住んでいた場所は違っても、年齢が近ければ「そうそう!わかる」って盛り上がれるのが、青春時代に夢中になったアイドルの話。同世代の女性と一緒に、“あのころ”を振り返ってみましょうーー。「’82年、“ちょっとエッチな美新人娘(ミルキーっこ)”というキャッチフレーズでデビュー。ファーストシングル『スローモーション』(’82年)こそ、聖子ちゃんをほうふつさせる“かわいい路線”でしたが、セカンドシングル『少女A』(’82年)以降、『禁区』(’83年)『十戒(1984)』(’84年)などは、キャッチフレーズどおりの大人っぽいセクシーさとともに、不良っぽさも満載でした。それまでの『休日の予定はお菓子作りで、趣味はぬいぐるみ集め』といった、典型的なアイドル像をガラリと塗り替えたのです」そう語るのは、世代・トレンド評論家の牛窪恵さん(53)。明菜は’81年『スター誕生!』(’71〜’83年・日本テレビ系)で、山口百恵の『夢先案内人』を熱唱。11社からスカウトの声がかかり、’82年に『スローモーション』でデビュー。圧倒的人気を誇った松田聖子に『ザ・ベストテン』(’78〜’89年・TBS系)などのランキング争いで明菜が挑み、ついには追い抜くというバトル的要素も、ファンを熱くした。「どうしても聖子ちゃんのぶりっ子路線を受け入れられない女子が、“明菜派”となって応援しました。正統派の松田聖子さんと田原俊彦さん、不良っぽい明菜さんと近藤真彦さん、という対比が鮮明だったのです」しかし、明菜は不良っぽいだけではない。「アイドル番組ではコントに参加し、歌番組のトークコーナーでは、10代の少女らしく、かわいらしくしゃべる姿も見せました。ただ、ひとたびステージに上がり、前奏が始まると、別人のように表情が一変する。そのギャップも魅力となったのです」明菜自身の意見を取り入れた衣装、ヘアメークなどへのこだわりにも、牛窪さんは注目している。「男性ではジュリー(沢田研二)の存在が際立ちましたが、女性アイドルでこれほど自己プロデュース力を発揮したのは、明菜さんが初めてではないでしょうか。とくに『DESIRE−情熱−』(’86年)に、卓越したセンスを感じました」一方、近藤真彦宅での自殺未遂事件(’89年)では、芸能人生の危機が訪れたがーー。「歌手としてだけではなく、そうした人間的な弱さも含めた“中森明菜”という存在に、人々は心から声援を送りました」その後も、歌に対して真摯に向き合う明菜は、40代、50代となったファンの心を、いまもずっとつかみ続けている。「10代のときに気づかなかった明菜さんのプロ意識の高さに、社会に出てから『そうか!』と気づく人も多かったはず。いち人間として尊敬されているからこそ、女性だけでなく、根強い男性ファンも多いのではないでしょうか」「女性自身」2021年3月9日号 掲載
2021年02月28日歌手・女優のキャサリン・マクフィー(36)が第一子の男児を出産したとPEOPLE誌が報じた。男児の父親は、’19年に結婚した音楽プロデューサーのデイヴィッド・フォスター(71)。2人の出会いは’06年。オーディション番組『アメリカン・アイドル』のシーズン5に出場したマクフィーを、メンターとして指導したのがフォスターだった。フォスターはマイケル・ジャクソンやホイットニー・ヒューストン、セリーヌ・ディオンらへの楽曲提供、プロデュースなどを手がけてきた音楽界の重鎮だ。意外なところでは、松田聖子の『抱いて…』も作曲している。出会ってすぐに交際へ発展したわけではなく、マクフィーは’07年にマネージャーと結婚した。不倫を報じられたこともあり’16年に破局。2018年にフォスターとの婚約を発表した。フォスターには5人の子どもがおり、長子のアリソンは50歳。今回マクフィーが出産した男児はフォスターの6人目の子どもにあたる。マクフィーはメーガン妃と高校の同級生で、ヘンリー王子とメーガン妃がカリフォルニアへ移住して間もない’20年10月、夫妻でWデートしているところをDaily Mail紙にキャッチされている。
2021年02月25日吉元由美の『ひと・もの・こと』作詞家でもあり、エッセイストでもある吉元由美さんが、日常に関わる『ひと・もの・こと』を徒然なるままに連載。たまたま出会った人のちょっとした言動から親友のエピソード、取材などの途中で出会った気になる物から愛用品、そして日常話から気になる時事ニュースなど…さまざまな『ひと・もの・こと』に関するトピックを吉元流でお届けします。言葉は心〜新しい価値を生み出すやまとことば『兆し』という言葉が好きです。兆し:物事が起ころうとしている気配どんな物事なのか。吉凶合わせた『物事』とは思いますが、どこか希望を感じるのです。見えてはいないけれど、勘がする。冬の寒さの中にほんの少しだけ明るさを感じる。風の片隅にふっと温かみを感じるような。あ、春に向かっている。葉を落とした木々も、寒さの中で芽吹くための準備をしている。そんなことに思いが至ると少しうれしくなる。そんなささやかな変化を捉える感性を大切にすると、日常の中に少し彩りが生まれます。『きざし』には、『萌し』という言葉もあります。『萌し』は、植物の芽生えのこと。季節を感じるやさしい言葉です。このような言葉も季節の変化を楽しみ、心を豊かにするものです。白か黒か。善か悪か。成功か失敗か。合理的な思考、合理的な解決法は確かに経済や工業に発展をもたらしたかもしれませんが、二元論だけでは解決しないことがあります。いまの世界、日本の状況を考えても、このような二元論は限界にきていると思います。限界とは、人が寛容さを失うこと。失敗を許さない世界は、人と人とを分断していく流れになるのではないかと危惧しています。言葉は心です。人の思考、心を和らげる助けになるのがやまとことばです。漢語や外来語に対する、日本の固有語です。言霊といって、言葉にはその心が宿っていると言われています。白か黒だけではない。灰色があってもいい。玉虫色もあるのではないか。曖昧と言われる空間にある人間らしさであったり、余裕、余白、味わい、心の機微がやまとことばにはこめられています。『きざし』もそんなやまとことばの一つです。『前兆』『兆候』というよりも『きざし』と言ったほうが、まろやかさがあります。または目に見えない危うさも。白か黒、善か悪だけを見るのではない、他の価値。やまとことばで考えると、新しい価値を見いだしていけると思います。たとえば『感動』という言葉。『感動』ではどのような感動だったのかは伝わりません。しかし、「心を打った」「心がふるえた」「胸を打った」「胸がふるえた」と表現すると、それがどんな感動だったのか伝わります。言葉から世界を変えられるでしょうか。言葉は心の表れ。少なくとも丁寧な言葉を心がけることによって自分の周りはまろやかになり、それは波紋のように広がっていくのではないでしょうか。その『きざし』を表すのは、いま、私たちが口にする言葉にあるのです。※記事中の写真はすべてイメージ作詞家・吉元由美の連載『ひと・もの・こと』バックナンバー[文・構成/吉元由美]吉元由美作詞家、作家。作詞家生活30年で1000曲の詞を書く。これまでに杏里、田原俊彦、松田聖子、中山美穂、山本達彦、石丸幹二、加山雄三など多くのアーティストの作品を手掛ける。平原綾香の『Jupiter』はミリオンヒットとなる。現在は「魂が喜ぶように生きよう」をテーマに、「吉元由美のLIFE ARTIST ACADEMY」プロジェクトを発信。⇒ 吉元由美オフィシャルサイト⇒ 吉元由美Facebookページ⇒ 単行本「大人の結婚」
2021年02月21日吉元由美の『ひと・もの・こと』作詞家でもあり、エッセイストでもある吉元由美さんが、日常に関わる『ひと・もの・こと』を徒然なるままに連載。たまたま出会った人のちょっとした言動から親友のエピソード、取材などの途中で出会った気になる物から愛用品、そして日常話から気になる時事ニュースなど…さまざまな『ひと・もの・こと』に関するトピックを吉元流でお届けします。『この瞬間』の思いを大切にすることある日の夕方、ふと窓を見るとレースのカーテン越しに雲がピンク色に染まっていました。写真を撮ろうとスマホを取りに行き、外に出てみると、すでにピンク色は褪せ、雲はほとんどグレイになっていました。縁にうっすらとピンク色の名残り。それも瞬く間にグレイになっていきました。その瞬間でないと掴めないものがあります。ピンク色の雲を見た瞬間の感動やときめくものを、その瞬間に味わいきる。それが、心に、そして記憶に刻まれる感動やときめきなのだと思います。写真に残すよりもそのほうが『人生の一部』になるように思います。振り返ってみると、その瞬間に選ばなかった大切なものがいくつもありました。心は掴もうと思っていても、ためらいや欲や世間体のようなものが頭をよぎっていきます。こんなとき、心に従えば良いものを、頭で判断してしまう。そして悔やむことがあっても、いろいろな理由をつけて頭で納得しようとする。でも、心にはずっと残念な思いが残っていたりするのです。もうすぐ母が亡くなって五年目を迎えます。最後に会ったあの日から丸四年の月日が経ったのですが、いまもまだ最後に私を見ていた母の顔を忘れることができません。大きな手術をしてすっかり弱ってしまった母は、療養病院から介護ホームに移り、そしてクリスマスイブの朝に脳梗塞を起こし、右半身が動かなくなり、言葉も出なくなりました。急性期の病院での治療が終わり、リハビリの病院へ移りました。しばらく落ち着いていたのですが急速に弱くなり、また病院を移ったその日。病室を整え、帰ろうとしていたときでした。「ママ、じゃあ明日も来るからね」と言うと、母は置いてきぼりにされてしまう子どものような顔をして私を見ました。「明日ね、ゆっくり休んでね」そう言って病室を出るときも、母はそんな顔をしていました。もう少しいようかな、と思ったのですが、仕事が残っていたので帰ることを選びました。それが、生きている母を見た最後でした。その瞬間の心を選ぶ。そして味わいきる。多くの情報があり、多くの知識があり、そこに欲や世間体が割って入り、頭の中はとても忙しい。合理的な方法を選択することが、より快適で、より生活を高めると信じている……そんなことはないでしょうか。『いま、ここ』の自分の声を聴くこと。思いを置き去りにすることなく、『いま、ここ』を味わいながら過ごす。それは、自分を大切にすることでもあるのです。※記事中の写真はすべてイメージ作詞家・吉元由美の連載『ひと・もの・こと』バックナンバー[文・構成/吉元由美]吉元由美作詞家、作家。作詞家生活30年で1000曲の詞を書く。これまでに杏里、田原俊彦、松田聖子、中山美穂、山本達彦、石丸幹二、加山雄三など多くのアーティストの作品を手掛ける。平原綾香の『Jupiter』はミリオンヒットとなる。現在は「魂が喜ぶように生きよう」をテーマに、「吉元由美のLIFE ARTIST ACADEMY」プロジェクトを発信。⇒ 吉元由美オフィシャルサイト⇒ 吉元由美Facebookページ⇒ 単行本「大人の結婚」
