住宅密集地でのパッシブデザイン太陽の光や熱、風など自然エネルギーを最大限に活用し、エアコンなどの設備に頼りすぎることなく快適な暮らしを実現する“パッシブデザイン”。その設計手法を取り入れた家づくりに定評のあるオーガニック・スタジオの代表・三牧省吾さんが4年ほど前に建てた新居は、住宅密集地でのパッシブデザインの可能性を追求した実験住宅である。「この敷地は、南側と西側に3階建ての住宅が隣接しているため日当たりが悪く、しかも台形の小さな変形地のため、売れ残っていた物件でした。ただ、北東側は小さな水路と遊歩道があって開放的。ここなら悪い面を建築的に解決できるのではないかと思ったのです。もともと売れ残りには良いものが隠れていると考えていたので、まさに探していた物件でしたね」。3階までは南側からの陽射しが望めないため、屋上へ向かう階段室の窓から太陽光をたっぷり取り入れるよう工夫した。窓には断熱効果の高いペアガラスを採用し、床にはレンガを蓄熱材として使用。また、階段室の屋根には太陽熱集熱パネルを設置。1階まで貫く螺旋階段を利用して暖気を送り、暖房の補助としている。高い断熱性能を有した家は、まるで床暖房を入れているかのように足元まで暖かい。日当たりの良い家を希望していた奥さまは、この土地を最初に見たときは青ざめたという。「南側が開いていなくても、こんなに暖かくて明るいなんて目から鱗でした。家の中が一定の温度で快適です」と話す。2階ダイニングからの眺め。家の前の水路には白鷺や川鵜なども訪れるという。「ベランダに遊びに来るシジュウカラやスズメに癒されています」(奥さま)。ターミナル駅から数駅離れた静かな住宅地に建つ。「遊歩道につながるように庭を作りたかったので、家はL字型にしました」(三牧さん)。1階のビルトインガレージには、奥さまが一目惚れしたというジムニーが駐車。北海道産のナラ材を張った玄関ドアと鉄平石の壁が目を引く。左側には三牧さんの事務所がある。4階の高さにあたる屋上の庭園。周囲に遮るものはなく、さいたま新都心のビル群まで望むこともできる。右側が階段室で、屋根には太陽熱集熱パネルを設置。屋上に続く階段室。冬は太陽光を取り入れて暖房の補助に、夏は雨戸を閉めて日差しを遮り、通風の役目も。全フロアが一続きの自由な空間25坪弱の敷地に建つ三牧邸。「緑に触れる暮らしがしたくて屋上に庭を造りました」と三牧さん。20畳ほどの屋上スペースでは軽量土壌によるガーデニングを行っている。夏にはナスやピーマンなどの野菜やハーブ類など、ここで収穫した食材が食卓を彩る。また、ウッドデッキでビール&バーベキューをしたり、メダカのビオトープも楽しみのひとつという。土や水の重みに耐え、木造でありながら耐震性を確保できるのは、SE構法を採用したため。さらに、自由な空間構成を楽しめるのもSE構法の利点である。三牧邸は、1階のゲスト用トイレ以外には扉がない。2階にはLDK、3階にはバスルームと寝室があるが、扉や仕切りを設けることなく、全フロアで1つの空間を実現。風や空気が通り抜ける心地よい家となった。「ドアのないバスルームを実験的にやってみたかったのです」とは三牧さん。「トイレもシャワーブースも死角になっているため、ドアがなくても気になりません」と奥さまも不便さは全く感じないという。開放的でホテルライクなバスルームには、奥さまが勤務しているドイツの設備メーカーの商品を使用。すでに廃盤になっている貴重なものもあり、上質な空間づくりに一役買っている。「いつか使いたいと思って個人的に大切に取っておいたお気に入りの水栓たちをあちこちに使用することができて、とても嬉しいです」(奥さま)。階段から一続きの2階のLDK。塔屋へとつながる螺旋階段からの光や風も取り入れている。どっしりとして座り心地のよい革張りのソファは『KOKOROISHI』。アンティークの裁縫用テーブルとの相性も良い。1階から塔屋までを貫く螺旋階段は、自然光を各階に届ける。左側がゲスト用トイレ。2色使いの壁面がおしゃれなゲスト用トイレ。ロンドンの電車で使用していた吊り棚にトイレットペーパーを収納。屋内で扉があるのはここだけ。3階の階段室から下を見る。正面奥がバスルーム、廊下を右に行くと寝室へ。杉板を使用した造作の洗面化粧台。鏡は美容師の友人から譲り受け、フレームの色を塗り替えた。照明も自身で着色し、レトロな雰囲気に。水に強いイペ材で囲ったバスタブ。南側の窓からたっぷりの光が入る。オーバーヘッドシャワーが設置されたシャワーブースとトイレ。階段側からは死角になるよう配置されている。クラシックな印象の水栓。すでに廃盤になっている商品で、奥さまのお気に入りの1つ。3階の寝室。床は無垢のナラ材、壁はブルーグレーに塗った信州唐松を使用。壁の一面のみネイビーにペイントし、落ち着いた印象に。ベッドの左脇には、2階へとつながる通気口を設置。心地よいラスティックスタイル家を建てるにあたり奥さまが三牧さんに伝えたのは、「どのような暮らしがしたいか」ということだったという。「生活の中で、自分がしたいことや楽しみたいことを伝えました。例えば、お酒をゆっくり家で飲みたい、という具合に」。大きな作業台を設えた2列型のキッチンは、奥さまのそんな希望から生まれた。「お酒にあわせて作ったおつまみを作業台に置いて、飲みながら、つまみながら、また調理する・・・。2人で一緒に料理を作り、飲んだり、会話したりできるキッチンが理想だったんです」。また、「真新しいものではなく、素朴で荒々しさがやや残るラスティックな雰囲気もイメージとして伝えました」とも。漆喰やタイルの壁、全国各地の木材を使用した床や造作の家具など、年月が経てば経つほど味わいが増す自然素材にこだわった空間は、アンティークの家具や雑貨とも調和している。「コロナ禍で在宅勤務になり、家にいる時間が圧倒的に増えました。それだけに好きなものに囲まれた居心地の良い空間で、好きなことをすることの大切さを感じますね」と奥さま。三牧さんも「料理していても、掃除していても、何をしていても、暮らしているだけで楽しい家になったと思います」と。何気ない日常を存分に楽しまれているお2人の表情は、充足感に満ちていた。「暮らしの中心」と奥さまがいうダイニングキッチン。2人でキッチンに立つことも多いという。ダイニングテーブルは国産ナラ材の丸太から切り出した板にスチール製の脚をつけた。椅子はすべてアンティーク。手前のウィンザーチェアはイギリス製で、三牧さんのおばさまから譲り受けたもの。螺旋階段に設えた美しい曲線を描く真鍮の手すりは、特殊金属加工ができる友人が手掛けた。三牧邸の建具の金具はほとんどが真鍮製。「経年変化が楽しめ、あたたかみがあるので好きなんです」とお2人。杉板を使用した大き目の作業台とキッチンカウンター。構造上で生まれたくぼみ(奥)は調味料などを陳列。その上にある通気口は3階の寝室へとつながっている。照明はアルヴァ・アアルトの『ゴールデンベル』。名古屋モザイク工業でセレクトしたタイルと杉板のカウンターが絶妙にマッチ。キッチンの水栓はスプリング式のスプレータイプで便利。階段脇の壁一面に施した杉板の本棚。山登りが趣味というご夫妻のリュックやカメラのレンズ、アンティークグッズなど好きなものを気軽に置いているそう。エアコンは冬場はほとんど使用しないとのこと。コンパクトなオーストラリア製の薪ストーブ。「暖房器具というようりも、一生楽しめるオモチャとしておすすめです」と三牧さん。リビングの床は北海道産のシラカバ、壁は漆喰など、自然素材をふんだんに使用。三牧邸設計オーガニック・スタジオ所在地埼玉県さいたま市構造木造SE構法規模地上3階延床面積136.89㎡
2022年04月21日月を愛でる舞台装置八王子市の野猿峠突端の崖地に建つ建築家の落合俊也さんの家は、主に週末を過ごす実験住宅だ。「夕焼けの山並みと三日月が浮かぶ眺望が素晴らしいので、ここを『月舞台』と名付けました」。季節や時間に応じて大きなデッキを囲う建具を全解放し、様々な催しを楽しんでいる。崖に沿って地面をくり抜くように建てられた家は、床や壁が地面に接している安心感がある。洞窟に暮らしていた人類の太鼓の記憶が蘇るかのようだ。「地球の体温は15度あります。夏は涼しく冬は暖かい、15度という体温を活かすために崖地に住まいを作りました」落合邸でふんだんに使われている木材は、新月伐採し、葉枯らし天然乾燥させたものを使っている。「“柱を闇斬せよ”という言葉が伝えるように、冬の新月、木が眠っている時に伐採した木は狂いにくく、燃えづらく、素性のよい木となります。名器と言われるストラディバリウスのバイオリンも新月伐採の木で造られます。木のバイオリズムに叶っているのです」崖地に沿って建つ家は玄関のあるフロアが最も高い。玄関ドアを開けたらこの大空間が広がる。大きなデッキは夏の日差しを調節する機能を持つ。正面上部右側が玄関口。奥の階段は地階のベッドルームへ続く。ペンダントライトは春雨紙で作られている。キッチンも木材で作ることにより、家に関わる職人の数を減らしている。釘を使わず、一人の職人が伝統工法で作り上げた家。「大工のスターを育てたいと思いました」。木材は丁寧に面取りされていて、優しく心休まる空間となっている。玄関を入り、伝統構法の木組みの階段を降りていくと、それぞれのフロアに居場所がある。崖地の地盤に寄り添うようにスキップフロアで居室が連なる。伝統工法の木組みの階段。大地の安定した熱を利用するアースハウジング丁寧に伐採された木を使い、土間床式の地熱を利用した落合邸は、カビや新建材によるシックハウス症候群にも無縁だ。日本で2軒しか使われていないという真空断熱材を使って超高断熱高気密化し、屋根などから降りてくる暖気や冷気をしっかり断熱。窓にも結露が起きない。湿気がたまりやすい洗面やバスルームもいつもカラリとしている。「体感温度に影響するのは、床や壁が発する輻射熱です。壁や床が20度なら中の気温を20度に調整することはすぐにできますが、躯体が10度であれば、体感温度を20度にするために気温を30度にしなければなりません。温度の低い壁面の近くでは体から熱がどんどん取られます。多くの現代住宅はこうしたアンバランスな熱環境にあり、その温度差は人の健康を害し、壁内結露を生み出し、無駄な化石エネルギーの消費を生みだすという諸悪の根源ともなっています」「家の中に火を見る場所を作りたかったので、ペレットストーブを導入しました。炭や燃えカスがほとんど残らない優れものです」右側は扉の代わりに布を下げた物入れ。左側に水回り。正面は周囲の樹々を切り取ったピクチャーウィンドウ。端材を丁寧に継いだ天井は色を合わせるために柿渋を塗っている。空気の層を遮断するブラインドは断熱効果に優れる。窓は外側がアルミで劣化が少なく、内側は木製。結露を防ぐ工夫が施されている。ガラス面は紫外線で汚れを分解。地面に直に敷設したRCの床は地盤の温度が反映される。冬暖かく、夏は涼しい。炭を混ぜてグレーにしている。湿気のたまりやすい水回りも、常にカラリとしていて心地よい。「水回りは家の中の暖かい場所に作ったほうが結露しにくいです」“究極の木の家”を目指す森林の環境には人を健康にする力がある。「森林医学のエビデンスに基づき、“究極の木の家”を研究しています。均質で機械工業的な都市のストレスから開放され、生命が持つ本来のリズムを取り戻すことができます。良く眠ることができて、気持ちよく起きることができる。呼吸が深くなり、疲れを溜めにくくなり、免疫力が高まり、病気をしにくくなるのです」取材の最後に落合氏がクイズを出題。「この家は何階建てかわかりますか?」玄関〜テラス〜リビング〜ベッドルームの4層のスキップフロアだから2階建て、くらいかな??「答えは平屋です。RC+木造の平屋なのですが、確認申請がなかなか下りず、役所と戦いました(笑)」ダイニングとテラスを結ぶ横一列の大階段、設えを替えるためにはしごを登らなければ行けない和室、指を入れる穴の開いたイス……。落合邸には笑顔になってしまうしかけがそこここにある。究極の木の家、地熱利用、崖地────人生を大いに楽しむ家がここにある。木組みで造られたテーブル。木のスツールは一見重そうだが、中がくり抜かれていてとても軽い。持ち運びがしやすいよう指を入れる穴を空けている。はしごを登らなければたどり着けない和室。畳の縁が美しい。ブラインドの素材は杉。外壁はガルバリウム鋼板。内部の豊かな木の空間との対比がおもしろい。落合邸 /SILK-HUT「月舞台」設計 落合俊也(森林・環境建築研究所)規模 地階付き平屋建延床面積 133.76㎡
2022年03月14日楽しくてワクワクする家設計はある程度自由にしてほしかったので、建築家に対して具体的なリクエストはあまり出さなかったという齋藤さん。とはいえ「楽しくてワクワクするような家をつくってほしい」、さらに「光や風など自然を感じることができるような家にしてほしい」とは伝えたという。建築が好きでインテリアコーディネーターの資格ももつ齋藤さんは、設計を依頼した篠原明理さんに、学生の頃からつくってきたスクラップブックを見てもらったという。好みのインテリア写真などを貼り付けたこのスクラップブックについて篠原さんは「お話をうかがうだけでなく、齋藤さんの好きなものをある程度共有することができたので、大まかなイメージのすり合わせはできていたと思います」と話す。それはRC造の無機質でミニマルなデザインとは方向的には真逆ともいえる、内部に多様な居場所があって、かつまた、植物などがところどころに置かれているような家、といったイメージだったようだ。ロフトレベルからリビングを見下ろす。ダイニング側から見る。大きく開けた南東側の開口からは隣のお兄さんの家の庭が見える。基礎が生活の場まで立ち上がる篠原さんが最初に提出したのはRCの基礎がそのまま立ち上がって生活空間の一部となることを表す模型だった。コンセプチャルな印象も与えるこの模型を見て驚いたという齋藤さん。しかし「とてもワクワクした」という。「料理をする場所やロフトなどへ上る場所、植物が植えられる場所などがつくられていて、設計をお願いしたかいがあったなと思いました。ただ同時にどうなるんだろうという不安もあって、ワクワクと不安がちょうど半々くらいの感じではありました」篠原さんはこの模型案について「基礎からそのまま立ち上げて居場所をつくるというイメージははじめからもっていた」という。そしてその上に載る木造の部分をどうつくりこんでいくかについては、「実際の生活の場面を考えながらここにはこういう場所があったほうがいいだろう」など、齋藤夫妻と打ち合わせを重ねていったという。基礎からそのまま立ち上げたRCの階段。「象徴的なオブジェのようなものにもなっている」と齋藤さんは話す。建築家の篠原さんは左のアーチについて、装飾というよりも「ひとつの強い建築の言語として」とらえているという。打ち合わせ時にはイタリア・ルネサンス期の画家、アントネッロ・ダ・メッシーナの絵画とも関連させて説明を行ったという。洗面所のコーナー部分も基礎からそのまま立ち上げてつくられたもの。このアーチのトンネルは手前側にくぐるとすぐ目の前に吹き抜け空間が現れ、場面を切り替える役割もになっている。スタディコーナーとよばれる場所から奥に洗面所を見る。浴室はその右側につくられている。寝室のコーナー部分にもRCでつくられた場所がある。この梯子からロフトに上がることができる。右がスタディコーナー。「コンセントを上につけてもらったのでわたしはパソコンを持って行って仕事をしたりします。上の子はあそこで宿題もしますが、よくあのコンクリートの上に乗ったりしていますね」(齋藤さん)コントラストのある空間RCの基礎をそのまま生活空間にまで立ち上げるというコンセプトはこの家を大きく特徴づけるものだが、実際にこの空間を体験してみると、南東側に大きな開口が多く取られて、それとは対照的に逆の北西側に濃色の壁がつくられていることが目を引く。南東側の開口部は採光に関するリクエストに応えるほかに、隣に立つ齋藤さんのお兄さんの家の庭を借景として取り込むという役割もになうものだ。篠原さんは逆サイドの壁に濃い目の色を採用する際に、明るい南東側とのコントラストも考慮したという。さらに「木のテクスチャーを使いたいこともあって、ラワン合板にオイルステイン仕上げにすることにした」(篠原さん)とも。壁の色については「色のパターンを7、8ぐらい出していただいて、実際に現場で色見本を見ながら相談しながら決めました」と齋藤さんは話す。ロフト下のキッチンスペースのコーナーも基礎からそのまま立ち上がったRCでつくられている。左の窓ではお隣のお兄さんの家族とカウンター越しに気軽にコミュニケーションを取ることができる。階段側からロフトとリビングを見る。ふだんは大きなハンモックをかけているというロフトスペース。いずれ子ども部屋にすることも考えているという。階段前からリビング、キッチン、ロフトを見る。子どもたちも大いに満喫もう少しでこの家での生活が1年になるという齋藤さん一家。齋藤さんは「やはり家のそこここに居場所ができていますね」と話す。そしてこの「多様な居場所」を大きく享受しているのはお子さんたちだという。「下の子はあのRCの階段のところが好きでよく遊ばせたりしていますし、上の子はテレビのある窓際の台のところに座ってのんびりしたりしていることもあります。奥の部屋に行く途中のスタディルームでは2人で遊んだり本を読んだりもしていますね。あと、上の子は暖かい日にはスタディルームの真上にあるバルコニーで長い時間過ごしています」階段の踊り場は下のお子さんのお気に入りの場所だという。奥さんもRCでつくられた居場所が大いに活用されているという。「寝室の上にあるロフトからバルコニーに出られて、階段を上がったところにあるドアから室内に入ってこられるんです。回遊できるつくりになっているので上の子はぐるぐると走り回ったりもしていて、大人だけではなくて子どももけっこうワクワクしたつくりになっていて、この家を大いに満喫しているのではと思います」と話す。そしてさらに最後にこんなことも話してくれた。「子どもは新しい遊び場所を見つけるのがほんとに上手で大人が思っても見なかった遊びを勝手に開発する。その楽しそうな姿を見るのがとてもうれしいし楽しくて。こういうのも“ワクワクする”ということなんだなと思っています」寝室の上のロフトからバルコニーに出ることができる。階段を上って右側にあるドアからバルコニーに出られるので、バルコニーを介してロフトに行くこともできる。道路側につくられた階段からバルコニーを見る。奥に見えるのが階段を上がった場所にあるドア。バルコニーから道路側を見る。手前左が倉庫のドアで奥がロフトスペースへと通じるドア。「篠原さんには外観はそんなに気にしなくていいですとお伝えしました。外よりも中のほうに重きを置いてもらって、それに付随して外の形がつくられていくというかたちでいいんじゃないですかと」(齋藤さん)「長いスパンで考えると、この土地の扱い方が大きく変わるかもしれない。そのときに今とはまったく異なる様相の空間をコンクリートの部分をベースにしてまた新たに創り出すこともできるのではないかと思います」(篠原さん)齋藤邸設計篠原明理建築設計事務所/office m-sa所在地東京都昭島市構造RC造+木造規模地上1階+ロフト延床面積110.05㎡
2022年03月07日4兄妹が均等に土地を利用束野由佳さんが生まれ育った目白の家を建て替えし、親世帯と4兄妹の5世帯住宅を作ることになった。「父は次世代に土地を譲る際、小さく分割したくないと考えていました。そして4兄妹で平等に住んで欲しいとよく話をしていました。その願いを叶えながら建て替えを進めたのですが、4世帯で住宅ローンを作るしくみはどの銀行にもありませんでした。そこで4兄妹で法人を設立し、事業ローンを組むことにしました。このローンの話がまとまるまでに2〜3年かかりました。ハードな船出でした(笑)」設計は建築家の夫、木下昌大さん(『キノアーキテクツ』)。「たとえばコーポラティブハウスの設計の場合、ライフスタイルや予算が近しい方が集まりますが、4兄妹は家族構成、家の使い方や趣味、予算などが様々です。長兄+妻を含む3姉妹+それぞれの家族+両親、総勢10数名の希望を叶えながらひとつの形にしていくのが大変でした」4兄妹平等にというお父様の考えを尊重し、4世帯を南北の短冊状に均等に配置。2世帯が地下+1階・2階+ロフト、もう2世帯は1階・2階+ロフトにした。地下と1階をRC造にし、耐震性を確保。上階は木造に。「土地が旗竿地だったこと、南側が中学校のグラウンドに面して開けていたこと、残したいアカマツの位置などの条件から、今の形に決まりました」木下家は4世帯のうちの1戸に、一家4人が暮らす住まいと、階下に設計事務所を構えた。ここ東京オフィスと、京都ラボを行き来して仕事をしている。大きなアカマツを残して住居を設計。向かって左側が親世帯の住居。右側に子世帯が並ぶ。従姉妹どうし仲良く遊んで育つ素晴らしい環境。1階がRC、2階がガルバリウムの外観。子世帯4住戸は平等に同じ広さ。深い庇の下、濡れずにお互いの家を行き来できる。ヴォールト天井が印象的なリビングアーチ状の凹凸が連なる天井が印象的なリビング。「梁の高さに合わせて平面の天井を作ると全体が低く感じるので、アーチ状にして天井高にゆとりを持たせました」アーチの低い部分にライン状の照明器具を仕込んでいる。照明器具の直線とアーチの曲線が美しいハーモニーを奏でる。天井はシルバーにペイントされていて、天井が輝きながら外からの光を奥に届ける。床のシャビーなグリーンのリノリウムに合わせ、キッチンの扉、ダイニングテーブルのスチール脚や天板の小口もグリーンにまとめている。手前のイスはジャン・プルーヴェのスタンダードチェア、黒のパイプチェアはジャスパー・モリソン。楕円形のダイニングテーブルはオリジナルで製作。パイプチェアの脚に合わせ、テーブルの脚のパイプの太さを決めた。テラスの庇と天井の角度が連続している。屋根の傾斜に合わせて段を刻んだ天井はシルバーに塗装。南側の大きな窓から入った光を反射し、部屋の奥まで光を届ける。窓枠を本棚兼ベンチに。様々な役目をこなす楕円のオリジナルテーブル。食事はもちろん、仕事や子どもたちが宿題をする机にも。ロフトから2階リビングを見下ろす。窓の外は隣の中学校のグラウンド。天窓から光が落ちるバスルームモルタルの壁に陰影を作りながら天窓からバスタブに光が落ちる。天然石のような趣のある大判タイルの腰壁。そしてレインシャワー……。トイレはグレーをチョイスすることでインテリアの一部になっている。「スリランカのコロンボで泊まったホテルのバスルームに天窓があり、とてもドラマティックな空間でした」。その宿泊体験から生まれたバスルームだ。天窓から光が差し込むロマンチックなバスルーム。グレーの洗面ボウルはチエロ。タオルウォーマーには浴室を乾燥させる効果も。天窓からバスタブに光が落ちる。トイレはLIXILのグレーをチョイス。キッチンの奥のランドリースペース。奥はガス乾燥機の乾太くん。「分厚いバスタオルも30分でふわふわに乾きます」キッチンの天板はシーザーストーン。天然石のような美しい質感を持ちながら、熱にも水濡れにも強い。IHコンロはAEGの4口。換気扇は上につけず、下から吸い込むすっきりとしたスタイル。オーブンと食洗機はASKO。ショールームの役割も「キノアーキテクツは京都と東京に設計事務所があります。生活のベースは京都で、子どもたちは京都の学校に通っています。 この東京の家にはショールームのような役割を持たせたいという意図もありました。お客様との打ち合わせに2階リビングのテーブルを使っていただくこともあります。私たちがいない間も気兼ねなく使ってもらうために、鍵付きの収納を作りプライベートな荷物はそこにしまうようにしています」親世帯の建物に住む束野さんのお母様が事務所のスタッフに食事をふるまうこともあるそう。それぞれの家族がお互いのライフスタイルを尊重しつつ、雨に濡れずに行き来できる5世帯住宅。相続の際に土地が切り刻まれることが多い中、新しい世代に土地を受け継ぐしくみを建築の力で作ることに成功した。1階と地下がキノアーキテクツの事務所スペース。階段はRCの壁に作ることで、昇り降りの音が隣に伝わりにくくなる。コンパクトな子ども部屋はそれぞれ好みのカラーに。大好きなパープルの部屋に。星が見える天窓がお気に入り。木下邸設計キノアーキテクツ構造RC+木造 規模地下1階 地上2階延床面積 119.97㎡
