大草原の小さな家」のローラ気分の寮。寮の部屋の様子はこんな感じ。前回のヴィパッサナー瞑想合宿で訪ねたNorthern California Vipassana Centerとさほど変わらなかったので、そちらを再掲載しました(携帯電話を没収されるので、写真撮影ができないんです)。シングルサイズのほどよい硬さの低反発マットが敷かれたベッドに、ナイトテーブルとデスクランプ。あとはゴミ箱とティッシュ2箱にハンガーが5本です。今回違った点は、全室個室で洋服ダンスがありました。※ヴィパッサナー瞑想合宿・初体験記事は、こちらをどうぞ。寮はこのように木々に囲まれた原っぱに何棟か建っています。ちょっとした『大草原の小さな家』気分です。10日間の寮のトイレ掃除は、有志で行います。3日目に、当番表が埋まっていなかったため、睡魔と戦い意識朦朧としながらトイレ掃除をしてみました。現在8人で暮らしている家でもそんな感じなので、「私の人生、トイレ掃除しているうちに終わりそうだな……」と思って、少し気が滅入ります。独房に篭って、瞑想し続ける。今回の合宿所ではメディテーションホールで集団瞑想を行うだけではなく、パゴダと呼ばれる仏塔(写真上)の個室でも瞑想できるとか。日本の侘び寂び、簡素な仏塔とは趣が違って、超エキゾチック&ド派手な外観ですね……。余談ですがこのパゴダの小さな個室のことを英語でcell(セル)というのですが、コレ、刑務所の独房っていう意味もあるんですよね(苦笑)。中の様子はというと、だいたい一畳ぐらいのスペースに坐布がひとつ。窓はありません。ここに篭ってしまえば、誰も気にせずにいくらでもくしゃみができるし鼻もかめる。寛ぎすぎて「こりゃ、楽だわ〜」と壁の角にもたれて、あろうことか爆睡してしまったり。非常に落ち着くので7日目ぐらいまではひとりここに籠もりきりで瞑想していましたが、肉体的にはラクなのですがなぜかここにいると私は怖いことばかりが頭に浮かんでしまいます。4日目の朝は「この後に及んで大学院に行かなかったら、渡米したけどなんの意味も無かったな!」といろんな人に批判されるという被害妄想たっぷりな悪夢にうなされて目覚めると、眉間と左頬に大きな吹き出物が。ウォーキングコースに設置された“course boundary(ここまでよ)“と書かれた標識を見ては、袋小路な自分の人生に照らし合わせてしまうというネガティブっぷり。心の中と同様、外は雨です。「二回目だといっても、前回8日目に体験したスカッとしたあの状態からはスタートできないのだな……」と、憂鬱な気持ちになります。ニルヴァーナ(涅槃)への道は、はるか彼方……。「瞑想によっていい気分でいたい。幸せになりたいという気持ちが先行すると、それは良い気分に対する執着であり、嫌な気分に対する嫌悪感ですから、真の幸せ、つまり涅槃への歩みとはまったく逆の方向に向かっていることになります」というヴィパッサナー瞑想を指導するS.N.ゴエンカ師の教え。厳しい!といった感じで解脱の道とは真反対に進もうとする気持ちをなだめながら、コースで指導される瞑想法は鼻腔を流れる呼吸に集中するアナパーナ瞑想から、頭のてっぺんから爪先までの感覚を観察しながら平穏な心を保つというヴィパッサナー瞑想へと移り変わります。行動に移せず、現実化しない妄想に囚われる。5日目に再び寮のトイレ掃除当番表が埋まらず、二度目のバスルーム清掃を。ふたつあるトイレのひとつが掃除中に使われていて、使用時間が長かったので「あ、そっちは掃除してくれているのかも♡」と淡く期待をするも、あてが外れて腹が立ちます。「アニッチャー(諸行無常の意)、アニッチャー……。あぁ、全てが “気づき” と “平穏な心” の練習。ヴィパッサナーなのだなぁ〜」とわかったような気分で掃除中に鏡を見ると、普段吹き出物などほとんどできないのに鼻の横にまでできものが!トイレ掃除後、悶々とした気持ちを抱えながらパゴダに篭って瞑想をしますが、「1年半したらビザが切れるけれど、その後私はどうなるのだろう……」とものすごく不安な気持ちにトラップされます。そこで休憩中に森の中の湖のほとりを歩くことにしました。自然に癒やされるうちに「先のことはわからないけど、少なくとも今はこうして自分のために時間とお金をかけられる。ありがたい。私は幸せだ」と感謝の心が芽生え、少し心が前向きに。湖面に映る木々を眺めているうちに、心の淀みが外の世界に反映されているのだというゴエンカ師の教えが心に染み入ります。こういう経緯を経て毎度この合宿で思う定番ごとなのですが「精神衛生上、緑に囲まれた場所に引っ越したほうが良いのではないか(家賃が格安ならなおのこと良し)」と未だ行動に移せず、現実化しない妄想を抱きながら1日を終了。ユーモアは全てを制す?今回の合宿から坐禅中に体が痛まなくなったことはこれ幸いなのですが、代わりに思考の大暴れが顕著に。6日目のQ&Aの時間に先生に相談すると「呼吸に戻り、感覚に戻りなさい。ヴィパッサナー瞑想で感覚に集中できない場合は、アナパーナ瞑想を行って」と助言されます。「感覚に戻るとは、再び頭のてっぺんに意識を持っていってボディスキャンを再開するということでしょうか?」とたずねると、「いいえ。注意がそれてしまった箇所からです。そうじゃないと、頭のてっぺんばかり観察することになってしまいますよ」と指導されました。「あ、それまさに私がずっとやっていたことです! あやうく頭のてっぺん観察のエキスパートになるところでした」と答えると先生にウケ、ろくすぽ瞑想も満足にできないくせになんだか満足感が。ゴエンカ師の講話もユーモアに溢れているし(残念ながら日本語訳はジョークの部分がうまく反映されていません)、人間関係とか人生とか、お互いに気持ちよく笑えたらそれでいいんじゃないかと、その夜は妙に納得しながら床につきました。死のイメージにトラップされ、涙と鼻水まみれに。7日目にセルで瞑想をしていたら、突然親の死のイメージがやってきて涙と鼻水まみれ、ひどく苦しい思いを。自分のなかに親や生に対する執着心と死と老いに対する強い恐怖心があることを再認識しました。そこで瞑想最終日にゴエンカ師の『The Art of Dying(アート・オヴ・ダイイング)』という仏教的な ”死“ の捉え方、ゴエンカ師のお母様や転移し続けるガンの恐怖と向き合うクイーンズ大学教授のインタビューなどがまとめられた本と、思わず日本行きの航空チケットを購入したということは言うに及ばず。「安らかな死を迎えたいと人は言いますが、そもそも平穏な生き方をしていない人に、平穏で幸せな死は迎えられませんよ」と、至極まっとうな道理がゴエンカ師の講話で語られ、はっとさせられたからです。前回の瞑想合宿では「今なんでコレ?」と現在抱えている問題とは関係の無いような出来事が頭をハイジャックしましたが、今回はビザの件やら、将来や親のことなど。抑圧しているつもりでも、心の深い部分で感じ続けていた不安や恐れがババババーっと顕在意識に浮き上がってきたようです。トイレ掃除当番表が埋まらず、怒りと向き合う。頭のなかではなく、リアルに今ここで起こっている出来事に関しては、1日の終わりに近づいても10日目のトイレ掃除当番表が未だに埋まっていないのが気になります。ハイ、またトイレ問題です(笑)。そんな思いを抱えつつ瞑想中に体の感覚をなぞっているうちに、今までずっと封印していた感情が現れてきたようで、教授やプログラム・ディレクター、その他さまざまな出来事に対する強い怒りを感じて、我ながら驚きました。なぜなら、その出来事はすべて自分の実力不足の結果で、「私はこの満足がいかない現実に見合う人間だ」と諦め、受け容れているものだとばかり思っていたからです。すごく怒っていたんですね、実は。FUCK YOU! と思っている自分を心の狭い勘違い人間だと否定せずに、初めていったん静かに「わかった、わかった」と認めてみました。またつねづね瞑想中に集中が切れるとやってしまう私の定番妄想は「あのときああだったら、今こうなっていて……」という意味の無い夢物語を頭のなかで繰り返すことなのですが、7日間それをやり続けた結果、「いい加減、もういいわ!」と。死の恐怖と向き合ったときと同じく「変えられない過去を書き換えようと妄想にふけるんじゃなくて、今できることを精一杯やろう」と思考が切り替わったのです。瞑想後の休憩中にホールを出ると、自分の視覚が普段より鋭くなっていることに気が付きます。陽光を強く感じて、草木に降りた霜に光が反射してキラキラしてとても美しい。「生かさせてもらっている」。そんなふうに感謝の気持ちが胸の奥から湧き上がってきました。瞑想で無感情になるわけではない。8日目の午後、先生に常日頃疑問に思っていたことを質問します。「この瞑想では執着や嫌悪感を手放すことが目的ですが、プラクティスを続けていくにつれて無感情になってしまいませんか? ブラック企業や軍隊でも瞑想が使われていると聞きましたので」と。すると「いいえ。この瞑想ではあなたの感覚と感情に気づき、外側の状況をより正確に把握したうえでその感情を外に表現するのかしないのかという選択をあなたに与えてくれるもの。感情を抑圧するのではなく、自動操縦的に反応するのでもない形で、です。それが自由です」と言われました。夜の講話では、改めてゴエンカ師はすごい人だなぁと痛感しました。前回は彼の知識や理解の深さ、つまり瞑想で体内感覚を鋭くすることで信念体系がなぜ切り替わるのかを明快かつ論理的に説明する点で尊敬したのですが。今回はこのテクニックを太っ腹にも受講料も宿泊料も請求せず、あくまでも寄付ベースで提供し、全ての人にわかりやすく教えることに人生を捧げたという事実にただただ圧倒されました。「この瞑想はただ感覚を鋭くするためのゲームじゃない」とゴエンカ師は強調しますが、講話の時間で終始語られる道徳・倫理面の学び(慈悲の心と滅私奉公の実践)がこのヴィパッサナー瞑想のコアとなる実践なのでしょう。つまりそれを抜きにしてヴィパッサナー瞑想は無い、ということです。その夜の最後の瞑想では “気づき” と “平穏な心” を念頭に行った結果、とても深まって坐禅をとくのに少し時間がかかりました。8日目の就寝前は、前回と同様、頭が空っぽになって気持ちがいい。行動や結果の背後にある、意図が重要。9日目は春のような陽気になり、フリースやポンチョを脱いでTシャツ姿になっている参加者も。午後になっても10日目のトイレ掃除当番表が埋まらず、表に名前を書き込みます。ゴエンカ師は、何かをするときには行動と結果よりも、その意図が大切だと説きます。「仕方が無いな」と諦めに近い気持ちで、掃除をするのは良い意図では無いのでは?と思ったけど仕方が無い。9日目に聖なる沈黙が解かれたので、10日目に参加者といろいろ話をしました。その際にキエフ出身LA在住の旅好きの女性との会話中に「私は毎日旅をしているような気分なんです」と言うと「もうアメリカに来て3年も経つのに?」とたずねられました。「……はい。そして不思議なことに日本に帰っても、旅人のようなエトランジェ気分なんです」と打ち明けると、「わかるわ、その感覚……」と言われ、ふたりでしばし沈黙します。そして「でもそれは、すべての国が自分の国だと感じているから、って私は思っているの。あなたは今、アメリカと日本の両方があなたの国になりつつあるんじゃないかしら」と言われます。「その発想の転換は、とても素敵ですね」と言うと「どこの文化にもすんなり溶け込めることもあるし、チグハグな気分にさせられることもある。どこにいても同じ。その思いに囚われすぎないことよ」。自分の心の方位磁針を持つということか。「それこそヴィパッサナーですね」と言って、二人で笑顔になりました。有り金全て寄付するも、稼いでいない自分が恥ずかしい。11日目最後のメッタ(愛と慈悲)瞑想を終えて、寄付をしにいきます。さすがカード社会アメリカという感じで、現金だけではなくカードやチェックでも受け付けてくれます。前回もできる以上の精一杯をしたけれど、少額で恥ずかしい思いをしたので、今回は今のところ入る見込みの原稿料を全て寄付しました。それでも年収1000万円以下は低所得者になるという北カリフォルニア地区の人たちに比べたら、ずいぶんと少額。iPad上にサインしながら、センターで奉仕をする人も「少ないな」と思っているだろうと被害妄想と劣等感にトラップされそうになります。気を取り直して、行動の意図が大切だというゴエンカ師の教えを踏まえ、この寄付をしているのは「ケチだと思われるのが恥ずかしい」から「次の人にこの素晴らしい体験を贈りたい」という願いに切り替えるように意識を転換します。そのあとは、有志でキッチンの掃除を行いました。おいしいご飯を無償でずっと作ってくれてありがとう、という気持ちを込めて。わたし、40歳ですけど?帰りもピィーがライドをしてくれ、行きと同様に40歳を目前とした不安を延々と語られます。フィアンセと結婚をして子どもを授かりたいが、旅好きの彼は落ち着くだろうか。うんうんと聞いていると「あなたはまだずいぶんと若いからこの気持ちはわからないだろうけど。出産にはタイムリミットがあるのよ。私には時間が無い!」と言われて、ここでどう答えるのが正解なんだろう? と悩みます。「自分の年齢を言ったほうが彼女の心が軽くなるのか」、それとも「このまま相槌を打ちながら話を聞いてあげるほうが、彼女がラクになれるのか」。エムのときと同じテストがやってきました。結論が出せないまま話を聞いていると「で、あなたはいくつなの?」とストレートに聞かれたので、「私はあなたよりも年上で、40歳です」と答えると「オゥ……」と言われて、その後年齢に関する彼女のボヤキはピタッと止まります。すると話題は変わって、大学を中退し歯科衛生士の職についたが給料がそんなによくないために高収入の彼に経済的に依存している。学校に戻ろうかと考えているけれど、なかなか現実的には難しいという内容になりました。そこで「大丈夫よ、ピィー。私今のところ全収入は500ドル程度なんだけど、それもさっき全部寄付してきたの」と答えると、再び「オゥ……」と言われ(笑)、経済面に関するボヤキもストップ。私自身もそうですが、悩みというものの圧倒的多数は、相対的なものなんだなと痛感しました。次は奉仕側として参加。もちろんそうわかったからといって悩みが無くなるわけではありませんし、変えられない現実というものはあります。でも、怒りや不快感を感じたときにそれを抑圧して封印する形ではなく、本音に気づいて、先生が言うように “それに反応するのかしないのか” という手綱を、頭のなかで思うだけではなく、実生活に落とし込む形で少し持てるようになってきたかな……?と感じます。気のせいかもしれないけれど。とはいえまだ収入面における劣等感は拭いきれませんでしたし、あとはトイレ問題ですね(笑)。つまり、未だに私にとっての ”与えること” と ”受け取ること” の最適なバランスがよくわかりません。そこで今度は12日間奉仕し続けるというヴィパッサナー瞑想ボランティアの申し込みをしてみました。与え続けてみた先には、いったい何があるというのでしょう? トイレ掃除もいっぱいすることになるでしょうね(笑)。またそれは終えた後、4月ごろにでもレポートします。さて瞑想を終えて帰宅すると、バークレーにはもう春がやってきました。そして日本の心友からこんなギフトも! “TODAYISSPECIAL”、そんな気持ちで毎日を過ごせたらいいですね。長い文章を最後まで読んでくださって、どうもありがとう。SEE YOU!
2018年02月16日大学院への道は途絶え、研究インターンはお役御免に。”40歳で新しいチャレンジは、やはり無謀?”と袋小路な状況のなか、かねてから予定していた二度目のヴィパッサナー瞑想合宿へと向かいます。写真/文・土居彩【土居彩の会社を辞めて、サンフランシスコに住んだら、こうなった。】vol. 66大学院への道、途絶える…。先日アカデミックディレクターの人に「大学院への進学はどうするのか」とたずねられ、朝の8時キャンパス近くのコーヒーショップ『Café Strada』で話をしたんです。この店はサードウェイヴコーヒーショップ的なオシャレさは微塵もありませんが、朝6時からオープンで無料Wifi・電源完備。テラス席もあり、リーズナブルな値段でドリンクを提供してくれるうえ、どんなに長居をしても迷惑がられないとあって、学生や教師の憩いの場となっています。ちなみにカフェで見かける使い古されたツイードのジャケットに丸メガネの着こなしが素敵なダンディな教授陣は私のバークレーにおけるファッションアイコンでした。通い詰めて顔なじみになると、こんな不思議なラテアート(※そういう店では無いのです)をにこりとも笑わないメキシカンのおじさんがそっとやってくれたりして……。ここ最近は学校にいく用事が無いので全く足が遠のいていましたが。さて爽やかな朝、『Café Strada』のテラス席で「私には確かめたい仮説があって、会社を辞めてアメリカに来てからずっと自分を治験者に見立てて実験・観察しています。でもそれが大学院の研究室でなければできないことなのかが、よくわからなくなっちゃって。例えば “慈悲の心” について研究している研究者たちよりも、私にとって思いやり深く接してくれた大学中退のインターン先の社長や、私財を投じてギフトの世界で生きている人たちから学ぶことのほうが今は大きく感じるんです。なので、今のところ大学院を目指す気はありません」と爆弾発言を投じました。すると彼女から「わかるわ…」と言われた後に、彼女自身大学の教授や講師陣たちと友人になろうとアカデミックディレクター、そして講師として奮闘していたことを打ち明けられます。「キャンパス内で真の友だちを作りたいとある教授に相談したの。そうしたらなんて言われたと思う? 『だったら子どもを早く作って、子どもがいる教授と交流を深めることだね』って……」。それに対して思わず、「Disgusting!(気持ち悪っ)」と叫んでしまいました。彼女は私とちょうど同年代の独身女性だからです。はい、ここでバークレーへの道は完全終了!その後、日系人を治験者とした体内感覚と感情についての研究インターンへ。年明けランチミーティングがあると教授に招かれて向かったのです。某名門大学心理学部博士課程在籍の台湾系日米バイリンガル学生が自身の卒業論文のテーマにするため、教授の研究を無償で手伝いたいという話で。「では私は今後どう関わりましょうか?」とたずねると、特にやることが無い様子。お役御免です。入館証を眺めながら、これを使うことももう無いのか……。結局私がこの研究で行ったこととは、治験者募集のための広告を作ってこちらにあるタブロイド誌と料金・スペース交渉をして掲載すること。電話でスクリーニングをして研究に最適な治験者を選ぶこと。座談会への参加とテキスト起こしされたものを編集して、日本独自の考えや文化について補足説明を加えることのみでした。でもこれは今までやってきた編集や広告の仕事の延長上で、私はその先の研究結果をどう分析していくのかを学びたいとこのポジションに昨年6月から無償でお手伝いしていたのですが。それが、タダでもできないのか。”タダ!(いくぶんか使えます)” と書かれて道端に放出されていたライトのことをふと思い出しました。ところであれは無事に拾われたのだろうか……。40歳で新しいことに挑戦するなんて、やっぱり無謀?というような袋小路な現状を友だちに打ち明けると、「最近採用する側になったんだけど、みなシビアよ。コスト削減を強いられているから育つまでなんて待てない。そういえばこのあいだ面接していてキツかった35歳の女性がいたなぁ……」と言われて落ち込みます。35歳って私よりも5歳も歳下じゃないの……。やはりこの歳になって全く新しいことをやろうとするなんて無謀だったのかな。自分がハマらないところにしがみつこうとしているのカモ!? 人生の方位磁石が狂ったようなズッコケ続ける日々を過ごしながら、かねてから予定していた2度目のヴィッパサナー瞑想合宿に向かうことになったのです。※ヴィパッサナー瞑想合宿・初体験記事は、こちらをどうぞ。度目の瞑想合宿。ライドが5時間経ってもやって来ず。今回向かったのはバークレーから車で片道4時間半のノースフォークという街にある、California Vipassana Center。ライドを提供してくれたのは、39歳の歯科衛生士の女性、ピィーでした。ところが待ち合わせ時間30分前に「急用ができてどうしてもまだ出発できない」とのテキストメッセージを受信し、ガーン! 偶然目にしたドアに日本語の “天使” と書かれていたので(笑)「これこそ “気づき” と “平穏な心” を培うヴィパッサナー瞑想の実践だ」と気を取り直して、コーヒーショップで待機。待ち合わせ時間から5時間が経って到着した彼女にまずはカフェモカを振る舞いました。ちなみにオシャレ サードウェーブコーヒーショップ『Algorithm Coffee』だとラテアートはこんなふうになりますね。その後の車内ではピィーの “40歳を目前とした不安” (ねぇ、ケンカ売ってる? 苦笑)について延々と耳を傾け、ついにセンターに到着したのは受付時間を大幅に過ぎた午後7時30分。もう外は真っ暗です。ボランティアのサーバースタッフのみなさんに「申し訳ありません」と平謝りしながら、なぜ私が謝らないといけない? と割り切れない気持ちにも。乗せてくれたピィーに感謝こそしないといけないのに、こんなに釈然としないのはナゼ? 心が狭いですね。あぁ、車を持っていない私が悪い。社会的に安定していないのがいけないんだと思って、今度はモヤモヤ。これまでの経験から外側で起きることは心の内側の反映なんだとわかりつつも、ザワザワした気持ちを収められず就寝しました。翌日からいよいよ朝4時から夜9時までのヴィパッサナー瞑想合宿が再び始まります。今回は図らずとも相当やさぐれた気持ちで臨むことになりましたが、いったいどんな体験が待っているというのでしょうか(第67話へ続く……)。SEE YOU!
