能登半島地震から約一か月半が経ちました。これを機に、あらためて防災対策や備蓄を見直しているという方も多いのではないでしょうか。30年以内には首都直下型の地震が発生する確率が70%(※1)ともいわれています。ママやパパはもちろん、子どももいっしょに防災について考えていくことが大切です。※1:「文部科学省地震調査研究推進本部地震調査委員会」より家族みんなで気軽に参加!防災啓発イベント2月17日(土)から首都圏9施設で開催される「第11回 &EARTH 災害に負けない知識を学ぼう! ~防災スタンプラリー~」は、三井不動産グループが行政や消防・NPOなどと連携しておこなう防災啓蒙イベント。クイズやワークショップ、さまざまな自治体のプログラムをつうじて、楽しみながら実践的な知識が身につくので、家族みんなで防災意識を高めたいという方にぴったりです。イベント会場は、首都圏各地の三井ショッピングパーク ららぽーとおよびラゾーナ川崎プラザ。参加者は会場内でスタンプラリーシートを受け取り、下記の防災ワークショップや各プログラムにチャレンジします。チャレンジするともらえるスタンプを一定数集めることができれば、防災知識とともに景品を獲得することができます。スタンプラリーなら子どもも飽きずに楽しめそうですよね。防災ワークショップ・行政のプログラム★おみくじみたいなアンケート「アみくじ」ふだん何気なく自分がしている行動が実は災害時に役立つことを「占い」を通じて、防災レジリエンスを考える気づきやきっかけを提供します。★きけんはっけん台風や大雨が迫ってきた際、よく取りがちな行動が実は自分の身を危険に近づけているかもしれないことを学ぶことで、防災イマジネーション力向上に役立ちます。★なまずの学校発災時に直面する様々な課題を紙芝居を通じて伝え、その課題をクリアするために「身近なアイテム」を「どのように使えば」解決できるか、考えるプログラム。身近なアイテムが防災グッズになり得ることを学びます。★ぼうさい NURIE※2/25(日)の三井ショッピングパーク ららぽーと柏の葉でのみ実施「地震が来たらどうするか」、「何を自分の防災リュックにいれるのか」をえながら、ぬりえを通して「いのちを守る」ことを学ぶプログラムを「わたす日本橋」が実施します。「わたす日本橋」は東日本大震災の後、三井不動産が日本橋に開所した東北の情報発信・交流のための常設拠点で、防災啓もう、環境啓発にも取り組んでいます。そのほか、ミニ消防車に乗車して撮影体験ができたり、AEDの使い方を消防士がレクチャーしてくれるなど、各会場ごとに異なるプログラムがあるので、気になる方はぜひチェックしてみてください。<各会場スケジュールと内容>◆2/17(土) 三井ショッピングパーク ラゾーナ川崎プラザ川崎市主催の防災イベント「備えるフェスタ 2023」と同時開催!川崎市主催の「備えるフェスタ」と同時開催。ルーファ広場と駐車場を会場として、行政と事業者が連携した、備えないけど備えちゃう「フェーズフリー防災」を提案。◆2/17(土) 三井ショッピングパーク ららぽーと富士見ペット防災・防火衣着装体験・家具転倒防止ワークショップ埼玉県からの協力を得て、家具転倒防止ワークショップを実施予定。地域団体によるペット防災の啓発。地元消防はこども防火衣の着装体験を実施。◆2/18(日) 三井ショッピングパーク ららぽーと横浜よこはま防災 e-park・ミニ消防車・こども防火衣装着装体験都筑区役所と都筑消防署が連携して「よこはま防災 e-park」のクイズコンテンツを実施。ほかにもミニ消防車に乗車して撮影体験ができるかも?◆2/18(日) 三井ショッピングパーク ららぽーと立川立飛レーザー消火器・バーチャル防災体験・起震車体験立川消防署の協力により「AR ゴーグル」「レーザー消火器」が体験できます。屋外会場では起震車の乗車体験も!◆2/23(金・祝) 三井ショッピングパーク ららぽーと湘南平塚応急手当体験・防災クイズ・AED の使い方地元ボランティア団体よる身近なものを使った応急手当体験を実施。イザというとき役立つAED の使い方も本物の消防士がレクチャーします。◆2/25(日) 三井ショッピングパーク ららぽーと海老名扇町防災フェスと同時開催!多種多様な防災コンテンツ目白押し起震車による地震体験、煙体験ハウスによる煙体験、水消火器による消火器操作体験及び消防本部と地元消防団による消防車両等の展示を実施します。◆2/25(日) 三井ショッピングパーク ららぽーと柏の葉防災紙芝居・備蓄品の体験&配布・AED 体験(心肺蘇生法体験)様々な場面で起こる災害にどのように対応すべきか、紙芝居形式のゲームにより楽しく学びます。また在宅避難などで必要な防災グッズの紹介や消防の協力で AED 体験を提供します。◆3/2(土) 三井ショッピングパーク ららぽーと TOKYO-BAYAED 体験・VR 体験・防災備蓄品の展示、配布・消防車展示必ず知っておきたい AED の使い方を地元消防団が実施。地震による津波や豪雨による浸水などを疑似体験できる VR 防災体験や在宅避難に必要な防災備蓄品の展示・配布などもあります。屋外では消防車の展示も実施します。◆3/3(日) 三井ショッピングパーク ららぽーと新三郷初期消火体験・AED 体験地元消防団による AED の体験が行われます。是非ご参加ください。屋外スカイガーデン1F みどりの広場前では、地域の自主防災組織有志による水消火器訓練も実施予定です。企画協力は、NPO 法人プラス・アーツ。阪神・淡路大震災を教訓として、災害時に本当に必要な知識を身に付けられるよう、お子さまでも楽しく気軽に学ぶことができる新しい防災訓練「イザ!カエルキャラバン!」を企画し、全国各地で防災知識の啓蒙に取り組んでいる団体です。ショッピングモールでの開催なのでお買いものついでに気軽に参加できるのもいいですよね。参加費も無料です。もしものときに慌てる前に、ぜひご家族揃って参加してみてはいかがでしょうか。お問い合わせ:三井不動産株式会社 広報部 TEL 03-3246-3155
2024年02月16日2011年3月11日に発生した、東日本大震災。大きな地震や津波で多くの人の命が奪われた大災害は、今もなお、人々の記憶に深く刻み込まれています。東日本大震災から、12年が経過した、2023年3月11日。地震が発生した14時46分には、各地で黙祷が捧げられました。戦後最大といわれるほどの自然災害の傷跡は深く、産経ニュースによると、同日現在、全国で約3万1千人が避難生活を送っているとのことです。『東北魂義援金』がトイレットペーパーを気仙沼市に寄贈お笑いコンビ『サンドウィッチマン』の伊達みきおさん、富澤たけしさんが開設したことで知られる『東北魂義援金』。2人は宮城県仙台市出身で知られ、東日本大震災から5日後の2011年3月16日、東日本大震災の被災者支援を目的に『東北魂義援金』を開設しました。『サンドウィッチマン』が所属する芸能プロダクション『GRAPE COMPANY』のウェブサイトによると、2022年には、気仙沼市役所の提案で、移動設置型トイレ『トイレトレーラー』を寄贈。2023年3月9日には、トイレトレーラーでの使用を中心とした、トイレットぺーパーを7200個を気仙沼市に寄贈することを発表しました。このたび本格稼働に合わせて、JPホームサプライ株式会社(東京都中央区)より一般社団法人東北魂を通じて「トイレトレーラー」での使用を中心としてトイレットぺーパーを7,200個を気仙沼市に寄贈させていただくことになりました。こちらはトイレトレーラーでの使用のほか、気仙沼市の防災物資集積配送基地に保管し、災害備蓄などに使用していただく予定です。GRAPE COMPANYーより引用加えて『東北魂防災備蓄ゼリー6個セット』が、気仙沼市に500セット、宮城県に600セット寄贈されるそうです。一連のニュースに、ネット上では「『サンドウィッチマン』の2人は本当にすごい」「ありがとう」など感謝の言葉が上がっていました。避難生活を送る人たちが1日でも早く、もとの生活に戻れることを願うばかりです。[文・構成/grape編集部]
2023年03月11日ベビーカレンダーでも人気のマンガ家の和田さんは当時茨城県で、小さいお子さん2人を子育て中でした。これは、和田さん一家が体験した震災の記録です。埼玉の夫の実家に居候して約1週間。義母の疲労が目立ってきました。慣れない息子一家(私たち)との生活が、頑張り屋の義母の負担になっているように見受けられました。 夫の会社は震災で建物自体が立ち入り禁止になっており休業中。私も仕事を休んでいたのですぐに帰る必要はなかったのですが、義実家への負担を減らすためにも、そろそろ茨城の自宅へ帰ることにしました。これから私にできること 余震によるダメージや火災、泥棒などの心配もしていましたが、自宅は無事でした。水道の漏水が見つかって数万円の出費があったものの、大ごとにはならずに済みました。そして今度は、まだ被災地で困っている人たちのために自分にできることはないのか、考え始めました。 ここまでが2011年当時に私が描いた漫画です。 あれから、10年。復興へ向けての支援をどれだけできてきただろかと、自問せずにはいられません。また、自分の漫画を読み返し、いろいろなことを忘れていることに驚きました。 今の私にできること。そしてこれからの私にできること。あの時の気持ちと体験を忘れることなく、自分にできる備えや支援を真剣に考えること。それが私にとって一番必要なことだと、今、強く思っています。 震災から10年を振り返って、自分は何ができたかを自問自答された和田さん。10年たった今もなお、大変な思いをされている方もいる、そしてこれからも震災は起こる、そのことを胸に私たち一人ひとりも今一度しっかりと受け止め考え、自分ができることをおこなうことが大切だと痛感しました。 ※この漫画は、2011年に「本当にあった笑える話」(ぶんか社)掲載されたものを、再編集・加筆しています。著者:マンガ家・イラストレーター 和田フミ江姉妹の母。趣味はゲームと旅行と美味しいものを食べること。
2023年03月08日ベビーカレンダーでも人気のマンガ家の和田さんは当時茨城県で、小さいお子さん2人を子育て中でした。これは、和田さん一家が体験した震災の記録です。夫の持病の薬が切れたことをきっかけに、茨城から夫の実家のある埼玉に避難することを決めた私たち。というのも、ネットで高速バスについての情報を得たばかりでした。 避難することを決めるも複雑な気持ちに…出発の前夜は落ち込みました。実家の家族や友だちを残して避難すること。夫の実家まで無事たどり着けるかわからないこと。いつ戻ってこられるのか、元の生活に戻れるのかわからないこと。余震や原発の状況。いろんな不安がありすぎて、自分でも何にヘコんでいるのかよくわからないなあ、と思いながら荷造りをしました。 このときは、まるで違う世界に突然来てしまったような衝撃で、しばらく呆然と雑踏を見つめてしまいました。被災地以外の場所では、計画停電などの不便はあるとはいえ、普段と変わらずに生活できている。そのギャップを目の当たりにして、何とも言えない気持ちになりました。 あれから10年。今送れている「普通の生活」が、決して当たり前のものではないことを忘れてはいけない。あのときの自分の気持ちを思い出して、改めてそう思いました。 ※この漫画は、2011年に「本当にあった笑える話」(ぶんか社)掲載されたものを、再編集・加筆しています。著者:マンガ家・イラストレーター 和田フミ江姉妹の母。趣味はゲームと旅行と美味しいものを食べること。
2023年03月05日ベビーカレンダーでも人気のマンガ家の和田さんは当時茨城県で、小さいお子さん2人を子育て中でした。これは、和田さん一家が体験した震災の記録です。震災直後、物流がストップし、他県の親族から物資を送ってもらうことができなくなってしまいました。電気は復旧したものの、水道は止まったまま。少し離れた場所に給水車が来ていると聞いて向かったのですが……。 近所で家事が発生!? 水がなかなか手に入らず、途方に暮れていたところ…… 友人からもらった井戸水は、一滴も無駄にしないよう、大切に大切に使った覚えがあります。あれから10年、今はジャージャー雑に使ってしまっている水道水。当時の私が見たら、きっと怒るだろうなあ……とふと思います。 ※2011年に「本当にあった笑える話」(ぶんか社)掲載された漫画を、再編集・加筆したものになります。著者:マンガ家・イラストレーター 和田フミ江姉妹の母。趣味はゲームと旅行と美味しいものを食べること。