2022年02月14日野原に建つ切妻屋根の家広大な敷地の一角に建つ、大きな切妻屋根に包まれた平屋。この家で暮らすのは、IT関係の仕事をしているご主人と建築に興味のある奥さま、新体操に夢中で元気いっぱいの娘さん(6歳)のNさん一家。都内のマンションから自然豊かなこの地に移り住み、2年半ほどが経つ。「親戚から譲り受けた農地の一部を宅地に転用して家を建てました。広く恵まれた敷地なので、平屋にしておおらかに暮らしたいと思ったのです」(ご主人)。設計を依頼したのは、奥さまが以前から心引かれていたという『imajo design』の今城敏明さんと由紀子さん。「建築物が好きで、子どもの頃から住宅関係のテレビ番組をよく観ていました。5、6年前に観た今城さん夫妻が手掛けた、丘の上に建つ家が忘れられなくて。家を建てることになり、すぐにコンタクトを取りました。オープンハウスを2軒見せていただき、陰影がきいた落ち着いた雰囲気がやはり素敵だなと思って。ほかの設計事務所は考えられなかったですね」(奥さま)。絶大なる信頼を寄せていたため、建築家へのリクエストは、「平屋」「切妻屋根」「広いリビング」「個室は3つ」くらいで、あとはお任せだったと話す。シンプルで大胆な切妻屋根の外観が目を引く。屋根はガルバリウム鋼板、外壁は杉を使用。「アンドリュー・ワイエスが描いた“オルソンハウス”をイメージしました」とは、建築家の今城敏明さん。500㎡近い広々とした敷地。もともと植えられていたモミジやツバキ、キンモクセイ、隣の敷地の植栽など緑に囲まれ、見事な景観。「どの季節も素敵ですが、特に春は、桜とミツバツツジのピンクのコントラストがきれいですよ」(奥さま)。垂木の美しい陰影に包まれる数段上がった玄関を入り、天井の高さを抑えた土間を抜けると、高く吹き抜けた広々としたLDKが現れる。最も高いところで4.8m。切妻屋根の形状をそのまま感じられる天井には、30cmピッチで垂木が並び、陰影に富んだ繊細なデザインが目に飛び込んでくる。「シンプルな外観と内部のイメージが異なるようで、皆さん驚かれますね。住み始めて2年以上経った今も新鮮で、いつも素敵だなぁと思います(笑)」と、目をきらきら輝かせて話す奥さま。大きな屋根に包み込まれるような感覚と開きすぎていない開口が、心地よい安心感と静謐な空気をもたらしている。最も高い位置で4.8mもある屋根なりの勾配天井。高い天井と垂木による優しい陰影が教会を彷彿させる。リビング側からダイニングキッチンを見る。正面奥が土間、玄関。垂木はグレーに染色した米松を使用。屋根を支える中央の鉄骨ポールが、ダイニング、キッチン、リビングをゆるやかにゾーニング。グレーに染色した米松を使用した玄関ドア。年月によって味わいが増す真鍮のドアノブとも好相性。横のFIX窓から風景が楽しめる。『カイ・クリスチャンセン』のチェアと北欧ヴィンテージの円卓を置いたダイニングスペース。キッチンの正面にあたる場所に大きめの窓を設置。ダイニングテーブルに合わせてチーク材で造作したキッチン。カウンター下のルーバー部分にはエアコンが隠れている。磨きを残したステンレスの天板が家の雰囲気にマッチ。プライベート空間へと続くドア。枠のないシンプルな造りがご夫妻のお気に入り。N邸のドアノブや取っ手などの金物は、経年変化が楽しめる真鍮で統一。「ノブやツマミが小ぶりで、いちいちかわいいんです(笑)」(奥さま)。階段を上がり、子ども部屋、寝室へと続く。「玄関から寝室へと奥に行くほど床を上げ、暗くし、落ち着く空間になるよう演出しています」と今城敏明さん。「廊下の突き当りに灯る明かりが真ん中からややずれている、この光景が好きなんです」(ご主人)。あえて景色を見る窓は付けず、トップライトを施したバスルーム。夜空の月や星を眺めながらのバスタイムは心身ともにリラックスさせてくれる。洗濯機を置いた洗面室の向かい側の家事スペースには、作業カウンターを設置。真鍮製のブランチビットランプやウォールミラーが雰囲気を盛り上げる。景色を切り取る窓「おおらかな風景やその場所の持つ空気感を暮らしに取り込むと同時に、恵まれたロケーションならではのダイレクトに受ける自然の猛威から室内を守ることも考えました」とは設計を担当した今城敏明さん。シンプルな切妻屋根は水切れが良いという利点があり、また軒を出すことで強すぎる陽射しをカットする。大きな掃き出し窓はあえて設けず、床レベルを上げて地面から距離を取ることで、砂埃や虫の侵入、湿気などを防いでいる。FIX窓や通風窓は、四季折々の美しい景色と室内の居場所とが呼応するように配置を工夫した。リビングのコーナー窓の前に鎮座したニーチェアは、景色を楽しむ特等席。「ここに座って外を眺めると、ブランコで遊ぶ娘の姿も見えるし、遠くの樹々まで見渡せて気持ちいいです」(ご主人)。テレビ台兼ベンチを造作。ヴィンテージショップのサイトで出会ったというネストテーブルは、「好きなところに持っていけて便利」と奥さま。掃き出し窓は設けず、左奥のテラスから出入りする。見る位置によって切り取る景色が変わるコーナー窓。最近購入したというニーチェアからの眺めは圧巻。FIX窓にすることで砂埃や虫などの侵入を防いでいる。寝室の一角を、コロナ禍で在宅勤務になったご主人のワークスペースとして活用。低めに設置した窓は、腰掛けるにも程よい高さ。子ども部屋に置かれたヴィンテージのキャビネット。モビールや植物で装飾した大人かわいい空間は、奥さまのセンスが光る。あおり止めを採用したレトロな木製窓。大人が座ることが多いという『IDEE』の子ども用ソファ。N邸に多く採用されている、シンプルなブラケットライトは『imajo design』のオリジナル。自然豊かな地での楽しみ方広い敷地を有するN邸。「庭を1周ウォーキングすると汗ばむくらいで。けっこういい運動になりますよ」と笑う奥さま。「引っ越してきて1年後くらいにコロナ禍になり、一時期は幼稚園も休みになりました。そんなときに娘が外でのびのび遊べるスペースがあってよかったなと思いますね」(奥さま)。暮らし始めて3年目。この土地での暮らし方がわかってきたと話す。「春から秋にかけては、4,5回トラクターで草を刈ります。最初は大変でしたが、いまでは季節ごとにどのように動けばいいかわかってきて、楽しめるようになりました」(ご主人)。庭の一部には、食卓にも登場するブルーベリーやオリーブなどが植えられ、ご主人がDIYしたブランコやバーベキューをするためのブロックも置かれている。夏にはテラスにタープを張り、プールやバーベキューを楽しんでいるという。「まずは家の前に芝生を敷いて。そのあと小さな菜園にも挑戦したいですね。いずれはヤギを飼って草を食べてもらって。家で食べる野菜や果物をまかなえるくらいになったらいいなと思っています」(奥さま)。自然と共存する暮らしの中で、Nさんたちらしい家へと育てていかれることだろう。ご主人がDIYしたブランコがお気に入りの娘さん。寝室兼ワークスペースからの眺め。奥さまのリクエストでご主人が作製したラダーラック。「木の種類や色を妻に選んでもらいました。我ながらよくできたと思います(笑)」。ゲストルームとしてリクエストした和室。土間との一体感で広く感じられる。玄関ドア脇のFIX窓の外側から障子戸が見える。「この家に和室がある?」という意外性が評判だそう。N邸設計imajo design所在地埼玉県上尾市構造木造規模地上1階延床面積113.8㎡
2022年01月24日「スタイルのある家と暮らし」をテーマに情報発信する『100%LiFE』。クリエイティブな感性で暮らしと空間を楽しむ人たちのライフスタイルメディアとして2012年にスタート、10年めを迎えています。毎週、個性的な戸建て住宅を紹介。人気建築家の最先端の設計から、人気のアウトドアリビングを取り入れた家、築数十年の日本家屋のリノベーション物件まで、ほんとにいろいろ。そんな中で『100%LiFE』に集う読者の方々は、どんな家、どんな暮らしに興味を持っているのでしょうか。2021年中に読まれた記事の中から、リノベーション事例のアクセス数ランキングを公開します。第10位築11年の建売りをリノベ暗くて住みづらい家から住みやすく愛すべき家に2009年に購入した建売住宅をリノベーションしようと思い立ったMさん夫妻。まずは動線の悪さや1階の暗さなどぜひとも改善したい点を伝えたうえで建築家とのやり取りが始まった。第9位インテリアスタイリストの自邸時を超えて再会したヴィンテージハウス昭和31年竣工、築65年という古民家に住むインテリアスタイリストの窪川勝哉さんと編集者の寿子さん。古いものには月日が育んだ物語がある。お二人がこの家の65年のストーリーを引き続き、さらに豊かな歴史を刻んでいる。第8位海を愛する建築家の自邸海まで3分。カリフォルニアスタイルのヴィンテージハウス数々のカリフォルニアスタイルの家を手がけてきた建築家・岩切剣一郎さん。満を持しての自邸は、茅ヶ崎の築約40年の平屋のヴィンテージハウス。第7位2世帯住宅に暮らす距離感がちょうどいい思い思いのリノベーション築20年程の3階建て鉄筋コンクリートの建物。それぞれ人気のショップを営む2世帯のご夫婦が、個性の違うリノベーションを実現した。第6位’57年築の前川國男建築を発掘ミッドセンチュリーの良さを引き出し、現代の感覚をミックスインテリアスタイリストの窪川勝哉さんが趣味の不動産探しで見つけたのが、モダニズム建築の旗手として日本の近代建築界をリードした建築家・前川國男が設計した家。昭和30年代に設計したテラスハウスのうち、唯一現存する住宅だ。第5位祖父母の家を孫がリノベーション愛着のある家を次の世代に引き継ぐ祖父母が住んでいた築58年の古民家をリノベーションに踏み切った大越さん夫妻。家のあたたかな思い出とともに、4代目へとバトンタッチ。第4位庭と縁側と照明現代になじむ日本家屋の静謐庭と縁側に惚れ込んで築36年の日本家屋を購入したのは2年半前。クリエイター夫妻が娘とともに暮らす家はグリーンと木の質感に心和まされる。第3位築浅戸建てのリノベーション自然豊かな鎌倉で自分らしい暮らしを『toolbox』で営業企画を担当する小尾絵里奈さんは、川崎市の宮前平の集合住宅をリノベーションしてわずか1年後、自然豊かな鎌倉の築浅物件をリノベーションし転居した。第2位築54年の家をリノベーションミッドセンチュリーの家具が似合う同世代の日本家屋古民家の佇まいに、フランスを中心としたミッドセンチュリーのモダンな家具。建築家の宮田一彦さんが、自宅兼アトリエとしてリノベーションした。第1位鎌倉の平屋をリノベ築60年の味わいを楽しみながら暮らす「すべてが見渡せるのが平屋の魅力」と語る濱さんの住まいは、なんとここが3軒目の平屋だそう。緑豊かな敷地に建つ築60年の家をリノベした。
2022年01月17日公園の緑を借景にした北向きリビング川沿いの緑豊かな公園に面した敷地に家を構えた林さん夫妻。3歳になる娘さんの誕生を機に、手狭になったアパート暮らしから引っ越しを決意。土地探しから、一級建築士事務所のアオイデザインに依頼した。「最初はマンションのリノベーションも視野に入れ、雑誌などをチェックしていました。その中でもアオイデザインさんが手掛けた、シンプルで品があり、長く住んでも飽きの来ない住宅に惹かれ、コンタクトを取りました」(ご主人)。出会った土地は、ご主人の職場から徒歩10分の好立地。「会社から近い場所がいいとは思っていましたが、ここまで近いとはラッキーでした」と笑う。「緑を感じながら暮らしたかった」と話すのは奥さま。公園の緑を活かしつつ、生活のしやすさを考慮して、1階リビングを希望した。川沿いで開放感のある北側に大きな窓を設け、そこから広めのデッキテラスが続く。「テラスにはカブトムシやクワガタ、カエルまで現れるので、子どもが喜びます」と目を細めるご夫妻。自然に囲まれた生活を満喫している。2層分の高い吹き抜けを有したのびやかなリビング。北側の公園に向けて設けた大きな開口により、緑あふれるダイナミックな景観が楽しめる。幅を広めに設定したデッキテラスはリビングの延長として使用可能。塀を設え、プライベート空間を確保した。「デッキテラスは娘のお気に入りの場所です。おままごとしたり、おやつを食べたり。安心して遊ばせられますね」と奥さま。設計段階から探していたというセンターテーブル。「この秋やっと、これだ!と思えるものに出会えました」とご主人。東京・品川の『DEMODEMIX』で購入したアンティークで、店で脚をカットしてもらい、ちょうどよい高さに調整した。ウッド素材のアームや脚部が上質な印象をもたらすお揃いのチェアは座り心地も抜群。サイドテーブルとともにヨーロッパのアンティークで、目黒の家具屋で出会った。木製建具は建具職人の父親が作製「視界の広がる北側とは対照的に、ほかの3方は隣家と密接しています。そのため、個室や水回りは東西に、階段は南側に配し、中央のリビングには南側のハイサイド窓から光を取り込みながら、北側の公園に向けて開くプランを提案しました」とはアオイデザインさん。リビングは2層の高さをもつ大きな吹き抜け空間。吹き抜けを介して1階のリビングを見下ろすように2階のデスクスペースを設けた。南側のハイサイド窓に向けて折り上げた天井の視覚効果も手伝い、1階のリビングから南側の空までつながる開放感が心地いい。「冬場は、南側から入る光が吹き抜けを介してデッキテラスの塀まで届きます」とご主人。季節や時間による光の移ろいが楽しめる。また、経年変化が楽しめる、木をふんだんに使用した空間も林邸の特徴。米栂を使用した天井やフローリング、美しい木製の建具が印象的である。実は、随所に施された木製の建具は、建具職人の奥さまのお父様が作製したもの。リビングの框戸や2階の引き戸もすべて特注で、お父様が手掛けた。「色や材料、デザインを父と相談しながら作ってもらいました。ちょっと贅沢ですが、ありがたかったですね」と奥さま。お父様の熟練の技と心のこもった木製建具が、ぬくもりのある上質な空間づくりに一役買っている。群馬県渋川市で『佐藤建具店』を営む奥さまのお父様が作製した框戸(正面)。アンティークの家具たちとも相性が良い。開けると玄関につながる。窓側からリビングを見る。季節の植物などを飾ったディスプレイ棚も上手に活用。階段脇の扉もお父様が手掛けた。2階のデスクスペースは、奥さまがミシンがけをしたり、洗濯物を畳んだりするのにも重宝。引き戸を開け放てばワンルーム感覚で使用できる。以前の住まいから使用しているという『無印良品』の棚が、木の床や天井、建具とマッチ。2階のデスクスペースからの眺め。吹き抜け上部に設けた大胆なハイサイド窓が、まるで四角く切り取られた額縁のよう。隣家を気にせず、自然光と通風を確保した南側のハイサイド窓。たっぷりの光を1階まで届ける。1階から2階のデスクスペースを見る。蹴込部分に角度をつけた美しいフォルムの階段がリビングのアクセントにもなっている。既製品を利用してコストダウン共働きの林さん夫妻にとって、効率よく家事ができることも家づくりのテーマのひとつであった。「日中は仕事でいないため、室内干しができるサンルーム的な場所が欲しいとリクエストしました」(奥さま)。2階のバスルームの横に洗濯機を置き、その隣に室内干しスペースを確保。南側の大きな開口からたっぷりの日差しが入るようにした。隣接するデスクスペースは洗濯物を畳むときにも便利。脱ぐ洗う干す畳むの洗濯動線をコンパクトにまとめた。また、生活感の出やすいキッチンは独立型を希望。リビングから死角の位置には収納力を優先して『IKEA』のハイキャビネットを採用した。リビングから見えるシステムキッチンの扉だけを木製扉に変更。既製品を上手に利用しながらコストダウンを考えた。住み始めて9か月。「ずっと探していたリビングのセンターテーブルも入り、やっと家具が揃って落ち着いた感じです。次は、リビングの白い壁に絵や布を飾りたいと考えているところです」(ご主人)。心に響いたものだけをひとつずつ加えながら、家とともに経年変化を味わう、そんな丁寧な暮らし方を楽しんでいかれることだろう。独立型のキッチンは、カウンターによってリビングとつながりをもたせた。「1本脚のすっきりしたデザインが気に入っています」とご主人。『トクラス』のシステムキッチンを扉のみ木製扉に変更し、高級感をプラス。奥のドアを開けると気持ちの良い風が入る。ゴミ捨てなどにも便利。リビングから見えない場所には、収納力の高い『IKEA』のハイキャビネットを採用。ハイキャビネットのサイズに合わせて壁の位置を決めた。ゴミ箱もすっぽり収まる収納力。使い勝手の良さに奥さまも大満足。「花粉症もあり、室内干しスペースは必須でした」と奥さま。洗濯機からすぐに干せて便利とのこと。洗濯機の奥がバスルーム。南側に大きな開口を取り、陽光と通風を取り込んだ室内干しスペース。扉を閉めて目隠しすることも可能。玄関脇に設けたクローゼット。家族全員分をひとまとめにして収納。「アウトドアグッズも収納しているので、車に積むときなども便利です」と奥さま。奥が北側で、塀の向こう側には川沿いの公園が広がっている。2台分の駐車スペースを希望し、手前に停められるようになっている。林邸設計アオイデザイン/aoydesign所在地東京都八王子市構造木造規模地上2階延床面積105㎡
2021年12月20日工房と稽古場がほしい「つくりものがあるのでレーザーカッターなどの機械や道具類をちゃんと置けるような工房と稽古場のスペースがほしいというのをまずお願いしました」と話すのは翔さん。劇場などの施設計画のコンサルタントをしている翔さんは、休日にはパフォーマンス活動をしているという。工房と稽古場はそのためのものだ。奥さんの千尋さんは「前に住んでいたマンションではそういった道具類が生活スペースを侵食していたので家を建てるならきれいに片づけられる家にしたかった」という。3階。階段が天井に突き当たっている。右がキッチンで左がリビングダイニング。各階、階段の左右でフロアのレベルが異なる。階段を真ん中に土地が狭く建築面積もそう大きくは取れない敷地での設計を担当したのは千尋さんがメンバーの一員として勤務するアーキペラゴアーキテクツスタジオの畠山さんと吉野さん。この家の最大の特徴は家の中央部分につくられた階段だが、階段を端に寄せず中央に配するアイデアは敷地条件から生まれたものだった。「建てられるボリュームもだいたい決まっているなかで、パフォーマンスのための稽古場や工房がほしいというご要望を最初にいただいていたので、床を積層させてつくる必要がありました」と畠山さん。しかしそのときに縦動線である階段を上下の移動のためだけのものにしてしまうと、限られたスペースのなかにそれ以外の用途には使えない場所ができてしまってもったいない。そこで家の真ん中にゆるやかな階段を配置して、階段ではあるけれども、居場所にもなるし物を置ける家具にもなるというものにしたという。そしてまた、この階段が実はこの家ではなくてはならない重要な構造要素になっていて、中に入っている鉄骨ブレースが建物の横幅いっぱいに架け渡されている——どの階段も壁や天井に突き当たって行き止まりになっているのはそのためだ。東西両面とも長手方向いっぱいに窓が連続している。これだけの空間に壁がないのは階段の鉄骨がブレースとして効いているため。ダイニング、キッチンとも床と階段の1段の踏み面のレベルが揃えられている。北側から見る。スペースが限られているため、建て方が終わったところで段ボールを使って家具の大きさを確認した。南側からキッチンを見る。下の階段は壁に突き当たっている。模型で確認最上階のスペースは広く感じられるが、翔さんは「図面ではかなり狭く見えた」という。しかし家具も入った20分の1という大きめの模型とパースで確認した上で階段を中央にすえる案をスタートさせることに。「自分では階段を真ん中にするというのは思いつかなかった」という千尋さん。空間のなかで中心的な存在ともなるため実寸で確認したという。スケールだけでなく踏み面の幅や奥行き、蹴上げの高さを段ボールでつくった階段に実際に座ったり上り下りしてみて確認を行った。階段越しにダイニング部分を見る。この家のために製作されたオリジナル家具はすべて窓台の高さにそろえられている。特製レシピの仕上げ出来上がった階段は空間のなかで存在感を発揮しているが、それはたぶんそのスケールだけではなく、グリーン系の表面の仕上げも大きく作用しているのだろう。「この階段は構造でもあるし家具でも居場所でもあるのですが、たとえばこの階段を木でつくってしまうとキッチンや収納も木でつくる予定だったので家具としての印象が強くなってしまう。あるいはブレースとして鉄骨が中に2本入っていますが鉄骨現しの階段にすると構造として使っている印象が強くなる。このどちらにも偏らないように、仕上げには木でも鉄でもない素材を使うことにしました」(畠山さん)。緑青仕上げと呼ぶその仕上げは、事務所で開発したオリジナルのもので、木と石と金属、樹脂を混ぜ合わせたものという。北側から見る。階段の途中に置いてあるプロジェクターで奥の壁に映画などを投影して見ることができる。緑青仕上げは材料の配合がオリジナルなだけでなく、工程も特殊なため塗装は事務所で行ったという。床を極力薄く最上階は東西の両面とも長手方向いっぱいに窓が連続して光がふんだんに入るがその下階のスペースは小さな窓が3つあるのみ。しかし、暗く感じることはないという。これには建築的な工夫があって、マッシブホルツという工法を採用し45㎜の角材を1本1本つないでつくることで床を限りなく薄くしているのだという。「通常であれば床が倍以上厚くなって光がなかなか下まで届かないのですが、この工法でつくることで階段の吹抜けを通して光が下にも広がっていくのです」(吉野さん)。空間が明るくなるだけでなく上下階の遮断感も感じにくくなっているという。左右の柱は40mmの無垢の鉄骨。これだけ細くできたのは階段が柱の座屈止めの役目を果たしているため。床は45㎜の角材を1歩1本つないでつくっている。通常よりも2分の1以下の厚さのため、光が階段を通じて下階に広がる。リビングダイニングの下に水回りスペースが続く。水回りスペースの前から見る。上がキッチンで下が寝室。寝室側から見る。洗面スペースの下に本棚が置かれている。1階を見下ろす。階段が壁に突き当たっている。1階から階段を上ると壁に突き当たる。右が寝室。4カ月暮らしてみての感想をうかがった。まずは翔さん。「以前よりも生活の質がとても上がって早く家に帰りたいと思うようになりました」。千尋さんは「毎日楽しく暮らしている」と話す。「今までだと一日家に引きこもっていると気がめいるようなこともあったのですが、この家は上は開放感があるし下はちょっと落ち着いた感じで切り替えられるのでそういうことがほとんどなくなりました」最後に隣家のお話がでた。この敷地はもとはお隣りの家の庭だった土地だが、緑青仕上げを施した家が建ち上がってから隣家の方が「老後は今の家を売ってどこかのマンションに引っ越すことも考えていたけれども、この家が建ったことによってわたしは死ぬまでここに住まう」という話をされて、グリーン系の外壁に合わせてリビングのカーテンも変えたのだという。隣人にとっても素敵な風景になり庭の一部になっているということなのだろう。こうしたお話をうかがうのははじめての経験。こういうこともあるのだなと感じ入った。玄関から見る。本棚の上に洗面スペースがある。右が玄関、中央に見える扉から翔さんの稽古場兼工房に入ることができる。周囲は住宅が建て込んでいるため、頭だけ少し飛び出るようなボリュームにして開口を大きく開けた。取材時には稽古場のスペースがパフォーマンスのための大道具の製作スペースになっていた。「パーティをやったときにこの階段に料理を載せたお皿が並んでひな壇みたいになって面白かったですね」(翔さん)。河童の家設計アーキペラゴアーキテクツスタジオ所在地神奈川県川崎市構造木造規模地上2階、一部ロフト延床面積49.30㎡施工床面積73.95㎡