2018年02月14日2018年1月より大麻が全面合法化された米・カリフォルニア州。ヘルスコンシャスな人々が暮らすサンフランシスコ、オークランド地区ではマリファナにヨガを組み合わせた「ガンジャ・ヨガ」が人気です。日本では違法の大麻ですが、いったい西海岸の人たちはどう使用しているのでしょう?探ってみました。写真/文・土居彩2018年1月よりカリフォルニア州で大麻が全面合法化。©Monica Lo 20172010年代より大麻合法化の追い風がかかるこちらアメリカですが、ついに2018年1月1日よりカリフォルニア州でも21歳以上であれば嗜好・娯楽目的の大麻が解禁に。今年中にカリフォルニアを含む全9州とワシントンD.C.が全面合法化、医療目的では全30州が大麻の売買・所持を認めることになります。とはいえ、連邦政府としてはヘロインやLSDと同じく大麻は非合法なので、アメリカ=大麻OKの国だと早合点してはなりません。ジョギング、瞑想、最新の健康食品などでのセルフメンテナンスに余念がない西海岸で暮らす人々ですが、全面解禁にともなって大麻とヨガを組み合わせた「ガンジャ・ヨガ」なるものがサンフランシスコとオークランド地区で人気なのだとか。とはいえ私を含む日本人は大麻取締法で禁止されているので、21歳以上で合法の州に滞在したとしても大麻所持はNGです。でも、どんなものなのかは見てみたい……。© Elena Kulikovaそこでホームページから「私は日本からやってきたので、違法薬物に指定されている大麻を吸えません。でもどんなクラスなのかを拝見してみたいので、ヨガだけ参加しながらみなさんとお話をしてもいいですか?」と問い合わせると、「もちろん! ヨガ自体がとても素晴らしいものだから、別に大麻を使わなくったって大丈夫。大麻があるほうがヨガを深められる場合もあれば、無いほうが内側に入っていけるときもある。ここでは、『必ず大麻を吸わなきゃダメ』とは決して言いませんので、あなたの過ごしやすい方法で心と体を癒してあげて下さい」と、とても丁寧な返信が。お土産つき、ヨガレッスン90分と大麻で25ドル。フレンドリーな担当者から追って送られてきた申し込み用ウェブサイトの情報を確認すると、授業料は25ドル (インターネット申し込み手数料を含み、26.87ドル)。所要時間は2時間で、大麻代は無料だそうです。21歳以上であるか。また、ヨガならびに大麻の危険性がゼロではないことを理解したうえで、万が一何か事故等があったときは、申込みをした当人が全責任を持つといった2つの質問項目に同意をしたうえで支払いを済ませると、開催場所の住所が送られてきます。向かった先は、オークランドのダウンタウンにある古い雑居ビル。がっちりオートロックがかかっていて「まるでスパイの落ち合い場所だな……」と少々緊張しながらインターフォンを押すと、ヒョウ柄のオシャレなヨガウェアに身を包んだ受付の女性が迎えてくれました。初めての参加者にはギフトがあるということで受付の女性が配っていたのは、マリファナ用電子パイプブランド『Dipstic Vapes』の10%割引券とステッカー、合法大麻ショップ『HARBORSIDE』のライター、そしてオーガニックオリーブオイルとアロエジュースに大麻有効成分のCBD(カンナビジオール)と向精神作用があるTHC(テトラヒドロカンナビノール)がブレンドされた『TOPICANNA』のカンナビス クリーム。こちらは肌に直接塗布し、関節炎や偏頭痛などの痛みの緩和に役立つとされるそうです。開催場所は、クリエイティヴ広告会社のオシャレオフィス。©Monica Lo 2017会場はキッチン付きの広いフロアで、専用のウッドテラスに出てダウンタウンのビル群を見下ろせる贅沢空間! そもそもはポップで独創的なクリエイティブ広告を生み出すことで有名な某広告会社のオフィスということで、納得です。集合した後、始めの約30分間はお茶を飲んだり自己紹介をしながら、テーブルに置かれたさまざまな大麻製品を自由に試すといったサロン的な時間を過ごします。「ガンジャ・ヨガ」オークランドを運営するジェシカ・ドゥガンさん(通称:ジェスさん)が作ったスペシャルカカオドリンクも振る舞われ、大麻が吸えない私はこちらをゴクゴク一気飲み。ローズ水とカカオ、そしてアーモンドミルクに蜂蜜を加えたというなんとも乙女なレシピでウットリです♡ ちなみにジェスさんによれば、カカオは古代マヤ文明より “ハートを貫く水” と言われて儀式に使われていたのだとか。彼女がこのドリンクをセレクトしたのは「ガンジャ・ヨガ」では何よりも安全で信頼できるコミュニティ作りを重視しているため。このサロンのひとときは参加者が日常生活のストレスや不安を解放させるレッスンへと向かうためのとても大切な憩いの時間なのだそうです。©Michael Ellsbergちなみにお手製ドリンクを用意し、ヨガも指導してくれたジェスさん(写真上)は、もともとフェス専門のジャーナリストだったのだとか。カリフォルニアに渡ってから大麻専門の投資会社で働いた後、「ガンジャ・ヨガ」創設者のディー・デュソーさんと出会って共同運営パートナーとなったそうです。ところで参加者のなかにマーメイドのような金髪巻き毛ロングヘアの美女がいたのですが、「日本からやって来た」と言うととても親切にしてくれました。ジェスさんも金髪碧眼の美女だし、「美人と会えるからヨガを習いたい」と下心丸出しで言っていた男友だちの道理はあながち外れていないなと、ふと思ったりして。話がソレましたが、この日の参加者は10名で年齢層は20〜50代といったところ。男女比は1:9でした。さて、大麻をシェアしあったり談笑するうちに参加者の気持ちがほぐれてきたところで約90分間のヨガクラスがスタート。お気に入りの大麻電子パイプやイディブルと言われる食用大麻があれば、ヨガマットまで自由に持っていってOKで、参加者はみなそれぞれのペースでポーズをとりながら大麻を吹かしていました。クラスで提供されていたイディブルには、クッキー、グラノーラ、パワーフード入りなどさまざまな種類がありました(すべて写真のものは、ティーパック程度のサイズ)。向精神成分のTHC(テトラヒドロカンナビノール)を25mg含み、吸うタイプと違って効き目を実感できるのは胃腸に消化される3-4時間後なんだそうです。「強い大麻酔いをする可能性もあるので、未経験者は家に持ち帰って1/4程度からじょじょに試すほうがいいわ」というのがジェスさんからのアドバイス。©Cabrielle Lurieストレッチに近いようなポーズをゆっくりと心地良いペースで行い、特に子どものポーズ(写真上)がふんだんに一連の流れの中に取り入れられていました。ジェスさん曰く、ガンジャ・ヨガは単なるヨガにマリファナを加えたものというわけではないそうです。つまり、騒がしい日常の喧騒からしばし離れて、それぞれの精神の内側に入っていくワークなのだとか。確かに通常のヨガクラスに比べて、参加者たちは自分と周りの人の動きを比べたりせずに、求めるままに体を動かしているように感じました。違法ドラッグから彷彿される薄暗さや、アングラな様子はまったく感じられず、拍子抜けするほど終始爽やかでスタイリッシュなクラスでした。終了後に「頭のなかのおしゃべりが止んで、穏やかな気持ちになったわ」という参加者の感想を聞きながら、「朝の4時から夜の9時まで瞑想し続けて8日目の夜に一瞬感じられたそれが、そんな一瞬で得られるのか……」と愕然としたのも事実。でもま、自分にドSな私には地味に日々黙々と瞑想するほうが向いていそうです。SEE YOU!
2018年02月10日ノンアルコールで、リラックス・鎮静効果があるという不思議な飲み物、カヴァ。ベイエリアで最も古いというカヴァ・バーで、白髪頭にポニーテールのおじさん、モヒカン女子、フレンドリーな大型犬に混じって、そのメロウな世界を堪能してきました。どんな味がする?体や心の感覚はどうなるの?レポートします!写真/文・土居彩【土居彩の会社を辞めて、サンフランシスコに住んだら、こうなった。】vol. 64【第64話】メロウな気分になれる不思議な飲み物、カヴァって?突然ですが、KAVA(カヴァ)のことをご存知でしょうか?アルコール成分は一切ゼロなのに、リラックス効果をもたらすという摩訶不思議な飲み物、カヴァ。ポリネシアの島々やハワイなどで3000年ほど前から親しまれ、宗教儀式や村への訪問者を歓迎するなどといった政治的・文化的セレモニーなどで用いられてきました。日本では違法でこそありませんが、厚生労働省のサイトによると肝臓に悪影響を及ぼす可能性があると、カヴァの成分が入った食品やサプリメントの売買は禁止。規制管理されているようです。ところでラム酒に目がない私ですが、瞑想をやっているためにお酒はなるべく控えているという今日このごろ。しかも日本ほどには治安がよくない、こちら米・カリフォルニアで女ひとりふらりとバーなんぞにいってほろ酔い気分になるというのはちょっと危険。でも荒波をダイブする毎日、ときには息抜きしたいものです。そんな折、瞑想スペースに向かう途中に再三見かけていた場所、『Melo Melo Kava Bar(メロ メロ カヴァ バー)』。ベイエリア(カリフォルニア州のサンフランシスコ、バークレー、オークランドなどを含む場所)で最初にできたカヴァバーなんだそうです。なんだかよくわからないけれど、バーっていうより日中の雰囲気は雑誌『Casa BRUTUS』とかに載っていそうなオシャレ度満点なカフェ。お昼の12時から開いていて、大きな窓からはたくさんの観葉植物と座り心地の良さそうなソファが見えて…、なんだか健康的。気になる! 壁に貼られたメニューをチェックすると、超シンプルなラインナップです。「なんかカヴァ絡みのやつばっかりじゃん」。鎮静、麻酔、陶酔作用があるコショウ科の植物の根。で、カヴァって何? ということでさっそく帰宅してネットで調べてみると……。まずコショウ科の植物であるとのこと。そして、その根には鎮静、麻酔、陶酔作用があり、有効成分・カヴァラクトンには軽度の精神活性力があり(カフェインのようなものだけれど、カヴァの場合は全く逆に作用する) 短期不安の治療に置いて一定の効果があるという研究結果も。メカニズムは、鎮静・抗不安作用を有するGABAのリガンド結合を促し、逆にストレス・ホルモンのひとつ、ノルエピネフリンが神経細胞へと再取り込みされることを抑制するためのようです。……って、なんだかややこしい! もとい平たく言えば、戦闘態勢に入るホルモンの取り込みを減らし、心と体をリラックスさせてくれる成分が入った植物の根を粉状にして水に混ぜた飲み物みたい。とりあえず、まずはどんなものなのか飲んでみよう。というわけで18時に入店してみると、なんだか日中とはちょっと違う怪しげな雰囲気。店内はなんともいえないパープルがかったネオンカラーに包まれています。「ド・怪しい…」。でも、賑わってる! モヒカン頭の女子からバークレーに住んでから見かけない日は無いと言っても過言ではない、白髪頭のポニーテール姿のおじさんもいます。フレンドリーな大型犬まで! ギャーギャーと騒いで、メロウな気分になっているほかのお客さんの邪魔をしない限り、犬や子供と一緒に来店してもOKなんだそうです。3がマジックナンバー。さて、まずはカウンターで注文します。「初めてなんですが、カヴァが何なのかがわかる、一番トラディショナルなものはどれですか?」ととてもフレンドリーなカヴァテンダーさん(勝手に造語。たぶんそう呼んでも、通じないよ!)にたずねて出してもらったのが、ピュリスト(Purist)。価格は4オンス(約113g)で5ドルです。ココナッツの殻でできたカップになみなみと注がれ、小さなみかんと一緒にサーブされます。「どれぐらい飲めば、リラックス効果を感じられるのですか?」と聞くと、「3がマジックナンバーだよ」とニッコリ。「この泥水みたいなものを3杯も飲むのか……」と躊躇っていると、「よし。ハッピーアワーということで、2杯注文してくれたら1杯サービスするよ!」と言われ、イエーイ3杯いってみよー!見た目は良く言えば、ミルクたっぷりめのコーヒーミルク。もしくは、泥水。で、ひと口ゴクッと飲んでみると、全然おいしくない! どんなものかと言えば、山椒のようなビリビリ感が舌に残り、テイストは高麗人参のような漢方薬っぽい苦味のあるハーブ風味。香り高いラム酒を飲んだときの、ちょっとデカダンな感じは全く味わえず、「うん! マズイ! 体に良さそう!」という感じです。で、けっこうキツイんですよね、これを3杯も飲むのって。泥のように下に沈殿物が貯まるので、それをスプーンのようなものでかき混ぜながらグイッと一杯。「一気に飲むんだよ」と店員さんに言われて、なんだか健康診断のバリウム気分です。ちっちゃいことがどうでもよくなる。とはいえ店内に流れる音楽は、私好みのちょっとメロウなエレクトロニカ。ジェームス・ブリッケルが監督したドキュメンタリー映像『グレート・バリアリーフ』が壁一面に映し出され、そこにはカラフルな弱肉強食の世界が。謎の軟体動物に飲み込まれる魚、ワニに食いちぎられる大ウナギ……。「なんだか怖いぐらいにキレイだなー」。弱肉強食のアメリカ社会のなかで、圧倒的な弱者である私の状況も「アリかな」と錯覚させてしまうような美しい映像をソファにもたれこみながら見ていると、おっしゃる通り2杯目の半分ぐらいからでしょうか。カヴァの成分が効いているせいか、変なモンを何杯も勢いにまかせて飲んでしまったせいかわかりませんが、ちっちゃいことがどうでもいい気分になってきました。「私の意見をないがしろにするあの教授のことも、買ってもいないトイレットペーパー料金を毎度請求してくるハウスメイトのことも(冷静に考えてみるとなんてミクロな世界に生きているのだろう、私ってば……)、どうでもいいわい」と。しだいに携帯のテキストメッセージを打つ指が微かにかじかんだような妙な感覚になってきました。でもお酒に酔っ払っているときとは全然違って意識も完全にクリアだし、バスルームに向かう足取りなんかもしっかりしているんですよ。当然、幻覚を見たり、極彩色の世界に包まれたりってこともありませんよ。不思議でしょう? 試しにつけあわせ(?)のみかんを口に含むと、すっごくおいしく感じます(空きっ腹にマズイものを続けざまに飲んだ後だから? それともカヴァの成分で感覚が鋭敏になったので?)。高揚感はあるんだけど、お酒を飲んでハイになっている感覚とは違って、カヴァの場合誰かと関わりたいという気分は薄れます。ふわりと上がっているんだけど、自分ひとりの世界を味わいたくなるイメージというか。瞑想のように少し内省的な気分にしてくれる感じですね。実際にひとりで来ている人も多く、イヤフォンしながらずっとPCでリアルコンピューターゲームをしている人なんかもいました。いかんせん、おいしくないので頻繁に足が向かう感じはありませんが、カヴァの成分を用いてチャイにしたもの(7ドル)、チョコレートバーにしたもの(5ドル)などもあるのだとか。いつか試してみたら、またお知らせしますね。SEE YOU!カヴァの写真:見よ、この泥水的な代物を。軽く震えます。沈殿物をかき混ぜて、罰ゲームよろしく、一気に飲み干します。メニューの写真:カヴァ儀式もの、カヴァの混ぜもの、パーティーの後のカヴァ。選択肢があるようでいて、全部カヴァ絡み。フードは出していないので、好きな食べ物の持ち込みOKです。とはいえガッツリしたものというより、チップス的なスナックを持ってきている人が多かったです。Purist セットの写真:カヴァ、みかん、チェイサーの水がセット。テーブルはチェス台になっていて、オシャレ。大スクリーンの写真:真ん前がスクリーンの大ソファに王さまみたいに席を陣取りしました。SEE YOU!の写真:ヴェジタリアンなら一度は注文することになる(!?)、バークレーにあるカフェの定番メニュー、アヴォカド・トースト。こちらは、Mariposa, Artisan Crafted Gluten Free Bakeryのもの。
2018年01月30日週末の爽やかな朝に、子どもからお年寄りまで人の目を気にせず、自由に踊りまくるというエクスタティック・ダンス。「シングル同士の男女が良い友情関係って築けるもの?」「まともな中年独身女性の行動って?」。そんなふうにカテゴリーやレッテルに囚われすぎてしまう自分のものの見方から少し自由になりたいと、筆者・土居がまたまた体験してみたようですが……。写真/文・土居彩【土居彩の会社を辞めて、サンフランシスコに住んだら、こうなった。】vol. 63【第63話】NOドラッグ&アルコールフリーの楽園?! エクスタティック・ダンスで自我を解放せよ!年齢とか性別とか肩書きとか国籍とか。そこを超えた視点を持って人と向き合いたいと思っているのに、なぜ、私はいつもどこかでカテゴリーやバイアス(先入観)に縛られてしまうのか? 自分がとっさにとってしまった態度や言動を客観視しては、毎晩反省会の日々です。突破口を見つけたいと、彼女ができたという友だちに「今こそこの質問ができる!」とたずねてみたんです。「あなたみたいに彼女がいたり、パートナーがいる男性とは自然な流れで友だちになれるんだけど、お互いがシングルだとなんか微妙な感じになっちゃって。どうしたら、シングル同士の男女が良い友情関係を築けるのか。アドバイス、くれない?」と。すると彼が「僕もシングルだったときは、それがうまくできなかったから、偉そうなことは言えないんだけど」と返事に窮します。ここで「そうでしたか……」と諦めていたのでは、旧バージョンの私。短期インターン先の社長(現メンター)の助言に習い、コンフォート・ゾーンを超えるべく、2018年は食い下がります。「ちなみに女性誌の編集者をしていたことがあって。そのときに『男と女 浮気の事件簿』っていうモノクロの特集を担当して、パートナーがいる男性に取材したことがあるんだけど」と言うと、「へぇ、おもしろいね。それによると彼らはどうして浮気するってハナシだったの?」。「単なる生理現象だって。だから生物学的な違いで、男女の友情っていうのは、そもそも難しいのかしらね」と試しにけしかけてみると、友だちが言葉を選びながら話し出しました。男性性と女性性のバランスを整えることが先決?「僕が思うに、男性も女性もみんな、男性性と女性性の両方を備えているんだと思うんだ。決断する強さや論理的に行動する力という男性性、そして受け容れるしなやかさや思いやり、ときにインスピレーションに従えるという女性性。100%男性性でできている人も、100%女性性でできている人もこの世界にはいない。それぞれの人に固有のバランスがある。そしてこの2つのバランスが崩れていると、ジェンダー絡みのパワーゲームに巻き込まれやすくなると僕は個人の体験から思ってる。だからまず、キミがするべきことは土居彩という人の男性性と女性性のバランスを整えて、ジェンダーを超えたエネルギーというか。キミの本質のようなものと繋がることじゃないかな。その先にきっと、女性だからだとかっていう部分を超えた土居彩という存在と向き合いたいという人との最適な関係が築けるようになるよ。それが友情なのか恋愛関係なのかはわからないけど、キミのバランスが整った状態で一番必要なリレーションシップだということは確か」。彼のセオリーには大いに納得したけど、で、2つの性のバランスを整えるって実際問題どうしたらいいワケ? ヴィパッサナー瞑想を一緒にしている別の友人に聞いてみると、「まずアヤは考えることから自由になるってことから始めてみたらいいんじゃないかな」と言われ、だから、それが難しいんだってば。すると「あ、じゃあさ。週末、エクスタティック・ダンスに行こうよ」と誘われたんです。エクスタティック・ダンスって?「エクスタティック・ダンスっていったいナニ?」。なんだか口にするのもちょっと照れるような、色っぽいネーミングです……。「ヒッピーのためのダンスみたいなもの。お酒もドラッグもナシで、週末の朝にみんな好きにダンスをするんだ。誰の目も気にせずにね。