私たち夫婦は、妊娠中から産後の約1年間、セックスレスでした。今回は、どうして急にセックスレスになってしまったのか、後悔していることなどをお伝えします。 妊娠後期から出産後約1年のレス生活私は妊娠9カ月のときから子どもが生後9カ月になるぐらいまで、まったくと言っていいほど、夫とスキンシップがありませんでした。それはセックスに限らず、手をつなぐことやハグ、キスなど、スキンシップと言えるものすべてです。 はじめの3カ月ほどは「仕方がない」と思えたものの、しばらくすると「これはおかしいのではないか」と思い始めました。仲が悪いわけでも、夫に興味がなくなったわけでもなく、どうしたらこの状況を打破できるのか考える日々でした。 原因は夫と私の気持ちにあったある日、原因がハッキリしました。それは夫の「子どもが気になる」という、徐々に芽生えてきたパパとしての気持ちと、子どものそばにつきっきりで、ママモードから抜け出せなくなってしまった私の気持ちから来るものでした。 夫が私に「我慢してた」と言ったとき、ハッと気づかされました。また、私が化粧をしなくなったり、髪の毛がボサボサのまま1日中スウェットを着ていたりと、女性らしくない姿を見せてしまっていたことも、夫の気持ちを下げてしまう原因の1つだったのでは、と感じました。 コミュニケーションを大切にしたい私はセックスレスの問題を他人には相談できませんでした。しかし、約1年のセックスレス期間を経て、もっと夫と意思疎通をはかるべきだったと後悔しています。 ずっとお互いが口にできず、モヤモヤしていた時間は、今考えると非常にもったいない時間でした。難しい問題だからこそ、夫婦間のコミュニケーションが重要だと今回の一件で考えさせられました。これからはちゃんと意思疎通をはかれるように、夫婦間でのコミュニケーションを大切にしていきたいです。 「共感した」「私の場合はこうだった」など、ぜひベビーカレンダーサイトのコメント欄にご感想をお寄せください。また、ベビーカレンダーでは皆さんから募集した体験談を記事でご紹介させていただくことも。ベビーカレンダーに会員登録すると届くメルマガから、皆さんのオリジナル体験談をご応募ください。 イラストレーター/みいの著者:今井さくら1児の女の子の母。自身の体験をもとに妊娠・出産・子育てに関する体験談を中心に執筆中。監修者・著者:助産師 松田玲子医療短期大学専攻科(助産学専攻)卒業後、大学附属病院NICU・産婦人科病棟勤務。 大学附属病院で助産師をしながら、私立大学大学院医療看護学研究科修士課程修了。その後、私立大学看護学部母性看護学助教を経て、現在ベビーカレンダーで医療系の記事執筆・監修に携わる。
2024年06月03日慣れない育児に妻が奮闘する中、夫は育児を手伝わず、それどころかモラハラ発言をしてくる。そんな中、妻が産後うつになってしまったら……?今回はそんな話を紹介します。「産後うつとか言って、どうせ甘えてるだけだろ?」▽ 妻がいかに大変な思いをしてきたか、理解してくれて本当によかったです。これからも夫にはしっかりサポートしてもらいたいですね。
2024年06月03日それまで美容にはあまり関心がなかった私。それが大学生のとき、駅で「カットモデルをやりませんか?」と声をかけられたことが、私にとって大きな転機となったのです。 大学生のとき、駅で「カットモデルをしませんか?」と声をかけられ、人生で初めてカットモデルとしてヘアカットしてもらうこととなりました。それまで自分のヘアスタイルなどをはじめ、美容に関心がなかった私ですが、思い切ったイメージチェンジをしたことで、自分の変化にビックリ。似合う髪型にカットしてもらいなんだか垢ぬけたような感じがしました。 このことがきっかけで少しずつ美容に興味を抱くようになり、なんと大学で異性から声をかけられることも増えたのです。私において大学時代は人生最大のモテ期に! 「見た目を変えただけでこんなに変化があるなんて」と衝撃でした。その後はエステなどにも通うようになり、今では美容が大好きに! 産後の今も、自分の癒し時間として産後エステやオイルマッサージなどに通っています。 原案/ちーちゃん さん作画/あさうえさい ムーンカレンダー編集室では、女性の体を知って、毎月をもっとラクに快適に、女性の一生をサポートする記事を配信しています。すべての女性の毎日がもっとラクに楽しくなりますように!
2024年06月02日結婚を考える前に、相手の性格や振る舞いはしっかりと見極めたいものです。結婚後に後悔しないためににも、特に注意が必要な男性の特徴を紹介します。自分を中心に考えがち自己中心的な行動は、共に時間を過ごす上でストレスがたまる原因になりがちです。相手があなたに対しても自己中心的な態度を取ることがあれば、その関係は再考する必要があるかもしれません。スマホが手放せない相手がスマホばかりいじっていると、二人の関係を疑問視してしまうこともあります。スマホ利用を完全に否定するわけではないですが、依存気味に感じたら、その関係を見直すことが賢明と言えるかもしれません。いつも他人のせいにする問題が発生したとき、すぐに他人のせいにする傾向がある人は、関係がストレスフルになるかもしれません。話し合いを得て、円満に解決できる関係性が理想です。最良の選択を…「当時、私に子どもができたことを夫に報告すると『俺の後継を産んでくれてありがとう』と言われました。思わぬ発言にショックを受け、さらに出産後も夫は育児にはまったく協力してくれず。価値観が違うんだと感じて、別れを決意しました」(50代女性)将来のパートナーを選ぶ過程では、相手の性格や態度を注意深く観察し、自分にとって最良の選択が大切となります。(Grapps編集部)
2024年06月02日今回は、物語をもとにしたクイズを紹介します!クイズの解答を考えてみてくださいね。イラスト:エトラちゃんは見た!出産後、娘に抱いた違和感主人公は1ヶ月前に娘を出産しました。産後の肥立ちが悪かった主人公は、娘と離れ入院します。その後、退院できた主人公は帰宅しやっと娘を抱き上げたのですが…。「赤ちゃんの顔が違う」と違和感を抱いてしまったのです。夫に相談する主人公出典:エトラちゃんは見た!不安になった主人公は、夫に相談します。すると夫は、主人公にある言葉をかけてきました。問題さあ、ここで問題です。不安になる主人公に夫がかけた言葉とは何でしょう?ヒント夫は主人公に寄り添ってくれませんでした。みなさんは答えがわかりましたか?正解は…出典:エトラちゃんは見た!正解は「そういう態度、お袋の前でするなよ」でした。不安を抱える主人公に向ってそう言い、面倒くさそうにあしらった夫。主人公はその場では我慢しますが、1ヶ月後には耐えきれなくなってしまいます。「赤ちゃんが入れ替わったのかも。病院へ確認する」と義母と夫に伝える主人公。すると夫は「あー、これ以上誤魔化すのは無理だな」と言い…。主人公が抱いているのは、自分たちの子ではないと明かしたのです。まさかの告白に顔面蒼白になる主人公でした。※本文中の画像は投稿主様より掲載許諾をいただいています。※作者名含む記事内の情報は、記事作成時点でのものになります。※こちらのお話は体験談をもとに作成しています。(lamire編集部)
2024年06月02日育休中、家事や育児を頑張ってくれる旦那さんも多いですよね。しかし、産後の体の状態をちゃんと理解はしていないようで?今回は「育休中の夫の勘違い発言を論破した話」をご紹介します。産後の体は平等じゃない▽ 育休中、家事の負担が不平等だと不満を抱く旦那さんも。しかし、産後の体って想像以上にダメージを負っているのです……。このときばかりは、家事に平等を求めないでいただきたいですね。