2023年03月03日ベビーカレンダーでも人気のマンガ家の和田さんは当時茨城県で、小さいお子さん2人を子育て中でした。これは、和田さん一家が体験した震災の記録です。東日本大震災が発生し、私の住むエリアでは電気と水の供給がストップ。翌朝手に入れた号外で、想像以上に深刻な規模の地震と津波が発生したことはわかったものの、家族4人で1日1日をなんとか乗り切るしかありませんでした。 電気も水もない生活は……? ※断水、停電など非常時に、トイレのタンクに水を入れると製品によっては水が流れなくなる可能性がありますので、ご注意ください。 トイレは大きな問題でした。臭いがひどいだけでなく、電気がつかないので夜は子どもたちが怖がって入れず、おむつをつけて寝かせるようにしていました。せっかくはずれた長女のおむつが復活。おむつもたくさんストックしているわけではなかったので、いつまでもつか不安でした。 電気がついて、やっと情報収集できるように。状況はますます深刻になっていましたが、私と夫の実家と連絡が取れ、ひとまずみんな無事なことがわかりました。 地震とそのあとの原発事故の影響で、宅配便や郵便などの物流が止まってしまい、ほかの地域から必要なものを送ってもらうことができなくなりました。電気は復旧したものの、水道は使えないまま。食料と飲料水の確保が最優先事項になり、「次の食事に子どもたちに何を食べさせるか」に頭を悩ませる日々が続きました。 ※2011年に「本当にあった笑える話」(ぶんか社)掲載された漫画を、再編集・加筆したものになります。著者:マンガ家・イラストレーター 和田フミ江姉妹の母。趣味はゲームと旅行と美味しいものを食べること。
2023年03月02日日本時間2023年2月6日、トルコ南東部を震源としたマグニチュード7.8の地震が発生しました。甚大な被害を受け、多くの人が亡くなり、命が助かっても家が崩壊し暮らす場所を失った被災者が多くいます。この地震で多くの建物が崩壊し、がれきが散乱した街では、救助が難航。日本からは2回に分けて救援チームが派遣されました。第1陣は18名、第2陣は55名と救助犬4頭が派遣され、現地で活動。トルコの大地震に日本政府が決断被災者救助の派遣に「敬意を表します」の声同月11日には、トルコのチームが崩壊現場から130時間ぶりに女児を救出。その後日本チームの医療班が診察をし、無事を確認しました。同月25日に更新された、独立行政法人国際協力機構のTwitterアカウントは、国際緊急援助隊・救助チームが帰国したことを報告。駐日トルコ大使らと多くの拍手に迎え入れられ、花束を渡されました。地震発生直後からトルコに派遣され、救助活動を続けてきた日本の国際緊急援助隊・救助チームが無事日本に帰国しました。到着を出迎えた駐日トルコ大使より「地理的に遠い日本から発災直後に駆けつけてくれたチームの活動は、トルコ国民の胸にしっかりと刻まれた」と感謝のお言葉を頂きました。 pic.twitter.com/BdOD8TmUH8 — JICA PR (@jica_direct) February 15, 2023 『日本とトルコの絆』『ありがとう』と書かれた紙を持って、チームの帰国を待っていた駐日トルコ大使ら。トルコ大使館も「トルコは、この困難な時の日本のみなさんのご支援を記憶と心に刻み、忘れることはありません」とツイートしました。トルコで被災地域で活動された日本の緊急援助隊の一部は本日帰国され、隊員の皆さんを日本に滞在するトルコの人々と一緒に空港でお迎えしました。トルコは、この困難な時の日本の皆さんのご支援を記憶と心に刻み、忘れることはありません。 pic.twitter.com/yRIF3pLSuj — トルコ大使館 T.C. Tokyo Büyükelçiliği (@TorukoInNihon) February 15, 2023 現地で活動したチームには、さまざまな労いの言葉が寄せられていました。・日本の誇りです。お疲れさまでした。ゆっくり休んでください。・体力だけでなく、心も疲れたことでしょう。ありがとうございました。・日本のヒーロー!無事に帰国できてよかった。また、トルコ語で「ありがとうございました」「ありがとう、日本」といった声も上がっています。被害を受けた人たちの日常が、1日でも早く戻ることを祈るばかりです。[文・構成/grape編集部]
2023年02月17日現地時間2023年2月6日4時17分頃、トルコ南東部を震源とした、マグニチュード7.8の地震が発生。死者は、トルコと隣国のシリア両国で計3千700人以上、負傷者は計1万6千人以上と発表されており、今後さらに増える見込みです。イギリスやギリシャなど各国が救助要員を送るなか、日本政府もトルコ政府の要請を受け、人道支援のため国際緊急援助隊・救助チームの派遣を決定しました。同日の夜、第1陣となる18名が現地に向かって出発しています。2月6日(月)日本時間午前にトルコでM7.8の地震が発生し、多数の死傷者が出ています。トルコ政府からの支援要請に基づき、国際緊急援助隊救助チームの第一陣18名が現地に向かって出発。高い捜索・救助技術を活かし、現地で支援を待つ被災者の救助活動にあたります。 pic.twitter.com/TgY1M6BTJI — JICA PR (@jica_direct) February 6, 2023 危険を伴いながらも、救助のため現地に向かう人々に対し、ネット上では称賛や応援の声が上がっています。・1人でも多くの命が助かりますように…。無事を祈ります。・救助は時間との勝負。チームのみなさま、どうかお願いいたします。・現地に行けない私たちは、緊急支援の募金くらいしかできません。派遣された隊員に敬意を表します。・トルコの被害に衝撃を受けました。余震もあると思うので、どうかお気を付けて。また、発表を受け、トルコ在住の人々からは感謝の言葉も寄せられています。「傷付いた人々を助けたい」という切なる想いは、国境を越えるもの。数多くの震災を経験し、各国から支援を受けたこともある日本だからこそ、できることもあるでしょう。震災による、これ以上の被害が止められることを心より祈ります。[文・構成/grape編集部]
2023年02月07日震災後の福島県楢葉町・実在する障がい者施設をモデルにした舞台『なくなるカタチとなくならないキモチ』10月下北沢・横浜・大阪3都市公演!!南野陽子主演の舞台が下北沢駅前劇場で南野陽子が、震災と障がいをテーマにした作品に主演。クラウドファンディングは2日で1000%を達成!80年代にはトップアイドルとして一世を風靡し、女優としては日本アカデミー賞主演女優賞も受賞している南野陽子。その南野陽子主演の舞台『なくなるカタチとなくならないキモチ』を、障がい者に寄り添う舞台を作り続けてきた「横浜桜座」(一般社団法人グランツ)が上演します。初日は10月7日、下北沢・駅前劇場にて。その後、横浜(ラポールシアター)、大阪(インディペンデントシアター2nd)と3都市での上演を予定しています。この作品は、・物語が震災後の福島県楢葉町にある実在の障がい者施設「ふたばの里」をモデルにしていること・スーパーアイドルで大女優の南野陽子が下北沢駅前劇場のような100人規模の小劇場の舞台に立つこと・横浜桜座という、プロの俳優と障がいのある俳優が一緒に舞台を創る劇団の作品であること・脚本・大西弘記(TOKYOハンバーグ)演出・磯村純(劇団青年座)という実力派の描くエンターテインメント作品であること・クラウドファンディングが2日で1000%達成という快挙を成しとげ、今も継続中であることなどが大きな話題を呼んでいる作品です。また、この作品には、「エンターテインメントを通じて障がい者への理解を深めてもらいたい」「舞台に足を運べない人にも舞台の感動を届けたい」「それらを通じて、演劇をもっとバリアフリーにしたい」といった目的もあります。ひとりでも多くの方に、この作品のことが届くよう願っています。障がいがある方に寄り添う舞台を作り続ける「横浜桜座」横浜桜座は2013年より、プロの俳優と障がいのある俳優が一緒になって、障がいのある方に寄り添う舞台を創りあげてきた劇団です。その運営をする一般社団法人グランツの代表理事飯田浩志は、数年前、障がい者のある方がスポーツで自己表現をする姿を見て大きく心を揺さぶられたという経験が忘れられないと言います。日々自分の命と向き合いながら、己の人生をかけて信じた道を純粋に突き進む人々の姿を目の当たりにし、舞台芸術の世界でも、障がいのある方が輝く場所を創りたいと思うようになり創設したのが、劇団『横浜桜座』です。一般社団法人グランツ : あらすじ2011年3月11日。未曾有の被害となった東日本大地震。そして福島第一原子力発電所の事故により避難を余儀なくされた人たちの中に、障がいのある人たちも、もちろん故郷に追われていました。それから数年がたち、福島県楢葉町が避難解除になり、障がい者施設で働いていた早見千絵は真っ先に施設に戻り、障がいのある人たちが帰ってくる場所を用意していました。2015年9月。そんな彼女をジャーナリストの甲本郷道が取材に訪れる事からこの物語は始まります。主役の早見千絵を演じるのは南野陽子さん。震災前後の福島の障がいのある家族とそのコミュニティの物語を、TOKYOハンバーグの大西弘記が書き下ろし、青年座の磯村純がハートウォーミングに料理します。南野陽子さんと「横浜桜座」との出会い南野陽子さんと横浜桜座の出会いは2021年3月。第3回横浜桜座プロデュース公演を南野さんが観に来てくださったのがきっかけです。「なくなるカタチとなくならないキモチ」は、福島の福祉作業所を舞台に、震災・原発事故を通じて障がい者がどのような環境の中を生き抜いてきたのかを描いた作品です。モデルとなった障がい者施設『ふたばの里』を立ち上げた早川千枝子さんのところに通い取材を重ねるうちに、南野さんにこの舞台に出演していただけないだろうか…という想いが大きくなっていきました。もともと様々なボランティア活動などもされている南野さんに「一緒にこの舞台を創っていただけないか?」とオファーをしたところ、「ぜひやってみたい」と快諾していただけました。南野陽子さんと横浜桜座全ての人にエールを!!「なくなるカタチとなくならないキモチ」制作のために、福島県楢葉町にある障がい者施設「ふたばの里」に何度も足を運んで取材を重ねました。そこで見聞きした話はあまりにも衝撃的で、震災についてや原発事故について、少しでも勉強して、気持ちはそこで暮らしていた方に寄り添っていたつもりでいても、これまで公に語られていなかった事実や、そこで暮らす当事者でしか分かり得ないことがたくさんあるのだと、改めて思い知らされました。そしてこの物語の主人公を、普段から福祉に目を向けていらっしゃる南野陽子さんが演じてくださることに大きな意義を感じます。小劇場の、手が届きそうなくらい近い距離となる舞台での南野さんの演技をぜひ観ていただきたいと思います。お客様がチケットを買った瞬間から、舞台を観に行く事にワクワクが止まらない。そして観劇後はそれまで見ていた景色が少しだけ違って見える。そんな素敵な体験となるよう舞台を創ってまいります。さまざまな思いで日々を過ごしているすべての人に、今回の舞台を通して、エールを送りたい。そんな想いを今回の舞台に込めました。▼今回の公演のモデルとなった障害者施設「ふたばの里」と早川さんの記事NHK 福祉情報サイト「ハートネット」より【特集】東日本大震災 原発被災地は今(2)障害者が安心して戻れる場所を作りたい - 記事 | NHK ハートネット : 【特集】消えない不安原発事故10年・置き去りのままの障害者 - 記事 | NHK ハートネット : クラウドファンディングに挑戦中!物理的な配慮だけじゃない、 心のバリアフリーも目指した演劇を実現したい。横浜桜座の公演は、上演の際に音声ガイドや字幕などを用意し、どんな障がいのある方でも観劇ができる「バリアフリー演劇」を実現しています。一般的な舞台にかかる経費に加え、音声ガイドや字幕制作の費用も必要となります。 そして、劇場で生の演劇を見たくても見ることのできない障がい者の方もたくさんいらっしゃいます。今回の公演では本公演を収録した『DVD』、出演者を身近に感じられるコメントや稽古の様子、スタッフの作品への想いなどを掲載した『パンフレット』を制作し、「演劇に興味のある障がい者の方たちへ、ひとりでも多く届けたい。」「障がい者や福島の現状を、少しでも多く知ってもらいたい」という想いからクラウドファンディングにチャレンジ中です。パンフレットやDVDだけでなく、障がい者施設「ふたばの里」を支援できるリターンもご用意しています。ぜひ応援をお願いいたします。▼クラウドファンディングの応援はこちらから!!