クレイジーに踊り狂っている人もいるし、パートナーとずっとハグしあっている人も。子どもと来てストレッチしている親子や、木みたいにずっと突っ立ってるおじいさんもいる。ただ自由に自我を健康的で安全な形で解放するんだよ!」と説明されます。よくわからないけど、なんか楽しそう! とりあえずピンときたら、考えるよりも体験してみる。ということで、向かった先はオークランドのダウンタウン。普段は劇場だという雑居ビルの2フロアです。費用は19ドル。日曜の朝9時30分からスタートし、13時15分終了とのこと。9時30分からの1時間はヨガだということで楽しみにしていましたが、駐車場探しに難航した結果、それは断念。10時30分スタートのダンスから参加しました。お酒も入らず、明るい場所で踊るのは……。超・恥ずかしい!高校時代(化石時代とも言えるほどの過去)はダンス部でスポ根をしていたので、「エクスタティック・ダンス、今回は楽勝だな」と思っていたのですが。フロアに入った途端、明るッ! 想像以上に爽やかな光が差し込む日曜の朝に、大音量のダンス・エレクトロニカに合わせて踊り狂う老若男女を目にして、まさかのドン引き。「一体感を味わえるよ!」という友だちをよそに “(友だちも含めた)みんな” と ”わたし” の間には、『出エジプトの奇跡』では割れたはずの紅海の大海原(※)がどーんと広がっています。※イメージは、チャールトン・ヘストン主演の映画『十戒』のあのシーン。ひとまず心を落ち着けようと持参したポットから温かいお茶を注ぎ、友だちに勧めるも「来たばかりで、もうお茶?」と笑われます。一緒に踊ろうよと手を差し伸べられますが、「ちょっとストレッチをしてからにします……」とやんわりと断ると(男友だちと手をつなぐのもなんだしね)、彼は素足になってダンスフロアへと軽やかに消えていきました。「お酒も飲まず、暗くもなく。こんな状況でなぜみんなは恥ずかしくないんだろう……」「ちょっとあの人、さっきから芋虫みたいに背中をフロアにこすりつけて床掃除状態? 服汚れるよ」「アレアレ、私って超ノリが悪いんでは……」「ここで踊らないなんて場の空気を乱している!」「やらねば、やらねば」「やっぱ、無理っす、無理っす」。エクスタティック・ダンスで自我を解放するどころか、自意識と先入観まみれになっています。周囲の目が気になる自分から自由になりたい。どうか私のエゴを解放して下さい!とりあえずせっかく誘ってくれた友だちを気遣わせてはならない。彼の目から逃れなければと周囲の状況を探っていると、マッサージ ブースを発見! 1分1ドルからのドネーション(寄付)制だそうです。「よし、これで時間を潰せる」。ボディワーカーのひとり・エム(※以前登場したエムとは別人です)に「お願いします」と言うと、「どこをほぐしたいですか?」とたずねられました。「マインドです。周りの目を気にしてしまう、私の自我をどうか解放して下さい!」と答えると、「……Wow」と一瞬驚かれたのち、「よろこんで!」。手渡されたアイピローをして簡易ベッドに横たわると、耳もとでエムが「僕のワークは、少し変わっているよ。ビジュアライゼーションとエネルギーワークを組み合わせているんだ」と囁きます。「まず、キミのお気に入りの木をイメージして……。視覚化できたかい?」と聞かれて頷くと、「その木になって大地とつながって、どんどん伸びていって……。あぁ、頭でどういう感じかなと考えるのではなく、そんな感覚を持つんだよ」。エムの声と温かなハンドタッチに身を委ねるうちに意識がどんどん遠くなっていき、気づいたらマッサージも終盤に。「キミは守られている」「そのままで大丈夫」「キミは安全と祝福と幸せとともにある……」という祈りのようなエムのアファメーションが聞こえてきて、左目から涙がツーっと頬を伝いました。たった15分のマッサージで涙がボロボロと出てしまった私を見て、「……Wow。キミに必要なセッションだったんだね」とエムに言われ、彼は自宅で4時間に及ぶフルタイムセッションも行っているということで連絡先を交換したのち、再びダンスフロアへ出陣!踊って、踊って踊りまくる!最後はみんなで寝そべり、シャバ・アーサナを。初対面のボディワーカーの前で涙を見せたせいか、首と肩の凝りをほぐしてもらって頭がスッキリしたせいかよくわかりませんが、「ま、いっか」という気分になり、まずはヨガの太陽礼拝を目を閉じて10回。体がほぐれたところで、ビートに合わせてステップを踏んでみます。すると向かいで踊っていたヒッピーと目があって、お互いにニコリ。少しづつ動きを大きくしていって、気づけば汗だくになるまで踊り狂っていました(笑)。その後、「ちょっと休憩しよう」と友だちと屋上を探検して見つけた色鉛筆やパンチを使って、自由に一緒に落書きしたり。男とか、女とか。日本人とか、アメリカ人とか。そんなことはひとまず置いといて、「なんだよ、ソレ」「カウボーイだよ」などと言って、子どものように笑い合います。最後の15分はサウンドヒーリングといって、みんなで床に寝そべり、ヒーリングミュージックと誘導瞑想に身と心を委ね、会がクローズしました。この一連の行動って、まともな40歳女性(未だにこの数字を言うたびに、凍えそうです)の沙汰じゃないですよね。でも、“まとも” の定義っていったいなんなんでしょう? 余談ですが、先日母とLINEでやり取りしていて、「最近、なんかすごく楽しいんだよね。状況はまるでかわらないんですが。とにかく、もっと友だち作らないとな!」と伝えると、しばらく間があいた後に「早く帰ってこ〜い!」とひと言。母よ、娘の何を察知した?ま、いろいろ置いといて。また家族で、温泉行こうね。そんでもって、ダンスとかもしちゃおうね。☆エクスタティック・ダンスの情報は、こちら。SEE YOU!2018年スケジュール帳の写真:手帳はシンプル派でしたが、今年はメッセージ “Amazing things can happen!” (すごいこと、起こっちゃうかもネ!(*土居的意訳です))が気に入り、ちょっぴりファンキーな手帳をセレクト。エクスタティック・ダンスの様子1:2階の倉庫スペースからパシャリ。年齢層は幅広い。エクスタティック・ダンスの様子2:みんな靴も靴下も脱いで自由に踊ります。木の写真:私が思い浮かべたのは、短期インターン先へと1時間かけて歩く途中に目にしていた紅葉が美しい木。落書きの写真:下手くそ! でも、それでいいのです。SEE YOU!の写真:メンターA氏に連れて行ってもらった、廃物アートの聖地・Abany Bulb。ホームレス、警察不祥事による被害者の人権を守る弁護士兼週末廃物彫刻家のOsha Neumannさんの作品の前で。
2018年01月24日日常生活におけるマインドフルネス、思いやりの実践ってどういうこと?論文を読んだり、研究アシスタントをしたり、瞑想しても、常に腑に落ちず、モヤモヤしていた筆者・土居。大学とも心理学やスピリチュアルな世界とも全く関係のない、短期インターン先で出会ったという社長がその疑問をパッと晴らしてくれたといいます。『能力を示そうと必死にならなくていい』『ただキミでいて、自信を持ちなさい』。そう、言われ続けた2か月間。アメリカ生活・第二章が始まります。写真/文・土居彩【土居彩の会社を辞めて、サンフランシスコに住んだら、こうなった。】vol. 62【第62話】アメリカ生活第二章スタート! アカデミック・コンプレックスをぶち壊してくれた社長との出会い。ヴィパッサナー瞑想から帰った後に何をしていたかというと、事情(私がインターンしている研究機関の研究は、予算がほとんどつかないもので、私を含めた過半数がボランティアで従事。ひとりふたりと協力者が抜けていくなか、メインのリサーチャーまでもが「これ以上続けられない」と言い出し研究業務が数か月間頓挫)があって、2か月間限定で全く違う世界でインターンをしていました。それはこちらでとてもお世話になっている友だちの関係でお話が来た、こだわりのあるユニークな会社でのこと。心理学とも大学ともスピリチュアルな世界とも全く関係ない場所でしたが、面接中、社長に「You don’t have to prove yourself (能力を示そうとしなくてもいいんだよ)。ただキミでいればいい」と言われたことがとても印象的で。アカデミックな世界で、“慈悲の心” やら ”畏怖の念” について研究している有名な人だけど、「なんだかこの人、思いやりに欠けてない?」とスター研究者のことを思ってしまったり、「一緒に本をだしませんか」と声をかけてもらってもスピリチュアルな世界での活動は常に持ち出しで、定職を持たない私にとっては持続可能な関わりかたを見出さなければいけない……。”良き人間でいる” ということと ”社会的に成功する” ということは比例せず、縁の下の力持ち的な人は現実世界では評価されず、最終的には飢え死にしちゃう? と、常日頃疑問に思っていたんです。実生活に落とし込めていない研究ってなんか意味あるのかなぁ、とも。そこでサバイバルな世界であるビジネスの場で、この経営者はなぜ「評価されようとしなくていい。ありのままでいろ」と、まるでスピリチュアルリーダーのように堂々と言い切れるんだろう? そう興味を持ってしまったら最後、私の性格上、まずその世界に飛び込んでみないわけにはいきません。インターン3日目に、自動車事故!ということでヴィパッサナー瞑想から帰った翌日からインターン生活が始まりました。初日にメモを取ろうと握りしめていたノートは社長に没収され、「ただみんながやっていることを観察するんだよ。2週間、キミはそれ以外何もやらなくていい。スポンジみたいに吸収するんだよ」と最初のカウンターパンチが。「2か月間しかないインターン期間の2週間(1/4!)、ただ見学するだけでいいの?!」。ラッキー? いいえ、観察するだけで働けないとなると、恐ろしいほど時間がスローに流れるのです。そこでバレないように、トイレにあったホウキを取り出して床掃除をしてみたりして。そんなふうに過ごしながら、勤務3日目。バーーーーン!! というクラッシュ音がオフィスに鳴り響きました。会社の前で追突事故が起こり、社員の人たちの車が巻き込まれてメチャクチャになったのです。会社の前は黒山の人だかりで、パトカーや救急車が。事故を起こしたドライバーは頭から血を流しています……。とっさにオフィスの前に飛び出して、入り口を塞いでいた壊れた車のドアの残骸を片付けようとしたら、車をめちゃくちゃにされた社員の人のひとりが「アヤ、警察が事情聴取をするから、このままにしておこうね」ととても冷静に優しく諭してくれ、その態度に感心。ほかの人も社内へと走って水の入ったコップを手にし、ドライバーに手渡しています。オフィスの中でも「あそこの十字路は信号が無くて、ずっと危なかったから」と、誰も自分の車を壊したドライバーの批判をしません。やっとのことで、「大変でしたね……」と車が壊滅状態になってしまった人に声をかけると、にっこり微笑んで「Just a car (ただの車だから)」と返事され、まだ瞑想合宿が続いているようなマインドフルで温かな気分になりました。インターン4日目は「営業にいくけど、一緒に来る?」と社長に誘われ、「まず腹ごしらえをしよう」とカフェに連れて行ってもらいました。けっこうゆっくり食べているので「アポ、何時なんですか?」と聞くと、「とくに決めてないよ」と言われて仰天。そんな営業スタイル、聞いたことないよ! と思いながら、新入社員のときに面倒をみてもらったマガジンハウスの上司のことをふと思い出しました(笑)。社長に「なんでキミをインターンに採用したかわかる?」と言われたので、「わかりませんね。なぜですか?」と聞くと、「面接で1時間以上かかったでしょう?」「はい、ずいぶん贅沢に時間をとってくれるなぁと思いました」「あのあいだに、なんか違うなってことをキミが言ったり反応したりするかなと、ちょっと意地悪な気持ちでずっとみてたんだけど、それが全くなかった。いつもこちらの話を中断せずに最後までちゃんと聞いて、言葉を選びながら正直にじっくり考えながら答える。その様子がいいなと思ったんだよ。面接中に『自分はこれができる』『あれができる』とアピールしてきて、こちらの話のこしを途中で折るタイプの人が多いけど、私はあれがすごく嫌いなんでね」と言われて、「そんな地味な部分を評価してくれる人がアメリカにもいるんだ!」と救われたような気分になりました。そして、「あ、社長。それはですね。私は英語がよくわからないので、聞いた英語を日本語に翻訳して、話す日本語を英語に翻訳して会話しているんです。だから、クイックに反応できず、自然にタイムラグができるというわけです。結果思慮深く見えていたなら、ラッキーですけど、からくりはそんなところです」と答えると、「そうだったのかぁ! だまされたなぁ!」と爆笑されました。研究者より、普通の人のほうが断然エライ、かも?交通費節約のため、インターン先まで1時間かけて歩いて通っていたのですが、それに気づいた同僚のエスがライド(車に乗せてくれること)を申し出てくれました。帰りが同じ時間になるといつも送ってもらうことになってしまうので、業務が終わり次第私が忍者のように去っていく様子を指摘されたので、「だって、あなたは私のUberじゃないもの。悪いわ」と答えると、「暗くなったあとに、1時間も歩いて帰っていく人を見過ごすことなんてできないわ。危なすぎる! そんなの当然のことだし、あなたのためというより私の正義感のためなのよ」と言われて、「なんてすごい場所に来たんだろう……」とちょっと震えそうになりました。オフィスにいる誰も慈悲の心も畏怖の念の研究なんても当然していないし、社長に至っては大学を中退したっていってるし。でも、みんなのほうがよっぽどそれらが何か、そして信頼関係を築くためにどれだけ大切なことかをわかっていて、実生活の中で自然な形で実践していたのです。ギフトリボンマスター降臨!インターン期間はクリスマスのホリディシーズンだったこともあって、商品を美しくリボン結びする業務などもありました。ネイティヴのみんなのように英語ができない私はせめてこれぐらいは一番を目指そうと週末にYoutubeを見ながら練習。結果、インターンが終わる頃にはみんなにラッピングを頼まれるほどになりました。ある日社長にちょっと散歩をしようと誘われ、「キミの働きぶりを見ていた。責任感、忍耐力、そして明るくユーモアのセンスもある。新しいことを毎日着実にしっかりと吸収している。それからキミの装いにはスタイルがあるね。まずは1年間、この会社できちんとした形で働いてみない? キミに必要なトレーニングがあれば、会社が負担するし、給料もちゃんと支払うよ」と打診されました。本当に嬉しかったです。やっと今の私に可能性を感じてくれて、現実的に私が自分の足で立って生きていくために力を貸そうという人が現れたのです。そこで友だちに紹介してもらった弁護士さんに相談。すると、現実問題としてアメリカで働くための短期ビザを発行するのはとても費用がかかるだけではなく、私のようなバックグラウンド(文系の学士で日本のマスコミで勤務)の場合、今回のようにアメリカでまったく新しい業務に従事するとなると(例えば、プロダクトデザインの仕事)発行される可能性はゼロだと言われたのです。「なんで私はこんなに歳をとるまで、アメリカに来られなかったんだろう」「なんで私には目の前のチャンスを手に入れることができないんだろう」。不満をぶつけたところでどうしようもない状況に対してひと晩だけ泣くことを自分に許して、とても有り難いお話だけれどお断りしますと翌日返事しました。その一週間後、大事なお得意先に贈るギフトのラッピングをして欲しいと社長に頼まれ、みんなが帰った後に残業をしていました。「アヤ、キミは本当に良い人だよね。そこがとても好きなところだし、会社のみんなともすごくうまくいっている。思いやりや控えめな心、大事だよね。でもそれはときにはビジネスの世界では足かせになる場合もある。バランスだよ。今のように短期のインターンをし続けて、商品のラッピングをしたり、ゴミ捨てしたりって。キミはそれをし続ける人じゃないよね? キミの今までの実績を考えると、それを活かしてキャリアを積み重ねていくことを考えていかないと。アヤ、そろそろコンフォートゾーン(ラクな居心地が良い場所)から抜け出しなさい。“良い人でいよう”とこれからは譲るばかりじゃなくって、もっと堂々と生きていくんだよ」。そして鏡の前に立たされ(苦笑)、「これがキミだよ。もっと自信を持って。自分を好きになって」。それが社長がくれた、インターン最後のメッセージでした。思いやりと自己主張の最適バランス。ところで短期インターンをしていた同時期に、バークレーのプログラムを修了してすでに半年経つのに、未だに修了書が送られてこないという事態が起こっていたんです。「どうなっているんですか?」とメッセージを3名の担当者に送ると責任者から「すぐに確認してメールしますね」と返事が来たけれど、待てど暮らせど連絡が来ない。3週間待った後に「その後どうなりましたか?」と連絡をすると、「責任者の彼女が大学生の期末テストの点数をつけたりで忙しく、しかもホリデーに入ってしまったかもしれない。連絡がつかないかもしれないけれど、もう一度あなたのほうからコンタクトをとりなさい」という返事がサブのひとりから。今までの私だったら、明らかなヒエラルキーのもとにひれ伏し、すごすごと彼女に「了解しました」といって責任者に「お忙しいなか恐縮ですが、修了書の件を再度確認していただけますか……?」と連絡していたのでしょうが。インターン先の社長やみんなのおかげで、「これは明らかに彼らの主張のほうがおかしい」と自分の感覚のほうを認められたんです。そこで「この件は、1週間や2週間の話ではなく、プログラムを修了してもはや7か月以上経っていますよね。私はこのプログラムのために、50,000ドル以上の費用と4学期という日時を費やしてきた。そしてこちらから確認しないと7か月以上も修了書を受け取れないまま月日が流れ、未だに何の連絡も無いという事態に対して、なぜ私のほうがなんどもなんども事実確認をしなければならないのですか? 私の常識では、この事態を理解できません」と主張したら、即修了書がFedEXで送られてきました。なんだ、やればできるんじゃん…。私が今まで信じていたものや、目指そうとしていた世界っていったいなんだったのかな? 最近強くそう思います。そして不思議なことに私の疑問と正比例するように、プログラムの責任者から「このところ、いったいどうしているの? あなたは、今どこにいるの?? 大学院を志望するのはもう辞めてしまったの???」と連絡が入るようになりました。これは私がかつて目標としていたものを今の私はどう見るんだろうと再確認するための良い機会だと思って、「じゃ、よかったらお茶でもします?」と返事し、会って話すことになりました。社長やインターン先のみんなと出会えたことで、アカデミック・コンプレックスやらアカデミック信仰やらをガラガラと崩してもらえた今。半年以上のときを経てその世界と接してみたらどんな気分になるのでしょうね。ちょっと不安でもあり、楽しみでもあります。See You!空の写真:インターン先に向かう、午前7時10分の空。私の一番好きなオパールカラーに染まる。カフェの写真:最近一番のお気に入りは、『Alchemy Collective Cafe and Roaster』というカフェ。バークレーでは、コレクティブといって共同経営者スタイルで運営するピザ屋やコーヒーショップがそこかしこに。カードの写真:今年も日本の家族や友だちにホリディカードを。カードを贈る相手がいるというのは、幸せなことですね。