2024年06月02日実家を離れて暮らしている私は、出産のとき里帰りをしました。安心できる実家で産前、産後を穏やかに過ごすつもりだったのですが、さまざまな祖父の言動に悲しい思いや悔しい思いをして傷心。苦い思い出が残る里帰りでした。長い里帰り、祖父への不満続出切迫早産の兆候があったので、里帰り出産を予定していた私は、大事をとって妊娠7カ月のときに早めの帰省をしました。平日の日中、父と母は仕事に出ており、在宅している祖父母と過ごす時間が長くなったのです。 祖父は亭主関白な性格で、自分の身の回りのことはほとんど祖母に整えてもらっていたり、上からものを言うことも多かったりして、長い里帰りの期間で祖父への抵抗や苛立ちが私のなかで出てくることが多々ありました。 私は炊事係!?実家とは言え、家事などは進んでする気持ちでいた私は、家の農業の手伝いや食事作りをできる範囲でおこなっていました。しかし、妊娠初期から眠気が強く出ていて睡魔が襲ってくることが多く、家事ができないことがたびたびあったのです。 ある日、お昼になってテレビを観ていた祖父が「まだごはんの用意ができないのか」と怒ってきました。当時、祖母は昼過ぎまで農業に出ていたため、私が昼食を作ることが多くなっていたのです。 食事の時間はわかっていたけれども眠気とだるさで動く気がしなかった私は、祖父の言葉にため息。しかも祖父はただテレビを観ていただけ! 自分本位な言葉に「私はあなたの炊事係なの!?」と悲しい気持ちになりました。 母を悪く言わないで!祖父は嫁である私の母に、厳しいところが昔からありました。里帰り中もたびたび喧嘩をして、母がグチをこぼしていました。普段はあまり深入りしない私ですが、1度だけ祖父の言動にひどく気持ちを揺さぶられて、「お母さんは悪くない!」と抵抗し、祖父と大喧嘩したことがありました。 そのときは、母が祖父のことを思って忠告した言葉に祖父が怒って暴言を吐いたので、私は許せなかったのです。今思うと、産後1カ月経たないころで気持ちが不安定になっていたのかもしれませんが、祖父と喧嘩をしたことが里帰り中何よりつらい体験でした。 祖父にこんな感情持ちたくない!祖父に不快な感情を持つということ自体、娘を産んだばかりの私にとっては悲しいことでした。というのも、娘の祖父となった私の父が、娘をとてもかわいがってくれている姿を目の前にして、将来娘も私と同じように「じいちゃんが憎たらしい」という感情を持つことがあるのかもしれないと考えると複雑な気持ちだったのです。 しばらくして冷静になった私は、否定的な感情に折り合いをつけて、なんとか祖父と和解しました。 7年経った今となっては、久しぶりの長い実家生活で、家族の嫌な部分が見えてきてしまったのかなと思います。祖父に苛立ち立っていたのは少し感情的になっていたのかもしれません。悲しかったり悔しかったりして苦い思い出が残る里帰りでしたが、実家で家族とゆっくり過ごせた貴重な時間でした。 著者:田島さき自身の体験をもとに、妊娠・出産・子育てに関する体験談を中心に執筆している。
2024年06月02日出産する前、風邪などで寝込んだりすることは年に1回あるかないかだった私。ところが1人目出産後の1年半は、体調不良で寝込むことが多くなってしまいました。子どものお世話があるのに何度も何度も寝込んでしまう日々を経験し、私なりに学んだことをご紹介します。 体質の変化!? 2カ月に1回寝込む日々私は産後に、あるときは胃腸炎、あるときはインフルエンザ、またあるときは風邪で発熱という具合に、ちょこちょこと単発の病気にかかる頻度が増え、産後の1年半は2カ月に1回は寝込んでいました。どれも数日寝ていれば良くなる症状なのですが、365日休みなしの子育て中に度々自分が体調不良になるというのは家族にとっても結構なダメージがあります。 実家が近くはないため、夫が仕事を休めるときには家事・育児を代わってもらっていましたが、夫の仕事の都合がつかないときには、もうろうとしながら子どものお世話をして1日過ごしたことが何度となくありました。 一番つらかった冬の胃腸炎中でもつらかったのが、冬場に胃腸炎にかかったときのことです。その日は嘔吐と下痢の症状がひどく、真冬で寒いので外に出るのもしんどい状態でした。しかし、家の中の閉塞的な空間でイヤイヤ期に入り始めた1歳半の娘の相手をしているのもしんどく、なんとか薬をもらおうと自宅から歩いて5分ほどの場所にある内科を受診したのです。冬場のクリニックは混み合っていて、座る場所もない状態でした。娘はちょうどお昼寝の時間で眠っていたのでしばらくは静かに待つことができましたが、1時間待っても診察の順番がまわってきませんでした。 受診できず泣きながら帰宅吐くほどではありませんでしたが気持ちが悪く、体調不良の中待つことに限界を感じ始めたころ、娘が眠りから覚め不機嫌に泣き始めました。すると急にどっと疲れてしまい、受診せずに病院をあとにしました。不調の体で娘をあやしながらもうしばらく順番を待ち、受診することにハードルの高さを感じたのです。帰り道、体調不良のつらさと受診できなかったつらさ、いろいろなつらさを感じ、さらに激しく泣く娘と一緒に、大人げなくボロボロ泣きながら帰ってきたのを覚えています。 母の健康は家族にとっても大切1人目出産後は体調が不安定になりやすかったことに加え、初めての子育てに全力投球し過ぎて、心身共に無理をしている部分があったと思います。自分のことはいつも後回しにしていましたが、何度も体調不良に見舞われる中で、母である私が健康を損なうことが、自分にとっても家族にとっても一番大変だと感じるようになりました。 自分が元気でなければ子どものお世話もできません。それから「自分のこともきちんと考え、自分にも休養を与え、きちんと体調管理すること」の大切さを意識するようになりました。 その後、おろそかにしがちだった自分の睡眠、食事をきちんととり、月に1度は整体に行って体をメンテナンスするようにしました。そのおかげか、2人目出産後は以前のように寝込むことはほぼなくなりました。時間的金銭的に厳しいと感じるときもありますが、自分の健康を維持し家庭をスムーズにまわしていくために必要なことだと割り切っています。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 作画/キヨ 著者:澤崎 凪1男1女の母。パーソナルカラーコーディネーターの資格を持ち、色彩関係、ファッション関係のほか、自身の体験をもとにした子育て関係のジャンルを中心にライターとして活動中。 監修者・著者:助産師 松田玲子医療短期大学専攻科(助産学専攻)卒業後、大学附属病院NICU・産婦人科病棟勤務。 大学附属病院で助産師をしながら、私立大学大学院医療看護学研究科修士課程修了。その後、私立大学看護学部母性看護学助教を経て、現在ベビーカレンダーで医療系の記事執筆・監修に携わる。
2024年06月01日俳優の石原さとみが主演を務め、亀梨和也が共演する、テレビ朝日系連続ドラマ『Destiny』(毎週火曜後9:00)が4日に最終回を放送するのに先がけ、クランクアップの様子を届ける。横浜地検 中央支部の検事・西村奏(石原)と大学時代の恋人・野木真樹(亀梨)の2人がそろう最後の撮影は、運命の恋人たちの結末を綴る重要なシーン。この日も、繊細な表現にこだわり、監督とディスカッションしながら撮影に挑んだ2人は、無事に撮り終えると、安堵の表情を浮かべていた。そして、このシーンをもって、石原よりひと足早く亀梨がクランクアップ。石原は亀梨に「ありがとうございました!」と花束を贈り、現場には大きな拍手が起こった。亀梨は「現場の皆さんの熱量と仕事の丁寧さというものに身を委ねながら充実した時間を過ごすことができました」とニッコリ。大学時代、そして12年後の現在の真樹を演じたことに思いを馳せながら、「個人としては、真樹として激動の人生を送ってきましたので、どうか幸せになってほしいです」と語った。本作で3年ぶりに連ドラ復帰を果たした石原は「産後始めての連ドラだったので不安だったのですが、とても素晴らしい照明とミリ単位で調整されたカメラワーク、そして新城監督のこだわりが詰まった映像…皆さんを信じてついて行った撮影期間でした。そして、皆さんのおかげで『やっぱりこのお仕事は面白いな』『私はお芝居が好きなんだな』ということを改めて感じることができました」と感無量の笑顔を見せた。また、「ほぼすべてのキャストの方と1対1でお芝居させていただき、とても濃い時間を過ごさせていただきました」と、亀梨をはじめとする豪華共演者たちへ、座長として感謝の気持ちを伝えた。3年ぶりの連ドラ、主演という重圧に大きなプレッシャーを感じながらも、みごとに西村奏というヒロインを演じ抜いた石原。時折涙をこらえながらも、達成感に満ちた最高の笑顔で深々とお辞儀をする姿が印象に残る感動的なクランクアップとなった。最終回は、検事だった奏の父・辻英介(佐々木蔵之介)が、真樹の父で弁護士の野木浩一郎(仲村トオル)に糾弾され、命を絶つという悲劇を巻き起こした「環境エネルギー汚職事件」、及川カオリ(田中みな実)の事故、真樹の失踪、そして「野木邸放火事件」と、すべては20年前から繋がっていたことが分かる。とうとう真実にたどりつくことになる奏だが、それと同時に真樹との甦った愛にも決着の時が訪れる。■石原さとみ(西村奏役)コメント全文3年ぶり、産後始めての連ドラだったので不安だったのですが、やっぱり「連ドラってこんなに大変だっけ!?」と思いました。でも、現場に来たら楽しいんです!