2021年12月06日異彩を放つ池の前の家石神井公園内の池に面して建てられたこの住宅の前を散歩をする人たちが途絶えることなく通り過ぎていく。多くの人がこの家をじっくりと眺めながら。中からその様子を見ていると、住宅ではあまりないだろうその光景にちょっと不思議な気分になる。思わず視線が向いてしまうのも無理のないほど周囲の中で異彩を放つこの住宅の1階に建築家の武田清明さんの一家が住んでいる。もとは1階にお施主さんの鶴岡さんとお母様が、2階に鶴岡さんのお姉さん一家が住む計画だったという。「実施設計が終わるという頃にお母様が亡くなられ、かつまた、鶴岡さんが長年の夢をかなえて京都に住むということになって、1階に“自分のかわりに住んでくれますか”ということになったんです」ヴォールトの形状がそのまま特徴的な外観デザインとなっている鶴岡邸。コンクリートは洗い出し仕上げで表面には細骨材が見える。経年変化で価値が下がるのでなく汚れや風化などにより時間が刻み込まれることで価値が上がるような建築を目指した。ドームからヴォールトへ設計は確認申請のできる段階まで進んでいたが、将来の生活の変化や世代交代時などにも対応できる可変性のある住宅として計画していたため、武田さん一家が住むに際しては間仕切りを取るなどをしたほかは大きな変更は行わなかったという。まずはこの家のいちばんの特徴であるヴォールト天井についてうかがってみた。「ドーム状の包まれたような空間で暮らしたいということで、ファックスで送られてきたイラストがキノコが大きくなったような形のお家でした。2世帯でかつそれぞれに部屋をいくつかつくることなどを考えていったときにそのドーム状の円い空間がネックになりました」天井をドームからヴォールトへと変えた理由のひとつに目の前に広がる池の存在があった。「人間は美しいものに視線が自然と向かうので、ヴォールトにしたのには、池へと向かう方向性をつくって手前にいても奥にいても必ず池と向き合うような天井にしたほうがいいのではないかということもありました」植栽計画は2人の植栽家に依頼。「1人の植栽家が描いた世界観が自然に植物の種類が増えていくに連れて壊れていくのではなく、どんな植物でも“入って来てOK”という環境になっていてそれがとても良かった」(武田さん)。武田さんの仕事スペースから池を見る。大中小のヴォールトが並んで天井にリズミカルな変化が感じられる。造り付けのベンチ側から見る。人間にとって原初的な空間ともいえる洞窟のようなつくりが心地よさと安心感をもたらす。家のいちばん奥側に造り付けられた木製のベンチ。自然環境から考えるさらに鶴岡さんからのまた違った要望も考慮された。「自然豊かな環境の中で人間以外の生物とともに暮らす喜びを感じながらずっと過ごしてこられた方で、“鳥が集まってくるような場所にしてほしい”とか、家の周囲の環境から考えざるをえないような要望が多かったので、家の暮らしと環境とをいかにその境界を感じさせないように結びつけるかということも大きなテーマとなりました」人間以外の生き物たちと境界なく接することができるためには、まず生き物が居場所と思えるような場所をつくらなくてはいけない。「動物や虫が居場所と思ってくれるためには土と植物がとても大事で、庭についてはまず鳥が集まるように実がなる植物を植えたり茂みをつくったり、あるいは植物の種類を豊富にしたりと建築のプランニングをするのと同じくらいの密度で考えました。2階の四周と屋上も同じ考え方で臨んだので、そういう意味ではこの家では床を積みあげるのではなく庭を積み上げてつくろうと思いました」“床を積み上げる”のではなく“庭を積み上げる”との考えからつくられた鶴岡邸。コンクリートスラブの厚さは120㎜。土の深さはいちばん薄いところで200㎜、厚いところで900㎜と大きな差がある。2階の四周につくられた庭でも植物が育っている。内外を隔てるのはガラス戸1枚のみ。土を深くするそして地上レベルだけでなく2階と屋上にも庭をつくる際にクリアしないといけない問題が“水”だった。この問題に対処するのにヴォールトが大きく関係してくる。通常の庭であれば雨が降ればそれはまた大地へと戻っていくが、建築は大地の上に建つことでその循環を断ち切ってしまう。しかし、うまく循環させるような建ち方はないかと考えたところでヴォールトを利用することになった。「雨が降ったら山から谷へと流れていくようにヴォールトのカーヴに沿って水が下へと流れていく。それをコンクリートでやってみたんです」ヴォールトの“谷”は深いところで900㎜ある。ここまでの厚みを取ったのには意味があるという。「人間にとっても動物や虫にとっても、生物が居心地がいい居場所にするためには土が深いということがとても重要です。植物であれば地被だけではなくて、低木や中木までを含めて多種多様な植物が生息できる可能性が一気にぐっとあがるんです」。屋上に上がると建物の上にいることを忘れてしまうほどに多様な植物が生い茂っていて「ぎりぎりでも大地と呼べる環境ができたらいいなと思った」という武田さんの思いは十分実現されていた。屋上には植物が生い茂り丘の上から池を望むような感覚も。多くの種類の植物が育つように土の厚みを一般的な屋上緑化の数倍取っているが、水はけが悪くならないよう下になるほど土の粒度が大きくなるような層構成としている。テーブルにシンクを備えたパーゴラは植物の屋根ができて完成となる。事務所との兼用に変更「100㎡というのはわれわれが住むには少し広すぎて、そこまでは必要ないなと。それが最初にあって事務所もまだそれほど大きくないので事務所兼用ということにしました。それとスタッフも家族もこの環境で過ごせたらいいなというのもありましたね」内部空間でのお施主さんからの要望は「壁は木にはしないでほしい」ということ以外にはなかったため、仕上げに関しては武田さんの考えた通りのものが実現した。自分たちが住むことになって変更したのは間仕切り壁を3つほど取ったのと、カーテンを付ける予定だったのをカーテンなしにしたこと程度だったという。ダイニングとキッチンを見る。キッチンの左の黒いスチールの壁の裏に雨水を地面まで落とすパイプが通っている。窓にカーテンは付けていないが、Pコンにボルトでカーテンレールを取り付ければカーテンありの生活も可能だ。キッチンから奥の事務所スペースを見るとヴォールトの谷の部分が並んで見える。その下の高さ2000㎜までの部分が間仕切りを取ったり付けたりすることで暮らしの変化に対応可能なスペース。自然にぼーっとできる場所「この池の前の家に越してきてから2カ月ほど。住む場所と働く場所が一緒なのはすごくいいなと感じています。こどもがこのテーブルでご飯を食べている横で打ち合わせをしたりもしていて、“職住一体”はやってみたらよかったですね」。続けて「間違いなく気持ちいいし、このような場所で過ごせるのは幸せ」と話す武田さんは住んでみて実感したことがあるという。「人間の暮らしや空間を考えたときに、豊かさというものをどこで感じるかいうと、それはインテリアではなくて外部にある自然環境なのではないかなと」。そしてこの住宅は「目の前の豊かな自然をふんだんに取り込める器にはなったかなと思っています」と話す。またこんなことも感じているという。「都会での生活ではぼーっとできる時間がなかなかもてませんが、ここだと自然にぼーっとしてしまう。都市の中にいると人工物に囲まれているし、かつ車や人とか動いているものの速度が速いですが、目の前に広がる池や森を見ていると動きがスローなのでそちらの時間にあってしまって自然にぼーっとした状態になる。これは意識の切り替えなどの問題ではなくて、やはり自然がないとできないのかなと」。仕事中に目を上げるだけで疲れがいくばくか癒される。環境との組みあわせによって、都会の中ではありえない、そんな建築の可能性、あり方にも気づかせてくれる住宅なのだ。手前の部分が武田さんの仕事スペースになっている。武田さんの仕事スペースの隣の300mm高くなっているスペースは現在模型製作の場となっている。客間になる予定だったこの場所はスタッフの仕事スペースとして使われている。洞窟的な空間でのバスタイムは格別だろう。この天井の下にはバス、トイレ、キッチンなどの水回り関係が配置されている。外の景色を眺めながら作業のできるキッチン。建築家仲間と飲み会をするとテーブルを囲むのではなくみな池に向かって座るという。鶴岡邸設計武田清明建築設計事務所所在地東京都練馬区構造鉄骨造規模地上2階延床面積234.82㎡
2021年10月04日建坪7.5坪の変形敷地夫婦そろって一級建築士の青柳創さんと綾夏さん。2019年に竣工した自邸は、高低差4m以上の変形敷地に建ち、建坪はわずか7.5坪。土地を探し始めて2年が経過した頃この土地に出会い、「即決でした」と話す。「予算が限られていたので、相場より安くなる特殊な土地を探していました。道路側と奥に2m強の擁壁があり、さらに斜線規制などの厳しい条件もありましたが、前面道路を挟んだ向かい側が学校の校庭で視界が開けていることが魅力でした。建築家の自分たちなら、この難しい土地も何とかなるのではないかと思ったのです」(創さん)。土地を購入後、近くに住み、さまざまな時間帯に訪れてはいろいろな高さから眺め、太陽の動きや周辺環境、場所の空気感をつかんでいったという。設計に要した期間は2年半。限られたスペースならではの工夫やアイデアが詰まった心地の良い家が完成した。地下2階、地上2階の浮遊感のある外観。突き出たテラスが1階に位置する。テラスからダイニングを見る。ダイニングの床は、ホワイトオーク材を白く塗装してふき取り、白っぽく仕上げた。天井や壁とともに光の陰影が楽しめる。ダイニングからテラスを見る。大きな引き込み窓で全開可能。1階とはいえ、地上3mの高さで開放感があり、道路からの視線も気にならない。光と影のコントラストを意識「床面積が欲しかったので地下2階を掘ることを決断しました」と話すお2人。敷地の高低差を逆手に取り、地下2階、地上2階の4層のボリュームを確保した。建蔽率や容積率、斜線規制などの条件に合わせて、ミリ単位で考えていったという。「階段の高さは、自分たちサイズで決めているので、背の高い人が来ると頭をぶつけます(笑)」(創さん)。「限られた開口をいかに活用するかということも大きなテーマでした」とは綾夏さん。各フロアはまわり階段や部屋の隅に設けた吹き抜けにより、ゆるやかにつながっている。光や空気を通し、人の気配をも感じられる空間となっている。「時間帯によって光の射し方が変わるように設計しています。明るいところと暗いところのコントラストをつけることで、狭いながらも空間に奥行をもたせています」(創さん)。道路から見ると、宙に浮いたように見えるせり出したテラスは1階に位置する。テラスから大きな開口を通して奥のダイニングキッチンへと光が導かれる。ダイニング奥の南西の隅に設けた吹き抜けからは、カーブを描いた天井に沿って、美しい光が拡散される。テラスや吹き抜けから入る光の動きや、交差して生まれる光と影のグラデーションを意識したという。「壁や天井はすべて珪藻土にし、光が優しくまわるようにしました。もとは白っぽい壁ですが、日中や夕方で色味が違って見えるんですよ」(綾夏さん)。1階のダイニングキッチンは16畳ほど。テラスまで一続きでさらに広く感じられる。天井と壁はすべて珪藻土を採用。南西(右側)の隅に設けた吹き抜けは、曲線を描く天井により幻想的な雰囲気。『カール・ハンセン&サン』の丸いダイニングテーブルとYチェアがシンプルな空間を引き立てる。生活感やスケール感の出るテレビは引き戸を閉めて隠して収納。幻想的な空間を盛り上げているのが現代アーティスト・永原トミヒロ氏の絵画で、創さんのお気に入り。青柳邸のインテリアには欠かせない存在。地下2階から地下1階へと続く吹き抜けと本棚。地下1階の高窓から光を取り込んでいる。地下1階のシアタールーム。東側(左)が吹き抜けで、地上に出ている高窓から光が降り注ぐ。壁面の本棚に加え、テレビの裏側も収納になっている。大きなキッチンをあえて造作コンパクトな家の中であえて大きく造作したというのが、5.5mに及ぶ壁付けのキッチン。継ぎ目のない一枚板のステンレスのワークトップが美しい。「狭い家で小さなキッチンではこじんまりしてしまうので、この空間にこの大きさのキッチンをあえてもってくることで、空間の狭さを感じさせないのではないかという狙いです。ギャップを楽しんでいますね」(綾夏さん)。キッチンはまわり階段の上まで続く。キッチン下の収納は、階段途中から取り出すというアイデアだ。「階段にあたる部分にオーブンも収納していますが、腰をかがめることなく使用できて、むしろ便利ですよ(笑)」と綾夏さん。壁一面を使用した5.5mのキッチン。料理好きの綾夏さんが使い勝手を考えて図面を描き、家具屋にオーダー。「『GAGGENAU』の食洗器は絶対に入れたかった」と綾夏さん。コンロはIHを採用し、レンジフードを壁付けにしたためすっきり。コンロ下の収納内にスイッチ等を隠し、表に出さない工夫も。一石二鳥の“兼ねる”アイデア青柳邸では、1か所で2つの用途として利用する“兼ねる”アイデアが随所に採用されている。まず、玄関の扉を開けると、そこは階段の踊り場でもある。地下1階に位置する玄関ホールと地下2階のアトリエへ向かう階段の踊り場と玄関を兼ねているのだ。また、広々とした玄関ホールの奥に見える手洗い場は、扉内にあるトイレの手洗い場であり、玄関の明かり取りの役割も持たせている。ほかにも、2階のバスルームは、屋上へと続く階段を洗い場として使用するなど、至る所にスペースの有効活用が施されている。「冷蔵庫やテレビなどスケール感が出るものは隠し、相対的なバランスで部屋が狭く感じないようにしています。また、窓や吹き抜け、カーブで視線の先に行き止まりをつくらないことも大事ですね。壁になる場合は絵を飾ったり、動きのあるものを置いたりして、流れるように続くことを意識し、奥へと期待が高まるように工夫しています」(創さん)。立地の難点を見事にクリアし、建築家夫妻が生み出した創意工夫により、7.5坪とは感じさせない空間の広がりを実現した。「狭いながらも、家族3人、思い思いに過ごせる場所が作れたことがよかったですね。ひととおりの断捨離を終えたので、住まいながらまた変化を楽しんでいきたいです」(創さん)。地下1階に位置する玄関ホール。キッチンと同様に、コンパクトな家に対してあえて広々とした玄関スペースに。くもりガラスの玄関の扉からやわらかな光が射す。玄関を入ると階段の踊り場に。玄関ホールの奥の扉内は、靴のまま使用できるトイレ。右側の手洗い場は明り取りの役目も。玄関から階段を下りると、綾夏さんが主宰する設計事務所のアトリエへ。コンクリート打ちっぱなしの無機質な空間は、「仕事に集中できます」と綾夏さん。2階の寝室。奥の吹き抜けから光が入る。布団等を入れた収納の上には、古道具屋で出会った“糸巻き機”をディスプレイ。「動きのあるものを置き、空間の流動感を演出しています」と創さん。各階をつなぐまわり階段は、光のまわり込みとカーブによる奥行き感を演出。階段上には無駄なく収納を設置。1階から続く吹き抜けを介して、2階のトイレと左奥の寝室へと光が届く。隣家が迫っているため、窓はくもりガラスを採用。2階トイレの洗面所の鏡は、スライド式で出し入れ自在。開けると、奥の吹き抜けから光が射し込む。FRPを使用したバスルームは階段まで防水になっていて、洗い場として使用可能。階段を上がると屋上へ。屋上では綾夏さんと娘の未詠(みよ)ちゃん(6歳)が野菜を栽培中。植木鉢には、軽量のルーツポーチ(不織布製)を使用。青柳邸設計aoyagi design所在地東京都杉並区構造木造、RC造規模地上2階、地下2階延床面積92.99㎡
2021年09月20日軽井沢高原教会をイメージした天井天井に連なる垂木が美しい、伸びやかな大空間が魅力の福田さん一家の住まい。シンプルだけど個性的な家に住みたいと考えていた福田さんは、設計を駒田建築設計事務所に依頼した。「天井は軽井沢高原教会をイメージして設計していただきました」。その天井の棟木がなんと斜め。床の高さも斜めの3段になっている。さいたま市内のこの土地は交通量のある中山道と細い生活道路が斜めに交差する変形敷地。その敷地に合わせた斜めの意匠だ。「家のどの場所に居ても心地よく、使わない場所のない住まいを作ってくださいました。毎日仕事から別荘に帰ってくるような感覚の住まいは、心からくつろげます。子どもの頃からTV番組の『建物探訪』を見ていたこともあって、家は設計家に頼むもの、と思っていました。土地を探し、建築家に依頼するのは、自分の中では自然な流れでした」このエリアで生まれ育った福田さん夫妻。土地は散歩中に売地の看板を見つけた。「この辺りは土地の売出しがなかなか出ないので、看板を見てすぐに連絡をとりました」天井の斜めの棟木に合わせて、床も斜めの3段のスキップフロアになっている。ご主人は週に2〜3日リモートワーク中。奥様は毎日出勤している。段差は高いところで90cm。低い段差が45cm。45cmを2つ重ね、90cmとしている。サーキュレーターを置く場所には、予めコンセントを設置。天井高は約5m。天井の意匠が美しい。ダイニングテーブルはカリガリスのTOKYO。椅子はカルテルのマスターズと、マジスのスチールウッドチェア。「子どもが大きくなったら、あと2脚、買いたい椅子を考えてあります」90cmの段差の下は子どもたちの格好の遊び場だ。秘密基地を楽しそうに作っている。低いほうの45cmの段差はどこにでも腰掛けられるベンチにもなる。キッチンの扉や収納家具は白で統一。カウンターワゴンを引き出すと作業台になる。拡張性を重視した1階1階は子どもの成長に合わせ、将来的に子ども部屋を2つ作れる拡張性を重視して設計。現在家族全員の寝室として使っている部屋は、将来の分割を考慮して出入り口を2カ所設けている。構造用合板の壁に浮かぶ階段の手すりのシンプルなデザインが美しい。「壁は将来的に色を塗ったり、プロジェクターを投影することも考えています」1階の廊下を広々と感じさせるスケルトンの階段。2階から玄関を見下ろす。福田邸の窓は、室内からサッシ枠が見えず、壁の中に埋め込まれているようなデザイン。現在主寝室として使っているこの部屋は、子どもの個室を2つ作れるように考えられている。子どもたちが覗いているのは、2階の床の段差を利用して1階に光を取り込むスリット。この隙間を通して、2階と1階にいる家族の気配が感じられる。洗面台を共有スペースに洗面台は帰宅時に直行して手洗いできるよう、一般的な脱衣室内ではなく廊下に設置している。「実家で暮らしていた時、誰かがお風呂に入っていると洗面台が使いづらかったので、独立した場所に作りました」脱衣室内にあるガス乾燥機が小さな子どもがいる4人家族の洗濯物を早く強力に乾かす。「洗濯物を干す手間が省けるので家事の時短になります」1階はロボット掃除機がすべて掃除できるよう、段差を無くしている。モノを少なくスッキリと暮らすのも、家の美しさを際立たせ、家事の手間を減らすのに役立つ。「本はある程度たまったらデジタル化して処分します。季節の服は保管サービスを利用しています」帰宅してすぐに手を洗える場所にある洗面台。アイアン製のイスは杉山製作所のワーカー・ラウンジ・チェア。洗面台はスタルクがデザインした大型のDURAVITを選択。ジョエ・コロンボのワゴンに洗面周りの細々としたものを収納している。「収納力があって使い勝手も良く、とても便利です」脱衣室。右手がバスルーム。「洗濯機の上のガス乾燥機はなくてはならないものになりました。洗濯物を干す手間が省けます」手前が将来主寝室として使う予定の部屋。生活道路に面した側を玄関とバルコニーにした。交通量の多い国道に面した側は、窓の位置を高くし、プライバシーを確保している。福田邸設計駒田建築設計事務所 所在地埼玉県さいたま市構造木造 規模地上2階 延床面積95.24㎡