2021年02月14日育った場所は違っても、年齢が近ければ「そうそう!わかる」って盛り上がれるのが、青春時代にはやったドラマや歌の話。各界で活躍する同世代の女性と一緒に、“あのころ”を振り返ってみましょうーー。「中学時代、ソフトボール部でキャッチャーをしていたことがきっかけで、野球部で同じポジションだったヤマモトくんとお付き合いしていまして、いまでもサザンオールスターズの『栞のテーマ』(’81年)を聴くと、河原の風景や、恋心を思い出します。サザンなのに、聴いていたのは海じゃなくて、河原なんですけど(笑)」そう語るのは、芸能生活35周年を迎え、2月から明治座の舞台も控えている、演歌歌手の坂本冬美さん(53)。’80年代には人生の転機が詰まっていたと振り返る。「小学生だった’70年代から石川さゆりさんが大好きで、将来は絶対に演歌歌手になるって、夢を抱いていました」’80年代に入り、松田聖子や中森明菜、田原俊彦、近藤真彦などの曲をテレビで見聞きして、フリを覚えたりもしていたが、集めていた雑誌の切り抜きは石川さゆりばかり。興味の中心は演歌だった。「そんなとき、ヤマモトくんがサザンを教えてくれたんです。さゆりさんの『津軽海峡冬景色』を初めて聴いたときと同じように、『栞のテーマ』を歌う桑田(佳祐)さんの声に、全身がシビれて。ハスキーな歌声がせつなくて、そのときは歌詞の深い意味まではわからなかったけど、胸にキュンときたのを覚えています」’87年に『あばれ太鼓』でデビューした際、プロフィール欄には「好きな歌手・石川さゆり、サザンオールスターズ」と書いた。「“いつか、桑田さんに私の曲を書いていただきたい”という夢を持っていました」デビュー2年目の’88年には、当時タブー視されていた反原発ソングなどを収録したRCサクセションの問題作『COVERS』にも参加。このアルバムには別の曲で、桑田佳祐が“Isuke Kuwatake”として参加している。「(忌野)清志郎さんとはたまたま同じレコード会社で、着物姿で評論家の方々の前で歌う私を見て、誘ってくれたんです。奇跡みたいにスゴイことだと理解していましたが、まだ新人だったから、心のどこかで“清志郎さんとご一緒できたのだから、いずれきっと桑田さんとも”なんて、甘く考えていました」それから30年以上、同じ音楽業界とはいえ、ジャンルの異なるサザンと会う機会はなかった。「それが’18年の『紅白歌合戦』でご一緒することになって、リハーサルのときにお見かけして、思わず素の自分になっちゃったんですね。北島三郎さんや、司会の内村(光良)さんが近くにいらしたのに、桑田さんのもとに駆け寄って握手を求めていました。桑田さんも、あまりに突然のことで“お、おお……”と、驚かれた表情でした」その後、デビュー35周年を迎えるにあたり、かねてからの夢を叶えたいと、桑田宛てに手紙をしたためた。「ヤマモトくんとの初恋、『栞のテーマ』とともに蘇る思い出ーー。思いを込めた手紙をお送りして3カ月ほどしてから『スタジオに来ていただけますか』との連絡が!お願いをする機会をいただけるのか、それとも断られるのか、ドキドキしながらお会いすると、桑田さんはすでに詞も曲も作ってくださっていて……。夢のようで、泣きながら詞を読みました」その曲こそ昨年の『紅白歌合戦』で披露された『ブッダのように私は死んだ』。現在、YouTubeの再生回数は177万回を超えている。「桑田さんは“そういえば『COVERS』でも、ご一緒しましたね”と覚えていらしてくださって。もしかしたら天国の清志郎さんが、私を桑田さんに引き合わせてくれたのかもしれませんね」淡い初恋、デビューの喜びと、清志郎との出会いーー。叶うはずのないと思われた夢のタネが、’80年代に蒔かれていたのだった。「女性自身」2021年2月23日号 掲載
2021年02月14日育った場所は違っても、年齢が近ければ「そうそう!わかる」って盛り上がれるのが、青春時代にはやったドラマや歌の話。各界で活躍する同世代の女性と一緒に、“あのころ”を振り返ってみましょうーー。抜けるような高い空の下の田舎道を、自転車の荷台にガールフレンドを乗せた男子中学生が、キコキコとタイヤを軋ませながらペダルを漕ぐ。デートスポットの河原に着くと、自転車のカゴに入れたラジカセを持ち出して、女のコにちょっと自慢げに「サザンっていうんだよ。すごくいいんだよ」と、再生ボタンを押した。「中学時代、ソフトボール部でキャッチャーをしていたことがきっかけで、野球部で同じポジションだったヤマモトくんとお付き合いしていまして、いまでもサザンオールスターズの『栞のテーマ』(’81年)を聴くと、河原の風景や、恋心を思い出します。サザンなのに、聴いていたのは海じゃなくて、河原なんですけど(笑)」そう語るのは、芸能生活35周年を迎え、2月から明治座の舞台も控えている、演歌歌手の坂本冬美さん(53)。’80年代には人生の転機が詰まっていたと振り返る。「小学生だった’70年代から石川さゆりさんが大好きで、将来は絶対に演歌歌手になるって、夢を抱いていました」’80年代に入り、松田聖子や中森明菜、田原俊彦、近藤真彦などの曲をテレビで見聞きして、フリを覚えたりもしていたが、集めていた雑誌の切り抜きは石川さゆりばかり。興味の中心は演歌だった。「そんなとき、ヤマモトくんがサザンを教えてくれたんです。さゆりさんの『津軽海峡冬景色』を初めて聴いたときと同じように、『栞のテーマ』を歌う桑田(佳祐)さんの声に、全身がシビれて。ハスキーな歌声がせつなくて、そのときは歌詞の深い意味まではわからなかったけど、胸にキュンときたのを覚えています」サザンオールスターズが『勝手にシンドバッド』でメジャーデビューしたのは’78年。『栞のテーマ』を収録した『ステレオ太陽族』は、’81年にリリースされた4枚目のアルバムだ。「サザンのほかの曲も聴きたくなったんですけど、中学時代の1カ月のお小遣いは3,000円だったから、LPレコードなんて、とても買えません。それに田舎だから、レコード店どころか、貸しレコード店もなくて。けっきょく、レコードを持っているお友達に録音させてもらったりしていました」当時、ヤマモトくんと結婚できるなら、歌手になる夢をあきらめるつもりだった。「ヤマモトくんとは同じ高校に進学したんですが、残念ながら“事情”があって、お別れすることに……。それでもずっと好きだったんです。悔しくて、何年も送り合った交換日記もすべて燃やしてしまいました。サザンの曲も、ヤマモトくんを思い出してつらいから、しばらくは聴けませんでしたね」’85年に高校を卒業した後、地元の梅干し製造会社「ウメタ」に就職。「工場で品質管理をする、上司一人、部下一人の部署でした。白衣に白い帽子と長靴姿で、毎日、梅干しの塩分濃度やpH値を記録。いつも歌いながら作業をしていました」歌手への夢は持ち続けており、ステージも機材もそろっている、近所のカラオケ教室にも連日通い、歌を練習していた。「経営者の方が『いつでも歌いに来ていいよ』って言ってくれて、会社の休み時間は5分でお弁当を済ませて、すぐカラオケ教室に向かい、40分ほど歌の練習をさせてもらいました。そのとき経営者の方が私の歌を録音してくれたテープがきっかけで、デビューすることになったんです」「女性自身」2021年2月23日号 掲載
2021年02月14日育った場所は違っても、年齢が近ければ「そうそう!わかる」って盛り上がれるのが、青春時代にはやったドラマや歌の話。同世代の女性と一緒に、“あのころ”を振り返ってみましょうーー。「人の心に訴えかける手法は、現在なら動画、少し前なら画像でしたが、’80年代前半は“言葉”の力が圧倒的に強かった。そのため『おいしい生活』という、西武百貨店の広告を手がけた糸井重里さんを代表とするコピーライターが、かっこいい職業の象徴でした。林真理子さんは、女性コピーライターの草分けとして、『ルンルンを買っておうちに帰ろう』など、エッセイというジャンルを世に広めました。『ルンルン』という言葉は流行語にもなりましたよね」こう語るのは、世代・トレンド評論家の牛窪恵さん(53)。『ルンルンを買っておうちに帰ろう』は’82年に出版された、林真理子さんのデビュー作。このなかで《できるだけ正直にいろんなことを書こうと思ったのだが、書きすすむうちにあまりのエゲツなさにわれながら悲しくなってしまったことが何度もある》とつづる著者の、モテる女性への妬みやそねみをあけすけにしながら、女性を磨き、恋愛、仕事にも奮闘する姿が描かれたエッセイ集だ。牛窪さんは、同書が当時の女性の生き方の選択肢を広げたと分析する。「いまの女性は仕事という“キャリア”と、恋愛や結婚、育児などの“家庭”の両方を手にするのが当たり前の二刀流世代です。でも’80年代は、どちらかを選択する、つまり、どちらかを捨てねばならない女性が大半だった。たとえばバリキャリ路線でいくなら、土井たか子さんや、少し後の田中眞紀子さんのように、髪を振り乱し、女性らしさを犠牲にしなければ生き残れませんでした」一方、専業主婦として生きていく選択をすれば、“3高(=高学歴、高収入、高身長)”を備えるような、競争率の高い男性に見初められるために、女性らしさ、かわいらしさを追求することになる。そのために“聖子ちゃんカット”や、後のダブル浅野のワンレン、ソバージュをマネするのだが、どんなに頑張っても限界がある。「けっきょくは“見た目”のいい人が、なんの苦労もなく、ブランドものをプレゼントされ、高級レストランに連れて行ってもらえる現実に直面します。そんな“美人ばかり、ずるい!”という、大多数の女性が思っていても、なかなか口に出せない妬みやそねみを、『ルンルンを買っておうちに帰ろう』では軽妙なタッチで代弁してくれているから、多くの共感を得られたのでしょう」決して美人とはいえず、スタイルもよくないことを自覚したうえで、当時の林真理子さんは、男性に好まれる下着はどんなものがいいのかを考察したり、ブランドものを手に入れるためにバーゲンに出かけたり、と奔走している。「恋愛やオシャレに必要な女性らしさ、かわいらしさを諦めず、でも仕事も充実している。そんな姿に勇気づけられた女性は多いはず。タイプは違うけれども、その野心、貪欲さは松田聖子さんと共通するのではないでしょうか」現代女性の礎を築いたのは、林真理子さんなのかもしれない。「女性自身」2021年2月16日号 掲載