プロの役者と障がい者とで創る「障がいのある人に寄り添う演劇」を多くの人に届けたい : 第4回横浜桜座プロデュース公演情報『なくなるカタチとなくならないキモチ』公演メインビジュアル劇作:大西弘記(TOKYOハンバーグ)演出:磯村純(劇団青年座)■出演■南野陽子白幡大介(文化座)館野元彦(銅鑼)甲津拓平(流山児★事務所)井上夏葉(青年座)萬谷真之北澤小枝子(HANATOMO 演仕屋)三浦拓真(青年座)笠井幽夏子末次由樹仙名翔一中川涼香(文学座)飯田浩志(グランツ)藤夏子(青年座)千葉昇司高後楓(東京・横浜公演)横浜桜座(東京・横浜公演)南保大樹(東演)■スタッフ音楽/印南俊太朗舞台美術/根来美咲照明/鷲崎淳一郎(ライティングユニオン)音響/坂口野花(TEO)舞台監督/赤坂有紀子演出助手/中花子衣装/高木渚鑑賞サポート/舞台ナビLANP字幕製作/字幕サークル『まじっく』(横浜公演)宣伝美術/徳永健(クラウドボックス)宣伝写真/たかはしじゅんいち宣伝メイク/得字マキ宣伝スタイリスト/千葉良(オーガスト・インターナショナル)制作協力/株式会社星企画制作統括/加藤昌史プロデューサー/飯田浩志共催/社会福祉法人横浜市リハビリテーション事業団(横浜公演)製作/一般社団法人グランツ■チケット【発売中】前売り当日共 一般 6,000 円(税込)障がい割3,000円(横浜公演のみ・介助者1名まで同額)ユース割3,000円(20歳以下・来場時身分証持参)■グランツ受付全てのチケットのご予約承ります‼️メール ticket.sakuraza@gmail.com 電話 050-3628-3018■イープラス一般チケットのみ 公演スケジュール■東京公演下北沢駅前劇場10月7日(金)19時8日(土)14時19時9日(日)14時10日(祝)14時11日(火)休演日12日(水)14時19時13日(木)14時14日(金)14時◇15日(土)14時◇19時16日(日)14時※日時指定・全席指定席 受付は開演の 60 分前、開場は 30 分前)※全公演 車椅子席あり 耳の不自由な方でご希望の方には台本貸与◇マークの回は音声ガイドあり(利用は無料。目の不自由な方向け。他の方でも利用可)【アクセスマップ】 ■横浜公演横浜ラポールラポールシアター10月18日(火)18時19日(水)13時※日時指定・全席指定席 受付は開演の60分前、開場は 30分前※全公演 車椅子席あり※全公演字幕・音声ガイドあり(利用は無料)【アクセスマップ】 ■大阪公演インディペンデントシアター210月21日(金)19時22日(土)14時◇19時23日(日)13時※日時指定・全席指定席 受付は開演の60分前、開場は 30分前※全公演 車椅子席あり※耳の不自由な方でご希望の方には台本貸与◇マークの回は音声ガイドあり(利用は無料。目の不自由な方向け。他の方でも利用可【アクセスマップ】 ▼公演公式ホームページ第4回横浜桜座プロデュース公演|なくなるカタチとなくならないキモチ|一般社団法人グランツ : 詳細はこちら プレスリリース提供元:NEWSCAST
2022年09月17日2011年3月11日に起きた東日本大震災による衝撃は人間だけでなく、動物たちをも襲った。福島第一原発の付近の住民は、着の身着のまま、震災翌日から避難所を転々とする生活に一変し、多くのペットたちがやむなく後に残された。一方、ペットを救済するボランティアたちは、避難区域の動物たちの保護に努める。その中で見つかった人懐っこい一頭の犬の余命が一か月と診断され……。そんなひとつの実話からアニメ映画『とんがり頭のごん太 -2つの名前を生きた福島被災犬の物語-』が生まれた。フジテレビ系『踊る大走査線』やテレビ朝日系『科捜研の女』など、俳優として活躍中の斉藤曉さん(68)は、福島県郡山市出身。ごん太の飼い主である富田清さんの声優を担当した。斉藤さんに心境を聞いてみた。震災当時、故郷福島のために何かしたい気持ちがありつつ、何もできなかったと斉藤さんは振り返る。「震災時、私は都内にいました。尋常じゃない揺れに驚きました。その後、テレビで流れる津波や福島第一の原発事故の映像をまったく信じられない思いで見ていましたが、郡山の老人ホームに入っていたおふくろに電話がつながらなくて、ずいぶん心配しました。震災直後に福島から私の近所にある体育館に逃れて来た方もたくさんいらして、私に何かできることはないかと思って足を運んだのですが、目の前で泣いているおばあさんや、茫然としている女性を見ていて、僕にできることなんて、何もないんです。あの時の無力感といったら……」福島県は津波による被害だけでなく、放射能による被害も甚大だった。さまざまな問題が膨らんでいく故郷を見ながら、何もできないもどかしさを斉藤さんは、以来感じていたのだという。それから10年が経ち、『とんがり頭のごん太』の声優の依頼が入った。原発事故で避難した富田一家が、愛犬「ごん太」を連れていけず、離れ離れになってしまう。ペットを救済するボランティアの女性、吉野由紀がごん太を見つけるのだが、健康診断の時にごん太の余命が短いことがわかる。由紀は必至に飼い主を探し、ごん太は奇跡の再会を果たす、というストーリーで、動物の純粋さや混乱の中、運命を惑わされた人たちの物語が描かれている。「こんなことが本当にあったんだと驚きながらも、犬のごん太から勇気をもらえる筋書きになっています。『全編福島弁でやってください』と言われたのもとても嬉しかったです。肩の力を抜いてのびのびと楽しく仕事をさせていただけて、僕にとってはまたとない機会でした」この作品にかかわれたことで、10年経ってようやく故郷福島のために何かができた気がしているのだという。「“普通の生活”の大切さを実感しますよね。この作品は実話にアレンジを加えてアニメにしていますが、ある意味で記録だと思います。みなさんの苦労を初めて知ることができました。日本だけでなく、世界中の人にも見てもらいたいと思っています」『とんがり頭のごん太 -2つの名前を生きた福島被災犬の物語-』は5月28日からフォーラム福島で先行上映が始まり、6月3日~9日ヒューマントラスト渋谷などで劇場公開が予定されている。原案本『福島余命1カ月の被災地犬 とんがりあたまのごん太』(光文社)が発売中。(取材・文:田中響子)
2022年05月25日2011年3月11日に起きた『東日本大震災』。多くの尊い命が奪われ、各地に甚大な被害をもたらしました。震災から11年が経った、2022年3月11日に、有働由美子アナウンサーがInstagramを更新。有働アナウンサーといえば、Instagramで『うどばあちゃん』という独自のキャラクターを使い、さまざまな情報を発信しています。緊急事態宣言の一部解除に有働由美子アナ「違いが出る時には…」続く言葉に、絶賛の声有働アナウンサーは、岩手県の鵜住居(うのすまい)町にある民宿を訪れたことを明かしました。震災時の津波で娘さんを亡くした、前川さんという被災者が営む民宿で、おいしい魚をたくさん食べてきたという有働さん。そこで、被災者と交わした会話を振り返りました。 この投稿をInstagramで見る 有働由美子(@udoyumiko)がシェアした投稿 その鵜住居で、今日青色と黄色の風船があがる。「ウクライナの人たちを励ましてぇ」という想いだ。前川さんがいうんだ。おらたちは人間の手でどうにもなんねぇ津波で亡くしちまったのに。11年経ってもさ、こんなに悔しくてつれぇのに、ウクライナの人たちの気持ち考えっと、かわいそうでなんねえ。すごく心が痛む、って。できることはなんでもしてあげてぇって。udoyumikoーより引用有働アナウンサーが訪れた鵜住居町では、3月11日に青色と黄色の風船が上がったのだそうです。黄色と青色といえば、ウクライナの国旗。同月12日現在、ロシアから侵攻を受けているウクライナの情勢が、連日のように報道されています。有働アナウンサーは、訪れた被災地で、多くの犠牲者のことを想って心を痛める被災者の姿を目の当たりにしたのです。動画とともに、有働アナウンサーは「傷みを知っている人たちが、誰より一番、今痛んでいる人たちを想っている。それを感じた11年目の現地でした」と、つづっています。【ネットの声】・うどばあちゃんの声を聞いたら、涙が止まらなくなった。・被災地の人が、ウクライナを想う気持ちに感動した。想いが届いてほしい。・有働さん、ありがとうございます。1日でも早く世界に平和が戻りますように。・震災から11年が経っても、まだ痛みは消えません。今はニュースを見るたびに、心が締め付けられます。災害や戦争は、私たちの日常や大切なものを奪い去ります。痛ましい現状から目を背けず、「自分たちに今できることは何か」を考えさせられますね。[文・構成/grape編集部]
2022年03月12日東日本大震災が起こった3月11日は、改めて防災の意識が高まる日です。地震や津波は、いつ我が身に起こるか予想がつきません。不測の事態が生じたときに、自分たちの身を守るためには家での避難経路の確保や、家具の置き方、備蓄用品の整理収納がとても大事になってきます。だからこそ、このタイミングで、自宅の“防災対策”を見直してみませんか?整理収納アドバイザーの筆者が考える“地震対策でチェックすべきポイント”を紹介しますので、参考にしてください。1.避難所へ行くか、在宅避難にするか今、災害が起こったとしたら、あなたはどんな行動を取るでしょうか。とりあえず「早く避難所へ行かなくちゃ!」と考えていませんか?マンションのように耐震設計されている建物に住んでいて、以下のように居住や家族に大きな問題がない場合は、避難所へ行くより在宅避難が望ましい場合もあります。・家族にケガはない・自宅や周辺が安全である・水や食料など備蓄食材がある避難所は、自宅に居住できなくなった方を一時的に受け入れて保護するための場所でもあります。災害が起こり、避難者が殺到する可能性のある避難所では、衛生面の確保やプライベートへの配慮、ペットとの共存など、環境の変化が予想されます。精神面・体調面も考慮すると、住み慣れている在宅避難が安心なこともあります。そのために、家具に転倒防止の処理をしたり、安全を確保できる位置へ移動しておくなど、日ごろから備えておくことがとても大切です。2.在宅避難の備えを考えよう自宅での安全を確保するためには、“家庭内DIG”を考えてみましょう!DIGとは、Disaster(災害)、Imagination(想像力)、Game(ゲーム)の頭文字を取って名付けられた略語で、参加者が地図を使って災害対策を検討する訓練のことです。「一番安全なところはどこ?」「危ないと思うところはある?」「どうしたら解決できそう?」など、在宅避難で安全な環境を確保する方法について、家族内で話してみましょう。防災は家族みんなで考えてみることが大切です。危険な場所や安全なスペースなどについて家族で意見を出し合うからこそ、今まで気が付かなかった点が見えてくるかもしれません。柔軟な発想力から解決策が見つかったり、災害に備えた部屋の片付けなど、すぐに行動に移せたりすると思います。3.避難経路を確保しよう家庭内DIGで出た意見を参考にして、・安全な避難スペースはあるか・家具などが転倒しないように対策はできているか・避難経路は確保できているかこの3つのポイントを中心に、家の中を見直してみましょう。玄関・廊下廊下には捨てようと思っていた段ボール、玄関にはビニール傘や靴など多くのものであふれていませんか?避難経路である玄関と廊下には、いざというときにスムーズに移動できるよう必要最低限のものだけを置き、普段からこまめに整理することが大切です。リビングテーブルやソファなどの大型家具も、地震の揺れで思いのほか大きく移動することがあります。特に、液晶テレビは薄くて軽量なので、耐震ベルトやマットでテレビ台にしっかり固定しておきましょう。加えて、玄関やベランダへの避難経路が確保できるよう、リビングの出入口や窓ガラス付近には家具を置かないなど、配置をよく検討してみてください。寝室地震のときは、家具の転倒や落下、移動などで負傷してしまうことも。就寝中に家具が倒れてきたら、逃げる間もなく下敷きになってしまう可能性があります。また、家具が扉の前を塞いでしまうと、真っ暗な寝室から簡単に脱出できなくなります。家具の倒れてきそうな方向を想定して、転倒防止グッズで固定したり、扉を塞がないような配置にするなど、今一度見直してみましょう。4.非常用ライトを準備しておこう夜間に突然地震が起こることもありますよね。たとえ日中に起こっても日が暮れれば不安は大きくなり、とても心細い夜になるはず。よって、非常用の懐中電灯やライトの準備は万全にしておきましょう。筆者宅では、2種類の非常用ライトを常備しています。ライトを準備する際は次の3つを意識してみてください。1.各部屋にミニライトを置く入浴中に地震が起こり停電になったとしたらとても焦ってしまいますよね。そんなときのために、筆者はお風呂から出てすぐ手が届く場所にミニライトを設置しています。その他、玄関、2つの子ども部屋、寝室、リビングの合計6か所の手に取りやすい位置に置いています。2.夜間の避難に便利なヘッドライトを準備する真っ暗な部屋の中で誰がどこにいるか、床に何が落ちているかも分からないとき、とても役に立つのがヘッドライトです。ヘッドライトを装着すれば、両手が自由になるため、足元に注意しつつ、すぐに室内の安全確認ができます。外に避難する際も、避難リュックを背負い、空いた両手で家族の手をつなげば安心ですよね。なので、ヘッドライトは用意しておくのがおすすめです!3.電池で駆動する非常用ライトを選ぶ非常時に必要な電子機器は、充電式だと停電時に充電ができなくなる可能性もあります。自宅にある非常用ライトやラジオが何の電池で動くのか早めに確認し、充電式であれば買い替えを検討するのもいいかもしれません。懐中電灯や携帯ラジオなどは、単4電池か単3電池のどちらかで動作可能な機種に絞っておくと、電池の備えがとてもラクです。筆者宅のミニライトとヘッドライトは、すべて単3電池1本で使えるものを用意しています。災害時に少しでも安心できるよう万全の準備を新生活がはじまるこの時期に、暮らしの変化にあわせて、災害への備えも一緒に考えてみましょう。家庭内DIGを通して家族みんなで室内の安全に配慮できると、安心して健やかに過ごせるようになります。4つのポイントを参考に、地震対策を見直してみてくださいね。みやがわのぞみシンプル志向の整理収納アドバイザー・ライター。「暮らしもこころもかろやかに」をテーマに、ものとじぶんとゆっくり向き合える、続けやすい暮らしのちいさな仕組みを提案しています。Instagram@non.karoyakani文/みやがわのぞみ