2021年09月13日玄関を開けると焼き菓子店「玄関先にお店をつくるという条件を先に決めて設計に取りかかりました」と話すのは村上譲さん。村上さんは建築家で、お店というのは妻の祥子さんが切り盛りする焼き菓子のお店だ。「妻が焼き菓子をつくって自然食品屋さんに卸したりしていたんですが、お菓子をつくって売る場所がほしいということでまずはそれをつくることが最初に決まりました」。旗竿地で、東側には広い駐車場があって開けているけれどもいつ建物が建つかわからない。この敷地条件のもと、お店をつくるほかには、外に開いていく設計ではなく、家の中でいかに快適に過ごせるかかがまずは設計のテーマになったという。村上邸は旗竿地に立つ。右の玄関戸の正面に焼き菓子のお店を設けた。半地下の大空間家の中に入ってすぐ正面につくられた焼き菓子のお店の前を進むと住宅には珍しいといっていい大きな空間が現れる。将来的に焼き菓子店の延長で客席を設けカフェのような空間にすることも考えてつくったというこの半地下の空間は「セミパブリックのような感じで人が入って来られるような状況をつくりたかった」という。天井までの高さが3.5mで面積は32㎡ほど。気積の大きな空間にしたかったが、ふつうにつくったら家自体のボリュームが周囲より大きくなってしまうので、そうならないよう80cmほどフロアレベルを下げて半地下空間にしたのだという。「敷地が旗竿地ということもあり、できるだけ窓を取りたかったのですが、周囲と同じレベルで窓を開けると外部からの視線が気になるので、半地下にすることで視線をずらし居心地を損なわないことを意図しました」手前のフロアよりも80㎝低い半地下空間。現在は村上家のLDKとして使われているが、将来的には外部に開放してセミパブリックな空間にすることも考えているという。壁は漆喰仕上げ。漆喰には川砂とすさをまぜている。半地下の空間から見る。左奥に玄関と焼き菓子店、中央奥が水回り関係、キッチン奥にはパントリーがある。落ち着き感と安心感この半地下空間は「フロアレベルを少し下げることで洞窟にこもっている感じをつくろう」とも意図したというが、これがまた空間に落ち着き感をもたらしている。この空気感をつくり出すのにはさらに木を多用しつつ材のスケールに少し余裕をもたせていることも作用しているようだ。「この家では設計で線を細くしてくような作業はしていません。家具や開口の枠周りなどもスギの無垢材で30㎜程度であえて太めにつくっています」。さらに「材をぎりぎりまで細くして緊張感をつくるというよりは安心感をつくりたかったというのはあったかもしれない」とも。天井のスギ板は厚さが36㎜で梁せいは240㎜あるという。こうした設計上の選択も無意識の裡に安心感のようなものを空間にいる人間にもたらすのだろう。開口部は東側に設けた。トップライトから落ちる光が大きな壁面を照らしている。キッチンの横幅は4.3mと広め。娘さんたちとともに料理をするためのほか、いずれ料理教室を開くことなども想定してのものという。天板と壁はモールテックス。ロフト部分は昔の民家を思わせるような懐かしさを感じる。スケルトンにして家のつくりを見せる2階の柱梁のグリッド構成をもとにしたシンプルなつくりは家族の成長の具合に応じられるよう可変性を考えてのものという。仕切りには障子を採用したが「この昔からの日本の様式はすごくいいなと思っていたので、あえて壁を立てずに障子だけで仕切ることで、空間を大きくしたり小さくしたり調整しながら生活ができる」という。「それとこれは家全体の話になりますが、成り立ちというか、どうやって家が出来ているかをこの家を訪れてくれた方に、ぱっと目で見てわかりかつ容易に説明ができるようにしたいという思いもあって、できるだけ木造のスケルトンのような状態にしています。また、この家をつくってくれた棟梁は飯能で修業時代を過ごし西川材に縁があるため、スギの無垢材はすべて飯能の西川材を使用しています。そういった“ものづくり”のストーリーも大切にしたいと考えています」東側に設けた階段部分が吹き抜けになっている。トップライトから落ちる光が壁にさまざまな表情をつくり出す。2階はシンプルなグリッド構成でつくられている。左の障子の奥が書斎で右が寝室。左の大きなスピーカーは実家のご両親がマンション住まいになる際に引き取ったタンノイというイギリスのメーカーのもの。寝室の横に設けられた書斎的スペース。東側の壁をトップライトからの光が明るく照らす。お菓子の陳列に一工夫祥子さんが切り盛りしているのはmalcoと名付けた焼き菓子店。扱っているのはスコーンやクッキーなどの日持ちのする焼き菓子がメインで、卵、乳製品や白い砂糖を使わずアレルギーにも対応したもの。今では全国から注文が来ているという。スペースが限られていて平棚などにお菓子を並べて置くことが難しいため、譲さんには「本屋さんで本を立てかけて陳列させているような感じでお菓子を並べていきたい」とリクエストしたという。玄関のガラス戸を開けると正面が焼き菓子店のスペース。場所をコンパクトにおさめるため商品の焼き菓子は桟の上に本のように立てかけて並べている。景色がいいこの家に移り住んでから2年ほど。祥子さんは半地下の空間の東側に設けられた窓が気に入っているという。「わたしはこの窓が一番好きで、床に座ると視線が気持ちよく空まで抜けていくんです。電線も目に入らないし大きい建物もなくて隣の駐車場のところに人がいても視線が合わないのでカーテンがなくてもそんなに外が気にならない。あと家の中にいながら天気や明るさの変化が感じられるというのもすごくいいなと思っています」祥子さんはこの開口部から外を眺めるのが好きという。譲さんは階段を上がりながら1階の景色が変わっていく感じが気に入っているという。譲さんは半地下のダイニングテーブルに座っていることが多いという。「最近は家で仕事をすることが多くて、2階の書斎で子どもと並んで作業をしたりすることもあるんですが、夜、家族が寝てからはこちらのほうが落ち着くのでこの場所にいる時間が長いですね」さらに「この場所の景色がいい」「目のやり場がたくさんある」とも。住宅ながら空間を“見渡せる”ようにゆったりとしたスペースは天井も高く上を向いてもすぐに視線がぶつかることもない。こうしたことが落ち着くだけでなく、飽きることなく長い時間過ごすことを可能にしているのではないか――そう思えた。村上家は夫婦と娘さん3人の5人家族。床は当初モルタル仕上げだったが、お子さんが生まれた際にカーペットを敷いたという。大きな空間を半地下につくったため、周囲の2階建ての住宅と比べても屋根は高くない。グレーの部分がトップライトになっていて吹き抜けから半地下空間へと光を供給する。村上邸設計Buttondesign所在地東京都中野区構造木造規模地上2階延床面積99.2㎡
2021年09月06日街全体を暮らしの一部に建築家の西川日満里さん、坂爪佑丞さん、琴ちゃんが暮らす家は、西川日満里さんが共同主催するツバメアーキテクツと、設計事務所に勤務する坂爪佑丞さんの共同設計だ。琴ちゃんの誕生をきっかけに、2019年に竣工。「自邸を設計し、実際に住んでみて気づくことがたくさんありました。たとえば大きく開いたトップライトは、1年を通して暮らしてみることでその良さと難しさの両方を知ることができます」家は阿佐ヶ谷の賑やかな通りに面して建つ。「都市に住むと、徒歩圏内に暮らしに必要な場所を持つことができます。週末は銭湯に行って広々としたお風呂を楽しんだり、図書館を利用したり、遊びに来た友人とすぐ近くの料理店へ足を運びます。家の外で生業が広がっているので、それらを利用し、共存しながら暮らしたいと思いました」リビングから見上げる窓の外に、テラスに植栽した緑が広がる。吹き抜けの最上階の天窓から差し込む時間とともに変化する光が、様々な表情を加える。リビングの床は明るい色のタイルカーペット。床暖房で冬は暖かく、床に座って過ごすことが多いそう。「小さな子どもがいる家で白のカーペットはメンテナンスが心配でしたが、部分的に剥がして洗濯ができるため問題なく使えています」ダイニングテーブルの上のアートの作家さんは……、なんと、家の壁を塗った左官屋さん。「目地をパテで塗りつぶしてから仕上げの塗装をするのですが、下地の段階で止めてもらいました」「床に置いたエチオピアのコーヒーテーブルは把手がついていて移動させるのも簡単なので重宝しています」。天井と壁は同じ素材だが、天井だけツヤのある塗料を使い、光の反射を楽しんでいる。「なにか楽器を弾けるようになりたいと思い立ち、最近ピアノを始めました」と佑丞さん。両サイドにお気に入りのアートを飾る。「ラワン材の壁は、ビスが効くため好きな場所に絵を飾ることができます」モロッコのテーブル、李朝時代の脚付きテーブル、アフリカの民芸家具と、様々な国、違った時代の家具をチョイス。家のあちこちに居場所を作る「都市部の狭小地ですが家に“庭をつくりたい”と考えて、まずその庭の場所をどこに作るか考えました。生まれ育った家や、1つ前に住んでいた賃貸のアパートにも植栽を楽しめるテラスがあり、そこで過ごす時間がとても気持ちがよかったので、新しい家にも季節を感じられる庭があるといいなと思いました」決まったのがリビングからも寝室からも庭の緑を楽しめる場所。リビングからは樹々を見上げて木漏れ日を楽しみ、すぐ横の小部屋は樹々の成長を間近で見守ることができる。寝室の横の本に囲まれた小さな空間は、階下の家族の存在を感じながら、ひとりだけの時間を作れるとっておきのスペース。ピアノを弾いたり、テラスの緑の手入れをしたりと、様々なことをしながら過ごせる場所があることで、小さいながらも豊かな時間を過ごすことができる。「簡単に動かせて多目的に使える家具を多く使い、住みながら生活スタイルを整えることを楽しんでいます。動物の巣作りの感覚です。まず大きなストラクチャーを作り、その後に小さな居場所を作っていきました」テラスの横の部屋は、将来的に琴ちゃんのお部屋になるかも。窓の外の緑をすぐ近くで楽しめる特等席。本を読みながら、ゆったりとした時間を過ごす。リビングと耐力壁に隙間を開けることで、広がりを感じられる。本は一箇所に集めるのではなく、家のそこここで手に取れるようにしている。階段の吹き抜けを通して、一階まで光が落ちる。夏はトップライトに簾をかけ、木漏れ日のような光を楽しんでいる。階段はグレーにグリーンを混ぜ、自然界にある色に近づけた。寝室の横の小さなスペースは、周囲を本に囲まれたお籠もり感抜群の場所。椅子に座って視線を上げると、寝室の窓から空が見えて気持ちいい。それぞれの窓に機能と役割を分担開口は、いろいろな風景を楽しみ、様々な役割を持たせて作られている。「レマン湖のほとりに立つコルビュジエが母親に贈った小さな家は、フレーミングした窓を作り風景を切り取ることで湖の美しさを際立たせていました。この家は雑居ビルと住宅が入り混じる雑多な地域に建っていることもあり、慎重に開口部の位置を調整し、それぞれから見える風景を考えました」リビングの棚下に開いた窓からは、吹き抜ける風と共に、通りの緑や行き交う人を眺めることができる。テラスに面した窓は庭を楽しみ、道路に面した窓は高い位置に作ることで視線を遮り、流れる雲を眺めることができる。「模型で検討しても、実際の空間とはずれが必ずあります。現場に入ってからも窓の位置を微調整していました」リビングから50cm下げた位置にあるキッチンは、にじり口から中に入っていくような感覚。天井が低く、籠もる感じが心地よい。タイルは光を反射するものを選び、横の窓は住宅地の奥まで見通せる場所を狙って開けている。リビングの棚の下に開けた小窓から、賑やかな通りを眺める。階段の踊り場には、写真家の中村絵さんの台南で撮った作品を。「ガラスのように艶感のある仕上げにしていただき、台南の街に開いた窓のように楽しんでいます」「寝室の窓から外を見ると、偶然なのか赤い瓦屋根やピンクの壁の家が多く立ち並んでいました。その色に合わせて、透け感のある淡いピンクのカーテンを選びました」右の絵は住宅全体を使って個展を開いた奥誠之さんの作品。「1階をアトリエとして設え1ヶ月ほど滞在しながら実際に絵を描いていただき、展示期間中は作品を部屋に飾って、ご近所の方含めたくさんの方に見ていただきました。この作品はこどもたちが囲むテーブルのようにも、池のようにも、様々な風景に見えるところが好きです」1階にはコミュニティを育むスペースを1階の通りに面した部屋は街の一部となり、ギャラリーとして使ったり、喫茶店を開いたり、いろいろな住み方を楽しめるよう考えられている。同時に夫婦それぞれの仕事場の延長として使ったり、将来的にはこどものための部屋として活用することも想定している。「阿佐ヶ谷は外から訪れる街というよりも、そこに住む人が日常的に街で過ごす比率が高い街だと思います。地域の人が協力して街の雰囲気をつくっていこうとする意識があり、1Fをオープンにすることでこの家もその輪の中に参加できるとよいですね」通りに面した1階の部屋で今年3月に開催された奥誠之さんの個展「小さな部屋に絵具を渡す」。琴ちゃんも一緒に絵を描いた。©Yurika Kono住宅の中に奥誠之さんの絵を飾り鑑賞する試み。©Naohiro Tsutsuguchi1階の通りに面した部屋では、イベントを開いたり、打ち合わせをしたりと多目的に使っている。1階は玄関とバスルームが、同じ素材で連続する。大理石のモザイクタイルを使ったバスルーム。「エストニアで宿泊した古民家の石に囲まれた水回りがとても気に入って、そこをイメージして造りました」。琴ちゃんがお風呂で遊んでいる間、洗面台の横のスペースで仕事をすることもあるそう。通りに面した1階の窓はショーウィンドウのような役割を持たせている。季節の花を飾り、道行く人の目を楽しませている。外壁材は経年変化する素材を採用。1階から3階までのスキップフロア。2.5階に設けたテラスの緑がリビングと寝室の3層に心地よい視覚効果をもたらす。窓に当たった風が家の中を周るシカケになっている。テラスの下が回廊式のキッチン。その下の1階が洗面バスルーム。画像提供/ツバメアーキテクツ・坂爪佑丞坂爪邸設計ツバメアーキテクツ+坂爪佑丞 所在地東京都杉並区構造木造規模地上3階 延床面積73㎡
2021年08月09日外を気にせず開放感のある家「東京にいる感じがしません」という上野さん。敷地を購入したときには周囲は植木畑だった。現在では畑の面積は減ったものの緑が多く、また静かな環境で「蓼科や軽井沢などの別荘地に住んでいるような感じがする」と話す。上野夫妻が設計を依頼した建築家の村田淳さんへのリクエストは大きなところでは2つあった。「ひとつは外の目を気にしないで暮らしたい。当初、コートハウスのイメージをもっていたので、外の目をあまり気にしないで生活ができて、かつ開放感のある家がいいなと」右の駐輪スペースの後ろに立つのがアズキナシ。図書室の外につくられたデッキスペースに植えられていて2階からもその緑を楽しむことができる。図書室をつくる「もうひとつは図書室がほしかったんですね。本が多いので、家族3人の本を1カ所に集めて、みんなで読める場所をつくってもらいたいとお願いしました」(上野さん)図書室をつくる思いは上野さんがいちばん強かったという。「引っ越しのたびに本を処分するのがとてもつらかったようで、この家ではちゃんとスペースをつくろうということになりました」(奥さん)上野さんも「自分の家ができたら本はすべて捨てずにとっておいていつでも読み返せるようにしたいという思いは強くありました」と話す。さらに「本はどこでも読むし寝る前に読んだりもするんですが、ゆったりと座って気持ちよく読めるスペースがほしかった」とも。半地下につくられた図書室を1階レベルから見る。庭側から図書室の外部につくられたデッキスペースを見る。アズキナシの木が見える。デッキスペース側から図書室と奥の庭を見る。半地下につくられた図書室の天井高は約3.8mある。夫妻ともに図書室のイメージとしてもっていたのはオードリー・ヘプバーンが主演した1963年の『マイ・フェア・レディ』のヒギンス教授の書斎だった。バーナード・ショーの戯曲『ピグマリオン』を原作とするこの映画では、2層分のスペースが本棚でぎっしりと埋まり、上の棚にある本を梯子を使って取るシーンがあるが、そこから梯子付きの背の高い本棚が生まれた。天井高約3.8m。設計側では住宅でこの大きさを確保するための苦労があった。「この土地は建ぺい率に余裕がないのでいろんなご要望を入れていくとどうしても入りきらない。図書室を魅力的な空間にしたいけれども、かといってほかの部屋がその犠牲になるのも良くない。それで寝室を地下にもっていくことにしました」(村田さん)本棚の上にも開口が設けられて明るい室内。対面して設けられたデッキスペース側と庭側の2つの開口の間を空気が流れ湿気の心配もない。階段下から庭の緑を見上げる。玄関から小窓を通して図書室を見ることができる。高2の息子さんはこの図書室について「作業が落ち着いてできてけっこう快適です。明るいのもいいですね」と話す。ソファの左に見えるのが寝室開口部。デッキスペースの脇に植えられたアズキナシ。半地下からの眺めしかし単に地下にもっていっただけでは湿気の問題が発生する。そこで天井高のある図書室を半地下につくりその両サイドに大きめの開口を設けて空気がこもらず流れるようにしたうえで、さらに低い位置にある寝室とつなげることにした。半地下にある図書室のソファに座ると開口からは緑と空しか見えない。このスペースの心地よさはこの緑が大きく作用していると夫妻で口をそろえていう。「窓が上にあるため、両サイドにある緑を下から見上げるかたちになります。そうすると緑の後ろに空だけ見える感じになるのでそれがものすごく気持ちがいいんです」(上野さん)濡れ縁から図書室を見る。奥のデッキスペース側の開口との間で風が抜ける。静かで落ち着いた空気感のある庭。この緑があるおかげでお隣の視線も気にならない。手前の木はオオサカズキ(モミジ)。床がルーバー状になっているのは地下との間で空気を循環させるため。その上は物干しスペースになっている。右奥に見えるのが玄関でその左に図書室がある。地下室からルーバー状の床を見上げる。左下の鉄棒は上野さんが懸垂をするために取り付けられたもの。階段室を1階から見る。2階の天井とキッチン道路側にアズキナシが立ち、奥の庭にはオオサカズキとシラカシなどが植えられているが、それらの緑は2階からも楽しむことができる。下階とはまた違う角度から緑に接することのできる2階は家型の天井がL字でつながっている。「勾配屋根の木造の2階は天井を自由につくりやすいので、空間に変化をつけるためにL字のプランのままに家型の天井をつなげてみました。家型にするとフラットな天井よりも陰影が出るし、陰の部分も時間によって表情が変わっていくので面白いのではないかと」(村田さん)リビングダイニングと一体的につくられたキッチンでは、食洗器をビルトインにするなど隠せるものはなるべく隠して表にモノが出ないようにするほか、広さについてのリクエストがあった。「2人立てるような広さにしてくださいとお願いしました。一緒に料理することも多いので、2人いてもつっかからないような広さがほしいとお伝えしました」(奥さん)リビングからダイニングとキッチンを見る。キッチンは夫婦2人で作業ができるよう広めにつくった。家型の天井を交差させた部分は少し不思議な印象を与える造形になっている。ダイニングとキッチンを見る。ダイニングからキッチン内のモノが見えないようキッチンを囲む壁の部分を高くしている。2階は引き戸で階段室が仕切られるようになっている。約24㎡あるリビングダイニング。表と庭側の2つの開口のほかにテレビの上にも開口が開けられていて室内が明るい上に天井も高めで快適に過ごせる空間になっている。キッチンからリビングを見る。右の開口からはアズキナシの木がよく見える。リビングから庭の方向を見る。オオサカズキが少し紅葉しているのが見える。アズキナシの前の室内にも緑が置かれている。“ここはどちらですか?”最後にこの家で5年ほど暮らされての感想をうかがった。「図書室がいちばん好きなスペースですね。両方に緑と空が見えてまた静かで明るい部屋なので、最高の空間かなと思っています」と奥さん。さらに2階のキッチンスペースも好きという。「キッチンに立つとちょうどアズキナシがダイレクトに見られてお気に入りの場所ですね」上野さんも自らの強い希望でつくった図書室がやはりとても気に入っているという。「しかし、僕がメインで使おうと思っていた当初の予定と違って家族に取られてしまうことが多い」と話す。3月からのコロナ禍のもとでは大学で英語の教師をされている奥さんがZoomでオンライン授業を行う際に図書室を使っているため「ほぼ使えない」状態になっているという。「Zoomでは皆さん背景を替えたりしますが、うちではそのまま室内を映しています。そうすると大きな本棚とその後ろの中庭の緑が大きな開口を通して見えるので、“ここはどちらですか?”とよく聞かれます。今は思っていたほど図書室で過ごすことができていないですが、やっぱりあそこに座るとすごく落ち着くし集中もできるのですごくいいですね」。こう話す上野さんには、世の中とはまた別にもうひとつ、「コロナ禍が早く過ぎ去ってほしい」と願う強力な理由があるように思えた。上野邸設計村田淳建築研究室所在地東京都三鷹市構造木造規模地上2階地下1階延床面積142.19㎡
2020年11月30日ぐるぐると回れる家があこがれ300㎡と広い敷地に立つ安達邸。もともとは奥さんの千紘さんの実家が立っていたこの土地で千紘さんのお父さんとの2世帯住宅を建てることになったのが4年前だった。家づくりに際し夫妻の間には「人が集まれる家」「古くなっていくのが面白い家」「かくれんぼができる家」などのイメージがあったという。設計を担当した建築家の岸本さんには、それらに加えて「子ども部屋を閉じた空間にしたくない」「敷地を生かした家にしたい」などの希望も伝えた。「トトロに出てくるサツキとメイの家みたいにぐるぐると回れる家があこがれだった」とも話す千紘さん。安達邸は階段を中心にしてぐるりとめぐるつくりになっている。トップライトから光の落ちるこの階段室の1階部分には階段を囲むようにお父さんの部屋と浴室などの水回り、そしてお父さんからのリクエストだった書庫がつくられている。そしてこの書庫は階段室の1階部分の壁ともなっている。2階から見る。3階に開けられた小窓を通して階段室の様子をうかがうことができる。階段室の1階部分の2つの壁が本棚になっている。書庫と子ども部屋「父からは最初にとにかく書庫をつくってほしいと。本が多いので最初は図書室のようなイメージだったんですが、本を中心として居場所をつくる提案をしていただいたのが面白かったですね」(千紘さん)。そして2階には、この書庫と同じように階段室に対して開かれた、いずれ子ども部屋となるスペースがつくられた。「2世帯住宅でよくやるんですが、この安達邸でも親世帯と子世帯をつなぐつなぎ目のところに子ども(孫)の居場所をつくりました」と岸本さん。またこの2階は「1階の延長であってほしかった」ともいう。「“2階に上がった”という感じにしないことを考え始めたときから階段の仕上げや造形、プロポーションを徹底的にスタディして、2階に至るまでは大地がそのまま延長・連続していくような、地形あるいは彫塑的な造形として扱っています」3階部分の壁に開けられた窓から見下ろす。将来子ども部屋になる2階部分はL型につくられている。2つにわけられるようスイッチも2カ所に付けられている。壁がなくオープンなつくりの子ども部屋から階段室を見る。2階から階段室を見る。3階に上がって扉を開けるとキッチンが正面に見える。キッチンと「こもり部屋」3階にあるキッチンは「はじめは“こもれるような感じにしたい”ってお願いしました」と千紘さん。キッチンに隣接して「こもり部屋」がつくられてこの“こもれる願望”がかなったため、実現したキッチンは完全にクローズな空間にはしなかったけれども、ひとりで集中して作業のできるスペースになったという。「完全に仕切られているわけではないので家族と話したりしながらでも料理をつくれるけれども、床が一段下がっていて白い鉄筋の棒と吊り棚で区切られた感覚もあるので集中して作業をすることができます」キッチンとダイニングスペース。キッチンでは冷蔵庫の収めどころがいつも問題になるが、安達邸では千紘さんの「こもり部屋」との仕切りとして機能しかつキッチンと隣りあわせにもかかわらずぐるりと迂回するために心理的な距離もつくっている。丸テーブルのところからキッチンを見る。天井は家形になりかつ壁との境目が柔らかくあいまいにされている。ベンチは丸テーブルのところからぐるりと手前側へとつくられている。テーブルを中心に多くの人が集まれるつくりだ。千紘さんのお気に入りの2畳ほどの「こもり部屋」からキッチンを見る。キッチンは周囲の床から13㎝下がっている。キッチン部分に立てられた白い鉄筋棒が透過性をもちつつ吊り棚とともに通路とキッチンとを仕切っている。居場所がいろいろある引っ越してきてから4カ月ほど。安達さんは3階のキッチン横から寝室のほうにまでL形にぐるりとめぐるようにつくられたベンチにいることが多いという。「日当たりに合わせてベンチの位置を移動してクッションがあれば寝転がれるというのもいいですね」。さらに「このベンチのほかにもこの家には座れる場所がすごくたくさんある。階段もそうですが居場所が厳密に決められているというのではなく、日の当たり具合だけでなく、季節や時間帯などによっても移動して、移動しながら自分のいいところを探していけるような感じになっている」と話す。お子さんが2階で遊んでいるときには階段をイスのようにして座って様子を見たりとかもしているという。千紘さんは安達さんと同様に3階のベンチも好きだが、やはりキッチン横の「こもり部屋」がとても気に入っているという。「2人目がまだ小さいので昼間はまったく自分の時間がない。でも、夜、子どもを2人とも寝かせたあとなどにあそこに座っていると、囲まれていることで安心感がありかつ目の前に窓があって視線も抜けるので、すごく気分がいいですね」玄関側から階段室を介して奥に浴室などの水回りスペースを見る。2階が子ども部屋。彫塑的、あるいは地形的につくられた階段部分。手前のタイルの部分はお子さんと本を読むスペースにもなっている。トップライトから落ちる光が階段室を介して周りのスペースにも光を供給する。浴室側から階段室を介して玄関方向を見る。最後に2世帯住宅にしたことについて話していただいた。「2世帯住宅ということはあまり気にならないです。とはいえ、お父さんがいるかどうかはちゃんとわかるのがいいですね」と安達さん。千紘さんは「2世帯住宅に住むのはわれわれの暮らしにとって大きな変化でした。父の部屋は父の部屋で扉を閉めれば独立して暮らしているようにもなるんですが、階段のところで子どもと一緒に遊んでくれたりするし、庭で遊んでいる時に父の部屋が見えたり声が聞こえたりとかというのもけっこう面白かったので、2世帯でもこうやって暮らすのは悪くないなと思っています」と話す。「3世代で一緒にご飯を食べたりすることもよくある」という安達家。暮らしの変化は、不自然になることなく親世代・子世代ともにすでにしっくりとなじんできているようだった。左の扉を開けると千紘さんのお父さんの部屋。右に玄関の引き戸が見える。玄関の引き戸を閉めた状態。手前の空間は「リビングみたいな使い方にしたいと思っています」と安達さん。玄関の引き戸をすべて外に出した状態。「開けば外でもあり閉じれば中でもありという感じがほしいかった」という。300㎡と広い敷地は旗竿地。奥に竿の部分が見える。敷地に対して斜めに角度を振って四方に庭をつくっているため、誰も足を踏み入れないような「裏」の空間がない。安達邸設計acaa所在地東京都杉並区構造木造規模地上3階延床面積116.4㎡