2018年01月20日瞑想合宿で出会った、ひと回り歳下の男子・エム。歩く辞書、オタクエリートとはまさに彼のことで、寝癖がついた頭の中にはありとあらゆる情報が詰まっていて、話もおもしろい!そんな彼に好意を持たれた筆者・土居は、今度こそ年下男子に対してスマートに接することができたのでしょうか?写真/文・土居彩【土居彩の会社を辞めて、サンフランシスコに住んだら、こうなった。】vol. 61【第61話】40歳のバツイチ女と30歳の既婚女、どっちがいい?ヴィパッサナー瞑想合宿が終わった後、ライドをしてくれたエムから来るメッセージが、週に2日、3日、4日となり……、気づけば毎日チャット状態に。バークレーにヴィパッサナー瞑想を実践する生徒が自由に利用できるメディテーションスペースがあるのですが、自然な流れで毎週末エムが車で家まで迎えに来てくれて、そこで午前中の3時間瞑想をして、一緒に公園にあるカフェでランチをするというのが週末の日課となったのです。エムは、プログラミングが天職だという自他ともに認める筋金入りのオタクで(夢は90年代のアナログ感があるゲームを作ること)、瞑想、本、音楽など情報の守備範囲も広く(彼の秘密にしておきたいやましい喜び(guilty pleasure)的BGMは、『恋愛サーキュレーション』、笑)、頭のなかで全てのインフォメーションが整理されているので、とにかく何についてたずねても説明がうまくてわかりやすい。服装に関しては全く無頓着で(エムの履いている謎のスニーカーは、どこのメーカーのものなのか全然わからない)周りに全然いなかったタイプの男子なのですが、情報キャッチセンスが良いんです。ずいぶんと歳下なのに私の知らない世界も知っている世界も把握していて、しかもその理解が深く、話していておもしろい!ひと回りも歳下のお坊ちゃん。手の甲のキスはルール違反だよ!エムが好意を感じてくれているのはわかるのですが、彼は28歳。ひと回りも歳下です。しかも学費が超高い東部にある名門大学を卒業した後、サンフランシスコに勤めるからといって親が買ってくれたバークレーにあるコンドミニアムに住むって、ちょっとしたお坊っちゃん。そんなちょっと世間知らずなエムは、私が40歳のバツイチであるなんて想像だにしていません。前回の女子(※)は、既婚者だったと知ってショックを受けたと言ってたし、女運が悪いのか、見る目が無いのか……。この人、また引っかかっちゃってるよ、いわくつきの女に。※気になる前回のお話はコチラ。ひとりっ子で家族ととても仲が良いエムが実家から連絡してきました。「サンクスギビング(アメリカ人にとってお正月みたいに家族で派手にお祝いする休日)って、どうしているの? スケートとか一緒にどう? 両親がくれたチケットがあるんだ」。ヤバイ。「インターンかなぁ…。あ、そうインターンだった!」「サンクスギビングなのに?」と訝しげに聞かれます。「みんなが休むときにこそ働く、そういう職種なのよ」「……ふぅん。残念だね……」。ある日車から降りるときに、手を貸してと言われたので「どうもどうも」と握手をしたら、「そうじゃないよ」と言われて、手の甲にキスをされました。グラッ。ど、どこで覚えた? それ。車中で手の甲にキスとは、離婚した後にできたボーイフレンドに生まれて初めてされて、陥落してしまったやつと同じじゃないの!(後日、エムからは丁寧な謝罪を受けました)。「緊急、緊急です! ねぇ、この事態、どうしたら良いと思う?」と男友だちに相談したら、「次会うときにさり気なく『40歳のバツイチと30歳の既婚者、どっちがいい?』って聞いてみなよ」と言われ、「その二択って28歳の男子にしちゃ、どっちも嫌でしょうよ」と頭を抱えながらも、緊縮財政のために訪問を封印していた素敵なバーへと彼が連れて行ってくれたのですっかりアガって、久しぶりの夜遊び。翌日二日酔いのまま瞑想にいくと、「え! お酒解禁にしたの?! じゃあ、一緒に飲みにいけるね!」とビール好きのエムがすごい笑顔に。「いいえ、お酒はやはりもうやめます。瞑想中ずっと寝てしまったから……(そう、私は尼僧の身)」と言うと、「でもさ、その人とは友だちっていうことでお酒飲みに行ってるのに、なんで僕とは瞑想場所でしか会えないの?」とたずねられました。正論です。私の事情がわからないと、理解できないよね。チャンス! 今こそ言うのだ、「私は、40歳のバツイチだから。それでも一緒にお出かけしたい?」と。すると「あ、車のキーが無い」とエムが言います。「え? メディテーションホールかな」と一緒に見に行くも、すでにカギがかかっていて中に入れません。「僕のことは気にしないで。キミの家には、僕がUberで送っていくよ。大丈夫」とエムは言いますが、そういうわけには行きませんよね。「でも明日から会社でしょ? 何日もここに停められないと思うよ。一緒に探すよ」。ひとしきり一緒に探し回ったけれど、鍵は見つかりません。すると、エムが「父さんに電話して、スペアキーを持ってきてもらおう!」と言うのです。えー、そんなことで日曜日にくつろいでいるお父さんを呼び出すの? で、お父さん。1時間もかけて、そんなことのために即来てくれちゃうの?? 「いいんだよ、これって父さんのメンツを立ててるんだよ。『お父さん、ありがとうございます。助かりますー』って女の子の前で息子が頭を下げたら、それって彼の顔がすごく立つことだからね」。私の常識では考えられない、ドラ息子っぷりにあっけに取られて気づきませんでしたが、結果1時間後、お父さんに「はじめまして、アヤです」とご挨拶する流れに。緊急事態。お父さんにご挨拶。お父さんはものすごくびっくりした顔をしています。そうだ、きっと。息子がこんな年増の女とハングアウトしていることに驚いているんだ! 起こるべく惨事を察知し、エムに「『彼女は単に一緒の瞑想をプラクティスしている人で、1年半したらアメリカに滞在するためのビザが切れて日本に帰るんだ』って重々説明しておいてね」と伝え、その事態について「再び緊急事態です」と今度は小学生時代の同級生にうろたえながらLINEしたら、「シンプルに重いよ」とアドバイス放棄(という名のもとのアドバイス)の寸殺(ガーン!)。うなだれながら車に乗った後に、「あ、ジャケットのポケットにキーが入ってたよ」と笑うエムからは、「先週父さん東京に行ってたばかりで、僕が今会ってるのが日本の子っていうのでその偶然にびっくりしてただけだよ。父さん、キミのこと気に入ってたよ」と、本当かウソかわからないスマートな返しが。なんなんだ? なんでこんなに心を振り乱されているのだ? ベジタリアンを貫き、毎朝晩ヴィパッサナー瞑想やって、心の平穏を保とうと努力しているのに。全然実生活に落とし込めていないじゃないか! ただ、良き隣人でいたいだけなのに……。エムを傷つけたくなくて、そして私が傷つきたくないだけなのに……。……私って、単なる偽善者?どんどん言いづらくなってきます。別に歳のこととか結婚歴とか聞かれていないから、嘘をついているわけではない。聞かれていないことをわざわざ言うのも不自然よね? …というか、ちょっとこれって、自分の全てを知られて嫌われたくないってことは、一周回って実は好きってコトなのかな……? いやー、それはありえないでしょう!! と、ぐるぐるぐる。なんかひと回りも歳下の男子とのやりとりにうろたえたりして、アタシ、カッコ悪。相談相手の男友だちには、「ね、マジに結婚してたんだよね?苦笑。そのヘタレっぷり、中学生、いや小学生に見えてきたわ」とまでに評され、イマイチどころか、イマヨンな女!イマヨンな女ですみません。そんななか次第に私が倹約生活をしていることにエムが気づいて「ねぇ、たまに僕が夕食をごちそうするのってどうかな?」と気遣いだし、「奢ってもらったところで、何のお返しもできないからダメだわ」と答えると、「ごちそうするのは僕の利己的な理由で(1.バークレーに友だちがあまりいない。2.行ってみたいレストランがある)、キミには何のお返しの義務が無いとしても?」(*心の声* そんなうまい話、ありえないでしょう。だてに人生経験積んでませんよ)。「ダメだよ。これはあなたには全く関係ない、私個人の心理的な問題で……。自己肯定感の低さといますか(←重ッ!)」「あ、そうそう、100ドル分のフリーチケットがあるんだった。両親が昨年の誕生日にプレゼントしてくれて、そろそろ期限が切れるんだよ……。だから、助けるという意味でさ」(*心の叫び* ご両親からの大事なひとり息子へのプレゼント?! そんなもん、絶対使えないわ!!! 親になったことは無いけど、ご両親がどんな人とキミが親しくなって欲しいかぐらい、想像つくよ!)。「エム……、一緒にお出かけはできないよ……」「That’s too bad……」「……ごめんね」そんなやり取りをしているうちに、毎日エムからやってきていたメールが週に4日、3日、2日と減っていき……。この状況で、瞑想場所への送り迎えだけをし続けてもらうのはさすがに都合が良すぎると思いだし、「歩いていきたいから」と断るようになると、メディテーション・ホールでエムを見かけることもなくなり。ありのままの自分のことを説明する機会を失くしたまま、結局、友情さえ築くことができずに自然に会わなくなりました。最後あたりのエムとの会話で、勤めていた会社のM&Aに伴って彼が就職活動を再度することとなり、必要なクオリティは備えていても自分はなかなか面接がうまくいかない。デートしても、女性に慣れていないせいでなんかしくじってしまう。そんなふうにエムがぼやいていたときに、「あなたは今でも十分素敵だけど、そうやっていろいろともがいているうちに、きっと10年後にもっともっと素敵な男性になるよ」と伝えたんです。「そんなもんなのかな……。10年も先のことなんて、今は想像もつかないよ。そうじゃない?」とエムは言っていましたが。ま、そりゃそうだ。歳を重ねてはじめて、わかることもある。でも自分の人生を振り返ると、案外、10年ってあっという間だったなと思います。ふとエムに言葉をかけた後に、離婚後にお付き合いしていたボーイフレンド(17歳年上でした)が「アヤはきっと、40歳を過ぎたらもっと素敵になるよ」と言ってくれたことを思い出しました。そのときの私は、彼にふさわしい女性になりたいと背伸びしまくっていたので、“キミは未完成だ” と判断されてしまったのかと少し複雑な気分になって、「今のままでは、まだダメなの? 40歳なんて。なりたくないわ!」と一蹴してしまいましたが、苦笑。今は彼がどんな気持ちでこの言葉を言ってくれたのか、少しわかるような気がします。以前にはわからなかったことが理解できるようになる。歳をとるのも悪いばかりではないですね。そして、なにかにGOサインを出すにはタイミングってあるんですよ、やっぱり。でもそのタイミングって、絶対なのでしょうか。いつの日か、年齢とか性別とか職業とか収入とか肩書きとか国籍とか。そんなカテゴリーたちにどこかで囚われてしまう自分のものの見方をちょっと緩めることができたら、もっと自由で素敵なひとになれるのかな。SEE YOU!©Chiha Hair※カラーバルーンの写真:どうにもモヤモヤしたときは、頭で考えなくてもよいアートを見にいきます。Oakland Museum of Californiaは、第一日曜日・ドネーション制です。※羊をめぐる冒険の写真:サンクスギビングは結局、ひとり侘びしくコーヒーを飲みながらしっぽりと読書して過ごしました。後日事態を知ったインターン先の社長が『家族パーティに誘ってあげればよかった』というので、『家族にどう私を説明するんです?』と聞いたら、『そこらの道で出会った日本人のホームレスの女性をほっとけなくて、と』。狭いけど雨をしのげるだけの家、あるわよ。失礼ね(笑)!※ピザの写真:今年のイヴはくだんの男友だちが “歳末たすけあい運動” の一環として、遊んでくれました。二人でガーリックたっぷりのピザをがっつりホールで完食!※SEE YOU!:髪を切りました! こちらでようやく素敵なヘアスタイリスト Chiha Hairさんに出会えました。
2018年01月11日携帯やPCはもちろん、本やメモまでもが没収され、会話やアイコンタクトすら禁止というヴィパッサナー瞑想合宿に行ってきたという筆者・土居。もはや忘れかけていた記憶に思考をハイジャックされたり、耐えきれないほどの身体の痛みと格闘しては、森のなかでひとり号泣したり…。締めくくりには、恋愛アドバイスまでされたようですが?!結果、再び不思議な世界への扉が開き始めたようです。写真/文・土居彩【土居彩の会社を辞めて、サンフランシスコに住んだら、こうなった。】vol. 60【第60話】携帯没収! &アイコンタクトもダメ。10日間のヴィパッサナー瞑想で心の汚濁を滅す。ずいぶんと更新するまでに時間がかかってしまいました。というのも、ある瞑想合宿に行ってから、視点が変わったとかいうレベルではなくて、リアルな現実として自分の周りの人たちや生活様式がガラッと変わったんです。ビッグウェーブをダイブしているうちに、気づけば3か月も経ってしまいました。申し訳ありません……。そして、この不定期更新連載を読んでくださってありがとう。会社を辞めてアメリカに来るまでは、いろいろあっても私の人生は平凡だなぁと思っていたんです。でも最近思うんです。普段と違う選択をひとつしたら、それに続く次のチョイスもまた一風変わったものになって……。と、気づけば、誰でも簡単に奇妙な世界に足を踏み入れていくものなんだなと。人生って、本当におもしろいですよね。このところ肩の力が抜けたのか、英語だってルー大柴さん風になって(例えば、“英単語+ね?” で事実確認。通じますよ!)、今までストレスだったり困っていた物事も楽しめるようになってきました。今の私の「アリかナシか」という “心のものさし” に影響を与えたのは、ギフト経済という考えです。こちらカリフォルニア・ベイエリアで知った生き方のひとつで、出合った当時は(今現在も)度肝を抜かれました(正確には、現在進行形)。見返りを期待せずに与え続けるという世界に生きる、ニップンさん(第21話)やパンチョとサム(第19話)の生き方は素晴らしいと思う半面、どうしても「それってだいぶ損してるんじゃ?」と損得勘定に囚われてしまう私にはハテナがいっぱい。未だに実践するには至りませんし、お金との付き合い方を模索中の私にとって、心地よいバランスを毎日タッチ&トライしながら手探りしています。そんな彼らが日々のプラクティスとして実践していたもののひとつに、ヴィパッサナー瞑想がありました。「何か手がかりがあるかな?」。それが学べる合宿があるとはずいぶん前から知りつつも、朝4時から夜9時まで瞑想三昧の10日間だと言われてひるんでいたのですが、「とにかくまずは体験してみるのがいいだろう」と参加してみることにしたのです。車&免許ナシの私。合宿場まで連れてって!向かった先はカリフォルニア州北部、バークレーから2時間ほど車を走らせた街にあるNorthern California Vipassana Center(北カリフォルニア・ヴィパッサナー・センター)。センター近郊は、ワインの産地として有名なソノマ郡やナパ郡、大麻農場があるという(!)メンドシーノ郡なのですが、合宿前日に大きな山火事があったため、最短ルートの道路は閉鎖。回り道をしながら向かいました。ちなみに、私には車も免許もありません。そこで、参加者のみが見られるメッセージボードに書き込みをして(例えば私はどストレートな書き込み。”I need a ride because I don’t have a car. Thank you! [車が無いので、乗せてもらう必要があるんです。ありがとう!]” )、「乗せてくれる人」と「乗せてもらう人」の間で直接メールのやり取りをした結果、私は無事、エムに乗せていってもらえることになりました。エムは大学卒業後に投資会社のインターンを1年勤めた後、プログラミングの勉強をし直してプログラマーとして現在サンフランシスコにあるオフィスに勤務して5年目。ヴィパッサナー瞑想は7回目だという28歳の好青年でした。親の意向もあってアメリカ東部にある名門大学でビジネス(会計学)を学んだけれど、哲学に興味があって学生時代からいろいろと読み漁ってきたのだとか。「あくまでも僕にとってだけど、哲学は頭の中の遊びみたいなもので、何の体感もできなかったんだ」。その後ヴィパッサナー瞑想に出合い、そのパワフルさからどんどんハマっていったんだそうです。(ちなみに乗せていってもらったお返しは、ガソリン代を払ったり、ランチをごちそうしたりというカジュアルなものでOK。エム曰く、過去にヒッピーの子を乗せてあげたとき、「私お金が無いんだけど、スペシャルなチョコレートを持っているからそれをお礼にあげる!」とくれたことがあるとか。それはマジックマッシュルーム入りのチョコレートだったようで(笑)「サトシ・コン(今敏監督。こちらでは宮﨑駿監督とともにアニメーション界の巨匠として大人気)の映画を観ながら食べたんだけど、あれは良かったなぁ…。キミも持ってる?」と笑っていました)。参加費は任意の寄付制(ダナ)です。センター到着後は、名前や住所、生年月日や瞑想歴などについて簡単な情報登録をしたのち、貴重品、携帯電話やPC(外部とのコミュニケーションは一切遮断)、メモや本のたぐい(合宿中に文章を読んだり書いたりもNG)を預けます。そして軽い完全菜食の夕食をいただいた後にオリエンテーションが。説明によれば、センターは完全ボランティアで運営されていて、瞑想の疑問に対して答える先生、関わるスタッフ全員がこの瞑想の実践者で無償の奉仕活動を行っていること。参加費は任意の寄付制で、払う金額はもちろん、払うかどうかも自由意志に委ねられている。そして、今回の私の参加費用は私の前に参加した人たちからのギフト(ペイ・イット・フォワード(先贈り制度))で賄われていて、私が寄付をした場合は、それは次の参加者への贈り物になるのだと説明を受けました。オリエンテーションの後は、男女が完全にわけられ、ダイニングルームの真ん中にビシっとカーテンが引かれます。「じゃあね、また10日後に」とエムと別れ、ノーブル・サイレンス(聖なる沈黙)がスタート。ここから瞑想中に疑問が湧いたときに質問できる先生やマネージャー以外の誰とも話せず、アイコンタクトやジェスチャーのたぐいも禁止です。それぞれが自分の心の奥深くまで向き合っていくために外部とのコミュニケーションを一切遮断するというのです。鼻から上唇までの三角地帯に集中せよ!ちなみにこれからお伝えする内容は、合宿中にメモをとれなかったので全てうろ覚えの記憶を辿ったもの。また、エムによれば各自の体験が個別に異なるだけではなく、個人間でもリトリートごとに変わるんだそうです。だからみなさんの体験は、私が書いたものとは全然違うものになる可能性が大ですので、「土居彩はこんなふうに感じたんだ」ぐらいに捉えてもらえれば。10日間(正確には到着日と最終日を含めて12日間)瞑想をし続けるのですが、その内容は大きく3部にわかれています。本格的なヴィパッサナー瞑想に入るまでの第1部は、まず鼻腔と上唇を結ぶ三角地帯に意識を集中し、その場所に吸う息や吐く息が流れていく様子を観察しなさいと指導されます。これが簡単そうに見えて、全然集中できないわけです。思考は予想外なほどに暴れん坊で、三角地帯の息のことなんてそっちのけになってしまうんです。まず、私の頭の中をハイジャックしたのはマガジンハウス勤務5、6年目ぐらいのときのエピソード。出産祝いのために、同じデスクのみんなで上司のご自宅にお邪魔したのですが、そのときに上司から言われた「おむつ代もバカにならないんスよ〜」というひと言が頭のなかでずっとずっとリフレイン。吸う息に集中しては、「おむつ代もバカにならないんスよ〜」。吐く息に集中しては、「おむつ代もバカにならないんスよ〜」。自分でも首をかしげてしまいました。だって今の私、シリアスな話、「これからどうして生きていくの??」と人生や将来設計について、考えなきゃいけないことは山積みなのに。「…え、今、ソレ?!」ですよ。しかしその後も、ほぼ忘れきっていたような一見今の自分の人生とは全く関係ないようなエピソードが雪崩のように押し寄せてきました。それが3日ほど続き、「いかんいかん、三角地帯に」と意識を戻すという日々でした。そしていよいよ、合宿第2部のヴィパッサナー瞑想がスタートします。辛い! 痛い! 瞑想ができなくて、森の中ひとりで大泣き。