「私はやっぱりお芝居が好きなんだな」ということを改めて感じました。素晴らしい照明とミリ単位で調整されたカメラワーク、新城監督のこだわりが詰まっていて、映画を撮っているような現場でした。そのこだわりの映像から皆さんの情熱や自分の仕事に対する姿勢を感じて、「この映像のためなら頑張れる!」と、皆さんを信じてついて行った撮影期間でした。正直、心が折れそうになったこともありましたが、皆さんのおかげで「やっぱりこのお仕事は面白いな」と、感じることができました。私はほぼすべてのキャストの方と1対1でお芝居させていただいたので、皆さんととても濃い時間を過ごさせていただきました。ラブの要素も多く、でもキュンキュンだけでなく、ハラハラとヒリヒリ、そしてドキドキする瞬間がたくさんありました。サスペンスの部分では、強く自立している中でも思いやりをもち、相手の立場で考えられる検事の姿を出せたらいいなと思って演じました。ぜひ最後まで多くの方に見ていただきたいと思います。■亀梨和也(野木真樹役)コメント早撮りで連続ドラマを作るのが初めてだったので、出来上がりの作風に対する手掛かりというものがない中で撮影をしてきたんですが、現場の皆さんの熱量と仕事の丁寧さというものに身を委ねながら充実した時間を過ごすことができました。本当に感謝しています。1話から最終話まで、回を行ったり来たりしながら撮影してきたので、気づいたらあっという間に終わってしまったなぁという感じです。10年以上前の真樹も演じて、比重でいうと現在の真樹の方が多いはずなのに…やっぱりこのお話の核となる大学時代がすごく印象に残っています。若い頃の真樹がベースとなって今の真樹があるので、そこを構築していった大学時代の撮影がすごく印象に残っていますし、みんなでキャッキャ騒いでいた時間もすごく“生っぽさ”があった気がして楽しかったです。このドラマはエピソードごとの見どころといいますか、毎回次のエピソードに向けて、すごく気になる展開がたくさん出てきます。そういった意味ではたくさん考察もしていただけたのかなと思いますし、受け取ってくださった皆さんのおかげで、作品がより育まれていったのではないかと感じます。壮大なスケールや、画の力というものに関しても、現場でみんなと話し合いながら、時間をかけて作らせていただいた作品なので、キュンとするシーンだったり、重厚感のあるシーンだったり…幅広い層の皆さんに、世界観に浸りながら没入して楽しんでいただける作品になったと思います。そして、僕個人としては、真樹として激動の人生を送ってきましたので、どうか幸せになってほしいですね。
2024年06月01日タレントとして幅広く活動する辻希美。2000年にモーニング娘。のメンバーとしてデビューしアイドルとして一世を風靡したが、卒業から20年経った今、「元モーニング娘。の辻希美」ではなく「YouTuber」として声をかけられることも多くなってきたという。最初は複雑だったと笑う彼女だが、「知ってもらえているだけでうれしい」とも。アイドル卒業から20年となる今年、思うこととは……。○仕事を何度も辞めたいと思うも「絶対に辞めない」と決めて走り続けてきた5月3日、東京・国立代々木競技場第一体育館で開催された「Rakuten GirlsAward 2024 SPRING/SUMMER」にシークレットゲストとして出演。「何度立っても緊張した」と話すガルアワのランウェイ後、マイナビニュースの個別取材に応じた。偶然にも、国立代々木競技場第一体育館は辻がモーニング娘。の卒業コンサートを行った場所。ここで、20年間を振り返ってもらった。「この20年は本当に休みがなかった。いや、きっともっとですね、デビュー当時を含めたら20年以上。モーニング娘。として活動して、卒業して、ソロでお仕事をして、そこから結婚して出産して、母業をして今に至るって感じなので、本当にありがたいぐらい休むことを知らない体になりました。それはそれでよかったなと思える点もありますね。休まず突っ走っていたからこそ、今YouTubeも更新できていると感じていますね。この20年はすっごい学んだ20年。いいことも、悪いことも、いろいろ学びました」としみじみと話す。さまざまなことがあった20年だが、振り返ってみると「あっという間だった」。しかし、永遠に感じた時期もあったという。「一番長く感じたのは、長女を出産したとき。出産してから2年くらい仕事を休んでいた時期あったのですが、その時が人生の中で長く感じました。育児が初めての経験だったし、仕事するのとは全く違うので1人でがむしゃらに取り組んでいたんですけど、その2年はすっごい長く感じました」長女を出産後、長男、次男、三男も誕生。4児のママとなる。休みがない育児に思い悩み、仕事との両立を難しいと感じることも少なくなかったが、何度辞めたいと思っても「仕事を絶対に辞めない」と決めていた。「何度も辞めたいと思ったし、もう抜け出したいとも考えました。でもそれを乗り越えて頑張ってきたからこそ、今がある。だからもう少し頑張ろう、諦めないでやろうと自分に言い聞かせてここまできた気がします。『辞めたいと思っても辞めない』のは一貫していたかな」と胸を張る。長女を出産後、仕事復帰と同じ頃に始めたブログもやめずに続けている。「ブログもそうだし、YouTubeもそうですが、SNSはやっていて楽しいだけではなく大変なことがたくさん。むしろ大変なことのほうがいっぱい。やめよう、やめたい、もう嫌だと何度も思ったけど、やめないで頑張ってきたからこそやりがいも感じています。やめないからこそ感じられた楽しいこともあるので、本当にやめないでよかったと心から思っています」○YouTubeを始めファン層拡大「小学生や幼稚園生から声をかけられることも」2019年に開設したYouTubeチャンネルは、「10代や20代と若い世代に自分のことを知ってほしい」という思いがきっかけだった。「私のこと知っている人はモーニング娘。時代を知っている同世代や、ちょっと上の世代がメイン。もっと若い人にも知ってもらいたいとYouTubeを始めました」。登録者数はいまや156万人(2024年5月現在)と人気チャンネルに。子育て世代からも支持を集める。「YouTubeを始めて、ファン層に変化が出てきました。最近では小学生や幼稚園生から声をかけられることもあって『あっYouTuberだ!』って(笑)。最初はちょっと複雑だったけど、そもそも知ってもらいたくて始めたYouTubeなので、そこは素直にうれしい。私のことを知ってくれていることが何よりうれしいので、やりがいにつながっています」と声を弾ませる。自身の“やる気スイッチ”は「大家族の番組やYouTubeを見ること」。「決まって見る家族がいるわけではなく、大家族が映っているものならなんでも。大家族を見ると『私なんてまだまだ』って思えて頑張れるんですよ。だから自分が疲れたり、まいってしまった時は大家族の番組とかを見ますね」。参考にすることはあれど、「“こういう風になりたい”ではないんです。自分たち夫婦や家族どうすれば幸せになれるかってことなので、特に私が“コレ!”というものはありません。私たちのベストを手探りで見つけて壁を乗り越えていくだけです」と語っていた。■辻希美1987年6月17日生まれ、東京都出身。2000年、12歳のときモーニング娘。のメンバーとしてデビューする。モーニング娘。の派生ユニット「ミニモニ。」や加護亜依とのデュオ「W(ダブルユー)」としても人気を集める。04年にグループから卒業する。07年、俳優・杉浦太陽と結婚、第1子を出産。10年に第2子、13年に第3子、18年に第4子が誕生。ママタレントとして子育て世代から支持を集め、YouTubeでも活躍中。