2020年10月05日家の真ん中につくられたゆるやかな階段同郷のお2人、佐藤さんと須田さんがともに暮らすのは5匹の犬たち。この家のコンセプトにはこの犬たちの存在が大きくかかわる――コンセプトのひとつは「犬たちとともに伸びやか、おおらかに暮らす」というものだった。この家の大きな特徴である平面の対角線上につくられた階段はこのコンセプトから導き出されたもの。設計を担当した建築家の比護さんは「最初は抱っこして上り下りするというお話だったんですが、階段にスロープを付けて犬と一緒に並んで歩けるようにしようと考えました」と話す。2階のLDKを見る。できるだけゆるい角度にするために階段は対角線上に配置してめいっぱい距離を長くとった。犬たちも楽々上り下りできる階段。階段の上にスロープを付ける予定だったが、コストの関係で延期された。手前側は表にある緑を高い位置から見えるようにレベルを上げている。奥は階段の角度をゆるくするため下がっている。開放感もほしい階段を対角線上につくったのはできるだけ距離を長くとって角度をゆるやかにするためだった。家の真ん中にあるためこの階段を中心にして犬たちがぐるぐると走り回ることもできる。この階段には設計案を見て「比護さんらしい斬新な感じだな」と思ったという佐藤さんのリクエストが合体している。階段部分の上にクッションが置いてあってそのうえで寝そべることができるのだ。そのほか、2階ではお酒の好きな佐藤さんがアルコール類だけを入れる冷蔵庫を入れたい、料理のお仕事をされている須田さんがキッチンにこだわりパントリーをつくりたいと伝えたが、これらに加えて大きめのバルコニーもリクエストだった。「開放感がほしかったので、リビングに隣接して大きなバルコニーを希望しました」(佐藤さん)開放感という意味ではバルコニーとともに階段と同じ対角線の延長線上に開けられた開口も作用している。視線を遠くまで通すとともにその先に緑がとらえられるように開けられているのだ。左上の垂木は少しねじれながら奥に続いているため、静的な印象にはならず動きながら連続しているように感じられる。左が佐藤さんが希望した日本酒にも対応したセラー。真ん中にロフト用の梯子。右奥がパントリーになっている。バルコニー側から見る。佐藤さん(左)は今座っている小上がりがお気に入りの場所。ロフトから見下ろす。正面奥の右側にバルコニーがある。開放感を得るために希望したバルコニー。当初はもっと大きくしたいと考えていたという。収納スペースもおおらかに「ちらかっているのがいやなので、なるべくきれいに整うような感じでパントリー、水回りと寝室以外はほぼワンルームで広くて開放的な感じにしてくださいとお願いしました」(佐藤さん)。この要望は1階でもしっかりと反映されている。2階は階段を中心にしてぐるりと回れるつくりになっているが、1階でもお風呂の戸を開ければぐるりと回ることができるのだ。このつくりは「伸びやか、おおらかに住む」ということにつながっているが、同じ趣旨から収納の方法も工夫された。「おおらかに住みたいということでしたので、極力1階の収納は可動棚にしました。やはり住んでみないとわからない部分もあったので、ここには服の収納あちらにはキャンプ用品を置いてというふうに決めずに、ここからここまでぜんぶ棚を入れられるようにしておくので、置くものが決まったらそれにあわせて収納スペースをレイアウトしてくださいという感じでつくりました。竣工間際にその一角に机をつくりたいという話になったのですが、収納スペースの一部がワークスペースになったり靴を入れたりキャンプ用品を入れたりというように生活に合わせて自由に変えられるようになっています」(比護さん)左のアール状に切りとられた壁が空間に柔らかな表情を与える。左がお風呂で右奥が寝室。お風呂の戸を開けると階段の周りをぐるりと回ることができる。犬たちの体を洗えるように大きめの洗面にした。洗面側から玄関方向を見る。竣工から1年と2カ月ほど、佐藤さんは階段の上につくられたクッションのスペースがお気に入りという。「お酒を飲んでからここですぐひっくりかえってテレビを見ていてそのまま犬たちといっしょに寝てしまうことも多いので、ここが自分ではいちばん気持ちがいいんだろうなと思います」須田さんはこだわってつくったパントリーがお気に入りという。「ちょっと広すぎるかなと思ったんですが、これくらいあるとまだまだいろいろと整理がつけられるのでいいですね。それとキッチンとダイニングがコンパクトにまとまっているのでご飯をつくって食べて洗ってというのがほぼひとつの場所ですむのもよかったです」。さらに「収納に関しては満足がいく状態に落ち着くまで2年かかりますって比護さんに言われたのですがそれはその通りだなといま思っていて、まだいろいろこうやってみたいとかああやってみたいとかと考えています。それがまたとても楽しいですね」と続ける。「あまりかっちりしすぎていないのがいい」という佐藤さん。犬たちも走り回ったりそれぞれが好きなところで寝て好きなところで遊んでいて喜んでいるようだという。犬たちと「伸びやかに暮らす」という当初のコンセプトは見事に実現されているようだった。正面にマンションがあるため、視線が抜けるようにこの左手にもうひとつ開口を設けている。玄関を入ると右手に収納内容によって変更できる可動棚による収納スペースが続く。バルコニー+駐車場でよく見かける外観になるのを避けて「ちょっと楽しい感じにできないか」と考えられたデザイン。内部にもあるアール状のデザインがここでも採用された。右の開口はお隣とコミュニケーションできるよう開けられたもの。佐藤・須田邸設計ikmo所在地東京都清瀬市構造木造規模地上2階延床面積97.42㎡
2020年09月07日南に開けた大きな高窓から光を取り込む奥様が育った目黒区内の土地に新築した3階建てのお宅。建て替えにあたり、いかに光を家全体に取り込むかが一番のポイントだったそう。「南側にお隣の建物が迫って建っているので、以前の家は特に1階が暗かったです」と奥様。南側の高い位置に大きな窓を作り、そこからの光を家全体に回すことにした。この家を設計した稲山貴則さんと、施主は、同じ大学の建築学科の同級生。「私が勤める会社では、病院や学校、工場、事務所などの建物の設計が中心です。住宅の設計は専門性が高いので、住まいの設計は気心の知れた住宅の専門家、稲山くんにお願いしたいと思っていました」2階から3階を見上げる。大きな白い吹き抜けの大空間に、四角いバーチ合板の箱がポッカリと浮かび、白い階段がふたつの箱をつなぐ。左右の箱の高さや長さが違うのも楽しい。左側の箱の上部にはロフトもある。南側の高い窓から、建物全体に明るい光が届く。ぽっかりと箱が空間に浮くユニークな設計。ロフトから2階を見下ろす。真下中央に見えるのが1階へと続く階段と、子どもが使っている勉強机。反対側(写真上)にもデスクがあり、ご主人がテレワークの際に使っている。階段とダイニング床下のスリットが1階とつながり、光が建物全体に行き渡る。鉄骨造で実現した大胆なプラン柱の必要な木造ではできない、鉄骨造だからこそ可能な気持ちの良い大空間が実現した。「地盤の強度にも不安があったこと、そして鉄骨造は木造にはできない思い切ったことができる楽しみもありました。箱を吊り下げて3階を作る、私の想像を超えるプランを考えてくれました」とご主人。奥様は、子どもたちがリビングを通って子ども部屋に行く動線にしてほしいとリクエスト。「親が泊まっていくこともありますし、また将来的に同居ができるように、1階に客間を作っていただきました」「奥まった場所が心地よいのか、よくここで勉強してくれます」家事をしながら勉強中の子どもと話ができる。「ここの勉強机からはリビングのTVが見えないので集中できるようです」トイレの手洗いを外側に。「2階に手洗いがあると、食事の前後など、子どもがこまめに手を洗えます」リビングとダイニングキッチンの天井の高さを変え、段差もつけている。「家具は以前使っていたものが多いですが、ブルーのL字型のソファはソファ専門店NOYESで購入しました」居場所がたくさんある家「大きな吹き抜けは、家に居ながら開放感があります。1階から2階へ上がる階段、そして3階からロフトへ上がる浮遊感のある階段と、視線が移り変わり、ひとつの家で様々な風景を楽しめます。コロナで外出できない期間がありましたが、ストレスなく過ごすことができました」そして、家族が家の中で別々のことをしていても、一体感が感じられるのだそう。「奥の勉強机で長男が勉強し、手前のデスクでリモートワーク、キッチンで食事の準備をし、長女はリビングのソファで遊ぶなど、2階だけでもそれぞれの居場所がたくさんあるのも良かったと思います」3階の寝室。奥のサンルームは洗濯物の乾燥にも。「子どもが小さいのでまだ使っていませんが、3階には子ども部屋として2室準備しています」子ども部屋とロフトへと続く鉄骨階段は、蹴り込み板にエキスパンドメタルを使うことで抜け感と安全性を両立。玄関を入ると視線の先に明るいグリーンの扉が出迎える。階段下は収納になっている。白を基調とした明るいバスルームは1階に。角地の2面道路。南側に隣家が迫り、北側と西側は斜線規制という条件の中、3階建ての豊かな空間を作った。K邸設計稲山貴則建築設計事務所所在地東京都目黒区構造鉄骨造規模地上3階延床面積103.89㎡
2020年08月11日敷地の高低差は3.5m敷地について、「日当たりのよい土地を探していて、以前からいい場所だと思っていた」という三石さん。すでに更地になっていた敷地は途中から斜面になっていて最高部では前面の道路と3.5mくらいの高低差があったという。「まず、高さがあるので道路からの目線がそんなに気にならないんじゃないかと。それからそこに塔のような感じで建てたら眺めもすごくいいだろうし、地面のレベルから4階建てくらいの高さまでをふつうの住宅一軒で体験できるのは面白いのではないかと思いました」(三石さん)旗竿敷地の傾斜した旗の部分に立つ三石邸。家の前側は地面を掘削している。玄関は前面道路と同じレベルだが以前は地下だった。雨にぬれずに階段を上がりたい設計は友人の武田さんに依頼した。武田さんは敷地を見て「これはちょっと大変そうだな」と思ったという。「まずこの傾斜地にどう建てるかというところから考え始めないといけない。ただ建築家としてはこの場所でしか建たないものにできそうだなとは思いました」難しいのは傾斜している土地に建てるだけではなかった。これに三石さんからのリクエストが加わり設計の難易度はさらに増したようだ。「敷地に高低差があるところでは外階段を上がって玄関があるパターンが多い。この家の並びも全部そうなんですが、そこを僕は家の中に入ってから上がりたいと。それに対して武田さんは“何を言ってるんだ?”みたいな反応でしたが、“雨にぬれずに階段を上がって行きたい”って言ったんです」玄関から階段で上がるとリビング。リビングのある部分も掘削してつくられた。ダイニングから旗竿敷地の竿の部分を見る。室内の壁=擁壁以前は地下レベルであったところに玄関がつくられ、そこから階段を上がったところにリビングが配置されているが、このリビングも掘削して元の地盤面よりも低いところに位置している。しかし傾斜した部分の土をすべて取り除いたわけではないため、残った土を押さえるための擁壁が必要となる。三石邸ではこの擁壁を建築の壁として活用しかつ仕上げで隠さずに室内で露出して見せている。このコンクリート壁が独特の質感を空間に与えている。「ふつうは木造2階建てというとフローリングの下にコンクリートの基礎があって土を押さえているわけですが、生活の中ではそれがわからない。それを室内で見せてRC造の質感みたいなものを出しています」(武田さん)そしてこの擁壁はふつうのコンクリートではなく、洗い出し仕上げでコンクリートの中にある骨材が浮きだしたような見えになっている。この住宅内部では見ることのない仕上げを三石夫妻は気に入っているという。「洗い出し仕上げは外構で使われているイメージがあったので最初聞いたときは“え?”と思って、家の中にある状態をイメージするのが難しかったんですが、でもなんか面白そうだよねと」。奥さんは公園のような場所で使われているイメージがあったという。しかし現場で見たときには「“ああこうなるのか”という感じで思っていたより荒々しくもなく、住んでみて今すごく気に入ってます」と三石さん。リビングにはキャンプ用のテーブルやランタンが置かれている。左がダイニングキッチン。階段を上がったところからリビングを見る。左の壁と奥の壁は擁壁がそのまま室内の壁として使われている。リビングの壁と同様に左と奥の壁は、型枠に遅延効果シートを貼ってコンクリートを打設し、型枠をはずした後にウォータージェットで表面を洗い出している。乾燥後、表面を固めるためにコーティング剤を塗っている。ダイニングキッチンの奥にはお風呂などの水回りが配置されている。キッチン側からダイニングを見る。最後の最後までキッチンとダイニングテーブルの高さをそろえるか迷ったという。最終的には美しさを優先しこの形になった。キッチン側からワークスペースを見る。吹き抜け途中につくられた三石さんのワークスペース。光と風と開放感三石邸はこの洗い出し仕上げのほかに吹き抜け空間の開放感と明るさも大きな特徴となっている。吹き抜け部分の高さは5.5m。そこに大きな開口がいくつも開けられ旗竿地ながら光がふんだんに注ぎ込む。日当たりの良さを気に入って入手したこの土地、当然ながら光をたくさん採り入れたいというリクエストがあった。「明るくしてほしいというリクエストはしました。あと旗地は周りが家に囲まれているのでその閉塞感、圧迫感をどうやってクリアしていこうかと。さらにリビングで上を見上げたときに空が抜けて見えると住み心地の良さにつながるのではと思って、窓だらけにしてほしいとリクエストしました」(三石さん)さらに通風に関してのリクエストもあった。「周りを囲まれているので風が抜けるのかどうかとても心配しました」。窓を全開にして寝たいというリクエスも出して、いまでは、真夜中でも2階の窓を全開して風が抜けるような状況にしていることもあるという。吹き抜け部分を見上げる。高さは5.5mあり、大きく取られた開口部から光がふんだんに注ぎ込む。手前が吹き抜けの途中につくられたワークスペース。三石さんはここでギターを弾くこともあるという。2階には寝室が並ぶ。いちばん手前側が主寝室。主寝室の壁は中まで光を採り込むために施工途中でリクエストしてガラス張りに変更してもらった。ダイニングから玄関とリビングを見下ろす。左が主寝室。下のお子さんが成長したらこの部屋を2つに分けて主寝室と子ども部屋にすることも想定されている。夫妻ともにお気に入りという塔屋スペース。晴れた日には横浜のランドマークタワーが見えるという。奥のギターはギブソンとフェンダー。リビングの奥にもう1本テイラーのセミアコがあり、主にブルースを弾くという。つねにアウトドア感覚住み始めてから4か月ほど。「ほんとに毎日が楽しい」という三石さん。家に居ながらにしてアウトドアみたいな感覚が体験できるのが特に楽しいという。「それとリビングだと半分ぐらい土に囲まれていて土につながっているという感覚があって、ちょっと暖かみがありますね。あと半分洞窟の中にいるような感じもあります」「もともとキャンプとかアウトドアが大好き」だという三石さん。「夜には照明をぜんぶ落としてランタンやろうそくを点けてお酒をのんだりするのが楽しみで、いつもキャンプしている気分です」4人のお子さんたちもこれで楽しくないはずがない。「相当喜んでいて走り回っています。高低差があるのでアスレチックの延長線みたいな感じもあって」。そういわれてみると、吹き抜け部分の柱梁のスケルトンが多く露出したつくりがアスレチック施設のように見えないこともない。このあたりもアウトドア好きの三石さんにはたまらないポイントなのではないだろうか。ウッドデッキでは子どもたちが遊んだりべランピング的なことをしたりすることを当初より想定していた。2階のリビングから庭を見る。三石邸設計武田清明建築設計事務所所在地東京都世田谷区構造木造規模地上2階延床面積 115.01㎡
2020年08月05日「スタイルのある家と暮らし」をテーマに情報発信する『100%LiFE』。クリエイティブな感性で暮らしと空間を楽しむ人たちのライフスタイルメディアとして2012年の7月にスタート、8周年を迎えました。そこで、今回、特別企画として、これまで取材した家の中で『100%LiFE』に集う読者の方々に人気のあった家を、テーマごと振り返ってみました。読者の皆さんが興味をもった家とは?第4回は、都市の住まい造りの永遠の課題「狭小住宅」、人気の10軒を紹介します。type1子どもが自由に駆け回る暮らしに合わせてDIY進化し続ける都心の狭小住宅東京・文京区の住宅密集地に、間口3m、奥行き10mの木造3階建てを新築。筋交いで建物を支えることで、広々とした空間を生み出した。type2狭小敷地を最大限にどこにいても心地いい“ミルクカートン”の中の開放感ミルクカートン(牛乳パック)のような建物の中は、4層に分けて居住空間を確保。光が取り込まれた開放的な住まいが誕生した。type3360度広がる都会のパノラマ6坪で叶える快適でゆとりのある暮らし住み慣れた都会の街での永住を決めたオーナー。建築面積わずか6坪の超狭小地。建築家の知恵とアイディアで広々とした美しい空間が生まれた。type4狭小敷地にあえて庭を残す小さな土地に大らかに住まう都心の息苦しくない暮らし鋭角な三角形の18坪の土地。敷地いっぱいに建てるのではなく、あえて土を残し隣家との距離を取ることを、一級建築士・腰越耕太さんは考えた。type5光や風に満たされる地下2階、地上2階建坪8坪で豊かに住まう規制が厳しい地に4層構成の家を建てた建築家の近藤正隆さん。2つの大胆な吹き抜けや大きな窓等で、開放的かつ一年中快適な住まいを創り出した。type6素材,工法,設備にこだわりの工夫都心の狭小地で快適に暮らす住宅が建ち並ぶ路地でスチールの出窓と入口が目を引く川久保邸。間口3.3mの敷地に建てられたこの家には、さまざまな工夫が詰め込まれている。type7曖昧な境界が広げる可能性狭小を感じさせない開かれた街のスタンド建坪8.8坪に、自宅兼事務所、ときにカフェスペースを併用。建築家・落合正行さんの自邸は、アイデアと創意が溢れていた。type8ミニマムに暮らす恵比寿の狭小住宅は都心のキャンプ場…!?狭くてもいいから都心に住む。その家は、JR恵比寿駅から徒歩10分、幅2mほどの狭い路地の両脇に2~3階建の住宅が肩を寄せ合うように立ち並ぶ一角にある。type9狭小だが開放感のある家都心近くの住宅街につくられた“異空間”蔵のような雰囲気も漂わせる池村邸。周囲を建物に囲まれた狭小スペースに、広がり感と明るさをもたらす工夫がさまざまに凝らされている。type10見たことないつくりのRC住宅都会の狭小地で街とつながって暮らす建築家が正方形の敷地にほれ込んで建てた家は、梁と床・天井のスラブを大胆にずらしてつくられた、今までにない体験のできるコンクリート住宅だ。
