「12月に入ってから、授業によってはテストも行われました。それで私たちの間では、“愛子さまがキャンパスにいらっしゃるのでは”という期待も高まっていたのです。でも結局はお見かけできませんでした。考えてみれば、万が一愛子さまがコロナに感染されれば、天皇陛下や雅子さまにうつってしまうかもしれません。お立場もありますし、仕方がないですよね」そう残念そうに話すのは、東京・目白にある学習院大学2年生、愛子さまの同級生だ。2月5日に、ティアラを着け、ローブ・デコルテをお召しになった愛子さまのお姿が報じられたこともあり、学習院の学生たちの間では、“愛子さまにお会いしたい!”という気持ちが高まっているようだ。愛子さまは昨年の4月に学習院大学文学部日本語日本文学科にご入学。学習院女子高等科からの同級生はこう語る。「愛子さまは、お友達からは、“トシちゃん”“愛ちゃん”と呼ばれています。大学から学習院に入学した学生たちも、『愛子さまとキャンパスで会うことができるのが楽しみ。お近づきになれたりしないかな』などと、心待ちにしていました。しかしコロナ禍のため、昨年は入学式も行えませんでした。現在はコロナも少し落ち着き、授業も対面かオンラインかを選ぶことができますが、愛子さまはずっとオンラインで受けられています」ご入学からすでに20カ月が過ぎた。しかし、その間に愛子さまがキャンパスに登校されたのは、新入生ガイダンスが開催された昨年10月24日の1日のみ。当時、ガイダンスに出席した学生はこう語っていた。「会場で学生は、学籍番号の近い人たちと1席ごとにスペースを空けて座りました。青いカーディガンを着ていた愛子さまも同級生たちと同じ列に並んで着席し、周辺に座っていた語学クラスごとに分けられている同級生たちと話をされていました。スマホでの撮影に応じたり、初対面の人には『お名前はなんといいますか?』などと、フレンドリーに交流されていたのです」それ以来、通学の機会をお持ちになれなかった愛子さまだが、実は着実に存在感を示されているという。■小学生から発揮されていた「優秀すぎるレポート作成力」前出の女子高等科からの同級生は次のように語る。「愛子さまが提出されたレポートが、授業のなかで教授に“参考例”として取り上げられることも少なくないのです。内容は論理的で、新しい視点も盛り込まれていますし、素晴らしいとしか言いようがありません。レポートを拝見する限り、関連する学術書などもお読みになっているようです。学生たちの間でも『愛子さまの課題のレポートすごいね』と、話題になることもあります」愛子さまの“レポート作成力”について本誌が初めて報じたのは’14年3月。学習院初等科の文集『小ざくら』に「藤原道長」というタイトルの4ページの歴史研究レポートが掲載されていたのだ。《授業で藤原道長について学習している時に、「御堂関白記」に少し触れ、また、学習する前にも新聞で「御堂関白記」がユネスコの記憶遺産に登録されたという記事を見たので、一度実物を見てみたいと思った》12歳で書いたとは思えないしっかりした文章だ。愛子さまは、大学2年生から「日本語日本文学系」を選択し、平安時代から近代にかけての日本文学を読みながら、文学を理解するうえでの知識を身につける日本文学講義などを履修されているというが、日本の古典へのご興味は小学生のころから芽生えていたのだ。愛子さまは学習院女子高等科の卒業に際しても、「平安時代の猫と犬—文学作品を通して—」と題したレポートを提出。400字詰め原稿用紙60枚近くという大作だったといわれている。愛子さまが才能を発揮されているのはレポートばかりではないという。前出のレポートについて教えてくれた同級生によれば、「愛子さまの履修されていた授業で、“課題図書を読んで感じた疑問を質問としてまとめてくるように”という宿題が出たそうです。そのときも愛子さまが提出された質問が授業で取り上げられたと聞きました。ほかの学生は思いつかないような“的確かつ鋭い質問”で、授業を担当している教授も驚いていたそうです。鋭いだけではなく文章も丁寧で、その飾らないお人柄が伝わってくるようだったとか。“スーパー大学生”という人がいるのなら、愛子さまはそうなのではないかと思います」レポートや“神質問”で、お姿を現さないまま、教授を驚かせている愛子さま。ご通学の日を待ち望む同級生たちの思いもますます募っているという。
2021年12月17日株式会社T.S.PROJECT INTERNATIONAL(東京都目黒区、代表:柴田智子)主催による、柴田智子の自由で素敵なコンサートVol.6「~Cocoro~N.Y-Japan ModernMelody」が2022年2月27日(日)にサントリーホールブルーローズ(東京都港区)にて開催されます。チケットはカンフェティ(運営:ロングランプランニング株式会社、東京都新宿区、代表取締役:榑松 ⼤剛)にて発売中です。カンフェティで11月24日(水)よりチケット発売中 公式ホームページ 【プログラム】ムーア:戻らぬ夏ゴードン:その朝に・星たちプレビン:魔法が欲しいオペラ「欲望と言う名の電車」バーンスタイン:序曲、華やかで浮気っぽくオペレッタ「キャンディード」ソンドハイム:死んだ毎日、悲しみのクラウンミュージカル「リトルナイトミュージック」カーペンターズ:青春の輝きビートルズ:ラブレター「アリアになったビートルズ」宮本益光:歌うだけ、私の歌石崎ひゅーい:虹村松崇継:いのちの歌藤田麻衣子:手紙柴田智子:静かな歌追川礼章:明日へのことば(ワールドプリミア)フィンランド伝承歌:カレリアの丘他全20曲※プログラムは変更される場合がございます。予めご了承下さい。◆柴田智子からのメッセージ◆自由で素敵なコンサートVol.6「Cocoro~NY-Japan Modern Melody」久しぶりにサントリーローズルームにて昼間の公演です!ここ4年はホームグランドを豊洲シビックに移し毎回テーマを決めて追川礼章さんと美しい夜景と非日常を楽しんで頂きながら、柴田智子の感性が「今はこの音楽を楽しんで頂きたい!」との思いをそのままお客様にお届けして参りました。コロナ禍の中実に年間3回のペースのコンサート!応援して下さる皆様に本当に感謝しております。私にとり音楽を通して発信していくことはやはり生きる事同じことだと確信したコロナ渦そして応援して頂いている方々からも沢山勇気を頂きました。皆様に音楽で世界を旅して頂いたり、中々劇場に足をお運びになれない方もいらっしゃる中、聴いて頂ける皆様に向けてはただのコンサートではなく、ミュージカルやオペラや一夜にして感じられるコンサートやその年の記念の作家をフューチャーしたりと‥‥コロナも段々落ち着き始めてはおりますが十分感染対策をしながら来年の2月27日のコンサートは、私の2つの故郷、日本とNYに焦点を当てて、今現在ご活躍の作家の方々の作品を軸にお届け致します!多分私がNYに住んでいた関係でお知り合いになれ友人の知り合いや音楽仲間や出版社の方々とお話する中で巡り合った曲も沢山あり、是非今の風を皆様に感じて頂ければと思っております。日本の曲も同様に今に焦点に当ててご紹介致します。柴田はソプラノ歌手であるという事は悩みながらも、自身の心が求める所と生まれながらの声を受け入れた時、ソプラノ歌手であったのです。昔はフォークを歌い、ポップスも歌い、ジャズもミュージカルも歌いました。数多くそれらの舞台にも立たせて頂きました。地声もだしましたしマイクも使いました。でも私の喉や声はより自然で喉が痛まない方向を望んでいつも葛藤していました。感情面で沢山のものを持っていた私なので「強く訴えたい」という気持ちを持ちながらも生まれながらの声はそれとは似つかない声でした(笑)。でも歌うにつれて声は気持ちが乗って初めて自分らしい音色とか音楽になるんだとわかってきました。それを私に教えてくれたのが、私のオペラデビューの批評を書いて下さった天下のニューヨークタイムズ紙でした。こんな見ず知らずの移民で声もろくに出ない24歳の私が歌った英語版夕鶴のつうを高く評価してくれたのです。世界最大のアートの街誰もリンカーンセンターやブロードウェイや世界のアーテイストたちが一番恐れるクリティックスです。私にとり自分に送られて人生において最大のエールでした。私はそこで初めて、「なんの肩書がない人間で未熟であっても、自分の中にある情熱とか音楽や劇に対する思いと謙遜に一生懸命やれば見ていてくれる人がいる、通じるといる」という「真の希望」のようなものが心の中に感動として芽生えた時でした。あまりのありがたい出来事でアメリカンドリームを信じた瞬間であり24歳の私と歌の長い旅の始まりでした。それから3回も同紙から高評価を受けたのです。そこで本気で歌を学びたいという志が芽生えました。しかしながら自力での留学の為、音楽を勉強できる経済的な援助がないまま永住権を得るまでの苦学生時代が始まり音楽を一筋で学ぶまで10年近く費やすことになります。それ以後も永住権をとった後、私はイタリアに勉強に旅立ちます。今回は世界中を旅してきた柴田の心の中に誓ったCocoroで歌う事、そして2つの故郷の今を生きる曲たちを思い切り共演者の皆様と皆様にお届け致します。コンサートは豊洲とは違うスタイルでお届けする予定ですが目下制作中ではありますが心を動かす午後になります様に準備をしてまいりますので、どうぞ梅の花も咲く2月末日の日曜に是非柴田のCOCOROを感じていらして下さい!追川礼章さん作曲の初演も準備中です。私自身本当に楽しみです。今回は追川礼章さんと近藤大夢さんが連弾デビュー!そして素敵な歌手の今井学さんとの2重唱や中野愛維里さんとの2重唱、キャンディードのクナゴンデ+3人の重唱!さてどうなりますか‥‥ワクワクドキドキです。是非おいでをお待ちしております!柴田智子柴田智子バイオグラフィー柴田智子しばたともこ(ソプラノ)クラシックというジャンルを超え「今を生きる喜び」を歌で世界に発信する。アメリカ音楽のスペシャリスト。近年では日本語で自作曲やジャンルを問わず心に響く日本の歌をコンサートで紹介し「いのちの歌」では沢山の共感を呼ぶ。武蔵野音楽大学を卒業後NY、マヌス音楽大学、ジュリアード音楽院に学び、リンカーンセンター、カーネギーホール等でオーケストラと共演やオペラのタイトルロール「ランメルムーアのルチア」「セビリアの理髪師」「リゴレット」等を歌いニューヨーク・タイムズから高い評価を受ける。1989年よりミラノに留学しイタリアのベルカントを学びコンサートやでオペラに出演と同時にバーンスタイン等のアメリカ音楽を紹介する。国内外でミュージカルにも出演し、世界のスーパーストリングカルテット≪クロノス・カルテット≫と世界初演を手がけ凱旋し話題を呼ぶ。新日本フィル、読売交響楽団、東京交響楽団、東京シティー管弦楽団等とも共演。元スマップ、浅倉大介、ラッセル・ワトソンとも共演しクロスオーバーの先駆者となる。東芝EMIと専属契約を結びリリースしたアメリカのオペラやミュージカルを集めた「マンハッタンドリーム」ビートルズの名曲をオペラアリアにした「Let it Be」は世界的な反響を呼ぶ。ソニー、クラウン等から7枚のCDをリリース。今年6月にユニバーサルミュージックより「マンハッタンドリーム」「Let it Be」が再リリースされた。ライフワークとしてジャンルにとらわれず世界中の心に届くメロディーを集めコンサートで歌い続けている。東京ドーム、新国劇場、オーチャードホール、カーネギーホール、リンカーンセンター等の大劇場から王子ホール、白寿ホールなどでの小ホールでのリサイタルでは独自のシアター形式のコンサートを年間数回開催し続けている。近年は豊洲シビックセンターホールをホームグラウンドとして演出や照明を入れたコンサートシリーズ“柴田智子の自由で素敵なコンサート”を展開中。