2024年06月01日障害者等級1級の難病を持つ妻。私は夫として妻を支え、私も妻に支えられ共に過ごしてきました。妻は出生時、腸に悪性の腫瘍が見つかり、手術で除去。以来、(同じ症状の前例がない)難病指定され、毎日の検査や点滴、数十回の手術をしながら今に至ります。妻を育てた義母は、病気だからと言って甘やかすことなく厳しく厳しく妻を育てたそうです。そんな義母と戦うことになるとは思ってもいませんでした。長男を無事に出産妊娠時、世界的に見ても過去に同じような病気の人で出産したという前例がなかったため、どうなるかわからない状況でしたが、妻の強い意志で出産を決意。無事、男の子が生まれてきてくれました。 しかし、ここで妻が持病の不調も相まって産後うつになってしまいました。私は会社をしばらく休ませてもらい、できる限り子どもと妻のお世話をして過ごしましたが、妻のうつは悪化し、主治医から1~2カ月入院するように言われました。 義母からの言葉私は妻に安心して入院してもらうためお互いの両親に事情を話し、子育ての手伝いを頼みました。私の母は快く引き受けてくれました。しかし義母は、「自分の子は自分たちで育てなさい。できないなら里親の元に出せ」と。 続けて「娘も、あんたひとりで子どもを育てるより里親の元に出したほうが安心する」とも言われました。「この人は何を言っているんだ?」、「少しぐらい手伝って」と義母に対して私は思ってしまいました。 義母との戦いここまで義母に言われて腹が立ちましたが、妻の顔もあるので「もういいです」と帰ろうとすると、さらに「あなたのエゴでその子に苦労をかけるな」というようなことを言ってきたのです。 さすがに私もプチンッときたので「絶対にこの子も妻も自分が幸せにするから黙っててください」と言って帰りました。結局、妻の入院中も義母には絶対に頼らず乗り切ることに。正直すごくしんどいと思ったこともありましたが、義母との件もあり奮起しました。 義母の想い2カ月後、妻も無事退院。妻には入院中、一連の内容を話さずにいましたが、退院後にこんなことがあったと告白しました。すぐに妻は事実確認をすると義母に連絡。すると義母から思いもよらぬ返答がありました。 私がちゃんと妻の退院までひとりでしっかり子育てをするように、あえてそう言って試したとのこと。正直今でも腑に落ちずにいますが、義母への怒りのような感情をエネルギーに変えて、この期間子育てを頑張れたというのも事実でした。 子育てにはいろいろな考え方があり、正解はありません。自分の価値観だけでなく、視野を広げて「子育て」に向き合うことが大切なのかなと思います。実際あのときの経験があって、多少のことではへこたれないようになりました。もちろん「しんどい思いをする」ことが正解とも思っていませんが、間違ってもいないとも思います。そういう意味では勉強になりました。著者:八杉竜平3歳男児の父。運送業を退職しWeb業界へ。障害者等級1級の難病を持ち、産後うつを経験した妻との子育てについて執筆中。
2024年06月01日第一子を妊娠してすぐ、夫と一緒にわが子の名前を考え始めました。一生懸命考えたわが子の名前。無事に出産した報告を含め、生まれてきたわが子の名前をLINEで初めて義母に伝えたところ……!? 初めての出産報告がとても悲しい思い出になってしまったエピソードを紹介します。 夫婦で一生懸命考えたわが子の名前待望の第一子妊娠! 夫の苗字がごく一般的なものなので、わが子は下の名前で覚えてもらえるような、特徴のある名前を付けてあげたいと思っていました。夫と2人で、姓名判断などを考慮しながら検討。臨月に入ったころ、やっと2人の思いが詰まった名前が決まりました。 私の実家には事前に名前を報告し、家族から賛成してもらいました。義理の実家からは、「夫婦で決めた名前だからどんな名前でも賛成だよ!」と言われていたため、実際の名前は伝えず、生まれてからのお楽しみにしました。 無事出産! その直後、悲しみのどん底に長い陣痛の末、やっとの思いでわが子を出産。出産に立ち会った夫も、初めてわが子を抱いて大興奮、大感激でした。わが子を抱いた写真とともに、初めてわが子の名前を夫が義母にLINEで伝えました。 その後、夫や私の両親は喜び勇んで朝食を食べに行き、私は産後の安静のため、分娩台でひとり待っていました。すると、私と夫と義母のグループLINEに、義母から「がっかりしました。名前は反対です」とメッセージが……。産後、初めてかけられたのがこんなに悲しい言葉だなんて……。 双方の歩み寄りが足りなかった義母も私たちに名づけを任せる気持ちに嘘はなく、私たちも自分たちで考えた名前なら絶対喜んでくれると思い込んでしまっていたことが、最大の失敗要因でした。義母は、想定外の名前にびっくりしてしまったのだと思います。 結局、長男の名前は生まれてから考えた新しい名前に落ち着きました。めでたい事柄だからこそ事前にしっかり相談し、報告しておけば、初めての出産報告がこんなに苦い思い出にならなくて済んだのに……と反省するばかりです。 わが子は両親にとっても大切な孫であるということをもっと認識しなければなりませんでした。名づけだけでなく、そのほかの帰省スケジュールや初節句についてなど、両親としっかり連携できるように努めることが大切だと思いました。 イラストレーター/星田つまみ著者:鍜治すみの生後6カ月と2歳、2男の母。長男妊娠時の切迫早産により、9年続けた製薬会社のMR職を退職。前職では主に産婦人科領域製剤を担当。培った知識をフルに活かし執筆活動や育児に奮闘中。
2024年06月01日産後間もなく初めての育児が始まり、睡眠時間も自分の時間もとれずに身も心もボロボロな毎日を送っていた私。そんなときに、近所に住む女性からの何気ない言動を重く受け止めてしまい、ナーバスになっていたころのエピソードをお話しします。 ボロボロな私に対して初めての出産を経て、ほぼワンオペでの育児が始まりました。しかし育児ストレスからか食欲もあまりわかず、息子が生後3カ月のころには私の体重は産前に比べ5キロ以上減少。さらに息子は夜泣きがひどく、夜中何度も起きていたため、そのころの私は常に寝不足でボロボロな状態。 そんなある日、息子を連れて近所を散歩していると近所に住む高齢女性に会いました。私があいさつすると、ギョッとして「えっ? 〇〇(私)さんなの!? 何でそんなにやつれてるの?? やだ〜、母乳あげすぎなんじゃない!?」と言われたのです。 できればあまり会いたくない……その場ではアハハと受け流したのですが、家に帰ってから「子どものために頑張っているのに、私だって好きでこんなにやつれているんじゃないのに……」と、ひとりで泣きながら悔しい思いをしたことをよく覚えています。 その後も、その女性と近所で会うたびに、私の姿を上から下まで見ては「うわぁ〜、また痩せたんじゃない?」と引き気味に言われました。正直あまり会いたくなかったのですが、ご近所さんなのでなかなかそうもいかず、バッタリ会ってしまった際には、あまり会話をしないようにやり過ごしていました。 息子の成長とともに変化がやがて息子が1歳半になり、断乳を開始すると夜中起きることも減ってきて、睡眠時間が確保できたことで私の体調もだんだん良くなっていきました。ある日、いつものように息子と近所を散歩していると、例の女性と遭遇。 また何か言われるかなと少し身構えていましたが、「あら〜! 〇〇(息子)くん、あんよがじょうずになったわねぇ〜! ママも元気そうでよかったわ!」と明るく言われ、私は体調が安定してきたこともあり、素直に「ありがとうございます」と言えるようになっていました。 息子が5歳になった今では、あのご近所の方は悪意があって言っていたのではなく、ただ心配して、親切心から言ってくれたのかな? と思えるようになりました。ですがもし今後、私が逆の立場になったら、産後間もない女性に対しては、もっと気持ちに寄り添って接したいな……と思います。 作画/キヨ著者:小野 美穂6歳の幼稚園男児のママ。乳児期に産後うつになり、治療をおこなう。現在は趣味のイラストを活かした仕事をしている。
2024年05月31日子どもが産まれてすぐのこと。夫の地元の友だちが数人でお祝いに来てくれました。私もうれしかったのですが、出産祝いを見てびっくり。思わず涙が出てしまいました。 プレゼントを開けてみたら…子どもが産まれてすぐのこと。夫の地元の友だちが数人でお祝いに来てくれました。出産祝いにと全員から洋服のプレゼントを頂きました。 「面白い洋服を見つけたから買ってきたよ」と渡してくれたのは、とあるマンガのヒーローの衣装。うちの子は女の子だけど……と思いましたが、とりあえず着せてみてと言われ、着せることに。 洋服を着た娘の姿を見て、私は思わず悲しくなり涙が出てしまいました。今ならこんな感情にはならず、かわいい!と思えるので、産後でホルモンバランスが崩れていたことが大きかったと感じています。産後こんなに感情が変化すると思っておらず、自分でも驚きました。夫に相談し、今後は嫌なことは無理せず伝えるなど、対応を考えていこうとなりました。 ◇ ◇ ◇ 産後はホルモンバランスが急激に変わるため、これまでは何ともなかったことに対しても不安になったり、悲しくなったり、イライラしたりすることがあります。多くの場合は自然に治りますが、気になる際は産婦人科などで相談しましょう。 イラスト/シュー子著者:ぽんこ