2020年08月03日辿り着いたのは「箱の家」15年程前、表参道の裏通りに初めて建てたコンクリート打ち放しの住居から、2年前に現在の住まいへ。写真家・柳原久子さんにとってここは2軒目の家だ。「前の家は断熱がなく夏は暑くて冬は寒くて。まわりも段々と開発が進み、落ち着いた街じゃなくなってきて、ふと“何でここに住んでるの?”という気持ちになったんです(笑)」。土地探しから始めた今の住居は、インテリアショップも多い都心の高感度なエリアにあって、緑豊かな公園が間近に迫る立地。「2軒目なので夫は家を建てられるくらい詳しくなっていて、模型を造ったりしたほどなんです。だからプランは自分たちで構成できると思っていたのですが、たまたま縁のあった建築家の難波和彦さんに工法について尋ねてみたところ、さすがプロだなと感心してしまい…」。シンプルなデザインと高性能でサスティナブルな都市住宅。建築家・難波和彦さんの「箱の家」は、柳原さん夫妻の理想にぴったりだった。白い空間に自然光が差し込む3階の撮影スタジオ。連窓の向こうには公園の緑が広がる。オンオフの動線を分けて「南面から採光を取り、スタジオに最大限の広さを確保することが希望でした。後は住居、夫と私のワークスペースといったスペックをうまくはめ込んでいければいいと」。3階建ての白い箱は、1、2階が吹き抜けでつながった住居、3階のワンフロアが大きな開口のあるスタジオ。玄関からスタジオにつながる階段とは別に、住居部分にはプライベート専用の階段があり、オンとオフの動線を分けている。1階にデザイナーの夫、2階に柳原さんのワークスペースも。「どこかにガーデンが欲しいと思っていて、屋上には菜園を設けました。土は家が完成してから夫とふたりで入れたんですよ。前の家からガーデニングは行っていて、環境に合う植物なども分かってきたんです」。眼前には都心のビル群と広大な公園の緑が広がっている。グレーチングの階段が3階まで連なる。シューズラックはキャスターをつけて動かしやすく。階段の踊り場などにもグリーンを欠かさない。白い空間に木箱とグリーンが彩りを与えている。グラフィックデザイナーである夫のワークスペースは1階の玄関脇に。柳原さんのワークスペースは2階に。アンティークのテーブルに布のカーテンが温かみを添える。屋上のガーデンで。「ウォーター・フィッシュ」柳原久子さん。観賞用のネイティブプランツやハーブ、野菜など多種類を育てている。熱効率を考えた居住性「1カ所吹き抜けがあると気持ちいいことを知っていたんです」。1階のLDKと2階の寝室は、大きな吹き抜けでつながっている。リビングにはダイニングより1段高く、小上がりを設置。「夫はソファーが嫌いで(笑)。小上がりにすればキッチンに立つ人と目線を合わせることができるし、居場所を限定されず自由にゴロゴロできるのがいいと思うんです」。高さのある開口からは光が差し込み、外構の緑が目にまばゆい。「難波さんの建築物の特徴なのですが、庇が絶妙に計算されているんです。夏はほとんど日が入らないので涼しく、冬は逆に部屋の奥の方まで入って暖かいですね」。ダイニングフロアに敷かれたフレキシブルボードの下には、外断熱で囲んで蓄熱量の多いコンクリートの基礎があり、エアコンをその床下に向けて設置。壁近くのスリットから吹き出す涼風、温風と輻射熱で2フロア分の空間を心地よくする。「構造には鉄骨を用い、他はシナ材などを使っていますが、木の素材には白っぽい空間に合わせて、後からふたりで“バトン”という塗料を塗りました。無垢の風合いを活かしながら白っぽく仕上げてくれるので、全体になじんでいると思います」。階段下の収納ボックスなどもDIYで。収納は小上がり下のほか、床下のスペースも利用できるようハッチを数カ所につけ、スーツケースなど大きなものをたっぷり収められるようにした。鉄板の天井からマグネットで吊り下げたイサム・ノグチの和紙の照明など、工業的ソリッドの中に和モダンな雰囲気がミックスされて居心地がいい。小上がりの上が開放的な吹き抜けになっている。計算された庇を介して光が差し込む。当初、階段下は仕切り板のみが設置されていた。収納ボックスをDIYで後から作成。小上がりには畳ではなく、クッション性の高いジョイントマットを敷き、その上にラグをかけている。「ラグなら洗濯もできるし、気分に合わせて変えられるのが便利です」。両側に収納のあるペニンシュラキッチンはサンワカンパニーで。夫が料理を担当して柳原さんがサポート。2人で作業するので、両側から使えて便利なのだそう。床上の収納はリンゴ箱でDIYしたもの。壁にかけたスパイスなどの収納棚は、海産物を入れるトロ箱を活かしてDIY。床下に設置されたエアコン。夏は床のフレキシブルボードが素足に冷んやりと感じられる。小上がり下には食材なども収納。柳原さんが結婚時に持参した和ダンス。上のガラス鉢ではメダカを飼育。無垢の素材がシンプルな空間になじむ洗面台。壁づけの棚はワイン箱で。仕事もはかどる開放的な住まい「前は地下にスタジオを設けていたので、自然光が欲しくて。日当たりがいいのは本当に嬉しいですね」。南側に窓が連なった3階のスタジオでそう語る柳原さん。白い空間に、モールテックスの天板で造作した移動式キッチンや木製の雑貨、グリーンが調和する。今は休止中だが、ここにヨガの先生を呼んでグループレッスンを行う日も楽しみにしているそう。「スタジオありきで土地を探しプランニングしましたが、ガーデニングなどプライベートも楽しめて充実しています」。屋上や外構の緑も成育中。快適に過ごすためのスペックをはめ込んだ「箱」が、緑豊かな街に向けて開かれている。3階のスタジオの床下には水袋を温める床暖房が設置されていて蓄熱効果を保つ。「3階の床下は2階の天井でもあるので、2階まで暖かいんです。熱効率の高さを、住んでみて実感しました」。モールテックス、タイル、木の素材の組み合わせが絵になる移動式キッチン。玄関も屋上ガーデンで育てたグリーンがお出迎え。窓枠の木も“バトン”で仕上げている。Y邸設計難波和彦+界工作舎所在地東京都目黒区構造鉄骨造規模地上3階延床面積146.50㎡
2020年06月24日大らかな家族写真家の鈴木竜馬さんは自宅の設計を依頼する際に具体的なリクエストはあまり出さず、建築家に大部分をまかせるかたちで臨んだという。「趣味のために使える空間はひとつほしいという話はお伝えしました。あとはこちらからいろいろと希望を出すよりもプロにお任せしてヒアリングしていただいことを設計に生かしていただこうと」設計を行った土田さんは鈴木さん一家の趣味や、好きな洋服、食事等々を聞き出したほか、家族それぞれの人柄にも接した結果「皆さんとてもおおらかなので、いろんなことを決めつけてしまうというか使い方を限定するような家にしてしまうと鈴木さんの家族にはフィットしないだろうなと」判断した。鈴木邸のアプローチ。外装材は窯業系サイディングを裏返しにしたものに撥水材を塗って使用している。玄関部分にかけられた庇がわりのオーニング。この下で食事をすることもあるという。奥に見えるのが裏山。家の中にあるもうひとつの家鈴木邸の玄関を入るとすぐ目の前に広がるのが家の中に施工途中の家が入っているような一見不思議な光景だ。これから壁をつくって窓をはめ込むところだろう――そんな印象を受けるこのつくりには「鈴木さんたちのおおらかさにフィットするように」という思いのほかに、また別の設計側の意図が込められている。「土間部分とLDKとを壁できちっと仕切るととたんにLDKの空間が限定されてしまう。それで土間自体もリビングのように感じられるようにしながらも、一方で人はある程度の縛りがないと落ち着かないところもあるので、少し囲まれている感覚をつくり出すためにケージのような空間を家のなかに設けました。このことで広がりがつねに感じ取れる空間になったのではと思います」(土田さん)玄関を入ったところから見る。家の中に入れ子状にもうひとつ家が入っているように見えるが、この内側にはLDKがつくられている。右の土間になった廊下を進むと突き当りの左手に奥さんのアトリエがある。キッチン側からリビングを見る。後ろの柱が廊下の土間スペースとリビングをゆるく仕切っている。さらに土田さんは「ケージのようにゆるく仕切られた空間の周りに土間があって、そこから建物を出ると庭がある。さらにその外側には裏山があって、リビングからいくつものレイヤーが裏山のほうまで広がっていくような感じで家族の居場所をイメージしていきました。リビングから裏山までどこでも居場所になるようにすれば鈴木さんの家族が伸びやかに生活できるのではないかと考えました」と続ける。キッチンには「ざっくりとつくられた雰囲気のなかに完成度が高くクールに感じられる場所をつくろう」(土田さん)ということで、通常は下地材として使われるフレキシブルボードが採用された。キッチンの壁に張られたのはモザイクタイル。「フレンチな雰囲気がほしい」という奥さんの希望から選ばれたもの。1階につくられたトイレと浴室。壁を隔ててこの左手にLDK、右手にアトリエがある。最小限の間仕切りゆるく仕切られているのはLDK部分だけではない。内部を仕切る壁の量が最小限に抑えられ家全体が1室空間に近いかたちになっている。1階はトイレと浴室を囲む壁を取ってしまえばまったく壁の無い空間になるし、2階の寝室には間仕切り兼用の収納が中央に置かれているのみだ。しかもこの間仕切り兼収納は移動することができる。これは鈴木さんたちが大らかに暮らせるための装置であるだけでなく、さらにまた別のファクターを考慮したうえでのアイデアだった。「これからも鈴木さんの趣味が増えていくだろうなと想定できたので、そうしたことにも対応し、かつ、将来お子さんが家を出ていくとかで家族の構成が変わっても対応できるように、家じゅうをフルに使い切れるようにしつつ、収納部分を移動できるようにして可変性のある空間のつくりを考えました」はじめは鈴木さんの趣味の部屋であったが、設計途中で彫金でアクセサリーを製作する奥さんのアトリエに変更された。廊下から裏山の方向を見る。設計途中で鈴木さんの部屋になったスペース。カメラ機材やキャンプ用品、自転車の部品、DIY用の道具などが置かれている。2階の寝室側からトイレを見る。トイレの並びは収納で衣類が収められている。左の収納には衣類が、右の収納には季節ものの家電やクリスマスツリーなどが収められている。どちらも可動で、家族構成の変化などに合わせて自由に空間を仕切ることができる。どこにいても気持ちよく過ごせる越してきてから2年半ほど。家ではリビングで過ごす時間が長いという鈴木さん。「仕切りがないので、リビングにいても2階や庭で遊んでいる子どもたちの声が聴こえてきて気配が感じられるのはすごくいいですね」と話す。さらに「1室空間のような感覚のこの家では、どこがいちばんいいということもなくどこにいても気持ちよく過ごせるし、椅子さえあればどこにいてもくつろぐことができる」という。裏山の草を刈り竹や木を切ってマウンテンバイクで走り回れるようにしたという鈴木さん。「きれいになった山で子どもと遊んだりできるのですごく楽しい」という。また「ある意味贅沢させてもらっているなと思います」とも。自宅の敷地内で自然を楽しみ満喫できる。鈴木さんの言葉通り、都内でこれほど「贅沢」なことができるのも珍しい。本当にうらやましいことだ、そう強く思った。このケージのようにゆるく仕切られたリビングから、土間、庭、裏山へと居場所が途切れなくつながりつつ広がっていく。鈴木邸設計no.555一級建築士事務所撮影鈴木竜馬所在地東京都八王子市構造木造規模地上2階延床面積103.85㎡
2020年06月22日丘の途中の敷地小長谷邸は住宅に建築家である小長谷さん、奥さんで照明デザイナーの真理子さんの仕事場が併設されている。敷地はそのためのスペースが取れるような場所を5年ほど探して見つけた。丘の途中にある敷地は370㎡と広かったものの、旗竿敷地で、かつ、旗部分の端には古い擁壁がありその擁壁が高いところで6m、低いところで2.5mと南から北に向けて高さにかなりの差があった。擁壁に沿って走る道路から見下ろした印象は敷地いっぱいに立った古家の印象も相まって暗く少しじめっとして決して良いものではなかったらしい。建築家の小長谷さんはしかし問題なく家を建てられる土地だと判断したという。「庭をゆったりとつくりながら建てるとまったく違う環境になるだろうと思いました。と同時に古いコンクリートブロックの擁壁も亀裂や歪みがなかったのでよほどのことがない限り崩れることはないだろうと」。敷地を見てピンときたという真理子さんは「道路から下がった場所でちょっと暗い感じはしたんですが、敷地の上の土地の高さが2段階あって、1段上が公園になっている。それですごく面白くて個性的な土地だなと。反対側は下への眺めが開けているので2階はすごく景色が良さそうだし、いい案を考えてくれるんじゃないかと思った」と話す。西側の道路から2階の事務所部分を見る。真鍮製の扉が玄関。道路からは小さな家のように見えるがこの下に1階の住居部分がつくられている。右に緑のある部分が公園になっていて、その一段上に道路が走る。南側の庭を見る。中央部分に見えるのが古い擁壁。その左の1段高くなった部分に公園がある。反対の北側は下へと傾斜していて開口からは遠くまで視線が抜ける。本棚の右側に主寝室への入口がある。1階をコンクリート造に家のつくりの大枠はこの敷地条件から導かれたといっていいだろう。万が一、擁壁が崩れても問題の無いようにまず1階部分をコンクリートにする。そうすることで擁壁の近くまで建物を建てることができるし、古い擁壁をつくり直さずに浮いたコストを建物のほうにかけることができる。そしてさらにそれによって思い切った建築ができるだろう。敷地を見てすぐに浮かんだというこの小長谷さんのアイデアが実現されることになる。そして「1階をコンクリートにしたうえで、2階部分の床に車が駐車できるようにすること」を大前提にどのような住空間にするかを考えていった。しかし「コンクリートはどうしても閉じているとか重たいなどの印象があった。自分たちの家は木造で建てるものだと思っていた僕らにとってそれが感覚的にどうなんだろうと思った」という。「それで南北両側の開口を思いきり開けて視線が抜けるようにして景色と庭の両方を楽しめるようなつくりに」したという。南側の庭を見る。庭は夫妻で木を植えている。「“キャンプ場のような感じで日本の雑木林のような雰囲気にしたいね”って言っています」(真理子さん)。公園の木と90cmほど出た庇があるため夏でも日差しの強い時間帯は直射光がほとんど入らないという。キッチンは当初正面の本棚の位置であったが、真理子さんの「庭を見ながら料理をしたい」との要望から位置が変更された。壁式に見えるが実はラーメン構造。壁の両端部分に柱状の鉄筋が隠れている。開口から向こう側の丘まで視線が抜ける。真理子さんが照明計画でいちばん悩んだのがキッチン部分だった。階段が斜めに走り吊り戸棚もないこの場所で考えたのがバー状の照明で、真鍮をカットした材の表面を小長谷さんが研磨して仕上げた。フードも同様にして製作された。“高架下”の住空間「コンクリートの堅牢な壁に囲まれた家というより、敷地にコンクリートの下駄を置いたぐらいの感じで、コンクリートの壁2枚とその上に屋根があって、あとはぜんぶ1階は公園というか庭の一部みたいな感じ」とイメージを共有していたお2人。さらに「家族では“高架下”って呼んでいましたね。そのくらいざっくばらんで楽しさがあるというか。家のスケールを超えた工場とか、家らしくない空間に住んでみたいという変な願望があったので、これは“高架下”だと思ったとき、すごく興奮しました」と続ける。その“高架下”の両サイドの開口のサッシには木を採用したが、このガラス面のレイアウトが面白い。「1階は3.46mという天井高なのでアルミサッシなどの既製品が使えない。スチールなどで特注でつくるとコストが高くなるというのと、この地域は防火制限がゆるくて網ガラスや防火サッシにする必要がないので、木を使って自由な窓面をつくってみようと思いました。ガラスの配置を均一とすると庭との境界を強く感じてしまったので、ランダムな配置として外の風景とインテリアが親和するようにしました」(小長谷さん)リビングの窓際にはハンモックがぶら下がる。家族全員で使っているという。同じく窓際に置かれているのは古いミシンの脚部分を使ってつくられたテーブル。素材とディテールレスコンクリートの躯体と木サッシの質感のコンビネーションが目に心地良いが、素材選びにはいたるところでこだわった。2階の玄関扉とインターフォン、その脇の窓枠、そしてキッチンのフードと照明部分には真鍮、2階では玄関の土間と壁面に黒皮鉄板を採用、2階の床はコンクリートの地肌をそのまま残して黒い薄い塗料を塗った。キッチンや扉にはアフリカのブビンガという個性的な木目の木を使っている。躯体は防水コンクリートでつくったため仕上がりと防水も兼ねたものになったが、そのほか全体的に素材をそのままを使うようにしたのは経年変化を楽しみながらイニシャル、ランニングも含めコストを抑えるという意図から。コストを抑えるためにはテーブルやキッチンのフード、照明器具などを自ら製作するなどのほかディテールレスも目指した。「建築家はよく手間のかかるディテールを考えますが、カッコ良くはなるけれどもコストがかかる。この家ではディテールレスをどこまでできるかを試してみました」1階の木サッシまわりでは、嵌め殺しの窓の部分を見ると上に木の枠がない。「コンクリートを打つときに溝/目地を取ってそのへこんだところにガラスを差し込んでいます。そうすると材料も減るしコンクリートとガラスのみのミニマムな納まりとなり、とてもすっきりとした見映えになるのです」壁に架かる絵はこの敷地の元住人であった画家の遺族から譲り受けたもの。照明器具はアンティーク。家具屋さんに製作してもらった棚の間に大谷石を挟んで組み立てたのは小長谷さん。半地下の納戸兼パントリーから南側の庭を見る。この場所は息子さんの読書スペースになっているという。階段は手動で上下の位置を変えられる。リビングより半階上が子ども部屋で下の半地下部分が納戸兼パントリー。洗面上の額縁に入ったガラスを右にずらすと収納棚が現れる。南側に設けたこの浴室/洗面所では洗濯物も干す。浴室/洗面所からリビングを見る。浴室には珍しいペンダント照明は真理子さん設計のオリジナル。階段脇の壁がガラスのため事務所からも景色を存分に楽しむことができる。階段近くに北側の庭への出入り口がある。その右側を進むと子ども部屋/納戸がある。玄関を入ってすぐの場所から2階部分を見る。両サイドとも開口から視線が抜けて気持ちの良い事務所スペース。オフィスっぽさを避けるために天井の照明のほかに必要な場所にペンダント照明を下げている。子どもたちの勉強、工作、お絵描きスペースにもなっている。真理子さんの事務所と打ち合わせスペース。窓際のペンダント照明は「カフェなどのお店」のようにも見えるようこの場所に下げた。子どもたちの勉強・工作・お絵描きのスペースにもなっている。ケースの中には小長谷さんが集めた鉱石が入っている。手前の黄鉄鉱はきれいな立方体だが自然そのままの形という。鉱石のガラスケースの横には世界の珍しい草木の実。道路側から建築事務所のスペースを見る。梁の間には全般照明用のLEDのライン照明が入る。正面の黒皮鉄板には磁石で図面を貼ったりしているという。最近はひたすら庭の木々と格闘しているという小長谷夫妻。「木を買ってきては自分たちで植えて少しずつ増やしてます。芝も含めてキャンプ場みたいな感じでちょっとワイルドな雰囲気にしようかと思っています」(小長谷さん)。真理子さんが「1階のソファで横になったりハンモックに乗っていると気持ちがいい」というのにはおそらく2人で植えて育てたこの庭の緑の存在もあるのだろう。コストの関係でとりあえず入れずにすましたが、小長谷さんが「冬はそれがあれば完璧」と話すのは薪ストーブ。「デザインしたものをつくってくれるところがあるのでリビングにいつか付けたいなと」。いつでも入れられるようにコンクリートスラブと木造の屋根には穴をあけてあるという。「それは楽しみでしょう?」と聞くと即座に「そうですね」との答えが笑顔で返ってきた。奥の照明はこの空間が大きく天井も高いので1、2個では少し寂しい印象になる。そこで高さをランダムに変えて8個の裸電球をぶら下げた。はじめ、壁の間は現状より90㎝狭く設計したが、「家族みんなが集まる場所」を検討した結果幅を広げることに。南側の庭/公園側から見る。大きな開口が両サイドにあるため建物を通して向こう側の景色が見える。小長谷邸設計小長谷亘建築設計事務所照明設計内藤真理子/コモレビデザイン所在地東京都町田市構造RC造+木造規模地上2階地下1階延床面積148.64㎡
2020年06月10日高台がいい土地は「高台でいいところがないか探していた」という髙橋さん。見晴らしの良いところに住みたいと思っていたという。購入したのは小田急線沿線の高台で、駅から徒歩で7、8分の敷地。「見晴らしのほかにも土地の形や値段的にも見た中ではいちばん条件が良かった」と話す。南側に向けて大きな開口をつくった髙橋邸。高台にあるため遠くまで視線が気持ちよく抜ける。設計は建築家の小長谷亘さんに依頼。作品を見てデザインのテイストが気に入っていたので基本的にはあまり要望は出さずにお任せして最初の案を出してもらうことに。小長谷さんに伝えた数少ない要望のなかには「ドカンとシンプルに大きな空間があったほうがいい」そして「家の中にカーブしているところがほしい」というのがあったという。「建築のプロが考えたベストプランをまず見てみたいというがありました」と話す髙橋さん。「大空間やカーブのことだけ伝えればあとの細かいところは設計を進めていく間に話し合って決めていけばいい」と思ったという。奥さんは「小長谷さんの施工例を見させてもらって、実際にお話もしてみて、こちらの希望通りに叶えてくれるだろう、希望をくみ取ってくれそうだよねって話を2人でしていました」と話す。大きな開口側(南側)から1階の室内を見る。大きな一室空間のなかに3つのレベルのフロアがつくられている。建具や家具はすべてラワン材で製作されている。大きな空間に大きな白い壁がつくられている1階は美術館のような空気感も。壁に掛けられた作品が映える。グラフィックデザイナーの髙橋さんの師匠にあたる方の作品という。カーブと大空間とスキップ建築家のほうではカーブに関しては「壁に少しカーブがあるとかいいなあというような感じで絶対条件ではない」と受け取ったという。「デザインのヒントのようなものとしてとらえました」。髙橋邸は見晴らしのいい南側に向けて大空間をカーブさせて、その中の3つのレベルをスキップでつなぐという構成になっているが、小長谷さんには次のような建築的な判断があったという。「これからお子さんが大きくなると家族も変化していくのであまりつくりこむよりも空間にお金を使うほうがいいだろうと。景色の良いほうに大きな窓をつくりそれを最大限に生かすためにトンネル状の空間をカーブさせる案を提案しました」。さらに「部屋を大人と子どもで大きく分けるというぐらいのおおらかさのある設計にしました。あとお子さんが小さいので家族が上下にわかれていても気配を感じられるほうがいいいかなと」階段から見下ろす。右側の壁面と左の開口部近くを見るとわかるように壁が一部カーブを描いている。ダイニングから見上げる。右のキッチン上の天井の高さが2.7m、左が3.3m、吹き抜けた部分が6.0mある。左側が子ども3人のための空間で右が大人の空間。3段の階段でつながっている。子どものための空間から見る。大人2人のための空間は壁のカーブに合わせて角度が振られている。時間をかけて何案も検討したのが1階のキッチン。「道路側にも景色が抜けるので対面型にするともったいない。側面に寄せると、流れはあるけれどもダイニング側にキッチンが入り過ぎてしまうとかいろいろとあって、現在の半分囲うような形にしました。収納は冷蔵庫などの大きなボリュームを背の高い収納にまとめてキッチン側は食器棚、反対側を生活のためのものなどを仕舞う収納にしました」(小長谷さん)キッチンの開口からも視線が抜ける。ダイニング側に向けた対面側だとそちらに背を向けるかたちになりもったいないため、検討した末にこの形に。右の食器棚の裏側は生活のための細々としたものや子どもたちの服などが収められている。玄関とトイレの扉を開けたところ。浴室は天井が高いうえに南側の開口から視線が遠くまで抜ける。シンプル空間をカスタマイズこの家に髙橋一家が越してきたのが昨年の6月。もう少しで1年経つがこれまでに自ら表札をつくったり外構を手掛けたりといろいろと手を加えてきた髙橋さんは、今は階段の下のスペースに棚をつくろうと計画しているという。「階段の踏み板に面合わせで同じ集成材で厚さも同じくらいでできればいいんですけど」。壁側から出っ張るようにカーブを付けようかと考えているという。「空間にまだいろいろと設置する余地があるのでそこはとても楽しいですね、自分でつくり上げていく楽しみというか」大きくてシンプルな空間は自分の手で「カスタマイズ」のしがいがあるだろう。大空間のシンプルなつくりは髙橋さんが自分で手を加えるための素材のような気もしてくる。奥さんは「そういう作業を見ているのが楽しい」という。「この前とはなんか違う音がしている、またなんかやってると思って何をしているか見に行くんです」2階の子ども部屋はクローゼット兼納戸につながっている。クローゼット近くから見る。奥にはパソコンが置かれ髙橋さんの仕事スペースになっている。洗濯物を干すことがあるという2階テラスも見晴らし抜群。2階からダイニング部分を見下ろす。吊り下がっている真鍮製の照明はflameの商品。左の浴室の扉は高さ2.7mで合板の最大サイズでつくられている。その上の扉の中には空調機が仕込まれている。外の緑は芝も含め髙橋さんが植えたもの。照明の計画・デザインは小長谷さんの奥さんで、照明デザイナーの内藤真理子さんが手がけた。道路側外観大きな開口の近くは奥さんのお気に入りの場所。髙橋邸(月見坂の家)設計小長谷亘建築設計事務所所在地東京都町田市構造木造規模地上2階延床面積98.53㎡プロデュースザ・ハウス