プロデューサーとして数多くのコンサートを立ち上げキユーピー「サラダ記念日コンサート」は⒑年続いた。コラボレーション企業は株式会社ジョンソンエンドジョンソン、コーセーコスメポート等。NHK/日本テレビ/テレビ東京、ラジオはNHK/TFM/J-WAVE等に出演。FMNACK5の音楽番組のパーソソナリティーを8年務める。コロナ渦の中「Create for the Next」“コロナ後の音楽の扉を開く対談”をYOUTUBEで発信する等、今を発信し続けている。チャリティーにも力を注ぎ、同時多発テロの現場経験者としてチャリティーコンサートに参加。東日本大震災後「SONGS FOR HOPE」を立ち上げ被災した子供達にドネーションを続けている。国連の心のケアープログラム、ハワイの真珠湾ミュージーアムでの歌やスピーチにて参加。東京二期会会員、昭和音楽大学、桜美林大学講師。自由が丘音楽大使、自由が丘オペラハウス、株式会社TSPI代表。【公式サイト】http:// www.tomokoshibata.com追川礼章バイオグラフィー追川礼章おいかわあやとし(ピアノ・作曲・編曲)1994年生まれ。埼玉県立浦和高等学校卒業後、東京藝術大学楽理科を経て同大学大学院ソルフェージュ科を修了。2歳からヤマハ音楽教室で学び、6歳から作曲を始める。現在は歌手の伴奏をメインに全国各地で演奏活動を行う。室内楽ではこれまでにミュンヘンフィルハーモニー管弦楽団コンサートマスター、ローレンツ・ナストゥリカ氏、ベルリンフィル元主席ヴィオラ奏者ヴィルフリート・シュトレーレ氏、NHK交響楽団のメンバーらと共演を重ねる。テレビ朝日《題名のない音楽会》、BS-TBS《日本名曲アルバム》、BS朝日《日本の名曲世界の名曲 人生、歌がある》、NHKラジオ第一《新日曜名作座》にピアニストとして出演。これまで編曲&ピアノで参加したCDはエイベックスより発売中の《琴線歌 〜はやしべさとし 叙情歌を道連れに〜》、《琴線歌 其のニ〜はやしべさとし 叙情歌を道連れに〜》、日本コロムビアより発売中の《SiriuS MY FAVORITE THINGS》他。また、2020年7月29日リリース林部智史2ndアルバムに収録の《夢》の楽曲提供も行っている。尚この楽曲はTBSテレビ《ひるおび!》の7月エンディングテーマとして使用される。2020年4月末から本格始動したYouTubeチャンネルが、1ヶ月でチャンネル登録者数3000人を集める。《追川礼章Ayatoshi Oikawa YouTubeチャンネル》 ゲストプロフィール今井学(ヴォーカル)大阪府大阪市出身。桐朋学園大学音楽学部声楽専攻卒業、同研究科三年次修了。宮川彬良作曲 歌劇「ブラック・ジャック」渉(二部主役)での鮮烈なデビュー以来、「レ・ミゼラブル」(帝国劇場他)を始め、オペラ「ラ・ボエーム」「トゥーランドット」、ミュージカル「キャンディード」「ズボン船長~FIFI AND THE SEVEN SEAS~」など、ジャンルを問わず様々な舞台で好演を重ねている。コンサートでは新日本フィルハーモニー交響楽団との共演を始め、「第九」や「ドイツレクイエム」などの宗教曲のソリストを務める他、現代曲の新曲初演にも数多く携わり、作曲家からの信頼も厚い。エレクトーン奏者菊地友夏とのユニット「きくちいまい」としても活動中。桜美林大学芸術文化学群特任講師。東京大学柏葉会合唱団ヴォイストレーナー。日本合唱指揮者協会会員。中野亜維里(ソプラノ)東京藝術大学大学院修士課程オペラ専攻修了。日本大学藝術学部長賞受賞。二期会マスタークラス修了時、優秀賞等受賞。バーバラ・ボニーマスタークラスディプロマ取得。二期会「メリー・ウィドー」ヴァランシェンヌ(アンダー)を経て、文化庁文化推進特別事業新国立劇場公演「コジ・ファン・トゥッテ」デスピーナでオペラデビュー後、「椿姫」「愛の妙薬」等多数のオペラに主役で出演。渡伊中、聖パオロ大聖堂、ロッシーニ歌劇場、フォルトゥーナ等にてモーツァルト「レクイエム」のソリストを務めた他、ロッシーニ・オペラ・フェスティヴァル管弦楽団来日公演、文化庁主催Art in Bunkacho、読売新人演奏会、ラ・フォル・ジュルネ、二期会新進声楽家の夕べ、二期会DivaDivo等に出演。BS-tbs日本名曲アルバム他、多数のテレビやラジオに出演。横浜市民広間演奏会、横浜シティオペラ、二期会、各会員。 近藤大夢(ピアノ)静岡県出身。ロゼピアノコンクール第1位及び富士ニュース社賞。ロザリオ・マルチアーノ国際ピアノコンクール ステージⅡファイナリスト。日本クラシック音楽コンクールピアノ部門高校男子の部第5位。「静岡の名手たち」合格者コンサートに出演。静岡県立清水南高等学校芸術科を経て現在、昭和音楽大学ピアノ演奏家コース4年。ソロだけでなくアンサンブル等にも力を入れている。公演概要柴田智子の自由で素敵なコンサートVol.6「~Cocoro~N.Y-Japan ModernMelody」 柴田智子(ソプラノ)WITH 追川礼章(ピアノ)開催日時:2022年2月27日(日)14:45開演/14:20開場会場:サントリーホールブルーローズ(東京都港区赤坂1-13-1)■チケット料金プレミアシート(指定席):10,000円※プレミア・プレゼント付き自由席:一般7,000円/学生3,500円全員にVICKSのプレゼント主催&企画制作:(株)T.S.P.Iマネジメント: 公益財団法人東京二期会協力:VICKS 大正製薬株式会社後援:公益財団法人東京二期会自由が丘振興組合 詳細はこちら プレスリリース提供元:NEWSCAST
2021年12月16日12月9日、58歳の誕生日をお迎えになられた雅子さま。愛子さまがご立派に成年を迎えられるまでの20年、振り返ればご自身の適応障害や愛子さまの登校不安などと闘いながら、母としての務めも果たされてきた。お二人の20年を写真で振り返ります。【’01年】宮内庁病院をご退院。生後1週間の愛子さまを穏やかに見つめられて。【’02年】那須御用邸に向かうご一家。駅頭では、愛子さまに教えられるように、手を持たれてご挨拶。【’04年】3歳ごろの愛子さま。このころ無表情などと噂されたが、明るいご様子のビデオなども公開された。【’05年】夏の高原に向かう長野駅。雅子さまのお隣で、愛子さまは笑顔で集まった人々と会話を。【’06年】5歳を前に健やかな成長を願う「着袴(ちゃっこ)の儀」で上皇ご夫妻から贈られたはかまなどを身に着けられて。【’12年】学習院初等科5年生、葉山御用邸へご静養に。2年生終盤から4年生までの登校不安も解消された。【’15年】小さなころからリンクコーデがお得意。那須塩原駅で、そろって淡い緑と白のコーデでお手振りを。【’16年】母娘で白いハイネックのセーターに厚手のコートをお召しに。中等科3年生を前に愛子さまは少し大人びた装いで長野のスキー場へ。【’18年】ブルー系と白の色合わせで、須崎御用邸の海岸に。愛子さまはこの夏、イギリス留学も経験された。【’20年】年々背丈も雅子さまに近づかれてきた。和服とワンピースの色みを合わせられて大相撲初場所に。愛子さまの相撲好きは有名。つらい時期も二人三脚で乗り越えられて……そこには母娘の強い絆がありました。
2021年12月11日12月1日に20歳の誕生日を迎え、成年皇族となられた愛子さま。誕生日当日は大学の授業があったため、ご成年儀式の大半は5日に執り行われた。愛子さまは午前中に皇居・宮中三殿を参拝された後、宮殿で天皇陛下から「宝冠大綬章」の勲章を授けられた。午後には天皇皇后両陛下に成年のあいさつをされ、その後、報道陣が待つ宮殿の西車寄に姿を見せられた。正装の白いロングドレス「ローブ・デコルテ」姿を、初めて披露された愛子さま。この日のために上皇ご夫妻の長女・黒田清子さんから借りたティアラと、陛下から授けられたばかりの勲章を身につけ深々と一礼をされた。記者から「おめでとうございます」とお祝いの言葉をかけられると、愛子さまは「ありがとうございます」と笑顔で返答されたのだった。「成年を迎えるにあたって、愛子さまは3種類のドレスを新調されました。宮中三殿での参拝は『参拝服』、陛下による勲章親授では肌の露出が少ない長袖の『ローブ・モンタント』をお召しになられました。そしてティアラとともにお召しになられた『ローブ・デコルテ』は、公式行事で着用される最も格式の高いドレス。元日に行われる『新年祝賀の儀』や宮中晩餐会で着用され、ティアラや勲章とともに“公務の必需品”とされています。一方、コロナ禍での国民の暮らしを案じる愛子さまは、ティアラは新調しないことを決意されたのです」(皇室ジャーナリスト)成年皇族となられた愛子さまの正装姿は、誕生日が近づくにつれて多くの国民の間で期待が高まっていた。待ちに待った愛子さまの「ローブ・デコルテ」姿に、SNS上では歓喜の声が広がっている。《「麗しい」という言葉は、こういうお姿を形容するんだなぁ…と心から思ったよ。天皇陛下、皇后陛下も感無量だろうなぁ。本当に素晴らしい愛子内親王殿下、万歳!》《本当にお美しい凛とした、品位とはこういうことだと納得です。天皇皇后両陛下の面影にも、嬉しくて涙が出てきました。本当におめでとうございます》《面差し、歩の進め方、皇后陛下に良く似ていらっしゃいます。瑞々しくたおやかな成年皇族の誕生。愛子さま、これからもお健やかに》宮内庁を通じて公表された文書では、《全ての方に、平穏で彩り豊かな暮らしが一日も早く訪れることを願うとともに、また以前のように皆様とお会いし、お話しできるようになる日を楽しみにしております》と綴られた愛子さま。学業がひと段落する来年3月には、成年にあたっての会見に臨まれる見通しだ。多くの国民がその日を待ち侘びていることだろう。
2021年12月07日《成年という一つの節目を無事に迎えることができましたことを嬉しく思います》天皇皇后両陛下の長女・愛子さまは12月1日、20歳の誕生日を迎えられ、ご感想を公表された。その中で愛子さまは《成長を見守り、温かい声をお寄せいただいている国民の皆様に、この場をお借りして厚く御礼申し上げます》と、国民への感謝の言葉を綴られた。皇室担当記者は感慨深げに語る。「愛子さまのお言葉は皇族としての自覚を強く感じさせるものでした。育ててくださった両陛下、見守ってくださった上皇ご夫妻、さらには学校の先生や友人に丁寧に感謝を伝え、コロナ禍の国民生活を案じるお気持ちをしっかりと記されています」さらに注目を集めたのは、誕生日に公開されたお写真だった。ツイッター上では愛子さまの“変貌ぶり”に《綺麗になられてうっとりしてしまった》《ますます気品高いお顔立ちに》と、驚嘆の声が続出したのだ。ブラウンのワンピースに、グレンチェックのジャケットを羽織られた愛子さま。フォーマルな装いに合わせて、メークもバッチリされていた。「外部からヘアメークの専門家を呼んでいるはずですが、愛子さまご自身、あるいは雅子さまのご要望にそってスタイリングがされていると思われます」(宮内庁関係者)すっかり大人びた印象になられた愛子さま。その変化をもたらした秘密は“口元”にあった。《愛子さま歯列矯正されてる!》《歯が綺麗になって笑顔が素敵になられてる》昨年のお写真では八重歯がちょっぴり目立っていた愛子さまだが、1年の間にすっかり歯並びが整っており、ツイッター上でも驚きの声が上がったのだ。歯科矯正を専門にする麻布十番矯正歯科室院長の菊池香織さんによれば「昨今のマスク生活中に歯並びを直そうという人は増えている」という。「歯を抜く場合は2~3年かかりますが、抜かない場合は数カ月で治療が終わることもあります。矯正器具もいまは選択肢が増えていて、一般的なワイヤを使ったブラケットだけでなく、歯の裏側につける目立たない装置や、取り外しができる透明なマウスピースもあります。歯科矯正は、虫歯や歯周病予防、滑舌の改善にもつながります。