2021年02月07日吉元由美の『ひと・もの・こと』作詞家でもあり、エッセイストでもある吉元由美さんが、日常に関わる『ひと・もの・こと』を徒然なるままに連載。たまたま出会った人のちょっとした言動から親友のエピソード、取材などの途中で出会った気になる物から愛用品、そして日常話から気になる時事ニュースなど…さまざまな『ひと・もの・こと』に関するトピックを吉元流でお届けします。自分を大切にする『紙』と『ペン』のある時間旅に出ると、なぜか手紙を書きたくなります。あるときはひとり、部屋で。あるときはカフェの小さなテーブルで。今ならメールやLINEなどが手軽なのかもしれませんが、ペンで字を書くという行為が、自分の中にある伝えたいことを引き出すスイッチを入れるのです。それも、仕事などで考えていることとは違う次元のことを。自分でも気付いていなかった本音や、少々センチメンタルなことであったり。ときどき、そんな自分に出会ってみたくなるのです。今、海外はもちろんのこと、国内でも気軽に旅に出ることがむずかしいときなので、気に入ったカフェの、気に入った席で書き物をしています。たとえばご近所の並木道に面したファミリーレストラン。窓際のボックス席は落ち着きます。なぜかこの席だと、仕事もはかどるのです。紙とペンの相性はとても大切です。たとえば、歌詞を考えているとき。いつも鉛筆を使うのですが、柔らかい芯の、2Bから4Bの鉛筆でないと思考がスムーズに動いていかないのです。柔らかい心の書き心地が、なんとも気持ちがいい。そして下書きの紙はA4のコピー用紙を横にして。これは『儀式』のように、デビューしたときからの慣わしです。若い頃によく一人旅をしていた頃、必ず持って行ったがシェーファーのカリクラフィー用の万年筆でした。1500円くらいのリーズナブルな万年筆です。文字に少し表情が出て、なぐり書きでも『味』が出ます。インクはBlue-black。この色も、イマジネーションをそそるのです。今、愛用しているのはuni ball SigNonoの太字、インクはdeep blue。滑るような書き心地、そしてこのペンのインクは紙にほどよく滲みます。紙も柔らかいものを。インクを吸い取るような紙が好きです。ペン先からこぼれた思考や思いを受け止めるノートも、吟味して吟味して選びます。文筆を生業としている私にとって、自分のために文章を書くモチベーションはとても大切なものです。誰にとっても「自分のために書く」のは、「自分と一緒にいる」ことでもあるのです。思考も思いも記憶も、そのままにしておくといつか薄らいでいく。そのとき、その瞬間の自分を記録する。日記でも雑記帳でも、手帳の片隅にでも、『自分』を残しておく。それは、自分を大切にすることにもつながると思います。そして、せっかくですから思いを記していく水路となる紙とペンは、自分の手に、気持ちに馴染んだものを選びたいものです。※記事中の写真はすべてイメージ作詞家・吉元由美の連載『ひと・もの・こと』バックナンバー[文・構成/吉元由美]吉元由美作詞家、作家。作詞家生活30年で1000曲の詞を書く。これまでに杏里、田原俊彦、松田聖子、中山美穂、山本達彦、石丸幹二、加山雄三など多くのアーティストの作品を手掛ける。平原綾香の『Jupiter』はミリオンヒットとなる。現在は「魂が喜ぶように生きよう」をテーマに、「吉元由美のLIFE ARTIST ACADEMY」プロジェクトを発信。⇒ 吉元由美オフィシャルサイト⇒ 吉元由美Facebookページ⇒ 単行本「大人の結婚」
2021年02月07日吉元由美の『ひと・もの・こと』作詞家でもあり、エッセイストでもある吉元由美さんが、日常に関わる『ひと・もの・こと』を徒然なるままに連載。たまたま出会った人のちょっとした言動から親友のエピソード、取材などの途中で出会った気になる物から愛用品、そして日常話から気になる時事ニュースなど…さまざまな『ひと・もの・こと』に関するトピックを吉元流でお届けします。落ちこみの際で止まる先日ちょっとショックなことがあり、久しぶりに落ち込みました。これまで何度も落ち込みを経験しているので、(あー、こうしていると落ち込むなあ)と、モヤモヤした心の片隅で思っています。モヤモヤとしている自分と、それを眺めている自分。二人の自分が心の中でせめぎあっています。精神状態としては混沌としているのですが、眺めている自分がいることで落ち込みのどん底に落ちずに済んでいる……という感がしています。ショックなことがある。それは人からの批判かもしれないし、仕事や人間関係のことかもしれません。自分自身のことが嫌になることもあるし、大切なものを失うこともあります。何かそんなきっかけは……爆弾を落とされたような、心の中で何かが粉々に割れてしまったような、そんな混乱があります。それから心はぐるぐると廻り始めます。(どうしてこうなってしまったのか)という思いに始まり、相手を責めたり、自分を責めたり、自分を落ち込ませた原因を何処かに探そうとします。そして次に、自分をかわいそうに思い始めます。つまり、自分を被害者のように思うようになるのです。たとえば(一生懸命にやったのに認めてもらえない)(自分のことを全否定されてしまった)(誰もわかってくれない)といった気持ちから、(私ってかわいそう)となります。これがself-pity、自己憐憫です。落ち込んだときに嵌ってはならないのが、この自己憐憫です。自分を憐れだと思うことで、一時的に楽になります。誰かのせい、社会のせいにしてしまえば、落ち込んでいることを正当化できます。落ち込むこと自体は悪いことではありません。愚痴を言いたくなることもある。人生、うまくいくことばかりではない。ですから、落ち込んだら、まず落ち込んだことを肯定する。(ああ、私いま、落ち込んでいるんだ)と認める。そして混沌とした感情をどこかで眺めている自分を獲得する。そして、ネガティブのスパイラルに入り込まないようにチェックする。さまざまな感情が入り交じり、堂々巡りをするのです。その堂々巡りをしっかりと見る。特に自己憐憫と相手なり社会への強い批判に気をつける。なぜ落ち込んでいる自分を眺める視点が大切かというと、落ち込みが強まると鬱状態になる可能性があるからです。これだけは避けたい。自分の力ではどうにもならないことがあります。落ち込んでも仕方がない。でも大切なことは、落ち込んだところで、さらに底に落ちないようにすること。落ち込みの際で止まることです。止まっているイメージをしてみましょう。ここで踏ん張る力が、落ち込みから脱する力の源になるのです。※記事中の写真はすべてイメージ作詞家・吉元由美の連載『ひと・もの・こと』バックナンバー[文・構成/吉元由美]吉元由美作詞家、作家。作詞家生活30年で1000曲の詞を書く。これまでに杏里、田原俊彦、松田聖子、中山美穂、山本達彦、石丸幹二、加山雄三など多くのアーティストの作品を手掛ける。平原綾香の『Jupiter』はミリオンヒットとなる。現在は「魂が喜ぶように生きよう」をテーマに、「吉元由美のLIFE ARTIST ACADEMY」プロジェクトを発信。⇒ 吉元由美オフィシャルサイト⇒ 吉元由美Facebookページ⇒ 単行本「大人の結婚」
2021年01月31日育った場所は違っても、年齢が近ければ「そうそう!わかる」って盛り上がれるのが、青春時代にはやったドラマや歌の話。各界で活躍する同世代の女性と一緒に、“あのころ”を振り返ってみましょうーー。「人生をともに歩んできた音楽には、勇気と夢をもらいました。そのときどきでお気に入りの曲もありますが、人生でずっと聴き続けている“殿堂入り”の曲が、クリスタルキングの『大都会』、少年隊の『仮面舞踏会』、ゴダイゴの『銀河鉄道999』、そして『青い珊瑚礁』です。毎日、この4曲だけ繰り返し聴くだけでも満足なんですが、とくに女性歌手の曲でもある『青い珊瑚礁』は、歌うのも大好きです」当時のシングルレコードを手に語るのは、元バレーボール日本代表の大林素子さん(53)。松田聖子のデビュー2作目である『青い珊瑚礁』は’80年7月にリリース。グリコのアイスクリーム「ヨーレル」のCMソングに起用され、オリコン初登場87位ながら、2カ月かけて2位まで上昇し、ミリオンセラーを記録した。松田聖子をスターダムに押し上げた、初期の代表作である。「幼いころから、アイドルへの憧れが強くて、’70年代は桜田淳子さんファン。“将来は淳子になって、(西城)秀樹と結婚する”って、本気で夢見ていました」そんな少女だったが、幼稚園時代から背が高いことに悩んでいた。「小学校ではクラスの男子から“デカ林”“ジャイアント素子”などと呼ばれたし、大きな体でランドセルを背負う私に、すれ違いざま『でけえ』という大人もいました。だから外遊びは好きじゃなくて、テレビを見る時間が長くなったんですね」夕方に再放送されていたアニメ『アタックNo.1』により、バレーボールでオリンピックに行くことで、いじめた相手を見返そうと決意。中学でバレーボール部に入部したころ、大林さんの前に彗星のごとく現れたのが、松田聖子だ。「当時600円だったレコードには、なかなか手が出せませんでしたが、歌番組や、アイドルが出演して歌うバラエティ番組が週に何回もあったから、聖子ちゃんの歌はつねに聴いていましたね」小柄で、ちょっと甘えたしゃべり方をする聖子は“ぶりっ子”と揶揄されることもあったがーー。「そういうところもうらやましかった。背の高い私が持っていない要素ばかりを持っていたから。当時の私にとって、聖子ちゃんは“会いたい人”というより、むしろ“なりたい人”だったんです」“聖子ちゃんカット”にも、もちろんチャレンジ。「サンリオなどのキャラクターがプリントされた、普通のものよりも厚みがあるクシがものすごくはやって、それで女子は休み時間に髪をとかすんです。私も聖子ちゃんカットにしようとサイドの髪を一生懸命いじるんだけど、ド直毛だから、クシを通した瞬間に、サラサラッて、すぐに真っすぐに戻ってしまって(笑)。あのときほど、クセっ毛の友達をうらやましいと思ったことはありません」「女性自身」2021年2月9日号 掲載
2021年01月31日育った場所は違っても、年齢が近ければ「そうそう!わかる」って盛り上がれるのが、青春時代にはやったドラマや歌の話。各界で活躍する同世代の女性と一緒に、“あのころ”を振り返ってみましょうーー。「人生をともに歩んできた音楽には、勇気と夢をもらいました。そのときどきでお気に入りの曲もありますが、人生でずっと聴き続けている“殿堂入り”の曲が、クリスタルキングの『大都会』、少年隊の『仮面舞踏会』、ゴダイゴの『銀河鉄道999』、そして『青い珊瑚礁』です。毎日、この4曲だけ繰り返し聴くだけでも満足なんですが、とくに女性歌手の曲でもある『青い珊瑚礁』は、歌うのも大好きです」当時のシングルレコードを手に語るのは、元バレーボール日本代表の大林素子さん(53)。松田聖子のデビュー2作目である『青い珊瑚礁』は’80年7月にリリース。グリコのアイスクリーム「ヨーレル」のCMソングに起用され、オリコン初登場87位ながら、2カ月かけて2位まで上昇し、ミリオンセラーを記録した。松田聖子をスターダムに押し上げた、初期の代表作である。大林さんのバレー人生に、同曲はずっと伴走してくれたという。中学卒業後、大林さんはバレーボールの名門・八王子実践高校へ進学。寮生活で唯一、自由に過ごせるのが、練習が休みとなる月曜。この日は自宅に帰ることができた。「地元の友達と会ったりもしたかったのですが、寮では3年生しかテレビを見ることが許されず、ウォークマンも禁止されていたので、家に帰ると、ずっと歌番組を見たり、音楽を聴いたりしていました」高校生ながら全日本の代表入りをした’85年、ワールドカップのスペシャルサポーターを務めたのが、偶然にも松田聖子だった。「テーマ曲が『TOUCH ME』だったんですが、英語の歌詞なので、(マネして歌うには)ちゃんと発音するのが難しかったですね。現在、全日本代表の監督を務める(中田)久美さんは明菜派だから、実業団に入ってから一緒にカラオケに行く機会があると、それぞれ聖子ちゃんと明菜ちゃんの曲を歌ったりしていました」夢の舞台だった’88年のソウルオリンピックに“聖子ちゃんカット”で臨んだのも、大林さんらしいエピソード。「’80年代は“スポ根”色が濃厚で、今のように試合直前まで音楽を聴いたり、マニュキュアやピアスで自己主張するなんてありえなかった時代。唯一、女性らしさを出せたのが髪形でした。試合の日の朝、選手村の宿舎で、“聖子ちゃんカット”にするために一生懸命“くるくるドライヤー”で髪を巻いていたら、監督から『なに、ちゃらちゃらしてるんだ』って笑われたりしましたが、それでテンションを上げたんです」だからこそ、日本中を魅了するプレーができたのだろう。憧れのスターと一緒に仕事ができたのは、現役を引退してから。「’08年の女子バレーボール・ワールドグランプリの、イメージキャラクターを務めていらして、会場では私の隣の席で試合をご覧になっていたんです。顔がちっちゃくて、すごくきれいで、とても“現世の人”とは思えなくて……。思いきって『スキンケアは、どうしているんですか?』と質問したら、そばにいたメークさんが、聖子さんが使っている、キラキラのラメの入ったフェースパウダーを分けてくださったんです。今でも大事に持っていて、ここぞというときにだけ、使うようにしています」「女性自身」2021年2月9日号 掲載