私が体験したヴィパッサナー瞑想とは何か? 誤解を恐れず私の理解の範囲で超シンプルな形で説明すれば、全身の感覚をくまなくスキャンして、体の部位がどう感じているかを第三者的な視点で観察するという瞑想法です。つまり、頭のてっぺんから足先まで5cmずつぐらいの範囲を各2分ほどの間隔でスライドさせながら、「くすぐったいな」とか「しびれて痛いな」とか「痛みの中心は、熱を帯びているな」といったように注意深くみていくんです。そのうえで抱いた感覚に反応せず、ただ傍観者のように客観的なスタンスを保つというのがポイント。なんでこんなことをするの?! 指導するS.N.ゴエンカ氏によれば、感情というのは必ず感覚とセットになっている。快・不快に繋がる心地よい感覚も嫌な感覚も究極的には同じ性質を持っている。それは現れては必ず消え去っていくというもの。必ず移り変わっていく存在(感覚)を永遠に変わらないものだと錯覚を起こし、良い感情(感覚)に強く執着し、不快な感情(感覚)に嫌悪を抱いて避けようと逃げまどうというのが私たちの性。その結果、常に外側の現象に左右されすぎて、心の平穏や幸せを保てないのだといいます。その真理を頭のなかだけで知識的に理解するのではなく、それぞれの身体感覚を使ってリアルに腹に落とし、経験に基づく理解を持とうというのです。ヴィパッサナー瞑想中は、なるべく姿勢を変えないようにと指導されます。これが、信じられないぐらい辛い! 私の場合、右のふくらはぎと臀部がありえないほどに痛み、脂汗まで出てきました。「おむつ代も」のフレーズはもはや頭に浮かばなくなりましたが、「痛い痛い痛い痛いイターーーイ」の無音の叫び声で体中がいっぱいに。「全然、痛みが去っていきませんけど??」と痛み(不快な感覚)に抵抗し続け、瞑想が終わる前のサイン、まさに戦い終了のゴングのようなゴエンカ氏のチャンティングが始まるころには気絶寸前。「やっとこの苦しみから解放される……」と瞑想が終わるのを心待ちにしながら、チャンティング終了後は戦いを終えた戦士のようにぐったり。就寝前に暗がりのなかで着替え中、脚が青アザだらけになっているのを発見して、”痛い” という感覚がまぎれもないリアルな現実であることを目の当たりにして、ギョッですよ。我慢大会のような毎日を過ごすうちに、いったいなんのために瞑想しているのかよくわからなくなってきました。でも、決めたからにはやりきるしかない。ところで瞑想中に、順番に先生に呼ばれて「感覚を感じられますか?」「どんな感じがしますか?」とたずねられる、Q&Aの時間があるんです。すると、みんなすらすらと「頭の先に空気が触れて、くすぐったいです」とか「鼻腔へ出ていく息は温かく、入っていく息は冷たく感じます」などと答えていくなか、「あなたはどうですか?」とたずねられて。「どんな感覚にも反応せずに平穏さを保てと言われますが、”右のふくらはぎがしびれて痛い!” という思いが私の体と心の全てをジャックして、ほかの微細な感覚なんて感じられません。そこで瞑想で平穏さを得るどころか、他の感覚を感じられない自分を責めてしまい、不安な気持ちやがっかりした気分になってしまいます」と正直に答えました。ちなみにこのQ&Aの時間、いつも私だけが「できない」「よくわからない」「そうは言いましても」という意見を投げかけていました。そんなヴィパッサナー瞑想劣等生の私に対して、先生は常に優しく微笑み答えてくれたんです。「痛みの芯にある性質をよく観察してみなさい。それは熱なのか、圧なのか。フラットな気持ちで調べてみるんです。するとしだいに去っていきますよ。そして、感覚が感じられない部位があったときは、『そうね、感じられないね』と優しくただ認めてみて」と。休憩時間のあいだ、私はサムにアドバイスしてもらったようにひたすら体を休めて寝るか(私の場合、座って瞑想しかしていないのに寝ても寝ても寝られるぐらいよく眠れました)、森を散策していました。森のなかにお気に入りのスポットがあって、そもそもはテントを張るためのウッドデッキなのですが、その上に寝そべりながら木々から覗く太陽を下から眺めるのが好きだったんです。デッキの上で大の字になって試しに目を閉じてみて、頭の先からどう感じているのか再びスキャンしてみます。「やっぱり、感覚がわからないな……」とガッカリして、先生に言われた言葉を思い出します。「そうね、感じられないね」「でも、いいんだよ」「完璧にできなくても、いいんだよ……」と自分に話しかけるように言ってみると、森のなかで木々に包まれていることもあって、涙が溢れてきました。思えば、会社を辞めてからずっとこのレッスンを繰り返しているような気がします。期待どおりに物事を進められない自分に落胆して、焦って、憤って。最終的には、満足にできない私を認めたうえで自分のペースで一歩一歩前に進むことを赦すという作業です。結局何をしていても、どこにいても、取り組むべき同じテーマがやってくるんです。坐布を選び抜いて、痛み対策。私のクッションキャッスルへようこそ。森のなかで泣いてスッキリした後、瞑想に集中するために、まずは自分のできる対策をしようと決意。坐布ひとつで坐禅を組むほうがカッコイイけど、今の私には無理! そこで瞑想のたびに合宿場にある豊富な坐布やクッションの吟味を重ね、ついに理想のコンビネーションを発見。私の席には、右脚、左脚、臀部それぞれの高さにカスタマイズした3つの塔がそびえ立ちました。これだけやってもひどく右の脛が痛む場合もあって、そのときはじっと観察します。感覚をスキャンし続けているうちに、この痛みは臀部の筋肉の硬さを補う姿勢のとり方からきていると感じました。そして私の場合、「できない」とか「怖い」とか、外部の現象に対して心が緊張すると、肩と臀部の筋肉が硬くなることも。そのうえでわかったのは、食べる量を減らすと痛みが楽になるということ。そこで、完全菜食の食事はとてもおいしかったのですが、腹7分目ぐらいに留め、昼以降は一切何も食べないようにしました。洋服もなるべく軽くて締め付けないものを選ぶようにし、「できない」ことを優しく受け入れる。そう繰り返しているうち、到着8日目の就寝前にふと気がついたんです。寝る前に浮かぶあれやこれやが、全く頭のなかに無く、空っぽだということを。「何にも考えることが無い!」。「私の抱える悩みって、そもそも存在しないものだったのかも……」。ものすごい爽快感と同時に、ちょっとした恐怖感さえ感じました。第3部は、メッタという愛と慈悲の瞑想を教わります。ただあるものをあるがままに見て、感じることで、古い思考パターンや心の汚濁を掘り起こすヴィパッサナー瞑想。過去のパターンを掘り起こして穴ぼこになった心の傷口に塗る薬となる瞑想なのだというのです。「意識してか意識せずか、私を傷つけた人すべてを許します。意識してか意識せずか、私が傷つけた人すべてから私が許されますように。生きとし生ける者すべてが幸せで、平和で、本当の自由を得られますように」。「Be Happy (幸せでありなさい)……」「Be Happy……」。メッタ瞑想をリードするゴエンカ氏のチャンティングを聞いているうちに、左目からツーっと静かに涙が出て頬を伝いました。瞑想後に聖なる静寂(ノーブル・サイエンス)は解かれ、初めてルームメイトや参加者たちとおしゃべりをします。ヨガの先生で同僚に誘われてやって来たという人、医療に従事していたが今月仕事を辞めたばかりで自分を見つめにやって来たという人、さまざまでしたがユニークな夫婦にも出会いました。モンゴル人の2人は一年の半分をモンゴルで働いて暮らし、半分はアメリカのこのセンターでボランティアしているというのです。奥さんから「あなたは何をしているの?」とたずねられて「いったい、何をしているんでしょうね? 自分でもよくわかりません、ハハハ」と答えると、「アヤ、あなたにはパートナーがいるの?」と突然聞かれました。そこで「いいえ。今は自分の成長にフォーカスしていて。今の私じゃ、きっと誰ともうまくいかないから」と答えると、「完璧にならないとパートナーシップが築けないというわけじゃないのよ。一緒に成長していけばいいの。私と夫もお互いの成長を助け合っている。ときにはどちらかが成長するのを待ったり、サポートしたり。大抵は私が助けてもらう側だけど、笑」。そういうものなのかなぁ……。自覚している以上に一度離婚してしまったこと、離婚後のボーイフレンドともあまりうまくいかなかったこと、好意を持たれても長続きしないこと。それらに私のものの見方(=今の私のままでは、愛されない)が重なって、自分の心を守るために独りで居ることを課していたのかもしれないなと思いました。合宿終了後は有志で片付けなどを行うのですが、私はメディテーションホールの掃除を行いました。クッションや坐布を整頓することとなり、「ずいぶん助けてもらったなぁ」と汗だくになりながら自然と感謝の気持ちが溢れてきました。掃除が終わるまで待ってもらって、帰りもエムにライドしてもらいました。「ヴィパッサナー瞑想の後って五感が鋭くなっているから、音楽を聴いたらすごいんだよ」と言われ、私のお気に入りのサンフランシスコを拠点に活動するミュージシャン、TYCHOのElsewhereを車の中で大音量で一緒に聴いてみました。何も話さず、ただ景色を見ながら音に耳を傾けます。しばらくすると「ねぇ、変な質問するけど、キミってシングル?」。たしかに今はシングルだなと思い、「イエス」と答えると、「あぁよかった。なんでこんなこと聞くかわかる?」とたずねられ、「ノー」と答えました。すると、「この合宿の前にデートしていた子がいたんだけど、先週『私、結婚しているの』って言われたんだ。ビックリしたのと、ちょっとショックで。だから、ちゃんと聞いとかなきゃって思って」と言われ、「I see…(なるほど)」。「たまに、一緒に出かけるのってどうかな? あ、きっとキミは結婚するなら日本人の男性のほうがいいだろうから、シリアスに考えなくてもいいんだ。僕はバークレーにきてまだ1年ちょっとで友だちもあまり居ないし。そうだね、うん。だからキミに時間があるとき、キミが出かけたい場所に一緒にいけたらなって」。瞑想の後だからか、エムが言っていること(外部の刺激)と自分の間に空間があるような感じがして、すぐに反応できません。またひと回り年下の男子に誘われると、どうしてもバークレーのトラウマがやってくるのもあって(ひと回り以上年下の同級生に告白され、付き合えない理由として年齢を言った途端、化け物を見るような感じになって挨拶さえされなくなった)ぎこちない空気が車内を流れます。前と違うのは、ヴィパッサナー瞑想直後で感覚が鋭くなったせいか、肩とお尻の筋肉が硬くなっているのがわかる点です。さて、どうなるのでしょう?See You!※車の写真:日の出から15分ぐらい経った時間の、バークレーの空が一番好きです。※部屋の写真:部屋はカーテンで区切られ、ベッド、ライト、ハンガーなど必要最低限のものが揃います。シーツや寝袋は持参します。※森の写真:森のなかで山火事から逃れてきた親子の鹿と遭遇しました。息を潜めて見つめていましたが、「もっと見たい」という執着的な意識になった途端、母鹿に気づかれ、去られてしまいました。※坐布の写真:瞑想3日目には坐布やクッション、ベンチが棚からすっかり無くなり、その後再び増え始めました。直接コミュニケーションできないけれど、みんなも試行錯誤しながらベストな組み合わせを研究中なのだなと間接的にわかって、同志的な気持ちが芽生えました。
2018年01月06日カウンセラー・ピィーのもとでエネルギー心理学を学ぶことになった筆者・土居。二回目のクラスでは幸せを阻む有害な思い込みとネガティブな感情をセットにして解放するという心のツボ押し、タッピング療法・EFTを学んできました!写真/文・土居彩【土居彩の会社を辞めて、サンフランシスコに住んだら、こうなった。】vol. 59【第59話】指でトントン、心のツボ押し。EFT(イー・エフ・ティー)で嫌な気持ちを吹きとばせ!「どうしてダメな部分も含めたありのままの自分を受け入れられない?」。心理学の世界でもセルフ・コンパッションといいますが、「私は良いところも悪いところもあるひとりの人間です」と、ありのままの自分を受け入れられる人は、自虐的になったり、無理に自分を正当化するのではない形で、過ちや自分の至らなさと向き合え、自己改善するためのモチベーションも高まるのだそうです(Briens & Chen, 2012)。前回の授業では筋反射テストを用いながら、幸せを阻む思い込みの出処を突き止め、解放した結果、アララ情緒不安定になってしまったというワタシ。エネルギー心理学以外にもクンダリニー瞑想、さらにはスティーブ・ジョブズに多大な影響を与えたというヨガナンダ師のアシュラムでクリヤ・ヨガまで始めてみたりと、まさに人体実験状態。あれもこれもと欲張りになった結果、ごった混ぜでプラクティスしていたのもよくなかったのかもしれません…。※第58回の記事授業第二回はまず、報告からスタートしました。つまり、授業の翌日に青竹入り羊羹のようにズルンッと体から何かが抜けていったこと。その後2週間ほどひどい落ち込みを経験したが、今はニュートラルな状態だと伝えました。そこから何を学んだか、とピィーにたずねられ、「究極的には、自分の完璧じゃなさを認めて、それをギフトだと思えるようになりたいんだなということです。誰かに愛されることを期待する前に、まずダメな部分も含めたありのままの自分を認められるようになりたい。そのうえで人間として成長していきたいです」と言うと、ピィーが感激した様子で両手を胸の前で組み合わせ、「潜在意識からの願いを受け取りましたね!」とひと言。そして「完璧な人なんてこの世には誰もいないのよ」と優しく諭されました。「……でも、どうしても私以外の人はみんな、私よりもずっと幸せで、ずっとマシに見えてしまいます」と言うと、ピィーが温かく見つめてくれます。EFT(イー・エフ・ティー)ってナニ?「では今日はあなたにEFT(イー・エフ・ティー:Emotional Freedom Technique)を教えるわ。不要な思い込みだけではなく、それにひっついたネガティブな感情も両方いっぺんに解放させていきましょう」と、ピィー。EFTとは、タッピングを用いた感情解放テクニックなんだそう。人差し指と中指の2本の指先を使って体にある、感情をリリースするというツボをトントンと軽く叩いていきます。開発者のゲイリー・クレイグはスタンフォード大で工学を学び、牧師出身という、心理学者でもなく、カウンセラーでもなく、全く心理学畑とは異なるバッググラウンドの持ち主。さて今回習ったのは、彼が開発した公式EFTをそのまま用いるのではなく、ピィー流に少しアレンジを加えたという方法です。叩いていくツボはイラストの通り(稚拙な手描きイラストでスミマセン……)で、以下のテキストにあるステップで行って。感情解放のためのピィー流・EFTタッピング場所1.眉毛の生え際(眉下)。→2.目の横(目尻側)。→3.目の下。→4.鼻の下。→5.あご。→6.鎖骨(の下)。→7.胸の中心(※ピィーは少し上めをタップしていた)。→8.脇の下。→9.胸の下。→10.頭頂。→11.親指の先。→12.人差し指の先。→13.中指の先。→14.小指の先。→15.空手チョップポイント。※1,2,6,8,9は、両手で左右同時にタッピングする。※手(11〜15)に関しては、左手からでも右手からでもどちらから開始しても良い。※タッピングの回数は各7回が目安。※但し、場所や回数は絶対これを守るべきというよりも、自分の感覚に従いアレンジして。口に出して言うフレーズ。タッピングしながら、嫌な気持ちやつらい気分になる現状、そしてそこで抱く感情について言及し、でもそんな自分でも受け入れると宣言する。例えば、「私は〜(自分のネガティブな状況)で悲しいけれど(否定したい感情)、私は私を完全に受け入れます」というようなイメージ。「さぁ、あなたは今どんなことでネガティブな気分になりますか?」とピィー。「うーんと…。あ、じゃあ、パートナーがいないというのはどうでしょうか?」と答えます。「では一緒にタッピングしながら言いましょう。『私にはパートナーがいなくて自分が至らない気持ちになるけれど、私は私を完全に受け入れる』」。え、マジですか?! それ、言うの? ヘラヘラと苦笑いをしていると、「グサッときているということは、解放するべき思い込みと感情の的が絞られているということですよ。さぁ!」と促されます。スパルタ! もう私はまな板のうえの鯉……。そこで、ピィーと一緒に「私にはパートナーがいなくて至らない気持ちになるけれど、私は私を完全に受け入れる」と声に出して眉の始点を軽くタップし、「私にはパートナーがいないけれど〜」と言っては目の脇をトントンと叩き、「私にはパートナーがいない〜、受け入れる〜」と脇の下をタッピング。「どんな感じですか?」とピィーに尋ねられ、「めちゃくちゃ恥ずかしいです!!! でもなんか、この状況の面白さのせいなのか、感情が解放されているせいなのかは正直よくわかりませんが、不思議と楽しくなってきました、笑」と解答。あらゆる不良債権を明言し、「でも私を受け入れる〜」と叫ぶ日々。この日はありとあらゆる私の抱える不良債権を口に出しては、「でも私は私を受け入れる〜」とタッピングし続けて90分の授業が終了。「私は毎日これを50年続けていますが、強い思い込みと感情解放の効果を感じていますよ。だまされたと思って、次の授業まで毎日やってみてください」とピィーから宿題を出されました。そこで真面目に毎日やっています。「私は無職のプー太郎で無力感を感じるけど、私は私を完全に受け入れます〜」「私は引きこもっているばかりで誰からも必要とされていないと悲しくなるけど、私は私を完全に受け入れます〜」といった具合に。英語でやるとハウスメイトに聞かれた場合、超絶恥ずかしいので、日本語で心置きなくたっぷりと行えるのはラッキーでしたね、ハハハ。より現実と向き合うために私は鏡を見ながら行っていますが、なんかこのタッピングのツボ、血行がよくなるのか、肌艶がよくなってきたような…(気のせい?)。せっせとEFTを真面目にし続けた1週間後ぐらいでしょうか、交際を申し込まれたんですよ。偶然かなぁ? あんまりよく知らないし、お互いに話も噛み合っていないように感じていた方から突然のことだったので丁寧にお断りしましたが。でも金ナシ、職ナシ、なんにもナシな私だけど「交際してみたい」と思ってくれるなんて、単なる珍獣狙いだったのかもしれませんが、非常に有難かったです(合掌)。「パートナーがいなくて虚しいけど、そんな私を私は完全に受け入れる〜」とピィーと叫び続けたEFT効果で芽生えた雑草感がにじみ出て、恋心というよりもむしろタフさを買われたのでしょうか…(うん、あんまり考えるのは止めよう……。良い出来事なのに、私の信念体系のせいで、また落ち込んでしまうから)。私の尊敬する禅僧・ティク・ナット・ハン師が彼の著書『Understanding Our Mind』のなかで意識についてこんなふうに説明しています。「子どもの頃、雨水貯水槽の底に美しい葉っぱを目にしたんです。手を伸ばして拾い上げようとしても、子ども時分の私では腕の長さが短くて届かない。そこで葉が表面に浮き上がってくるように、棒を使ってぐるぐると水をかき混ぜてみたのですが、葉っぱはなかなか浮き上がってこない。待つのもくたびれてしまったので、棒を投げ出し、遊びに行ったんです。そして10分後、貯水槽のところに戻ってみたら、葉が水面に姿を現していたんです。私が去ったあとも、水はずっとかき回り続けて、その動きが葉っぱを浮き上がらせたんですね。私たちの意識もそのようなもの。マインドから『こうしなさい』と命を受けたら、その後ずっと日夜それに取り組むのですよ」。この言葉からは、大変勇気をもらいました。つまり、「なかなか手放せないなぁ…」とがっかりするような根深いネガティブな思い込みや否定的な感情も、「解放するんだ!」という強い意志を持って意識に訴えかけたその日からずっと。私たちがタッチできないような深い深い潜在意識にまで働き続けて、いつの日かきっと置き換えられるのかもしれませんね。See You!街路樹:バークレーの通りを歩きながら街路樹を見上げると、宝石みたいな世界が広がっている。EFTのタッピング場所:胸の中心(6の場所)をトントンと叩くと少し刺激が強すぎると感じる人は、タッピングの代わりにさすってもいい。ちなみに私にはここが一番感情リリースと繋がる場所みたいです。人によってピンとくる場所もタップに必要な回数も異なるので、タップしながら自分の感覚とつながってみて。PUBLIC BIKE REPAIR SHOP:バークレーにある、自転車の中古部品を販売したり、無料で修理の方法を教えてくれたり、道具を貸してくれる場所。青少年が中古部品を組み立て修理した自転車も販売する。SEE YOU!「なんで私のアメリカ生活、我慢比べみたいになっているんだろう?」。EFTで感情を解放し続けた結果、避けられない苦労はあるけれども苦しむために生きているワケではないと痛感し、封印していたかわいいもの好き心が爆発! お店でひと目惚れしたヴィンテージ・メキシカン・ジュエリー。「これは絶対重ねづけしたらカワイイけど、2個は買えません…涙」と返却すると、「その通りね!」と店主が1個プレゼントしてくれた。