また、歯並びに心理的なコンプレックスを抱えていた方からは、自然に歯を見せて笑えるようになり、矯正で気持ちが前向きになったという話も聞きます。海外ではよい歯並びが身だしなみのひとつと考えられていますが、日本でも歯並びに対する意識が変わってきているように感じます」■乗り越えた“激ヤセ”のトラウマ愛子さまも今後、海外からの賓客をもてなしたり、海外訪問をされる機会が増えてくるだろう。「実は、八重歯がチャームポイントの雅子さまも、ご婚約当初、アメリカの雑誌から歯並びについてあれこれと論評を受けたことがおありです。そういった経験もあって、雅子さまが歯列矯正を勧められたのかもしれません」(前出・皇室担当記者)この1年で急激に愛子さまが女子力を向上されたのはなぜなのか。前出の宮内庁関係者は、5年ほど前の“激ヤセ事件”が思い出されると語る。「愛子さまが中学3年生のころ、一気に15kgほどお痩せになったことがありました。思春期の愛子さまはこのころダイエットに取り組まれていたようですが、摂食障害に近い状態にまでエスカレートしてしまったといわれています。雅子さまもたいへん心配され、それ以来愛子さまがダイエットを試みることはなかったそうです。しかし、コロナ禍でご家族や職員以外と顔を合わせる機会がなくなり、他人の視線がプレッシャーにならない状況になりました。そこで雅子さまのサポートを受けつつ、愛子さまは“自分磨き”にチャレンジされたのでしょう。いま、若い女性の間では“自己肯定感”がキーワードになっています。かつてのトラウマを乗り越えてダイエットを成功され、歯列矯正もされたことで、愛子さまはこれまで以上に自信を持ってさまざまな活動に取り組むことができるようになられるはずです」立教大学教授で精神科医の香山リカさんは「ご自分の役割を自然に自覚されているのでは」と語る。「若い女性がオシャレになりたい、綺麗になりたいと思うのは自然なことですが、愛子さまの場合はそれだけではないと思います。成年皇族として人とお会いしたときに、より受け入れられる、いい印象を持ってもらえるにはどうすればいいかとお考えになっているのではないでしょうか。ファッションやメークにも愛子さまの“利他的”なご姿勢が垣間見えました。いまはコロナ禍ということもあり、さまざまなことを遠慮されていると思いますが、いずれはもっと自分らしさを発揮されてもいいのではないかと思います」雅子さまと二人三脚の“美活”で、さらに自信を深められた愛子さま。その笑顔はきっと、日本中を明るくするはず――。
2021年12月07日12月1日に20歳の誕生日を迎えられ、成年皇族となられた愛子さま。天皇家の皇族が成人を迎えるのは、上皇ご夫妻の長女・黒田清子さん以来32年ぶりとなった。成年に当たってのご感想で、愛子さまは《これからは成年皇族の一員として,一つ一つのお務めに真摯に向き合い,できる限り両陛下をお助けしていきたいと考えております》と綴られている。今後は学業を優先しつつも、本格的にご公務にも臨まれることとなる愛子さま。《日頃から思いやりと感謝の気持ちを忘れず,小さな喜びを大切にしながら自分を磨き,人の役に立つことのできる大人に成長できますよう,一歩一歩進んでまいりたいと思います》と意欲を示されている。成年皇族としての心構えを綴られた愛子さまだが、その変化は“外見”にも表れていた。宮内庁が公開した近影では、ブラウンのワンピースにグレンチェックのジャケットをお召しになられていた愛子さま。ナチュラルなメイクをされ一層大人っぽくなられた印象だが、最も注目を集めたのは口元だった。愛子さまの柔和なスマイルは以前とは変わらないものの、歯並びが整えられていたのだ。昨年のお誕生日の際に公開された近影では、笑顔の愛子さまの口元からは八重歯が少し覗いていた。そのことからTwitter上では、「歯列矯正をされたのでは?」といった声が上がっている。《愛子さま矯正したのかな。内側から美しい感じになったね》《愛子さまお綺麗になられて、横顔がお母様の雅子さまそっくり歯の矯正もされたみたいで一気に大人っぽく気品に溢れる女性になってる》《愛子さま矯正してたんだ〜!八重歯も可愛いかったけど、すごく上品で綺麗な雰囲気になってて良い笑顔》ご成年行事に臨まれるにあたり、コロナ禍であることに配慮しティアラを新調されないご決断をされた愛子さま。成年皇族として歩まれるその足取りを、多くの国民が見守っている。
2021年12月06日2021年12月5日、天皇、皇后両陛下の長女である愛子さまが、成年行事に臨まれました。東京都千代田区にある皇居の宮殿『鳳凰(ほうおう)の間』で両陛下にあいさつを行い、報道陣に姿を見せた愛子さま。美しい純白の『ローブ・モンタント』を身にまとい、ティアラと勲章を着けた、女性皇族の正装姿で「おはようございます」と述べました。愛子さまが身に着けているのは、この日に天皇陛下から親授された、『宝冠大綬章(ほうかんだいじゅしょう)』。授与が女性のみに限定された日本唯一の勲章であり、古代の女帝の冠を模した宝冠を中心に、周囲には真珠と竹枝、桜の花葉がデザインされています。愛子さまの気品あふれるお姿に、ネットからは「お美しい」「凛としたたたずまいが素敵」といった声が上がりました。産経ニュースによると、両陛下は、愛子さまが成年皇族として健やかに歩まれることを願われているといいます。同月1日に20歳の誕生日を迎えられた、愛子さま。両陛下は1人の親として、我が子の幸せな人生を心から祈っていることでしょう。[文・構成/grape編集部]
2021年12月05日12月5日に成年皇族としての行事に臨まれる愛子さま。先だって、12月1日の誕生日に写真と映像が公開されると、《こんなに立派に成長した愛子さま。泣ける。》《愛子さまって内面からの美しさが溢れ出過ぎていて見ているだけで涙がでてくる》など、SNS上では愛子さまのご成長ぶりに感動の声が多く上がった。成年皇族となられたことで、今後は皇室行事やご公務などにも取り組まれることとなる。これまでは、天皇皇后両陛下のお出ましに同行された際など、お姿を拝見できる機会は限られていた。そんななか、リラックスされたお姿を拝見できたのがご静養だ。皇室担当記者は語る。「天皇ご一家が夏の海を楽しまれるのが、静岡県の須崎御用邸です。愛子さまはよく浜で水泳の練習をされていて、帰京されるときには真っ黒に日焼けされているほど。また、御用邸近くの三井浜では、幼少期に上皇ご夫妻や秋篠宮ご一家と散策をされたり、平成最後の夏にもご一家で貝殻を拾って歓談されたりと、たびたび報道陣にお姿を公開されています。また、栃木県の那須御用邸でも例年のんびりとした時間を過ごされています」(皇室担当記者)また、ご静養の際に利用されるJR那須塩原駅や伊豆急下田駅では、集まった人々とお話しされるのも恒例行事だ。「一時期は笑顔が少なかったり、人見知りをされることもありましたが、高校生になられたころから明るいご様子で交流されるようになりました。愛子さまの高校最後の夏休みには、那須塩原駅で同学年の女子高生と盛り上がったことも。大学受験に向け勉強しているという女子高生に対し、夏休み明けに試験を控えていた愛子さまは『私も8科目くらいテストがあります。お互い頑張りましょうね』と励まされていました」(前出・皇室担当記者)こうしたご交流やご静養は、コロナ禍である現在は自粛されている。次回ご静養に向かわれる際には、愛子さまが成年皇族となられたことも相まって、駅頭は大いに盛り上がりそうだ。
2021年12月05日12月1日、20歳の誕生日を迎えられた愛子さま。宮内庁を通じて公表された文書では、《天皇皇后両陛下には、これまで愛情深く大切に育ててくださり、どのようなときも一番近くで支えてくださいました。また、上皇上皇后両陛下には、幼い頃より私を優しく包み込み、お導きくださいました。心より有り難く思っております》と、感謝の気持ちを綴られた。愛子さまは現在、学習院大学の2年生。今後は学業を優先しつつ、成年皇族としてご公務を担われることとなる。これからのご活躍が楽しみな愛子さまだが、これまで学業と両立して続けてこられたものがある。それは蚕の飼育だ。養蚕は明治以降の歴代の皇后に受け継がれる皇室の伝統だが、愛子さまも美智子さまと雅子さまに倣って10年以上も続けてこられたのだ。「愛子さまが養蚕を始められたのは、学習院初等科3年生のころ。学校の授業で育てた蚕を持ち帰られて以来、学業の合間を縫って続けてこられたのです。幼いころから生き物好きだった雅子さま譲りなのでしょう、卵から孵化させるなどとても大切に育てられています。蚕が病気にならないよう、2つのグループに分けるといった工夫もされていると聞きました。愛子さまの蚕は今年も無事に成虫となり、卵が採取されました」(皇室ジャーナリスト)愛子さまが熱心に取り組まれている養蚕だが、日本国内では蚕糸業は衰退傾向にある。今年6月に農林水産省が発表したデータによると、平成元年には57,230戸あった養蚕農家が昨年は228戸にまで激減している。「おもな理由は生産者の高齢化や後継者が不足していることです。蚕糸業者の間では、『皇室を最後の養蚕農家にしてはいけない』との声も上がっていると聞きました。愛子さまはそんな危機を目の当たりにして、皇室だけではなく日本の伝統をも守り抜こうという責任感をお持ちなのかもしれません」(前出・皇室ジャーナリスト)成年皇族を迎えるにあたって、《人の役に立つことのできる大人に成長できますよう、一歩一歩進んでまいりたいと思います》とも綴られていた愛子さま。10年以上も続けられている養蚕の“キャリア”は、将来、日本の伝統を紡ぐ希望となるはずだ。
2021年12月05日「本当に生まれてきてありがとう、という気持ちでいっぱいになりました」雅子さまは、生まれたばかりの愛子さまを目にしたときのことを、ご出産後初の記者会見でかみしめるように語られていた。一人娘の立派な成長ぶりに、万感の思いを抱かれていることだろうーー。12月1日、天皇皇后両陛下の長女・愛子さまは20歳の誕生日を迎えられる。当日は大学の授業があるため、ご成年の儀式の大半は5日に行われる。「学習院大学では対面授業が再開されつつありますが、愛子さまはいまも登校を控えられ、もっぱらリモートで受講されています。ほかの学生と違い、愛子さまが登校すれば複数人の護衛官も同行する必要があります。感染リスクを抑えるためにも、外出は控えられているのでしょう。それでも、学業はおろそかにしないというご姿勢を貫かれているのです」(宮内庁関係者)コロナ禍で迎える成年という節目、愛子さまは大きな決断をされていた。ティアラを新調しないことにされたのだ。新調しない代わりに、愛子さまは上皇ご夫妻の長女・黒田清子さんからティアラを借りることになった。公費で作られたティアラは結婚に伴って国に返すことになっているが、清子さんのティアラは上皇ご夫妻の私費で作られたため、いまも清子さんの所有となっていた。「清子さんには、愛子さまご本人が相談され、快諾の返事をいただいたそうです。清子さんは愛子さまが3歳だった’05年11月に皇室を離れたため、これまで深い交流はありませんでした。しかし、“天皇の娘”として成年を迎え、上皇ご夫妻を支えた清子さんの半生は、愛子さまの今後の指針ともなるでしょう。清子さんとしても、姪であり“後輩”でもある愛子さまをサポートしたい思いがあったのでしょう」(皇室担当記者)愛子さまは清子さんと同じ学習院大学文学部に通われている。また、9月に赤坂御所から引っ越しされた皇居の御所では、清子さんが使っていた部屋に愛子さまがお住まいだといわれている。■清子さんが切り開いた“働く内親王”の生き方皇室ジャーナリストの渡邉みどりさんも「愛子さまの“お手本”になるのは清子さん」と語る。「同じ天皇の娘という立場だった清子さんから心構えを学ばれる、よい機会になったでしょう。清子さんは4年制大学に進学した初の内親王です。海外への公式訪問は8回を数え、盲導犬のチャリティ支援など、社会的な活動にも力を入れました。一方で、山階鳥類研究所に、結婚まで13年間にわたって勤務し、社会人としてのキャリアも築いています。以前は内親王や女王は20歳前後で結婚して皇室を離れるのが当たり前でしたが、ご公務と自分の仕事を両立するロールモデルを示したのが清子さんなのです」清子さんは元祖“働く内親王”だったのだ。政府が設置した皇位継承に関する有識者会議は「女性皇族が結婚後も皇室に残る案」を国会に提言するという。この案が実現すれば、愛子さまは生涯、皇室に残られることに。また“愛子さまを天皇に”という期待の声も根強い。「愛子さまは10年以上前から蚕の飼育を続けられています。養蚕は、明治以降の歴代皇后が引き継いできた皇室の伝統です。愛子さまはこのように、小学生のころから皇室の歴史や文化に関心を持たれてきたのです。それは“天皇の娘”としての自覚と矜持ゆえでしょう。今回、清子さんにティアラを借りる“直談判”をされ、その思いはさらに強まったのではないでしょうか」(前出・宮内庁関係者)清子さんは、皇室を離れる前、36歳の誕生日に際してこう綴っていた。《両陛下の、お立場に対する厳しいご自覚や国民の上を思い、平和を願われるお姿、そして昭和天皇や香淳皇后に対する深い敬愛のお気持ちなどは、日常の様々なところに反映され、自然に皇族であることの意味を私に教えたように思います》清子さんが上皇ご夫妻のお姿を見て“皇族の役目”を学んだように、愛子さまも天皇陛下や雅子さまのなさりようを、20年間しっかり目に焼き付けてこられたはずだ。清子さん、そして両陛下に学び、愛子さまは成年皇族として歩みだされる。
