娘が生後1カ月ごろ、歯茎に白いブツブツができていました。もしかして病気なのではないかと心配し、病院を受診したときのことをお話しします。 ※訂正:(誤)なくなってるので→(正)なくなっていくので 赤ちゃんの歯茎に小さな白いブツブツが!わが家の娘が生後1カ月ごろ、歯ぐきに小さな白いブツブツがいくつかできていました。実は上の子のときも、生後2~3カ月ごろに同じようなブツブツがあったのです。 そのときは「歯が生えかけているのかな?」と思いながらそのままにしていました。しばらくすると消えてなくなっていたので、今回も気にしないで放置していました。 今度は白い大きなかたまりが!娘が生後4カ月のころのことです。小さな白いブツブツは消えてなくなっていたのですが、今度はひとつだけ大きな白いかたまりができていました。この間まであった小さなブツブツがかたまって、大きくなったような白いかたまりです。 最初は、白いかたまりが見えているだけでしたが、しばらくするとぷっくりふくらんで、できもののようにも見えました。そんな白いブツブツの変化が心配になり、病院へ受診することにしました。 診断の結果は「上皮真珠(じょうひしんじゅ)」医師によると、前にあった小さなブツブツも、この大きな白いかたまりも、「上皮真珠(じょうひしんじゅ)」というものなのだそうです。 あごの中で歯が形成するときに残った組織が歯茎から出てきたもので、病気ではないとのこと。「生後6カ月を過ぎるころにはなくなっていくので、そのままにしていて大丈夫ですよ」と説明を受けました。特に治療も必要ないとのことだったので、娘もそのままにしています。 子どもが小さいと、何でも気になります。赤ちゃんだとなおさらです。娘の場合は心配になり受診しましたが、病気ではなくそのままで大丈夫とのことだったので、先生に診察してもらってよかったと思います。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 イラストレーター/みいの著者:藤川智子結婚前は小学校教員、現在は幼児への音楽教育を指導している音楽ママ。自身の体験をもとに妊娠・出産・子育てに関する体験談を中心に執筆中。監修者・著者:助産師 松田玲子医療短期大学専攻科(助産学専攻)卒業後、大学附属病院NICU・産婦人科病棟勤務。 大学附属病院で助産師をしながら、私立大学大学院医療看護学研究科修士課程修了。その後、私立大学看護学部母性看護学助教を経て、現在ベビーカレンダーで医療系の記事執筆・監修に携わる。
2024年04月09日2019年4月から『みいつけた!』に登場した4代目スイちゃん(増田梨沙)が29日、NHK Eテレで午後7時から放送されたスペシャル番組『みいつけた!みんなのスイちゃんリクエストスペシャル』をもって卒業した。最後の5分は番組初の生放送となり、視聴者へ感謝の手紙を読み、歌って踊りながら笑顔で卒業となった。この日は、5年にわたり出演してきた4代目スイちゃん、コッシー(声:高橋茂雄)、サボさん(佐藤貴史)、オフロスキーに加えて、上戸彩、賀来賢人、篠原ともえ、ずんの飯尾和樹がゲスト出演した。5年間の成長を振り返る映像が流れると、5年前のスイちゃんは身長99センチだったそうで、当時のパネルと横並び。現在の身長を聞かれると「いまね、127センチ!」と約30センチ伸びたことを打ち明けた。また、この5年間で成長したことは「ピーマンを食べられるようになった!」「うどんを食べる時、七味を入れるようになった!」などと笑いながら伝えた。スイちゃん卒業にビデオメッセージで賀来は「スイちゃん、本当にお疲れ様でした。初めてスイちゃんが『みいつけた!』に出た回を僕見ていて…赤ちゃんみたいな感覚で見てたスイちゃんが、みるみる大きくなって、子どもと一緒に見ていたので『みいつけた!』とスイちゃんと成長していった感覚がする。家族みたいな存在です」としみじみ。上戸もビデオメッセージで「2019年に私も2人目を出産したので、その時からずっとスイちゃんを見ていた」とし、「本当に愛嬌があってひょうきん。本当に1つ1つのチャーミングなスイちゃんがいつも大好きで、いつも癒されていました」とスイちゃんの虜になっていたと話した。また、トータス松本もビデオメッセージで「スイちゃん、5年間みんなを楽しませてくれてありがとう。すごいです、ごくろうさん!」と労った。番組は「ありがとう」の気持ちをこめて、もう一度見たい話や歌のリクエストを中心に構成。スペシャル番組ならではの特別企画もたっぷりあり、「スイちゃんに会いたい!」と応募してくれた視聴者のもとへ、スイちゃんがサプライズで訪問。番組後半では、生放送で、スイちゃんからみんなへのメッセージもあった。特番内でお披露目された新曲「ただいま!」は、「みいつけた!」放送開始15周年を記念して、トータス松本が詞曲を書き下ろし。トータスが番組に楽曲提供をするのは4曲目、 11年ぶりとなるが「子どもたちにとって、この番組がいつでも帰ってこられる、安心できる場所であるように」との思いが込められている。番組最後の5分は「みいつけた!」初の生放送でスイちゃんは「ありがとう。実はお手紙を書いてきました」と共演者へ感謝の手紙を読みつつ、視聴者へも「テレビの前のみんなへ。いつも応援してくれてありがとう。楽しいこと一緒に見つけられたね。いつかまた会えたらうれしいな!今までずっとありがとう!」とメッセージを送った。そして最後は歌って踊り、「みんな!今まで本当にありがとう!これからも『みいつけた!』よろしくね!ばいばい~!ばいばい~!」と笑顔で卒業した。
2024年03月29日NHKで『みいつけた!みんなのスイちゃんリクエストスペシャル』が29日、放送された。2019年4月から『みいつけた!』に登場した4代目スイちゃん(増田梨沙)が卒業することから、これまでの思い出を語った。この日は、5年にわたり出演してきた4代目スイちゃん、コッシー(声:高橋茂雄)、サボさん(佐藤貴史)らが登場。5年間の成長を振り返る映像が流れると、5年前のスイちゃんは身長99センチだったそうで、当時のパネルと横並び。現在の身長を聞かれると「いまね、127センチ!」と約30センチ伸びたことを打ち明けた。また、この5年間で成長したことは「ピーマンを食べられるようになった!」「うどんを食べる時、七味を入れるようになった!」などと笑いながら伝えた。
2024年03月29日夏の旅行は、毎年子どもたちの行きたいところと決めているわが家。この年は、次男が大好きな水族館に行ったのですが……まさかの事態に! せっかくの旅行中に次男が想像もしなかったケガをしてしまった体験談をお話しします。(※コロナ禍前のお話です) 翌朝、まさかの事態に!「ママ、大変! ○○(次男)の足が!」。長男にそう言われて見てみると、なんと次男の足の親指の爪がありませんでした。昨日は元気に歩いていたのに何があったのかと聞いてみると、「自分でやった」とのこと。生爪を剥いだと聞いて、そういうものが苦手な私はもう血の気が引きました。 急いで近くのドラッグストアに行き、消毒と剥がれにくいばんそうこうを購入。出血はなく、ピンク色の肉が見えている状態の足の親指にばんそうこうを巻きました。本人が痛がらないので、病院へは行かず様子を見てみることに。それでも歩かせると出血したり痛みが出たりするのではと思い、前日とは打って変わって次男は常に抱っこで移動。いろいろ観光する予定でしたが、チェックイン時間すぐにホテルに入るしかありませんでした。 病院に行ってみると…旅行から帰り、小児科に行くと「サッカーをやっている子どもは、爪が剥がれやすくなってしまうことがよくあるんです」と言われました。次男はまだサッカーを始めてはいませんでしたが、長男と一緒にボールを蹴ったりしていました。ということは、旅行に行く前から前兆があったのでは……。私がもう少しきちんと次男の爪をチェックしておくべきだったと反省。せっかく楽しみにしていた旅行中にケガをさせてしまったこともショックでした。 その後、爪は無事元の状態に戻ったのですが、次男は爪を剥くのが癖になってしまったようで、テレビなどを見ながら剥いてしまうことも! 子どもの爪は伸びるのが早いので、伸びすぎる前に切ることと、足もすぐに大きくなるので靴に爪が当たらないよう靴のサイズも注意してみなければと思っています。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 監修/助産師 松田玲子イラストレーター/みいの ベビーカレンダーでは、赤ちゃん時代を卒業して自己主張を始めた2~6歳までの子どもの力を伸ばし、親子の生活がもっと楽しくなる【キッズライフ記事】を強化配信中。今よりもっと笑顔が増えてハッピーな毎日になりますように! 著者:田丸あかね現在、小学校1年生と幼稚園年中の兄弟を子育て中。性格の違う子どもたちの成長を楽しみつつ、自身の体験をもとに、妊娠・出産・子育てに関する体験談を中心に執筆している。
2024年01月17日初めての妊娠、そして出産。母子ともに検査を受け、問題がなければいよいよ明日は退院! しかし息子の検査で、突然「舌小帯短縮症」と告げられました。退院前日に起こった、私がプチパニックになった体験談を紹介します。 突然告げられた「舌小帯短縮症」出産を終え、私も息子も検査を受け、問題がなければ明日は退院の日。先天性代謝異常の検査のため息子を新生児室に預けて病室でのんびりしていると、ナースコールが鳴り、助産師さんから「ちょっと新生児室に来てください」と言われ……。 何かと思い新生児室に向かうと、院長先生が息子を抱いていました。「赤ちゃん、舌が短いの。舌小帯短縮症って言うんだけど。舌の裏側の下側と接しているところ、短いでしょ?」。先生は特に深刻な様子ではなく、どちらかと言えば明るい口調でそう言いました。言われた舌の裏側を見せてもらいましたが、小さい赤ちゃんの口の、さらに小さい舌が短いか長いかなんて、私にはわからず……。でも「○○症」と言われると、なんだか身構えてしまいました。 考えてみると、甥っ子に症状が「ご家族で舌が短いとか、滑舌が良くないとか、同じ症状の人はいない? 今はミルクも飲めているみたいだからいいけど、大きくなって手術となると、全身麻酔になるの。もし今なら、麻酔もしないですぐに“ちょきん”って切っちゃいますよ」。そう言いながら、先生はハサミで物を切るジェスチャーをしました。突然聞いたことのない病名を言われて、どんな病気か、どんな影響があるのかわからず、簡単に“ちょきん”と言われても……。私はプチパニックになってしまいました。 思い返してみると、姉の2人目の子ども、私から見て甥が4歳になっても少し舌足らずな話し方で、一生懸命話してくれているのに聞き取れずに何度も聞き返す、ということがありました。そして甥は今度手術をする、という話も姉から聞いていました。 夫と姉に相談し、“ちょきん”することに甥の話を先生にすると、「そうそう! そういう話し方になってしまうことが多くて。ミルクも飲みづらくなるかもしれないし、今“ちょきん”したほうが良いと思うんだけど」と。そうは言われても、簡単に「じゃあ“ちょきん”お願いします!」とは決断できない私。いったん「夫に連絡してみます」と、病室に戻ることにしました。夫と姉に連絡すると同時に、舌小帯短縮症について調べることに。確かに、調べてみるとすぐに切ってしまったほうが良さそうで、夫も姉も同意見でした。そして私は新生児室に戻り、先生に「“ちょきん”お願いします! 」とお伝えしました。 院長先生が気が付いてくれたことを知る「じゃあすぐに切っちゃいますね!」と、息子を連れていく先生。私が病室で待っていると、3分も経たずに助産師さんが息子を連れてきてくれて「“ちょきん”は一瞬で、全然泣かなかったですよ!」と教えてくれました。息子は何事もなかったようにきょとんとしています。そして気になったことを助産師さんに聞いてみました。「舌小帯短縮症って、今日の検査項目だったんですか? それとも先生が気が付いてくださったんですか?」。助産師さんは「検査項目ではなく、検査前に先生が目視で全身を見ていたので、そのときに気が付いたんだと思いますよ」とのこと。 思い返すと院長先生はいつも本当に丁寧に接してくれて、立場上とても忙しいはずなのに決して流れ作業にせず、向き合って対応してくれているのを感じていました。 今回の息子の舌小帯短縮症も、ただ検査項目を見るだけでなく、先生がしっかり1人ひとり診てくれているからだなと思いました。この産院を選んで、この先生に対応してもらって、本当によかったと改めて実感した出来事でした。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 監修/助産師 松田玲子イラストレーター/みいの著者:森まり子0歳の男の子のママ。本業は育休中で、現在は子育てをしながらライターとして活動中。主に子育て・共働きに関する体験談や、ママ向けの美容記事を執筆している。
