●何もないところから一つの音楽ができあがる奇跡"アーティスト"という形容がこれほどふさわしい音楽家はいない。ストイックなまでに音楽と向き合うその姿勢。坂本龍一や小林武史ほか数多くのクリエイターと制作してきた作品のクオリティの高さ。ポップ・ミュージックを真の意味でアートにまで高めた数少ない一人だ。『Romantique』(1980年)『Aventure』(81年)『Cliche』(82年)の"ヨーロッパ三部作"を中心とした80年代の作品群は、いずれもJ‐POP史上に燦然と輝きを放っている。「ピーターラビットとわたし」(82年)や「みんなのうた」にもなった「メトロポリタン美術館」(84年)などを聴いて育ったリスナーも多いはず。『Shall we ダンス?』(96年)の同名主題歌、『東京日和』(97年)サウンドトラックをはじめ映画やTV、CMでの仕事も多い。シティ・ポップス・リバイバルのなか「都会」(77年)など初期の作品も新たな文脈のなかで再評価されている。山下達郎らと結成したシュガーベイブ解散後、ソロ活動をスタートしてから今年で40年。7月にはアニバーサリーボックス『パラレルワールド』をリリースした。12月22日には東京芸術劇場でアニバーサリーコンサートを開催する彼女の現在の心境とは?――ソロデビューから40年。大貫さんの音楽に向き合う姿勢はずっとブレずに来たようにお見受けします。最後の出口まで見届ける、というのが私の仕事の基本姿勢ですね。作品を作る過程で"ここやっておいて"と任せっぱなしにはしません。小さな後悔も自分の責任なので。それぞれ楽器の音色決めがとっても大切ですから、今ある楽曲に対して的確な音色を模索し作ってくれる演奏家と出会うことで、思い描くイメージ以上のものに仕上がることがあります。それが音楽のいちばんの喜びですね。亡くなったギタリストの大村憲司さんは"今日はやりたくないのかな?"と心配するぐらい、いつまで経っても音決めしているんですよね(笑)。でも、いざ決まると本当に素晴らしい音を出してくれた――"いい音"というのはたとえば名器を使っているとかそういうことじゃなくて…。音にこたわるミュージシャンは、楽器にも当然こだわっているので。こまかい改造を加えていたり、楽器のつくられた年代への思い入れもありますし、つねに探しています。そのうえでのその人らしい、吟味された音。一人一人がそういう音を出してくれれば全体もおのずとまとまるし、ミックスも楽です。でも、曲を作るのも詞を書くのも振り返れば辛い方が多い40年でしたね(苦笑)――というのは?毎回、新しいアルバムに向かう時は、もう書けないんじゃないかって、思うんですよね。どうやって書いてきたんだろうって(笑)。ピアノに向かってとにかく始めるんですが、できなくてできなくて、でもとにかくやり続けていると集中できる1点が生まれる。そこから入り口が見つかってメロディが形になっていくんです。なぜかお風呂に入っているときに浮かぶことが多くて、リラックスが大切なのかも。慌ててお風呂から脱出してピアノに向かうこともあります(笑)。歌詞を書くときの大変さはその100倍――でも、大貫さんの歌詞はロマンティックでイマジネーションをかき立てられます。もともとベッタリしたストーリーを歌うような歌詞が苦手で。男女問わず、どういう立場でも共感してもらえるような歌詞が理想です。聴いてくださる方が自由なイマジネーションで受け取っていただけるような世界。歌詞をあまり書き込まないぶん、私の曲では言葉の隙間を埋めるサウンドというか音の背景が大事なんです。メロディが浮かんだときは、コードも頭の中で鳴っているので。メロディーに対してどのコードを選択するかのこだわりはとくに強いですね。ぐっとくるコード展開が見つかった時は、出来た!っていう喜びがあります。アレンジャーに依頼するとき、それを「いいね!」ってほめられるとすごく嬉しいです。曲作りはしんどいですけど結局、音楽をやっているときが一番楽しいし、何より音楽が好きだし。さらにレコーディングはもっともわくわくする(笑)。スタジオでどんどん曲がかたちになっていって、いいグルーヴで録れたり、いいソロを弾いてくれたときなんて至福の時です! 何もないところから一つの音楽ができあがる…これは、わたしにとって奇跡です――その奇跡の積み重ねがソロデビュー以降の40年という時間なんですね。好きなことをやり続けるためには、楽しいだけじゃなく苦しみも伴う、と。就職や進学などライフステージのいろいろなシーンで参考になります。話は変わって、7月にリリースされたソロデビュー40周年BOXのCD DISC1は初のオールタイムベスト。選曲はどのように?今回は私自身がいまでも聴く自分が好きな曲を集めました。歌詞もサウンドもよくできていて、自分で安心して聴ける曲たちです。だから"大貫妙子といえばこれ"みたいな曲は少ないかもしれません。そういう意味ですごく個人的なベストなんですけど、かえって面白いんじゃないか、と――なるほど。