2017年10月05日ダライ・ラマ14世も言っています。私たちの人生の目的は幸せになることだと。でもお金があるとか無いとか、恋人がいるとかいないとか、そういう外側の状況を条件にしてしまうと、幸せとはとっても不安定なものに。さらには周りのことを気にしすぎた結果、自分だけの幸せセンサーも鈍っているかも?!そこで、エネルギー心理学で深層レベルに潜む、破壊的な信念体系にアプローチし、幸せを阻む思い込みを解放する方法をお伝えします。写真/文・土居彩【土居彩の会社を辞めて、サンフランシスコに住んだら、こうなった。】vol. 58【第58話】ピィーのエネルギー心理学①。幸せを阻む、不要な思い込みとさよならする!ただ今唯一の社会との接点であるUCSF Osher Center for Integrative Medicineでのインターン業務は現在、データ結果を個別に自宅作業で分析するということで、ますます家に引きこもりがちな今日このごろ。人との触れ合いはといえば、シャワールームで鉢合わせをしたハウスメイトと「ハイ」とひと言交わすぐらいで、ほぼ声帯を使うこと無く1日が終わる。オークランドにある洒落たセレクトショップに勤める隣室のハウスメイトは「明日から3週間旅行に行ってきま〜す♡」なんて日々エンジョイしているというのに、なぜ私はこんなに内向的で暗いのか。…暗い、暗すぎる! どうして、いつもひとりでいることを選んでしまうんだろう…? 誘ってくれる人が居ないわけじゃないのに。特に差し迫った予定も無いのに「今日はちょっと…」なんて言って、引きこもってしまうのだ。あぁ、暗い…。そんな筋金入りの出不精な私を友だちがお散歩がてら訪ねてくれたので、部屋でお茶をしながら久しぶりの談話♡ お互いにメタフィジカルな世界に興味があったということで盛り上がる。「編集者時代いろいろ頁を作ってみたんだけど、どうしてもフワッとした感じになっちゃって。はっきりとした論拠を言い切れない世界だから、なんか占いとかおまじないっぽい感じになったり。逆にお坊さんとかに瞑想について語ってもらうと説教臭い、宗教臭いって引かれちゃったりね。だから科学的根拠がとれるもので一番理数系から遠くてOKなものって考えたら心理学かなって思って勉強してみたんだけど、瞑想しながら自分の心の動きを観察していると、感情とか肉体(脳)とかってレベルだけでは捉えきれない部分が多くて。じゃあ何を学んだらいいのかっていうのは未だわからなくって瞑想だけに迷走中(おやじギャク……)」と心の内を吐露した。すると友だちがゆっくりと深く頷きながら、「ねぇ、アヤちゃん。まず、ドンズバ気になるところを突き詰めていってみてもいいんじゃないかな」とひとこと。彼女は超高学歴、エリート研究者だったが、今はそのあたりから完全に突き抜け、全くの別世界で羽ばたいている。まぶしい……。「なんか怖いなぁ…。それ、やりきったところで使い物にならなさそうで」と言いながら現状を振り返ってみると、どのみち世間で役立つ人間ではないというアテクシ。「行き着いた先で、得た素材たちをどう変換するかを考えたらいいんじゃないかな? 編集者だったんだし、そういうの得意でしょ(笑)」。彼女のアドバイスはとてもクレバーで、核心をついている。「あ、そうだ」と、ちょうど翌月から彼女のカウンセラーが月に二回のペースで、エネルギー心理学のクラスを始めるという。「一緒に勉強してみない?」と誘われ、一か八か飛び込んでみることにした。エネルギー心理学って?エネルギー心理学のクラスが催されるという指定の場所、オークランドにあるクリニックをたずねると迎えてくれたのは、ほっそりとした真顔も笑顔なピィーだった。彼女はJohn F.Kennedy大学で心理学のマスターを取得したカリフォルニア州認可セラピストであり、ヒーラー。シータヒーリング(脳波をθ波に合わせ、無意識下の思考を癒し解放するとされるヒーリングメソッド)、TAT(体の部位を軽く指圧しながらネガティブな感情やトラウマを消し去るとされる代替セラピー)、DEH(シャーマンの智慧、エネルギー心理学、心理学を組み合わせた代替療法)など、エネルギー心理学をベースとしたワークのインストラクターでもある。「まず始めに、エネルギー心理学って、何だと思いますか?」とピィー。「うーん……。例えば原因不明の腰痛で悩んでいて病院を訪ねたら「ストレスです」と診断されたとしますよね。鍼灸だと肉体を媒介にして症状にアプローチし、心理学だと思考や感情を糸口に働きかける。エネルギー心理学は、私たちを形作っているさらに本質的な領域、無意識下のもっと深いレベルまで踏み込める治療法なのかな…と漠然と思ってやってきました」と答える。「良いですね。そしてエネルギー心理学は、鍼治療の経絡理論、神経科学、物理学、量子力学、生物学、医学、シャーマニズムなどの古来の智慧、心理学など、関連する分野の概念、技術を統合して行います。さて今日は何をテーマに学びましょう?」。ピィーの授業スタイルは、決まりきったカリキュラムは無く自由で、あくまでも生徒とのやりとりをベースにした有機的なものでありたいという。「今私が知りたいのは、どうしたら無条件に幸せになれるのかということ。他人や世間の評価や、お金があるとか無いとか大きな家に住んでいるとかいないとかといった外的な条件に左右されず、自分で自分の愛やエネルギーに繋がれるようになりたいんです。スワミ(ヒンドゥー哲学の先生)からは、それは私たちに内在する無限のエネルギーにアクセスすることで、自分のゴミ箱(シャドー)を認めて受け入れた先にあると言われ続けています。「なるほど」とわかっているのに、どうしても「私は至らない」「まだまだこれをしなければダメだ」という思考が邪魔をして、不足感の中で生きてしまいます。この要らない思い込みを手放さないと幸せを感じられないとわかっているのに、過ちを繰り返してしまい、実践するのが難しいんです」。ピィーは大きく頷きながら「では不足感と逆のもの、豊かさとあなたが繋がった場合、どんな怖いことが起こりうると思いますか?」とたずねてきます。さすがカウンセラー、良い質問!「他者からの妬みです」と、意外にも即答する私。そんなふうに思っていたんだ、私ってば…。「人から妬まれたら、どんな恐ろしいことが起きますか?」。「つまはじきにされて、ひとりぼっちになってしまいます」と返事をしたら、胸がキリリッと痛んだ。「でも……今豊かさの感覚とつながっていませんが、どのみちひとりぼっちですね」と自分の計算式の矛盾に気づくと、ピィーがにっこり。有害な思い込みが潜む、4種類のレベル。ピィーの笑顔に安心し、私は続けます。「苦しみを体験すると、”なぜこの人とわかりあえないのだろう“ ”どうしてこんな気持ちになるのかな“ ”どうしたらこの心の痛みを変容できるのか“ と考える機会が持てます。今この授業を受けているのもそうですが、それは私が学び続けることへの原動力にもなっていて。また、辛い経験をすることで気づきの幅も広がり、少し優しくなれるようにも感じます。元来ナマケモノなので、豊かさに繋がったり幸せな状態になると勉強も、努力もしなくなる。そうなってしまうのが怖いというのもあります」。なるほど、「至らない」「不十分だ」という自覚の奥には、苦行を乗り越えてやっと願いを叶えることこそが素晴らしい、という私の信念もあるのだ。それに対してピィーが「でも、学びの動機が単なる好奇心というのでもいいでしょう? それから苦しみを知らないと人を幸せにできないって、では笑顔で癒してくれる赤ちゃんはどうなんですか? 思いやりを育むために、痛みや苦労は不可欠ではありません」と、私の不要な思い込みの矛盾をついていく。まさに、その通りだ。無意識レベルから顕在意識下まで、私の抱いている不要な思い込みを浮かび上がらせられたのはいいけれど、いったいその信念体系はどこからやってくるものなのか。そして、自覚しているのにパターンが変えられないのはなぜなのか。「リリース作業を進めるうえで、まずあなたのその思い込みがどのエネルギーレベルにあるかを知る必要があります」と、ピィー。彼女のシータ・ヒーリングを元にした考えによれば、その出処は4つの段階に潜んでいるという。信念体系を形成する4つのレベル1.コア信念レベル:「私は十分に賢くない」「人に迷惑をかける自分は存在価値がない」などといった自分が抱える核となる信念。子供のころから大人になるにつれて他者(親、教師、親しい友人など)や社会によって教えこまれた結果、受け入れてきた考え方で、私たちを形作るエネルギーの一部となっている。2.ジェネティック信念レベル:祖先から受け継いだ遺伝による信念パターン。ネガティブ、ポジティブに関わらず、血族から伝承された思考や行動様式が遺伝子レベルで組み込まれる。このインプリントは物理的なレベルで考えるDNAではなく、DNA形成時のエネルギーとして保持されたものと捉える。3.ヒストリー信念レベル:現世や前世で実際に起こった出来事、思い出が引き金となって抱いた信念。母親の子宮の中での深い記憶も含む。4.ソウル信念レベル:魂レベルの信念。信念レベルのなかで最も深い層に位置し、ハートのチャクラ(胸の中央あたり)にエネルギーが存在する。このレベルにある不要な信念をクリアにすると気持ちが軽やかになったり、平穏な気分になる。「さぁ、あなたの信念体系がどこからやってくるのか、キネシオロジー(筋反射テスト)で診ていきましょう」とピィーに促され、起立。キネシオロジーとは、筋肉を通して本音を読み取るテクニックだ。「背筋を伸ばして真っすぐ立って。両手は肩をリラックスさせて体のサイドに。目を閉じてたずねてください。『Yesのサインを教えてください』と」。結果、私の場合Yesだと体が前方に、Noは後方に傾く様子。ペンジュラム(ダウジング用の振り子)を用いる場合も多いが、初心者にはこれが一番わかりやすいという。Yes Noの筋反射を手がかりにしながら、潜在意識に問いかけていく。「私のこの『ありのままの自分では至らない』という信念体系はコアレベルからくるものですか?」というように、コアレベルからソウルレベルまでひとつずつゆっくりと。胸の中央をさすりながら信念体系を解放すると、涙が。キネシオロジーの結果、私の信念体系は2のジェネティック信念レベルからくるようだ。再び筋反射テスト(今度はピィーがペンジュラムを用いて)を行った結果、父方は5世代前、母方は7世代前と父母両方の祖先から代々受け継いできた、根強い信念体系だという。「あなたのご両親はよくやったと思うわ。なぜってご自身もこのパターンを受け継いでいるけれど、あなたはヒストリーレベルでは体験としてそれを抱えていないから。さぁ、もう手放しましょう」。解放の方法は、ハートのチャクラのある胸の中央あたりを優しくさすりながら目をつぶってアファメーションするというもの。「あなたがたから受け継いできた『私は至らない』『何かであらねば存在する価値が無い』という信念を私はもう受け継ぎません。それらを手放します」。そう声に出して宣言するのだ。私がジェネティックレベルの信念をクリアできれば、最大7世代前の(もしくはそれ以上、つまり兄妹や子孫まで)DNAを共有するすべての関係もクリアされるという。そこで父と母、兄、祖父と祖母と目を閉じて思い浮かべていると、その先の会ったこともない着物姿の人たちの姿もふと浮かんできた。すると、左目からのみ涙がツゥーっと。「どうですか?」とピィーに尋ねられて、目を開けるとクンダリニー瞑想中にいつも体験するのと同じように視界が、紗がかかったようにふわっとして強い光に包まれている。「彼らの悲しみがハートに直接伝わってきました。ひどく不憫に感じ、『あなたたちは十分にやってきた。もう苦しまなくていい。みなさんが居なければ、私は存在できなかった。だから、本当に有難うございます』と伝えました。どうしてこんなに精一杯やってきた人たちが自分を責め続けなければならないのか。その苦しみを取り去ってあげたいと思いました。彼らに対するあふれるような感謝の気持ちが湧いてきて、そしてもうこの信念体系による痛みや苦しみを次の世代に受け継ぎたくないとも」と答えた自分が、普段よりもどこか凛としていて、うまく表現できないのだけど…。私が目の前のピィーを見ているのだけれど、私以外の誰かが私の目を使って彼女を見つめているような、そんな不思議な気分になった。まるで青竹入り羊羹。何かがズルンッと抜けてった!その翌日、とても奇妙な体験をする。気絶しそうなぐらいに眠かったので、目の前の全てを中断し、とことん寝ることに。すると眠りながら激しい悪寒が。私は神社やお寺にいった翌日に高熱を出すことがあるので『また、あれか……』と思いつつ、『明日プログラミングのワークショップ、朝からあるから困るなぁ。まぁ、仕方がないか。身を委ねます……』と考えていると、何かがズルンッと体から抜けていった。青竹入りの水羊羹ってありますよね、アレみたいな感じ、笑。かなり深い睡眠だったのだけれど、体験したことのない異変に「な、なんじゃコリャ」と思わず目を覚ましたぐらい。その体験の後1週間ぐらいは、ものすごーーーーーーーーーく、気分が落ちた。「おいおい、エネルギー心理学って大丈夫なのか。タッチしちゃいけない領域まで入ってしまったのでは」と正直不安になったけれど、ピィーは信頼できるカウンセラーだと感じたので、落ち込みに抵抗せず、ちょっと離れて観察してみることに。そこでなるべく緑をみたり、寝たいだけ寝たり、部屋を掃除したり、ピィーにもらったアロマオイルでマッサージしたり、フレッシュなフルーツを食べたりとなるべく穏やかに過ごした。すると少しずつ気分も回復していき、ニュートラルな状態になった、2週間後。二回目のピィーのエネルギー心理学の授業へと向かったのです。See You!写真:doTERRAのオイル授業のあとにピィーにプレゼントされたdoTERRAのエッセンシャルオイル、White Fir。世代間の思考パターンを顕在化させ、クリアしていくという。1日に二度、胸の中心に数滴塗布する。写真:Blue Bottle CoffeeのカプチーノGreater Good Science Centerのインターンを辞めた後、カナダ在住の編集者がバークレーに来るということで誘われてお茶を。「実は履歴書見た時点から、なんでこんなにいろんな資質がある人がこのポジションに応募してきたのかなって疑問に思っていたのよ」と言われ、「えっ、そうだったのー?!」。他人が自分のことをこう評価しているはずというのも、自分の信念体系という色眼鏡から判断したもの。だから実はそれって真実じゃないのかも。写真:蜘蛛の巣ハウスハロウィーンが近くなると、お化け屋敷デコレーションをするお家がちらほらと。遊びゴコロがあって、良いですよね。見習いたい。See You!今年3月、バークレーClaremontにできたヴィンテージショップにて。「欲しい」「いや、買い物なんてしている場合じゃない」とせめぎ合う心の内がちょっと不安な表情に出ているなぁ。
2017年09月30日大学院へのチャレンジをいったん保留し、Greater Good Science Centerのインターンも辞め、目指す方向を見失った筆者・土居。父や元カレに指摘されたように、どうしようもない状態になって帰国することになるのだろうか…。貯金残高やビザのタイムリミットもちらつき、言いようもない不安感が押し寄せる。もはや神頼み、「内なる神さま、向かうべき方向を教えてください!」と心のなかで唱えていると、コーヒーショップで隣席に座っていた女性に思いがけず話しかけられたのですが―。写真/文・土居彩【土居彩の会社を辞めて、サンフランシスコに住んだら、こうなった。】vol. 57【第57話】ゴールはおろか、今何がしたいのかすらわからない。「だったら、4歳のあなたに聞いてみたら?」。最近よくみる悪夢は、貯金が尽きてビザの期限も切れた。さてアメリカから日本に帰国しなきゃいけないのにこのままでは食べていけない。なんのスキルも無く、生活していけないといった内容です。威勢よく父や元カレに啖呵をきったものの、「彼らの言ったとおりの状態になっているなぁ。やはり彼らのほうが人生経験豊富だし、私は世間知らずのバカだったのだなぁ……」と、うなだれたりして。「大変ですね」「頑張っていますね」と言われますが、目指す方向が定まっているときは、やらなきゃいけないことが山積みでもお金が無くても意外に大丈夫なんです。キツイのは、向かうべき場所がどこなのかがわからないとき。本当に自分がやりたいことが何なのかが定まらず、目を向けられないときです。そして、それはまさに今の私。渡米理由だったGreater Good Science Centerのインターンを辞め、あのまま続けていても違っていたとはわかっているものの、ぽっかりと空いた穴は未だ塞がらぬまま。目覚ましをかけずに思いっきり寝られる、バンザーイ!と思っていたのも、つかの間の極楽・約1週間。その後は、言いようもない不安感と無価値観が襲ってきます。貯金には限りがあり、ビザのタイムリミットとともに「早く答えを出せ!」とジリジリ迫ってきて―。でも、ど、ど、ど、どうしたらいいのかわからない……。本音に目を向けること=社会からはみ出してアウト?第34話では、直感カウンセラーのリン・ロビンソンさんにすべてのプロセスを信頼して、とアドバイスされましたが、心理的にそう悠長に構えてもいられないチキンな私。「内なる神さま、ヒントだけでもいいからどこに向かっているのかを教えてください!」。そうぶつぶつと祈りながら、UCSFオシャー・センターでのインターン業務前、データ計算を行うためにコーヒーショップへ。私にはデスクがないので、自宅やコーヒーショップを作業スペースにしているのです。『The Left Brain Speaks The Right Brain Laughs(左脳は語り、右脳は笑う)』というランサム・ステファン博士の本を机に置いて席を確保し、注文へ。いつものお決まり、本日のコーヒーとバナナブレッドを抱えて席に戻ると、隣の席に座っている女性が「それ、おもしろいのかしら?」と話しかけてきました。「あ……これ前にインターンしていたところ (Greater Good Science Center)で借りた本で、まだ12頁ぐらいしか読めていなくて。だからおもしろいかどうかまだよくわからないです。でもややこしい脳神経学の専門用語をうまく説明しているなと思いますよ。なぜですか?」と答えると、「クリエイティブ・ライティングのコースを教えているから、どんなものなのかなってちょっと興味があったの。私はジェイ、はじめまして」。そこで世間話が終わるかと思ったのですが、ジェイは依然としてがっつりと私側に体を向けています。そこで「あ、私はアヤです。この近くの研究機関で体内感覚と感情のつながりについての研究のアシスタントをしています。