2024年01月13日娘さんの保育園入園とともに仕事復帰したママ。しかし入園後、娘さんが次々と病気にかかり「集団生活による洗礼だ!」と思い込んでいたそうです。でも、血液検査で娘さんが貧血であることが判明し、とても反省したというママの体験談です。 保育園の強烈な洗礼娘は生後11カ月のときに保育園へ入園しました。入園当初は噂に聞いていた通り、本当に次から次へと病気のオンパレード。娘は0歳児クラス9人のうち、お休みする回数ランキングでダントツのトップでした。 私が仕事を突発的に休むことによってしわ寄せがいく職場の同僚にも、次から次に病気にかかって体重も減って少しやつれた娘にも、そして何も悪くないのに「本当にすみません。Aちゃんのお熱が……」と私に何度も謝りながらお迎えコールをくれる保育園の先生にも、本当に申し訳ない気持ちでした。 熱が下がらず血液検査娘が入園し、まもなく2カ月になる5月末でした。娘が風邪を引き、38~39度台の熱が6日続いても下がらず……。白血球数などに異常がないか、かかりつけの小児科で念のため血液検査を受けることに。 採血の結果、先生が心配していた白血球数には異常はなかったのですが、別の問題が……! 実は、娘は貧血だと判明したのです。本来11.0以上あるべきヘモグロビンの数値が娘は9.8。「かなり低い数値だから、今日からすぐに薬を飲んで!」と鉄剤のシロップを1カ月分処方されました。 言われてみれば思い当たることばかり貧血と指摘されて振り返ってみれば、思い当たる節がたくさん。私は、娘を生後2週間から完全母乳で育ててきました。元々私自身が貧血気味なこともあり、途中で育児用ミルクをあげようとしたのですが、母乳に慣れた娘は育児用ミルクを完全拒否! 生後5カ月で離乳食を開始してからも娘は母乳ばかり欲しがってしまい、離乳食がなかなか進まず本当に悩んでいました。 そのため、離乳食の栄養バランスは二の次で、娘が少しでも食べてくれる食材ばかりを与えていたのです。入園後も、園でも自宅でも食べる量があまり増えず、目安の量の半分くらいしか食べられていませんでした。 ※「授乳離乳の支援ガイド(2019年改訂版)」によると、母乳育児の赤ちゃんは生後6カ月ごろに鉄が不足しやすくなるため、貧血が起こりやすくなります。それは、育児用ミルクに比べて、母乳に含まれる鉄の量が少ないからです。赤ちゃんの鉄分不足を解消するためには、離乳食で補ったり、育児用ミルクをたすとよいでしょう。また、ママが鉄分を意識的に取ることも必要です。ママの鉄分不足が心配なときは、血液検査をすることをおすすめします。 貧血が原因で病気続きだったのかも…鉄剤のシロップを内服させてから、1カ月後に再検査をしたところ、ヘモグロビンの数値が基準値を上回る12.5まで上がっていたため、無事に鉄剤のシロップを卒業。そのとき先生から、「貧血だと免疫力が低下するから、Aちゃんが病気にかかりやすかったのは、貧血も原因の1つだったかもしれない」と言われました。 私が勝手に保育園の洗礼と思い込んでいただけで、本当は保育園に入園する前から娘は貧血で、ずっとつらい思いをさせていたのかもしれないと思い、娘に申し訳ない気持ちでいっぱいになりました。 娘が貧血だと診断されたとき、思い当たる節があまりに多く、娘に申し訳なくて胸が痛かったです。でも、1歳を過ぎて保育園にも入園済みでしたし、貧血だと気付けたからこそ、思い切って少食の原因である母乳を卒業させる決意もできました。断乳後、娘はそれまでとは見違えるように何でもよく食べる子になってくれたので、安心しました。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 監修/助産師 松田玲子イラストレーター/みいの ベビーカレンダーでは、赤ちゃん時代を卒業して自己主張を始めた2~6歳までの子どもの力を伸ばし、親子の生活がもっと楽しくなる【キッズライフ記事】を強化配信中。今よりもっと笑顔が増えてハッピーな毎日になりますように! 著者:近藤あいこ6歳女児と1歳男児の2児の母。自身の体験をもとに、妊娠・出産・子育てに関する体験談を中心に執筆している。
2024年01月11日わが子が通う幼稚園では、つけて行ってもいいヘアアクセサリーの種類や形状など、子どもの身支度についてルールがあります。内履きは無地のものを履くようにとのこと。そんな幼稚園からのお願いについて考えさせられる出来事がありました。 大好きなアナ雪の内履きを購入する幼稚園に通うわが子の内履きがサイズアウトしたため、靴屋へ向かいました。足が大きくなり内履きが履きにくかったためか、幼稚園の中で内履きを履きたがらない様子が見受けられたとのことです。 靴屋で内履きを見ていると、わが子の大好きなアナ雪の絵がプリントされた内履きが、無地のものよりも安く売られているのを発見。内履きは無地を準備してほしいという幼稚園のお願いを思い出したのですが、お迎え時に他の子も履いていたという理由で、アナ雪の内履きを購入しました。 これでよかったのか…とモヤモヤアナ雪の内履きを購入してもらったわが子はとても喜び、内履きを履きたがらない様子もなくなり、アナ雪の内履きを大切にしている様子が伺えました。また、幼稚園の先生から、内履きについて注意を受けるようなことはこともありませんでした。 「わが子は喜んでいるし、内履きも履くようになったし、キャラクターがプリントしてあるくらい大した問題ではないのではないか……」と思いアナ雪の内履きを履かせていましたが、これでよかったのかという疑問がずっと心の中に残っていました。 カチューシャをつけていきたいとごねるある日、幼稚園から帰ってきたわが子が「幼稚園にカチューシャとかつけていきたいの」と私に話しました。幼稚園にはカチューシャをつけていってはいけないことになっていると話したのですが、他の子がつけていたことを理由に納得できない様子。 そこで、カチューシャをつけて幼稚園バスの集合場所で先生に聞いてみることにしようということで話は収まりました。翌日、わが子はカチューシャをつけてバスの集合場所へ。 「いけないよ」と言われ、カチューシャを外す幼稚園のバスが到着し、先生がバスの中から出てきました。私はすかさず「カチューシャはつけていいですか?」と尋ねると、先生は「つけてはいけないんですよ……」とのこと。このやり取りを見たわが子はしぶしぶカチューシャを外し、不満が残った様子で幼稚園バスに乗り込んでいきました。 その後、わが子がカチューシャをつけていきたいと言うようなことはありませんでしたが、周囲のマネをしたがるようなことが何度かありました。 幼稚園のルールやお願いに対し、私がこれくらい大丈夫と勝手に判断してしまったことで、マネをしたがるわが子のように、周囲にも何らかの影響を与えてしまったかもしれないと反省。また、それはわが子にも「ルールを守らなくていい」と言っているような面もあることに気づきました。これからは自分が見本となって、わが子のルールを守る力を育んでいきたいと反省した出来事でした。 ベビーカレンダーでは、赤ちゃん時代を卒業して自己主張を始めた2~6歳までの子どもの力を伸ばし、親子の生活がもっと楽しくなる【キッズライフ記事】を強化配信中。今よりもっと笑顔が増えてハッピーな毎日になりますように! 監修/助産師 松田玲子イラストレーター/みいの著者:坂本ひろ子1児の母。自身の体験をもとに、妊娠・出産・子育てに関する体験談を中心に執筆している。
2023年11月28日現在第2子妊娠中、3歳の長女を育てています。長女の通うこども園では、学期毎にぞうきんを提出します。そのぞうきんを、「市販の物を提出するか、手作りした物を提出するか」で夫にショックなひと言を言われてしまった体験談です。 こども園に提出するぞうきん長女が通うこども園では、学期に1回の頻度でぞうきんを提出します。提出するぞうきんは20cm×30cmくらいの一般的な大きさのぞうきん1枚と、その半分の大きさのぞうきん1枚の計2枚。 特別な指定はなく、市販の物でも手作りの物でもどちらでも大丈夫です。わが家にはミシンがなく、縫い物をしたとしても手縫い。私はというと縫い物は苦手で、長女の入園グッズを揃えるときには実母にほとんどお任せし、自分は小さい物を2、3個手縫いで作った程度でした。 夫の放ったひと言ぞうきんに関しては、通常の大きさの物は市販の物をそのまま。そして半分の大きさの物は、市販のぞうきんを半分に切って手縫いするしかないかなと考えていました。あるとき、リビングに用意していた提出用のぞうきんを見て夫がひと言。「え、これ市販のぞうきんじゃん。これ持っていくの?」と言うので理由を聞くと、「ちゃんと作ったやつのほうがいいんじゃない?」とのこと。 このひと言でカチンときた私は「ちゃんとって何? 市販だとちゃんとしてない親だってこと?」と返しました。すると夫は「何かそんな印象」とだけ言って行ってしまいました。 夫の無意識に感じた「手作り=愛情」夫はとても寛容で、出産後食事に惣菜が増えても、部屋が散らかっていても、文句を言ったことはありませんでした。そんな夫が「市販のぞうきんはちゃんとしていない」と言ってきたことで、少しショックを受けた私。理解のある夫でも頭のどこかに、「手作り=愛情」の意識があるのだと感じました。 その後夫に、「手縫いじゃなくても愛情はある」「縫う時間があるなら家事や仕事をしたい」と伝えました。話し合いの最後には「そんなに嫌なら自分で縫って」と言うと「自分で縫うのは……」と、市販品を持っていくのに渋々同意していました。 今回は理解があると思っていた夫に思いがけない「否定」をされて、驚いてしまいました。子育て中は思いがけないところで夫婦の意見が衝突することがあるのだなと実感した出来事でした。今後また意見が違うことがあれば、しっかりと話し合う時間をとっていこうと思っています。 監修/助産師 松田玲子イラストレーター/みいの著者:水田 真理アレルギー持ちな娘の母で元理科の塾講師。子育てはできるだけ家にあるもので、娘と楽しめるように日々創意工夫を実践。