2024年05月30日「いろいろ聞くけど、無痛でいいんじゃないの?」(※画像は西野未姫さんオフィシャルブログより)西野未姫さんは2022年11月に「極楽とんぼ」の山本圭壱さんと結婚、31歳の年の差が話題に。今年の5月21日、第一子を妊娠していることを発表しました。三児の母で芸人のくわばたりえさんは、かねてより山本さんと親しくYouTubeでも頻繁にコラボ。家族ぐるみでキャンプに行くこともあり、くわばた家の子どもたちにとっては「けいちょん!けいちょん!けいちょん!と産まれた時からずっと可愛がってもらっている親戚のおじさんみたい」な存在なのだそう。もちろん、そんな山本さんの奥さんになった西野さんのことも、娘のように可愛がっているくわばたさん。妊娠については、西野さんから「直接電話で伝えたい」と電話で報告があったといい、「本当に良かったよ!」と大喜びです。これまでもYouTubeでコラボをしていた二人ですが、くわばた家にて一緒に料理を作りながら妊娠と出産、子育てをテーマにキッチントークを繰り広げました。西野さんがまず気になっているのは分娩方法のことで、「バタやんさんも普通分娩ですか?悩んでるんですよね、今。痛いの味わってみたいけど怖い……」と不安を打ち明けます。三児とも普通分娩で産んだくわばたさんですが、「いろいろ聞くけど、なんやかんやで無痛でいいんじゃないのって思う」と即答しました。「うちの母世代は痛みを知って産むっていうような考えやったし、私もどっかでそんな考えがあってんけど。今思ったら無痛でもどっちでもいい。最終的には元気で生まれてくることが一番だから」(くわばたさん)同時に、くわばたさんは「母子共に元気にっていう言葉を当たり前と思ってたけど、当たり前じゃないのよね、やっぱり」と、出産は予定調和ではないことを強調しました。里帰りしたいけど、赤ちゃんの大変さを夫にも体感してほしい…!「子どもができるまでにやっておいた方がいいこと」として、くわばたさんは「(子育ては)何が大変かを(夫の)山本さんに知ってもらうことが大切やと思う。(出産後の)寝られない辛さがどんだけ大変かとか」と明言。産後を経験したママたちはみんな口を揃えて「寝られない辛さがどれだけ大変か」を訴えるといいます。しかし、今の山本さんは「広島東洋カープ優先の生活」で「俺にとってカープは人生の柱」と豪語するほど。西野さんは山本さんのカープ愛の強さに若干の懸念があるとし、「たとえば(保育園の)お迎えにカープの(試合)時間に行かなきゃいけないとかなったら(カープを)優先できないんだよ?って言ったら、『それはどうにかしてなんとかやります』とか言ってて。大丈夫かなって」と、産後の不安を明かします。くわばたさんは「アホなんかって」と呆れつつ、「カープより子ども、ってなる!!! カープなんて言うてられへんぐらい(子育ては)大変!」と予言。さらに、「産後のホルモン(バランス)ってびっくりすんねんけど、山本さんのやることなすこと全部キレそうになると思う」と、西野さんの変化も予想しました。というのも、くわばたさんの夫は「めっちゃ優しい」人なのですが、夫が子どもをお風呂に入れて体を拭き、タオルで「いないいないバァ」とあやしてくれている様子を見ていて、なぜかくわばたさんは「めっちゃ腹立って『早く拭いて服着せろよ、風邪引くやんけ!』みたいになって」イライラ。長男が1歳くらいまでずっとイライラしていた、といいます。振り返ってみると、妊娠~出産を通して崩れたホルモンバランスの影響と、とにかく長男が「寝ない子」だったことが大きいそう。当時は「毎日朝5時ぐらいまで抱っこしながらソファで寝てて、ちゃんと寝た記憶がないねんな」と言い、「そういうイライラにプラス、生理前のイライラするとかあるやん、それの最高潮みたいな」と、当時を振り返りました。「だから山本さんには、産後、未姫さんがイライラしたときに『なんだこいつ』って思わんと、『未姫の中にいるホルモンは何だ!』って思ってほしい。未姫さんはイライラしたくてしてるんじゃないよ、ホルモンのせいだっていうことを覚えといてほしい」と言葉に力を込めました。また、西野さんの実家は静岡で両親も元気なため、里帰り出産を検討中ですが、くわばたさんは「絶対里帰りしい。長いなら長い方がいい」「(山本さんが寂しがるとか考えず)自分のことを一番に考えて」とオススメする一方で、「でも赤ちゃんの大変さを味わってほしいという葛藤もな……」と、迷いどころです。最終的には、西野さんのお母さんに手伝いに来てもらって、山本さんにも赤ちゃんの大変さをしっかり味わってもらいつつ、西野さんは身体を休めるという案で落ち着いていました。
2024年05月30日産後の女性が夫にイライラを感じるという話はよく耳にします。産後の私も例外ではなく、夫が家事や育児をすればするほどイライラが募っていきました。今回は、私の産後の様子と夫へのイライラが落ち着いていった過程についてお話しします。 どうしてイライラするの? 心と体に異変産後、家のことに不慣れとはいえ、夫の一挙手一投足に怒り、夜の夫婦生活なんて考えただけで夫を突き飛ばしたくなる有様だった私。「私はこんなに心が狭かったの? ちょっとイライラしすぎじゃないだろうか?」と、私は自分の感情に悩み、違和感を覚えていました。 そんなとき、自分の体にも異変が起きました。毎晩息苦しくて何度も目が覚めて眠れず、日中には気絶するように突然寝てしまうようになったのです。診察を受けると、なんと鼻にできたポリープが鼻腔を塞いでいたことが判明しました。 病気が判明、ずっと睡眠不足だった!?耳鼻科医によると、ポリープはかなり前からあり、産後の私は過度な睡眠不足になっていたようでした。ポリープ除去には1週間の入院と手術が必要とのこと。 ただ、入院している間、仕事のある夫は1歳3カ月の子どもの面倒を見ることができません。そこで何軒も病院をまわった末に、なんとか日帰り手術をしてくれる病院を見つけ、異変から5カ月後にやっと手術が決まりました。服薬のために断乳し、手術後、私の体調は劇的に回復し始めました。 熟睡と月経の再開で落ち着いた心と体手術のおかけで、睡眠中もきちんと呼吸ができるようになったことに加え、断乳したことで子どもの夜泣きがなくなり、ようやく私は熟睡できるようになりました。さらに産後1年8カ月ぶりに月経が再開。 こうして順調に体調が整っていったある日、ふと気付きました。「最近、夫に全然イライラしない……!」。自分でもコントロールできない夫へのイライラは、自分の本意ではなかったとはっきりと感じました。その後、夫婦仲は自然と改善していったのでした。 今振り返ってみると、夫へのイライラは、ポリープの影響による睡眠不足に加えて、産後特有のホルモンバランスの乱れによるものだったのではないかと感じています。 イラストレーター/大福 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。著者:唐木田幸一児(男の子)の母。出産を機に報道関係の仕事を退職し、現在は専業主婦。自身の体験をもとに妊娠・出産・子育てに関する体験談を中心に執筆中。趣味はブルーレイ収集と寺巡り。 監修者・著者:助産師 松田玲子医療短期大学専攻科(助産学専攻)卒業後、大学附属病院NICU・産婦人科病棟勤務。 大学附属病院で助産師をしながら、私立大学大学院医療看護学研究科修士課程修了。その後、私立大学看護学部母性看護学助教を経て、現在ベビーカレンダーで医療系の記事執筆・監修に携わる。
2024年05月30日かおりさんが娘・こはるを出産後、夫・いちろうはすぐに育休に入る予定でした。しかし、いちろうのミスで先延ばしに。突然ワンオペ育児を任され、自分の体に限界を感じていたかおりさんは、育休に入ったいちろうにスパルタ指導を開始しました。いちろうは育児をなめていたことを反省し、かおりさんもいちろうを許したのですが……。いちろうは育休中にも関わらず、会社の後輩・みほの口車に乗せられてかおりさんに内緒で面倒な仕事を引き受けました。さらに育休前の1カ月間、引継ぎが忙しいという理由で会社に寝泊まりしていたときも、実はみほの仕事を肩代わりしていたことが判明。かおりさんは産後の妻子よりみほを優先したいちろうに激怒しますが、直後に体に痛みが走り、救急搬送されることになりました。 娘のことお願いね…!私は病院に運ばれながら、自分のことよりも家に残される娘のことが心配でたまりませんでした……。 いちろうはかおりさんの実家の食堂に連絡し、かおりさんが倒れたことを報告します。 両親が病院に駆けつけると、かおりさんの痛みは治まっていました。医師によると、倒れた原因はストレスによるものだったようです。 かおりさんは両親に事情を伝え、現在はいちろうがワンオペでこはるを見ていると心配そうに話しました。 「じゃあ私は店に戻る」 するとかおりさんのお父さんは、店があるからと帰宅。 ちょっと冷たいと感じるかおりさんでしたが、かおりさんのお母さんは「お父さんが向かったのはきっとお店じゃないわよ」とつぶやきます。続けて、自分たちにとってかおりさんは、いつまでも大切な娘だと伝えるのでした。 倒れたことをきっかけに、両親の愛情を再確認したかおりさん。子どもは何よりかけがえのない存在ですが、自分の両親にとってもそれは同じこと。 育児に奮闘するあまりつい自分のことは後まわしにしてしまいがちですが、両親を悲しませないためにもどこかに頼ったり、手を抜けるところは手を抜いたりと、自分のことを労わってあげられるといいですよね。 >>次の話著者:マンガ家・イラストレーター くまお