2020年05月13日ピロティで駐車がスムーズに松村さんご夫妻と長男(14歳)、長女(9歳)の4人が暮らすのは、東京・世田谷の閑静な住宅街。複数駅・路線が利用できるアクセス良好な地である。ここにはご主人が学生時代まで過ごした実家があり、ご両親が移り住んだ後、8年ほど生活。2年半前に、自分たちの家族構成やライフスタイルに合わせて建て替えた。設計を担当したのは、向山建築設計事務所の向山博さん。奥さまが自宅の町名で検索した際、向山さんが手がけた同じ町名の作品に出会ったという。「奇をてらわず、シンプルで住みやすそうなところに魅かれました」と話す。松村邸の敷地は、四方を住宅に囲まれた私道の奥に位置し、接道はわずか2m。「間口が狭いため、以前の家では、S字カーブを描くようにして車を入れていました。おかげでずいぶん運転技術が上がりましたよ(笑)。建て替える際の最初の希望は、簡単に駐車できるようにしてほしいということでした」(ご主人)この問題を解決するために向山さんが提案したのは、玄関前をピロティにすること。南側の庭まで連続した広々としたスペースを取り、車をまっすぐ入れてそのまま駐車できるようにした。「駐車が楽になったので、以前乗っていた四駆車に買い替えたいと思っています」とご主人。自転車を利用している奥さまにとっても、「雨ざらしにならずによい」と好評である。周囲を住宅に囲まれた私道の奥に建つ。控えめな開口の外観が印象的。玄関前をピロティにすることで、駐車が楽に。荷物の出し入れも雨に濡れず便利。2階の廊下の足元に設けた小窓から、長女が手を振ってくれた。開口が少なめのファサードの中にも遊び心が。階段下は大容量の靴を収納できるスペースを確保。アパレル関係に勤務するご主人の靴が多いそう。階段はフローリングと同じ無垢材を使用。玄関を入り、階段の反対側には子ども部屋が2つ並ぶ。子ども部屋の壁には有孔ボートが貼られ、各自が自由に使用。長女はショップのディスプレイ風にオシャレに整理整頓。主寝室。部屋の前の廊下から続く濃紺の絨毯が落ち着いた雰囲気。光を取り入れながらプライバシーを確保松村邸は1階に個室をまとめ、2階はダイニングキッチンを中心とした共有スペースとなっている。「もともとここに住んでいたので、日差しの具合や近隣の生活の様子を把握していました。以前の家は日中でも照明をつけなくてはいけないほど暗かったため、LDKは2階にすることが必須でした」(奥さま)「周囲の建物が近いため、外周の開口を極力減らし、2階中央に“光庭”を設けることを考えました」とは向山さん。リビング、ダイニングキッチン、ワークスペースを取り囲むように配置することで、各部屋のすみずみまで自然光が届き、プライバシーを守りつつも明るく開放的な空間を実現した。同時に、「テレビを見ながら食事したり、勉強したりする、だらしない状況を避けたい」という奥さまの考えにも対応。テレビを置いたリビングから、ダイニングやワークスペースを離し、光庭によってスペースをゆるやかに区切った。ガラスにより視線が抜けるため、圧迫感はなく、実際以上に広がりを感じられる。また、光庭越しになんとなく家族の様子を感じ取ることもでき、広いワンルームとは異なった、この程よい距離感が心地良さを生んでいる。リビングから光庭を通して、右奥のダイニング、正面のワークスペースが見える。光庭に面した窓はFIX窓を採用し、採光と眺めを重視した。中央の光庭を囲むようにワークスペース(奥)、ダイニング、左側のリビングへ続く。光庭の床は屋内よりも20cm高くし、ステージのような造りに。光庭前の廊下を通って、奥のリビングへ。三角形のFIX窓により、光庭から階段へたっぷりの日差しが入り、1階まで光を届けている。ワークスペースの背面には水回りと収納を集め、家事動線を考えた造りに。大型のウォーキングクローゼットも設置し、上部には約7畳のロフトも。ワークスペースを奥まった位置に配したことで、仕事や勉強への集中力もアップ。空を眺めて気分転換も。2階を見渡せる対面キッチン2階全体の様子が見渡せる位置に配したキッチンは、オールステンレスの対面式。背面の造り付け棚はネイビーをチョイスした。「以前の家はキッチンが独立していて、扉を介してダイニングだったので、その行き来が不便で、キッチンとダイニングの距離を短くしたかったんです(笑)。また、白っぽいキッチンも避けたいと思いました」(奥さん)無機質なステンレスの光沢を木製のヴィンテージテーブルやさりげなく飾られた植物が引き立てる。スタイリッシュでありながらあたたかみのあるカフェのような雰囲気を放っている。北沢産業でフルオーダーしたオールステンレスのキッチン。左側のベンチは家事の合間に腰掛けたり、物を置いたりするのにも便利とのこと。ダイニングテーブルは北欧のヴィンテージ。エクステンション付きで来客人数によって変更できる。オランダのスクールチェアをコーディネート。「早く炊けて、ふっくら美味しいですよ」と、ご飯はガスで炊く奥さま。あらかじめガス栓を設置した。鍋やフライパンもすっぽり入る、『AEG』の大型食洗機。「家事の時短には絶対的なアイテムですね。1回まわすだけで全て洗えますよ」(奥さま)。働く主婦の味方である。光庭からつながる贅沢な屋上ご主人の念願だった“屋上”は、光庭に設置された階段でつながり、ダイニングキッチンの真上に位置する。スペースもダイニングキッチンと同じ13畳という贅沢な広さで、天気の良い日は富士山や東京タワー、東京スカイツリーをひとり占めできる。夏場は大きなプールを置き、日焼けを楽しんでいるというご主人。「ぼくの部屋です(笑)」というほど、屋上で過ごす時間が長いと話す。「夏場でも水だと冷たいのでは、という話になり、工事中に突然、お湯が出る仕様に変更してもらいました。大正解でしたね」と嬉しそうに話すご主人。その居心地の良さがますます屋上での滞在時間を延ばしているようだ。夏休みには、奥さまの中学時代からの友人たちが子ども連れで泊まりに来るのが恒例行事に。ご主人が子どもたちのプールの監視員(?)と化し、奥さまたちは安心して光庭やキッチンまわりで話に花を咲かせているという。光庭を介して程よくつながり、さまざまな居場所がある松村邸。外観からは想像がつかない、閉じつつも開放感のある空間で、家族それぞれの時間を楽しんでいる。人工芝を敷いた屋上。サッカーボールを蹴ったり、バーベキューをしたり。夏場は大きなプールを設置する。夏場に登場するビッグサイズのプール。奥さまの友人のお子さんたちがみんなで入っても余裕の大きさ。(写真/ご家族提供)光庭からダイニングを見る。階段を上がれば屋上に。中学2年の長男はすでに180cmを超え、学年で1番の長身に。決して小柄ではないご主人よりも大きい。松村邸設計向山建築設計事務所所在地東京都世田谷区構造木造規模地上2階延床面積127.51㎡
2020年04月20日土地の記憶とつながる以前から近くに住んでいて街が気に入っていたという映画作家の北川さん。設計を依頼した吉田州一郎・あい夫妻と敷地の周辺を歩いて、街の良さ、気に入っている部分を紹介して回ったという。「いっしょに歩きながら、北川さんが “この踏切のこういった風景が面白いんです”と。それが街の風景を映画のシーンのように見ていて新鮮だった。わたしたちも路地に街の面白さが詰まっているのを感じました」と話すのはあいさん。周辺の路地ではブロック塀が入り組んで立ちそれぞれの家が好みで貼ったタイルが見え隠れするという。「ブロック塀のように構築的なものが密にある一方で、突然パンと空が抜ける場所があったりして心地がいいんです」(あいさん)。そこで「デザインでこの土地の記憶をつなぎとめこの街ならではの雰囲気を引き継ぐことができないかと考えた」(州一郎さん)という。3階のダイニング。正面の波板はあえて外部に使う素材を使った。素材のグレーが周囲の色とマッチしている。キッチンを階段近くから見る。天井の最高高さは3.6mある。継承しつつ開く建築家のお2人との打ち合わせのなかで北川さんは「道路とルーズにつながって暮らしたい」「街とシームレスにならないか」と伝えた。これがまたこの家の設計コンセプトに大きく反映して、街の風景を継承しつつ街に対してプライバシーを保ちながら開いたつくりになった。「街の塀の間を歩いてきてそのまま1階に滑り込むと、2階は対照的に閉じて囲まれたつくりになっていて、上に光を感じながらさらにのぼって行くと3階は周囲に視線が抜けて空が気持ちよく見える」(州一郎さん)という構成だ。ダイニング側から見る。壁を隔てて右にリビングがある。ダイニングとリビングの間に段差があり、1段20㎝×2で40㎝の高低差がある。開口からは視線が遠くまで抜ける。3階のテラスの一部は2階から吹き抜けている。キッチンから見る。ダイニングの奥は1階から吹き抜けていてそこに本棚がつくられている。ダイニングとキッチンの天井には登り梁が並ぶ。北川さんから「どこかに木がほしい」というリクエストが出ていた。家族とつながる街の記憶は壁の立て方や段差、タイルなどの組み合わせによって継承することを考えたという。そして「行き止まりがなくぐるぐると回れる」と北川さんが表現する回遊できるこの家のつくりは、家族の暮らし方から導かれたものでもあった。「家族の皆さんが家にいる時間が長いんです。そこで家族同士がつながりつつも距離を保つにはどうすればいいのか工夫しました。3階のダイニングとリビングは空間的には近いけれども間に壁があって気配は遠かったり、あるいは段差を介して居場所を少しずらすなどして回遊空間に変化を与え、滞在時間が長い家族がいかに距離感を保ちながら心地良く暮らせるのかを考えました」(あいさん)2階の子ども部屋から見る。戸を開けると2階全体が開放的に。右が主寝室。階段の向こう側に木の踏み板が延びていて北川さんの使う机になっている。2階の中庭から見上げる。浴室はリクエストで大き目のものにした。左のタイルはトイレ、キッチンに貼ったものと同様、奥さんがあいさんと話をしながら決めた。北川邸ではさらにリビングが1階・3階と2つあることも特徴になっている。これも「距離を保つ」ためのもうひとつの居場所として、北川夫妻のリクエストでもあった。「1階に近所の人を呼んでちょっと集まれる場所がほしい。子どもだけでなくパパも野球をやっているので、おやじの会みたいな、みんなで集まれる場所があったらいいなと。また大きなテレビを壁にかけて家族で甲子園大会とか観たいというのもお話しました」(奥さん)。2階から1階の玄関部分を見下ろす。本棚は3階まで続く。奥の扉は納戸のもの。路地がそのまま入り込んできたような空気感もある1階リビング。右のガレージの間のガラス戸を開けてキャッチボールをしたいというリクエストもあったという。「玄関までアプローチがほしかったけれども伝えてなかった」。しかし最初の案ですでにこのようにアプローチが取られていた。深さのある手洗い器がこの空間のなかでデザイン的にもおさまりがいい。開放的な1階リビング。外から来た人も気兼ねせずに入りやすいつくりだ。段差は統一されていてここの高低差も20cm。ワンシーン=ワンショットの家?奥さんは吉田夫妻から「設計のアイデアを聞くたびにいつもワクワクしていました」と話す。北川さんも「できるのが怖いくらいで、ずーっと設計してたらいいんじゃないかみたいな感じで」ワクワクし通しだったという。竣工して住んだ感想をうかがうと「どこにいても声が聞こえるというのがとてもいいなと思います」と奥さん。北川さんからは「僕の机が2階にあるんですが、2階にいても1階・3階にいる人を感じられるのがすごくいい。気配がつながっているので家族みんなで暮らすのにとてもいい家だと思っています」という答えが返ってきた。街や家族とのつながり感は北川さんがこの家にぜひほしかったものだが、これは空間のつながりと一体になって生まれた。「行き止まりがなくぐるぐると回れる」この家のつくりを映画的に表現すると、それぞれのシーンをうまくつなげてひとつのシークエンス(家)がつくられている、ということになろうか。あるいはワンシーン=ワンショットでつくられていると・・・。ダイニングに置かれたテーブルが波板の色とうまくマッチしている。鮮やかな赤色が特徴のライト。カンパリソーダの瓶を使ったもので既製品という。この羽のついたライトも既製品で、北川さんとあいさんとで選んだもの。タイルの色、形、レイアウトは奥さんとあいさんの2人で密に話し合いをして決めていったという。「路地感みたいなものを感じさせる」「圧迫感がでないようにボリューム感を崩す」などしてできた外観デザイン。1・3階に対して2階が閉じたつくりになっているのがわかる。北川邸設計アキチアーキテクツ所在地東京都目黒区構造木造規模地上3階延床面積118.83㎡
2020年04月15日5人家族のための家「前はこの近所のマンションに住んでいたんですが、夫婦と子ども3人の5人家族だと分譲型マンションのつくりでは間取り的に住みづらい印象がものすごくあって」と話すのは田中さん。「でも戸建てであれば、狭い土地でも5人家族が住みやすい家ができるはず」と考えたという。設計は友人のつてで吉田州一郎・あい夫妻が主宰するアキチアーキテクツに依頼。彼らの自邸兼事務所のYY house・office・kitchenを訪れた時に「狭い敷地ながら空間を縦方向にうまく使っていて快適な感じ」を受けたという。妻のマミさんも「たまたまですが敷地がほぼ同じ規模でこんなに広く住めるのかと思った」とその時の印象を話す。ダイニングは家族の集まる場所。衣食住をそれぞれ別々の空間にするようにリクエスト。ここはもちろん食べる場所。衣(服類)は1階の主寝室の前のスペースにまとめた。個室をたくさんつくる「マンションのときは5人の行動範囲が一緒で窮屈に感じていた」とマミさん。田中さんは「そうした中で個別の部屋をたくさんつくりたいという思いが出てきました」と話す。吉田あいさんは「今は、空間を開いたつくりにするのが主流ですが、家族それぞれの性格も違うわけだし、そういう流れに反してやはり個室や自分の居場所がほしいというのもわかる。田中さんからのリクエストを聞いて、個室をたくさんつくるというのも面白いなと思いましたね」と話す。2階のダイニングとキッチン。左はキッチンの上の長女の部屋へつながる階段。長女の部屋からはライブラリーを通りテラスへ行くことができる。マミさんは回遊できる空間に憧れていたがこの家の面積からすると無理だろうとあきらめていたという。「役割をまず決めたうえで、各自が使い方を考えればいい」と話す田中さん。「この階段はみんな椅子みたいに使ってます」。キッチン側からダイニングを見る。右上の長男の部屋のトップライト越しに空を見通せる。キッチンの天板は料理好きのマミさんの希望で熱いままの鍋も直に置けるセラミックトップに。コンロ周りの壁は清潔に保てるよう黒目地に白のタイルにした。ループ状につなげる結果的に個室空間を6つ設けることになった田中邸。特徴となっているのは全体が回遊できるつくりになっていることだ。「個室をつくったときに5人家族がどういう距離感で過ごしていくのか、どういうふうにつながるかを考えていったら動線がどんどんループ状になっていった」と吉田州一郎さん。そして「家族が集まるメインの場所も大きなテーマになった」とも話す。そうして家族みんなが集まれるダイニングがループ状の動線で各個室につながるつくりになった。2階のダイニングから見上げる。長女の部屋から突き出した円形の場所が小さいながらも空間のアクセントとなっている。本が大量にあったためライブラリースペースを設けた。長女の部屋は外のテラスともつながる。長男の部屋より見る。テラスも階段状で続いていく。吹き抜けを長女の部屋から見る。ループ状の構成と同時に階段での上下動の移動もテーマになった。「5人家族の距離感みたいなものを立体化して断面で切るとどうなるのか、そのような感覚でつくっていった」と州一郎さん。あいさんはまたこう話す。「敷地面積が限られているので人と人との距離感はほぼ決まっていますが、そのなかで動線を長くしただけでも心理的には少し距離ができる。部屋同士は実は近いけれどちょっと遠くに感じさせることもできるわけですね。そうすることで家族が変化し、またいろんなものが変わってくる。そんな中でそれぞれが幸せというか心地良くなればいいなというのも田中さんたちとの打ち合わせの中で話題になりました」長男の部屋の床は畳にした。ねじれた位置関係にある階段が空間の回遊性を高めている。2階ダイニング側から見る。奥が次男のスペース。階段が造形的にも見ごたえのあるデザイン。半地下にある田中さんのスペース。机の天板が地面レベルにある。奥が玄関。1階は「お風呂とトイレと玄関とワードローブの動線がなるべく近くなるように」とリクエストした。ワードローブの奥には主寝室がある。体育館の床のようなビニールを貼った。水洗は子どもたちのサッカー靴も洗える深さのあるものに。この家に越してきてから2カ月経つ田中一家。4月には家の向かいに立つサクラが咲き、素晴らしい風景が窓に広がるだろう。それも楽しみにしているという田中さん。サクラの季節には特等席になるであろう2階道路側の階段についてこんなことを話してくれた。「この階段が思っていた以上にいろいろ使える階段だというのがわかってきました。前に進むごとに外の風景が変わるということもそうですが、家族との会話も階段のどこにいるかで変化するので、その都度自分に心地のいい距離感を選ぶことができるのがいいですね」。家族との距離感が大きなテーマだった田中邸。この階段もそれにうまく応えているように思われた。窓が通常よりも低く、地面が近く感じられる。上るにつれ地面から離れていくように感じられる階段は花見の特等席となる。電動で開け閉めできるブラインド。マミさんの実家が建築の板金業を営んでいたことからトタン張りを選択したという。「増築の結果こうなった」ような、あるいは「ブリコラージュでつくられた」ような面白い印象を与える外観だ。田中邸設計アキチアーキテクツ所在地東京都世田谷区構造木造規模地上3階延床面積89.23㎡
2020年02月24日公園の緑を見たい目の前に公園のある敷地をみつけて即、購入を決めたという林夫妻。「以前に住んでいたところが早大通りの並木道の緑が借景で見える場所だったので、同じように緑が見えたらいいなと思っていました」と話すのは夫の公太郎さん。設計は妻の宏美さんの友人だった山田紗子さんに依頼したが、山田さんへのリクエストのひとつは当然ながら公園の緑が見えることだった。50.6㎡とコンパクトな上に奥に細長い形状の敷地のため「家が広く見えるようにしてほしいというのもすごく言っていた気がします」と宏美さん。加えて道路側以外は隣家が迫る状況ながら「大きな開口がほしい」とも伝えたという。構造の関係で前面に大開口を設けられなかったため、インナーバルコニーをつくりその内側に大きな開口を設けた。リビングからインナーバルコニーを通して公園の緑を見る。木の素材感がほしいというのも夫妻からのリクエストだった。インナーバルコニーから公園を見る。螺旋階段の途中からリビング方向を見る。リビングの壁にはピクチャーレールが付けられている。家の真ん中の螺旋階段それらのリクエストを中心に家づくりが始められた林邸。出来上がった家には道路側の2階にインナーバルコニーが設けられて目の前の公園の緑を眺めることができる。中心部分には2階分ほどの高さのある大きな開口が設けられていて部屋の隅々にまで光を供給しているが、この開口の横につくられた螺旋階段がとても特徴的だ。ちょうどその頃同時並行的に進められていた山田さんの自邸の模型を見て「うちもこういう感じがいいかも」と伝えていたスキップフロアをこの螺旋階段がつなぎ、また壁を設けていないために階段を通して斜め方向へと視線が抜けていく。「山田さんからいちばん最初に提案をいただいたとき“ ウナギの寝床のように細長い敷地だから端に階段を置くとそのスペースが無駄になってしまう”と。さらに“この階段は廊下であり部屋であり庭でもある”という説明を聞いて、ああなるほどなと」(宏美さん)大開口から光がふんだんに注がれて明るく中庭的な存在ともなっているこの階段。宏美さんは「庭がほしかった」がこの敷地で庭をつくることは物理的に無理だと思っていたので、この“階段=庭” という考え方に思わず納得しての「なるほど」でもあったのだろう。リビングから下にDK、上に子ども部屋を見る。右の踏み板はリビングとレベルが揃い連続している。左が室内を明るく照らす大開口。子どもたちにはこの階段がテーブルにもなる。階段にはトップライトからもふんだんに光が注がれる。その下の小スペースはひとりでほっと一息つくためにつくられた場所。子ども部屋から見る。奥の上が寝室で下がリビング。階段での工夫この螺旋階段にはまた建築家の工夫がこめられている。「段をあまり細かく刻まず、踏み板の1枚1枚をなるべく広く取って各フロアの床となじませていきたかったんです。そうすると踏み板の数が減るので1段が少し高くなりますが、22cmという、ふつうにもあり得るような段差で納めています」(山田さん)ふつうの階段より1段が少し高めでまた踏み板が広いため、余裕で座ることができるし2人のお嬢さんはテーブルにするなどして子どもながらの活用もしているという。寝室には宏美さんの希望で扉を付けたが、このようにオープンにすることもできる。寝室側から子ども部屋側を見る。奥には小窓しかないがトップライトと大開口の光で十分に明るい。当初屋上をリクエストしていたが、インナーバルコニーの方が生活空間と連続していて使い勝手が良いという判断となった。家の最高レベルから子ども部屋を見下ろす。リビングが4、5畳程度と狭いがまったく狭さを感じさせないのは、階段を挟んで向こう側にある空間も一体として感じられるからだろう。この家に引っ越してきてから8カ月ほど。暮らしてみての感想を聞くと、夫妻ともに「広い」との答えが返ってきた。「リビングに座っていると上にも下にも視線が抜けるので、実際の畳数よりも広さを感じる。私の希望だった塗り壁の白い壁面が続いているので、DKまで含めてひとつの部屋のように感じられる。DKの奥の壁がリビングの壁のようにも感じられるんです」(公太郎さん)公太郎さんの希望で白の塗り壁にした。奥の広い壁面にアーティストに絵を描いてもらうことも考えているという。天井が高くて気持ちのいいDKにぶら下がっているのはトム・ディクソンがデザインした照明。リビング自体は狭いが視線が奥の壁まで抜ける上に、階段の1枚目の広い踏み板が同じレベルにあるため広く感じる。家のサイドに設けられた玄関を入ると左に水回り、右にDKがある。洗濯などの家事動線も設計では重要な課題だった。宏美さんは最後に「暮らしていて楽しい」と話してくれた。「山田さんがこの家の設計の途中で“生活をしている人たちのライフスタイルはいつまでも一定ではないので、建築家の仕事はつねにこういう生活はどうだろう、あるいは・・・と問い続ける仕事なんだ”と話したことがあって、それは私の議員という仕事とも似ている部分があって、社会が変われば当然必要なものも変わってくるので同じだなと思ったことがありました。家に関しても、子どもたちも成長していくし私たちもいろいろと変わっていく。この家はそれに合わせて変えられる余地があるようにも感じられるのがいいなあとも思っています」。「暮らしていて楽しい」という宏美さんの言葉には、そのように家族と家がともに成長変化するという将来への期待感も込められているのではないか、そのようにも感じられた。踏み板の面積があるので床が切り分けられ高さを変えて続いているようにも見える。リビングからは1階のDKの奥の壁までが同じ空間のように感じられるという。林邸設計山田紗子建築設計事務所所在地東京都新宿区構造木造規模地上3階延床面積54.8㎡