2023年11月25日スイーツで想いを表現する16才のパティシエ兼店長の「みいちゃんのお菓子工房」(所在地:滋賀県近江八幡市、代表:杉之原 千里) は、2023年10月24日にイオンモール株式会社が新たに手掛けるバーチャルストアに新店舗を出店いたします。イオンモール株式会社が掲げるコンセプト「開花メタバース」は、リアルのイオンモール同様にメタバースの世界でも花を咲かせる事を目指し、多種多様な才能を次世代の仮想都市で社会参画、自己実現を開花させる事を目指しており、当店が目指す将来像に方向性が合致した事から、数年先の未来のために「普段使いできるメタバース」を念頭に、来店までの時間、空間の制約から解放された新店舗としてOPENする事となりました。当店が運営しているコミュニティ「Shining children」は、ハンデがある方、生きづらさを抱える方の自立支援プロジェクトであり、リアル社会では社会参画が難しい人たちが集い、メタバースなどの社会参画の環境を提供し、これまでさまざまなイベントを通して、個性を自信に変えてきました。新店舗出店をきっかけに、生きづらさを抱えた人達が自分らしく生きる社会を目指し、新たな活動の一歩として取り組んでいきます。みいちゃんのお菓子工房 バーチャルイオンモール店(写真はイメージです)●メタバースによるこれまでの効果、実績実店舗では接客が難しい当店のパティシエみいちゃんが、メタバースでは簡単に接客ができるという事が検証できております。また、リアル社会では、お友達ができづらかったみいちゃんが、メタバースの中でアバター仲間と遊んでいるうちに、リアルでも会えるようになるなど、コミュニケーションのきっかけ作り、社会参画への一歩として大きくメタバースが寄与しております。●目指す将来像1人で外出が困難な方もバーチャル店であれば来店ができます。また、メタバースでは身体のハンデが存在しません。リアル社会では支援を要し、今まで就労が困難とされていた人たちが当たり前に接客ができる最も身近なバーチャル空間をイオンモール株式会社様と共に目指してまいります。●『REV WORLDS』内、イオンモールバーチャルストア概要イオンモールのバーチャルストアは、株式会社三越伊勢丹が開発・運営する仮想都市のコミュニケーションプラットフォーム「REV WORLDS(レヴ ワールズ)」内にOPENする新たな空間となります。「REV WORLDS」は、24時間どこからでも、新宿東口の街の一部エリアや伊勢丹新宿本店などが再現された仮想都市にアクセスが可能で、アバターを操作して、コミュニケーションやショッピング、イベント参加などを体験できます。「エンタメエリア」「~活躍発信~開花エリア」「~新たな出会い~探索エリア」の多種多様な店舗でのショッピングはもちろん、ゲームなどエンターテインメントをはじめ、様々なコンテンツをお楽しみいただけます。●本アプリのダウンロード方法本コンテンツはアプリのダウンロードが必要です。アプリおよびダウンロードについて:ウェブサイト URL( )※ご来場に際してアバターの作成が必要となります。※当コンテンツはスマートフォンまたはタブレットからのみご利用が可能です。※本アプリの利用にはインターネット通信が必要です。ネットワーク環境の良い場所でご利用ください。※ご利用端末のOSによって開始時間が異なる場合や、スケジュールが変更となる可能性がございます。※画像は実際のアプリの画面と異なる場合がございます。<みいちゃんのお菓子工房ホームページ> <Shining childrenのホームページ> 【会社概要】名称 : みいちゃんのお菓子工房所在地: 滋賀県近江八幡市上田町1257-18代表 : 杉之原 千里Mail : info@mi-okashi.com 詳細はこちら プレスリリース提供元:@Press
2023年10月17日息子が2歳になる直前に、娘が生まれました。そのころの私は、赤ちゃん返りをし始めていた息子に寂しい思いをさせないように、何をするにも息子優先にしていました。息子が2歳3カ月、娘は生後3カ月になるころ……2人とも体調を崩したと思ったら、なんとRSウイルス感染症と診断されたのです。まだ生後3カ月の娘まで苦しい思いをさせてしまってごめんね……と感じた私の体験談をお話しします。 なるべく息子のしたいことをさせたい娘の妊娠がわかったのは、息子が1歳3カ月のときです。おなかが大きくなってくるとともに、息子の赤ちゃん返りも始まりました。私は息子の要求にはなるべく応えてあげたかったので、無理をしない程度に抱っこをしたり、ごはんを食べさせたり、多少のわがままも聞き入れるようにしていました。 その後、娘が生まれてからも、夫に娘を任せて息子と2人で出かける時間を作るなどして、息子を優先に毎日を過ごしていたのですが……。 RSウイルスに感染! 娘は入院寸前と診断息子が2歳3カ月、娘が生後3カ月になったころ。2人とも体調を崩して熱が出ました。年が明けて1月のため病院は休日診療のみでしたが、心配だったので2人を急いで連れて行ったものの、風邪とのこと……。 それでも2、3日熱が下がらず鼻水が出て呼吸も荒いため、改めて小児科で診てもらったところ、2人ともRSウイルス感染症と診断されました。しかも娘はまだ生後3カ月のため、このままだと入院の可能性もあると……。苦しそうな2人の様子に私もつらくなりました。 息子ばかりになりすぎていたと反省その後子どもたちはもらった薬を飲みつつ、毎日小児科へ通って鼻水の吸引や体内の酸素濃度を測りました。1週間ほどで2人とも体調が良くなりましたが、1カ月は外出禁止と言われ、しばらく自宅で過ごすことに。 考えてみれば娘が生後1カ月過ぎたころから、息子が行きたいと言えば公園でも児童館でも連れて行っていました。まだ予防接種もせず、免疫もない娘をそんなに連れまわしてしまっていたことを深く反省……。 娘の妊娠がわかってからは、周りの友だちや実母にも「上の子を優先したほうがいいよ」とよく言われていました。私はその通りにしようと必死になりすぎてしまい、娘の様子をきちんと見られていなかったのかもしれません。それからは子どもたちも自分も無理をしすぎないことを一番に考え、育児するよう心がけています。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 監修/助産師 松田玲子イラストレーター/みいの著者:小松潤子2歳男の子と0歳女の子の母。幼稚園教諭・保育士資格を保有し、4年間教育現場に携わる。現在は育児、美容の記事を中心に執筆中。
2023年09月13日現在、6歳と3歳のやんちゃな男の子2人を育てています。長男は1歳のときから保育園に預け、3歳で幼稚園に入りました。長男はお友だちが関わるケガを2回したことがあります。そのときの相手の親の対応や、私の気持ちを含む体験談をご紹介します。 お友だちに噛まれた!集団行動が始まってケガの心配をしていましたが、長男はもともと大人しい性格ということもあり、無茶なことをしてケガをすることはほとんどありませんでした。そんな長男でしたが、1歳で入った保育園でお友だちに手を噛まれてしまう出来事が! 先生のお話では、同い年のお友だちとおもちゃの取り合いをしたときに、相手の子が長男の手を噛んでしまったそうです。保育園の方針で、相手は教えられないとのことでした。 幸いケガ自体は大したことがなく、長男もあまり気にしていなかったので「まぁ、子ども同士だしこういうこともあるなぁ」と思いました。しかし、その数日後、再度同じお友だちに手を噛まれてしまったのです! 噛み癖のあるお友だちどうも噛み癖のあるお友だちがいるようで、正直「また!?」と思いました。「自分の子どもがお友だちにケガをさせられる」ということに慣れておらず、戸惑いも……。それから数日後、園の交流会があり、夫と参加することに。そこで「K君のご両親ですよね?」と話しかけられたのです。 その方たちは長男を噛んだお友だちのご両親でした。基本的には双方の親に伝えないそうですが、「直接謝罪したい」と園に申し入れたそうです。「申し訳ありませんでした」と謝ってくださり、園や家での対応法を説明してくださいました。まさか直接謝罪されるとは思わず驚いてしまいましたが、「ご両親がこれだけきちんとした方たちなら大丈夫だろう」と夫婦で安心。実際にそれ以降、ご両親や先生たちのフォローのおかげか、長男が噛まれることはなく園生活を過ごすことができたのです。 今度はこちらが加害者に!長男が幼稚園に入り、またケガのトラブルが……。今度は長男が鬼ごっこで走っているときに、止まっているお友だちにぶつかってケガをさせてしまったのです。相手の子は大した傷ではないということでしたが、気が気ではありません。先生には「園でのケガは園の責任なので……」ということで相手の親は教えてもらえませんでしたが、長男本人から相手を聞くことができました。 そこで、園でお会いしたときに相手のママに「この前はすみませんでした。大丈夫でしたか?」と謝罪。幸い快く謝罪を受け入れてくださったのでよかったです。 保育園、幼稚園共に「子ども同士のケガは園の責任」というのが基本方針でした。とはいえ、相手から直接、謝罪が聞けてよかったです。同時に、ケガをさせた相手にも謝ることができてよかったと思います。いろいろな状況があるので「ケガをさせたら相手に必ず謝罪すべき!」ではなく、状況に応じて対応していきたいと感じました。 監修/助産師 松田玲子イラスト/みいの 著者:竹内優実6歳と3歳の男児を育児中。時短と節約が大好きなアラフォー母。簿記2級・MOSマスター・初級シスアド取得。パソコンを活かした育児グッズの作成が得意。夫は激務の為、ほぼ一人育児中。
2023年06月26日「自分は自然分娩で出産する」と信じて疑わなかった私。しかし、胎児と母体の安全を優先した結果、急きょ帝王切開で産むことになりました。出産直後は分娩の方法などまったく気にならなかったのですが、あることがキッカケで、日が経つにつれてじわじわと悔しさや悲しさが湧き出てきました。今回はそのときの体験談を紹介します。 「もったいなかったね」の言葉出産後は休む間もなく慣れない子育てが待ち構えており、1週間の入院中は「傷あとが痛い」「母乳が出ない」「赤ちゃんが泣き止まない」ということで頭がいっぱい。分娩方法のことでくよくよしている暇はありませんでした。 最初に心に引っかかったのは、1カ月健診のときに病院の母乳外来で出会った助産師さんの「太ってないし背も高いのに、帝王切開でもったいなかったね」という言葉。きっと「分娩異常さえなければ傷あとが残らずに済んだのにね」という慰めの言葉だったのだと思うのですが、そのときからモヤモヤが始まりました。 友人の体験談がつらい「帝王切開で残念だった」という気持ちは日に日に大きくなっていきました。難産で出産した友人の話を聞くことが特につらく、「自分は出産まで72時間もかかった。さっさと帝王切開で産んでしまいたかった」という言葉を聞いたときは、まるで自分が手抜きをしたような気がして引け目を感じました。 手術で切ったおなかの傷口は約10cmでしたが、出産の話題で聞かれてそう答えると、「自分は会陰切開だったけどもっと切った」と言われて落ち込んだこともあります。 自分だけじゃない2人目も帝王切開で出産したこともあり、5年ほどモヤモヤした気持ちと付き合ってきました。ある日、帝王切開ママの集まりがあると知り、参加させてもらうことに。そこには私と同じように悩むママがたくさんおり、それぞれの病院での出来事や出産後の体験談などいろいろな話を聞くことができました。 「自分だけじゃないんだ」「悔しい・悲しいという気持ちを人に伝えていいんだ」と思えたことで、とても気がラクになりました。 くよくよしていたせいで、ちょっとした言葉に過敏になっていたように思います。出産は十人十色。どんな出産だって大変だし、どんな分娩方法だって胸を張っていていいんだと今では考えられるようになりました。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 監修/助産師 松田玲子イラストレーター/みいの 著者:沢田真紀子自身の体験をもとに、妊娠・出産・子育てに関する体験談を中心に執筆している。