2021年01月31日育った場所は違っても、年齢が近ければ「そうそう!わかる」って盛り上がれるのが、青春時代にはやったドラマや歌の話。同世代の女性と一緒に、“あのころ”を振り返ってみましょうーー。松田聖子のデビュー2作目である『青い珊瑚礁』は’80年7月にリリース。グリコのアイスクリーム「ヨーレル」のCMソングに起用され、オリコン初登場87位ながら、2カ月かけて2位まで上昇し、ミリオンセラーを記録した。松田聖子をスターダムに押し上げた、初期の代表作である。ジャケットを目にして、まずインパクトを感じるのが、物憂げなまなざしでこちらを見つめる聖子ちゃんのヘアスタイルだ。「私が中学生のときにリリースされたのですが、クラスの女子の、私も含めて3分の2以上は“聖子ちゃんカット”にしていました」こう語るのは、世代・トレンド評論家の牛窪恵さん(53)。そうして小首をかしげ、「え〜、ヤダ〜」と甘えた声で話す“ぶりっ子”という新ジャンルを築いたのが、天地真理や浅田美代子、桜田淳子といった’70年代のアイドルと大きく違うところだと、牛窪さんは分析する。「あははと笑いながら、グーにした手を口に持っていったり、賞をもらったときなど、何かあれば、必ず泣いてみせたり……。最近の田中みな実さんに代表される“あざとかわいい”の源流ともいえる、聖子さんの“ぶりっ子”スタイルは、お人形さんのようにかわいらしく、“ああいうコのことを、男子は好きになるんだろうな”と、当時の女子たちに強く印象づけました」そのため、皆がこぞってヘアスタイルをマネしたわけだが、当然のことながら、誰もが聖子ちゃんになれるわけではない。「クラスの男子の前で、聖子さんのような仕草やしゃべり方をするのは、やっぱり恥ずかしくて、なかなかできるものではありません。でも、なかには上手にマネするコもいて、それがモテたりするものだから、『あの子ズルいね、ぶりっ子しちゃってさ』なんていう、嫉妬が交じったフレーズも、教室ではよく聞かれました」こうしたアンチも存在したことで、“ぶりっ子”はますます輝きを増していったといえる。少女の恋愛への憧れを強く表現したことも、同曲の人気の秘密だ。「当時、バレンタイン・デーが盛り上がったのは、ふだんは女子から男子に“あなたが好き”と。なかなか言えない時代だったから。『青い珊瑚礁』で描かれているような、男性にリードされながら大人になっていく女のコのときめき、“好きって言っていいのかな……言っちゃうぞ!”みたいな、恋愛へ1歩踏みだす少女の思いが、多くの共感を得たのでしょう。恋愛は女性を成長させてくれるもの、どこか新しい世界へ連れて行ってくれる素晴らしいものであることを伝えてくれたのです」ヘアスタイル、仕草、そして恋愛に至るまで、女子の価値観を変えたのが、松田聖子だった。「女性自身」2021年2月9日号 掲載
2021年01月31日吉元由美の『ひと・もの・こと』作詞家でもあり、エッセイストでもある吉元由美さんが、日常に関わる『ひと・もの・こと』を徒然なるままに連載。たまたま出会った人のちょっとした言動から親友のエピソード、取材などの途中で出会った気になる物から愛用品、そして日常話から気になる時事ニュースなど…さまざまな『ひと・もの・こと』に関するトピックを吉元流でお届けします。手をつなぐ 〜見えない絆を育てる時間街で手をつなぎながら歩いている親子連れを見かけると、ふっと懐かしいような、淋しいような気持ちが胸をかすめます。娘が15歳でアメリカに留学してから8年。ずいぶん時間が過ぎました。まさか15歳で手放すとは思っていませんでしたが、考えてみると親子で一緒に暮らす年月というのはそんなに長いものではないのです。留学するのは、なかなか勇気のいる決断だったと思います。生半可な気持ちや、憧れではなく、人生を賭ける覚悟だったことは確かです。ですから親が淋しいとか淋しくないとか、つまらないことを言ってはいけないと思いました。娘がこれから自分のステージをゼロから作ろうとしているのを応援するだけです。親から離れる解放感もあったでしょうし、同じくらい不安もあったでしょう。でも、娘が覚悟を決めて巣立って行けたのは、小さいとき、どんなときも手をつないでいたからではないかなと思うのです。娘が手をつなぎたいだけ、手をつないで、そして自分から手を離していった……そんな感じがします。いつも手をつないでいること。そしていつも会話をすること。会話が成立しなくてもいいのです。空がきれいだね。風が気持ちいいね。そんなことでいいのです。そして子どもの話を聞くのです。それでどう思ったの?そんなことがあったんだ……。ジャッジを求められない限りジャッジすることなく、子どもが話すそのままをそっと手にとって愛でるように、話を聞くのです。そんな時間が確かに私の人生の一時期に流れていたのです。遠い日のことですが、それらは何ものにも替えがたい美しい時間でした。ですから若いお母さんと子どもが歩いているのを見かけると、そんな時間を大切にしてほしい!と思ってしまうのです。子育ての悩みはあったし、仕事と両立させることがきつかったこともありました。それでも、過ぎてしまうと何もかもが夢物語のような気がしてくるのです。娘と遠く離れていると、ときどき本当にゆめまぼろしだったのかしら、とふと思います。妙な感覚なのですが、これまでの人生すべてがゆめまぼろしだったような。振り返る年月が多くなるにつれ、何か確かだったものが指の間をすり抜けていくような感があります。「いま、ここ」の自分の中から、母としての自分が薄らいでいくことの淋しさがあるのかもしれません。それもまた人生の1ページであり、流れなのでしょう。もう少ししたら、私の方から手をつないでほしくなるのかもしれません。※記事中の写真はすべてイメージ作詞家・吉元由美の連載『ひと・もの・こと』バックナンバー[文・構成/吉元由美]吉元由美作詞家、作家。作詞家生活30年で1000曲の詞を書く。これまでに杏里、田原俊彦、松田聖子、中山美穂、山本達彦、石丸幹二、加山雄三など多くのアーティストの作品を手掛ける。平原綾香の『Jupiter』はミリオンヒットとなる。現在は「魂が喜ぶように生きよう」をテーマに、「吉元由美のLIFE ARTIST ACADEMY」プロジェクトを発信。⇒ 吉元由美オフィシャルサイト⇒ 吉元由美Facebookページ⇒ 単行本「大人の結婚」
2021年01月24日育った場所は違っても、年齢が近ければ「そうそう!わかる」って盛り上がれるのが、青春時代にはやったドラマや歌の話。同世代の女性と一緒に、“あのころ”を振り返ってみましょうーー。「『抱きしめたい!』は、いわゆる“トレンディドラマ”の草分け的な存在といえます。それまでは松田聖子さんや小泉今日子さんを代表とする、あまり背が高くなく、セミロングやショートカットの似合う、かわいい服を着たアイドルが人気でした。いっぽうのダブル浅野はすらっと背が高く、ロングヘアで、ラルフローレンなどのブランドものをカジュアルに着こなしており、対照的。とくに浅野温子さんがワンレンをかきあげるしぐさは“カッコイイ女性”の象徴となりました」こう語るのは、世代・トレンド評論家の牛窪恵さん(53)。『抱きしめたい!』は、’88年夏にフジテレビ系のナショナル木曜劇場の枠で放映されたドラマだ。スタイリストとして自立しているキャリアウーマン・麻子(浅野温子)と、幼稚園時代からの腐れ縁で、麻子に甘え、ときには麻子のボーイフレンドも誘惑する自由な専業主婦・夏子(浅野ゆう子)の2人の主人公が、バブル景気に沸く都会的なライフスタイルのなかで織りなすラブコメディ。平均視聴率は18.5%で、当時の『女性自身』でも《「抱きしめたい!」ダブル浅野気になるファッション・カタログあの服はここで買える!》《3週連続浅野温子大研究》という特集記事が組まれているほどの社会現象となり、連続ドラマ放送後も、スペシャル版が4作も放送された。こうした現象には、社会的背景があるのだという。「’86年に男女雇用機会均等法が施行されましたが、本格的に企業に導入されたのは’90年代半ば以降。当時の女性は、まだ一生稼げる仕事に就くことは難しく、25~26歳で肩たたきにあい、寿退社。男性が家長で、女性は専業主婦になるのが当たり前でした」女性が幸せに生きるためには“いい男を捕まえる”こと以外に、ほぼ選択肢のない時代だったからこそ“3高(=高身長、高学歴、高収入)”なる言葉も流行した。「デートは“連れていってもらう”もの。男性にリードされ、レストランではおごってもらい、ドライブでは助手席でナビをするのが普通で、『トイレに行きたいって、男性の前では言えないから、我慢していた』という女性もたくさんいました。“奥ゆかしさ”を求められていたんですね」そんな女性を解放したのが、ダブル浅野なのだという。「『抱きしめたい!』のなかでダブル浅野は、男性にこびることなく、ハイヒールを履かず、ぺたんこ靴でアクティブに動き回る。不倫や浮気など、女性が男性を振り回す恋愛の描き方も新しかった。黙っていてもモテる2人が自己主張する姿が“私も、ああなりたい”と支持を集めたのでしょう」伝統的な日本家屋や団地住まいだった当時の女性たちにとって、ダブル浅野が見せた世界は、おしゃれなマンションで自由に暮らし、女性だけでカフェバーに出かける、キラキラしたシティライフを疑似体験できる場でもあった。「さまざまな制約のある王女が、街に飛び出し、出会ったイケメン記者をリードして、バイクに乗ったりやりたかったことを実現していく映画『ローマの休日』(’53年)を彷彿させます」ダブル浅野が提示したのは“自己主張できる女性はカッコイイ”という、当時の日本ではまだ新しい価値観だった。「女性自身」2021年2月2日号 掲載