「黒のクレール」や「新しいシャツ」「突然の贈りもの」などいわゆる"大貫妙子定番曲"は本作収録の『PURE ACOUSTIC』の初LP化音源や未発売スタジオライヴを収録したDVDで楽しめますしね。タイトルになった『パラレルワールド』とはSFやファンタジーで使われる"並行世界"のこと。たとえば"織田信長が本能寺で死んでいなかったらどうなっていたか"とか、いまいる世界と並行して存在するもう一つの世界です。この言葉が出てきたのは今回のDVDと絵本に収録されている「みんなのうた」にもなった「金のまきば」から。この曲ではバケツに開いた穴と自分の心に開いた穴を重ねているんです。バケツの穴をそのままにしておくと錆びて朽ち果ててしまうように、自分自身を見つめずに避けている間は心に穴が開いたまま。でも、見つめてみると穴の向こうに金のまきばが広がっているかもしれない。自分の生き方や考え方をちょっと変えるだけで世界は変わってくる。そういう場所を見つけて行き来することで、たとえば"これしかない""この生き方しかない"という辛さや絶望のなかで苦しむことはないですよね。何より、音楽自体がパラレルワールドなんです。過去も未来も空間も飛び超えていくものですから●メンバーもやる気満々だし、これはいまを逃しちゃまずいぞ、と――12月22日にはソロデビュー40周年記念プロジェクト第2弾として東京芸術劇場でコンサートが開催されます。大貫さんはポップス系アーティストとして初めてサントリーホールでコンサートを開いていますし、これが初のシンフォニックコンサートとは意外でした。アルバムでは何度もフルオーケストラで歌っていますし、今回アレンジと指揮をしてくださる千住明さんの個展コンサートでも歌わせてもらっていますしね。フルオーケストラで歌うのは気持ちよくて大好きなんですけど、コンサート全部自分の曲、という機会はなかったんです。でもこの年齢で、いまできるのはよかったな、と。以前より声も全然出るようになったし。何より、坂本龍一さんのピアノのみで歌った2010年の"UTAUツアー"が大きかった。大変でしたけど自信になりましたね――今回のコンサートはその坂本さんにアレンジを依頼する選択肢もあったのでは?全20曲弱のオーケストラアレンジと指揮は、そうとうな体力の消耗もありますし、この話が決まった時、坂本さんは静養中でしたので。そうでなくとも坂本さんは、お願いしても2年待ちというのが常ですので。坂本さんが書くオケの下のほうがぶ厚い感じは大好きですけれど。今回は、知り合って30年の千住明さんにお願いしました。坂本さんには私のアルバムでもたくさん弦のアレンジをしていただきましたが、クリスマスシーズンということもあって、また違うポピュラーなアプローチで楽しんでいただけたらと思います――フルオーケストラということで、クラシカルでヨーロッパ志向の音になるのかな、と。いえ、全部はそうはならないと思います。派手なアレンジというよりはエレガントな感じで。曲によってはベースとドラム、ピアノも入りますし。「ピーターラビットとわたし」を弦ヴァージョンにしたり、「黒のクレール」も久しぶりに歌います――それは楽しみですね。2005年リリースの『One Fine Day』以来のオリジナルアルバムも期待しています。いまのライブでのバンドがすごくいい状態なんですよ。メンバーもやる気満々だし、これはいまを逃しちゃまずいぞ、と(笑)。来年にでも制作に入ろうか、と思っていますがここはじっくりと、発売は再来年頃の予定です――小倉博和(g)、鈴木正人(b)、沼澤尚(ds)、林立夫(ds)、フェビアン・レザ・パネ(p)、森俊之(key)というそうそうたる顔ぶれですね。それとは別に、弦楽カルテットでのコンサート(="pure acoustic"コンサート)もやりたいし。一緒にやっていた(金子)飛鳥が子育ても終わって"またできるよ"と。なので来年そちらも是非やりたい!でも、音楽にかまけていると家のことが全然できなくて(笑)。亡くなった両親の部屋もまだ片付けていないし。庭の手入れや、猫の世話や家事全般。毎日けっこう大忙しなんです。ステージでスポットライトをあびている日もあるけれど、自分は特別な存在だと思ったこともないし、去年は町内会の班長だったので町内会費の集金もしていましたよ。ご近所づきあいは大事ですから(笑)大貫妙子(おおぬき たえこ)1953年生まれ。東京都出身。1973年、山下達郎らとシュガー・ペイブを結成。1976年に解散後、ソロ活動を開始し同年リリースの「グレイ スカイズ」でソロデビュー。以後、多くの作品をリリースしながら、CM・映画音楽など幅広く活動する。今年はソロデビュー40周年プロジェクトの第2弾として、12月22日にシンフォニックコンサートを開催。これに先駆け前日の21日にはコンサートでも披露する予定の6曲を収録したアルバム『TAEKO ONUKI meets AKIRA SENJU~Symphonic Concert 2016』がリリースされる。
2016年11月26日