2021年12月03日12月1日、20歳の誕生日を迎え、成年皇族となられた愛子さま。宮中三殿へのご参拝や、ティアラを付けローブデコルテをお召しになっての両陛下へのご挨拶など、主な成年行事は誕生日当日ではなく12月5日に行われる。宮内庁によると、このご日程となったのは、誕生日当日は平日であり、愛子さまの大学の授業があるからとのことだった。学業優先の姿勢を、いち早く示された形となった。愛子さまは現在、学習院大学文学部日本語日本文学科の2年生。ご入学直前に深刻化したコロナ禍の影響で、一度も大学で講義を受けられていないが、現在はどのような学生生活を送られているのだろうか。「愛子さまは、学習院幼稚園時代から名簿などには敬宮(としのみや)愛子と記されていて、お友だちからは敬ちゃん、愛ちゃんと呼ばれています。それは大学生になってもお変わりありません」と明かすのは、学習院の生徒。愛子さまは、皇族というよりも同級生の一人としてご友人たちとお付き合いされてきたのだ。■TPOに合わせてお召し替えを授業をオンラインで受けられるなか、学習院大学の目白キャンパスに登校されたのは新入生のガイダンスに出席された昨年の10月24日のみ。登校時には、グレーのスカートに紺のジャケットを合わせたややかしこまった装いで報道陣の取材をお受けになった。愛子さまは、「大学では新しい知識を得たときに感じられる喜びを大切にしながら、様々なことに取り組んでいければと思っております」と、マスクをされていても笑顔とわかる表情で学生生活の抱負を語っていらした。その後、ガイダンスに出席された際には、紺のジャケットではなく淡いブルーのカーディガンにお召し替え。学生らしいカジュアルな装いで臨まれた。「ガイダンス会場では、学生は1席ごとに空けスペースをとって座りました。愛子さまもほかの新入生と同じ列に並んで着席し、周辺に座っていた何人かの同級生と話をされていました。記念撮影に応じたり、初対面の人には『お名前はなんと言いますか?』などと話しかけて交流するなど、フレンドリーに接されていました」(前出・学習院生)学生たちにも心を配られながら、交流を楽しまれていた愛子さま。愛子さまが通われている日本語日本文学科は2年生になると日本文学系と教育系に分かれる。学部のHPの説明を見ると、〈本学科では、古代から現代に至る日本語・日本文学を中心とする日本の文化(日本語日本文学系)、及び日本語教育(日本語教育系)に関心のある学生を受け入れ、研究と教育を行っています〉とある。愛子さまは日本文学系を選択されたという。■課題からもわかるスーパープリンセスぶり授業はオンラインでも、課題やレポートの提出に真剣に取り組まれているようで、愛子さまの“スーパープリンセス”ぶりが発揮されているそう。「愛子さまが提出したレポートが、授業のなかで教授に取り上げられることも少なくないです。内容は論理的で新しい視点も盛り込まれていますし、素晴らしいとしか言いようがありません。その上、文章から謙虚なところもうかがえるのです。真面目な生徒の間でも『愛子さまの課題のレポートはすごいね』と話題になることもあります」(前出・学習院生)こうしたところにも、誠実でまじめな一面がうかがえる。また、勉強にかける時間が長く、コロナ禍で外出も完全にお控えになっているため、時間のあるときには、職員たちとバレーボールやバドミントンなどをされ、軽い運動を心がけているという。「新型コロナウイルスの感染拡大が終息し、みなさまが普段通りの生活や活動ができるようになることを心より願っております」昨年10月、こう話されていた愛子さま。1日も早く、大学に自由に通い、新しいご友人たちと過ごせる日が来ることを願いたい。
2021年12月01日※この物語は実話をベースにしたお話です。登場する人物や団体名は一部フィクションを含みます。■前回のあらすじ私が園児の前で絵を描かなくなったことにより、子どもたちに嬉しい変化が現れ始めます…!■完璧じゃなくたっていいんだ…!私の保育について指導してくれたゆき先生から声をかけられ、また自分は何かしでかしてしまったのではないかとドキドキしたのですが…。■先生としても母としても考え方が変わり…大切なことは、「なんでもできる大人」の姿を見せることではなくて、たくさん失敗する姿を見せながら「失敗してもいいんだ」と思える安心感と「挑戦するのってかっこいい」と感じられる意欲を育てていくことなんじゃないかなぁと今では思います。なんでもできる完璧なお母さんよりも「すごい! こんなこともできるんだね!」ってたくさん褒めてあげられるお母さんそんなお母さんになりたいなぁと思う今日この頃です。もしも私のように「自分には特技はない」「何もできない」と感じている方がいたら、それは子どもを褒めるスペシャリストになる素質だと思って子育てを楽しんでもらえるといいなぁと思います!最後までお読みいただきありがとうございました!本記事はあくまで筆者の体験談であり、子どもの前で絵を描いてはいけないという意味ではありません。11月29日(月)12時からは、ペンコさんの新連載「閉め出され事件」が始まります。お楽しみに!
2021年11月28日離れて住む親と会えない人が続出したコロナ禍。介護認定を受けながらも、一人富山の自宅で暮らす母を持つ柴田理恵さんに、“遠距離介護”を成功させる秘訣を聞いた--。「コロナ前は、お正月とお盆、それから富山の伝統行事で9月に行われる『おわら風の盆』の年3回、母が一人で暮らす富山に帰省していました。けれど、今年はお正月以降、会えませんでしたね」そう話すのは92歳の母・須美子さんの遠距離介護をする、柴田理恵さん(62)。10月20日には、須美子さんとの思い出をつづった絵本『おかあさんありがとう』(ニコモ)を出版した。小学校教員だった須美子さん。もともとは、勝ち気で厳しい人だ。「お箸の持ち方などしつけのことは、あまり言われなかったのですが、私が『あれ買って』って泣くと、お母さんは『めんどくさいから泣くな!』とぴしゃり」実家が旅館の須美子さんは料理が苦手。晩ご飯は柴田さんと祖父が作っていたという。「あるとき学校の宿題がたくさんあって『今日はお手伝いできん』と言ったんです。そしたら母は『お手伝いもできんような人間は宿題なんかせんでいい!』って。学校の先生なのに(笑)」怖い母親だったが、優しい一面も。柴田さんが高校生のころ、小学校時代に須美子さんが担任だった男の子と同じクラスになった。「彼は早くにお母さんを亡くしていて、おばあちゃんと暮らしていました。あるときその子に『ばあちゃんが倒れて遠足の弁当を作れなかったときに、担任だったお前の母ちゃんが代わりに作ってきてくれたんだ。本当にうれしかった』って言われて。この話を聞いたときは、ちょっと泣いた(笑)」照れ笑いする柴田さんだが、お母さんの話をする際、目にはうっすらと涙が浮かんでいた。■母が洗濯物を出さない意外な理由そんな母・須美子さんの介護が始まったのは’17年10月のこと。柴田さんのもとに、須美子さんから「高熱が出た」と連絡が入った。「近くに住む従弟(いとこ)に母を病院に連れていってもらうと、腎盂炎(じんうえん)と診断され、入院することに。慌てて駆けつけ『お母さん、わかる?私だよ』と話しかけても、意識がもうろうとして『あ~あ~』と言うばかり。お医者さんから終末期医療に関する話もされ、そのときばかりはこのまま認知症になって亡くなるのかなと思いました」気丈な母の弱った姿は、さすがの柴田さんでもこたえたという。「しばらくして少し回復した母に、『お母さん!』って声をかけたら、私のことがわかったんです。それで『何か目標を持とう。何したい?お正月私に会いたいよね?』と聞いたら『会いたい』って。『正月一緒に酒飲みたいよね?』の質問には『飲みたい』と即答。だから『よし!酒飲めるように頑張ろう!』って励ましながら、リハビリをはじめました」入院した当初に受けた介護認定調査で要介護4と判定されていた須美子さん。しかし、必死の頑張りで、みるみるうちに回復。お正月には、一時帰宅してお酒を飲み、その後無事退院を果たした。当初、柴田さんは、須美子さんが再び一人暮らしをすることに不安を抱いていたという。「母に“東京に来て一緒に住む?”って聞きました。そしたら『友達もいるし、富山にいたい。それに、施設に入るとお茶や謡(うたい)の稽古ができなくなるから施設には入りたくない』って」確かに母の大切なものは、みんな富山にある。それを無理やり奪うのは、かわいそうだった。「雪が多くて危ないので、春までは施設に入所してもらって、その後から自宅での一人暮らしを再開しました。そんなうちに、要介護も1に下がったんです」須美子さんの一人暮らしを支えたのは、現地で生活を支援してくれるホームヘルパーやデイサービス、従弟などのサポートだ。だが、彼らにまかせっきりにせず、遠くからでも連携を取ることが、遠距離介護のポイントだと柴田さん。「母とは毎日電話をしていますが、ケアマネさんたちにも定期的に連絡をしています。『親がこういうふうに言ってるんですけど、どう思われますか?』って相談したり、逆に『ウチの親が何か困ったことはしてませんか?』と聞いたり」そうやって連絡を取り合っていると、あるとき「実は、須美子さんが服を全然着替えないんです」とケアマネジャーから報告を受けた。きれい好きの母が着替えないのはおかしいと思った柴田さんは、早速須美子さんに理由を聞いた。「母は私の従弟のお嫁さんに洗濯をしてもらっているのですが、“そのお嫁さんは子どもを2人育てていてとても忙しいのに、自分の分まで洗濯をしてもらうのが申し訳ない”って言うんです」その後柴田さんは、須美子さんに「お嫁さんが、私の洗濯の仕方が嫌だから洗濯物を出さないんじゃないかと、心配してたよ」と、遠慮なく洗濯物を出せるよう、間を取り持ったという。介護サービスを受けていると、ケアマネジャーやヘルパーが踏み込めない部分や、須美子さんも彼らに言いづらいことが出てくる。そういうときに、遠くにいる柴田さんが間に入ることで、円滑に物事が進むようになるのだ。■「覚悟があるなら母の意思を尊重したい」今年の春、須美子さんの腎臓の数値が悪化。入院の後、現在は弱った足腰を鍛えるために、一時的に介護施設で暮らしている。「たまに『家に帰りたい』とこぼすんです。だから母に『家に一人で帰って倒れて、誰にも発見されんで死んでも、それはあんたの責任だからね』ってくぎを刺したら『わかった』って。覚悟があるなら、お母さんの人生だから本人の意思を尊重したいと思っています」ただ、コロナ禍の今年は、年末年始の一時帰宅でさえ、ハードルが上がったという。「今は私がPCR検査で陰性でも、母と会って1カ月間は介護サービスを受けられなくなるんです。もちろん、施設にも戻れません」大雪の中、母を家に一人きりにしたくはない。しかし--。「本人は家に帰りたがっているし、もう92歳。来年会えるかどうかもわかりません。だから、今回も正月に家で会おうと思っています」家に帰るために、奮闘する須美子さんの姿に、柴田さんは感謝の思いを抱くことがあるという。「母がこう生きたいという目標を立てて、リハビリを頑張っているのを見ると、年をとってからの生き方を教えてくれてるんだなぁって、思うんです」教師だった須美子さんが柴田さんに、身をもって教えるのは、最期へと向かう生き方かもしれない。(取材・文:インタビューマン山下)