2021年01月22日吉元由美の『ひと・もの・こと』作詞家でもあり、エッセイストでもある吉元由美さんが、日常に関わる『ひと・もの・こと』を徒然なるままに連載。たまたま出会った人のちょっとした言動から親友のエピソード、取材などの途中で出会った気になる物から愛用品、そして日常話から気になる時事ニュースなど…さまざまな『ひと・もの・こと』に関するトピックを吉元流でお届けします。癒しのスープ風邪をひきました。毎年、冬になると一度はかかる喉風邪です。いま、このご時世に風邪を引くのは不安です。だるさはあるものの熱はないのでとりあえず様子を見ることにしました。まず、喉元を暖かく。タートルネックのセーターにさらに薄手のスカーフを首に巻きました。そしてヒートテックシャツの背中、ちょうど肩甲骨の間あたりにホカロンを2枚。お腹にも1枚。足元も暖かく。そして、オレンジジュースをたくさん飲む。ビタミンC摂取です。白湯も飲みます。食事は消化のいいものを。風邪引き1日目は鳥の骨つきもも肉とキャベツのお鍋。薬味は生姜と葱。たっぷり入れます。2日目は鍋焼きうどんに。ただただ体を温めます。仕事をしながらの養生ですが、3日目に少し気力が湧いてきました。何かを作りたくなる……これが私の回復のバロメーターです。そこで朝から作ったスープ2種。とろとろ白菜鍋とオニオングランスープです。とろとろ白菜鍋は、白菜半分をざく切りにし、大きなお鍋に。そこに塩をぱらりぱらり。オリーブオイルを2回し。4003くらいの水を入れ、蓋をして火にかけます。ことこと沸騰してきたそのまま数分、白菜がしんなりとして、白菜の水分も少しずつ出てきます。この『蒸し炒め』によって白菜の甘みが引き出されるのです。それから白菜がひたひたになるくらいだし汁をはり、白菜がくったりとするまで煮込みます。このとろとろ白菜、土鍋に移して鳥のつみれを入れながらポン酢でいただきます。生姜、葱をたっぷり。柚子の皮を薄く千切りにし、薬味にしても。果汁も使いましょう。そしてオニオングラタンスープ。玉ねぎ3個の薄切りを根気よく炒める。かなり色づいたところで、4003の野菜出汁、またはチキンスープを入れ、スープを乳化するようによく炒める。それから玉ねぎがひたひたプラスαほどのスープを入れ、味を整える。スープを耐熱の容器に入れ、焼いたフランスパン、そしてグリエールチーズをたっぷりとのせてオーブンで焼く。体調によって、チーズはなくても美味しくいただけます。スープには、何とも言えない優しさがこもっています。作る人の祈りがこめられているような。そして口にしたときに、優しさが体に染み渡っていく。何よりの滋養です。体調が優れないときはもちろんのこと、心が疲れたときにも、癒しのスープで自分に優しく。※記事中の写真はすべてイメージ作詞家・吉元由美の連載『ひと・もの・こと』バックナンバー[文・構成/吉元由美]吉元由美作詞家、作家。作詞家生活30年で1000曲の詞を書く。これまでに杏里、田原俊彦、松田聖子、中山美穂、山本達彦、石丸幹二、加山雄三など多くのアーティストの作品を手掛ける。平原綾香の『Jupiter』はミリオンヒットとなる。現在は「魂が喜ぶように生きよう」をテーマに、「吉元由美のLIFE ARTIST ACADEMY」プロジェクトを発信。⇒ 吉元由美オフィシャルサイト⇒ 吉元由美Facebookページ⇒ 単行本「大人の結婚」
2021年01月17日松田翔太、戸田恵梨香、角田晃広(東京03)がCMキャラクターを務める新CM「座敷童子 登場」篇/「座敷童子 耳打ち」篇が公開された。松田さんが、“都心に戸建てを持ちたい”という夢を持った人の前に現れる幸運のキャラクター・座敷童子を演じる本シリーズ。「座敷童子 登場」篇では、戸建てが欲しくてたまらない妻(戸田さん)と、戸建ての購入が現実的ではないと感じる夫(角田さん)との出会いが。「座敷童子 耳打ち」篇では、座敷童子と妻が就寝中の夫にコミカルかつ大胆に耳打ちして夢の戸建てを現実に近づけていく様子が描かれる。戸建てが欲しい妻は、いつものように夫にねだるも、笑って拒否されてしまう。そこに突然、座敷童子が現れる。彼も広くて新しい家に居付きたいようで、共通の「戸建て」という夢に向かって奇妙な共犯関係が始まる――。寝ている夫の背後で、妻と座敷童子は様々な言い方で「戸建て」を連呼…。そんな戦法で果たして夫の脳に「戸建て」はインストールできるのか――?撮影では、久しぶりの共演となったが松田さんと戸田さんの息はピッタリで、スタッフも驚くほど。そして最初は少し緊張していた角田さんも、撮影中に談笑するなど3人の仲はあっという間に深まり、笑顔の絶えない撮影現場に。また「耳打ち」篇では、照明を暗くしての撮影だったこともあり、睡眠中の夫を演じる角田さんは本当に寝てしまわないよう必死に堪えていたとか。さらに「戸建てが欲しくなる」と耳打ちがエスカレートしていくシーンの撮影でも、2人のコンビネーションはバッチリで、スタッフだけでなく、本人たちも思わず笑ってしまう一幕も。メイキング映像では、そんな撮影の様子を覗くことができる。新CM「座敷童子 登場」篇/「座敷童子 耳打ち」篇は放送中。(cinemacafe.net)
2021年01月08日吉元由美の『ひと・もの・こと』作詞家でもあり、エッセイストでもある吉元由美さんが、日常に関わる『ひと・もの・こと』を徒然なるままに連載。たまたま出会った人のちょっとした言動から親友のエピソード、取材などの途中で出会った気になる物から愛用品、そして日常話から気になる時事ニュースなど…さまざまな『ひと・もの・こと』に関するトピックを吉元流でお届けします。祈りは神様との約束新しい年へ。慌ただしい大晦日が暮れ、街は静かになる。そして日付が変わると、なぜかそれまでの空気が清まった感じがする。一年の始まりと終わりには、何か不思議な流れがあります。カウントダウンで賑わう街でも、誰もが新しい年へと気持ちもリセットすることを期待しているのでしょう。年をまたいでお参りをする二年参り。日付が変わる少し前に家を出て、家族で二年参りをしたものでした。ずいぶん昔のことですが、二十代の初め、作詞家になろうと決心して毎晩遅くまで勉強をしていた頃です。神様との向き合い方が変わりました。いわゆる『願掛け』『願う』という気持ちではなく、気づくとただただ必死に手を合わせ神様に誓っていたのです。少し大袈裟に聞こえるかもしれませんが、作詞の勉強は私にとってまさに人生の受験勉強でした。自分の特性を生かして生きていく大きなチャレンジをするために、自分で自分にプレッシャーをかけました。例えるなら、向こう岸に橋を渡せるかどうか……そんな気持ちです。「神様、頑張りますからどうか見ていてください」手を合わせながら、心の中でただこれだけを神様に伝えました。何度もその言葉を繰り返しながら、胸が熱くなっていきました。このとき神様に参拝するとは、感謝をして、覚悟を伝えることだと思ったのです。お願い事を並べるのではなく、所信を表明するのだと。すると、より気持ちが強くなる。あきらめない心に薪をくべるような感じです。神社の境内では火が焚かれていました。パチパチと音を立てながら、火の粉が空に昇っていく。人々の祈りを天に届けているようです。あの頃の真夜中のシンとした深い寒さ。そしてずいぶん昔のことになりましたが、あのときの静かな高揚感をいまでもよく憶えています。祈り、覚悟を伝えながら胸が熱くなり、時に涙がこぼれる。生かされていることへの感謝を伝えながら泣きそうになる。そのときに、祈りは自分の中に力となって宿るのです。新しい年に誓いを立てる。そして神様と約束をする。お願いは、「頑張りますから見ていてください」と。2020年は厳しい年でしたが、この厳しい体験を礎に、2021年を力強くまいりましょう。※記事中の写真はすべてイメージ作詞家・吉元由美の連載『ひと・もの・こと』バックナンバー[文・構成/吉元由美]吉元由美作詞家、作家。作詞家生活30年で1000曲の詞を書く。これまでに杏里、田原俊彦、松田聖子、中山美穂、山本達彦、石丸幹二、加山雄三など多くのアーティストの作品を手掛ける。平原綾香の『Jupiter』はミリオンヒットとなる。現在は「魂が喜ぶように生きよう」をテーマに、「吉元由美のLIFE ARTIST ACADEMY」プロジェクトを発信。⇒ 吉元由美オフィシャルサイト⇒ 吉元由美Facebookページ⇒ 単行本「大人の結婚」
2020年12月27日「ホテルの宿泊料と往復飛行機代あわせて夫婦で20万円以上かかったけど、どうしても聖子ちゃんが見たくて来ちゃいました。でも本当に楽しくて、来たかいがありました!」興奮冷めやらぬ様子でこう語るのは、北海道からやってきたという熟年女性。12月16日、この日は東京・グランドプリンスホテル新高輪で松田聖子(58)のディナーショーが開催されていた。公演は計4回で、チケット代は5万円を超える。にもかかわらず宿泊付きプランは販売から3分で完売するほどの盛況ぶりだ。人気の衰えぬ聖子だが、開催までには紆余曲折があった。「’20年はデビュー40周年を祝う全国規模ツアーを予定していましたが、コロナ禍によってすべて’21年に延期。会場キャンセル費などの損失額は5億円ほどになるとみられています。1年を締めくくるディナーショーも、一時期は開催が危ぶまれましたが、“どうしてもやりたい!”という聖子さんの意向もあって、1カ所だけで実施する形で落ち着きました」(音楽関係者)聖子が熱望し勝負をかけたディナーショー。しかし。実は一つの疑念がーー。冒頭とは別の長年応援する女性ファンは声をひそめながらいう。「聖子ちゃんはキレイだったんですが、一部の曲では歌声が生だったか怪しいところがあるんです……。正直、今までのディナーショーでもそうじゃないかと思うことは何度かありましたが、今年はいつも以上に楽しみにしていたので、少し残念ですね」聖子に浮上したまさかの“口パク”疑惑。取材を続けると、参加した一部のファンから“40周年唯一のディナーショーなのに口パク”と批判が噴出していることが判明。いっぽうTwitterでは、そうした“疑惑”を含めて全面的に聖子を支持する声もあるなど、ファンでも賛否がわかれている。《最近の聖子ちゃんはキー下げててしかも口パク……》《あたしは何回もディナーショー行って五万近くのチケットで1時間口パク聞かされてるしラストのPearl-White Eve だけ生だけどだけどみんな文句言わないの聖子だから》ベテラン芸能リポーターの川内天子さんはこう分析する。「聖子さんには昔からコンサートでの“口パク疑惑”がありました。ただ聖子さんも、もうすぐ還暦ですし、歌いづらくなった高音などがある一部の曲だけでそうしたのではないでしょうか。またディナーショーは観客との距離が近いですから、聖子さんなりの感染対策もあったのだと思います」生歌以上に「聖子40周年に立ち会える」ことがLIVEなのかもしれない。「女性自身」2021年1月5日・12日合併号 掲載
2020年12月23日吉元由美の『ひと・もの・こと』作詞家でもあり、エッセイストでもある吉元由美さんが、日常に関わる『ひと・もの・こと』を徒然なるままに連載。たまたま出会った人のちょっとした言動から親友のエピソード、取材などの途中で出会った気になる物から愛用品、そして日常話から気になる時事ニュースなど…さまざまな『ひと・もの・こと』に関するトピックを吉元流でお届けします。アウトプット=表現のすすめ表現し続けること。これは、人間にとってとても大切なことではないかと、最近とみに感じています。表現というと難しく聞こえるかもしれませんが、自分の思い、意見、今の自分を世の中に表していくことです。そこには素直な吐露があり、率直な意見があり、クリエイションがあります。SNSの広がりで公の場での発言、発表しやすくなってきましたが、だからこそ、その質を高めていくことが大切です。音楽大学で作詞研究という授業を受け持っています。学生たちはクラシック、ポップス、邦楽など、さまざまなジャンルの音楽を専攻しています。テクニックだけでは芸術とは言えない。そこには、さまざまな体験や学んだことの熟成と、内面を見つめる目が重要です。作詞のクラスで何を伝えていくのか。作詞における約束事はもちろんのこと、感性を磨いていく数々のワーク、そしてこれまでの歌の歴史、変遷についても伝えます。作品の質を高めていくためには、ただひたすら書く。そしてできたら添削。歌詞を書くことについてさまざまな角度から伝えていきますが、最終的には、「どう生きていくか」ということになるのです。その「どう」が、内面を磨き上げ、深い作品を書く動機に繋がります。そのためには体験することが大切なのです。その体験を通して自分の中で熟成させていったものが、作品やパフォーマンスという『真実』になりうるのです。音楽大学の学生たちはインプット、アウトプットを重ね、表現を進化させていく。常にその二つがそれぞれの中で対流し、エネルギーになり、日々新しい自分と出会っているのだと思います。そう、アウトプットしていくことは自身に進化をもたらし、エネルギーを生み出します。インプットしたものを熟成し、自分の感性を通してアウトプット=表現する。ささやかでも形にしていく。それはSNSで言いたいことを言いたいままに書く、ということではありません。『形』『作品』にすることで、それまで答えの出ていなかった思いに『答え』が出るのです。気づきがある、と言ったほうがいいでしょうか。表現することは、内なる声に耳を傾け、掬い取っていくことなのです。学び、体験し、そして表現する。そこに、人生を豊かにする流れがあるのです。※記事中の写真はすべてイメージ作詞家・吉元由美の連載『ひと・もの・こと』バックナンバー[文・構成/吉元由美]吉元由美作詞家、作家。作詞家生活30年で1000曲の詞を書く。これまでに杏里、田原俊彦、松田聖子、中山美穂、山本達彦、石丸幹二、加山雄三など多くのアーティストの作品を手掛ける。平原綾香の『Jupiter』はミリオンヒットとなる。現在は「魂が喜ぶように生きよう」をテーマに、「吉元由美のLIFE ARTIST ACADEMY」プロジェクトを発信。⇒ 吉元由美オフィシャルサイト⇒ 吉元由美Facebookページ⇒ 単行本「大人の結婚」