2022年03月11日ベビーカレンダーでも人気のマンガ家の和田さんは当時茨城県で、小さいお子さん2人を子育て中でした。これは、和田さん一家が体験した震災の記録です。埼玉の夫の実家に居候して約1週間。義母の疲労が目立ってきました。慣れない息子一家(私たち)との生活が、頑張り屋の義母の負担になっているように見受けられました。 夫の会社は震災で建物自体が立ち入り禁止になっており休業中。私も仕事を休んでいたのですぐに帰る必要はなかったのですが、義実家への負担を減らすためにも、そろそろ茨城の自宅へ帰ることにしました。これから私にできること 余震によるダメージや火災、泥棒などの心配もしていましたが、自宅は無事でした。水道の漏水が見つかって数万円の出費があったものの、大ごとにはならずに済みました。そして今度は、まだ被災地で困っている人たちのために自分にできることはないのか、考え始めました。 ここまでが2011年当時に私が描いた漫画です。 あれから、10年。復興へ向けての支援をどれだけできてきただろかと、自問せずにはいられません。また、自分の漫画を読み返し、いろいろなことを忘れていることに驚きました。 今の私にできること。そしてこれからの私にできること。あの時の気持ちと体験を忘れることなく、自分にできる備えや支援を真剣に考えること。それが私にとって一番必要なことだと、今、強く思っています。 震災から10年を振り返って、自分は何ができたかを自問自答された和田さん。10年たった今もなお、大変な思いをされている方もいる、そしてこれからも震災は起こる、そのことを胸に私たち一人ひとりも今一度しっかりと受け止め考え、自分ができることをおこなうことが大切だと痛感しました。 ※この漫画は、2011年に「本当にあった笑える話」(ぶんか社)掲載されたものを、再編集・加筆しています。著者:マンガ家・イラストレーター 和田フミ江姉妹の母。趣味はゲームと旅行と美味しいものを食べること。
2022年03月11日ベビーカレンダーでも人気のマンガ家の和田さんは当時茨城県で、小さいお子さん2人を子育て中でした。これは、和田さん一家が体験した震災の記録です。夫の持病の薬が切れたことをきっかけに、茨城から夫の実家のある埼玉に避難することを決めた私たち。というのも、ネットで高速バスについての情報を得たばかりでした。 避難することを決めるも複雑な気持ちに…出発の前夜は落ち込みました。実家の家族や友だちを残して避難すること。夫の実家まで無事たどり着けるかわからないこと。いつ戻ってこられるのか、元の生活に戻れるのかわからないこと。余震や原発の状況。いろんな不安がありすぎて、自分でも何にヘコんでいるのかよくわからないなあ、と思いながら荷造りをしました。 このときは、まるで違う世界に突然来てしまったような衝撃で、しばらく呆然と雑踏を見つめてしまいました。被災地以外の場所では、計画停電などの不便はあるとはいえ、普段と変わらずに生活できている。そのギャップを目の当たりにして、何とも言えない気持ちになりました。 あれから10年。今送れている「普通の生活」が、決して当たり前のものではないことを忘れてはいけない。あのときの自分の気持ちを思い出して、改めてそう思いました。 ※この漫画は、2011年に「本当にあった笑える話」(ぶんか社)掲載されたものを、再編集・加筆しています。著者:マンガ家・イラストレーター 和田フミ江姉妹の母。趣味はゲームと旅行と美味しいものを食べること。
2022年03月08日ベビーカレンダーでも人気のマンガ家の和田さんは当時茨城県で、小さいお子さん2人を子育て中でした。これは、和田さん一家が体験した震災の記録です。震災直後、物流がストップし、他県の親族から物資を送ってもらうことができなくなってしまいました。電気は復旧したものの、水道は止まったまま。少し離れた場所に給水車が来ていると聞いて向かったのですが……。 近所で家事が発生!? 水がなかなか手に入らず、途方に暮れていたところ…… 友人からもらった井戸水は、一滴も無駄にしないよう、大切に大切に使った覚えがあります。あれから10年、今はジャージャー雑に使ってしまっている水道水。当時の私が見たら、きっと怒るだろうなあ……とふと思います。 ※2011年に「本当にあった笑える話」(ぶんか社)掲載された漫画を、再編集・加筆したものになります。著者:マンガ家・イラストレーター 和田フミ江姉妹の母。趣味はゲームと旅行と美味しいものを食べること。
2022年03月06日ベビーカレンダーでも人気のマンガ家の和田さんは当時茨城県で、小さいお子さん2人を子育て中でした。これは、和田さん一家が体験した震災の記録です。東日本大震災が発生し、私の住むエリアでは電気と水の供給がストップ。翌朝手に入れた号外で、想像以上に深刻な規模の地震と津波が発生したことはわかったものの、家族4人で1日1日をなんとか乗り切るしかありませんでした。 電気も水もない生活は……? ※断水、停電など非常時に、トイレのタンクに水を入れると製品によっては水が流れなくなる可能性がありますので、ご注意ください。 トイレは大きな問題でした。臭いがひどいだけでなく、電気がつかないので夜は子どもたちが怖がって入れず、おむつをつけて寝かせるようにしていました。せっかくはずれた長女のおむつが復活。おむつもたくさんストックしているわけではなかったので、いつまでもつか不安でした。 電気がついて、やっと情報収集できるように。状況はますます深刻になっていましたが、私と夫の実家と連絡が取れ、ひとまずみんな無事なことがわかりました。 地震とそのあとの原発事故の影響で、宅配便や郵便などの物流が止まってしまい、ほかの地域から必要なものを送ってもらうことができなくなりました。電気は復旧したものの、水道は使えないまま。食料と飲料水の確保が最優先事項になり、「次の食事に子どもたちに何を食べさせるか」に頭を悩ませる日々が続きました。 ※2011年に「本当にあった笑える話」(ぶんか社)掲載された漫画を、再編集・加筆したものになります。著者:マンガ家・イラストレーター 和田フミ江姉妹の母。趣味はゲームと旅行と美味しいものを食べること。
2022年03月05日9月1日は防災の日。家にある防災グッズを見直す人もいるでしょう。今回は、非常時だけでなく普段の食事でも活躍する非常食「ローリングストック」に最適な備蓄食と、見た目がおしゃれでインテリアにもなる防災グッズを中心に震災に備えたいアイテムをご紹介します。「防災の日」だから見直したい、備蓄グッズ防災用品を日頃からきちんと備えておくことで、いざというときも安心して過ごすことができるはず。最近ではローリングストックと呼ばれる食品もたくさん出てきています。ローリングストック法とは、日常的に非常食を食べながらも、食べたら買い足すという行為を繰り返すことで、常に家庭に新しい非常食を備蓄するという方法。そこで今回は、いざというときはもちろん、日常でも使えそうな防災グッズをご紹介します。常備食におすすめの食品5選1.『フリーズドライご飯』まずご紹介するのは、永谷園から登場した賞味期限8年の『フリーズドライご飯』。このご飯には防災ご飯で主流と言われる“アルファ化米”ではなく、より短時間で調理できる“フリーズドライ製法でできたご飯”を採用!容器にスプーンが入ってるので食器不要で、お湯なら3分、水なら5分でおいしいご飯を作ることができます。しかも、この『フリーズドライご飯』はいざというとき、水なしで“あられ”のような感覚で食べることもできるので、気になる人はトライしてみては?【商品情報】『フリーズドライご飯』価格:オープン価格賞味期限:8年2.『A-Label(エー・ラベル)あたためなくてもおいしいカレー ポーク甘口/中辛』続いて紹介するのも永谷園から発売されているもので、その名も『A-Label(エー・ラベル)あたためなくてもおいしいカレー』。食物アレルギーを持つ人にもおすすめできる商品で、卵・乳・小麦・そば・落花生・大豆の他、香料や着色料、化学調味料なども不使用とのこと。商品名にある通り、温めなくてもおいしく味わえるうえに、賞味期限が5年もあるのが魅力です。【商品情報】『A-Label(エー・ラベル)あたためなくてもおいしいカレー ポーク甘口/中辛』価格:オープン価格賞味期限:5年3.『KOIKEYA LONG LIFE SNACK 6缶セット』3つ目は、湖池屋の『KOIKEYA LONG LIFE SNACK 6缶セット』。こちらも賞味期限が5年と長期間保存できる優れものです。万が一な事態が起きても、こういった食べなれた味が非常食のなかにあると一息つけそうです。パッケージもオシャレなので、防災食をプレゼントする際にもおすすめです。【商品情報】『KOIKEYA LONG LIFE SNACK 6缶セット』価格:¥1,980 ※送料別賞味期限:5年4.『ローリングストック用フルグラ®ビッツBOX』4つ目に紹介するのは、朝食でお馴染みの『フルグラ®』から登場した賞味期限10か月のローリングストック用『フルグラ®ビッツBOX』。1袋で、バナナ2本~3本分の食物繊維(※1)が摂れるうえに、球状のフレークでこぼれづらく、食べやすいのも嬉しいですね。リモート中のおやつとして常備しながら、数が少なくなったら買い足すというのがおすすめです。【商品情報】『ローリングストック用フルグラ®ビッツBOX』価格:¥980賞味期限:10か月※1 バナナ1本(可食部100g)の栄養成分表示値は日本食品標準成分表2020年版(八訂)より算出5.『暮らしのおかゆシリーズ』5つ目に紹介するのは、防災食としてはもちろん、日常的にも食べやすい『暮らしのおかゆシリーズ』のレトルトおかゆ。2021年9月1日(水)からは、このシリーズに白米ベースのおかゆ4品(写真上段)が仲間入りするそう。雑穀ベースのレトルトおかゆ(写真下段)は常温で賞味期限480日、白米ベース(写真上段)は賞味期限540日と長期保存が可能で、味の種類も多いので、いざというときに重宝すること間違いなしです。【商品情報】『暮らしのおかゆシリーズ』価格:¥980賞味期限:雑穀ベースは480日、白米ベースは540日常備しておいて損なし!防災グッズ10選1.「ビーボ 防災備品」まず紹介するのは、デザインが豊富でおしゃれな見た目の、セミオーダー式防災備品『ビーボ 防災備品』。防災の専門家が選定した多機能ラジオや、多機能ツール、簡易救急ツールのほか、家族構成に合わせて「男性」「女性」「シニア」「キッズ」の4種類の属性ユニットから選んで組み合わせることができます。【商品紹介】『ビーボ 防災備品』価格:¥17,380サイズ:幅51.7×高さ29×奥行20㎝2.『アートトワレ トイレ処理セット』続いて紹介するのは、防災グッズでありながらインテリアとして飾れるデザイン性を持つ『アートトワレ トイレ処理セット』。