2021年11月12日絵本通販サイト「YOMO」を運営する株式会社ニコモから、作・柴田理恵さん、絵・塚本やすしさんの新作絵本「おかあさんありがとう」を発売いたします。厳しさの中にもやさしさがある。昭和の時代を代表するお母さん。柴田理恵さんのお母さんとの想い出を絵本にしました。絵・塚本やすしさんのパワフルな絵がぴったりの「おかあさん」をぜひご覧ください。この絵本はYOMOサイトのほかに、Amazon、e-hon、各書店でも販売予定です(書店での取り扱いは各書店へお問い合わせください)。おかあさんありがとう 表紙■作・柴田理恵さんメッセージ母はよく、私に絵本を読んでくれた。面倒くさい時は、勝手にお話を作った。それがホラーで、私は怖くて眠れなかった。台無し!それでも、何故か母の愛を感じていたい。お母さん、大丈夫。子供はあなたの背中を見て育ちます。■絵・塚本やすしさんメッセージ「柴田理恵さんが育てられた教育は正しく昭和にあった教育です。私も母親から同じような教育を受けました!(爆笑!!)とても懐かしい絵本になりました。」■著者プロフィール作・柴田理恵富山県出身。明治大学文学部演劇学科卒業。劇団東京ヴォードヴィルショーを経て、1984年に久本雅美らとWAHAHA本舗を設立。バラエティ、テレビドラマ、映画、ラジオと多方面で活躍中。最近では劇団公演以外にも小劇場の舞台に精力的に出演している。主な出演作はバラエティ「女神のマルシェ」、ドラマ「ひよっこ」「続・最後から二番目の恋」、映画「化粧師」「来る」、舞台「喜劇売らいでか!」「雪まろげ」「わらいのまち」など多数。絵・塚本やすし『しんでくれた』(谷川俊太郎・詩/佼成出版社)で第25回けんぶち絵本の里大賞のびばからす賞、『やきざかなののろい』(ポプラ社)で第6回リブロ絵本大賞・第9回ようちえん絵本大賞。『戦争と平和を見つめる絵本 わたしの「やめて」』(自由と平和のための京大有志の会・文/朝日新聞出版)で第7回ようちえん絵本大賞など、受賞多数。主な絵本に『ぼくはほんやさんになる』(菊池壮一・作/ニコモ)、『つちのこをさがせ!』(新日本出版社)、『じごくわらしがくるぞ!』(マイクロマガジン社)、『このすしなあに』『とうめいにんげんのしょくじ』(ポプラ社)など多数。■書誌情報ページ数:32ページサイズ :H 257mm × W 182mm定価 :1,650円(税込)■絵本通販サイト「YOMO」とはプロ、アマ問わず、誰でもオリジナル絵本の投稿・試し読み・販売・購入が楽しめるサイトです。無料会員登録すると、各作品を一度ずつ全ページ試し読みできます。オンデマンド方式で印刷、製本し、お手元にお届けします。また、オリジナル絵本の投稿、販売を無料で行うことができます。データまたは原画で作品を投稿できます。サイトURL: ■会社概要社名 : 株式会社ニコモ所在地 : 東京都文京区湯島二丁目21番2号 湯島メディカルセンタービル5F代表者 : 犬養 岬太設立 : 2019年(平成31年)4月1日資本金 : 25百万円事業内容: 絵本事業URL : ■本件に関するお客様からのお問い合わせ先お問い合せフォーム: 詳細はこちら プレスリリース提供元:@Press
2021年10月15日斎藤工主演「漂着者」の8話が9月17日オンエア。生瀬勝久演じる柴田の“危機”に「怖すぎて声が耳に残ってしまう」「祈るしかない」などの声が寄せられる一方、柴田を危機に陥れた相手に、あの“昭和の都市伝説”を連想した視聴者が続出している。海岸に漂着した“ヘミングウェイ”と呼ばれる男性は“予知能力”の遺伝子を受け継ぐ者だった。ヘミングウェイが漂着した新潟で発生している女児連続殺人事件。彼を“預言者”と呼び1400年待ち続けてきたという団体と某国の工作員たち、そして国家の危機…と壮大な拡がりを見せてきた本作。キャストは予知能力に加え、未来を“選択”する力も発揮し始めたヘミングウェイに斎藤さん。地元の新聞記者でヘミングウェイと惹かれ合う新谷詠美に白石麻衣。ヘミングウェイを預言者と呼ぶ「しあわせの鐘の家」主宰のローゼン岸本に野間口徹。行方不明になった娘を探している刑事の柴田俊哉に生瀬さん。そんな柴田とバディを組むお調子者な若手刑事・野間健太に戸塚純貴。柴田が女児連続殺人事件の容疑者として疑いをかける雲行寺の住職・深見龍之介にリリー・フランキー。娘が失踪した捜査一課長・佐々木文雄に岩谷健司といった顔ぶれ。※以下ネタバレを含む表現があります。ご注意ください。佐々木の娘・一恵の失踪事件についてヘミングウェイが描いた鳥が朱鷺(とき)だと知った詠美は、朱鷺が見られる佐渡島に渡ろうとするが、その途中ヘミングウェイの絵にそっくりな鳥が描かれた和菓子屋「嘴屋」の看板を発見。中に入ると女の子の叫び声が聞こえる。詠美の連絡で野間が情報を照会すると、長男・関川進が過去に女児の体操着や水着、ランドセルばかりを盗み逮捕されたことがあると判明する。柴田は深見にもらったまんじゅうも嘴屋のものだったことに思い当たる…というのが今回のストーリー。ヘミングウェイのヒントから進を連行した後、もう1度嘴屋を家宅捜索して一恵が発見される。事件は一件落着かと思われたが、店から立ち去ろうとする進の母・ふみが左足を引きずっているのを見た柴田は、誘拐の“実行犯”がふみだと確信。彼女を追いかける。声をかけられ振り向いたふみは、白塗りで口紅は口から大きくはみ出した顔で「私、きれい?」とつぶやく。その直後、柴田を追った詠美が見たのは腹に包丁が刺さった柴田だった…。ふみのメイクと「私、きれい?」というセリフから「口裂け女に柴田さんが…柴田さんがぁ…」「昔流行った口裂け女。ここで出てくるとは。」「まさか令和3年に口裂け女を思い出すとは思わなかった」など、昭和に流行した都市伝説の“口裂け女”を連想した視聴者も多数。「吐きそうだよ…」という言葉を残したまま倒れ込んだ柴田。このラストに「ラスト1分くらい鳥肌やばすぎ」「課長の娘さんが無事だったのはよかったですが、柴田さんが…」「吐きそうだよって怖すぎて声が耳に残ってしまうよ」といった反応が続出。一方「予告で柴田さんパジャマらしきもの着て座ってたから助かったっぽい?」「柴田さんまだ助かるかもだよね。祈るしかない」と、柴田の無事を祈る声も寄せられている。(笠緒)
2021年09月18日雅子さまが通過されてしばらくして、愛子さまが笑顔で手を振りながら皇居・半蔵門を通られた。5月6日、お二人は別々にお出かけになったが、雅子さまが皇居内の紅葉山で御養蚕始の儀に臨まれた後、宮内庁の厩舎で長年親しまれてきた愛馬・豊歓号(とよよしごう)に会われた。豊歓号は、天皇皇后両陛下がご成婚の翌’94年に中東を歴訪された際にオマーン国王から贈られたアラブ種のアハージージュ号の子で、’97年に生まれている。しかし、高齢となったため近く栃木県の御料牧場に移されることに。そこで、愛子さまがお別れの挨拶を希望されたという。かつて雅子さまは健康維持のため皇居の馬場で乗馬をされていたが、時おり愛子さまも同行し豊歓号に乗られていた。この日、にんじんをやり別れを惜しまれたという愛子さま。御料牧場での再会を約束されたことだろう――。「女性自身」2021年5月25日号 掲載
2021年05月15日昨年、公演延期となったWAHAHA(以下:ワハハ)本舗全体公演『王と花魁』全国ツアーの開催が決定。構成・演出の喰始、キャストの柴田理恵、久本雅美、梅垣義明に現在進行形の想いを尋ねた。ピリオドを打った『ラスト3~最終伝説~』から4年ぶりの全体公演となる本作。枠にとらわれることのない多彩なパフォーマンスで客席に全力の笑いを届ける。延期が決まっても喰は「中止は念頭になく絶対にリベンジしたかった」と語り、その言葉に柴田・久本・梅垣の3人も頷く。ワハハ本舗の特徴といえば、“過剰”ともいえる客席とのコミュニケーション。「ろくでなし」を歌って鼻から豆を飛ばし、「愛の讃歌」でステージを降り観客をハグしにかかる梅垣の芸に代表され、これを目当てに訪れる人も多い。しかしコロナ禍では“濃厚接触”。得意技を封じられた一同はどうやって客席を魅了するのか。そう聞くと、喰は「梅垣は今までお客さんをひどい目に遭わせてきたけど、今度は梅垣がひどい目に遭う番」とほくそ笑む。制限を逆手に取った笑いを追求する一方で、無観客配信を行った梅垣は画面の向こうにいる観客の反応がわからない心もとなさを経験した。「自分がいかにお客さんから助けられてきたか、コロナ禍で“観客の力”を実感しました」と語ると、喰は「今回のお客さんはおかしくても笑い転げるのは難しいから、マスク上でアピールしてもらう?」とその場でアイディアを出す。一度目の緊急事態宣言が明けてから、さまざまな舞台を観に行った柴田は「ワハハみたく底が抜けたような笑いって今見かけないよね」とひと言。「だからこそ我々がやる意義は大きいんじゃないかな」と万全の対策で観客を迎える覚悟を語る。久本も「私たちを待ってくださっているお客さんの存在を感じています」と続き、「その気持ちに応えて全力で“バカ”やる所存です!」と意気込んだ。最後に喰は「エンターテインメントは精神のワクチン。接種の無理強いはしません。でもワクチンを体に入れて心が軽くなるのであれば、ぜひお越しください」「我々も年齢を重ねましたから。いつまでもあると思うな、ワハハ本舗ですよ」と呼びかけ、インタビューを結んだ。なお、取材中に喰が思いついた案は「マスクdeエール」プロジェクトとして進行中だ。演劇人に対するメッセージを寄せたマスクの着用姿を写真・動画に収めてワハハ本舗に送ると応援動画として編集され、劇中や記者発表イベントにて上映されるという。BGMには『王と花魁』応援隊長・泉谷しげるが書き下ろしたオリジナル楽曲が予定されている。公演は10月28日(木)~31日(日)に東京・新宿文化センター 大ホールで行われたあと、11・12月に全国12会場を巡演する。取材・文:岡山朋代
