戦国武将を訪ねて尾張の史跡巡り

2011年2月21日
 2011年2月13日(日)、三連休を利用してちょっと遠くに行こうと思っていたのだが、11日に雪が降ると聞いてキャンセルした。でも、どうしても史跡巡りをしたかったので代わりに愛知県の尾張地区を廻ってみた。

1.下社(しもやしろ)城・・・名古屋市名東区陸前町。築城年代は不明。柴田勝家の出生地として知られる。柴田氏は斯波氏の子孫・義勝が越後新発田城主となり柴田姓を名乗ったのが始まりという。現在は明徳寺が建っている。
感想:ということは勝家は上杉景勝に反旗を翻した新発田氏と同族なのか・・・?
(明徳寺前を通っている勝家坂)

(山門の横にある柴田勝家公誕生地の碑)

2.尾張守山城・・・名古屋市守山区市場。1521年、今川氏豊が那古野城を築いた頃、小幡城・川村城に対抗して築かれたといわれる。松平清康が家臣に殺害された「守山崩れ」が起きた場所として知られる。現在の宝勝寺周辺が城址で、寺の裏に説明版と碑がある。
感想:アパートの前にある説明版に、前回来た時はまったく気がつかなかった・・・。あの時は人と一緒で忙しかったからな。
(堀跡)

(碑)

3.志賀城・・・名古屋市北区平手町。志賀公園内。城主・築城年代ともに不明。この辺りに平手政秀の屋敷があったため、平手氏が城主を務めたか、もしくは城址に屋敷を建てたのではないかといわれている。
(平手政秀宅跡)

4.丹羽長秀屋敷・・・名古屋市西区児玉3丁目。丹羽氏の先祖は武蔵七党の一つ・児玉党の出身。丹羽郡に来て丹羽姓を名乗り、この辺りに屋敷を構えた。地名の児玉も児玉党からきているといわれる。
感想:いつ行っても碑の真後ろに車が停まっていることで、ここは有名(?)なのだが、今回は停まっていなかった。
(碑。後ろの車は駐車場のものでいつも停まっている車とは別)

(碑の近くに建つ児玉白山社。この辺りに屋敷があったといわれる)

5.名塚砦・・・名古屋市西区名塚町4丁目。織田信長が弟・信行や柴田勝家らに謀叛の動きがあるとして、1556年に急遽築いた砦。現在は白山神社が建っている。
感想:説明版はあったが碑は見当たらなかった。

6.稲生原古戦場跡・・・西区名塚町1丁目。1556年8月24日、柴田勝家らが信行を擁立して信長を討とうとしたが撃退された。この周辺には戦死者を葬った塚がいくつかあったが、現在は庚申塚が残るのみである。
感想:住宅街にある小さな公園のようなところにあった。肝心の
(全景。奥の祠が庚申塚らしい)

(公園内にある稲生合戦戦没者供養塔)
Text & Photo by 
筑後川の航海日誌

ちょうど戦国時代を舞台にした大河ドラマやっていますよね。歴史上の人物に親しみが湧きます。

ウーマンエキサイト編集部 はぴこ

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