2024年05月29日皆さんは、義家族との関係に悩んだ経験はありますか? 今回は「出産後にいなくなった赤ちゃん」にまつわる物語とその感想を紹介します。 ※この物語はフィクションです。イラスト:モナ・リザの戯言義母にうんざり嫁イビリ義母と同居していた主人公。夫も義母の言いなりで、主人公はうんざりしていました。そんなある日、主人公の妊娠が判明。すると義母は「おばあちゃんになりたくない。産まないで」と言ってきたのです。義母の発言に引いてしまった主人公は、出産するまで義母とは別居することにします。そして無事に出産を終え…。かわいい赤ちゃん出典:モナ・リザの戯言出産に反対していた義母は、赤ちゃんを見た途端「天使!」と叫びメロメロに…。そして出産後、目覚めた主人公は赤ちゃんがいないことに気づきます。「あの私の赤ちゃんは…」と看護師に確認すると「退院しておうちに帰られましたよ?」と言われ…。その後、赤ちゃんの名前も決め「出生届も出した」と夫から聞かされた主人公。急いで家に戻りますが、赤ちゃんは見当たりません。なんと赤ちゃんは、義実家に連れ去られていたのでした。読者の感想妊娠した人に向かって「産まないで」と言うなんて、義母の言動に絶句しました。義母の言いなりで主人公を守ってくれない夫にも、絶望しますね…。(30代/女性)勝手に赤ちゃんを連れ去った挙げ句、名前まで決めているなんて勝手すぎると思います。どうか主人公のもとに、赤ちゃんが無事戻れますように…。(40代/女性)※本文中の画像は投稿主様より掲載許諾をいただいています。※作者名含む記事内の情報は、記事作成時点のものになります。※記事内の行為は法に触れる可能性があります。絶対に真似をしないようにしてください。※実際に募集した感想をもとに記事化しています。(lamire編集部)
2024年05月29日《今日何ヶ月かぶりにパーソナルトレーニングをしていただいて心から思ったのですが、知識って本当に、人の心身を救うと思うんです。この番組もいろいろなことを教えてくれたので ぜひその時間をご一緒出来たら嬉しいです!》5月28日、Instagramにこう綴ったのは俳優の土屋太鳳(29)だ。この日放送された『カズレーザーと学ぶ。』(日本テレビ系)に出演した土屋。番組では「虫歯&口臭改善スペシャル」と題し、“中年男性より若い女性のほうが口が臭い”という調査結果を紹介。そこで女性ホルモンを餌に歯周病菌が増殖するため、女性は1ヵ月に一回、歯周病になるリスクが高くなるという話が。思いがけないリスクに、「女性って大変なんだなって思います」と土屋が苦笑する場面もあった。そんな土屋に対して、視聴者は熱視線を注ぐことにーー。というのも、放送中からSNSで「美しさに磨きがかかっている!」と美貌を讃える声が次々と上がったのだ。番組出演時、ゆるくパーマのかかった落ち着いた色合いのブラウンヘアに、モノトーンのトップスとスカートを合わせてシックな装いだった土屋。顔が締まったようにも見え、以前よりも洗練されたイメージだ。そのためXでは、美貌を絶賛する声がこう上がっている。《カズレーザーと学ぶ見てたら土屋太鳳綺麗過ぎてびっくりした》《土屋太鳳ちゃん、こんなに綺麗だったっけ!?ってぐらい美しくてビビってるw》《前までは、可愛い可愛いって感じであんまり好きじゃなかったけど、久しぶりに見たらさっぱりした綺麗さがあって衝撃の美しさなんだけど》《土屋太鳳、出産前より頬がシュッとしてる 顔つきもちょっと変わってて最初誰?ってなった 可愛い、からキレイになってる!》昨年1月にGENERATIONSの片寄涼太(29)との結婚を発表し、続いて8月に出産を報告した土屋。5月19日放送の『おしゃれクリップ』(日本テレビ系)では、産後も変わらぬスタイルを維持するために、子供をあやしながら“プランク”をするなど、育児をしながら筋トレに励んでいると語っている。変わらぬ美貌は努力の賜物のようだ。
2024年05月29日女優の佐久間由衣が、映画『おいハンサム!!』(6月21日公開)の完成披露舞台挨拶が28日に都内で行われ、吉田鋼太郎、木南晴夏、武田玲奈、MEGUMI、宮世琉弥、浜野謙太、山口雅俊監督とともに登場した。同作は、父・伊藤源太郎(吉田)と、幸せを求め人生に迷う三姉妹 長女・由香(木南晴夏)、次女・里香(佐久間由衣)、三女・美香(武田玲奈)、そしてマイペースな母・千鶴(MEGUMI)という伊藤家5人が織り成す、「恋」と「家族」と「ゴハン」をめぐる新感覚コメディ。○■佐久間由衣、第1子出産後初の公の場 映画「おいハンサム!!」完成披露舞台挨拶に登場今年3月に第1子誕生を発表した佐久間。今回のイベントが出産後初の公の場となった。イベントでは、同作のタイトルにちなみ「最近ハンサムだと思った自身の行動・身の回りのでき事」についてトーク。佐久間は「鋼太郎さんが私のことを由衣って呼んでくれたこと」とエピソードを披露する。「すごく嬉しくて! 『由衣って呼んでくれたぁ!』とすごくハンサムだなと思って、ドキッとしました」と笑顔を見せた。自身のハンサムエピソードを話され、照れた様子の吉田も「呼び捨てってすごく嬉しいよね。わかる! だからなるべく呼び捨てにするタイミングを一生懸命探したりするんだけど、そんなに親しくなっていないときにやっちゃうと、おかしいじゃない? だからちょうどいいタイミングに言ったんだろうね(笑)」と振り返っていた。
2024年05月29日少し恥ずかしいのですが、わが家の妊娠中の夫婦生活について、お伝えしたいと思います。1人目の妊娠時は、安定期に入ってから何度かしました。ただ妊娠7カ月ごろになると、体に負担を感じるようになったので、夫婦生活は一旦お休みすることに……。そして、2人目を妊娠中は性欲もわかず、上の子のお世話で疲れてレス状態になっていたのです。 1人目妊娠中、妊娠中期は性生活あり1人目の子どもを妊娠したときは、とにかく幸せでお互いに性行為をしたい気持ちはありましたが、安定期に入るまでは我慢しようと決めていました。 そして妊娠中期、つわりもおさまって体調がよくなってきたころに自然と性行為をするように。そのときに気を付けたのは、おなかに負担がかからないようにすること、おなかが張ってきたらすぐにやめるということ。無理のないように気を付けました。 だんだんと性行為が負担になる妊娠7カ月を過ぎておなかがだんだん大きくなってくると、赤ちゃんを守りたいという思いが強くなってきて、性欲もなくなり、性行為が負担になってきました。 そこで、夫から誘いがあっても「おなかも大きくなってきてつらいから、赤ちゃんのために一緒にくっついて寝るだけにしよう」と話をして理解を得ていました。産後は産後で体調が悪かったので、しばらくは「体調が悪くてごめんね」と理由を伝えて断っていました。 2人目妊娠中は性行為なし産後、しばらくは性欲がわかず、赤ちゃんのお世話で精一杯だったのですが、産後1年半くらいしてからまた自然と性行為をするようになり、2人目を妊娠。ただ、今度は1人目のときと違い、上の子のお世話に追われ、疲れ果てて上の子とぐっすり寝てしまうことが多く、妊娠中は性行為一切なしで過ごしました。 時折、夫から誘いがあったのですが、正直に「疲れているし、性欲がわかなくてごめんね」と伝えると理解してくれました。 妊娠中は、ホルモンの関係で性欲がなくなる女性も多いのだそうです。赤ちゃん第一と考えて、夫にも理解してもらい、妊娠中は無理のない性生活を送れたらいいですね。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 イラストレーター/ムチコ 著者:石原みどり知的障害を持つ子どもと口唇口蓋裂を持つ子どもの母。波乱万丈で大変なこともあるが、子どもたちと幸せいっぱいに生活している。経験を踏まえ、子育てに関する情報を発信中。 監修者・著者:助産師 松田玲子医療短期大学専攻科(助産学専攻)卒業後、大学附属病院NICU・産婦人科病棟勤務。 大学附属病院で助産師をしながら、私立大学大学院医療看護学研究科修士課程修了。その後、私立大学看護学部母性看護学助教を経て、現在ベビーカレンダーで医療系の記事執筆・監修に携わる。