2021年05月07日いよいよ今年20歳を迎えられる愛子さま。ファッションの変遷を追うと、実は一貫して好まれているスタイルが。生まれたときからご成長を見守ってきたファッションライターの味澤彩子さんに解説してもらいました。題して、「レディに成長されても変わらない4つの法則」――品格の秘密は王道コンサバです!■清涼感あふれるブルー×ホワイト【’02年】生まれて初めて伊豆のご静養へフランスの子ども服ブランド、タルティーヌ エ ショコラは、幼少期の愛用ブランドの1つ。【’02年】須崎御用邸・三井浜で上皇ご夫妻・秋篠宮家と浜遊びは、ファミリアのロンパース、サンダルの全身同系色スタイルで。【’12年】東南アジアご訪問を終えられた天皇陛下をお出迎え母娘でリンクしたヘアアレンジが印象的。ボレロのリボンはワンピースと同色にされ、初々しくも洗練された装いに。【’16年】中学3年生の夏、初めて奈良・神武天皇陵へ愛子さまの肌の透明感を際立たせる淡いブルー。フロントのツイード生地でほんのり華やかさを。【’18年】当時16歳。初めて那須御用邸の敷地内で取材を高校生になられてのワンピース。あしらわれたパールボタンから、フレッシュなだけではない、大人の品格が感じられる。■華やかで愛らしい淡ピンク【’04年】3歳のお誕生日ジャケットとタイツのカラーリンクが愛らしい、赤坂御用地のお庭でのお姿。【’07年】モンゴルからお帰りの陛下をお出迎え丸襟、パフスリーブ、ワンピースが定番スタイルだった5歳ごろ。ファミリアのワンピースで。【’16年】ご一家で、昭和記念公園の桜をご覧にワンピースではなくセットアップで、ぐっと大人っぽくなられた印象。バッグまでも同系色でまとめられた王道のロイヤルファッション。【’20年】19歳のお誕生日。愛犬・由莉と御所内をお散歩ボウタイブラウス×ハイウエストパンツと、大学生らしいトレンドコーデ。この年の雅子さまのお誕生日写真も同じピンクベージュのブラウスをお召しで、母娘のリンクコーデが話題に。■クラシカルなチェック柄【’03年】那須塩原駅にて。1歳でお手振りもバッチリ愛子さまには珍しい、ビタミンカラーのチェック柄。雅子さまの服とケンカしない配色選びはさすが。【’09年】トルコへ発たれる陛下をお見送り小学1年生。愛らしい丸襟から、きちんと感が増すシャープな襟元を選ばれることも増えてきたころ。【’18年】平成最後の夏、ご一家で三井浜をご散策ご一家でさりげなくカラーリンク。統一感のあるコーディネートは、雅子さまの提案だとか。【’20年】学習院大学へ、半年遅れの初登校学生時代の雅子さまを彷彿とさせるようなプレッピーなジャケット。丈はコンパクトにすることでスタイルアップも。■気品をプラスするハンドバッグ【’04年】2歳の那須ご静養モノトーンのパンツスタイルには、ガーリーなチェック柄バッグで子どもらしさをほんのり。【’05年】3歳の那須旅行では、ちょっぴり人見知りTyのぬいぐるみは、持ち歩くほどのお気に入り。サマードレスはファミリア。【’15年】中学2年生。那須塩原駅でお手振りサマードレスにはカゴバッグを合わせるのが愛子さまの定番。お花のチャームがワンポイント。雅子さまのインナーとカラーリンク。【’16年】美術展で、ルノワールの絵画をご覧にお印・ゴヨウツツジが刺繍された格調高いバッグ。さりげなく持ちこなせるのは品格あってこそ。【’19年】17歳の春休み。スキー旅行のため、長野県へ美智子さまの精神を引き継ぐ真っ白なケープコート。バッグとともに小さいころから愛用され、成長とともにアップデートしてきたアイテム。■味澤彩子さんが語る、愛子さまスタイルの品格’01年、天皇ご夫妻の待望の第1子として誕生され、常に国民の注目を集めてこられた愛子さま。そのファッションからは、幼少期~大学生への過程で大人の装いになりながらも、皇族としてのブレない精神が感じられます。たとえば、愛子さまが幼少期、よくお召しになっていた「ブルー×ホワイト」の清涼感あふれるルック。お気に入りのサロペットは、涼やかなワンピースに変化しましたが、そのお好みは今でも健在。御用邸での静養時にご一家でお召し物をブルー系で統一されていたのも印象的です。また、華やかな場で選ばれるのは、決まってピンク。幼いころは、愛らしいワンピーススタイルが目立ちましたが、19歳のお誕生日写真では新鮮なパンツスタイルを披露してくださいました。シンプルなルックが多い愛子さまですが、柄物ならクラス感のあるクラシックチェックを好まれる一面も。また、幼少期からご自身でバッグを持たれることもあった愛子さま。おもちゃを入れていた愛らしいミニバッグは、いつしかトレンド感もある大学生らしいデザインや、フォーマルなものを持たれるように。美智子さま、雅子さまというお手本から学びながら培われたセンスと品格。今年、成人皇族となられ、ご公務が始まれば今まで以上にそのお姿を拝見する機会が増えると思うと楽しみでなりません。(味澤彩子さん)「女性自身」2021年5月11日・18日合併号 掲載
2021年05月05日この春で、学習院大学文学部2年生となられた愛子さま。4月3日、入学式にオンラインで参加された。昨年、新型コロナウイルスの影響で中止になった令和2年度の入学生の式が、ようやく開催されたのだ。しかし、今年は感染対策のため各教室から式典の映像を視聴する分散型となり、オンラインでの出席も可能だった。皇族方は感染には特に気をつけなければならないだけに、愛子さまも慎重になられたのだろう。そんな愛子さまの成長アルバム。“幼稚園からの学習院ヒストリー”。【’06年】幼稚園天皇陛下、雅子さまと入園式に。園長先生から「敬宮愛子ちゃん」と呼ばれ、当時4歳の愛子さまは元気にお返事し起立された。【’08年】初等科ちょっぴり恥ずかしそうに看板の前にお立ちになったが、雅子さまの耳打ちで笑顔を。セーラー服に赤いスカーフを結ばれご入学。【’14年】女子中等科制服のスカーフを青に替えて入学式へ。門の前での取材では「楽しみにしています」と記者の問いかけにはっきりした声でお答えに。【’17年】女子高等科満開の桜のなか、黒いスカーフをされてご進学。「充実した高校生活を過ごすことができれば」と雨模様にも明るい表情で抱負を。12月のお誕生日には、いよいよ成年皇族になられる愛子さま。成年式では、ぜひ華やかなお姿を拝見したい。「女性自身」2021年4月20日号 掲載
2021年04月12日桜舞い散る、学習院大学の正門。晴れやかな表情を浮かべキャンパスへと入っていく学生たち。しかし、そこに愛子さまのお姿はなかった――。4月3日、学習院大学では、昨年入学した学生のために1年遅れの入学式が開催された。昨年の4月は感染拡大のまっただなかであり、入学式は中止になってしまった。1年前から同級生と喜びを分かち合うことを心待ちにされていたはずだが、愛子さまはオンラインでの出席を選択されたのだ。「両陛下もまだワクチンは接種されておらず、万が一にも両陛下に感染させるわけにはいきません。愛子さまはご友人たちに会いたい気持ちを抑えて、感染拡大の防止を徹底されているのです。また、新2年生のための入学式を行っていない大学もあります。そういった学生たちの気持ちを考えれば、愛子さまもご自身だけが式に出席するわけにはいかないというご判断があったのでしょう。あくまでも“国民とともに”が天皇家のご姿勢なのです」(宮内庁関係者)愛子さまは入学後、たった一度しかキャンパスを訪れていない。昨年10月のガイダンスに出席されたきりだ。今後は少人数での対面授業が再開されるが、愛子さまの登校は最小限にとどめられそうだ。新年度にあたって、愛子さまについて気になるニュースがあった。《愛子さまのティアラ予算つかず》今年12月、愛子さまは成人を迎えられる。女性皇族は成人するにあたって、宮中晩餐会など公式の場で着けるティアラを制作することになっている。ところが、今年度の予算には愛子さまのティアラの制作費が計上されていないというのだ。ティアラの制作費はこれまで、どのように支出されてきたのか。宮内庁OBに話を聞いた。「前例をみると、平成元年に成人された黒田清子さんまではお手元金である内廷費や皇族費からティアラの制作費が支出されています。しかし、三笠宮家の彬子女王殿下よりあとに成人された女性皇族のティアラは、すべて公費である宮廷費から支出されています。宮廷費で賄われるようになった背景には、ティアラを着けて正装するのはご公務のときに限られる、皇族費から出すには高価すぎるといった事情があります」■眞子さまは5点セットで2,856万円ちなみに、眞子さまのティアラは指名競争入札で和光が落札。ネックレスなどを含む宝飾品5点セットで2,856万円だった。佳子さまが成人される際は5社の企画コンペによる公募入札が行われ、ミキモトが宝飾品一式を2,793万円で制作した。元宮内庁職員で皇室ジャーナリストの山下晋司さんによると、「お手元金でお作りになったものは私物ですが、公費で作ったものは国有物品ですから、皇族でいらっしゃる間だけお使いいただき、ご結婚などで皇籍離脱の際には国に戻していただくことになります」皇室ジャーナリストの渡邉みどりさんは、予算が計上されなかった背景には、天皇家のお考えがあると語る。「今はコロナ禍ですから、できるだけ華美なものにお金を使わないというお考えがあるのでしょう。眞子さまや佳子さまが約3千万円ですから、天皇家の長女である愛子さまならばそれ以上のものを作られることになるでしょう。もしくは、黒田清子さんのティアラはもう使われることはないですから、それをお使いになられるかもしれません。愛子さまが引き継がれるとしたら素敵ですね」たいへん高価なティアラだが、予算に計上されていない以上、天皇家の“生活費”から捻出されるか、これまでに作られたティアラを引き継がれることになる。天皇陛下と雅子さまは公費の支出を避けられたのだ。「女性自身」2021年4月20日号 掲載
2021年04月08日幼いころと同じポーズで写真に写られる愛子さま。「とても楽しく、充実した学校生活を送ることができたと思います」と、感想をお話しになって学習院女子高等科を卒業されたのは、昨年3月22日のこと。それから10カ月あまりを経て、ようやく卒業アルバムが完成。愛子さまの顔写真の下には「敬宮(としのみや)愛子」とご称号とお名前が。また、所属していた3年北組では、子どものころから成長を感じる自分という視点でコラージュを作っている。このほか、2年生時の文化祭で愛子さまがグループでチアダンスを踊る写真なども掲載されており、下級生たちからの人気ぶりもうかがえる。学習院大学は現在春休みに入っているが、愛子さまの授業は1年間オンラインだった。しかし、春からは対面での授業が行われる見込み。いよいよ愛子さまのキャンパスライフもスタートできそうだ。「女性自身」2021年3月2日号 掲載
2021年02月23日「眞子さまの自分を表す中指とパートナーを表す薬指がくっついている様子から、お二人の距離が近く、お互いに支え合っていることがわかります。愛子さまはよく見ると、地位と名誉を表す立派な太陽線が。国民からの支持が熱いのも頷けますね」そう語るのは元芸人の占い師・Love Me Do。小室圭さんとのご結婚に国民が高い関心を寄せる眞子さま、今年20歳をむかえられてご公務が本格的になられる予定の愛子さまの手相を見てもらいました。【眞子さま】必要としてくれる人との相性がよい・パートナーと支え合う時期は、中指と薬指が近づきます。・感情線が人さし指と中指の間に入っている人は、古風で一途。・頭脳線がまっすぐな人は、現実主義。・運命線が小指寄りの位置から始まっている人は、周りの意見を聞いて動いたほうが道が切り開けるタイプ。・月丘がふっくらしている人は、寂しがり屋さんタイプ。【愛子さま】直感勝負でご公務にまい進されます・感情線が下から始まって上のスペースが広く空いている人は、冷静でいたい性格。・生命線の末端が流れている人は、ストレスに注意。・結婚線が下に向いている人は、結婚に早くから積極的になるタイプではない。・第二火星丘にホクロがある人は、情熱的で困難を乗り越えていく。「眞子さまのような手相を持つのは愛情深い人。感情線から見ても真面目で一途、好きになった相手には尽くすタイプで良妻賢母になりますね。寂しがり屋で、誰かと寄り添っていたい眞子さまと相性がいいのは、自分を必要としてくれる人。周りの人の意見を聞くと道が開けるので、耳を傾けることが大事です」(Love Me Do・以下同)また、愛子さまについてこう続ける。「愛子さまは第二火星丘にホクロがあるので、困難な状況を情熱的に乗り越えていける人。頭脳線が短いので直感勝負で切り替えも早い。ご公務でもその能力を発揮されるのでは。感情線が頭脳線に向かっているので、いつも忙しくしていたい人でもあります。恋愛では、愛子さまの活動をサポートしてくれる人と相性がよいと思います」「女性自身」2021年2月23日号 掲載