2023年06月22日お風呂を洗っていた私のところにやってきた2歳の娘が、濡れた足で滑って転倒! お風呂場のあがり段に後頭部を強打してしまいました。急いで救急車を呼んで病院へ。救急車騒ぎから病院で手当てをしてもらうまでの体験を紹介します。 待って! 足が濡れてるから!平日の夕方、お風呂を洗っていた私のところへ娘がやってきました。聞いてほしいことがあったようで、浴室の中まで入ってきたのです。ひと通り私に話をして、満足そうに部屋へ戻ろうと、濡れた足でそのまま駆け出しました。「待って! 足が濡れてるから!」。私がそう思って止めようとしたのですが、一歩遅かった! 浴室前にバスマットを敷いていなかったので、娘は浴室から出たところで滑って転び、石のあがり段に後頭部をぶつけてしまったのです。「あちゃー! 遅かった……」。娘の後頭部には大きなたんこぶができてしまいました。 人生初の救急要請たんこぶができたので、冷してあげようと保冷剤を用意。保育士をしている私は、転倒時の処置は慣れていたのでここまでは慌てずに対応できました。しかし保冷剤を当て始めると、たんこぶだけでなく傷ができていたようで、少量ですが血が出てきたのです。「後頭部から出血! 大丈夫かな!?」。 突然怖くなってきた私は、冷すのも危ないような気がして、急いで救急車を呼びました。救急要請をするのは人生初。そばでは娘が大泣きしているけど特段処置をしてあげることもできず、救急隊が到着するまで心臓がバクバクしていました。 離れた地域の病院へ救急隊が到着すると、娘は怖がってさらに泣いてしまいました。私もどうしたら良いのかわからずオロオロ。救急隊の人が、「お母さん、落ち着いて」と声をかけてくれました。 怪我の状況を聞かれたので説明すると、幸い、娘は意識がしっかりしていたので緊急性は高くなかったようです。とりあえず病院で詳しく診て処置をしてもらうことに。搬送できる病院が近くになかったので、少し離れた地域の病院まで行くことになりました。 大事に至らずひと安心救急車に乗ると、最初は回転灯の光を怖がって泣いていた娘も次第に冷静になってきて落ち着いた状態で病院に到着。病院では、レントゲン撮影をして頭部に異常がないか診てもらいました。結果、特に異常は見られず。 出血していたところもすでに止血していたので、消毒だけしてもらって帰宅しました。頭を打っているので、念のため24時間は安静にして様子を見るようにと医師から指示があり、翌日の保育園は休んだのですが、娘は何事もなかったかのように元気いっぱい。大事に至らずひと安心でした。 人生で初めて救急車を呼んで対応した体験は、ハラハラしてとても怖かったのですが、私にとって良い教訓になりました。子どもは突然の予測できない動きをすることもあるので、常に注意を払って安全に配慮しなければならないなと感じました。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 監修/助産師 松田玲子イラスト/みいの ベビーカレンダーでは、赤ちゃん時代を卒業して自己主張を始めた2~6歳までの子どもの力を伸ばし、親子の生活がもっと楽しくなる【キッズライフ記事】を強化配信中。今よりもっと笑顔が増えてハッピーな毎日になりますように! 著者:斎藤ますみ1児の母。保育士として働く傍ら、自身の出産・子育て経験をもとに、妊娠・出産・育児に関する記事を中心に執筆している。
2023年06月15日結婚して2年、なかなか子宝に恵まれず2年間不妊治療に通い続け、2度の化学流産を経験。不安と喜びの妊娠期間を過ごし、やっと会えた息子。 次の日、小児科の先生から告げられた言葉は、出産したばかりの私にはあまりにも衝撃的でした。 念願の妊娠、出産! だけど…結婚後、なかなか子宝に恵まれず、不妊治療に通い始め、タイミング法をおこなっていましたが、2度のつらい化学流産を経験しました。「神様があきらなさい」と言っている、と本気で思っていました。 半分あきらめながらも治療を続け、超音波検査で赤ちゃんの入った袋が見えたときの感動は、今でも忘れられません。2回化学流産したこともあり、妊娠中はちゃんと育ってくれるか不安でしたが、特に問題なく順調に経過し、あっという間に出産を迎えました。 初めてのことでもうろうとしながらも、無事に出産。夫も立ち会ってくれ、私たちにとって忘れられないものとなりました。病室に戻り2人で喜んでいたのですが、息子の呼吸が安定しないため、保育器で様子を見ることに。私も夫も不安でしたが、それ以上に生まれてきてくれてやっと会えた喜びのほうが大きく、次の日からの母子同室を楽しみにしていました。 ところが、次の日の朝、医師から「午前中いっぱい様子を見て、大学病院に転院するか決めます」と言われ、祈るような気持ちで午前中を過ごしました。息子に何が起こっているのか? どういう状況なのかわからず不安でいっぱいでした。お昼前、小児科の先生から告げられた言葉は、私たち夫婦にとって衝撃的なものでした。 大学病院で検査?「呼吸が安定しません。専門の所で見たほうが安心なので、今から転院しましょう。 それと、染色体異常の可能性があります。検査をしたほうがいいでしょう」。 言葉が出ませんでした。昨日まで、生まれてきてくれたこと、不安だけど楽しみな育児、「早く抱っこしたい」と夫と2人で話していたことが、なんだか夢のようでした。 それから、1時間もしないうちに救急車が来て息子は大学病院へ。夫も手続きのため、追いかけるようにして大学病院に行ってしまい、産婦人科の病室で部屋にひとり。あまりの展開に状況が飲み込めず、泣くことしかできませんでした。 しばらくして戻ってきた夫とは、何を話していいかもわからず、2人ともお互いに心配かけまいと「大丈夫、きっと大丈夫」と声を掛け合うことしかできませんでした。 それから退院まで、できる限り搾乳して昼から夕方まで息子のいる大学病院に会いに行き、産婦人科に戻って休むを繰り返していました。 おっぱいは張って痛いのに息子はそばにおらず、他の人の赤ちゃんの声で眠れない……。入院中、先生やスタッフのみなさんにとても良くしていただいたのですが、ひとりで産婦人科に入院していることがとてもつらかったです。 検査結果は…息子よりひと足先に私が産婦人科を退院し、3日後に大学病院を息子が退院することに。 息子の退院の時点では検査結果は出ておらず、後日結果を聞きに行くことになりました。 初めての育児、丸1日を息子と初めて過ごすことに不安もありましたが、何より息子を抱きしめることができて、うれしかったです。 慣れない育児に悪戦苦闘しながら、毎日はあっという間に過ぎていき、息子が生まれて1カ月後、大学病院に検査結果を聞きに行く日が来ました。 夫婦2人とも眠れぬ夜を過ごしたかと思います。 結果は「21トリソミー(ダウン症候群)」でした。 先生がいろいろ説明してくれたことがほとんど耳に入らず、帰りの車の中では、ただぼんやり外を眺めていました。 本当に自分の息子がそうなのだろうか? 何かの間違いでは? そんなことを延々と考えていたような気がします。 息子はもう生後3カ月を迎えました。 正直、今でも結果を完全に受け入れることができているかは自分にはわかりません。ですが、800〜1,000人に1人の確率でしか生まれない「ダウン症候群」。そんな息子に選ばれた私は、息子が教えてくれること、息子からしか学べないことがきっとあり、私しかできないことがきっとあると思い、毎日の子育てに奮闘しています。 涙が出ることもあるけれど、「私が今悩んでも不安が息子に伝わるだけ。息子が思い悩んだときに一緒に悩んで考えよう」と思い、前向きに育児に取り組んでいます。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 監修/助産師 松田玲子イラストレーター/みいの 著者:塩田 沙織現在、3カ月の息子の育児に奮闘中。育休前は、介護福祉士として病院勤務。
2023年06月13日「トイレトレーニングを始めるなら、薄着の季節がいい」とママ友から聞いた私。娘も1歳半を過ぎて少しずつおしゃべりができるようになっていたので、夏到来とともにトイレトレーニングにチャレンジすることにしました。そのとき、娘に言われて意外だったひと言があったんです。 トイレトレーニングに必要な物って?私にとっても初めてのトイレトレーニング。最初に何を揃えるべきか悩みましたが、娘は月齢のわりに体格がしっかりしていたので、おまるではなく、トイレの便座にはめ込むタイプの子ども用便座を選びました。 子ども用便座は、娘が大好きだったキャラクターの物にしました。ボタンを押すとキャラクターの声で「頑張れ!」「すごーい!」などの音が出るタイプだったので、これならすすんでトイレに行きたくなるかもしれないと期待していました。 なぜ? まったくトイレに行きたがらない娘買ってきた便座を見せると、案の定、娘は大喜び! 私がトイレに行くときについてくることもあったので、トイレに入ることも抵抗はなく、便座にも座ってくれました。 私は子ども用便座の音が出るボタンを押して、「おしっこ頑張れって言ってるよ」と娘に伝えました。すると娘の顔から笑顔が消え、急に便座から降りたがり、その後トイレに行きたがらなくなってしまったのです。 予想外の展開に戸惑った私。「どうしてトイレに座るのは嫌なの?」と娘に聞いてみました。 成長を感じた意外な言葉「ちっちみる、やだから」と娘は言いました。娘の言葉を訳すると、どうやらそのキャラクターが好きだから、トイレを見られるのが恥ずかしいと思っていたようです。 単純に好きなキャラクターなら喜ぶと思っていた私には意外な言葉だったうえに、「恥ずかしい」という気持ちが娘に芽生えていることに成長を感じました。 結局その後、シンプルな子ども用便座に変更してトイレトレーニングを始め、1年かかりましたが、3歳になる前におむつがはずれました。 トイレに行きたがらない理由もいろいろ。そして、親がいいと思うことが必ずしも子どももいいと思うわけではない、ということに気付くいいきっかけになりました。 作画/みいの監修/助産師 松田玲子著者:安部歩4歳と1歳の姉弟の母。結婚と同時に地方へ引っ越しし、現在は妊娠・出産・子育てに関する体験談を中心に執筆中。
2023年05月24日義父母とは別居ですが、子どもが生まれてからよく家へくるように。義母は私と顔を合わせるたびに、世間話として義実家の隣に住んでいる3人の子持ちママさんの話をしてくるのです。楽しい話なら良いのですが、ネガティブな内容が多く、私は聞いていて複雑な気持ちに……。そんな義母の話題を変えることができた体験談です。 話題は近所の人の話義母は日中家にいることが多く、私と会ったときの話題もご近所の話が多いです。特にお隣に住んでいる引っ越してきたばかりの3人のお子さんをお持ちのママの話を頻繁にします。 ただ、内容が「子どもがいるのにママ友と遊んで17時に帰ってきた!」「夕飯の支度もしないで遊び歩いている!」「上の子を学区外の小学校に通わせている! そんなのはおかしい!」など、義母に何と返してよいか困る内容が多く……。 私が責められている気持ちに同じ子持ちママとして、私はついお隣の奥さんの味方をしてしまいたくなります。そのため、「私なんてもっと遅くなるときがありますよ!」「夕飯は朝に作り置きしたのかもしれませんね」「学区外の学校に通うのは最近では珍しくないみたいですよ」とやんわりと反論していました。 ただ、そうすると義母との間で微妙な空気が流れてしまいます……。しかし、どうしても心情的に義母へ同調できません。また、義母から私に「母親とはこうあるべき!」といった遠回しな圧力をかけられているようで、あまり気分がよくありませんでした。 夫に相談義母と会うたびに隣のママさんのネガティブな話をされるので、夫にどうしたらよいか相談しました。すると夫は「そういえば、母さんはお隣の奥さんが引っ越したとき『いつでも子どもを預けてねと伝えたのに、一度も預けてくれない』って寂しそうだったなぁ」とのこと。 どうも義母はお隣の奥さんともっと仲良くしたいのに、頼ってくれないことが不満だったようなのです。昔は気軽に子どもの預け合いがあったようですが、今の時代でさすがに引っ越して1,2カ月ではお隣に預けることは難しいと思います。 さり気なく義母に伝えるそこで、次に義母に会ったとき、「最近はあまりご近所同士で子どもの預け合いはしないのですが、お義母さんのときはどうでしたか?」と聞きました。義母は「そうなの!?」と、とても驚いていました。義母は社宅住まいで頻繁に子どもの預け合いをしていたようです。そのため、「子育ては近所みんなで」という意識が強かったのです。 また、義母が隣の奥さんのネガティブな話をすると、「そんななかで、私は子ども1人でも大変なのに隣の奥さんは3人もいるなんて頑張っているんですね!」と、反論ではなくポジティブな意見で返すようにしました。すると、義母も「そうなのよね。子どもたちもいつもニコニコしていて~」と話を合わせてくれるようになったのです。 最近の義母は、お隣の奥さんとよく子育ての話をしているようです。残念ながら、まだ子どもを預けてもらうまでの仲にはなっていないようですが、以前よりもネガティブな内容の話はしなくなってきたので、安心しました。私も義母と昔と今の育児の違いについても話す機会が多くなり、とても勉強になります。 作画/みいの著者:浜辺結子1児の母。自身の体験をもとに、妊娠・出産・子育てに関する体験談を中心に執筆している。