2024年05月29日かおりさんが娘・こはるを出産後、夫・いちろうはすぐに育休に入る予定でした。しかし、いちろうのミスで先延ばしに。突然ワンオペ育児を任され、自分の体に限界を感じていたかおりさんは、育休に入ったいちろうにスパルタ指導を開始しました。いちろうは育児をなめていたことを反省し、かおりさんもいちろうを許したのですが……。かおりさんと仲直りした矢先、いちろうは会社の後輩・みほの口車に乗せられてかおりさんに内緒で面倒な仕事を引き受けました。しかし、そのことがかおりさんにバレてしまい夫婦喧嘩に発展。いちろうは正直に謝ったものの、育休取得の1カ月前からいちろうが会社に寝泊まりしていた原因がみほの仕事を肩代わりしたためだったことが判明します。 あのときの苦労は何のため?夫は本当に反省したようで、泣きじゃくりながら土下座します。ですが私はそんな夫を冷ややかな目で見ることしかできず……。 かおりさんはいちろうが謝罪しても、女子社員をラクさせるために自分が苦しんでいたのかと納得できませんでした。いちろうが不在の間、倒れそうになりながらも必死に耐えてきたのはいちろうを信じていたからと話します。 「もう無理!」かおりさんがそう言い放ったとき、事態は急変。突然かおりさんの体に激痛が走り、その場に座り込んでしまいました。いちろうは救急車を呼ぶも、こはるが起きてしまいあたふた。 そんな中、自分の体よりも真っ先にこはるを心配するかおりさんに、いちろうは心を打たれるのでした。 限界がきていたかおりさんは、ついに救急搬送されることに。産後から休むことなく育児をおこなっていたため、自分が思っている以上に体に負担がかかっていたのでしょう。 それに加え、夫の裏切りが判明したとなれば大きなストレスを受けたはず。いちろうさんはようやく家族と向き合えるようになりましたが、今回のような事態が起こるもっと前に気づくべきではなかったでしょうか。いちろうさんにとって本当のワンオペ育児が始まります。かおりさんに「安心して任せられる」と思ってもらえるように頑張ってほしいですね。 >>次の話著者:マンガ家・イラストレーター くまお
2024年05月28日第一子を出産後、実母のいない仁美は義母に手伝いに通ってもらうことになりました。優しい夫と義母に頼れる幸せをかみしめていた仁美。しかし出社する夫を見送った瞬間、義母の態度は豹変し…。■優しい義母に甘えていたら…出産後、仁美たちが家に帰ると義母が産後の準備をして待っていました。実母を早くに亡くした仁美は感激するのですが、夫が仕事に行ってしまうと義母が豹変して…。■なぜ?夫がいると別人に…夫が仕事に出かけると、急い冷たい言動になる義母。戸惑う仁美でしたが、義母に甘え過ぎたのかもしれないと反省して、自分でも動くようにしたのですが、夫が帰ってくると優しくなって…。こちらは投稿者のエピソードを元に、ウーマンエキサイトで公開された漫画です。漫画に対する読者からのコメントを紹介します。■読者の反応は…!産後間もない仁美に対する義母の酷い言動に、様々な批判が集まりました。まずは義母の性格についての怒りの声です。・自分が昔苦労したんだか知らないけど、産後の嫁に八つ当たりするな。・じゃあ、帰っていいですよ?さよなら。精神的苦痛が1番ストレスたまるし。・子ども産んで大変な時にいじめるって人間としてどうかと思う。性格歪んでるなぁ。・主人公が実母に頼れない(亡くなっている)のをわかってて陰湿なことしてるね、この義母。しかも旦那も頼りない感じ。次に、嫁いびりについて、夫は気が付かないだろうと懸念する読者の意見です。・これ夫に言ったとしても「気のせい」「母さんは悪気はない」とかで済まされそう。義母の世話をする方が大変だから帰ってもらいな。・典型的な嫁イビリな。これじゃ奥さん身体が休まらないよ。旦那はそれに気付かずのほほんとしてるんだろうな~。・こういう義母っていますよね。息子の前では奥さんと良好アピールしておいて2人きりになると途端に冷たくなる。旦那は表の顔の母親しか信じず妻の言い分に全く耳を傾けない。2人の時だけに起こる、姑の嫁いびり。なかなか他の人に分かってもらいにくいのではないかと考える読者からのアドバイスです。・「わぁ!美味しそうですね!」ありがとうございます。と言って写メその後夫にLINEで送信。・こんなわかりやすい嫌がらせしてくれてるならどんどん写真撮ろうや。・こっそり見守りカメラをリビングにつけて旦那に見てもらったら?嫁に喧嘩売ってくる義母多いけど孫や家族のイベントに今後呼んでもらえなくなると思わんのかね。最後に、読者が義母からされた経験を明かしてくれました。・1人目の時に義母がなぜか産後のお手伝いするわって家に一週間来た時のこと思い出す。手伝いに来てくれたはずなのに、昼食は私が義母の昼食を毎日買いに行かされるという…。しかもお金も払わないし。そのときのことを思いだしてしまった…。今回、仁美と2人の時だけに発せられる義母のひどい言葉に、読者から批判の意見が多く集まりました。中には、分かりやすい嫌がらせだから、周りにバレやすいのでは?という意見も。読者の怒り治まらず、義母への過激な言葉も多く見られるほどでしたが…。読者が懸念していた「夫は気が付いてくれるのか?」。今後夫婦での問題も発生して…。▼漫画「裏表がある義母」
2024年05月28日妻が妊娠中つわりで苦しんでいるというのに、気遣ってあげるどころかモラハラ言動をしてくる夫もいるようです。今回は、妊娠中夫にひどい扱いを受けた妻が、産後夫に仕返しした話を紹介します。子どもに会おうとする夫を断固拒否…!「つわりで苦しんでいた妊娠中、夫はたびたび私にモラハラ言動をしてきました。『つわりなんかたいしたことない。ちゃんと家事をしろ』と言ってきたり、ご飯を作るのもやっとだったのに『メシが不味い!作り直せ!』と激怒してきたりとか……。頭にきた私は、里帰り出産で実家に帰ってからしばらく夫からの連絡を絶ちました。立ち合い出産は断固拒否、産婦人科への夫の見舞いも断固拒否。実家に来て子どもの顔を見ようとしていましたが、それも拒否……。その間、夫は義両親をはじめ親戚たちから『子どもはどうしたの?』といろいろ聞かれて大変だったそうですが、そんなの知りません。その後、夫は妊娠中の私への態度を反省したようですがね」(30代女性)▽ 周りにどう見られているか、世間体を気にする夫のようですので、これは懲りたことでしょう。ただ、夫も離婚されないだけマシだと思った方がいいですよね。
2024年05月28日今回は人気のマンガを紹介します!どんな結末になるか考えてみてくださいね。出産直後に離婚を宣言した夫主人公は出産後体調があまりよくなく、実家でゆっくり過ごすことに…。しかし夫はそんな主人公のことを「主婦としての仕事をサボるために家に帰ってこない」と言うのです。その後、主人公は夫から「家事をしないなら、用済みだから帰ってこなくていい」と言われました。そして夫は主人公の実家に離婚届を送りつけてきたのです。息子はもらう出典:Youtube「Lineドラマ」「離婚する。息子はこっちで育てる」と言い始めた夫に、主人公は「は?」と困惑します。そして離婚届に記入はせず、送り返すこともしなかった主人公。すると、痺れを切らして連絡してきた夫に、主人公は”あること”を告げました。問題さあ、ここで問題です。主人公はなんと言ったでしょうか?nextpageヒント主人公が実家に帰っている間に、夫は大きな秘密を抱えていたのです。みなさんは答えがわかりましたか?正解は…出典:Youtube「Lineドラマ」正解は「夫への慰謝料請求」でした。夫の浮気に気づいた主人公は、証拠集めをしていたのです。そして夫の浮気相手が、主人公の入院中に親切にしてくれた看護師だったと発覚。そのことを夫に突きつけますが、夫は「…へ?知らない」としらを切ります。そんな夫に主人公は「今にわかるわよ」と言い放つのでした。本編を読む※本文中の画像は投稿主様より掲載許諾をいただいています。※作者名含む記事内の情報は、記事作成時点でのものになります。※こちらのお話は体験談をもとに作成しています。(CoordiSnap編集部)