2021年02月14日《愛子には、これからも多くの方からいろいろなことを学びながら、10代最後の年を心豊かに過ごしてほしいと願っています》雅子さまは誕生日の12月9日に公開されたご感想で、愛子さまについてこのように期待を込められていた。コロナ禍でお出ましの機会はなくなってしまったが、これまで愛子さまは両陛下とご一緒にさまざまなご公務の場にお出ましになっている。映画の試写会に出席された際は、出演した芸能人と談笑されるほほえましい場面も。今回はそのなかから、愛子さまが“イケメン俳優”たちと対面された試写会3つを振り返ってみよう。19歳の誕生日写真にも登場した愛犬「由莉」を由莉を飼われはじめてまもない’09年7月31日。愛子さまは両陛下とともに『HACHI約束の犬』の親子チャリティー試写会に出席された。当時7歳だった愛子さまにとって、映画館で映画を鑑賞されるのは初めてのこと。’87年に公開された『ハチ公物語』のハリウッド版である本作は、人間と保護された秋田犬の深い絆を描いた感動のストーリーだ。ご一家は、日本語吹き替え版の声優を担当した北大路欣也(77)と一緒に鑑賞された。「親子で大切な人やペットへの思いやりを学び、子どもの愛護精神を育てるという趣旨で開催されました。北大路さんによると、愛子さまは秋田犬が感情を表す場面で、何度も前に顔を乗り出してご覧になっていたといいます。ときおり、雅子さまのご説明に耳を傾けられ、うなずきながら鑑賞されていました。きっと、由莉と重なるところがあったのでしょう」(皇室担当記者)初等科のころから動物愛護活動に関心を持たれてきた愛子さま。動物をテーマとした映画は、’18年10月15日にも鑑賞されている。『旅猫リポート』のチャリティー試写会に両陛下と出席され、主演の福士蒼汰(27)や三木康一郎監督と一緒に鑑賞されたのだ。本作は主人公の青年が、猫のナナと新しい飼い主を探す旅に出るストーリー。上映前には福士とナナによるお出迎えもあり、愛子さまはナナをなでられたという。福士は、天皇ご一家と鑑賞できたことを「光栄です」と振り返り、愛子さまについて「動物が登場するシーンでは、笑顔になられているような場面がうかがえました」と語っていた。「愛子さまは『感動しました』と福士さんにお伝えになり、ご一家が飼われている『みー』と『セブン』のお写真をお見せになったそうです。本作の主人公が『ナナ』という名前の猫であることから、愛子さまは『お互いに不思議な縁がありますね』と感慨深げにされていました」(前出・皇室担当記者)両陛下は動物愛護だけでなく、被災地に足を運び、励まされることも大切にされているご公務の一つだ。愛子さまも毎年、震災や災害などがあった日は、両陛下とともに黙とうを捧げられている。両陛下の被災地を思うお気持ちは、ご一家でのご公務を通じて、愛子さまにも受け継がれているようだ。愛子さまは’16年3月8日、ネパール大地震復興支援チャリティー試写会にご一家で出席され、両陛下と一緒に『エヴェレスト 神々の山嶺』を鑑賞された。本作はエヴェレストを舞台に前人未踏の登頂に挑む登山家(阿部寛)と、それを見届ける山岳カメラマン(岡田准一)の生きざまを描いたもの。愛子さまは主演の岡田准一(40)と隣り合って鑑賞され、上映後は拍手を送られていた。「岡田さんが『いま試験中じゃないんですか?』と尋ねると、愛子さまは『いや、もう終わりました』と会話を交わされたそうです。愛子さまは雅子さまを介して、岡田さん主演の作品をいくつか鑑賞されたこともお伝えになられました」(前出・皇室担当記者)ネパール大震災が発生したのは、’15年4月25日。本作は地震発生前のエヴェレストで撮影され、被災前のカトマンドゥの町並みが収められている。「両陛下と愛子さまは、真剣なまなざしで鑑賞されていました。岡田さんはその様子を見て、ご一家の震災や災害への思いを感じたそうです。そして、『震災の復興を願うためにも、来ていただいたと思っています』と語っていました」(前出・皇室担当記者)現在、学習院大学1年生の愛子さまは、オンラインで授業を受けられ、外出は控えられているという。コロナ禍で試写会へのお出ましもなくなってしまったが、2021年にはこうしたほほえましいシーンがまた見られることを願いたい――。
2020年12月30日《愛子は、今年学習院大学文学部日本語日本文学科の1年生になり、先日19歳の誕生日を迎えました。早いもので来年には成人することを思いますと、幼かった頃のことも懐かしく思い出され、感慨深いものがあります》雅子さまは誕生日の12月9日に公開されたご感想で、愛子さまについてそう綴られていた。今年4月に学習院大学文学部に入学され、晴れて大学生になられた愛子さまだったが、コロナ禍により初登校は10月までずれこんだ。「ご公務への出席も、2月以降はなくなってしまいました。しかし、来年には愛子さまも”単独ご公務デビュー”があるかもしれません。佳子さまも、お一人でのご公務は19歳のときでした。愛子さまがとくに関心を持っていらっしゃる動物愛護に関するご公務も期待されます」(皇室担当記者)愛子さまは、天皇陛下や雅子さまとご一緒に、犬の「由莉」、猫の「セブン」と「みー」を飼っていらっしゃる。雅子さまも《家族皆で、犬、猫などの保護された動物をかわいがって育てたり、世話してまいりましたが、この動物たちも、家族の一員として安らぎとうるおいを与えてくれる大切な存在》とご結婚25年に際しての文書回答で記されている通り、ご家族で動物たちとのふれあいを大切にされてきた。愛子さまが学習院初等科を卒業される際には、卒業記念文集に「動物たちの大切な命」と題した作文を記されている。愛子さまは道徳の授業をきっかけに、動物たちの殺処分についての問題意識を持たれたという。《道徳の授業で、「ペットの命は誰のもの」という番組を見て、私は、年間27万頭以上もの犬猫が保健所などで殺処分されている現実を知りました。動物達にも命があるのに、なぜ殺されなければならないのか、かわいそうに思いました》愛子さまは、耳の不自由な人を助ける聴導犬や、身体障害者を助ける介助犬の活躍に触れたうえで、次のようなメッセージを綴られている。《私はこのような、人と動物の絆の素晴らしさや、命の大切さを広く伝えていかれたらよいと思います。そして、犬も猫も殺処分されない世の中の実現に向けて、たくさんの人に動物の良さが理解され、人も動物も大切にされるようになることを願っています》雅子さまは《愛子には、これからも多くの方からいろいろなことを学びながら、10代最後の年を心豊かに過ごしてほしいと願っています》と、これからの1年に期待をこめられていた。犬も猫も殺処分されない世の中に――。愛子さまの”動物愛”は、ご公務の場でもきっと活かされるはずだ。
2020年12月19日12月1日、天皇皇后両陛下のご長女である愛子さまが19歳の誕生日を迎えられた。その横に佇むのが、愛犬の「由莉」だ。ご一家は2匹の猫「みー」と「セブン」も飼われているが、愛子さまは特に由莉を気に入っている様子。由莉が首に巻いているバンダナは、愛子さまの手作りだという。もともと天皇ご一家は犬の「まり」を飼われていた。愛子さまとまりは大の仲良しで、愛子さまが学習院初等科に通われていた当時、登校の際に赤坂御用地の門までまりが同行することもあった。しかし09年2月、まりは死去。当時、野村一成東宮大夫は愛子さまの様子について「悲しいが、安らかな旅立ちを見送る気持ちになられている」と明かし、「たくさんの楽しい思い出を大切にしていかれると思う」と話した。由莉が天皇ご一家の一員に加わったのは、その2ヵ月後のことだ。もともと動物病院に保護されていた由莉。名付けたのは愛子さまで、まりの響きに倣ったという。来てすぐから、由莉はご一家になじんでいた。同年5月、栃木県高根沢町の御料牧場で静養された天皇ご一家。同地に向かわれる際、由莉を両腕でしっかりと抱く愛子さまの姿が。さらに同年8月、同県那須町での静養の際には雅子さまが車のなかから由莉の前脚をとり、沿道の人々に手を振る姿が話題となった。14年3月、愛子さまは学習院初等科をご卒業された。卒業文集に寄せた文章「犬や猫と暮らす楽しみ」には、こうつづられている。《由莉は、出された指示に従う時には、得意そうに目を輝かせてこちらを見て、とても可愛いです》《由莉や猫たちがいるおかげで、家族の中の楽しい会話がいっそう増えるように感じます》以降も、愛子さまと一緒にいるところを写真にたびたび収められている由莉。仲睦まじい姿から、由莉のファンも多い。ときにカメラ目線をするなど茶目っ気もあり、ネットでは“由莉人気”が爆発。今回のお誕生日ツーショット写真にも、こんな声が上がっている。《愛子様、お誕生日おめでとうございます。由莉ちゃん(わんこ)のかわいらしい表情にも癒されました》《愛子さまお元気そう 愛犬の由莉ちゃんも可愛い》《愛犬の由莉(ゆり)も、なんと凛々しいお顔立でしょう》愛子さまと歩んで11年。由莉も誇らしい気持ちだろう。
2020年12月08日今春、学習院大学に入学され、天皇陛下の後輩になられた愛子さま。12月1日、満19歳のお誕生日をお迎えに愛子さまの19年のご成長を写真で振り返ります――。【’02年】満1歳のお誕生日。お散歩と絵本の読み聞かせとお風呂がお好きですくすくとお育ちに。【’04年】満3歳。陛下と一緒に絵本を読まれる映像も公開され、父娘の仲のよさが話題となった。【’06年】雅子さま手作りのバッグをお持ちになって学習院幼稚園の入園式へ。【’09年】トルコご訪問へ出発の陛下をお見送り。お父様の旅立ちにちょっと寂しそうなご表情を。【’11年】夏のご静養中、那須どうぶつ王国へ。毎年のように、ご一家でラクダにお乗りになっている。【’14年】女子中等科1年生。「オール学習院」の集いの演奏会では陛下のヴィオラとチェロで父娘共演。【’17年】女子中等科卒業式。陛下はご公務がない場合には学校行事に積極的に参加されていた。【’18年】満17歳のお誕生日。陛下と本をご覧になり修学旅行のお話を。夏休みには英国に短期留学へ。【’19年】ご一家で『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』の試写会へお出かけに。主人公の声を担当した女優・のんと並んで映画をご鑑賞。【’20年】大学の学部も陛下と同じ文学部を選ばれた。学科のガイダンスのため、半年遅れで初リアル通学。この一年は、昨年の暮れから初春にかけて、両陛下とともにチャリティ試写会や天覧大相撲などのご公務にもお出かけになった愛子さま。その内親王さまらしいご様子に、大学御入学後の愛子さまの単独公務も期待されていた。ところが春以降にコロナ禍が深刻化、ご公務のみならず楽しみにされていた大学生活もオンライン授業が続き、キャンパスでご友人と会うこともできない日々となっている。そんななか、愛子さまは両陛下と赤坂御用地を散策されたり、コロナ禍についてなどさまざまなことを話し合われたりと、外出を控えた生活を送られている。「女性自身」2020年12月15日号 掲載