保存期間は10年と長く、なかにはトイレ関連の処理セットが豊富に入っています。デザインは置き場所に合わせて、写真、イラスト、グラフィックなどから選べますよ。【商品情報】『アートトワレ トイレ処理セット』価格:¥1,760内容量:5回分重量:約250gサイズ:幅17×高さ17×奥行2.5㎝3.『ドライバッグ 2リットル』防災時の水の確保に必用な給水バッグと、濡れると困るスマホや、食料、衣服などを守る防水袋としての2つの機能を持つ『ドライバッグ 2リットル』。いざというときに重宝する、1つは常備しておきたいアイテムです。【商品情報】『ドライバッグ 2リットル』価格:¥7484.『ハイパワー加熱セット』4回分の発熱剤がセットになった『ハイパワー加熱セット』。これがあれば火や電気を使わずとも、なかに入っている発熱剤と水だけで保存食を温めることができます。いくつか常備しておくと、電気やガスなどが使えないときに便利でしょう。【商品情報】『ハイパワー加熱セット』価格:¥1,2105.『COGIT(コジット)/小さく保存!ストッパー付シャワーバッグ』万が一のときだけではなく、アウトドアでも活躍する『COGIT(コジット)/小さく保存!ストッパー付シャワーバッグ』。畳むと防災袋に入いるくらいコンパクトなサイズなのに、約20Lも水を入れられます。黒色の本体部分で太陽の熱を吸収し水を温めることができるほか、付属のフック付ロープを木などに吊り下げれば即席シャワーとしても使えます。【商品情報】『COGIT(コジット)/小さく保存!ストッパー付シャワーバッグ』価格:¥2,178サイズ:本体/60×41cm(ホース部/37cm・シャワーヘッド部/20cm)、フック付ロープ/110cm重量:約372.5g6.『人感センサー付きバーライト』続いては、LEDでできた『人感センサー付きバーライト』をご紹介。シーンに合わせて暖色と白色を使い分けることができ、搭載されている人感センサーによって人の動きを感じると瞬時に点灯。動きがなくなると、約20秒で自動消灯します。サイズも片手に収まるサイズなので、常時点灯としても手持ちライトとしても使えます。最長14時間も連続使用できるため、頻繁に充電しなくても大丈夫なアイテムです。【商品情報】『人感センサー付きバーライト』価格:1本組¥2,990、2本組¥5,980サイズ:約幅28×奥行3㎝×高さ3.4㎝重量:約145g7.『COGIT(コジット)/足まもりーな』暗闇の中で行動するときなどに心強い味方となってくれる靴のインソール『COGIT(コジット)/足まもりーな』。アラミドシート内蔵(※2)で釘などの危険物を通さない仕様になっており、災害時に足元をまもってくれます。他にも、これを靴の中に入れておくと足の痛みと疲れを軽減してくれるそうなので、普段から靴にいれておくのもよさそうですね。【商品情報】『COGIT(コジット)/足まもりーな』サイズ:M-L24.0~25.0cm価格:¥1,408重量:約131.5g※2つま先には内蔵されていません8.無印良品『いつものもしも 携帯セット』無印良品の『いつものもしもセット』がリニューアル!『いつものもしも 携帯セット』では、価格が¥1,690から¥990へと変更され、より購入しやすい価格となりました。中身はセットに内包されているEVAケースに入れて携帯することができ、いざというときに役立ちます。さらに、パッケージはエチケット袋としても使えるそう。低価格なので、備えの第一歩としておすすめですよ。【商品情報】『いつものもしも 携帯セット』価格:¥9909.無印良品『いつものもしも 持ち出しセット』普段はお出かけや旅行に使え、いざというときには家から避難する際に役立つ『いつものもしも 持ち出しセット』。水が入りにくい持ち手付きのパッケージは、濡らしたくないものを持ち出すときに役立ちます。防災時の他、アウトドアなどのシーンでも重宝してくれそう。【商品情報】『いつものもしも 持ち出しセット』価格:¥3,99010.無印良品『いつものもしも 備えるセット』普段はアウトドアなど屋外での活動に使うことができて、いざというときには、自宅で過ごすときに役立つ『いつものもしも 備えるセット」』。ファイルボックス型で、箱の高さは、無印良品の『ポリプロピレンファイルボックス・スタンダードタイプ』と同じだそう。自宅の本棚や、仕事場のファイル棚などのスペースに保管できちゃいます。【商品情報】『いつものもしも 備えるセット』価格:¥5,490ユニクロが提案する「服の備えチェックリスト」の確認も!「防災の日」に合わせ、ユニクロの公式サイトでは、災害非難のときに役立つ『服の備えチェックリスト』が公開されました。災害の備えとして衣服まで備蓄している人は少ないかもしれません。しかし、下着やアウターなど、どのアイテムが何枚ぐらい必要なのかが一覧にまとめられているので知っておくと参考になるはず!気になる人は公式サイトをチェックしてみてくださいね。いかがでしたか?災害に対する備えは人それぞれだと思いますが、万が一のときのために、できることから始めてみてください。【参考】フリーズドライご飯が「日本災害食認証」を取得しました!‐PR TIMES5年保存できるポテトチップス湖池屋「LONG LIFE SNACK (6缶セット)」8月26日より湖池屋オンラインショップにて販売開始‐PR TIMES「災害食大賞©2021」の「ローリングストック部門」において最高賞を受賞!防災の日を前に新登場!おいしく食べて備えて安心な備蓄食『ローリングストック用フルグラビッツBOX』‐PR TIMES日常食から非常食までオススメ『暮らしのおかゆシリーズ』レトルトおかゆ4品を9/1(水)新発売!‐PR TIMES【西武池袋本店】「備えたくなる防災フェア」おうち時間で防災備品にも変化‐PR TIMES【ロフト】アートとして飾れる備蓄トイレや、”浮くリュック”など普段から使いたい今どき防災グッズ‐PR TIMESディノスより、災害時以外のシーンでも活躍する防災アイテムを発売‐PR TIMES「いつものもしも」新商品発売と活動拡大のお知らせ‐PR TIMES9月1日は「防災の日」災害時の備え、準備されていないもののひとつは服でした‐PR TIMES©株式会社永谷園ホールディングス©湖池屋©カルビー株式会社©株式会社はくばく©株式会社そごう・西武©株式会社ロフト©株式会社 DINOS CORPORATION©株式会社良品計画©ユニクロ文/Nana
2021年09月01日子育てが始まったことで、食の大切さについて改めて考え始めた人は多いかもしれません。安心・安全を考えながら、家族の心と体を支えたい。けれど、子育ては想像以上に時間との戦いでもあります。できれば手軽に、手間をかけずに、そう思うのは自然なことです。今回お話を伺ったのは、長女の誕生をきっかけに安心・安全な食材宅配「生活クラブ」を始めたという山形ゆりかさんです。山形ゆりかさん 長女(9歳)、次女(8歳)、三女(生後3ヶ月)と夫、4匹の猫と暮らす。子どものためのものづくりブランド「サリークシー」としてぬいぐるみや服飾小物などを手がける作家活動も。 インスタグラム: @sariikusii 山形さんの長女が10歳を迎える今年は、生活クラブ歴もちょうど10年。子育ての歩みとともにある生活クラブが、今や家族にとって欠かせない存在となっています。子育てに二人三脚で寄り添ってきた生活クラブの魅力をたっぷり教えていただきました。初めての妊娠と東日本大震災が、生活クラブへの第一歩山形さんが生活クラブと出会ったのは、長女の誕生と東日本大震災がきっかけでした。「震災当時、長女は生後一か月と産まれてまだ間もない頃。私たちに大きな被害はありませんでしたが、それでも食材の安全性についてあちこちで意見が交わされていた時期です。それに出産後、子どもと接することで “体って食べ物でできているんだ” と感じるようになりました。やっぱり信頼できる食材を家族に食べてもらいたいと、生活クラブの加入を決めました」(山形さん)いくつかの食材宅配を比較して選んだのが生活クラブ。最初のころは、ほかの生協と同時利用していたそうですが、次第に生活クラブ一本に絞ることに。決め手となったのはこだわりの消費材(※)、そして細やかな放射能検査と添加物や遺伝子組み換えなどへの配慮でした。※生活クラブでは、取り扱う品物を「商品」ではなく、使う人の立場にたった材であるという思いを込めて「消費材」と呼んでいます調味料のほとんどは生活クラブで。「調味料のおいしさは、生活クラブを続けている理由のひとつ。手頃な値段なのに素材はもちろん、製法にもこだわってつくられているので安心です」「生活クラブの消費材は、豚肉や調味料をはじめ『ここでしか買えない』というものが多いですよね。当時、小さな子どもを育てるうえで敏感になっていた放射能検査も、きちんと数字で見える検査結果があるおかげで、やみくもに買い控えたり必要以上に怖がったりすることなく、正しく知ることができました」(山形さん)放射能や遺伝子組み換え問題、トレーサビリティの考え。山形さんの口からは、食への関心の高さがうかがえるキーワードが次々に飛び出します。とても詳しいことに驚いていたら、こんな言葉がかえってきました。「とんでもない! もともと夫婦2人暮らしのころは、安さや手軽さばかりを重視していました。遺伝子組み換えの問題や、牛や豚の餌にまでさかのぼって意識するなんて、考えたこともなかったんです。すべて、生活クラブのカタログや会報などのおかげ。『そこまで考えるべきだったのか!』と知ることも多く、生活クラブに教え、育ててもらったようなものです」(山形さん)三女の妊娠とコロナ禍の一年昨年12月、山形家には3人目の女の子が仲間入りしました。しかし、その妊娠・出産は、まさにコロナ禍との共存でもあったといいます。「買い物に行くのも怖かったので、自宅にいながら子どもや妊婦も安心して食べられる食材を届けてもらえることが、とてもありがたかったです」(山形さん) 「それに、3人目だからと動き回っていたら、妊娠中に絶対安静を言い渡されてしまい…、自宅で完全に寝たきりの時期もありましたが、上の子どもたちが自分でレンジにかけて食べられるレトルト品などにもたくさんお世話になりました。生活クラブの消費材ならおいしいうえに安心して食べてもらえます。栄養面でも、罪悪感を覚えずに済んだという意味でも、ほんとうに救われました」(山形さん)ローリングストックしている缶詰類。「コロナ禍で品薄が続いていた時期も、生活クラブは変わらず配達を続けてもらえました」 お湯を注ぐだけで完成する「ノンカップ麺」。「子どもたちが大好きなしょうゆ味をよく購入します。化学調味料不使用、国産ねぎ利用。『手抜きかな?』という罪悪感の少ないラーメンです」 コロナ禍で一層増えた手洗いの機会。「子どもたちは肌が弱く、ハンドソープもしみることがあったのですが、生活クラブのハンドソープは肌にあうようです」 忙しい日々を支える、半調理と作り置き「食は、家族の体をつくるものだから」と話す山形さんですが、そうはいっても3人の子育て真っ最中。食事だけに時間をかけられるわけではありません。そこで活躍しているのが、消費材を使った半調理や作り置きです。「食事で一番大切にしたいのは、家族みんなで揃って食べること。みんなで食べれば、少しくらい手抜きだって大丈夫。イライラしながら手をかけて作ったごはんより、みんなでニコニコ食べるお惣菜やレトルトのほうがいいですよね。消費材の冷凍食品や半調理品は、罪悪感なくおいしく食べられるものが揃っているので、とても助かっています」(山形さん)そんな山形さんの定番アイデアと、家族のお気に入りを教えていただきました。▼一晩つけるだけ、手軽に極上の「水だし」が完成「煮干しと昆布を入れて冷蔵庫で一晩。火を使わずに手軽においしいだしがとれます。生活クラブの煮干しは大きくて立派なので、濃くうまみたっぷりのだしに。常にストックしています」▼時短なのにおいしい「スクリューマカロニ」「茹で時間が4分と短いうえに、うっかり茹で過ぎてしまっても食べ応えがしっかりとしていておいしいです。写真は、みじん切りをしたミニトマト、マッシュルームやズッキーニなどの好みの野菜を炒め合わせ、茹でたスクリューマカロニと和えた簡単パスタ。先にトマトに塩をふり少し置き、出てきた水分でしっとりと炒めるのがポイントで、最後に塩で味を整えます。デポー(※東京、神奈川、埼玉、千葉で展開する生活クラブの店舗)もときどき利用していて、そこで試食して教えてもらったレシピです」▼信州こんにゃくと平田牧場のひき肉で作る「そぼろ」「こんにゃくはフードプロセッサーで粗びきにし、豚ひき肉と炒め合わせて、酒、みりん、自家製醤油麹で味つけ。ケチャップやカレーなど味つけに変化を加えることも。