2024年05月27日「里帰りするんでしょ」と、誰もがそう声をかけてきて……。母親のことが苦手な私は里帰り出産をしない少数派で、里帰りしないその選択は親不孝なのだろうか……。そう悩んでいました。実際に里帰りしないで2人の子どもを出産。デメリットばかりではない、夫婦で向き合った出産と育児の経験をお伝えします。 母親が苦手な私は「里帰りしない出産」へ私は遠方へ嫁いだため、母親と会うことも少なくなっていました。待望の妊娠が判明してすぐ私が考えていたのは、里帰り出産をしなくてもいい方法でした。母親のことが苦手な私。里帰り出産をして、母親と顔を合わせれば喧嘩してしまう……。 出産後、実家で子育てすることを想像しただけでストレスを感じました。周囲の反対を押し切り、夫を説得し、誰も頼ることのできない自宅アパートに残ることを私は決意しました。 出産! 産後1カ月を乗り切った方法出産当日。初めての陣痛も夫婦で乗り越え、無事に元気な男の子を出産しました。私の入院中、夫は自分のことだけでも大変だったのに、わが子を迎え入れるために部屋を掃除し、さらに退院の準備でバタバタしたようです。 退院後、必要な物はネットで購入。注文した翌日に商品は届きます。退院1週間後の健診は、タクシーを利用しました。産後1カ月の間、洗濯は後回し、掃除もしない……。食事は健康的なメニューの宅配弁当に頼り乗り切ったのです。 里帰りしない出産の最大の利点は?無理しないことを大前提に、私はファミリーサポートや産後ヘルパーなどさまざまなサービスを利用することに。おかげで産後3週間は、ほぼわが子のお世話だけをして体を休められました。何より私の心が穏やかでした。 ただただ眠るわが子を夫婦で愛おしく見つめ、困ったことは夫婦で試行錯誤する。産後1カ月間、わが子と私のために頑張ってくれた夫。いつもそばにいてくれた夫のことを本当に信頼し、良いパートナーだと実感できました。里帰りしない出産で私の心身は健康に、そして家族の絆は深くなったと感じています。 産後はささいなことで不安になったり、苛立ったりしていた私ですが、実家に帰れば余計なストレスを感じていたはずです。しかしアパートに残ったことで、夫や友人に相談しながら育児に奮闘できました。2人目も里帰りはしませんでしたが、さらに夫がたくましく思えました。もし3人目を妊娠しても、迷うことなく私は里帰りしない出産を選択します。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 イラストレーター/ライコミ著者:山本加奈子2児の母。自身の体験をもとに、妊娠・出産・子育てに関する体験談を中心に執筆している。監修者・著者:助産師 松田玲子医療短期大学専攻科(助産学専攻)卒業後、大学附属病院NICU・産婦人科病棟勤務。 大学附属病院で助産師をしながら、私立大学大学院医療看護学研究科修士課程修了。その後、私立大学看護学部母性看護学助教を経て、現在ベビーカレンダーで医療系の記事執筆・監修に携わる。
2024年05月27日年上女性が放つ、一風変わった魅力は多くの人々を惹きつけます。しかし、時折その行動や発言から予期せぬ失望を感じる瞬間があるかもしれません。自分ばかりが主役の話「悩みを相談したが『頑張れば大丈夫』で話を終えられ、自分の悩みが聞かれた感じがしなかった」(24歳)相手の悩みに耳を傾け、共感を示すことが何よりも重要になるでしょう。適切な食事マナーの欠如「食べる時の音や、食器を鳴らす行動に驚いた」(26歳)年上の女性との食事で、予想外のマナーのなさにびっくりすることも。食事中の様子は、その人の一面を映し出し、第一印象を大きく左右することになるでしょう。雑なお金の管理「お金に対する意識が低い年上女性の様子は、残念ながら魅力を半減させる」(25歳)財務管理の不注意は、お互いの信頼関係にもネガティブな影響を及ぼす恐れがあります。思いやりのなさはNG「出産後に義実家を訪問すると義母から『ちょっといいかしら?』と呼び出されました。なんと、大量に雑用を押しつけられて…産後の体を気遣ってくれない義母に対して悲しくなりました。」(30歳)細やかな振る舞いや言葉遣い、日頃の行動は、あなたの魅力を引き立てる重要な要素です。見直すべき点が見つかれば、改善に向けて早めに手を打つことが望ましいでしょう。(Grapps編集部)
2024年05月27日タレントの菊地亜美が、きょう27日放送の日本テレビ系バラエティー番組『大悟の芸人領収書』(後11:59)にSPゲストとして出演する。同番組は、笑いのためには金を惜しまない、令和に生きる昭和芸人・大悟が、芸人たちの私生活の領収書やレシートをエピソードとともに査定する。金額に見合う面白さと判断すれば、全額分をキャッシュバックし、さらなる芸の肥やしに使ってもらおうという、芸人トークバラエティー。お笑いコンビ・千鳥の大悟がMCを務める。アイドル時代、肌のきれいさを褒められることが多く自慢だったという菊地は、女性特有の産後の体質変化に関する悩みを告白。3歳の純粋な娘が放った無垢なひと言に隠しきれなかった動揺を語る。鈴木のほか、岡田圭右(ますだおかだ)、中西茂樹(なすなかにし)、とにかく明るい安村、栗谷(カカロニ)、たける(東京ホテイソン)が芸人ゲストとして出演する。
2024年05月27日出産直後、早くわが子に会いたいだろうと思い、県外にいる夫へ「週末会いに来る?」と連絡をしました。すると「サバゲーに行く予定だから無理」とまさかの返事が! 夫はさらに衝撃の発言をしてきて……!?赤ちゃんや私より、遊び優先!?待望の長男出産直後の話です。出産予定日を5日も超過し、結局緊急帝王切開での出産になりましたが、無事に生まれてホッとしました。私1人で実家へ里帰りしての出産だったので、県外にいる夫へ出産の報告と、産後14日以内の手続きもお願いしたく、何より早くわが子に会いたいだろうと思い、「週末会いに来る?」と連絡しました。すると「今週は無理だから、今度行く」とそっけない返事が返ってきたのです。む、無理とは……? 週末は仕事が休みのはずなのに……。わが子に早く会いたくないの……? と困惑し、「どうして無理なの?」と聞き返すと、なんと会社の人に誘われてサバゲーへ行ってくるというのです。しかも「先週だったら空けてたのに、予定日がズレたからさぁ……」と、予定日を超過したこちらが悪いかのような物言いでした。都合よく予定日ちょうどに生まれてくるわけないでしょ! 産後の私の体調をねぎらう素振りもなくて、怒りを通り越して呆れました。 結局、会いに来たのは翌週末で、たったの1日だけ。仕事の都合もあるだろうし、休みを取ってでも会いに来てとは言いませんが、産後の手続きもギリギリになってしまったし、もっとわが子との対面を喜んでくれると思っていたのに……。残念な思いをしました。 作画/赤身まぐろ著者:碓井 あかり
2024年05月26日2016年の春、出産予定日よりも10日早く長女を出産したぷにらーさん。念願の第1子が生まれて幸せいっぱいかと思いきや、出産後ある壁にぶつかってしまって……!? 出産後、つらい現実に直面。悪戦苦闘をするも… 出産後、自分が陥没乳頭であるということを知ったぷにらーさん。 「私の胸って変な形なんだ……。吸いにくくてごめんね」 赤ちゃんに謝りながらも直接授乳の練習をしたり、ニップルを使うなど、赤ちゃんが母乳を飲めるようになるか模索する日々を送っていました。 そんなある日、新生児後期健診で体重が増えていないことを指摘されてしまいます。 「母乳をあげたあとにミルクを追加して、3日後に病院などで体重を測ってこちらに連絡してください」 さっそくその日から、健診で言われた通りに授乳後は育児用ミルクをあげることに。 その3日後、ちょうど近所で赤ちゃんの測定・相談会があったため、そこで体重を測ってもらうことにしたのですが……。 「測定ですね」 「はい、あの……この子の体重が増え……てなくて……」 ぷにらーさんの目からは、涙がボロボロとこぼれてしまったのでした。 今まで必死に耐えていた感情が、ついに耐え切れなくなってしまったぷにらーさん。初めての育児でただでさえ不安なのに、今回のような状況になってしまったら、精神的につらくなってしまうのも無理はない気がしました。今回の健診では、測定のみにチェックを付けていましたが、一緒に育児の相談もしてもらったほうがいいかもしれません。 監修者・著者:助産師 松田玲子医療短期大学専攻科(助産学専攻)卒業後、大学附属病院NICU・産婦人科病棟勤務。 大学附属病院で助産師をしながら、私立大学大学院医療看護学研究科修士課程修了。その後、私立大学看護学部母性看護学助教を経て、現在ベビーカレンダーで医療系の記事執筆・監修に携わる。著者:マンガ家・イラストレーター ぷにらー2016年生まれの長女と2018年生まれの次女の姉妹を育児中。旦那の行動力に振り回されつつ、愉快な日常や体験談を描いていきます。
2024年05月25日