2023年05月07日現在、5歳と2歳のやんちゃな男の子2人を育てています。最近、もうすぐ6歳になる長男が「バカ」、「あっち行け」、「うるせーな」など言葉遣いが悪くて困っていました。幼稚園やYouTubeで覚えたのだろうと思っていましたが、本人に聞くと意外な答えが……。大反省した体験をお伝えします。 言葉遣いが悪すぎる!最近の長男はとにかく口が悪く、何か注意しても「面倒くせーなー」、「ぶっとばすぞ」など耳を覆いたくなるような言葉の数々。2歳の次男までが長男をマネして、舌足らずな声で「ぶっとばすぞ」と言ったときは本気で子育てが嫌になりました。 もちろん、次男は言葉の意味を理解していませんが、これは本当になんとかしないといけないと思い、原因を知るため、長男にどこでこの言葉を覚えたのか聞き取り調査をすることに。 原因は……私!?すると「ぶっとばす」、「バカ」はアニメのキャラクターが言っていたセリフとのこと。確かに「ぶっとばす」はそのキャラクターがよく言っているなぁ……と納得。日常的に使って良い言葉ではないことを、一緒に見ているときにきちんと説明しなければいけなかったと反省しました。他の言葉も「幼稚園で〇〇君が言ってた!」とも。 長男と話していると、「悪い言葉」というのは何となく理解している様子。幼稚園では他のお友だちには言っておらず、家で私や弟にだけ使っているとのこと。 しかし、乱暴な言葉だし、聞いた人が悲しくなる言葉なので使わないようにと言い聞かせました。最後に「あっち行け」の発生源を聞くと、長男は驚いた顔で「ママだよ」と。 一度だけでもダメ!?「ママがそんな言葉使うわけないでしょ!?」と驚く私に、「ママ、前に怒ったときに言ってたよ!」とのこと。そう言われると確かに、体調が悪くてイライラしているときにワガママを言われて思わず使ってしまった記憶が……。 ただ、自己弁護すると、言ってしまったのは本当に一度だけですし、日常的には使っていません。ただその「一度」だけでも子どもにとっては覚えるのには十分、衝撃的な言葉だったようです。そのことを大反省しました。 社会生活を送る中で、子どもが悪い言葉を覚えてきてしまうのはある程度は仕方のないことだと思います。ただ、今回の場合は、私が悪い言葉を使うことで子どもも「ママが使ったなら、僕も使ってもいいんだ!」と思ってしまったようです。一度だけであっても使うべきではなかったと反省しました。今は子どもと一緒に私も正しい言葉遣いをするように気をつけています。 ベビーカレンダーでは、赤ちゃん時代を卒業して自己主張を始めた2~6歳までの子どもの力を伸ばし、親子の生活がもっと楽しくなる【キッズライフ記事】を強化配信中。今よりもっと笑顔が増えてハッピーな毎日になりますように! 著者:竹内優実5歳と2歳の男児を育児中。時短と節約が大好きなアラフォー母。簿記2級・MOSマスター・初級シスアド取得。パソコンを活かした育児グッズの作成が得意。夫は激務の為、ほぼ1人育児中。
2023年04月14日幼稚園に通い始めて間もないときのこと、初めて幼稚園から電話がかかってきました。何かあったのでは……と緊張しながら電話に出ると、予感は的中! 幼稚園でのささいなケガから、歯科医院で思いがけないことが判明した体験をお話しします。 ほんのささいなケガだと思ったのに…「息子くんなのですが、今日お友だちとぶつかってしまって……。床に顔をぶつけてしまって、出血は止まっているのですが、お迎えにきていただけますでしょうか?」。担任の先生からそうお電話があったとき、いろいろなことが頭の中を駆け巡りました。 どこから、どれくらい出血したのか、今も痛がっているのか、ぶつかったお友だちは大丈夫だったのか、お友だちとの間に潜在的にトラブルがあったのかどうか……。私は慌てて幼稚園に向かいました。 前歯のレントゲンを撮ってもらうと…先生に付き添われていた息子は、初めての早退ということもあり緊張した表情をしていました。先生のお話によると、室内でお友だちと遊んでいてぶつかってしまい、転んでしまったとのことでした。喧嘩ではなかったことに胸をなでおろしつつも、血が出ていたという口の中を見ると、歯茎が紫色に腫れていたのでかかりつけの歯科へ。 歯科医ではまず歯が折れていないかチェックをするため、レントゲンを撮りました。幸い、折れてはいなかったのですが、歯医者さんの表情は曇ったまま……。「過剰歯がありますね」と言われて、私はすぐには何のことだかわかりませんでした。 過剰歯発見! しかも2本も!過剰歯というのは、あるべき本数よりも多く歯があることだそう。息子にはそれが2本あるのだと言われてもまだ、「そんなこともあるのだなぁ」としか思っていませんでした。しかし、過剰歯があると他の歯の成長を邪魔してしまうかもしれず、息子の場合はそれを抜くのに手術が必要だと言われて、一気に血の気が引きました。 大きな病院で診てもらうことをすすめられ、後日今度は口腔外科へ。手術は今すぐではなく、永久歯が成長してからでいいと言われました。今現在もまだ手術はしていません。 思いがけない過剰歯にかなり驚いたものの、もし幼稚園でそんなことがなければ息子の過剰歯は見つからず、歯並びが悪くなってしまったり、永久歯が生えにくくなったりということがあったのかもしれないと思うと、これもある意味ラッキーだったのだと今では思っています。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 監修/助産師 松田玲子イラストレーター/みいの ベビーカレンダーでは、赤ちゃん時代を卒業して自己主張を始めた2~6歳までの子どもの力を伸ばし、親子の生活がもっと楽しくなる【キッズライフ記事】を強化配信中。今よりもっと笑顔が増えてハッピーな毎日になりますように! 著者:田丸あかね現在、小学校1年生と幼稚園年中の兄弟を子育て中。性格の違う子どもたちの成長を楽しみつつ、自身の体験をもとに、妊娠・出産・子育てに関する体験談を中心に執筆している。
2023年04月04日2020年ごろ、当時4歳と1歳の子どもを育てていた2児のママですが、新型コロナウイルスの影響で4月から保育園への登園を自粛する運びとなりました。私は自営業を営んでおり、平日は子どもを預けて仕事ができていたはずだったのに、まさかこんな事態になるとは予想できませんでした。また、私自身が下の子を産んだあとに抑うつ状態となり、今現在も精神薬などの服用も欠かせないといった経緯があり、日々イライラが募るばかりでした。そんなモヤモヤ・イライラを「新しいコミュニケーション方法」で解消しようと試みた体験談を紹介します。 登園自粛から3日目でイライラがピークに子どもの登園を自粛した3日目から、私のイライラはピークに達しそうでした。元から感情の起伏が激しくイライラしやすいということもあったのですが、ワーママということもあり、ママ友同士のつながりに乏しかった私。 「今、周りのお友だちや子どものクラスメイトたちはどこで何をしているのか?」といったことがまったくわからず、孤立を感じやすかったからだと分析しています。 リスクを下げるための行為にモヤモヤまた、人恋しくなって公園など限られた施設で子どもたちと遊んでいると、上の子や下の子と同年代の子どもたちもわりとたくさん遊んでいました。その姿には、なんとなくほっとした気持ちもあったのですが、上の子が知らない子どもに近付こうとすると、その子どもの親は「近付いちゃだめだよ」と子ども同士を引き離したのです。 もちろん新型コロナウイルスの影響で、感染リスクを下げるためにむやみに人には近付かないほうが良いという判断のうえだということはわかっていました。しかし、頭では理解していても、感情は孤立感でいっぱいで「人恋しいけど、誰も私たちに近付いてくれない、寂しい」といった気持ちがあったのも正直なところです。 新しいコミュニケーションを思い付きそんな心のよりどころを失いつつあった私が思い付いた孤立感の対処法は、「メンタルヘルスの電話カウンセリングを積極的に受けてみる」という方法でした。 具体的には、夫が加入している健康保険組合や家族が加入する生命保険の福利厚生として、心理士など心の専門家によるカウンセリングが電話で受けられるというものです。 自分が話したいときに気軽に話せる喜びメンタルヘルスの電話カウンセリングの通話はフリーダイヤルで、電話代も気にしなくていいですし、かつ新型コロナウイルスの感染リスクもまったく気にしなくても大丈夫です。 また、リアルの友人たちに連絡を取るとしても、電話をするということはお互い時間をすり合わせないといけないため、私にとってはハードルが高かったです。しかし、電話カウンセリングであれば、自分が誰かに話を聞いてほしいときに話すことができます。そのため、私自身の気持ちがラクになり、かなり助けられました。 この一件で私が感じたことは、「やはり人同士のコミュニケーションがなければ、ストレス過多になりやすい」ということ。自分の置かれている状況や、今の自分の気持ちを話すことの大切さを知りました。電話したあとは毎回、自身の気持ちが整理されて「今日は子どもに怒りすぎたな……」など自身の反省点も振り返りができました。 監修/助産師 松田玲子イラストレーター/みいの 著者:山本加奈子2児の母。自身の体験をもとに、妊娠・出産・子育てに関する体験談を中心に執筆している。