こんにゃくはあく抜き不要。食感がプリプリしていてとてもおいしいんです」▼レトルトや簡便食も生活クラブだから罪悪感なしご飯をつくる元気がないときも、無理せずレトルトやインスタント麺を活用。お湯を注いで3分で完成する「ノンカップ麺 しょうゆ味」に、野菜やゆで卵、作り置きしておいたローストポークなどを添えれば、目にもお腹にも大満足の一品に。「平田牧場の豚バラブロックは、煮豚やローストポークにしておけば、そのまま食べるだけでなくサンドイッチにしたり、チャーハンに使ったりと活用もしやすくて便利。なによりもおいしい! 初めて食べたときは、脂がおいしいってこういうことかと感動しました」(山形さん)▼素朴でおいしいおやつ「国産六穀クラッカー」「子どもたちがお気に入りのおやつは、どれも素材がシンプル。国産六穀クラッカーは小さい頃からよく食べていたお気に入り。香ばしくて大人も大好きな味です。お友だちと遊ぶ日は違ったものを持たせることもありますし、絶対にこれと決めているわけではありませんが、今も変わらずおいしいと食べているのを見ると、小さい頃からの味覚は大きくなってもつながっているのだなと実感します」(山形さん)食べることは、命をつくること。10年続いている、その理由毎日の暮らしのなかに生活クラブが自然と溶け込み、日常の一部となっている山形さん。振り返って10年。ずっと変わらず続けている一番の理由はなんでしょうか。「“食べることは、命をつくること” だと思うからです。安さだけを求めれば、ほかでもいいかもしれませんし、食費ももっと抑えられます。でも、うちでは安心・安全な食事はなによりも大切なこと。それを無理なく続けられる形でサポートしてくれるのが、生活クラブだと思います」(山形さん) 食も暮らしもがんばりすぎず、肩の力を抜いて。そう考える山形家では、家事も分担しています。食器洗いと猫のトイレ掃除がお姉さん2人の役割。「そのかわり、失敗があっても怒らないと決めています」「生鮮食品だけでなく加工食品も、作っている人たちの存在を感じられるところも好きな理由です。自宅に宅配してもらいながら、生産者さんたちと“つながっている”と感じられるのはうれしいことです。作る人と食べる人、両方があって成り立っているんですね」(山形さん) 子どもが寝静まったあとの夜時間が、大切な自分のためのひととき。心を込めて針を進めながら、ぬいぐるみを完成させていきます。食は大切ですが、でもそればかりを考えて暮らすわけにはいきません。自分たちにとって無理なく、続けられること。それは家庭における、食のサステナブルの小さな一歩かもしれません。家事も子育ても、そして毎日のごはん作りも。頑張りすぎず、でも愛情はたっぷりとかけながら。なにより大切なのは、心と体の健やかさ。「これからも生活クラブに、たくさん支えてもらうつもりです」と話してくれました。※ここで紹介した品物は地域によって取り扱いのない場合があります。生活クラブの消費材を無料で試せる!プレゼントキャンペーン実施中 生活クラブをきっかけに食への安心感を得て、暮らしも心もさらに豊かになった山形さん。みなさんもぜひ、実際に食べてそのおいしさ・良さを感じてみませんか? いまなら、資料請求で人気消費材を無料体験できるキャンペーンを実施中です。数量限定なので、この機会をお見逃しなく。 無料で「生活クラブ」のおいしいサンプルが試せる!キャンペーンの詳細はコチラ(2021/8/31まで) ※地域・時期によってキャンペーン内容が変わります。※生活クラブの配送を行なっていない地域のご住所にはお届けできません。※プレゼントの試供品お届けの際に生活クラブの説明をさせていただきます。▼生活クラブでは、安心・安全を追求した独自基準により「食の安全性」を保っています。 詳しくはこちら >> 取材/文:藤沢あかり撮影:山形ゆりか[PR]生活クラブ
2021年04月26日2016年4月の熊本地震で、甚大な被害をこうむった熊本城。重要文化財建造物の倒壊や、石垣の崩落、地割れなどが起こり、「地震前の状態に復旧するには20年かかる」といわれています。復興のシンボルである天守閣の復旧を最優先として作業を進め、2021年には公開できるエリアも増えてきました。しかし、まだ多くの支援を必要としている状態です。熊本城で売っていたもの熊本県に観光に行った際、熊本城を訪れたライカ(@raika0409)さんは、そこで発見したあるものに心打たれたといいます。復興の想いが強いほど、涙腺に来るお土産がこちら。もうさーーーーこういうのさーーーーー!!! pic.twitter.com/QG0KvyFr53 — ⛏ライカ (@raika0409) April 7, 2021 ライカさんが発見したのは、『熊本城瓦御守』。発売している『一般社団法人BRIDGE KUMAMOTO』によると、このような意味が込められたお守りなのだとか!熊本城瓦御守は、熊本地震で使われ、廃棄予定であったブルーシートを回収・洗浄し、縫製しました。また、御守のなかには、熊本城の被災した瓦が入っており、二度と落ちない「後来不落(こうらいふらく)」の意味が込められています。一般社団法人BRIDGE KUMAMOTOーより引用また、加藤清正公を祀った加藤神社で復興祈願をしているそうです。熊本城二の丸お休み処と、熊本城本丸お休み処にて販売中で、価格は1320円。売上の一部は熊本城災害復旧支援金に寄付されます。2021年4月9日現在は在庫切れで入荷待ち状態ですが、ネットショップ『熊本城売店 Yahoo!ショップ店』でも販売しているので、現地に行けない人も手に入れられますよ。お守りを見た人からは、「二度と落ちない」という意味にかけて「受験生にピッタリじゃん」との声が寄せられました。震災の被害を忘れず、熊本城が復旧・復元するその日まで、支援を続けていきたいですね。[文・構成/grape編集部]
2021年04月09日東日本大震災が起こったのは、私が都内の保育園に就職し1年が経とうとしていたとき。保育園で泊まりがけで子どもたちのお世話をし、帰宅困難になった保護者を待っていた時間は、子どもを持った今の私には大きな糧となっています。地震発生から無事に子どもたちを保護者に引き渡すまでの体験と、私の今の生活に生かされている教訓を紹介します。 普段より少し大きい地震…のはずが地震が起こったとき、保育園で勤務していた私は、お昼寝明けの子どもたちの保育中。いつもと変わらずおやつの準備を始めようと思っていたとき、感じるか感じないかくらいの揺れがあり、先輩保育士の指示で保育室内の窓を開けました。 しかしその後揺れがどんどん大きくなり、寝ていた子どもたちを急いで起こし、皆で一か所に集まりました。普段より少し大きい地震がきたな……くらいにしか思っていなかった私は、その後夜通しの保育になるとは想像もしていなかったのです。 不安のなかでの保育揺れが大きく余震も長く続くので、ただ事ではないと、保育士一同テレビで情報を確認しました。すると衝撃の被害状況が明らかになり、胸がざわついたことを覚えています。 子どもがいる職員は帰宅し、私も遠方に住む両親に連絡をしたのですが通信が混み合っていて繋がらず、不安が続くなかでの保育となりました。交通も止まり、保護者のなかには帰宅困難となる人もいて、同様に帰宅困難になった職員で保育を継続し、ついに夜通しとなりました。 大事な子どもと再会できた喜び夜になると次第に通信が安定してきて家族の安否を確認でき、やっと安心して保育に身が入ったというのが正直なところ。私たち保育士は子どもたちと一緒に夕飯を食べ、眠くなった子から寝かしつけをして保護者の帰宅を待ちました。 帰宅困難になった保護者が続々と子どもを迎えにきたのは22時ごろ。10km以上も離れた職場から歩いてきた人もおり、やっと迎えにくることができた安堵感がにじみ出ていました。最後に迎えにきた保護者は翌朝の8時ころ。疲れ果てた表情でわが子を抱きしめていた姿が印象的でした。 災害時保育から生かしたこと当時私には子どもがいませんでしたが、家族と連絡が取れない状況はとても不安でした。子どもを必死の思いで迎えにきた保護者も同じような気持ちだったことと思います。今は娘を育てている身として、日ごろから災害時の安否確認方法を確保しておくべきだと感じました。 そこで、NTTの災害伝言ダイヤルや携帯キャリアの災害時伝言板の使い方を確認し家族にメッセージをテスト送信するなど、いざというときにすぐに使えるようにしています。また、大事な子どもを守るために、自分も子どもも安全に避難できるような準備もしっかりと。家の中の安全な場所の確認、地域の避難場所の確認、出口付近に避難用具の設置をし、定期的に見直しをしています。 東日本大震災当時、都内では交通機関が停止し大勢の人が歩いて帰宅したようですが、今は二次災害の防止のために災害発生直後の移動は控えるように言われていることと思います。そのため、なおさら家族との連絡手段の確保をしっかりおこない、災害時に離れていたとしても、お互い安心安全に避難できるようにしたいと思っています。 監修/助産師REIKO著者:斎藤ますみ1児の母。保育士として働く傍ら、自身の出産・子育て経験をもとに、妊娠・出産・育児に関する記事を中心に執筆している。
2021年03月30日●『未来のカケラ』は「できること」を与えてくれた2011年3月11日に発生した未曾有の災害・東日本大震災から10年。マイナビニュースでは、この震災に様々な形で向き合ってきた人々や番組のキーパーソンにインタビューし、この10年、そしてこれからを考えていく。震災から5年後の2016年に制作されたショートフィルム『未来のカケラ / Pieces of the Future』(国際短編映画祭ショートショート フィルムフェスティバル&アジア制作)。政府広報室が実施した東北支援キャンペーン「東北を元気にする作文 短編映画化プロジェクト」の最優秀作品に選ばれた、岩手県在住・岩間壮太さん(当時小学5年生)の作文「震災から4年と半年(感謝を忘れない)」を原作に、施工依頼のあった「物置」と見習い大工が向き合う姿を描いている。この見習い大工・壮太を演じた須賀健太(26)は今年3月11日、Twitterに「震災から5年のタイミングで出演させて頂いた『未来のカケラ』そこからまた5年…あの時も岩手の皆さんは『忘れて欲しくない』と仰っていました。自分なんかが言うのはおこがましいけど、この先も忘れないように考え続けたいです。一緒に」と投稿した。これまでも度々同作を取り上げていたが、そこにはどのような思いがあったのか。本人を取材すると「僕は何もできなかった」と切り出し、当時から今でも抱え続けている葛藤、そして“未来のカケラ”について胸の内を明かしてくれた。○■あのとき何かできていれば――『未来のカケラ / Pieces of the Future』のオファーを受けて、率直にどう思われましたか?東日本大震災が発生した直後、僕は何もできなかった。そういうとちょっと大げさに聞こえるかもしれないんですけど、やったのはニュースを見ることぐらいで、ボランティアとかそういう具体的な行動に移すことはできませんでした。毎年3月11日が近づくと、「あのとき何かできていれば、今の自分はちょっと違っていたかもしれない」と後悔する日々。『未来のカケラ』はそんな自分にとって、「できること」を与えてくれた貴重な機会でした。覚悟は必要でしたが、お話を頂いてすぐに返事をさせていただきました。原作となった岩間壮太さんの作文を読ませて頂いて、「建築」に対する意味合いや印象が大きく変わりました。それまでの自分は、建物に対して何も考えていなかった。同じ国に住んで同じように過ごしているはずなのに、1つの経験によってここまで違いが出てしまうものなのかと。当時小学5年生で書かれていた作文ということもあって、ハッとさせられました。お芝居の上ではあるんですけど、そういうこともしっかりと届けないといけない。当時、そう思った記憶があります。――「建築」について改めて考えることは、日常の中でそこまでないですよね。岩間さんは改めて作品を観て、「物が壊れたとしても残り続ける『思い』の強さを感じました。ただ、記憶という物は時間と共に薄れていくものでもあり、それを止めておく『物』の大切さも同時に感じることができました。そのような面でも、長い間そこに有り続ける建築物は重要」と実感したそうです。身の回りにある多くの建物。そこに建っていることは、よくよく考えると「普通」ではないんです。東日本大震災から10年を迎え、壮太さんがおっしゃっているように、自分も建物に対する意識が変わったなと感じました。5年前、電車に乗って東京から撮影地の岩手県大槌町が近づくにつれて、地面に散らばったままの破片や木材とか、地震の影響と思われる痕跡がどんどん増えていって。