2020年12月05日愛子さまは12月1日、満19歳のお誕生日をお迎えに。しかし、コロナ禍のため、お祝いもご家族だけのささやかなものに……。この春、学習院大学に入学された愛子さまだが、コロナ禍が続き日本中の多くの大学生と同様に授業をオンラインで受けられている。愛子さまが進学された学習院大学文学部は天皇陛下、紀子さま、黒田清子さんが学ばれた天皇家にはゆかり深い学部。特に清子さんは文学部国文学科のご卒業。現在の日本語日本文学科にあたり学科でも愛子さまの先輩になる。愛子さまは英語がお得意との印象だが、皇室に生まれた内親王さまらしく日本文学部を専攻された。文学好きの美智子さまともお話が合いそうだ。ほかの女性皇族は、かつてどのようなキャンパスライフを送られていたのか。ここからは雅子さまはじめ、紀子さま、眞子さま、佳子さまの大学時代にも触れてみたい。雅子さまは、81年にハーバード大学経済学部へご入学。ハーバード大学では、大変な勉強家としても知られ図書館で机に向かわれる日々だったという。学生時代に愛用されていた英英辞典、類語辞典を宮内庁が公開したが、その辞書は使い込まれていて「辞書が恋人」と友人から言われていた勤勉ぶりがうかがえる。また、外交官の家に育っただけに日本の紹介にも熱心に取り組まれていた。大学では日本映画の上映や、折り紙などを実践し喜ばれたという。さらに、卒業論文「輸入価格ショックへの対外調整:日本の貿易における石油」は、高い評価を受け優秀な学生に贈られる賞も受賞されている。大学ご卒業後、日本に帰国。東京大学法学部に学士として入学された。東京大学は中退されているが、それは在学中に外交官試験に合格したからで、こうした中退者は東大生からは優秀な人と見なされるそうだ。紀子さまは、85年に学習院大学文学部心理学科へご入学。大学内の書店で、1学年先輩である秋篠宮さまと出会われ、当時秋篠宮さまが主催されていた自然文化研究会に参加。交際が始まった。父の川嶋辰彦さんが当時学習院大学経済学部教授だったこともあり、大学敷地内の3LDKの職員宿舎から学習院に通われていた紀子さま。このことからご結婚当初は「3LDKのプリンセス」と親しまれた。また、大学では手話サークルにも所属され、ボランティア活動にも参加。学生時代に身につけられた手話は今もご公務の際に生かされている。大学をご卒業後は、学習院の大学院に進学されたが秋篠宮殿下とのご結婚で研究を中断された。しかし、子育てが一段落されたのちにお茶の水女子大学で健康心理学の研究を続け、13年には博士の学位を取られている。眞子さまは、10年に国際基督教大学(ICU)教養学部アーツ・サイエンス学科にご入学。学習院女子高等科3年生のときに、国際的な環境のある大学を望みAO入試をお受けになった。当時、内親王である眞子さまは学習院大学へ進学されるものと考えられていたため、大きな話題となった。学生時代には小学生時代から興味を持たれていた美術・文化財研究について学び、学芸員の資格を取得されている。雪上滑走競技部(スキー部)では合宿にも参加、宿の部屋で、普通の学生のように友人たちと楽しそうに飲食されている写真が流出し注目された。また、学園祭では屋台でご友人たちと焼き鳥を販売されるなどの微笑ましいお姿も見られた。在学中は、アイルランドへの短期留学、エディンバラ大学への留学をされている。エディンバラ大学では「生まれて初めて単位を落とすという体験」をされたそう。また、この海外留学の説明会でアメリカに留学する小室圭さんと出会われて、交際が始まった。ご卒業後は、英国のレスター大学大学院博物館学研究科大学院で学ばれた。佳子さまは、13年に学習院女子高等科をご卒業後、一度、学習院大学文学部の新しく創設された教育学科に進まれた。ご入学直後にチアリーダー部の新宿でのコンパに参加された姿が報じられ話題になったが、その部には所属されなかった。そして1年半後に学習院大学をご退学。お姉さまの眞子さまと同じように国際基督教大学教養学部アーツ・サイエンス学科をAO受験し、翌年入学された。ご入学当時、成年皇族となられたばかりの佳子さまは、そのかわいらしさと親しみやすいお人柄でアイドル並みの人気に。タンクトップや短いスカートなど学生らしいファッションスタイルや、恋人の存在が注目された。また大学時代にも高校時代からお好きだったダンスをお続けになっており、ダンス教室の発表会で素晴らしい踊りを披露されている。在学中にはアメリカでホームステイをされたほか、英国のリーズ大学に留学し舞台芸術を学ばれた。学習院大学1年生の愛子さまはキャンパスでお友達と会うこともできずオンラインによる授業だが、文学部国文学科の授業も課題やレポートの提出への作業、予習・復習などで思いのほか大変とのこと。外出はほとんどなさらず、しっかりと勉強されているという。コロナ禍が落ち着いてから本格化するであろう学生生活。どんな出会いや体験をされるのか、愛子さまのこれからが楽しみだ。
2020年12月01日乃木坂46の柴田柚菜さんがエコバッグ作りに挑戦!教えてくれたのは、手作り専門カルチャースクール、ヴォーグ学園講師の榑谷孝子さんです。マチの大きなエコバッグサステナブルな暮らしの第一歩に。レジ袋有料化が始まり、一気に浸透したエコバッグ。コンビニのお弁当やお惣菜を入れるのには、マチがあったほうが断然便利!チャレンジしたのは柴田さん。「マイエコバッグのほうが『買い物するぞ!!』って気分が高まるし、帰り道もウキウキします。お料理は大好きだけど、お裁縫は本当に苦手…。手でなみ縫いをしても、ミシンを使っても、なぜか曲がっちゃいます(笑)。でも曲がった縫い目も、まっすぐ縫われた既製品にはない、手作りのよさかなって」小さい頃、おばあさまと手芸店に行った思い出がある柴田さん。「手芸店で作るものを想像しながらお買い物するのって、楽しいですよね。私が作ったエコバッグ、おばあちゃんにプレゼントしたくなってきました」中学の時にバッグを作る課題が出たそう。「居残りして頑張ったかいあって、私としては上手に作れたと思ったんです。なので、ママにあげようとしたら、反応が微妙…。よく見たら、マチがズレたまま縫ってました(笑)」作り方【材料】柄合わせ不要な布…(カット後のサイズで)40×46cm/綾テープ…46cm(約0.5m幅)×2本【道具】チャコペン/定規/裁ちばさみ/ミシン糸(手縫いの場合は、針と糸)/待ち針※手縫いの場合、基本的には糸は一本取りでなみ縫い。縫い目は、0.3cmくらいを目安に。1、外表になるように二つ折りにした状態で、図のように線を引き、切る。2、袋縫いをする。まず、外表のまま待ち針を打ち、両サイドから0.5cmを縫う。次に袋を裏返して中表にし、両サイドから1cmを縫う。3、左右端から10cmで折り、下端から0.7cmのところを縫う。4、バッグのくちの部分を、2cm幅で三つ折りにして、アイロンをかける。5、中心から左右各9cmのところで、折り込み口に持ち手を差し込み、下端を1周縫う。6、バッグの口の上端を縫う。手縫いが大変だったら、持ち手部分だけでもOK。裏返して完成!榑谷孝子さんヴォーグ学園で手編み・機械編指導員修了。その後、服飾専門学校を卒業し、同学園教員として勤務する。初心者向けから資格取得コースまで幅広く担当。(公財)日本手芸普及協会ホームソーイング指導員。しばた・ゆな2003年3月3日生まれ、千葉県出身。4期生。今年、『猿に会う』(dTV)でドラマ初挑戦。千葉ロッテマリーンズファンで、同チームでチア経験も。ニット¥16,000中に着たタンクトップ¥4,600パンツ¥19,000(以上サロン アダム エ ロペ TEL:0120・298・133)※『anan』2020年11月11日号より。写真・内山めぐみスタイリスト・武政ヘア&メイク・KUBOKIyumi(共にThreePEACE)イラスト・momokoharada取材、文・小泉咲子撮影協力・TITLESAWABEES(by anan編集部)
2020年11月09日2020年10月16日に放送されたバラエティ番組『ダウンタウンなう』(フジテレビ系)で盛り上がった話題に、反響が上がっています。ゲストで出演した、お笑いコンビ『アンタッチャブル』の柴田英嗣さんは、芸能界のある風潮に苦言を呈しました。柴田さんが「いまさらこれいうのすごいダサいんですけど…」と前置きしつつ気になっていることとして挙げたのは、若いタレントの『タメ口』。年上の先輩や、大御所に対しても敬語を使わず誰でもタメ口で話すタレントに腹が立っていると告白しました。俺がリスペクトしている人にそれ(タメ口)をつかれているのがめちゃくちゃ腹立つんですよ。俺はいいよと、100歩譲って、俺の先輩にタメ口聞くなら、一回俺通せと。本当は俺、めちゃくちゃ嫌なの。そういうのを認めなきゃいけないみたいになってるけど、なんですかあれ!ダウンタウンなう ーより引用お酒も相まって普段直接いえないことをテレビのトークに持ってきた柴田さんに対し、タレントの若槻千夏さんは「私はシンプルに柴田さんダサいと思う」とコメント。柴田さんは、「俺が嫌なわけではない、俺が尊敬している人に対してもやっているのが嫌なの。みんながみんな優しいと思う」と強調し、共感を求めていました。ネット上では、柴田さんの意見に賛同する声が寄せられています。・ちゃんと線引きしているタレントもいるけど、柴田さんの気持ちよく分かる。・フレンドリーな感じを出したいんだろうけど、敬語は大事だと思う。・よくいってくれた!と思った。年齢関係なく、いきなりタメ口で話してくる人が苦手。堅苦しい敬語は、あえて距離を置きたい相手にだけ使うといった声もあるようですが、言葉の印象には気をつけたいですね。[文・構成/grape編集部]
2020年10月20日宮内庁は6月12日、天皇皇后両陛下の長女、愛子さまがお住まいの赤坂御所で飼われている蚕の写真を公表した。桑の葉に白い蚕が群がっている様子などを、愛子さまご自身が撮影されたものだ。学習院初等科3年生のときに授業の一環として教室で蚕を育て、それを持ち帰った愛子さまは蚕の世話を続けてこられたのだという。宮内庁関係者は、適応障害のご療養を続けられていた当時の雅子さまが、体調の波に悩まされていたと語る。「愛子さまが蚕の飼育を始められた’10年ごろ、雅子さまにはまだまだご体調に大きな波があり、ご公務を休まれる日々でした。加えて、愛子さまが初等科2年生の終盤から登校不安になられたために、毎日のように学校に付き添われていたのです。そういった状況もあり、天皇ご一家は上皇ご夫妻とのご交流ができていないといわれていました」そのため御代替わり前、雅子さまはご養蚕を継承されないのではないか、という見方も一部にはあった。「皇后になられる前、一部では『雅子さまは蚕に触るのがお嫌いで、ご養蚕を継がれる意思はない』などと報じられることもありました。しかし、そういった報道は的外れだったのです」皇室担当記者はそう指摘する。「雅子さまは小学校で生物部に所属され、爬虫類の解剖をなさったこともあり、ご友人からは『動物博士』と呼ばれていました。ですから、雅子さまも愛子さまを手伝われて、一緒に蚕をお育てになってきたはずです。もともと美智子さまはご養蚕の継承についても『過度な精神的負担とならないよう、可能な範囲でなされば』とのお考えでした。つまり、ご養蚕を引き継がれたのは、雅子さまの強い意志があってのことなのです。愛子さまとご一緒に蚕と触れ合うなかで、雅子さま自身もご養蚕に携わりたいというお気持ちを強められたのではないでしょうか」御代替わり前年の’18年5月、雅子さまは天皇陛下、そして愛子さまとご一緒に紅葉山御養蚕所を訪問される。作業について美智子さまからじかに説明を受けられ、雅子さまはご養蚕を継承されたのだ。精神科医で立教大学教授の香山リカさんは、蚕の飼育が母娘の絆をより強めたのではないかと話す。「雅子さまは長くご療養が続き、愛子さまも登校不安が何度かありました。生き物を育てることは責任が伴いますが、それでも雅子さまと愛子さまは力を合わせ、命を繋がれたのです。10年間も蚕に愛情を注ぎ続けてこられたことは、おつらい時期を過ごしたお二人にとって、励みにも、支えにもなったはずです。また、ご養蚕という大切に守られてきた皇后のお務めが雅子さまに受け継がれたことで、美智子さまも安心されたと思います」「女性自身」2020年7月7日号 掲載
2020年06月24日