日本人と日系人を治験者としたものです」。「へぇ、なにかきっかけがあったの? あなたは研究者かなにか?」とジェイが。「いいえ。私は瞑想の実践者なのですが、その体験から自分が思考に巧みに騙されていると感じまして。では、体内感覚はどうだろうと興味を持って、お手伝いすることになりました。でも、この研究に関わりながら、私も含めて日本人にとって体内感覚に繋がるということもまた、難しいんじゃないかと感じています」と話しました。「おもしろいわね。それはどうしてなのかしら?」とジェイ。「”出る杭は打たれる“ ということわざが日本にあるのですが、ご存知ですか?」とたずねると、ジェイが肩をすくめます。「アメリカ人に比べて日本人は集団の和の中で生きています。目立ちすぎないように注意を払い、規制し合って、助け合って、均整をとる。例えばスターバックスのトイレだって、こちらアメリカと違って日本のものは驚くほど清潔に保たれています。でも体というのは個々のもので、誰ともシェアできませんよね。だから悲しみを感じると胸がギュッとするとか、何か釈然としないとお腹のあたりがざわつくといった体内感覚に繋がるということは集合的な価値観から独立した “自分” とアクセスするということ。それは私たちの感情にもつながっていくことだと感じています。でも、そういった体内感覚に敏感になってしまうと、和を保つために “我慢” が重んじられる日本社会にうまく適合できなくなるんじゃないかという無意識の不安やタブーが私たち日本人にはアメリカ人よりもあるんじゃないかなと感じるんです」。「あなたもそうなの?」とジェイが身を乗り出して聞いてきます。「正直を言えば、そうですね。瞑想なんかをやっていますけど、体内感覚につながった結果、抑圧していた感情とも向き合わないといけないので、しんどいですね」。「でも大切なことよ。どうか、あなたの感覚を信頼して、愛情込めて自分を大事にしてあげて」とジェイ。「でも自分を大事にするという感覚がよくわからないです。集団の価値観の中で生きてきましたから、いきなり好きなことをやればいい、何がしたいの? って言われてもよくわからないです」。ジェイがびっくりした様子で聞きます。「それって子供の頃から?」。あるがままの喜びを知るのは、4歳の頃の私。「たぶん、子供の頃は違いました」。「じゃあどんなときに喜びを感じて自分を大事にできているなと感じた? 子供の頃を思い出してみて」。なんと突然ジェイによる公開カウンセリングが始まりました。コーヒーショップで、笑!「祖母の家で、ただひとりで落書きをしていたときですね。それは、完全な安全と安心感のなかで。描いた絵がうまかろうが下手だろうが誰にもジャッジされない。ただ絵を描くのが楽しいから描くというような、その先のことや評価を考えなくてもいい。ただ今やりたいことをやってOKという守られた感覚のときですね」。「それっていくつぐらいのとき?」。「4歳ぐらいかな」。「じゃあ、これから何かをするとき、4歳の頃のあなたに聞いてみたら? これ、本当に楽しい? やりたいの?って」。「でも人生の大切な決断を4歳児にさせるって、だいぶリスキーじゃないです?笑」と私。するとジェイに「だけど、4歳のあなたしか、あなたの喜びがわからないんでしょう?」と言われ、まさにその通り。「でも私たちは学ばないと、知識を得ないと、経験しないと何かに到達できないと考えていますよね? 4歳児の私に比べて、今の私のほうが長く生きてきた分、それが多少あると思うんですが」。するとジェイが優しく辛抱強く私を諭します。「そうじゃないの。外側の何かは確かに論理的に物事を判断したり、整理する助けになると思うわ。でもね、大事なのはあなたの内側の感覚。嬉しいとか、悲しいとか、辛いとか、あなたの心と体が今何を感じているの? それを聞くのよ。そして、信頼して答えを待つの。その結果として、あなたのクリエイティヴィティとも繋がれるの。内側に聞いて待つ。必要なのはそれだけよ」。するとどんどんどんどん私の自我が、ジェイの言葉を受け入れたいのにそれを無視しようと躍起になります。「ただ今を感じるなんて、贅沢すぎませんか? 私はマインドフルネスの実践者でもありますが、いっぽうで “今を生きる” ということに罪悪感を持ってしまうんです。未来や過去に対して無責任な気分がして。ただ自分の感覚とつながって、今を感じるって、それっていいの?って。社会に対して何も還元できないばかりか、自分の人生をも放棄しているようで…」。するとジェイがキッパリと言います。「それは違うわ。今という瞬間にしっかりコミットすることで、過去や未来も獲得できるの。むしろ全てとさらに強く関わり合えるのよ。”ただあなたである“ というのは、人生を放棄して漫然と好き勝手に遊ぶというのとは違う。今に寛ぎ、それを味わうことで、何をあなたが感じているのかを知る。そこから気づきや本来やるべきことに導かれていくのよ」。私たちをもろくするものは、私たちを美しくするもの。初対面にも関わらず90分ほど話し込み、「いつでも連絡ちょうだい」と最後に名刺をくれたジェイ。彼女は作家だった。17歳で子どもを産み、38歳で夫を亡くして未亡人となり、45歳でスタンフォード大学で学士を取得し、孫が産まれた年にフィレンツェへ海外留学。自分より半分以上年下の同級生とともに学んだ、とインターネット上にありました。全く違う部分もたくさんあるけれど、どこか私の人生と重なる部分もある。しかし人の人生にはそれぞれにそれぞれのタイミングとドラマがあるものですね。体内感覚のように誰ひとりとして全く同じ体験は無く、それが美しい。ジェイに会った翌日はインターン業務も無く、完全なオフでした。そこで「よし自分を大事に喜びで満たしてあげるぞ」と、あのカフェに行って名物チャイを飲み、あの映画を観て……といろいろと妄想するも一応、4歳児の私を心の中に思い浮かべ確認してみます。「何がしたい?」と。すると、「家に居て、GREの勉強がしたい」と言うのです。意外!! 実は前日に「いったいこれからどうするんだ?」と、心配したおじからもらったメールにも「今は大学院を目指す意味がわかりませんので、もうGREは勉強しません」ときっぱり返信したばかりだというのに。ビザだってあと2年しか残っていませんよ? 貴重なアメリカ生活、目標も定まっていないのに、部屋にこもって参考書を読んで潰すのーーー?!で、ふと気がついたのです。頁を開くたびに意味不明でため息すら出てしまう、GREの参考書。文章題を解こうとするたびに「私って、救いようのないほどのバカ……」と自己肯定感もひたすら下げてくれる、G・R・E! 今の私にとってGREというのは「やってもムダ」「時間がもったいない」「ムリだ」「結果は出ない」「(人と比べて)今の私って(歩みが遅くて)恥ずかしい」という私のネガティブな自己知識や信念体系を最も顕著に投影してくれる存在だったのです。でも4歳児の私にはただそれを「やりたいからやってみて悪いの?」「結果が伴わなければ、チャレンジしてみたいって気持ちをムシしなきゃいけないの?」「絶対にどこかに向かってないとやっちゃいけないのかなぁ……?」と、なぜ熱意において成功の保証が必要なのかと、疑問でならないのです。そこで、今に集中して完全に不安や思考からフリーな状態になれていたあの頃を思い出してみます。「あぁ、そういうことなのか……」と、とりあえず参考書に向かってみました。今やっていることが何なのか、その先にゴールがあるのかすらも正直わかりません。さらには未だに大学院を目指したいのかもわかりません。でも、結果を手放し今に集中するというレッスンをしているんだなとわかりました。GREというのは単にそれをわかりやすく表現してくれているひとつのフォームに過ぎないのです。この先、これに変わる別の対象物が見つかるのかもしれないし、これこそがその対象物に向かうための必要な過程なのかもしれません。それはまだ今の私にはわかりません。ただ、私の体験からみなさんにもお伝えしたいことがひとつあります。思考にトラップされて、言いようのない不安を感じることがあっても、自分が存在するのに値しないという恐れがあったとしても、助言が必要なときに心を開いて待てば、必ず答えはいつかやってきます。それがいつになるのかはわからないし、その形もさまざま。例えば今回の私のケースのように通りすがりの人の言葉だったり、または友人からのメールだったり、ふと目にした看板のメッセージだったり、耳にした音楽のフレーズや本の一節だったり、です。そして「答えが欲しい」とすがるような気持ちにさせてしまう、心をもろくするものこそ、私たちを美しくするものなのかもしれないとも感じます。See You!猫の写真:愛想笑いなど一切しない近所の猫。でもどうしても友だちになりたくて、おそるおそる近寄ってみたら、くしゃみをされて鼻水をぶっかけられました。自立について学びます。Activistの写真:学生活動家などのアクティビストたちが盛んにそれぞれの意見を述べたり、抗議のデモや集会をするバークレー。トランプ大統領就任以降、『Black Lives Matter(黒人(も白人もみんな)の生活は大切だ)と書かれた紙が貼られた窓を数多く見かけます。正直私はどこかいつも取り残されたような気分になります。なぜだろう?Bouquet marketの写真:CAVIER & CIGARETTEのオーナー・ブロンディに誘われて足を伸ばした、ブーケ・マーケット。バークレー 4th streetで定期的に行われる感度の高いマーケットで、デッドストックショップや新参デザイナーのジュエリーや家具などが揃います。SEE YOU!週一で友達に教えているヨガでの一コマ。これが公園だというのだから、すごく贅沢。バークレーの豊かな自然にはいつも深い安らぎとインスピレーションを与えられます。
2017年09月22日洋服を寄付した帰り道に、必要な家具を拾う。Uber代を散財した代わりに、読みたかった本が手に入る……。何かを手放すと必ず何かを受け取る体験を繰り返し、「世界は自分が思うよりもシンプルにできているのでは?」と感じ始めた筆者・土居彩。では、ひとつずつ、少しずつ、思い込みを取り去っていったら、どんな自分と出会えるんだろう。そこで、彼女は大決断をします。写真/文・土居彩【土居彩の会社を辞めて、サンフランシスコに住んだら、こうなった。】vol. 56【第56話】ホント!手放せば、新しいものが入ってくる。渡米理由だった研究所インターンを辞めてみる。最近とっても不思議なのですが、何かを手放すと必ず何かを受け取るようになっているなと思うことが続くのです。例えば引っ越しに伴って洋服をさらに減らそうと、ドネーションボックスに寄付をしたり、友だちに受け取ってもらったりしたんです。80cm幅のクローゼットに入るぐらいだから、最終的に上下8セットぐらいになったのかな? 「これは、あのデートのときのだな」とか「取材のときに着ていったら褒められたよな」などとそれなりに想い出深い品々でしたから、人手に渡すとなると身を切られるような思いもしました。でも、ま、部屋に入らないなら仕方がない。「今までどうもありがとう。良い人と新しいときを過ごしてください」とバタンとボックスの蓋を締めて2ブロックほど通りを歩いたら、なんと引越し先の部屋にちょうどいい感じ。観葉植物とケトルを置くのにぴったりなスツールが放出されていたりして、ラッキー!先日も楽しみにしていた友達のお話し会があったのですが、うっかり寝坊してしまいました。まったくの言いわけですが、最近本当に寝ても寝ても寝足りないのですよ、眠くって! 現地まで1時間かけて歩こうと考えていたのですが、すでに取り返しのつかないほどの大遅刻中。そこで奮発してUberで向かうことにしました。ところが運転手さんが道に迷ってしまい、倍以上の料金がかかってしまったのです。「楽しい会話でした。ありがとう」と降りる際に言われて、それに対して笑顔で「良い1日を」と返事しつつも、ケチな私は内心「チッ」と舌打ち。帰りは友だちがライドを申し出てくれましたが道草したい気分だったので固辞し、ぶらぶらとお気に入りの公園に寄りつつ歩いて帰ることにしました。すると道中で、バークレー名物の道端本ボックス発見。中をのぞくと読みたかったラマナ・マハリシの本が。「おー、またオーバーしたUber代がチャラになったなぁ」というわけです。野花を摘む心と時間の余裕とマリファナハウス。今の生活では友だちが部屋に遊びに来てくれるとなると、まず午前中に野花を摘みに通りを散歩します。バークレーという街は気候が寒すぎず暑すぎず穏やかで緑がいっぱいなので、表参道なんかの素敵なフロリストで売っているような花が普通に道端に咲いていたりするんです。まぁ、それが所有地なのか原っぱなのかそこはちょっと見極めが必要だったりもしますが。そこもスリリングで楽しいところ!(なんて)。今までの人生のなかで、お客さんを迎えるために街を散策して野花を摘むという時間と心の余裕が自分にあっただろうかと思います。無かったですね。お気に入りのキャンドルを焚きながら、その香りを封じ込めるようにシーツをホテルみたいにピーンっとなるように毎日アイロンをかけたりもして。「この時間、すごい贅沢だなぁ」と思います。そんなふうにウットリと悦に入っていますが、現実問題全人生でもっとも狭いうえに、ハウスメイトがシャワーに入ると部屋全体が揺れるぐらいのボイラー音がするシャワー室に隣接した部屋で暮らしています。廊下からは彼らが吸うマリファナ臭が漂いますし。そういえばこのあいだ訪ねてくれた日本の方からは、「なんか、(この家)アジアっぽいですね」と言われましたしね(ソレどういう意味?、笑)。ほかに7人もハウスメイトがいれば、衛生レベルも騒音レベルもそれぞれなので、アジア勢である日本人の私と韓国人の友だちがだいたいいつもふたり頭を抱えながらせっせと掃除することになります(それでも追いつきません)。豊かさと貧しさの価値観がゆらぐ。でも最近、なにが豊かでなにが貧しいのかという自分のなかの判断基準がよくわからなくなってきているんですよ。「いつもヨガを教えてくれるお礼」とハウスメイトがなけなしのお金を叩いてお気に入りのケーキショップで買ってきてくれたティラミス一個を二本のフォークで突きながら一緒に食べたんです。ananでオヤツ頁を担当していたからありとあらゆるスイーツを食べ尽くしてきた私ではありますが、「これ、ティラミスっていって、私の一番好きなケーキなの」なんて言われると、「へぇ、ティラミスっていうんだね。お酒がきいていておいしいんだね」と、まるで初めて食べたときの気持ちを再体験させてもらえたようで、もう本当に一生忘れられない味になるんです。とはいえ未だに、現状を惨めに感じることもあります。2週間ほど前のことでしょうか。バークレーの街を歩いていると、キレイに刈り揃えられた生け垣にぐるっと囲まれた大きな家があったんです。それは、京都にあった祖母の古い洋館を彷彿させる家でした。「もうあんなお屋敷みたいな場所には、一生ご縁が無いのだろうなぁ。速攻で締め出しを食らってしまうような存在になったものだな……」と自分がどうしようもなくちっぽけで、落ちぶれたように感じてしまう、いつものクセが。小さい頃は、ただ “セミが一杯捕れる、大好きなおばあちゃんが住む家” でしかなかったのに、こんなふうにこの家に圧倒されてしまったのは、どうしてなんだろう……?祖母が亡くなったとき、それは私が大学生の頃でしたが、おじに「なんでも好きなものを持っていっていいから、ひとりで一度訪ねてきなさい」と言われたんです。私は大変なおばあちゃんっ子でしたから。祖母がいないガランとした洋館にしばらくひとりにしてもらって、ようやく彼女と一緒に遊んだリボンや祖母の編みかけの毛糸、食事に出かけたときに彼女が履いていた草履などを持って帰りました。それらには、彼女のぬくもりが感じられたからです。すると家族に「なんでそんなガラクタみたいなもんを。翡翠のついた化粧棚とかいろいろあったでしょうに」と苦笑いされて、自分の見る目の無さを恨みましたねぇ、あのときは。あぁ、こういうときにはそういうものを選ぶべきだったんだ、損したッ!と、笑。自分の思い込みにダマされているのかも?バークレーのお屋敷と自分の部屋、ガラクタを持ち帰ってしまった私……。「私って、どうしようもないほど生きていくために必要な見る目がないのかな」。そんなふうにモヤモヤしていたとき、いつも夕食に招いてくれる友人夫婦がたまたまメッセージをくれました。それは私の価値観をぶっ壊してくれるものでした。その内容とは、アヤが我が家にしょっちゅう来てくれるの、すごく嬉しいし、楽しい。お世話している気は全然ないし、励まそうとか、応援しようとか、そんなんでもない。ただ一緒に過ごせて楽しいし、それだけと違って、辛いこともしんどい事も話せるし、学びの事や未来の事も一緒に語れる。アヤはお金じゃ買えないものの価値をちゃんと知っていて、その価値を私たちにも惜しみなくわけてくれていると思っている。わかっていると思ったけど、ちゃんとはっきり伝えておきたいと思ったからあえて書いてみた、というものでした。どこかいつも世話になっていることで申し訳ないと思っていたことを見透かされたような気がして胸がいっぱいになってすぐに返事ができず、「あとでゆっくり返事するね!」と送ると、これまた私の気持ちをちゃんとわかっていて「せんでええ」と即返事が。これには、泣きましたね。あまりの大きな愛に対して。だから、今までガラクタと思っていたものはガラクタじゃないのかもしれない。その宝石は私には必要ないものなのかもしれない。今までよくもいろんな思い込みを重ね、騙されてきたものだなと思います。今も思い込みだらけです。で、いろいろ考えたのですが。Greater Good Science Centerのインターンを辞めることにしました。これはそもそもバークレー大の学生へのポジションですが、私はプログラム終了後も特例で続けさせてもらっていました。そこから自分が得たかったものはすでに学び終えていたのに、なぜまだ続けているのか自分でもワケがわからなかったんですが。アメリカに来た理由のような存在だったし、こことの接点が無くなると本当に自分の存在理由も将来もなくなってしまうような気がして、もはや必要ないのに怖くて手が離せなかったんですね。これを手放したら、何かが入ってくるのかな。それとも何も入ってこないのかな。この期待からまず、手放さなきゃですよね、笑。まぁ少なくとも、私が辞めたら、かつての私のようにこのポジションが欲しくてたまらない人にパスすることはできますよね。ひとつずつ、少しずつ、思い込みを取り去っていったら、私は誰なのだろうと思います。1年前にプラム・ヴィレッジでのマインドフルネス合宿でシスターに言われたように、現在もまたスワミに言われ続けているように、もうちょっと勇気を出して、深く自分を見つめてみたいと思います。See You!写真:本とブックエンド本は道端本ボックスで得たシャーリー・マクレーンの『アウト・オン・ア・リム』。タイトルは、果実(真理)を得るためには、危険を冒して枝の先まで行かねばならないという意味だそうです。バークレーの野花を押し花にし、祖母の淡水パールを組み合わせて作ったブックエンドを友人に。写真:道端本ボックスバークレーを歩くとそこかしこにある道端本ボックスとはこちら! 自由に本や雑誌を借りたり、提供し合ったりできる。個人宅の敷地内に設置されている。写真:野花とキャンドルすべて道で摘んだ野花。バークレーのクリエイターショップで見つけて以来、ハマっているAYDRY & Co.は2016年にできたLAベースのハンドメイドのキャンドルと美容グッズブランド。クリエイティブ・ディレクターのアユ・カールトンは、日本生まれのようでなるほど!写真:ガラスのドアバークレー南西にあるUrban Oreは、いわばスリフトストアの博物館。ガラスドア、トイレ、家具、洋服、各30セントのカセットまで目移りしてしまう品揃え。日本から家具好きの友だちが来たら、ここへ一番に案内したいです!