2023年03月20日私には現在小学3年生の長男がいるのですが、発達障害であるADHD(注意欠陥・多動性障害)の診断が下りたのは小学校2年生のときでした。さらに3年生になった今年、自閉症スペクトラムの診断が下りたのです。私は、小学生になるまで長男の障害を見つけてあげられなかったことを後悔。乳幼児健診のとき、こうしておけばよかった! と思ったことをお話しします。 1歳半健診では育てにくさを伝えられずハイハイをし始めたころから活発な長男でしたが、1歳になるころには多動が目立ち始めていました。他の子とちょっと違うなと感じつつも、気にするほどでもないと思う中で、1歳半健診の日を迎えました。 1歳半健診の質問項目に「育てにくさを感じますか?」とあったのを見て、一瞬戸惑う私……。買い物先や支援センターでよく脱走し、かんしゃくがひどいことに悩んでいたからです。 しかし育てにくいレベルに入るのかわからず、悩みながらも「いいえ」にマルをしたのです。このとき「はい」または「わからない」にマルをしていれば、支援に繋がったのかなと思います。 3歳児健診でも育てにくさを伝えられず!その後長女が生まれ、育児に奮闘しているうちに年月が経ち、長男の3歳児健診の日を迎えました。3歳になるころにはお喋りもじょうずになり、手先も器用になってきていた長男。一方で相変わらずかんしゃくが酷く、2歳下の妹を叩いてしまうこともしばしば……。 しかし私は3歳児健診での問診票でも、「育てにくいですか」の質問に悩み、「いいえ」にマルを付けてしまったのです。さらにあらかじめ相談内容を固めていなかったため、悩みをどう伝えたらいいのかわからず健診は終了。私はまたもや悩みを伝えられないまま、健診をスルーしてしまったのです。 次男のおかげで保健師さんに相談でき…3歳児健診を過ぎると、市の乳幼児健診の場はありません。仕事が忙しくなったこともあり、日々の家事、育児をこなすだけで精一杯の私……。そして長男が小学校に入るころ、転機が訪れました。わが家に次男が生まれたのです。 育てやすい次男ですが体が小さく、4カ月健診で経過観察となってしまいました。おかげで市の保健センターから、よく電話がかかってくるようになりました。長男のかんしゃくに悩んでいた私は、すがるように保健師さんに相談することに! すぐに専門的な相談施設を紹介され、小学2年生になったころにADHDの診断が、さらに1年後に自閉症スペクトラムの診断が下りました。 長男の幼児期を振り返ると、後悔するのはやはり乳幼児健診で悩みを伝えられなかったことです。伝えるべきか迷う程度の悩みでも、困っているなら相談するべきだと思いました。今では主治医や臨床心理士さんに相談しています。次男が3歳児健診を迎えるときには事前に悩みをリストアップし、細かく相談したいと思っています。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 ベビーカレンダーでは、赤ちゃん時代を卒業して自己主張を始めた2~6歳までの子どもの力を伸ばし、親子の生活がもっと楽しくなる【キッズライフ記事】を強化配信中。今よりもっと笑顔が増えてハッピーな毎日になりますように! 監修/助産師 松田玲子イラストレーター/みいの著者:河津明香2男1女の母。旅行代理店勤務をしながらの育児を経て、フリーランスのライターへ転身。現在は発達障害の長男のサポートをおこないながら、旅行・育児・生活雑貨などの記事を中心に執筆。
2023年03月02日子どもが1歳のころ。離乳食は順調に進んでいたものの離乳はしていませんでした。特に夜中はおっぱい頼り。泣き出してもおっぱいさえあげればすぐに落ち着いてくれます。子どもが欲しがるうちはおっぱいをあげればいいと考えていました。一方、私は慢性的な寝不足で日中もボーッとしていて、昼寝が欠かせない状態。それでも今だけだと思い寝不足対策を取らないでいたら、事故を起こしてしまいました。 1歳を過ぎても離乳はせず事故が起きたのは子どもが1歳のころでした。離乳食をしっかり食べていて、食後のおっぱいはごくごく飲むというより触れたり口に含んだりするのが好きといった感じで、あまり必要がなさそうな様子。子どもは夜も2〜3回目を覚ましますが、おっぱいをあげれば落ち着いてすぐに眠りに戻っていきます。 本人がおっぱいを欲しがっているし、私もおっぱいの便利さと安心感を手放せず、積極的な離乳は考えられませんでした。今だけのことだし、本人が欲しがるうちはおっぱいをあげようと考えていました。 一瞬ウトウトしてしまい夜中に2〜3回目を覚ます子どもに毎晩付き合い、私は慢性的な寝不足状態。日中に子どもと一緒に昼寝をするのを日課にしていました。それでも1日中、頭はボーッとしていて集中力もありません。子どもと遊んでいてもウトウトしてしまうことが多々ありました。 それでも今だけのことだと思い、寝不足対策は何もしなかった私。ある日、私がウトウトしていると子どもの泣き声がし、一気に目が覚めました。子どもを見るとおでこから血が……! 転んで積み木の角にぶつけたようでした。 バンドエイドですみました泣きじゃくる子どもを抱いて、どうしたものか考えているうちに子どもは泣きやみ、遊びだしてしまいました。少し拍子抜けしたような気持ちで傷を見ると、血は止まっています。傷も浅そうです。 とりあえずバンドエイドの「キズパワーパッド」を貼って様子をみることに。しばらくしても変わった様子はないので、病院には行きませんでした。そして5日間、子どもに変わった様子はなく傷もきれいに治り、笑顔で遊んでいました。 当時、私は子どもの世話と家事に追われて自分のことは後回しにしがちでした。限られた期間のことだし、どうにかなるというおごりもあったと思います。「自分が万全ではないと子どもは守れない」。自分のケアと家族の世話のバランスをとりたいと考えるきっかけとなった一件でした。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。※傷口が深い場合や、出血が止まらない場合、腫れ、膿などが見られる場合は病院を受診しましょう。 監修/助産師 松田玲子著者:小原水月1児の母。管理栄養士免許取得。「健康が人生をわくわくさせる」をモットーに食と健康の分野でライターとして活動中。高齢出産後、生まれ育った都心を離れ夫の実家がある地方都市へ移住。義母と同居。
2023年02月09日現在6歳の次男が幼稚園に入るにあたって、心配事が2つありました。それは言葉が遅いことと、おむつが外れていなかったことです。その上3月生まれなので、3歳になってすぐ幼稚園に入ることで、周りについていけるか心配でした。しかし、思い切って次男を幼稚園に入園させると、見違えるほどの成長を見せてくれたのです。 入園して1カ月で会話できるように言葉とおむつ、2つの問題を解決できないまま4月を迎えました。朝は泣きながら園バスに乗る次男でしたが、帰ってくるとニコニコ笑顔。まだ言葉では表せないものの、楽しそうな様子がうかがえました。そして、入園から1カ月を過ぎたころ、気がついたら会話ができるようになっていたのです。 担任の先生からも「次男君、最近とてもよく話すようになりましたね。大好きな電車の話をしてくれます」と連絡ノートに記してあり、私は次男の急激な成長に驚くとともに、涙が出るほどうれしかったです。 プールに入りたくておむつを卒業次男が通っている幼稚園では、6月になるとプール活動が始まります。大きいプールに入るのが子どもたちの楽しみなのですが、おむつの子は家庭用の小さいプールにしか入れません。プール初日、まだおむつが外れていない次男は、大きいプールに入れなくて悔しかったようでした。 それから次男は「大きいプールに入りたいからパンツはく」と言い、積極的にトイレに向かうように。失敗してしまうこともありましたが、夏の間に何とかおむつを卒業できました。そして、大きいプールにも入れてもらえるようになると、次男はとてもうれしそうでした。 幼稚園生活で刺激を受けて、次男は急成長を遂げました。次男は幼稚園の3年間ですっかりお兄さんになり、4月から小学校に通います。今でも成長具合を周りの子と比べてしまうことはありますが、何事もいつか必ずできるときがくると信じて、これからも次男の成長を見守っていこうと思います。 ベビーカレンダーでは、赤ちゃん時代を卒業して自己主張を始めた2~6歳までの子どもの力を伸ばし、親子の生活がもっと楽しくなる【キッズライフ記事】を強化配信中。今よりもっと笑顔が増えてハッピーな毎日になりますように! 監修/助産師 松田玲子著者:小林 睦9歳と6歳の息子、4歳の娘の母。わんぱくな3兄妹の育児体験を元に記事を執筆中。
2023年02月04日出産後の生活は、思い描いていた理想とはまったく違った……。一児のママ・みいのさんの体験談マンガ「産後ヤバイ話」より、赤ちゃんに母乳をあげる際に感じる不快感に悩んでいた、みいのさんの状況に「育児中同じ出来事があった」と読者の方からの共感の声が寄せられています。この記事では、中でも興味深かったコメントを紹介します!<「産後ヤバイ話」あらすじ>待ちに待った赤ちゃんが生まれて幸せなはずなのに、母乳を吸わせるたびに嫌悪感があり、罪悪感を感じてしまう、みいのさん。産後、心身ともにボロボロだったみいのさんは、「母親失格なのでは……?」と悩んでしまい……。 「せっかく赤ちゃんが来てくれたのに…」と悩み、苦しむ日々母乳をあげるときの吸われる感覚に不快感があった。「みんな産後も楽しそうなのに、私だけ赤ちゃんのこと、喜べない」と周りの人と自分を比べて「私はできない」と落ち込み、どんどん深いところへ落ちていった。 次第に赤ちゃんと2人きりでいるのも怖くなり……。 吸われる感覚が嫌で、できれば母乳をあげたくないと考える、みいのさん。しかし、助産師さんからの言葉を思い出し、「絶対に母乳をあげないといけないんだ」と思いながら赤ちゃんに母乳をあげていました。 インターネットで検索すると、原因が判明!?「なんでこんなに吸われる感覚が嫌なんだろう……」と思い、インターネットで調べてみると……。 自分が悪くて、嫌悪感があったのではなく、生理現象なのだとわかった、みいのさん。同じ症状を持つ人がいるんだと思えるだけで、少し安心しますよね。 これらのみいのさんが感じた症状に、読者からさまざまな声が寄せられました。 「私も同じだった!」と読者からの声続出!●私は、気持ち悪さや体の暑さを感じて不快感がでます。(中略)不調や寝不足からイライラもするので、夜中主人が寝ているとトゲトゲしてしまうこともあります。追加でミルクを与えているときでも症状があるので、姿勢や肩こり、寝不足の影響かなと思いますが、もしかしたらD-MERの可能性もあるのかな?と感じました。 ●わたしも多分これの強い一人です。(診断された訳ではないですが)今2人子どもがいますが上の子のときから吸われるとすごく嫌な気持ちになり、引き離したくなり、「吸われるときだけこの子が嫌い。」で心が埋め尽くされてしまいました。終わるとまたかわいい愛おしいに戻るのですが。途中で耐えきれず3カ月で育児用ミルクに変えました。そんな感じだったので2人目のときも無理だろうと思っていたのですが案の定入院中から断念。搾乳をしてはあげていましたがそのうち1カ月ほどで育児用ミルクに変わりました。母乳の方が愛情が生まれるといいますが、育児用ミルクだから愛情がないことは絶対にありません。(中略)気を抜いてこれでもいいやと自分の気持ちが楽になる方法をみつけれたらいいですね。 ●私も1人目は同じ感じでした。いけないと思いつつ、でも少しはあげなきゃという気持ちから、テレビ見ながらあげていました。「しんどいーと泣きながらあげたことも……」。結局そんな想いが影響したのか母乳はどんどん出なくなっていき、完ミに移行しました。その後、2人目を妊娠し「またあのつらい時間が待っているのか……」と憂鬱に思っていました。ところが、いざ母乳あげてみると苦痛じゃないんです。寝不足はつらいのですが、あげている間の苦痛はまったく感じません。本当に不思議なものです。 ●ネットの検索は、記事の真偽や、自分の性格や状況によって良くも悪くもなる可能性はあると思いますが、特にマイナス感情に対して「あぁ、自分だけじゃないんだ」っていう安心感が得られるのは大きいなと思います。 先輩ママからの当時の気持ちなどを、コメント欄にたくさんいただきました。嫌悪感があったとしても、それは赤ちゃんに対してではなく、生理的なもの。もともと産後などはメンタルのバランスが不安定な時期ですが、自分のせいではなく、生理現象なんだと思えるだけでも、心が軽くなりますよね。 育児中の悩みを1つ解決した、みいのさん。このあともさまざまな育児中の悩みにぶつかるのですが、それもひとつずつ、みいのさんなりに解決していきます。 『産後ヤバイ話』ベビーカレンダーでは完結しているお話なので、一気読みが可能です!ぜひ読んで、皆さんのご意見も聞かせてくださいね!