更地になってきれいに整備された場所を見ても、「とてつもないことが起きたんだ」ということは、震災から5年経っても十分伝わりました。ニュースで取り上げられる現地の様子を見ても、どこか自分にとっては「映像の先のもの」だったことが分かったというか。『未来のカケラ』に出演させて頂くにあたって、大槌町のロケを通じてそこを肌で感じることができたのは大きかったです。●本当の意味での「忘れない」とは――須賀さんのTwitter投稿によると、現地の人は「忘れてほしくない」とおっしゃっていたそうですね。どのようなタイミングで聞いたか覚えていますか?撮影期間中、町を挙げて応援してくださっていて。空き時間は現地の方々とお話しする機会も多かったですし、夜はおいしい海鮮料理を用意してくださいました。本当に温かい方ばかりで、「来てくれてありがとう。作品を通して人々の目に触れることがうれしい」とおっしゃっていて、「忘れてほしくない」というのも交流の場で聞いた言葉だったと思います。人間、誰でも忘れていく。毎年、この時期になるとニュースでは特集が組まれているし、目に留まる機会は増えますが、「またこの時期が来たんだ」と感じることも、忘れているに等しいんじゃないかと身をもって感じます。だからといって、僕含めて何ができるんだといったら、それはまた難しい話でもあるんですけど……現在進行系でその土地で生活している人たちがいる。撮影から5年が経ちましたが、そういうことを強く感じます。本当の意味で、「忘れない」とはどういうことなのか。この作品を通して、自分も考え続けていきたい。今生まれた子たちは、当たり前ですけど震災を知らない世代です。そういう子たちにも届いたらいいなと、5年前は漠然とそんなことを思っていました。何もできずに悶々としていた自分にとっては、自己満足なのかもしれないですけど、震災に関わるお仕事を役者という自分のフィールドでできたことが何よりもありがたかった。伝えることが仕事で、演じることも仕事。でも、キャスターさんや記者さんとは違う伝え方です。なかなかそんな機会は頂けないと思いますので、僕を選んで頂いて……でもこれは僕の感覚での「良かった」でしかないので難しいんですけど……。僕としては、関わることができて良かったです。○■「当事者ではない僕」の向き合い方――俳優でしか関われない仕事ですね。現地に行って撮影していた時期、振り返ってみると町全体で盛り上げてくださって、「来てくれてありがとう」と感謝までしてもらえた。「芝居するの照れちゃうなぁ」とか言いながら(笑)、エキストラでも参加して頂き、朝から晩までの撮影にも協力してくださいました。そして、夜はみんなで宴会。あの時間はすごく……輝かしい時間だったというか。その時に、「強さ」をすごく感じたんです。実は……僕自身も現地に行くまでは、言い方が悪く聞こえてしまうかもしれませんが、まずは「気を使うこと」を意識していました。「震災のことで傷つけてしまうようなことを言わないように」とか、「どこまで聞いていいんだろう」とか考えながら行ったんですけど、現地の方々と交流すると、みなさんすごく強くてたくましくて前向きで。そして何より、僕たち以上にその作品が出来上がることを楽しみにしてくれて、そこの良い意味でのギャップが、僕はうれしかった。現地に行くことの大切さを改めて感じた瞬間でもありました。それからすごく覚えているのが、撮影の待ち時間があって現地の方が津波の映像を見せてくださったんです。それは町が飲み込まれていく瞬間を撮った、編集されていない映像でした。うまく表現できないんですけど……あの映像は忘れられません。でも、ここから目をそらしちゃダメだなとその時すごく思って。それをみんなに見てほしいというわけではなくて、それを見た「当事者ではない僕」の、作品を通して伝えられることの質が変わったと思います。それも貴重な体験でした。――当時の須賀さんは21歳頃ですよね。俳優としてどのような時期だったんですか?役者として、今後の自分はどうなっていくのかなという不安を抱えた時期だったような気がします。その頃は頻繁に舞台に出させてもらっていて、仕事の幅を広げていきたいと思っていた時期でもあったので、何よりも映像の仕事を頂けたことがうれしかったです。――2016年2月22日に投稿されたブログでは、「大槌お宝マップ」の文面を紹介し、「この想いこそが未来のカケラだろうと僕は思い、演じさせて頂きました」と書かれていました。須賀さんにとっての“未来のカケラ”とは?「本当の意味で忘れないでいること」が、僕たちができる“未来のカケラ”なのかなと思っています。冷たく聞こえてしまうかもしれないんですけど、僕は「当事者」ではないし、そこを変えることはできない。100%理解することはできないと思うんです。でも、そこに寄り添って考え続けることはできる。僕の世代は、震災発生当時に「何もできなかった」と実感した人も多かったと思います。そんな僕ら世代が忘れないでいることが、次の世代に対して繋げていけること。そういう意味でも、すごく大事な世代だと思います。実は、現地のコーディネーターさんと個人的に今でも連絡を取り合っていて。舞台も観に来てくださって、海鮮を送ってくださったこともありました。僕は本当に良い思いしかさせてもらってないんですけど、その繋がりも大切というか。僕がこの作品に出ていなかったら、その方とも繋がれていなかった。人対人として連絡を取り合っている瞬間が、僕はすごく好きです。頻繁に連絡を取っているわけでもないんですけど、年に数回のそういう瞬間は人と人との繋がりを感じることができるので、僕にとってはこれも、大切な“未来のカケラ”なのかなと思います。東日本大震災から5年というタイミングでこの作品と出会って、今年は震災から10年という節目。震災に触れてもらえる機会の1つであり続けるように、僕はこの先もずっとこの作品を話題にして、考え続けていきたいと思います。■プロフィール須賀健太1994年10月19日生まれ。東京都出身。ドラマ『人にやさしく』(02)で注目を浴び、2006年には映画初主演作『花田少年史 幽霊と秘密のトンネル』で第30回日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞。主な出演作に、『ALWAYS 三丁目の夕日』全シリーズ(05~12)、『スイートプールサイド』(14)、『学校のカイダン』(15)、『獣道』(17)、『江戸前の旬』(18)(19)、『凛-りん-』(19)、『遮那王 -お江戸のキャンディー3-』(19)。2021年1月期のドラマ『青のSP ―学校内警察・嶋田隆平―』(カンテレ・フジテレビ系)に出演した。
2021年03月26日東日本大震災の実録第8話。ベビーカレンダーでも人気のマンガ家の和田さんは当時茨城県で、小さいお子さん2人を子育て中でした。これは、和田さん一家が体験した震災の記録です。埼玉の夫の実家に居候して約1週間。義母の疲労が目立ってきました。慣れない息子一家(私たち)との生活が、頑張り屋の義母の負担になっているように見受けられました。 夫の会社は震災で建物自体が立ち入り禁止になっており休業中。私も仕事を休んでいたのですぐに帰る必要はなかったのですが、義実家への負担を減らすためにも、そろそろ茨城の自宅へ帰ることにしました。東日本大震災の実録第8話 余震によるダメージや火災、泥棒などの心配もしていましたが、自宅は無事でした。水道の漏水が見つかって数万円の出費があったものの、大ごとにはならずに済みました。そして今度は、まだ被災地で困っている人たちのために自分にできることはないのか、考え始めました。 ここまでが2011年当時に私が描いた漫画です。 あれから、10年。復興へ向けての支援をどれだけできてきただろかと、自問せずにはいられません。また、自分の漫画を読み返し、いろいろなことを忘れていることに驚きました。 今の私にできること。そしてこれからの私にできること。あの時の気持ちと体験を忘れることなく、自分にできる備えや支援を真剣に考えること。それが私にとって一番必要なことだと、今、強く思っています。 震災から10年を振り返って、自分は何ができたかを自問自答された和田さん。10年たった今もなお、大変な思いをされている方もいる、そしてこれからも震災は起こる、そのことを胸に私たち一人ひとりも今一度しっかりと受け止め考え、自分ができることをおこなうことが大切だと痛感しました。 ※この漫画は、2011年に「本当にあった笑える話」(ぶんか社)掲載されたものを、再編集・加筆しています。著者:マンガ家・イラストレーター 和田フミ江姉妹の母。趣味はゲームと旅行と美味しいものを食べること。
2021年03月12日東日本大震災の実録第5話。ベビーカレンダーでも人気のマンガ家の和田さんは当時茨城県で、小さいお子さん2人を子育て中でした。これは、和田さん一家が体験した震災の記録です。夫の持病の薬が切れたことをきっかけに、茨城から夫の実家のある埼玉に避難することを決めた私たち。というのも、ネットで高速バスについての情報を得たばかりでした。 東日本大震災の実録第5話出発の前夜は落ち込みました。実家の家族や友だちを残して避難すること。夫の実家まで無事たどり着けるかわからないこと。いつ戻ってこられるのか、元の生活に戻れるのかわからないこと。余震や原発の状況。いろんな不安がありすぎて、自分でも何にヘコんでいるのかよくわからないなあ、と思いながら荷造りをしました。 このときは、まるで違う世界に突然来てしまったような衝撃で、しばらく呆然と雑踏を見つめてしまいました。被災地以外の場所では、計画停電などの不便はあるとはいえ、普段と変わらずに生活できている。そのギャップを目の当たりにして、何とも言えない気持ちになりました。 あれから10年。今送れている「普通の生活」が、決して当たり前のものではないことを忘れてはいけない。あのときの自分の気持ちを思い出して、改めてそう思いました。 無事に夫の実家にたどり着いた和田さん一家ですが、避難先で和田さんの心は重くなってしまいます……。次回へ続きます。 ※この漫画は、2011年に「本当にあった笑える話」(ぶんか社)掲載されたものを、再編集・加筆しています。 著者:マンガ家・イラストレーター 和田フミ江姉妹の母。趣味はゲームと旅行と美味しいものを食べること。
2021年03月09日東日本大震災の実録第3話。ベビーカレンダーでも人気のマンガ家の和田さんは当時茨城県で、小さいお子さん2人を子育て中でした。これは、和田さん一家が体験した震災の記録です。震災直後、物流がストップし、他県の親族から物資を送ってもらうことができなくなってしまいました。電気は復旧したものの、水道は止まったまま。少し離れた場所に給水車が来ていると聞いて向かったのですが……。 東日本大震災の実録第3話 水がなかなか手に入らず、途方に暮れていたところ…… 友人からもらった井戸水は、一滴も無駄にしないよう、大切に大切に使った覚えがあります。あれから10年、今はジャージャー雑に使ってしまっている水道水。当時の私が見たら、きっと怒るだろうなあ……とふと思います。 なかなか復旧しないライフライン、次回はついに和田さんがある決意をします。 ※2011年に「本当にあった笑える話」(ぶんか社)掲載された漫画を、再編集・加筆したものになります。 著者:マンガ家・イラストレーター 和田フミ江姉妹の母。趣味はゲームと旅行と美味しいものを食べること。
2021年03月07日東日本大震災の実録第2話。ベビーカレンダーでも人気のマンガ家の和田さんは当時茨城県で、小さいお子さん2人を子育て中でした。これは、和田さん一家が体験した震災の記録です。東日本大震災が発生し、私の住むエリアでは電気と水の供給がストップ。翌朝手に入れた号外で、想像以上に深刻な規模の地震と津波が発生したことはわかったものの、家族4人で1日1日をなんとか乗り切るしかありませんでした。 東日本大震災の実録第2話 ※断水、停電など非常時に、トイレのタンクに水を入れると製品によっては水が流れなくなる可能性がありますので、ご注意ください。 トイレは大きな問題でした。臭いがひどいだけでなく、電気がつかないので夜は子どもたちが怖がって入れず、おむつをつけて寝かせるようにしていました。せっかくはずれた長女のおむつが復活。おむつもたくさんストックしているわけではなかったので、いつまでもつか不安でした。 電気がついて、やっと情報収集できるように。状況はますます深刻になっていましたが、私と夫の実家と連絡が取れ、ひとまずみんな無事なことがわかりました。地震とそのあとの原発事故の影響で、宅配便や郵便などの物流が止まってしまい、ほかの地域から必要なものを送ってもらうことができなくなりました。電気は復旧したものの、水道は使えないまま。食料と飲料水の確保が最優先事項になり、「次の食事に子どもたちに何を食べさせるか」に頭を悩ませる日々が続きました。 食べ物にも困り、途方に暮れる和田さん一家ですが、次回さらに驚くことが起こります。 ※2011年に「本当にあった笑える話」(ぶんか社)掲載された漫画を、再編集・加筆したものになります。 著者:マンガ家・イラストレーター 和田フミ江姉妹の母。趣味はゲームと旅行と美味しいものを食べること。