2017年08月22日このままじゃ、きっと生きていけない。至らないから、スキルをつけないと。お金を稼がないと……。ずっとそう思って生きてきました。会社を辞めてアメリカに来てからは、さらに強く。でもスワミ(ヒンドゥー哲学の先生)のもとで学んだり、たくさんの人に助けてもらううちに「このままの自分でも、まいっか」と思えるように。「無理になにかを目指さない。周りと違っていても、ただの自分でいてもいい」。そう自分を赦せた途端、目の前のことを最大限に楽しもうと思考がシフト。しみじみとした幸せを感じるようになってきたのです。写真/文・土居彩【土居彩の会社を辞めて、サンフランシスコに住んだら、こうなった。】vol. 55【第55話】もう何も目指さなくていい。ただ自分でいてもいい。未来思考を中断したら、しみじみと幸せが。またずいぶんと間をあけてしまいました。この不定期更新に、気長にお付き合いくださるみなさん、大変感謝しています。会社を辞めてから決めています。それは、自分で学び、なるべく実体験し、そこから何を感じたのか、どう理解したのかを本音で書くということ。となるとこういったランダムでスローなペースになっちゃって……。すみません、そしていつもありがとうございます。この一か月をおさらいしますと、まず引越しをしました。いろいろと支えてくれたおばあさんとの生活に終止符が打たれたので、異常なほどに家賃が高いうえに(たぶん東京の倍以上)、物件がでれば激戦となるこちらベイエリアで部屋探し。それは定職を持たない外国人としては、大変難航するものでした。けれども幸いにして退去日の3日前に奇跡が起き、現在は無事に大好きな街・バークレーで引き続き暮らせています。男子学生寮に破格で隠れ住む!?どうしても部屋が見つからなかった場合は、知り合いの部屋を又貸し(subleaseと言います)させてもらって、バークレーの男子学生寮のシングルルーム(ただしシャワールームは男子学生3名とシェア)に破格で隠れ住む、というオプションもあるにはあったのですが……。その場合 ”隠れ住んでいる“ ので、住所不定になっちゃうために、銀行の手続きとか郵便とか諸々不便そう。この歳で男子学生寮に住む(しかもスパイのように身を潜めて)っていうのもなかなかできないことなので、やったら書き手としての経験値は上がったと思いますが、それなりに失うものも大きいかなとも思いましたし(ハハ)。まぁ、それ以上に又貸し禁止物件なのでバレて、突然また出ていってくれとなったら困るなぁと。だから、がむしゃらに部屋探しをしましたね。インターン先が見つかったと思ったら、次は部屋探しとなったわけです。なかなか落ち着きませんね。でも、決まりませんでした。退去日1週間前なのに、まだ次の部屋が決まっていない。そんな崖っぷちのなか「だからこそ、今行くのよ!」と、70年代のインドを旅し続けた元祖ヒッピーの大先輩が一泊旅行に連れ出してくれました。向かったのはバークレーから車を北へ2時間ほど走らせた、ユカイヤというこじんまりとしたかわいらしい街。ユカイヤにある彼女のお友達ご夫婦の家を訪ねたのです。そこは朝日と夕日の両方を望める、まさにヒーリングハウス。かつて山のなかでそのリズムとともに暮らしていたという彼らと過ごすうちにすっかり癒やされ、心を覆っていた氷も溶けて寛いだ気分になっていると、バークレーで一緒に学んだ友達から突然メッセージが。彼女が住むシェアハウスに一部屋空きが出て(相場で考えると非常にリーズナブルなため、ほとんど空きが出ない物件)、私の知らないところで彼女が即・オーナーに掛け合ってくれていたのです。そこで旅行から帰ってすぐに内見と面接、そして無事に契約。それは退去日の3日前でした。ふぅ、ギリギリセーフ! そこで現在は7人のハウスメイトと暮らしています。しかし私は本当に運がいいというか、しぶといというか、笑。いつも人とのつながりに助けられていますね。社会的に不安定な場所に身を置くと、わかるんです。人の優しさのキャパシティは私が想像している以上に、ずっとずっと大きいということを。「人に迷惑をかけちゃいけない」と言われて育ってきましたから、なるべく人の負担にならないようにと気をつけて生きてきました。でも、今は頼らざるを得ない。それなりにプライドもありますから、なんとかひとりでやろうとしていても見るからに危ういんでしょうね(笑)。頼まなくても、見かねていろいろな人が手を差し伸べてくれます。プライスレスな経験をしている!日本にいた頃は、「マガジンハウス アンアン編集部の土居彩です」と自己紹介していました。それが私のアイデンティティーだったワケです。そう言えば周りの人に「なるほど、そういう人なんだな」と簡単に納得してもらえたし、社会的な信用にもなりました。生活するのに十分なお給料ももらっていたし、部屋もすぐ借りられたし、離婚をしたときだって洗濯機とか冷蔵庫といった必要なものはためらわずに即買い揃えて、引越し当日には今まで通りの生活を始められ、働いていましたから。だから、たとえ仕事でスタッフに頼ることがあったとしても、蛇口の水は自分が汲んだものではないとはわかっていても、「私はひとりで生きているし、経済的にも社会的にも自立している」と確信していました。傲慢でしたね。でも、いまはそうじゃないですよね? ライターと言ったとしても、ご存知このスタンスだからほとんど原稿を書いていないし(日記はすごい量を書いているけど、苦笑)。行きたかった研究機関2箇所でインターンをしているけどタダ働きだから、職業っていうのとは違うし。バークレーのプログラムを5月に無事修了したので、現在学生でもない。スワミのもとで学び、自分の心の奥にある本音と向き合ううち、本当に大学院に行きたいかどうかもよくわからなくなってGREの勉強を中断。参考書ではなく気になる哲学書ばっかり読みふけっているので「大学院を目指しています」とも言えない。なんだか胸を張って「わたしはこうだ」と自分のことを人に説明できないわけです。いったい今の私って、誰……?と宙ぶらりんで危うい状況になるとですね、予想外なことが起こります。何が起こるというのでしょう? みんながいろいろ助けてくれるんです。車を出して引っ越しを手伝ってくれたり、夕食に招いてくれたり、家具や食器をくれたり……。引っ越し先の洗濯機のノブが取れていて使えず、「毎回コインランドリーは、高いよ」とボー然としていたら、友達が人差し指を軽く湿らせてスライドしたらいい、なんて実践して見せてくれたりしてね。湿り気がノリのように働いて指でダイヤルを回せるようになるのです! これには「なんだか今の私の人生、すごいことが起きているなぁ」と普通に感動しましたね。だって、そうじゃないです? これって、文字通りプライスレスな体験ですよ!マイナス思考が始まったら、いったん脇に置いてみる。こういった境地に至ったのは、この1か月間いろんな人の意見を聞く機会が持てたから。まず、週に二回瞑想を教えてもらっているスワミに「どうしてもやっぱり人と自分を比べてしまうんです。なんであの人みたいに賢くないんだろう、きれいじゃないんだろう、お金持ちじゃないんだろう。面接も部屋探しもあの人と違って、私はなんで選ばれないんだろうって。自分よりも恵まれている人には嫉妬をするし、辛く当たってくる人は憎いと思うし。そんな自分が醜くて受け容れられません」とぶつけてみたんです。すると「私たちはみんなゴミ箱を抱えて生きています。でもゴミ箱って、必要だよね?」とニッコリ。「自分のことをこの体と同一視すれば、あなたは体になるでしょう。あなたの職業と同一視すれば、あなたは職業になるでしょう。嫉妬と同一視すれば、嫉妬になるでしょう。でも私たちの本質は、ただの肉体ではなく、ただの思考ではなく、ただの感情でもない。純粋な私たちとは、個々の形で表現している神性なんです。すべての違いの背後には、本源的なアイデンティティーにおいてあなたと彼女と彼と私の間には何の違いや隔たりもないのですよ。だから、「私はあの人とは違う」としてしまう、誤解した物の見方をいったん停止する勇気を持つ必要があります。あなたを解放することのできる真の喜びとは周りや状況には左右されません。あなたの内にすでにあるのですよ。それはこうだったら……という条件つきではない、無条件の喜びです」。言われたときは、正直ピンとこなかったです。「いや、周囲の状況に左右されるでしょう。そもそもまず、家賃高すぎるし」と、笑。でも一銭の得にもならないのに、私に助け舟を出してくれるさまざまな人たち。行動の理由が損とか得ではなく、自分の信念に沿うか沿わないかということである人たちを見ていると「やっぱり私、自分の見解からいったん自由になってみようかな」。そう思って、何か思考が起こるたびになるべくすぐには反応せず、ひとつひとついったん脇へ置いてみるようにしました。これはユカイヤで出会った素敵なご夫婦にも教えていただいたことです。彼らとお話をしているときに「期待値が高いんだね」と言われたんです。「人に対する、ですか?」と聞くと「”こうじゃないと、ダメ“ っていう自分への期待かな。これはあくまでも僕にとっては、なんだけど。僕にとって僕を一番苦しめたのは、”自分の正しさ” だった」と。この言葉は、ズシーンと胸に刺さりましたね。バスの運賃をケチってバスで10分のところを片道50分かけて歩いていたりすると、「ひょっとして私は取り返しがつかないほど、人生の時間を無駄遣いしているのでは……」という思考がやってきては、置いといて。研究所でインターンをしていると「このサボリ気味なアメリカ人学生は時給20ドルもらえるのに、私はビザの関係で無給なのか、トホホ」という感情がやってきては、また置いといて。そんなふうに「置いといて」を繰り返しているうちに、そもそも50分もかけて歩ける時間の余裕と健康があること自体、とても豊かだなぁ。歩いている最中、道端本ボックスでシャーリー・マクレーンの『アウト・オン・ア・リム』と出合えたし。部屋に飾るお花は道中で見つけた野花を摘めばいいからお金はかからない。家から歩いて5分足らずの場所には、ヨガをするのにぴったりの公園だってある。なんて豊かなんだろう……。しみじみとした幸せを感じられるようになってきたのです。あるとき風にゆれる街路樹を見て「なんてキレイなんだろう……」と立ち止まっていると、ぶわーーっと胸が熱くなって突然涙が(笑!)。ひとしきり泣いたら、すごく優しい鞘のようなものに自分がすっぽりと包まれたような、穏やかさと安らぎに満ちた気分になりました。パートナーもいないし、子どもを産んだこともないし、定職もない。このところナイナイ尽くしの自分を楽しめるようになってきたんです、不思議と。そうするとしだいに、今のバークレー生活は私の人生において自由の象徴なんだとようやく気づけたんです。別に何かを目指さなくてもいい。ただ自分らしくあれば、いい。私は自分と世界との気持ち良い関係性を探究する旅をしているんだ。今の私は人生のなかで最も幸せで豊かな時間を過ごせているのかもしれません。ある意味、人生ゲームでいうところの “一回休み” のコマにいるような私。「何も目指さないって、いったいどうなっちゃうんだろう……?」との不安もありますが、自分の価値観が大きなトランジションを迎えようとしているタイミングなのでしょう。しみじみとした幸せを味わいながら、まぁゆっくりいこうと思います。See You!写真/公園をオフィスにする女の子:元祖ヒッピーの先輩に連れ出してもらった、とっておきの公園。ラグをひいて机を置いて、公園だって立派なオフィス代わりに!写真/お花:道端で摘んだ野花の美しさに、はっとさせられました。写真/カップ:引っ越しをしたら隣の部屋のハウスメイトが「良かったらいる?」とくれたカップは、なんとオールドノリタケ! 「あなたのカップとしてキープしておくから、いつでもお茶飲みに来てね」と喫茶室・Aya、オープンです。写真/モビール:部屋の壁にもちょっとした喜びを。
2017年08月16日「羨ましい」「あれを持たないと」「私は至らない」と、人と自分を比べてしまう。世界を自分と自分以外に切り離して見てしまうことがすべての苦しみの原因だとはわかっていても、毎回同じことの繰り返し……。そんな迷える筆者・土居は、たまたま遭遇したスピリチュアルセンターでスワミ(ヒンドゥー哲学の先生)のもと、クンダリニー瞑想の手ほどきをうけることになるのですが……。写真/文・土居彩【土居彩の会社を辞めて、サンフランシスコに住んだら、こうなった。】vol. 54【第54話】人生初! クンダリニー瞑想で変性意識の世界を垣間見る。トリカシャラ・クンダリニー・メディテーションセンターは、バークレー西部にあるクンダリニー瞑想センターです。トリカシャラとは、インド・カシミール地方で興ったヒンドゥー教シヴァ派の宗派のひとつ。ちなみにサンスクリット語でトリカ(Trika)とは、意識、エネルギー、(犬だったり、石だったり、あなたや私だったりという…)固有の形式で存在する生きとし生きるものの顕れ、という三位のこと。そしてシャラ(shala)は学派を意味します。具体的にここで何をやっているかというと、スワミ(ヒンドゥー哲学の先生の意味)ケチャラナタ(通称・ナタジ)がクンダリニー瞑想を無料で教えているのです。ちなみにクンダリニーとは、「とぐろを巻いたもの」「螺旋状のもの」「ヘビ」という意味。人間のもっている潜在的な力であり、それは宇宙に存在する根源的なエネルギー。普段はとぐろを巻いたヘビのように眠っていますが、チャクラと呼ばれる7つのエネルギー中枢を覚醒させ、尾てい骨から頭頂を走るクンダリニーエネルギーを目覚めさせることで、心と体を解放できるというのです。怪しいですか? 笑。もしよかったらついてきて下さい……。ハートを解放させるダブルブレス呼吸瞑想。どうしてわたしがこのセンターに行き着いたかというと、ヨガを再開しようとインターネットでスタジオ検索しているときにたまたま見つけたんです。訪ねてみると「…ヨガクラスのお問い合わせで」というのがはばかられるほど、本気度がビシバシ伝わってくる、エキゾチックな場所。瞑想教育を中心に提供しているスピリチュアルセンターといいますが、ヨガに関してはワンクラス、カーヴィーヨガというものがあるといいます。ハタヨガの一種にそういうものがあるのかな?と「カーヴィー(曲線的)な動きをするものでしょうか?」とたずねると、「カーヴィーな(身体にお肉がついている豊満な)人向けのクラスということです」と言われ、「あ、文字通りのカーヴィーなわけですね」。「ははは、そう文字通り(Yes, literally!)」と、センターの老紳士とともに和やかに会話を交わしました。痩せっぽちの私がそのクラスに参加している構図を2人で想像し、同時に違和感を覚えて苦笑い。「ヨガは週に一度ですが、火曜日と木曜日の夜はスワミによるクンダリニー瞑想のクラスが、そして月・水・金の朝は瞑想室をみなさんに開放していますよ」と言われました。「参加費用はいくらですか?」と聞くとキョトンとされ、「無料ですよ」と当然のように言われます。「は? このべらぼうにお金がかかるベイエリアで(家賃は東京の倍以上)無料とはどういうこと?!」。その太っ腹さも気になり(カーヴィーヨガはしないけど)、帰宅しても気になってしまい、どうにも落ち着きません。どんなに克服しようとしても、”私は不十分だ“、”自分以外の人が羨ましい“ と、人と自分を切り離して比べてしまう思い癖が治らないことも重なり、参加の場合は事前連絡をと教えてもらった問い合わせ先にいてもたってもいられずに電話。すると「瞑想は19時からですが、初めて参加なさる方にはその前に1時間イントロの時間を設けて、心構えなどを指導しています。そこで18時にいらしてください」と言われました。当日ドキドキしながら向かうと、イントロ講習の生徒は私ひとり。スワミのお弟子さんが先生です。「か、貸し切りレクチャー??」。バークレーで4学期間、一学期につき約200万円というべらぼうに高い学費を払い続けてきた私としては、目が点です。インド哲学の流れとクンダリニー瞑想の歴史、瞑想の流れ、心構えなどを説明してもらった後、「では少し練習してみましょう」と10分間の呼吸法を教えてもらいます。それは、このセンターで教えるスワミ・ケチャラナタの師のひとりであるスワミ・ルドラナンダ(ルディ)が開発した、ダブルブレスというもの。具体的には……。【ハートを開く、ダブルブレスの方法】1.深呼吸をします。手放し、リラックス。2.1の呼吸にはスピリチュアルな力と滋養が満ちていることに気づきます。3.息を吸い、それがハート・チャクラ(胸、心臓のあたりに位置するエネルギー中枢)へと向かっていくように意識をします。呼気が喉に位置するチャクラに流れてきたら、飲み込みます。息を力づくでコントロールしようとするのではなく、自然とあなたの胸を満たしハートを開いていくようその流れに身を委ねます。ハート・チャクラをリラックスさせて。意識が拡大していく様子、心身を成長させたいというあなたの深い願いを感じます。深くハートを開き、心に浮かぶ心配事や問題、区別性を手放します。呼吸を10秒間ほど、もしくは自然とリリースされていくまで胸に留めます。4.3の呼吸の1/5程度をリリースします。胸のなかにあるエネルギーに意識を留めます。5.再び呼吸をし、呼吸と意識をハートを通過させた後、おへそのあたりにあるチャクラに向けていきます。息を優しくおへそにあるエネルギー中枢に留め、深くリラックスします。拡大されていくエネルギーとともにお腹が柔らかく、開いていくのを感じます。10秒間ほど息と意識をおへそのあたりのチャクラに留めます。息を吐くに従って、性器のあたりに位置するチャクラと背骨の下に向かって自然とエネルギーが拡大していくのを感じます。6.背骨の土台をリラックスさせ、背骨の下から頭上に向かってエネルギーが上昇していく様子に身を委ねます。エネルギーを感じます。ダブルブレスの後に頭がボーッとしていると、「質問はありませんか?」とスワミのお弟子さんに笑顔で聞かれます。そこで「ハートのチャクラに呼吸と意識を向けたときに、詰まりのようなものを感じました。スムーズに呼吸やエネルギーが流れません」と相談。「ハートを開くのは誰にとっても大変難しいことです。そこで、少しずつやっていきましょう。スワミも30年以上アシュラムに住み、1971年から現在まで46年間実践・指導なさっていますが、まだまだご自身には成長できるスペースがあるとおっしゃっています」。「私は両親に愛されて育ち、恵まれた環境で生きてきたのに、なぜでしょうか? どうしてしばしば人と自分を比べてしまい、心を閉ざしてしまうのでしょう」とたずねると、「ひょっとすると現人生での経験した結果とは関係なく、魂そのものが持つ個性も影響しているのかもしれませんね。私たちには誰にでもクンダリニーの力が潜在しています。そこで私たちができることはクラスに参加し、自分自身を清めてエネルギーを強くすること。”いつ自分を解放させることができるのか“ と心配するよりも、ダブルブレスを自習し、クラスに参加してただ練習をするのです。実践し、経験しながらすべてを自然な成り行きにまかせることで、必要なタイミングで必要な能力が身についていきますよ」。ついにスワミが登場!イントロ後、美しい絨毯が敷かれた講堂に通されました。「またひとりだったらどうしよう…」という心配は杞憂に終わり、瞑想ホールには約40名が集い、人種比率は、8割以上が白人。インド人を含めたアジア人が2割、黒人はいませんでした。けれども参加者の年齢は20代から80代と大変幅広い。これはバークレーで参加したマインドフルネス瞑想のサンガと異なる点でした。インドのギター・シタールなどの生演奏のもと、まず全員でチャンティングといってマントラをメロディーに合わせて詠唱します。実はなんとなく宗教的なイメージを受けて最初は引いてしまったのですが、普通にメロディーとして美しい。そこで先入観を手放し、目を閉じてその音とエネルギーに心を傾けてみることにしました。チャンティングも終盤になり、スワミが登場し祭壇に。想像していたのとは違い、白人の男性でした。「なんて強いオーラがある人だろう!」その後、目を開けた瞑想、オープンアイクラスが行われます。瞑想中はスワミとアイコンタクトをします。スワミは瞑想参加者それぞれと1,2分程度目を合わせ、それが5,6回繰り返されます。エネルギーのことを一般的にシャクティ(shakti)といいますが、トリカシャラではスワミの目を通じて、直接シャクティが伝送されます。その際に私は摩訶不思議な体験をすることに。4回目のアイコンタクト中でしょうか。目の前の世界がものすごく強い光に包まれたのです。麻酔をかけられたときのビジュアルってありますよね。そのような蛍光色の強い、強い光の中の世界です。そのなかにスワミの目があった場所に、2つの黒い点が見えます。オープンアイクラスも大詰めを迎えると、痙攣しだす女性がいたり、腕を上げたり下げたりし始める人、そして後ろに座る男性はずっとゲップをしています。「なんじゃあ、こりゃあ?!」と仰天たまげて、開いた口が塞がらない。自分でもわかるんです。バカみたいにあんぐりと口を開けているのが。でも閉じることもできないんです、唖然としすぎて。「うわぁ……キレイだなぁ……。もっとこの景色のなかに居たいなぁ」と思っているうちにスワミは他の人へ目線を向けます。その途端、また普段通りのビジュアルの世界に戻ります。スワミが目を閉じた途端、オープンアイクラスから、目を閉じる瞑想に切り替わります。しばらくすると、スワミが私の額に手を触れ、第三の眼(サードアイ)がある眉間のあたりに指をぐっと食い込ませて開き、クンダリニーが通過しやすくなるように姿勢を正します。すると、目の奥に青い光のようなものがボォッと浮かんでくるんです。最後にQ&Aです。ぶったまげすぎて何も質問ができなかったのですが、ある人の質問に対するスワミの答えが私の体験へのアンサーでした。「クンダリニー瞑想とは、心を開き、体験したことを手放す。そして制限のある自分の物の見方や理解から自由になるためのものです。感覚が鋭敏になるとか、超能力を身につけるとかそういうたぐいのものではありません」と、キッパリ。「今まさにわたしが取り組みたい課題だ……」。満たされた気持ちでいっぱいになりつつ、何か理解を超えたものを体験したことで、頭をボーッとさせながら家に帰ったとたん、おばあさんの遺産相続人の方からメールが入っていました。そこには「学生であるあなたと、今後さらにお世話を必要とする彼女がこれ以上一緒に暮らすことは、あなたのためにも彼女のためにもやはり難しい。そこで今月末で出ていって下さい。今まで本当にあなたの思いやりあふれる彼女への対応を感謝します。引っ越しの際はお手伝いしますので、おっしゃってくださいね」というメッセージが……。「え……」。ショックを抱えながらも、「この出来事は、いったいどういう意味なんだろう?」。「この状況で、私はどうハートを開けと言うんだろう?」。偶然にも年に2回のリトリートがたまたま2週間後にあるということで、参加を決めるのです。See You!センター外観の写真:大きな窓に差し込む光線が、まるで虹のよう。講堂の写真:毎週木・金の19時〜1時間半程度瞑想とQ&Aが行われる。初めて参加する場合は、INTRO(18時〜)を受ける必要が。Peaceの石の写真:ハートを開き、体験を手放すことで平穏が手に入るとスワミ。またそれは無関心、無感覚になるということではないという。いったいどういうことだろう…?SEE YOU! 写真:センターのトイレが超ゴージャスで思わずパチリ。
2017年07月11日バリー(BALLY)15-16AWコレクションに、トップハンドルバッグ「バークレー(Berkeley)」の新作「バークレー ポケット(Berkeley Pocket)」(H23.5 ×W34×D14cm 25万5,000円)が登場。「バークレー」の特徴である構築的でミニマムなフォルムはそのままに、ボディの前面に大振りのアウトポケットを配した新デザイン。ブラックのボディと上品なオフホワイトのポケットとのコントラストが、構造のメリハリをより強調し、スタイリッシュな粧いに。ボディの素材は、ブランドのアーカイブの型押しパターン「バリー ドティック(Bally Dottic)」のエンボス加工を施したカーフレザー。ブランドの伝統を重んじるバリーならではの息使いを常に感じることが出来るのも同バッグの魅力である。バリーのデザインディレクターのパブロ・コッポラ(Pablo Copppola)らしいマスキュリンでアーバンな発想から生まれた、ダブルジップ式の2つのコンパートメントにより豊富な収納力を誇る構造も秀逸。更に、取り外し可能なショルダーストラップ、メタルの底鋲付きで機能性も十分に備わり、ワークシーンでも活躍すること間違いなし。カラーは写真のブラック×ボーン(オフホワイト)の他、ブラック×ブラックの組み合わせも展開中。<問い合わせ先>バリー 銀座店TEL:03-6215-6609
2015年08月19日