2020年02月12日大胆な発想のプランに驚いた「通勤に便利かどうかが大事だったので、狭くても都心がいいね、というのがふたりの一致した意見でした」。新宿の高層ビルが間近に望めるエリアに、宮本さんご夫妻は南向きの土地を見つけて購入。「敷地面積44㎡、北側斜線制限のある土地をどう活かしたらいいか、半年程かけて毎週打ち合わせを重ねました」。設計を担当したのは一級建築士事務所「.8 / TENHACHI」の佐々木倫子さん。妻・直子さんとは小学校からの幼馴染で、建築士である夫・将毅さんとは大学院の同窓だったそう。「私たちのキューピットでもあるんです(笑)。当初、出してもらった別の2社のプランはどちらも同じような図面だったのですが、彼女が出してきてくれたプランが驚きで」。そのプランはまず、「ガレージなし、バルコニーなし、玄関なし」というもの。「ガレージはなくてもいいし、バルコニーも、夜洗濯物を室内干しする私たちには合っていました。でも玄関なしというのは想定していませんでしたね(笑)」。誕生したのはガルバリウム鋼板のファサードを持つ、牛乳パックのような箱型の“ミルクカートンハウス”。無駄を削ぎ落としながら、開放感と広がりが最大限に感じられる空間が、そのパックの中には広がっていた。ロフトを設けた2階のLDK。トップライトから明るい光が入る。壁は9㎜のラーチ合板を仕上げに張り、クリアなウレタン塗装を施した。ミルクカートン(牛乳パック)のような外観。正面には屋根からつなげてガルバリウム鋼板を斜め張りに。技術が必要とされる職人泣かせの仕上げ。室内の内装は白、木目、グレーで統一。隣家の視線を避けるため、LDKには横長の窓を少し高めの位置に設けた。壁のウレタン塗装は友人に協力してもらい、DIYで。家全体を3日間で塗装した。ロフトを2カ所設けて4層に玄関という明確な区切りのない1階は、土足のまま入ってもいいモルタル敷きの土間。そこに、白い箱に囲まれるように水まわりが設置されている。「壁を設けるのではなく箱にすることで、現しの天井がそのまま奥まで続いていきます。それによって連続性が生まれ、奥行きが感じられるんです」。その白い箱の上は、なんとベッドルーム。「建ぺい率、容積率から計算すると、ここには65㎡までしか建てられないはずなんです。そこを71㎡迄取ることができたのは、延床面積から外すことができるロフトを設けた結果です」。1階の水まわりの上と2階のLDKの上にロフトを設け、4層の構造にすることで広さを確保。階段は1階から北側を回り込んで2階に到達する設計で、斜線にかかる空間が活かされている。「佐々木さんは、“空間に高低差の抑揚のある方がいい”ということと、“長くいる空間に贅沢な高さがあるといい”ということを提案してくれました。だから寝るだけの寝室は天井が低いのですが、それでもセミダブルベッドを2つ置ける広さがあるので快適です」。土間やLDKの天井高に対して、ベッドルームはコンパクトに。メリハリのある空間が、無駄なく生活にフィットする。玄関を入るとすぐに現れる土間は、多目的な使用が可能。現在は、ニットデザイナーである直子さんの仕事場でもあり、スタジオとして貸し出すことも。水まわりを収める白い箱は、PORTER’S PAINTSのザラザラ感のある白い塗料を選び、ふたりで塗装した。貸しスタジオに対応するため、ロックのできるガラス戸を設置。白い箱の中にはゲスト用の洗面と、こちらの家族専用の洗面&ランドリー&バスルームのふたつのブースが。洗面台の天板はグレーのフレキシブルボードにウレタン塗装をかけた。木と白い壁に挟まれ2階へ。オランダ人のX線写真のアーティストALBERT KOETSIERの写真を飾る。階段にも天窓を設けて明るさを確保。右手がベッドルームへの入り口になっている。階段側からベッドルームを見る。手前のカーテンの奥には分電盤があり、収納としても使用。スポットライトが幻想的。ベッドに入る時間に差があるためロールカーテンを。照明選びは、佐々木さんにも相談して特にこだわった。こちらはヨーロッパから取り寄せたPLUMEN。コストカットのため、木釘と丸棒の組み合わせで取り付けた階段の手すり。これも大工さん泣かせだったそう。白、木目、グレーで空間を統一LDKに到達すると、トップライトから落ちてくる光に包まれる。壁材のラーチ合板の木目と、キッチンや収納棚の白、光に囲まれたナチュラルで居心地のいい空間が広がっている。「リビングが小上がりになっているのも落ち着けますね。ここでゴロゴロしている頻度が高いです(笑)。小上がり下には収納や本棚も設けてくれました」。小上がりがあることで、キッチン台からテレビ台へと天板が同じ高さでつながる。「完全な造作だとコストがかかるので、引出しや扉、棚板などをIKEAで揃えて、それに合わせて設計してもらいました。クッキングヒーターや水栓などもパーツを選んで、はめ込んでもらいました」。設備もインテリアも、セレクトには佐々木さんからの指令があったそう。「白、木、グレーの3色で統一したい、と。だからオレンジだったIDÉEのソファーはグレーに張り替え、水栓も探しまわってやっと見つけたBRIZOの白を取り付けました(笑)。でも感覚が似ているので、私たちも全面的に信頼しているんです」。小上がりから階段をあがると第二のロフトが。ここは将毅さんが籠って過ごすことが多い場所。「狭小住宅にもかかわらず、色んな居場所があるのがうれしいですね。どこで何をするかというのは決めていません。その時々の気分で場所を変えられて、どこにいても気持ちがいい。贅沢な空間ができたと思っています」。キッチンから小上がり側のテレビ台まで、フレキシブルボードにウレタン塗装をした天板がひとつながりに。オーダーして造った白い鉄製の片持ち階段でロフトにあがる。IKEAの引出しに合わせて設計したキッチン。“この空間のイメージにぴったりだった”toolboxの吊り戸棚も採用。ロフトには愛読するマンガを揃え、リラックスタイムを楽しんでいる。「暖かいので、冬は特にお気に入りの場所です」。ロフトからリビングを見る。たくさん持っている本を収納するスペースも工夫してもらった。ソファーはIDÉEのAO SOFA。佐々木さんおすすめmenuのBollard Lamp。コードの使い方でライトの向きが変えられる。木口を見せるデザインが特徴的。モダンさの中に自然な風合いが感じられる。将毅さんは病院の設計を担当する建築士。休日は自転車に乗り、ふたりで都内のあちこちを回るのが楽しみだそう。“色と木口の出ているところが空間にぴったりだった”ダイニングテーブルと、椅子はHAYのもの。小上がり下には本棚も設けられている。宮本邸設計一級建築士事務所「.8 / TENHACHI」所在地東京都渋谷区構造木造規模地上2階延床面積71㎡
2020年02月03日東海道沿いの三角の家「ニューヨークからの帰国後、妻に“すごくいいから”と言って自分の地元の藤沢で土地を探し始めたんです」と話を始めたのは画家の乙部遊さん。「でも最近人気が出てきたせいか街が変わりすぎてしまって、あと、土地自体もピンとくるものがなかった。それで二宮ぐらいまで広げてみようかということになって探してみたら3つほどあって、建築家にも相談して国道1号沿いのこの土地がいちばんいいのではということで購入しました」江戸時代までは東海道だった国道1号から数m退いた場所に立つ乙部邸。設計は遊さんの中学の時の同級生とその友人のお2人に依頼したという。「植物が好きなので、まずは窓が多くて家の中に光がいっぱい採り込めること。それと絵を描くので壁も広くしてほしいという相反するような依頼をしました」。「壁も広く」というのは制作した作品を飾れる壁がほしかったから。「さらに、作品をつくるのでインスパイア、刺激してくれるような環境がいい、ふつうの家にはない面白味のある空間にしてほしいというのも伝えましたね」こうしたリクエストから家づくりが始まった乙部邸は断面がほぼ三角形。入口部分が少し欠き取られた形になっているが、国道1号を車で走っていても思わず目を引く外観だ。乙部邸のデザインについて、建築家の齋藤さんは「まずは“東海道で一番カッコイイ家つくろう”という話がありました。またあの屋根の勾配にすると、北側の東海道にも日が落ちて、ふつうの建て方をするよりも道路が明るくなる。平面を対角線のプラン、断面も斜め天井とすることで、“高い”“低い”と“狭い”“広い”のたすき掛け、つまり4種類の空間性がひとつの単純な住宅プランで構成できると考えた」と話す。入口の部分が欠き取られてガラス張りになっている乙部邸。目の前の1号線を車で通っても目を引く。ニューヨーク生活からの影響この「たすき掛け」した空間が内部では要望であった「インスパイアしてくれる環境」をつくり出している。2階では三角形断面の斜線の部分が壁=天井となり「ふつうの家にはない」ダイナミックな空間を生んでいる。そして、南側に開口を広く取りまた北側の白壁を切り抜いて吹き抜けから入口まで視線が抜けるつくりにしたことから面積以上の開放感を体感することができる。白い壁の部分は奥さんの京子さんと塗ったのだという。「壁は最初から塗ろうと思ってました、費用が安くなるならというので。ニューヨークのギャラリーで展覧会をやったときに壁に絵を描いたりしたんですが、そのときにも自分で塗り直したりしていたので、壁を塗ることに関して抵抗がなかったんですね」ニューヨークでは家の壁をパテで粗く塗りかつなんども塗り直す。それですごくモコモコした壁が多いのだが、そうしたニューヨークで経験した空間の影響もあり塗りムラのあるほうが逆にしっくりとくるようだ。キッチンの壁をブリックタイルにしたのもそうだという。京子さんは「ニューヨークのカフェみたいな雰囲気にしてほしいということでタイルにしてもらいました」と話す。表面がフラットなものと凹凸のあるものの2種類をうまくばらけるように張ったのもリクエストだった。2階東側から奥のキッチンを見る。遊さんが好きだという緑がとてもセンス良く配置されて空間の雰囲気をさらにコージーなものにしている。キッチン部分の壁は京子さんの希望でブリックタイルを張った。右の木の壁は遊さんが明るい色を選びシナ合板にした。存在感のあるライトはブティックで使われていたのを譲り受けたものという。2階の壁が一部切り取られていて、そこから1階と道路を見下ろすことができる。遊さんの描いたドローイングが並ぶ。道路側の壁の角度が内側へと振られているのがわかる。キッチンから見る。東に向かって空間が徐々に狭まっている。階段上部から見下ろす。玄関部分がガラスのため道路側から壁に架かる作品を見ることができる。内部からは右前方の山の緑を眺めることができる。大きく取れたギャラリー「もっと狭くて小さくなるかなと思っていたんですが、妻の理解もあって想像以上に広く取れたしすごくいいものができてよかったと思っています」と遊さんが話すのは1階のギャラリースペース。外からも見られるように白壁には乙部さんの作品が並ぶ。「ニューヨークでは展示をいろいろとやらせてもらったんですが、日本に帰ったら細々と自分のペースで作品をつくっていければいいなと思っていました。つくったものを見せる場所があったらなおいいなということでギャラリーをつくらせてもらって、自給自足というか、これがすごい良かったなと思います」。吹き抜けになっているため、ギャラリーとして見ても特徴的な空間だ。展示の際にはプライベートの部分にまで拡張ができるつくりにしている。入口近くのコーナーは遊さんがアクリル画などの制作に使う場所にもなっている。1階奥から玄関方向を見る。遊さんがアクリル作品を制作するのはこのあたり。壁の棚には絵の具などが並ぶ。玄関から土間部分に入るとギャラリースペース。真ん中に架けられている作品はこの家のオープンハウスをした際に描かれたこの家をモチーフにしたドローイング。土間から見る。遊さんと京子さん、娘の生愉(きゆ)ちゃん。手前は主寝室。このように扉を開けるとギャラリーにすることもできる。いちばん右の作品はニューヨーク・クイーンズ地区で発行されている雑誌の表紙となり、また個展を開くきっかけにもなった。遊さんはNYのバスルームがタイル張りなのが好きだったので、「タイルにしたい」とリクエストした。洗面所の左手がトイレ、向かいが浴室で水回りがこの場所にまとまっている。「ふつうにはない、変わった家ですが、ほんとにいいものをつくってもらったという気がします」と遊さん。暮らし始めてまだ間もないが夫妻ともにリビングの開放感が気に入っているという。視線が2方向に視線が抜けるうえに天井も高い。「斜めのパースが効いている空間だからかそんなに狭い感じもしない」と画家らしいコメントをしてくれた。「プランを見たときは狭めに感じたのでパーティをやるときとか大丈夫かなと。でも住んでみると狭い感じがしないし、パーティをしたときも問題なかったしみんなが“空間がいいね”って言ってくれて」遊さんの好きな緑もとてもいい感じで配置された2階は、「ふつうの家にはない」空間ながらとてもコージーで快適な生活ができそうな印象を強く受けた。屋根・壁・床のすべてを105角のベイマツで構成することなどによりそれらの厚みを抑え、その分居住スペースを広く取った。乙部邸設計齋藤隆太郎/DOG+井手駿/日建ハウジングシステム(協働設計)所在地神奈川県中郡二宮町構造木造規模地上2階延床面積87.23㎡
2020年01月27日それぞれの飼い猫が大集合「一緒に住めばいいのに」と夫の一言から始まったという吉田邸の建て替え計画。妻・沙織さんの祖父母が亡くなったあと空き家になっていた神奈川県横浜市の家に住んでいた吉田さん夫妻は、県内の他市に住む沙織さんの母・小原清美さんと妹・千春さんに同居話を持ち掛けた。同時に、それぞれの家で飼われていた猫6匹も集結することになった。「母の家としょっちゅう行き来していて、そのたびにお互いの猫たちも連れて移動していました。その様子を見ていた夫からの思いがけない提案で、えっ、いいの?という感じでした(笑)」大人4人と猫6匹が快適に暮らせる家を求めて、家づくりがスタート。設計は、ペットと暮らす家をいくつも手掛けている建築家の石川淳さんに依頼した。「石川さんの作品に興味をもっていた、いとこから教えてもらいホームページを見たのです。シンプルで流行り廃りのないデザインと、キャットウォークがさりげなくリビングと一体化しているところが素敵だなと思い、早速コンタクトを取りました」(沙織さん)。2階リビングに設えたキャットウォーク。猫たちが自由に行き来する姿に癒される。旗竿敷地に建つ。縦スリットの2階窓から猫たちが外を見下ろしていることも。沙織さんが書かれた文字をモチーフにした、オリジナルのアイアン表札が目を引く。シェアハウスのような心地よさまず、こだわったのは、4人それぞれの部屋を確保すること。1階には清美さんと千春さん、3階には沙織さんと夫の部屋として、コンパクトな4つの個室を配置。共有スペースとはしっかり分けた造りになっている。「将来、家族の形も変わるかもしれないし、好みもそれぞれなので、個室はシンプルな造りで各自がアレンジできるようにしてもらいました」(千春さん)。1階の廊下には、天井までの壁面収納を造り、各自に振り分けた。また、女性専用の大型クローゼットも設置。女性3人で洋服をシェアすることもあるため、1か所にまとめることで使い勝手もよいという。収納をたっぷり設けたことで、各自の部屋はコンパクトでもすっきりとした空間を保つことができる。家族が集まる2階のLDKは、南側の採光をたっぷり取り込んだ吹き抜けのある大空間。みんなでキッチンに立つこともあるため、キッチンは回遊できるアイランドを採用し、通路も広めに設定した。「なんとなく2階で一緒に過ごしていることが多いのですが、個室があることでプライベートをしっかり確保でき、程よい距離感で過ごせます。シェアハウスのような心地よさがありますね」(沙織さん)2階リビングは3階まで吹き抜けに。3階に設えたブリッジ状の廊下から、リビングでくつろぐ人間たちを猫が見下ろしていることもあるそう。猫が物を落としにくいように立ち上がりを付けたアイランドキッチン。IHクッキングヒーターのスイッチは猫の肉球にも反応するため、カバーを造ってもらった。壁側の収納は造作で、食器や調味料、調理具など収納。3階の夫の部屋。ゲームをするときには個室に籠るそう。沙織さんの部屋には小さなウッドデッキが併設。小さなテーブルが置かれ、まるで“猫用アウトドアリビング”。3階のシャワーブース。1階にバスルームがあるものの、朝の忙しい時間帯などに使用。階段下は収納として活用。1階に向かう階段の一角は、まろくん(オス、6歳)のお気に入りスペース。自ら扉を開けて入るのだそう。1階廊下に設えた天井までの壁面収納。4人それぞれ専用の収納スペースを持っている。1階に設置した大型クローゼットは女性専用。収納グッズを上手に利用し、整理整頓されていた。基本的に、猫は立ち入り禁止。猫が喜ぶ仕掛けが満載「猫が快適な“お猫様御殿”です」と清美さんが笑うように、自由気ままな猫たちの暮らしやすさも重視。猫の習性や行動を考慮し、室内飼いでも飽きない工夫が随所に見られる。まずは、2階リビングのテレビ台から3階の廊下まで巡らしたキャットウォーク。リビングを見渡しながら家族と一緒に過ごせるため、猫たちにも大人気。壁の白と統一したデザインは、インテリアにさりげなく溶け込んでいる。リビングの床に開いた穴は猫専用階段の出入り口で、1階と続いている。人間用の階段と合わせて2つのルートを用意したことで、6匹の猫たちのトラブル回避にもつながった。キャットウォークも猫階段も、行き止まりをなくした動線を考えた設計で、家中を回遊できる。猫たちが自由に動き回れ、運動量のアップにもつながり、ストレスの軽減にもなっている。床暖房の入ったリビングの床では、猫たちがゴロゴロと横たわっていることも。太陽の動きに合わせて移動し、自然光に包まれながらお昼寝タイムを満喫している。外を眺めることが好きな猫たちのために、小さなベランダや窓を所々に設けた。それぞれの猫の特性にあったキャットタワーも置かれ、猫それぞれがお気に入りの場所で過ごしている。3階の渡り廊下からリビングを見下ろす。ひと続きにつながるキャットウォークのラインが美しい。左から、千春さんと春太くん(オス、8歳前後)、清美さんとももちゃん(メス、13歳)、沙織さんと久太郎くん(オス、3歳)。右側のベランダ前の穴が1階へ続く猫用階段の出入り口。1階から猫用階段を昇り、春太くんが登場。リビングで寛いでいるときに、突然猫が床から現れる光景はユニーク。1階廊下の奥に設けた猫用階段。階段を昇るとリビングへ続く。チョコくん(オス、3歳)と久太郎くんの若い3歳コンビが活発に昇り降りするそう。3階の渡り廊下。リビングが見下ろせ、大きな窓からはあたたかな日差しも入るため、猫の日向ぼっこスペースとして最適。3階のキャットウォークの到達点には、猫が通れるトンネルを用意。唯一の女の子・ももちゃんが可愛らしいお顔をのぞかせていた。1階の千春さんの部屋。ちょっぴり臆病なくろくん(オス、6歳)は、この部屋のクローゼットに籠り気味。運動能力の高いくろくん用のキャットタワーを設置。坪庭を介して猫が自由に行き来できるように、千春さんの部屋と清美さんの部屋の双方に猫専用出入り口をつけた。清美さんの部屋。窓の外にあるウッドデッキは、2階のベランダ下に位置する。高齢のももちゃんが愛用するキャットタワーは段差が控えめになっている。人と猫が楽しく共存多頭飼いで気になるのは、トイレ問題。「独立した猫のトイレ室を希望しました」と沙織さん。LDK脇に設けた猫のトイレ専用スペースは、半透明の引き戸でしっかり閉めることができるため、来客時などにもさっと隠せて便利。奥にはサービスバルコニーを設置し、汚物を取ったらすぐに外に出すことができるようにした。また、室内に設置した換気扇を24時間まわし、空気清浄機も置くなど、臭い対策は万全である。6匹分のトイレがズラリと並んでいるが、臭いは全く気にならなかった。大人4人と猫6匹が共存する吉田邸。空間が広く、人も猫もそのときの気分によって過ごせる居場所がたくさんあり、ストレスのない穏やかな時間が流れている。猫たちの愛くるしい姿とお茶目な行動に癒され、笑いに満ちあふれていた。床暖房の入ったリビングは、猫にとって最高の心地よさ。季節や時間によって降り注ぐ太陽の位置が変わり、それに沿って動く猫の姿も楽しい。右側の半透明の引き戸内が猫のトイレ室。6匹分のトイレが並ぶ、猫のトイレ室。奥にはゴミが置けるサービスバルコニーを設置。キャットタワーからは玄関前の様子が見える。リビングから一続きになったウッドデッキ。猫も自由に行き来できる。奥の下が、清美さんの部屋。吉田邸設計株式会社 石川淳建築設計事務所所在地神奈川県横浜市構造木造規模地上3階延床面積132.81㎡
2020年01月20日