2021年03月06日東日本大震災から10年という節目の年となる2021年。震災の教訓を未来へ伝えるために、“震災の記憶”、“その後の人々が生んだ絆”、 “未来への課題”の3つをテーマに掲げた特別企画『「震災と未来」展 ー東日本大震災10年ー』が日本科学未来館にて開催される。展示は3つのゾーンによって構成。まず「ZONE1」では、地震発生から72時間のNHKニュース映像を時間を追って公開。さらに、震災で失われた街や集落を全国の建築学生の協力により1/500サイズの模型で復元するプロジェクトの紹介や、東京電力福島第一原子力発電所の事故の記録とその影響を、避難者の証言などを交えて紹介するコーナーなどで、震災発生当時の状況を追体験し、あのとき、何が、どのように起こったのかを見つめ直す。地震発生から72時間©NHK東日本大震災復興支援「失われた街」模型復元プロジェクト「ZONE2」では、NHK復興支援ソング「花は咲く」や「SEIMEI」の演技で着用した羽生結弦選手の衣装や、復興支援チャリティーの一環としてネットオークションに出品されたレディー・ガガの直筆サインとメッセージが記されたティーカップといった復興にまつわるストーリーをもった品々や、復興のあゆみを社会の出来事を交えたニュース映像で東北の10年におよぶ復興のあゆみを振り返る。羽生結弦選手©NHKレディー・ガガさんのティーカップ最後の「ZONE3」では、毎年のように国内各地で頻発する自然災害や、それに伴う複合災害時に迫られる様々な選択を仮想空間で体験できるコーナーや、新たな避難所の形など、これからの防災について考えていく。防災クロスロード(イメージ)監修:矢守克也(京都大学防災研究所) ※「クロスロード」はチーム・クロスロードの著作物で登録商標です。飛沫感染防止用テント提供:流山市大きな自然災害が頻発し、首都直下地震などの発生も懸念され、さらにコロナ禍により避難行動の変容も迫られている昨今。東日本大震災の記憶と改めて向き合い、今、私たちに必要な防災や減災について考え直す好機となるだろう。【開催概要】特別企画『「震災と未来」展 ー東日本大震災10年ー』会期:3月6日(土)~3月28日(日)※3月9日(火)、3月16日(火)は休館時間:10:00~17:00(入場は閉館30分前まで) ※入場無料・事前予約制会場:日本科学未来館 1階 企画展示ゾーン公式HP: www.nhk.or.jp/event/art2020/
2021年02月18日2021年3月11日、東日本大震災は丸10年の節目を迎えます。震災によって、1万5千人以上の尊い命が犠牲となり、多くの人たちが家や故郷を失いました。直接被災をしていない人たちにとっては、東日本大震災は『過去に起きたこと』になりつつあるかもしれません。しかし、被災者や大切な人を失った遺族たちにとって、震災は今もこの先も続く、現実なのです。『震災がもたらした悲しみ』被災地の写真スタジオで働いていた、あいしま(@setup_setup)さんは、震災後に遺影写真を作成する仕事をしていました。これまで当時の経験を自分の胸にしまっていましたが、震災から10年を機に、漫画に描くことを決めたといいます。あいしまさんが、決して忘れることができない光景とは…。(4/4) pic.twitter.com/OGod9BoCTX — あいしま@原稿中 (@setup_setup) February 11, 2021 父親の遺影とともに入学の記念写真を撮った女の子、親子の遺影写真、七五三の写真を撮った後震災で亡くなった女の子…。亡くなった人や残された遺族、つらい想いをしている子供たちの顔を思い出すたび、あいしまさんは涙をこらえることができないといいます。何年経ったとしても、被災者の人たちが抱える悲しみが風化することはないのでしょう。読者からは、たくさんの反響が寄せられました。・つらくて泣いてしまった。生きている姿を写せるって、とても幸せなことなんだと思う。・こんなに悲しい写真はない。子供たちの表情が、少しでも戻っていることを願うばかり。・こうやって個人のエピソードを読むと、報道で見た映像以上に悲しい出来事だったんだなと感じる。・大切な人が次の日も生きている保証なんてない。どうかみんなが、大事な人にその気持ちを伝えられますように。あいしまさんは、被災地に住んでいた当事者として「3月11日は、家族やパートナーと防災について考え、話してほしい」と最後につづっています。災害はいつどこで起こるか、誰にも分かりません。万一の時に生き延びて、大切な人と再会できるように、普段から防災意識を高めておくことが大切でしょう。[文・構成/grape編集部]
2021年02月12日2011年3月11日、東北地方を中心に甚大な被害をもたらした東日本大震災。警察庁によると2020年12月10日時点で、死者数は約1万5千人、行方不明者数は約2500人を超えるといいます。また、大きな被害を受けたのは人間だけではなく、ペットたちも同じです。つながった小さな命の物語震災の被害を受け、営業休止中だった福島県のJR双葉駅。2020年3月14日、9年ぶりにJR常磐線全線の運転が再開されました。そんな双葉駅で見つけられた1冊のノートが、Twitterで反響を呼んでいます。はこざき(@hakopu)さんが「どうか元の飼い主さんへ届いてほしい」という思いでのせた内容がこちらです。震災後、双葉駅前で保護されたワンちゃん(ローズ)を引き取って…3年前に亡くなりました。生きてる間に連れてきてやりたいと願っていましたが、残念です。今日、お骨にはなりましたが、やっとふるさとに連れてくることができました。喜んでいてくれたら嬉しいのですが…。どこかにいる、ローズの本当の飼い主さん!ローズを大切にしていましたよ。双葉駅に備え付けられてた駅ノートに、こんな書き込みがあった。届くといいなぁ。 pic.twitter.com/0yn55MKWSN — はこざき (@hakopu) December 13, 2020 そこには、震災で行き場を失った犬『ローズ』を引き取った人から、元の飼い主へのメッセージがつづられていました。震災後に発生した福島第一原子力発電所事故の影響で、警戒区域に指定されていた双葉駅周辺。そのため、引き取った人はローズが生きている間に双葉町へ行くことが叶わなかったのでしょう。ローズが亡くなった後も、双葉町に入れるまでローズの遺骨を大切に保管し、「ローズが生きていたことを伝えたい」という思いからこのメッセージを双葉駅に残したのです。ローズは、きっと元の飼い主へ会いたかったと思いますが、引き取った人の愛情に包まれ残りの犬生を全うしたはずです。ネット上では投稿に対し、このようなコメントが寄せられました。・もしかしたら、元の飼い主さんは会いたくても、もう会えない場所にいるのかもしれないですね。もしもそうだったら、今やっとローズと再会することができたかな…。・素敵な人に引き取ってもらって本当によかった。つらい記憶もあったことでしょう。ローズが来世でずっと幸せであることを祈ります。・涙がとまりません。どうか元の飼い主さんへ、ローズは幸せに暮らしていたことが伝わってほしいですね。多くの尊い命が失われた中で、心優しい人の手によってつながれた命の物語。この小さな奇跡が、どこかでローズを想っている元の飼い主さんへ届くことを祈るばかりです。[文・構成/grape編集部]
2020年12月16日今思えば、数分であっても子どもだけを家に残して外出するということはよくないことだと深く反省しているのですが、娘が2歳になったころ「数分なら大丈夫だろう」と娘を部屋に残してゴミ出しに行っていた私。そんななか、遠方に住むママ友が震災被害にあってしまい……。当時の様子についてママ友から教えてもらい、わが身を振り返った体験談をご紹介します。 周りもしているから大丈夫!?私の家族は、夫と娘の3人暮らし。家事は主に私がしていますが、夫はゴミ出し担当です。夫は残業が多いため、疲れているのにゴミ出しをお願いして申し訳ない……という思いが私にはありました。あるとき友人との会話の中で、本当はいけないことだとわかっていても、ゴミ捨てなどの用事のときは一瞬、子どもを部屋に残して近所で用事を済ませている人がいるが少なくないことを知ったのです。 その現実を知り、自分が神経質過ぎたのかと思い、2歳を過ぎたころの娘に「お母さん、すぐ戻るからテレビを見ていてね」と伝えたうえでゴミ出しをするように。徒歩1分の距離ですが、私は駆け足でゴミ出しをするようになりました。 ヒヤリ…ママ友の震災体験そんなある日、日本で大きな地震が発生。わが家に影響はなかったものの、友人が住む地域のため心がざわつきました……。ひとまず私は友人の無事を確認し、ひと安心。被災地が落ち着いたころ、友人が地震当日の様子を教えてくれたのです。当時、友人は1歳の娘さんと自宅で過ごしていました。 カウンターキッチンで作業をしながら、リビングで遊ぶ娘さんを見守る友人。そのとき、地震が発生。娘さんの上に棚が倒れかかり、友人は「〇〇ちゃん!」と叫びながら慌てて娘さんを抱きかかえ、事なきを得た……ということでした。 一番大切なものは私は友人家族が無事でよかったと思うと同時に、自分の身にも起こりうるリアルな体験談にゾッとしたのを覚えています。週に数回、数分だけのゴミ出し。いざというときに私は娘を守れるのだろうか?と自分に問いかけました。私は「子どもと暮らすとはどういうことか」について、改めて考えさせられたのです。 一番大切な命を守るために、安全が確証できないことをしないこと。その考えのうえで、部屋に娘をひとりにしないことを夫婦間で決めました。また、寝室に懐中電灯や予備のメガネ、スリッパなどを置き、防災対策をとるように。避難先や緊急連絡先など、いざというときのことについて家族で話し合うきっかけになりました。 少しでも夫の負担を減らしたいという思いから始めたゴミ出し。数分なら大丈夫と思い、娘をひとりにしていましたが、友人の震災体験を聞き、本当に大切なものは何かに改めて気づかされました。また、日ごろの防災意識を高める機会も与えてくれました。 ベビーカレンダーでは、赤ちゃん時代を卒業して自己主張を始めた2~5歳までの子どもの力を伸ばし、親子の生活がもっと楽しくなる【キッズライフ記事】を強化配信中。今よりもっと笑顔が増えてハッピーな毎日なりますように! 監修/助産師REIKO 著者:坂本ひろ子1児の母。自身の体験をもとに、妊娠・出産・子育てに関する体験談を中心に執筆している。
2020年12月13日2016年4月に発生した熊本地震。最大震度7の地震により、熊本県のシンボルである熊本城は甚大な被害を受けました。熊本城は復旧・復元に向けて寄付を募り、2020年6月末までに総額44億円が集まっています。同年11月2日には、『熊本城災害復旧支援金』に個人として最高額の寄付があり、人々の注目を集めました。熊本城のため1億円の寄付!『熊本城復元整備基金』に寄付をしたのは、熊本市在住の女性。なんと個人で1億円を寄付したとして、熊本県熊本市の大西一史市長が感謝の言葉をTwitterに投稿しました。昨日熊本市在住の浅野敦子さんが熊本城復元整備基金に個人としては最高額の1億円を寄付して頂きました。本当に有難いことです。熊本市を代表して御礼を申し上げるととともに感謝状を贈呈させていただきました。貴重な浄財を熊本城の復旧のために大切に活用させていただきます。有難うございました。 pic.twitter.com/kKWG9HGMLi — 熊本市長 大西一史 (@K_Onishi) November 3, 2020 1億円の寄付は、並大抵のことではありません。大西市長は女性に感謝状を贈呈。ネット上では、女性の決断に称賛の声が相次いでいます。・ご厚意に感謝いたします!・熊本市民として御礼申し上げます。・とてもかっこいい!マネできないけど、私も熊本城を未来に残すためにできることをしていきたい。熊本城は『熊本城災害復旧支援金』のほかに、城主の証が発行されるなど特典が付く『復興城主』制度の寄付も受け付け中。多くの人の想いによって復旧・復元が進む熊本城の姿は、胸に迫るものがありますね。[文・構成/grape編集部]
2020年11月05日