2023年01月30日昨年多くのメディアで放映された「みいちゃんのお菓子工房」(所在地:滋賀県近江八幡市、代表:杉之原 千里)はハンデがある方、生きづらさを抱える方の自立支援としてメタバースを使った支援プロジェクト「Shining children」を1月26日にスタートいたしました。「みいちゃんのお菓子工房」パティシエ兼店長の杉之原 みずきさん、通称 みいちゃん(15)は不安症で家族以外とのコミュニケーションが取れない中、昨年、メタバースで多くの仲間と出会い、仮想空間での活動によって、みいちゃんの不安症状が和らぐ事がわかり、今回のプロジェクト発足のきっかけとなりました。Shining children メタバース「Shining children」とは、「障がい=個性」としてとらえ、自分の魅力が見つけられずに悩む子や自分を変えたいのにきっかけをつかめずにいる子供達を、好きな自分になれるよう、メタバース空間上で仲間達とコミュニケーションを取りながら成長、自立に向けて活躍できる場を提供するプロジェクトです。「Shining children」では、子供達の個性に光を当て、1つの事をやり遂げるという経験をメタバース上で取り組み、イベントでの制作作品などをNFT化する事に挑戦します。ハンデある子供たちがリアル社会で、出来なかった事が、メタバースでは簡単にできるようになったという実体験に基づいたプロジェクトは、個性ある子供たち中心に活動していくものの、それらをサポートする一般参加者との共存もテーマにしており、メタバース上でのイベント運営スタッフやデザイン担当としての就労体験、企業への就労支援、就労マッチングなどの活動が予定されています。みいちゃんのイラストを使ったグランドOPEN記念NFTや4月2日世界自閉症啓発デーを記念するブルーNFT(青いイチゴ)の販売が予定されています。<メタバースログインはこちら> <Shining childrenのホームページ> <Twitter> <Discord> 【会社概要】名称 : みいちゃんのお菓子工房所在地: 滋賀県近江八幡市上田町1257-18代表 : 杉之原 千里Mail : info@mi-okashi.com みいちゃんのお菓子工房のホームページ: <過去の報道>『場面緘黙症』の14歳少女「特定の場面で話せず、体が動かせない」洋菓子作りを通じ追いかける『パティシエの夢』「ケーキで人々を笑顔にしたい」 詳細はこちら プレスリリース提供元:@Press
2023年01月27日娘が生後1カ月ごろ、歯茎に白いブツブツができていました。もしかして病気なのではないかと心配し、病院を受診したときのことをお話しします。 赤ちゃんの歯茎に小さな白いブツブツが!わが家の娘が生後1カ月ごろ、歯ぐきに小さな白いブツブツがいくつかできていました。実は上の子のときも、生後2~3カ月ごろに同じようなブツブツがあったのです。 そのときは「歯が生えかけているのかな?」と思いながらそのままにしていました。しばらくすると消えてなくなっていたので、今回も気にしないで放置していました。 今度は白い大きなかたまりが!娘が生後4カ月のころのことです。小さな白いブツブツは消えてなくなっていたのですが、今度はひとつだけ大きな白いかたまりができていました。この間まであった小さなブツブツがかたまって、大きくなったような白いかたまりです。 最初は、白いかたまりが見えているだけでしたが、しばらくするとぷっくりふくらんで、できもののようにも見えました。そんな白いブツブツの変化が心配になり、病院へ受診することにしました。 診断の結果は「上皮真珠(じょうひしんじゅ)」医師によると、前にあった小さなブツブツも、この大きな白いかたまりも、「上皮真珠(じょうひしんじゅ)」というものなのだそうです。 あごの中で歯が形成するときに残った組織が歯茎から出てきたもので、病気ではないとのこと。「生後6カ月を過ぎるころにはなくなっていくので、そのままにしていて大丈夫ですよ」と説明を受けました。特に治療も必要ないとのことだったので、娘もそのままにしています。 子どもが小さいと、何でも気になります。赤ちゃんだとなおさらです。娘の場合は心配になり受診しましたが、病気ではなくそのままで大丈夫とのことだったので、先生に診察してもらってよかったと思います。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 イラストレーター/みいの著者:藤川智子結婚前は小学校教員、現在は幼児への音楽教育を指導している音楽ママ。自身の体験をもとに妊娠・出産・子育てに関する体験談を中心に執筆中。 監修者・著者:助産師 松田玲子医療短期大学専攻科(助産学専攻)卒業後、大学附属病院NICU・産婦人科病棟勤務。 大学附属病院で助産師をしながら、私立大学大学院医療看護学研究科修士課程修了。その後、私立大学看護学部母性看護学助教を経て、現在ベビーカレンダーで医療系の記事執筆・監修に携わる。
2023年01月15日私には現在7歳と3歳の息子がいます。4歳差ということで、下の子を出産する前は周囲から「ひとりっ子みたいな感じになるよ」と言われていました。しかし、実際に下の子を産んでみると、まったくそんなことはなかったのです。お互いを大好きでしょうがない、わが家の息子たちの兄弟愛をご紹介します。 おなかの中の弟にひたすら話しかける兄下の息子を妊娠したのは、上の息子が2歳8カ月のとき。妊娠しているときから上の息子はずっとおなかに話しかけてくれていました。時には「いないいないばあ」をしたり、歌を歌ったりしてくれることも。上の息子は、弟が生まれてくるのを本当に楽しみにしていました。 兄弟で仲良くしてほしいと私は思っていたので、上の息子には「赤ちゃんはお兄ちゃんが大好きだから、早く会いたいって言ってるよ」と毎日のように伝えていました。そして下の子を出産したのが上の子が3歳5カ月、幼稚園に入園したばかりのころです。 弟が泣いたらすぐに変顔上の息子はもともとお茶目なところがあり、変顔をしたりわざとボケたりして、人を笑わせることが大好き。そんな性格もあり、下の息子が泣いたらすぐに駆け寄って変顔をしてくれました。それで下の息子が泣き止むわけではありませんでしたが、そんな上の子の姿に私はとても温かい気持ちになったのを今でも覚えています。 また、下の息子が生後6カ月になるころには、上の息子が離乳食を食べさせたり、おむつを替えてくれたりすることも。とにかく弟のお世話が大好きな兄へと成長してくれました。 どこへ行くにも手を繋ぐ2人下の息子が1歳になって歩き始めたころ、散歩やおでかけのときには、常に上の息子と手を繋いで歩くように。下の息子はまだ言葉を話せないものの、自ら兄に手を差し伸べることが多くなりました。 それに応えてもらえないときは、兄が手を繋いでくれるまで泣き続けることも。上の息子もそんな弟を見て、「しょうがないなあ」と言いつつうれしそうに手を繋いであげていました。そんな姿を見るたびに、私は息子たちに「2人は大好き同士なんだね」と伝えるようにしてきました。 常にお互いを想うように上の息子は4歳のときから体操教室に通っているのですが、そこでは通うたびにスタンプを押してもらい、30個貯まるとちょっとしたおもちゃがもらえるという決まりがありました。スタンプを30個貯めるには約半年間かかるのですが、実際にスタンプが貯まったとき、上の息子が選んだおもちゃは下の子が喜ぶようなおもちゃだったのです。 反対に、下の息子と散歩に行くと、どんぐりや大きな落ち葉を見つけては「にーに(兄)にあげる!」とたくさん持ち帰って、幼稚園から帰宅した上の息子に、うれしそうに渡していました。 息子たちは現在小学生と幼稚園児でお互いの環境は違いますが、相変わらずお互いのことが大好きです。上の息子は、学校の図書室で幼児向けの絵本を借りてきたり、下の息子は幼稚園で兄の好きな虫を捕まえてきたり。「ひとりっ子みたいになる」と言われて私は心配していましたが、実際にはまったくそんなこともなく息子たちは兄弟愛に溢れています。 ベビーカレンダーでは、赤ちゃん時代を卒業して自己主張を始めた2~6歳までの子どもの力を伸ばし、親子の生活がもっと楽しくなる【キッズライフ記事】を強化配信中。今よりもっと笑顔が増えてハッピーな毎日になりますように! 監修/助産師 松田玲子イラストレーター/みいの著者:森井さやか小学生と幼稚園児の男児2人を子育て中。育児の経験やアパレル販売員をしていた経験を生かして、子育て体験談やファッション記事を執筆している。
2023年01月12日私は現在、3歳と生後5カ月の娘を持つ2児のママです。3歳の娘を保育園へ入園させた際、スムーズに母子分離ができたことで私自身が安心して上の子を毎日保育園へ送り出せています。今回はスムーズに母子分離ができた具体的な方法を紹介します。 上の子を保育園に通わせたきっかけそもそも上の子を保育園に通わせたいと思ったきっかけは「2人目が欲しいけど、2人の未就学児を家でみるのは難しい」と想像していたためでした。産後は事情があり里帰りなどはしない予定で、夫も会社員で有休等は取りにくい状況にありました。また、2~3学年差で第2子を希望していたため「私の環境で産後に上の子と下の子を同時にお世話するのは厳しい」と早期に判断したからです。 私の住む自治体は「産前産後要件」という保育理由で、産前6週間から産後8週間の妊産婦は希望をすれば保育園入所の資格を得ることができます。2人目を妊娠した際には、この産前産後要件で上の子を保育園に通わせたいと考えました。 安心して妊活や出産をするための最終的なゴールは「子どもが週5日、8時間程度、保育園に通えるようになる」ということ。しかし正直なところ、いきなりフルタイムで保育園に通わせるとなると、子どもの「ママと長時間離れてしまう」といった精神面での負担は大きいものです。そのため、入念な計画のもと母子分離をおこないました。 母子分離のために入念な計画を実行いつから上の子を保育園に通わせることを想定していたかというと、それは下の子の妊娠計画をする前からです。上の子が1歳ちょうどのころから、自治体の託児つき子育てセミナーを定期的に受講しました。もちろん勉強のためでもありますが、託児をすることで、上の子に母子分離を経験させるという目的もあったからです。 そして次の段階では、上の子が2歳前のころに、認可外の託児所で、4時間という比較的短時間の一時預かりを週2回程度、継続的に利用しました。 託児所通いなどをおこなった結果前述した条件で「少しずつ母子分離を始めよう」と計画。妊活前から妊娠30週ころまで託児所通いを通算で8カ月ほど継続的に続けました。でも、そんなにうまく母子分離が進むのかな?と少しばかりの不安があったのも事実。しかし、託児所通いを始めてから2カ月が経ち、上の子も徐々に託児所通いに慣れてくれました。「これなら大丈夫」と母子分離の手ごたえを感じたため、下の子の妊娠計画を実行したのです。その後すぐに妊娠が判明し、下の子の出産2カ月前から上の子を本格的に保育園へ通わせましたが、ある程度の母子分離にはすっかり慣れていたので、入園初日から泣くこともなく楽しそうに登園しました。これには私自身も「登園後、泣かずに過ごせているだろうか?」と心配をせずに済みました。 母子分離の時期に関しては各家庭で考え方が違うと思いますが、私のケースでは、早めに母子分離に向けての準備をしてよかったと実感しています。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて職場や地域の保育課に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 監修/助産師 松田玲子イラストレーター/みいの著者:黒井夢乃二女の母。歯科衛生士資格あり。二女出産前まで歯科医院にて勤務。自身の体験をもとに、妊娠・出産・子育てに関する体験談を中心に執筆している。