2020年12月20日吉元由美の『ひと・もの・こと』作詞家でもあり、エッセイストでもある吉元由美さんが、日常に関わる『ひと・もの・こと』を徒然なるままに連載。たまたま出会った人のちょっとした言動から親友のエピソード、取材などの途中で出会った気になる物から愛用品、そして日常話から気になる時事ニュースなど…さまざまな『ひと・もの・こと』に関するトピックを吉元流でお届けします。今年を表す私の一文字その年の世相を表す『今年の漢字』。毎年清水寺で発表される恒例の行事です。昨年の漢字は『令』。令和という新しい時代の始まりに、多くの日本人が希望を見出したものでした。令、美しく麗しい時代への期待感がありました。ところが一年経たない間に、世界は大きく変わりました。一年後の今年、どのような漢字が選ばれるのでしょうか。今年ほど、その漢字の意味を噛み締める年はないでしょう。日常が一変し、私たちの心のどこかにいつも『怖れ』が住みついてしまいました。マスクをしている息苦しさは、心の息苦しさでもあります。私たちは世界共通の同じ問題を抱えていますが、同時にそれぞれの人生にもさまざまなことを抱えています。12月、「今年のうちに」となぜか心が忙しくなる。大晦日から元旦へ、いつもと同じ朝を迎えるにもかかわらず、午前0時は私たちには大きなリセットの瞬間、何かが変わるような、一年の澱が浄化される感覚があります。そんな浄化の意味をこめて、自分のこの一年を表す漢字一文字を考えてみてはどうでしょうか。私のエッセイ・クラスの最終回で、このワークをやってみました。今年、イラストの作品集の制作に取りかかった人は『挑』という漢字を。まさに勇気を出した挑戦の年だったそうです。『踊』という漢字を選んだ人は、『情報に踊らされた年』と。『命』を選んだ人は、体調を崩し自分の命について深く考えたそうです。このように自分の一年を表す漢字、言葉を考えてみると、ざわついている心が不思議と落ち着きます。自分の感情や思いに言葉を与える……それが表現です。そうして心の内を表現することで、けじめがつくというのです。今年はこうだった。さあ、次に進もうと、意識的にリセットすることが、前に進むきっかけになります。さて、私の今年を漢字一文字で表すと……『痛』。なんとも情けない一文字ですが、7月に手首を骨折し、5ヶ月経ったいまも痛みに悩まされています。自分の身体を傷つけてしまったことを後悔した年でもありました。こうして世界が分断されているのも心痛いことです。さて、今年の漢字、そして皆さんの一文字はどうなるでしょうか。新しい年、希望にあふれる漢字が選ばれるような年になりますように。※記事中の写真はすべてイメージ作詞家・吉元由美の連載『ひと・もの・こと』バックナンバー[文・構成/吉元由美]吉元由美作詞家、作家。作詞家生活30年で1000曲の詞を書く。これまでに杏里、田原俊彦、松田聖子、中山美穂、山本達彦、石丸幹二、加山雄三など多くのアーティストの作品を手掛ける。平原綾香の『Jupiter』はミリオンヒットとなる。現在は「魂が喜ぶように生きよう」をテーマに、「吉元由美のLIFE ARTIST ACADEMY」プロジェクトを発信。⇒ 吉元由美オフィシャルサイト⇒ 吉元由美Facebookページ⇒ 単行本「大人の結婚」
2020年12月13日「スタッフやアーティストの“3密”を避けるため、パフォーマンス会場をNHKホール、局内の大スタジオなど全部で3カ所に分散するそうです。審査員もホールには集めず、出演者による差し入れも原則的には禁止されることになります」(音楽関係者)放送まで約3週間となった大みそかの風物詩『第71回NHK紅白歌合戦』。コロナ禍により無観客での開催となり、いつもとは違う環境を強いられるなか、“心強い援軍”の出演が決定したようだ。「特別企画枠として松任谷由実さん(66)の出演が決定したそうです。今年は例年以上に若者向けの出演者が多い状況ですから、幅広い世代に支持される松任谷さんの出演は紅白にとっても渡りに船でしょう」(前出・音楽関係者)ユーミンの登場で勢いに乗りたいところだが、スタッフを悩ませる問題が生じているという。NHK関係者は言う。「各組で誰が“トリ”を務めるかです。白組は大みそかで活動休止する嵐が最有力とされていましたが、同時間に別場所で配信ライブを行うため恐らくないでしょう。現状、2度目の出場となるMr.Childrenか、ゆずの2組が有力視されています。それよりも紅組がかなり紛糾しているそうなんです……」紅組の調整を困難にしているのが、ほかならぬユーミンだというのだ。「当初はMISIAさん(42)かデビュー40周年の松田聖子さん(58)が有力でしたが、松任谷さんがNHKサイドに『トリで出たい!』と強く要望しているそうです。特別企画枠の出演者がトリを務めることはめったにないため、スタッフも出場には感謝しつつも困惑しているといいます」(前出・NHK関係者)今年で5度目の出場となるユーミン。NHKに“特別待遇”を求めたのは今回が初めてではない。「松任谷さんは歌う前の準備を大切にする人。昨年はテレビ初披露の名曲『ノーサイド』を披露することもあり、各出演者サイドに『楽屋挨拶を控えてください』というお触れがNHKから出されていました」(レコード会社関係者)ユーミンがトリを熱望する裏には“渾身の新作”への強い思いがあるようだ。「松任谷さんは12月1日に新アルバム『深海の街』を発売。1カ月で10本近くテレビ出演するなど、かつてないほど宣伝に力を入れています。インタビューで『最後のアルバムになっても胸が張れる』と語るほどの自信作だけに、最も注目の集まる紅白のトリで披露したい思いがあるそうです。また、今年で100歳を迎えた松任谷さんのお母さんにトリという“最高の晴れ舞台”で歌う姿を見せたいという思いもあるのでしょう」(前出・音楽関係者)激動の1年を締めくくるのはユーミンか、それとも――。「女性自身」2020年12月22日号 掲載
2020年12月07日品川駅からほど近い「グランドプリンスホテル新高輪 大宴会場 飛天」で、今年も華やかなアーティストたちによるクリスマスディナーショー を開催。今年でデビュー40周年を迎える松田聖子のディナーショーは、グランドプリンスホテル新高輪のみで行われる。その他にも、セクシーヴォイスを心行くまで堪能できる石井竜也、今年YouTubeで話題をさらった冬の女王と称される広瀬香美、数々の名曲でクリスマスシーズンを飾る稲垣潤一、と豪華なラインナップ。新型コロナウイルス感染予防策としてプリンスホテルで独自に策定した「プリンスセーフティコミットメント」を導入し、来場者の安全・安心を第一に開催する。食事の会場とショーの会場は、感染防止の観点から別々に用意。ソーシャルディスタンスを保った会場で、安心してクリスマスディナーショーを楽しめるように準備されている。現在、チケット発売中。<クリスマスディナーショー 概要>■松田聖子2020/12/15(火) ~ 12/19(土)※12/17(木)は除く■石井竜也2020/12/20(日)■広瀬香美2020/12/21(月)■稲垣潤一2020/12/22(火)会場: グランドプリンスホテル新高輪
2020年12月03日「コルセットをして、この1~2週間が大事ということで、安静にしています。(略)一生懸命、早く治したいと思っています。骨は折れても心は折れていません!」11月23日放送のラジオ番組『MISIAのオールナイトニッポンGOLD』(ニッポン放送)で自宅からリモート生出演し、元気な声を届けたMISIA(42)。彼女は15日に『news23』(TBS系)のインタビューで、乗馬シーンの収録中に落馬。翌16日、全治6週間の背骨にある胸椎棘突起部の骨折と診断されたのだ。「事故の影響で、12月5日と6日のライブ、12日のイベント出演は中止に。同局の佐々木卓社長は25日の定例会見で『心からお詫び申し上げます』と謝罪。番組スタッフが馬に刺激を与えたゆえの過失だったと認めたのです」(全国紙記者)リハビリ生活を余儀なくされた彼女だが、NHKは今も彼女の『紅白』出場を熱望しているという。「彼女は今年も紅組の有力なトリ候補。初めてトリを務めた昨年は圧倒的な歌唱力で会場を盛り上げ、女性出場歌手のなかで唯一の視聴率40%超えを記録しました。今年デビュー40周年の松田聖子さんもトリの有力候補なのですが、NHK内では事故後も『実績のあるMISIAさんを2年連続トリで』といった声が日に日に高まっています」(NHK関係者)今年の『紅白』のテーマは「日本中に歌でエールを送りたい」。「MISIAさんは“夏の紅白”といわれる歌番組『ライブ・エール』でトリを務めました。今年のNHK福岡開局90周年テーマ曲『好いとっと』も歌っています。作詞は彼女で、作曲は朝ドラ『エール』の主題歌を手掛けたGReeeeN。今年のトリに最適なのです」(前出・NHK関係者)昨今、大物歌手が出演を辞退することも多い『紅白』だが、自宅療養中のMISIAも強く出演を望んでいるという。「長崎県大村市で生まれ、対馬や福岡で育った“九州っ子”を自任する彼女は“地元に恩返ししたい”一心で特に今年の『紅白』には気合を入れていました。ご実家の影響も大きいようです」(音楽関係者)両親と兄は医師、姉も歯科医という医者一家に育ったMISIA。「家族で対馬に渡ったのも『離島に最新の医療を届けたい』という父親の信念からでした。’00年から福岡市内でクリニック診療を始め、一家で献身的に在宅療養支援を行っています。長年にわたって地域医療に尽くしてきた両親の背中を見てきた彼女には、“私は歌で地元に貢献したい”という思いが誰よりも強いのでしょう」(地元の知人)MISIAの所属事務所も『紅白』出場について、「今後の仕事については医師と相談しながら検討しています」と前向きに回答した。『紅白』の晴れ舞台で、地元にエールを送れることを願いたい――。「女性自身」2020年12月15日号 掲載
