20世紀彫刻のパイオニアと称された彫刻家、コンスタンティン・ブランクーシ。彼の作品は対象の本質を捉えつつ、それを極限まで単純な形で表しているのが特徴。その独創的な作品は、後の現代彫刻や絵画、デザインなどにミニマル・アートという思想を打ち立て、その後の世代のアーティストにも多大な影響を及ぼしたことでも知られている。彫刻界の新時代を切り開いた芸術家の全容に迫る。そんなブランクーシの創作活動を一望する展覧会が始まった。会場には、初期から後期まで約20点の彫刻作品をメインに、フレスコ画やテンペラ画などの絵画作品やドローイング、写真作品など約90点が集合。日本の美術館初となる充実の展示規模だ。彼の創作を包括的に紹介し、その歩みを辿る趣向となっている。1876年、ルーマニアに生まれた彼は、ブカレスト国立美術学校で学んだ後、1904年にパリに出てロダンのアトリエにて助手として修業するも、そこを2か月で離れ、独自に創作をスタート。当時発見されたアフリカ彫刻などのプリミティブな造形に注目する感性と、まるで職人のような素材への鋭い観察眼で、独特の作品を追求していった。ブランクーシは朴訥な人柄で、様々なアーティストたちと親交が深く互いに影響を与えあい、支えあった。例えば、画家で彫刻家のマルセル・デュシャンがお金のなかった時代には、自分の作品をデュシャンに渡し、それを売ってお金にすることをよしとした。写真家のマン・レイからは写真を教わり、自分のアトリエ内に暗室を作り、自らの作品をカメラにおさめて記録した。また、イサム・ノグチはパリでブランクーシの助手となり、それが抽象彫刻家としてのキャリアに舵を切るきっかけになったともいわれている。そうした数々の知人たちとの交流も糧に、彫刻家にもかかわらず、絵画や写真も手掛け、横断的に作品にアプローチする彼は、当時の芸術家としては驚くほど進歩的な人物だったと称賛する専門家も多い。自身の作品を「抽象ではなく本質を表現した具象だ」と語った彼は、どうやってその境地に至ったのだろうか。本展を見れば、彼の頭の中を知ることができるかもしれない。男女の抱擁を直方体で表現した、ロダンも衝撃を受けた名作。コンスタンティン・ブランクーシ《接吻》1907‐10年、石膏、石橋財団アーティゾン美術館テンペラ画で表現された青年の力強い立ち姿。コンスタンティン・ブランクーシ《スタンディング・ボーイ》1913年頃、テンペラ・紙、メナード美術館抽象的なフォルムで鳥が飛ぶという本質を表現したフレスコ画。コンスタンティン・ブランクーシ《鳥》1930年、フレスコ、ブランクーシ・エステートブランクーシを有名にした代表作「鳥」シリーズのひとつ。コンスタンティン・ブランクーシ《雄鶏》1924年(1972年鋳造)、ブロンズ、豊田市美術館ブランクーシの哲学を形にしたと伝わるブロンズの初期作品。コンスタンティン・ブランクーシ《苦しみ》1907年、ブロンズ、アート・インスティテュート・オブ・シカゴPhoto image:Art Resource, NYブランクーシ 本質を象るアーティゾン美術館 6階展示室東京都中央区京橋1‐7‐2開催中~7月7日(日)10時~18時(5/3を除く金曜~20時、入館は閉館の30分前まで)月曜(4/29、5/6は開館)、4/30、5/7休ウェブ予約チケット1800円ほか日時指定予約制TEL:050・5541・8600(ハローダイヤル)※『anan』2024年4月17日号より。文・山田貴美子(by anan編集部)
2024年04月16日純粋なフォルムを追求し、20世紀彫刻の先駆者としてロダン以降の彫刻界を牽引したコンスタンティン・ブランクーシ(1876-1957)。その創作活動の全体像を紹介する、日本の美術館では初の展覧会が東京・京橋のアーティゾン美術館で開幕した。彫刻、写真、絵画など79点のブランクーシ作品と、関連する作家の10点の作品が並ぶ大規模な展覧会だ。会場エントランスルーマニアに生まれ、ブカレスト国立美術学校で学んだブランクーシは、1904年、28歳でパリに居を定めた。パリ国立美術学校でアカデミスムの彫刻家メルシエの教室に入るも、1907年には学校を離れ、ロダンのアトリエの下彫り工となる。だが、ロダンのもとも約1か月で辞去。「大樹のもとでは何も育たない」という言葉を残したブランクーシは、独自の創作に取り組み始める。