2022年12月30日わが子が通う幼稚園では、つけて行ってもいいヘアアクセサリーの種類や形状など、子どもの身支度についてルールがあります。内履きは無地のものを履くようにとのこと。そんな幼稚園からのお願いについて考えさせられる出来事がありました。 大好きなアナ雪の内履きを購入する幼稚園に通うわが子の内履きがサイズアウトしたため、靴屋へ向かいました。足が大きくなり内履きが履きにくかったためか、幼稚園の中で内履きを履きたがらない様子が見受けられたとのことです。 靴屋で内履きを見ていると、わが子の大好きなアナ雪の絵がプリントされた内履きが、無地のものよりも安く売られているのを発見。内履きは無地を準備してほしいという幼稚園のお願いを思い出したのですが、お迎え時に他の子も履いていたという理由で、アナ雪の内履きを購入しました。 これでよかったのか…とモヤモヤアナ雪の内履きを購入してもらったわが子はとても喜び、内履きを履きたがらない様子もなくなり、アナ雪の内履きを大切にしている様子が伺えました。また、幼稚園の先生から、内履きについて注意を受けるようなことはこともありませんでした。 「わが子は喜んでいるし、内履きも履くようになったし、キャラクターがプリントしてあるくらい大した問題ではないのではないか……」と思いアナ雪の内履きを履かせていましたが、これでよかったのかという疑問がずっと心の中に残っていました。 カチューシャをつけていきたいとごねるある日、幼稚園から帰ってきたわが子が「幼稚園にカチューシャとかつけていきたいの」と私に話しました。幼稚園にはカチューシャをつけていってはいけないことになっていると話したのですが、他の子がつけていたことを理由に納得できない様子。 そこで、カチューシャをつけて幼稚園バスの集合場所で先生に聞いてみることにしようということで話は収まりました。翌日、わが子はカチューシャをつけてバスの集合場所へ。 「いけないよ」と言われ、カチューシャを外す幼稚園のバスが到着し、先生がバスの中から出てきました。私はすかさず「カチューシャはつけていいですか?」と尋ねると、先生は「つけてはいけないんですよ……」とのこと。このやり取りを見たわが子はしぶしぶカチューシャを外し、不満が残った様子で幼稚園バスに乗り込んでいきました。 その後、わが子がカチューシャをつけていきたいと言うようなことはありませんでしたが、周囲のマネをしたがるようなことが何度かありました。 幼稚園のルールやお願いに対し、私がこれくらい大丈夫と勝手に判断してしまったことで、マネをしたがるわが子のように、周囲にも何らかの影響を与えてしまったかもしれないと反省。また、それはわが子にも「ルールを守らなくていい」と言っているような面もあることに気づきました。これからは自分が見本となって、わが子のルールを守る力を育んでいきたいと反省した出来事でした。 ベビーカレンダーでは、赤ちゃん時代を卒業して自己主張を始めた2~6歳までの子どもの力を伸ばし、親子の生活がもっと楽しくなる【キッズライフ記事】を強化配信中。今よりもっと笑顔が増えてハッピーな毎日になりますように! 監修/助産師 松田玲子イラストレーター/みいの著者:坂本ひろ子1児の母。自身の体験をもとに、妊娠・出産・子育てに関する体験談を中心に執筆している。
2022年12月11日私は4人の子どもを育てており、一番上の子が小学2年生です。学校の規模が小さく、遊ぶお友だちは年齢の上の子ともよく遊びます。周りのお友だちの影響を受けて、多少の言葉づかいの変化はよくあることかなと思っていたのですが、日に日に下の子たちも影響を受けてしまい、「ザコ」「死ね」などといった聞いていて嫌な言葉や耳障りな言葉を覚えてしまいました。そこで私が気を付け始めたことについてお話しします。 言葉づかいが悪くなったきっかけは?上の子が小学校に入学して新たな人間関係の元、言葉づかいが少し変わってきました。私には言いませんが、お友だちに向かっては「はいー残念でしたー」「〇〇じゃねーし!」など。 進級してゲームを買ってからは、敵を倒すときにお友だちが「死ね、消えろ、うざい、ザコ」など言っているのを聞く機会が増えてしまっていました。カッコつけたい気持ちもあるのかなと様子を見つつ、あまりに傷つくような言い方をしたら注意していましたが、お友だちの言葉づかいには注意できないでいました。 しゃべり始めた娘までもが…多少の言葉づかいはしょうがないと思っていたのですが、5歳の次男もゲームをする際に年上のお友だちの影響を受けて「はい、ザコー!」などと叫ぶように……。 しゃべり始めた3歳の娘もお友だちが敵を倒しているのを見ながら「ちねちねー!」と言っているのを見たときに、このままではマズイ!と思いました。おそらく「死ねー」という意味はわかっていないのだと思います。けれど、だからこそ気軽にそんな言葉を使ってほしくないと思ったのです。 私からお友だちにお願いしたことお友だちがきてくれると子どもの遊び相手になってくれてとても助かっていたので、相手の子も傷つけたくないなとは思っていました。 そこで、うちにきたときに、「最近下の子たちの言葉づかいが悪くなってきてしまったの。お兄さんたちの言葉づかいを覚えてしまうから協力してもらえるかな?」と言って、特にゲーム中の言葉に気を付けてもらうようにしました。お友だちもすんなりと「わかりました! 気を付けます!」と言ってくれました。 お友だちにお願いしてからは、下の子から「死ね」というような言葉は聞かれなくなりました。また、私に注意を受けたお友だちも、他の子が乱暴な言葉づかいをすると、「言葉づかい気を付けて!」と注意してくれています。今後もお友だちとは長い付き合いになると思うので、穏便に解決できてよかったです。 ベビーカレンダーでは、赤ちゃん時代を卒業して自己主張を始めた2~6歳までの子どもの力を伸ばし、親子の生活がもっと楽しくなる【キッズライフ記事】を強化配信中。今よりもっと笑顔が増えてハッピーな毎日になりますように! 監修/助産師 REIKOイラストレーター/みいの著者:小林まり3男1女の母。元小学校教員。夫は土日出勤、出張も多いNPO職員。育児の大変さを実感しながらもコツをつかみ始めてきたところ。自身の経験を中心に執筆している。
2022年12月03日私は「子どもを持つこと自体」に漠然とした不安がありました。なぜならば、私の両親が「毒親」だったからです。自分も同じように「毒を持って子どもに接してしまうかもしれない」「私のようなつらい幼少期を過ごすのであれば、子どもは作らないほうがいいのでは?」といった考えが頭から離れませんでした。そんな私が紆余曲折ありながらも1人目を出産し、さらに2人の子どもを持つまでの過程や葛藤などをお伝えします。 転換期は20代後半の同棲経験憂うつ感に苛まれながらも、私はなんとか幼少期~思春期を過ごしてきました。そんな私の大きな転換期は20代後半のころ。今の夫となる人と結婚前提で同棲し始めたころです。 今まで生きてきた人生のなかで初めて長期に渡って親と離れて暮らせることができ、だんだんと心に落ち着きを取り戻し、「過去に親から受けてきた仕打ち」に対してやっと疑問を感じるようになってきました。いわば過去の自分は、親からマインドコントロールを受けていたと言っても過言ではないと思います。 友人たちの妊娠で心境の変化数年に渡る同棲期間を経て30歳になるころに、私は今の夫と結婚しました。しかし、結婚した1年ほどは前述した理由や背景があり、子作りする気になれませんでした。そんな私の気持ちを変化させたのが「友人たちの妊娠」です。 その友人たちとは数十年付き合っており、いろいろな過去も知っていた仲なので、「人生いろいろありながらも、皆どこか決断をして新たな道へ進んでいくのだな」ということが、友人たちの妊娠・出産を通して改めて実感しました。 過去と折り合いをつけるという決断また、友人たちのなかには不妊治療に励んでもなかなか授かれない子もいました。そんな友人を見て「授かれること自体が奇跡なんだ」「私ももう31歳になるし、女性の妊活は時間が区切られている。どこかで親のことは見切りをつけなければ」と、私の心境が友人を通して少しずつ変わっていきました。 そして、31歳のときに1人目を出産。里帰りはせず、基本的にワンオペ育児でしたが、なんとか1人目を2歳まで私の手で育てることができました。その後は1人目が2歳になったころ、2人目の妊活を始めました。 自分が毒親になることなく、気持ちに余裕を持って妊活や育児ができたのは「いざとなれば福祉の手を借りて助けを求められる」という安心感です。産後ヘルパーの活用や、産前産後要件で保育園に通うことができることなど、子育て支援情報は調べ抜きました。情報収集は育児の不安を解消し、自分を救う手立てになっています。 監修/助産師REIKOイラストレーター/みいの著者:山本加奈子2児の母。自身の体験をもとに、妊娠・出産・子育てに関する体験談を中心に執筆している。
2022年11月28日