2020年12月02日吉元由美の『ひと・もの・こと』作詞家でもあり、エッセイストでもある吉元由美さんが、日常に関わる『ひと・もの・こと』を徒然なるままに連載。たまたま出会った人のちょっとした言動から親友のエピソード、取材などの途中で出会った気になる物から愛用品、そして日常話から気になる時事ニュースなど…さまざまな『ひと・もの・こと』に関するトピックを吉元流でお届けします。晩秋の広場にて晩秋の休日。わんこの散歩で近所のケヤキ並木広場へ向かいました。そこは車の通らない広々とした並木道で、近隣の人々の憩いの場です。ところどころに落ち葉がこんもりと山になっていて、幼い子どもたちが落ち葉に埋もれるようにして遊んでいます。雪をかけ合うように落ち葉をかけ合い、そのふわふわ、かさかさとした感触を楽しむように踏んで歩いて。そんな子どもたちを見守る若いお父さん、お母さんのまなざしは優しく、そんな親子の姿をベンチに座っている老夫婦が微笑ましく見つめている。少し離れたベンチからその光景を見ていたら、なんだか泣きたくなりました。なんて平和な日常の光景。そして抱きしめたくなるほど懐かしい思い出に。娘が赤ちゃんだった頃から、よくこの広場まで散歩したものです。よちよち歩きを始めた頃、歩けるようになったうれしさを体いっぱい表すように私に向かって歩いてきました。ちょうど今頃の季節。小さな手で落ち葉を拾ってくしゅくしゅと握ってつぶしたり、落ち葉の中に座り込んで遊んだり。23年、時は瞬く間に過ぎていました。その間には当然のことながらいろいろなことがあり、子育てと仕事と家族のこと、親のこと……。さまざまなことを小脇に抱えながら駆け抜けたような23年という時間は、私の人生のまさに中核といえる時間でした。もう巻き戻すことも手にすることもできないそんな年月に、自分の限られた時間を思うのです。悲しいわけでも、淋しいわけでもなく、ただ自分に『与えられた時間』が不思議です。何年なのかわかりませんが、晩秋のベンチに座りながら過ぎ去った年月に思いを馳せているように、生きてきた時間を振り返るときがいつか来るのでしょう。そのときの気持ちをほんの少し味わっているような感じです。出会いがあり、別れがある。家族として出会い、そして別れがある。友人たち、大切な人とも何かの縁があり出会い、そしていつか別れがある。その中には決してひと色ではない出来事や思いがあるでしょう。でも最後には「愛しかなかった」という境地になれたらいいなと思うのです。卒業試験の最後の問題が解けたように。落ち葉で遊ぶ幼い子どもたちを見ながら、今、遠く遠く離れて暮らしている娘を思います。夢のように思える子育ての頃、確かに私もこうして遊ばせていたのだ、と14歳のわんこを抱っこしながら思い出します。わんこも、ここで走り回ったことを思い出しているのかもしれません。※記事中の写真はすべてイメージ作詞家・吉元由美の連載『ひと・もの・こと』バックナンバー[文・構成/吉元由美]吉元由美作詞家、作家。作詞家生活30年で1000曲の詞を書く。これまでに杏里、田原俊彦、松田聖子、中山美穂、山本達彦、石丸幹二、加山雄三など多くのアーティストの作品を手掛ける。平原綾香の『Jupiter』はミリオンヒットとなる。現在は「魂が喜ぶように生きよう」をテーマに、「吉元由美のLIFE ARTIST ACADEMY」プロジェクトを発信。⇒ 吉元由美オフィシャルサイト⇒ 吉元由美Facebookページ⇒ 単行本「大人の結婚」
2020年11月29日吉元由美の『ひと・もの・こと』作詞家でもあり、エッセイストでもある吉元由美さんが、日常に関わる『ひと・もの・こと』を徒然なるままに連載。たまたま出会った人のちょっとした言動から親友のエピソード、取材などの途中で出会った気になる物から愛用品、そして日常話から気になる時事ニュースなど…さまざまな『ひと・もの・こと』に関するトピックを吉元流でお届けします。クリスマス・リースの祈り街にクリスマス・ツリーを見かける時期になりました。東京、恵比寿のガーデンプレイスでは、毎年高さ8.4メートルの『バカラ・シャンデリア』がホリデー・シーズンを彩ります。先日、前を通りましたらその優麗な輝きを放っていました。コロナ禍という時世、日常のルーティンを守ることが大切なのかもしれません。クリスマスという、優しい気持ちになる時期、私たちの心に灯りを灯すこと。それが、大切なことだと思うのです。毎年、11月のお花のレッスンではリースを作ります。今年は泰山木の葉と、ブルーバードというシルバーグリーンの針葉樹を使った、シック、でもゴージャスな大人のリースです。リースの輪には『永遠』という意味があります。始まりも終わりもなく、永遠に回り続ける。幸福がいつまでも続きますように、という願いがこめられています。リースに常緑樹が使用されるのには、豊作を願うという意味があるそうです。また赤い柊の実には太陽の光、リボンには魔除けという意味がこめられています。松ぼっくりや姫リンゴは、神へ捧げ物の象徴だそうです。殺菌作用、抗菌作用がある常緑樹の葉を玄関に飾ることで魔を除けることを願いました。これは、お正月のしめ縄飾りと同じ意味合いです。また端午の節句では菖蒲や蓬などを使って薬玉飾りを飾ります。菊の節句とも呼ばれる重陽の節句に、薬玉と同じように芳香を放つ茱萸袋(しゅゆふくろ)に取り替えたそうです。無病息災、魔を除ける、農作物の豊かな実りを願い、古の人たちは西洋でも日本でもこのような飾り物を祈るように作っていたのでしょう。おそらく、体験的に知っていたのではないかと思います。この地球上の遠く離れた地で、人間は共通の感性、知識を持っていた……。これはすごいことですね。一年前は飛行機に乗ればどこへでも飛んでいけたのに、今は簡単に行くことはできません。そして、コロナ禍は人と人との距離を離しただけでなく、心をも分断しているように思えます。小さなブルーバードの葉をリースに刺しながら、かつて無意識の奥で人々がつながっていたことに思いを馳せます。平和であるように、人々の心が穏やかであるように祈りながら。リースや薬玉飾りには、作っている人々の祈りもこめられているのですね。リース作りは、静かで心躍る時間。もうひとつ、プレゼント用に作ろうかと。慌ただしくなる時期、こんな静かな時間がうれしいものです。※記事中の写真はすべてイメージ作詞家・吉元由美の連載『ひと・もの・こと』バックナンバー[文・構成/吉元由美]吉元由美作詞家、作家。作詞家生活30年で1000曲の詞を書く。これまでに杏里、田原俊彦、松田聖子、中山美穂、山本達彦、石丸幹二、加山雄三など多くのアーティストの作品を手掛ける。平原綾香の『Jupiter』はミリオンヒットとなる。現在は「魂が喜ぶように生きよう」をテーマに、「吉元由美のLIFE ARTIST ACADEMY」プロジェクトを発信。⇒ 吉元由美オフィシャルサイト⇒ 吉元由美Facebookページ⇒ 単行本「大人の結婚」
2020年11月22日吉元由美の『ひと・もの・こと』作詞家でもあり、エッセイストでもある吉元由美さんが、日常に関わる『ひと・もの・こと』を徒然なるままに連載。たまたま出会った人のちょっとした言動から親友のエピソード、取材などの途中で出会った気になる物から愛用品、そして日常話から気になる時事ニュースなど…さまざまな『ひと・もの・こと』に関するトピックを吉元流でお届けします。『丁寧』という魔法心がざわざわする。感情が渦を巻いている。人間関係がぎくしゃくする。不安に押し潰されそうになる。時として、こんな状態に陥ることがあります。頭ではわかっていても、感情が言うことを聞かない。それはどこかドミノに似ていて、ひとつが崩れると次から次にうまくいかなくなる。自分の日常のことだけでなく、これが社会に対する不安や不満、怒りとなると、ますますやり場がなくなります。そんなときは、ついつい言葉も荒くなるものです。言葉はエネルギーですから、たとえ良い言葉遣いをしていたとしても、そのエネルギーは言葉にこもります。例えば「ありがとう」と言われても、全然伝わってこない心の伴わない「ありがとう」がありますよね。言葉で繕ってみても、その心がなければ伝わらないのです。心がざわざわするときには、物事を丁寧に行い、丁寧な言葉遣いを心がけます。すると、気持ちが落ち着きます。ゆっくりと、ひとつひとつの言葉を意識する。言葉は丁寧に、贈り物を手渡すように伝える。心のこもった言葉をかけられて気分が悪くなる人はいないでしょう。自分自身が落ち着くだけでなく、相手もまた気持ちが落ち着き、うれしく思うでしょう。こうしてお互いに『丁寧』を与え合うことで、そのエネルギーはまわりに波及していくのです。いつもよりも丁寧に料理をするのもいいでしょう。丁寧に野菜を切り、丁寧に調理し、丁寧に盛り付けをする。あれこれ考えず、おいしい料理を丁寧に作ることに意識を向ける。これを私は『お料理瞑想』と呼んでいます。料理をしていることに意識を集中させることで、落ち着いてくるのです。ゆっくりと呼吸をすることも、ざわざわを鎮める効果があります。丁寧に呼吸をするのです。空気を胸いっぱいに空気を吸って、肺胞の隅々まで行き渡り、酸素がどんどん血液に流れ込むイメージをします。酸素は身体中に運ばれます。呼吸、息を吸うということは、生きているということ。息、生き、同じ音です。ここにも言葉のエネルギーが宿っているのですね。「丁寧にする」というリズムで心を整える。忙しいときほど丁寧に。イライラするときほど丁寧に。『丁寧』という魔法、ぜひ試してみてください。※記事中の写真はすべてイメージ作詞家・吉元由美の連載『ひと・もの・こと』バックナンバー[文・構成/吉元由美]吉元由美作詞家、作家。作詞家生活30年で1000曲の詞を書く。これまでに杏里、田原俊彦、松田聖子、中山美穂、山本達彦、石丸幹二、加山雄三など多くのアーティストの作品を手掛ける。平原綾香の『Jupiter』はミリオンヒットとなる。現在は「魂が喜ぶように生きよう」をテーマに、「吉元由美のLIFE ARTIST ACADEMY」プロジェクトを発信。⇒ 吉元由美オフィシャルサイト⇒ 吉元由美Facebookページ⇒ 単行本「大人の結婚」
2020年11月15日吉元由美の『ひと・もの・こと』作詞家でもあり、エッセイストでもある吉元由美さんが、日常に関わる『ひと・もの・こと』を徒然なるままに連載。たまたま出会った人のちょっとした言動から親友のエピソード、取材などの途中で出会った気になる物から愛用品、そして日常話から気になる時事ニュースなど…さまざまな『ひと・もの・こと』に関するトピックを吉元流でお届けします。『夢』のメッセージが教えてくれること「夢は超意識からのメッセージである」『眠れる預言者』『ホリスティック医学の父』と呼ばれたエドガー・ケイシーは夢についてこのように述べています。また精神科医、心理学者であるカール・グスタフ・ユングは夢について、心の深いところから、その人の生き方そのものについて関わりのある、何か大切なことを告げてくるものである、と考えました。今朝見た夢には意味があるのだろうか。ストーリー、場面をありありと覚えている夢を見ることがあります。夢の中の怖さや悲しみや驚きなどの感覚が妙にリアルで、何度でもリフレインして味わえるような夢もあります。大抵の場合、現実にはありえないような奇妙な展開を見せます。そんな夢について(きっと疲れていたからこんな夢を見たのだ)(こんな夢には意味がない)と流してしまうことが多いのではないでしょうか。また『いい夢』『悪い夢』とジャッジして一喜一憂することもあるでしょう。しかし、夢に「いい」「悪い」はありません。そのように判断していると、夢の真髄に触れることはできません。十代の頃から夢には何か意味があると思っていました。『追いかけられる夢』を繰り返し見ていた頃を思い出してみると、確かに精神的に厳しい時期でした。夢のメッセージとは、夢主の現状を伝えているということ、そして問題解決の方法を示唆しているのです。追いかけられ、袋小路に追い詰められ、「助けてー!」と叫ぼうとしても声が出ない…。この夢のメッセージは、今実際に『追い詰められている状態』であるということ。そして『助けを求めようとしても求められない自分』がいますよ、逆に言うと、「助けを求めれば状況は改善します」ということを伝えていたのです。夢のメッセージを実際に行動に移してみること。ここが最も大切なポイントです。でも十代の私はそこまで解釈することができずにいたのですが、仕事を始めてからまた『追いかけられる夢』を見た時期がありました。実際には1日おきに締め切りがあるような状況でした。「誰かに追いかけられている。急いで家に帰ってテレビをつけ、『誰か』が今どこにいるか映し出し確認する」この夢には、まさに解決方法が示唆されています。つまり、テレビで確認するというのは、「何から始めたらいいか、落ち着いて確認しなさい」ということ。仕事の優先順位を考え、落ち着いて取り組んでみたところスムーズに、ストレスもなく終えることができたのです。夢のメッセージは、誰にアドバイスされたのでもない、自分が自分に与えているアドバイス。夢を人生に取り入れることは、自分自身と一緒にいることなのです。※記事中の写真はすべてイメージ作詞家・吉元由美の連載『ひと・もの・こと』バックナンバー[文・構成/吉元由美]吉元由美作詞家、作家。作詞家生活30年で1000曲の詞を書く。これまでに杏里、田原俊彦、松田聖子、中山美穂、山本達彦、石丸幹二、加山雄三など多くのアーティストの作品を手掛ける。平原綾香の『Jupiter』はミリオンヒットとなる。現在は「魂が喜ぶように生きよう」をテーマに、「吉元由美のLIFE ARTIST ACADEMY」プロジェクトを発信。⇒ 吉元由美オフィシャルサイト⇒ 吉元由美Facebookページ⇒ 単行本「大人の結婚」
