第7話 歴史博物館とイル川河畔の散歩@ストラスブール

2019年7月6日

ヴォーバン・ダムからの眺めです。アーチを描くのはクヴェール橋で、
ここはイル川が何本にも分かれる美しい所です。



散歩の前に見た歴史博物館からご紹介します。中世のころ、ここはドイツの領域で、ストラスブールは自由都市として繁栄しました。
ステンドグラスには船運ギルドの錨の紋章が描かれています。



ここで何故かアンチンボルドが登場?と思ったら、博物館の英文パンフレットによると、ストラスブールの庭師組合に飾られていたアンチンボルド風の絵だそうです。



次に登場したのは、グーテンベルクです。活版印刷の発明者ですね。グーテンベルク広場には銅像まで有って、この地の著名人でした。



ストラスブールがフランスの一部になったのは、ルイ14世のとき、1681年です。
当時は分裂状態だったドイツから、絶対主義で勢いの有ったフランスが、奪いとりました。



フランスは地元を尊重する姿勢を見せつつ、しだいに中央集権に取り込んで行きます。ルイ14世の時代から約100年後、フランス革命の激変(1789年)が起こり、
その後ナポレオンの時代を経て、市民はすっかりフランス人意識になりました。
ナポレオン3世のとき、普仏戦争になり、勢いのあったプロシャが勝ち(1871年)、
その結果ドイツは統一国家になって、ストラスブールは再びドイツの領土になります。
市民は200年かけてフランスにすっかり馴染んできたのに、またドイツに戻れとは・・・。



1914年に始まった第一次世界大戦の結果、ドイツは負けて約半世紀の統治は終わり、
ヴェルサイユ条約(1919年)で再びフランスに戻ります。



ヴェルサイユ条約から20年たった、ナチスの時代にまた5年ほどドイツに逆戻り(1939年~1944年)。
ここは何度も戦争に逢いました。



第二次大戦が終わって、再びフランスに戻りました。(1944年)
その後は75年間の平和が続き、現在に至っています。
もうふたたび国が変わることは無いでしょう。



ストラスブールの歴史をざっとおさらい。本当にざっとですが・・・
遊覧船の乗船を挟んで、合計で1時間ほどの見学でした。

午後4時前、いよいよ「歩いて」街歩きです。



中世の税関だっ建物の脇を通って、



河畔の気持ちのいい散歩道に来ました。



橋の下を潜り抜けると・・・



遊覧船に乗って通過した水門が現れました。
船はいるでしょうか?



船はもう間もなく水門を抜けるというところ、
いいタイミングでした♪



プティット・フランスの木組みの家を見て、



クベール橋にやってきました。



イル川が何本にも分かれて、その細い中洲の上に家が建っています。



クベール橋を渡って、振り返ります。
三角屋根の塔は、昔は監獄だったらしい。



少し行くとまた橋がかかっていて、屋根付きの要塞橋、ヴォーバン・ダムです。
こちら側は陰になっていて、解りづらいですが、窓が開いています。



反対側に出てみました。日が当たって綺麗な姿です。
窓は小さな銃眼が有るだけ。要塞なのです。
橋の下の水路は、イザというときには仕切りを入れて、
水をせき止め、こちら側(市街地の外側)を水浸しにします。
敵に侵入させないように!



ヴォーバン・ダムの中です。
上階まで上がると、



窓越しにいい眺めが見えて、



屋上に出ると、素晴らしい眺めです。



先ほど水門にいた遊覧船でしょう。
ここで方向転換して、左奥に向かいます。



冒頭の写真です。クベール橋からぐるっと回ってこちらに来ました。
船でも、プティ・トランでも、これは見ることができない景色。



やっぱり、歩いて回るのは楽しい♪
船も、プティ・トランも楽しみましたが・・・
次回は「街歩きの続きはトラムに乗って」です。
Text & Photo by 
ペンギンの足跡Ⅱ

歴史を深く学べる博物館に、とても素敵な街の雰囲気を楽しみながらお散歩☆のんびり優雅なひとときを過ごせますね(^^♪

ウーマンエキサイト編集部 はぴこ

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