コンスタンティン・ブランクーシ《苦しみ》1907年アート・インスティテュート・オブ・シカゴPhoto image: Art Resource, NY冒頭に並ぶ2点は、この時期の作品だ。同展では、集めるのが難しいとされるブランクーシの彫刻を23点展示しているが、なかでもキャリア形成期の作品が充実しているという。そのひとつ、身振りで苦痛を表す子どもの姿をとらえた《苦しみ》は、ロダンの影響がうかがえると同時に、後年のモダンな表現に至る以前の具象表現を見せてくれる貴重な作例だ。展示風景次の展示室に足を踏み入れると、まずはその広々とした白い空間に作品が並ぶたたずまいに圧倒される。ブランクーシのアトリエが自身の着衣も含めて白一色だったことから、同展も内装を白で統一したそうだ。重要なトピックスの解説パネルが壁面にある以外は、キャプションもない。作品情報は、作品番号と解説入りの作品リストを照合して得る仕組みだ。ここでは、文字情報にとらわれることなく、より作品にフォーカスできると同時に、彫刻の配された美しい空間自体を味わうこともできる。展示風景コンスタンティン・ブランクーシ《接吻》1907-10年石橋財団アーティゾン美術館ブランクーシがロダンから離れた背景には、彫刻に対する考え方の違いがあったという。基本的に粘土で塑造を行なうロダンに対し、ブランクーシは素材への関心を深め、直彫りの手法へと向かったのである。この変遷期の重要な作品が《接吻》だ。直彫りで生み出した石の作品をもとに、後に石膏で制作したもので、近くで見ると素材の質感も感じとれる。男女の堅い結びつきを単純化したフォルムで表した造形は素朴で、親密で、一度見たら忘れられない存在感を放っている。展示風景コンスタンティン・ブランクーシ《眠る幼児》1907 年(1960/62 年鋳造)豊田市美術館隣に置かれた《眠る幼児》もまた、転換期の画期的な作品だ。彫刻は伝統的に台座の上に立てて提示されるが、ここでは重力から解放された眠りの状態にある幼児の頭部だけが直置きされている。そして、この独立した頭部像とその新たな提示の仕方は、続く《眠れるミューズ》にも引き継がれていく。展示風景右手前に、コンスタンティン・ブランクーシ《眠れるミューズ》1910-1911年頃大阪中之島美術館(同作品は、5月12日までの展示)ごくわずかな顔立ちの痕跡をもつ卵形の頭部。仮面を思わせる頭部像は、突然生まれたものではないという。当時のパリで関心を集めていたアフリカ美術の仮面や、ギメ美術館で見たインドや東アジアの仏頭なども源泉となった。そしてこのミューズ像は、素材やフォルムを少しずつ変えて展開されていく。そのいくつもの作例を自由に回遊しながら見られるのも、この広い展示室の魅力的なところだ。展示風景コンスタンティン・ブランクーシ《ミューズ》1918年(2016年鋳造)ブランクーシ・エステート展示風景コンスタンティン・ブランクーシの写真作品同展ではまた、ブランクーシの写真作品が多数展示されている。当初は彫刻の一点撮りが多く、遠方のコレクターに作品を見せる目的もあったというが、やがて作品をどう撮るか、どのようにイメージとして再現するかを考えるようになり、彫刻と写真が創作の両輪のようになっていったという。実物の彫刻と合わせて見ることで、ブランクーシがカメラを通じて自作をどう再解釈していたのかがうかがい知れる点も興味深い。ブランクーシのアトリエをイメージした展示空間アトリエをイメージした展示室もまた、見どころのひとつだ。親友のマルセル・デュシャンの協力を得て、アメリカでは展覧会を開催してきたブランクーシだが、実はパリで個展を開いたことはなく、また自作を売ることを好まなかったがゆえに、多くの作品がアトリエ内に展示されていた。コレクターたちにとっては、アトリエ訪問は作品を実見できる貴重な機会であり、特別な体験だったという。壁も床も真っ白な今回の展示室は、天窓から光が降り注いでいたその伝説的なアトリエの雰囲気を再現するものだ。外の光とシンクロした特別な照明が、時間によって光のうつろいを見せ、作品の見え方をも変えていく。長く展示室に滞在すれば、あるいは他の展示を見た後に戻ってくれば、その変化を楽しめる体感型の展示となっている。展示風景より同展では、ブランクーシと関わりのあった画家や彫刻家の出品作もあり、ザツキンやイサム・ノグチの作品と並べて見ることもできる。