2020年11月08日吉元由美の『ひと・もの・こと』作詞家でもあり、エッセイストでもある吉元由美さんが、日常に関わる『ひと・もの・こと』を徒然なるままに連載。たまたま出会った人のちょっとした言動から親友のエピソード、取材などの途中で出会った気になる物から愛用品、そして日常話から気になる時事ニュースなど…さまざまな『ひと・もの・こと』に関するトピックを吉元流でお届けします。「いいね!」という『存在確認』90歳になる父は、毎朝6時過ぎに散歩がてら我が家にやってきます。新聞を取り込み、カーテンを開け、植木の手入れなどをして6時半には帰ります。その時間、私はまだ寝ているので父が来ていることに気づきません。起きて、カーテンが開いているのを見て、今朝も父が来たのだと確認するのです。言ってみればこれは存在確認。父もそのつもりのようです。たまに雨が降った日など来ないこともあり、その時は少し胸がざわざわします。部屋で倒れてやしないか。悪い想像ほどイメージしやすいのですから困ったものです。そんなときは「おはよう、今日はどんな予定なの?」と電話をして、元気なことを確かめます。SNSの「いいね!」もまた、その人が生きている証(なりすましなどもありますがそれは除外して)です。生きている…というと大袈裟かもしれませんが、いつものコンタクトが途切れると、ふっと心配になるときがあるのです。二十代の頃に仕事関係で知り合ったAさんは、私のことを陰ながらずっと応援してくれていました。ときどき電話で近況など報告し合ったり、メールが来たり。Facebookの投稿には必ず「いいね!」を押してくれ、よくコメントも書いてくれました。私も時々Aさんの投稿をタイムラインで読んでいました。新しいプロジェクトについての抱負や、大好きな映画についての思いなどが語られていたのですが、ある頃から投稿する内容が変わっていったのです。世の中に対して悲観的であったり、時には批判的であったり。何か、うまくいっていないのかなあと思っていたところ、事故で亡くなったと知り合いから連絡がありました。SNSは不思議な世界です。連絡が途絶えていた人とつながり、実際に会ったことのない人ともつながる。他人のプライベートが垣間見える。多くのどうということのない情報を共有する仮想の空間。例えばFacebookの中には時の流れがあります。ある日、時が止まった友人たちのタイムライン。誕生日には亡き友人たちの誕生日を祝うメッセージが寄せられます。命日ではなく、生まれた日が記憶されてつながっていく。存在なき存在確認です。「いいね!」はコミュニケーションの一つであり、承認であり、存在確認です。「いいな」と思うことに「いいね!」が返ってくる。「私はここに!」自分の存在確認でもあるのです。※記事中の写真はすべてイメージ作詞家・吉元由美の連載『ひと・もの・こと』バックナンバー[文・構成/吉元由美]吉元由美作詞家、作家。作詞家生活30年で1000曲の詞を書く。これまでに杏里、田原俊彦、松田聖子、中山美穂、山本達彦、石丸幹二、加山雄三など多くのアーティストの作品を手掛ける。平原綾香の『Jupiter』はミリオンヒットとなる。現在は「魂が喜ぶように生きよう」をテーマに、「吉元由美のLIFE ARTIST ACADEMY」プロジェクトを発信。⇒ 吉元由美オフィシャルサイト⇒ 吉元由美Facebookページ⇒ 単行本「大人の結婚」
2020年11月01日吉元由美の『ひと・もの・こと』作詞家でもあり、エッセイストでもある吉元由美さんが、日常に関わる『ひと・もの・こと』を徒然なるままに連載。たまたま出会った人のちょっとした言動から親友のエピソード、取材などの途中で出会った気になる物から愛用品、そして日常話から気になる時事ニュースなど…さまざまな『ひと・もの・こと』に関するトピックを吉元流でお届けします。星空の片隅で1日の長さは、1年に0.000017秒ずつ伸びている。月は1年に3.83ずつ地球から遠ざかっている…ということを、多くの人は知っているのだろうか…。と、冒頭から疑問を投げてしまいましたが、0.000017秒など感じられない時間とは言え、私が(これが1年)と思っている長さが不変のものでなかったのは、結構な衝撃でした。物理学者の全卓樹は著書『銀河の片隅で科学夜話』(朝日出版)の中で、1日の時間が延びるのは、毎日の潮の満ち引きのときに海水と海底の摩擦が起こり、これが地球の自転を遅らせている原因だとつづっています。そして月はその反作用で地球から遠ざかる…そして500億年後、1日は45日ほどの長さになるらしい。月は小さく見えて、潮の満ち引きもなくなるでしょう。もっともその頃には膨張した太陽から宇宙線が降り注ぎ、人間は住んでいられない環境に。とても想像の出来ない未来がそこにあります。先日、車の中でラジオを聞いていたら、国立天文台の教授が超新星爆発について解説していました。超新星爆発とは星の終わり。質量の大きな恒星がその一生を終えるときに大爆発を起こし、数ヶ月から数年にわたり太陽のように大きく明るく見える。今、オリオン座の右肩にあるベテルギウスが暗くなり始めたために、終焉が近いのではないかと考えられているそうです。宇宙は不思議に満ち溢れています。教授の話を聞いていると、その超新星爆発がこの数年のうちに起こりそうなかんがあります。ラジオを聞きながら何だかわくわくしてきました。ナビゲーターの女性もうきうきした声で「何時頃起こるのでしょうか?来年あたりですか?」と質問すると教授は「1、2万年のうちに…だと思います」と。ああ、私は宇宙時間の中にいるのだった…。「近いうち」の桁が違いすぎます。この果てしない宇宙の時空間の中に生きている私たち、なんて小さな存在でしょう。でも、そんな小さな存在である私たちの悲しみや孤独は時にとても深い。生きようとする力は強く、その愛はとてつもなくあたたかい。宇宙の時の流れの一雫にも満たない時間を生きる命の重さを、しみじみと思うのです。※記事中の写真はすべてイメージ作詞家・吉元由美の連載『ひと・もの・こと』バックナンバー[文・構成/吉元由美]吉元由美作詞家、作家。作詞家生活30年で1000曲の詞を書く。これまでに杏里、田原俊彦、松田聖子、中山美穂、山本達彦、石丸幹二、加山雄三など多くのアーティストの作品を手掛ける。平原綾香の『Jupiter』はミリオンヒットとなる。現在は「魂が喜ぶように生きよう」をテーマに、「吉元由美のLIFE ARTIST ACADEMY」プロジェクトを発信。⇒ 吉元由美オフィシャルサイト⇒ 吉元由美Facebookページ⇒ 単行本「大人の結婚」
2020年10月25日吉元由美の『ひと・もの・こと』作詞家でもあり、エッセイストでもある吉元由美さんが、日常に関わる『ひと・もの・こと』を徒然なるままに連載。たまたま出会った人のちょっとした言動から親友のエピソード、取材などの途中で出会った気になる物から愛用品、そして日常話から気になる時事ニュースなど…さまざまな『ひと・もの・こと』に関するトピックを吉元流でお届けします。五行詩の中の宇宙雪が降っていて手鏡をそっと差し出す母がいて「点滴ポール生きるという旗印」岩崎航(ナナロク社)ーより引用これは筋ジストロフィーを患い、人工呼吸器をつけながら詩人として活動する岩崎航さんの五行詩です。たった21文字の言葉の中に、岩崎さんと母の人生がある。この詩に出会ったとき私は言葉の持つ可能性に打ちのめされた。言葉の奥にある『宇宙』を感じたのです。宇宙というと大袈裟に聞こえるかもしれません。果てしなさとでもいうのでしょうか。人の心の深淵を見たような感慨があったのです。詩を解説するのは無意味なことです。ただこの詩を何度も読み、心に湧き起こる自分の感覚や感情を味わうことで、私たちは自分の心の深淵へと入っていくことができるのです。五行詩は世界観をぎゅっと凝縮し、行間にふくらみを持たせるように書く…と私は考えます。また、余韻をとても大切に。そこには文字数が制限されている歌詞に通じるものがあります。歌詞は伝えたいこと、描きたい世界を音数に合わせて書きます。伝えたいからと言って説明的な言葉だと、歌から離れていきます。歌詞も行間にふくらみを持たせ、説明しなくてもその世界を感じとれるように書くことが求められます。また五行詩にはそれぞれのリズムがあり、声に出して読んでみるとよりしっくりと心に入ってきます。古来、和歌を嗜み親しんできた日本人には、馴染みのある言葉のリズムがあるのです。大学で担当している作詩研究のクラスで、毎回五行詩を書くことを取り入れました。学生たちは、前期の初めの頃は長々とした五行詩を書いていましたが、後期に入ると心と思いと言葉の中に宇宙を見いだしかのようにぎゅっと凝縮された詩を書けるようになってきました。時代の空気感をそれぞれの内面に映し出した世界がそこにあります。それは、世界を、自分を『見つめる目』が変わってきたことを表しているのです。この変化が作詞にどう現れるか、それは後期の試験の楽しみでもあります。詩を書くことは新しい扉を開く鍵になるかもしれません。日記のように、その日感じたことを五行詩に。心の深淵へ入っていくのは、自分と出会っていくことでもあります。「自分の力で見出したことが暗闇を照らす灯火になる」岩崎航さんのこの言葉に勇気をもらいます。※記事中の写真はすべてイメージ作詞家・吉元由美の連載『ひと・もの・こと』バックナンバー[文・構成/吉元由美]吉元由美作詞家、作家。作詞家生活30年で1000曲の詞を書く。これまでに杏里、田原俊彦、松田聖子、中山美穂、山本達彦、石丸幹二、加山雄三など多くのアーティストの作品を手掛ける。平原綾香の『Jupiter』はミリオンヒットとなる。現在は「魂が喜ぶように生きよう」をテーマに、「吉元由美のLIFE ARTIST ACADEMY」プロジェクトを発信。⇒ 吉元由美オフィシャルサイト⇒ 吉元由美Facebookページ⇒ 単行本「大人の結婚」
2020年10月18日