そして、クライマックスとなるのは、「鳥」をモチーフとした作品群。ルーマニア民話の伝説上の鳥から得た着想や、パリの航空博覧会で目にした航空機への関心などを背景に、鳥の主題に本格的に取り組み始めたのは1910年代末のことだ。以後、自由に飛翔する力をもつ鳥は、生涯のテーマとなった。鳥の展示室には、突如として鮮烈な青と赤の背景パネルが登場するが、これもアトリエに見られたものだそうだ。制作の補助的役割があったと思しきフレスコ画には、青空を背景に飛翔する白い鳥が見える。垂直的な造形の《雄鶏》から、しなやかに弧を描く《空間の鳥》へ。無限の天空へと向かって上昇するその抽象化されたフォルムは、展覧会タイトルの「本質を象(かたど)る」のひとつの究極のかたちとも見えた。展示風景コンスタンティン・ブランクーシ《雄鶏》1924年(1972年鋳造)豊田市美術館展示風景コンスタンティン・ブランクーシ《鳥》1930年ブランクーシ・エステート展示風景コンスタンティン・ブランクーシ《空間の鳥》1926年(1982年鋳造)横浜美術館取材・文・撮影:中山ゆかり<開催概要>『ブランクーシ本質を象る』2024年3月30日(土)~7月7日(日) 、アーティゾン美術館にて開催公式サイト:
2024年04月05日シンプルに研ぎ澄まされた美しいフォルムの彫刻で知られるコンスタンティン・ブランクーシ。20世紀彫刻の先駆者として高く評価される巨匠の創作の全貌を紹介する、日本の美術館では初となる展覧会が、東京・京橋のアーティゾン美術館で、 3月30日(土)から7月7日(日)まで開催される。ルーマニアに生まれ、ブカレスト国立美術学校に学んだブランクーシ(1876-1957)がパリに転居したのは、1904年のこと。近代彫刻の巨匠ロダンのアトリエに助手として招き入れられ、自身も具象的な人物像を制作していたものの、短期間でアトリエを離れたブランクーシは独自の創作に取り組み始める。同時期にパリで注目を浴びたアフリカ彫刻などにも通じた、単純化された野性的な造形。様々な石や木、金属などの素材に対する鋭い感性に裏打ちされた洗練されたフォルム。ブランクーシの果敢な探究は、同時代の、さらに後続世代の芸術家に多大な影響を及ぼすことになる。《コンスタンティン・ブランクーシ》1924年(撮影:キャサリン・ドライヤー)、石橋財団アーティゾン美術館今回の展覧会は、ブランクーシの遺産を管理するパリの「ブランクーシ・エステート」と国内外の美術館等から出品される彫刻作品約20点を中核とし、フレスコやテンペラなどの絵画作品やドローイング、写真作品を加えた約90点で、そのブランクーシの足跡の全貌をたどるものだ。彫刻作品では、アカデミックな写実性やロダンの影響をとどめた初期作から、対象のフォルムをその本質へと還元させていく1910年代、そして「鳥」をテーマとした作品に代表される主題の抽象化が進められた1920年代以降まで、その変遷を目の当たりにできる充実した展観が実現する。もうひとつ注目したいのは、彫刻以外の作品にも目配りがされていること。ブランクーシは絵画も描き、また自身の作品やアトリエの情景をとらえた写真作品も残した。絵画や写真など異なる手法を用いて自らの彫刻作品を相対化していったその横断的なアプローチは、近代の芸術家ならではのものだそうだ。様々なジャンルの作品が並ぶ同展は、そうした創作者としての多面性にも光をあてる興味深い展観となる。コンスタンティン・ブランクーシ《雄鶏》1924年(1972年鋳造)、豊田市美術館日本の美術館ではこれまで開催されてこなかった巨匠の大規模個展。対象の本質をとらえるその唯一無二の創作の全容を目撃しに、ぜひ会場に足を運びたい。<開催概要>『ブランクーシ本質を象る』会期:2024年3月30日(土)〜7月7日(日)会場:アーティゾン美術館時間:10:00~18:00、金曜(5月3日を除く)は20:00まで※入館は閉館の30分前まで休館日:月曜(4月29日、5月6日は開館)、4月30日(火)、5月7日(火)料金:ウェブ予約チケット1,800円/窓口販売チケット2,000円(同時開催展も観覧可)※学生無料(高校生以上要ウェブ予約)※予約枠に空きがある場合、窓口販売あり同時開催:石橋財団コレクション選特集コーナー展示清水多嘉示展覧会詳細ページ
2024年03月21日