2018年4月27日 16:00|ウーマンエキサイト

「クローズアップ現代」道徳の授業に疑問。正解は1つだけなのか?

4月23日に放送されたNHK『クローズアップ現代』が話題になっている。テーマは「“道徳”が正式な教科に 密着・先生は? 子どもは?」。今年4月から小学校で教科化された「道徳」について、先行授業に取り組むクラスに密着。そこで浮き彫りになった課題とは?

目次

・本当の「家族愛」って? 男の子の意見に涙
・“ねらい”どおりの授業が正解? 「道徳」の問題点
・「道徳」授業のカギは“多様化”への理解
・「道徳」への期待&親としてできること

道徳の教科化

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■本当の「家族愛」って? 男の子の意見に涙

いままで特別教科とされていた「道徳」が、4月から小学校で、来春からは中学校で正式教科化される。価値観の押し付けになることを懸念し教科化が見送られてきた「道徳」だが、いじめ問題の増加などを理由に教科化を進めたという。

「道徳」で教えることが定められた“価値”は「正直・誠実」、「節度・節制」など22項目。国の検定に合格した教科書を使用し、教師が授業を行っていく。

番組で放送されたのは、都内の小学校で行われた授業。
新任の女性教師はテーマに「家族愛」を選び、『お母さんのせいきゅう書』という教材を選んで授業を進める。母親の無償の愛を通じて、子どもたちに「家族愛」について考えさせることにしたのだ。
ある朝、たかしが母親に“「お使い代」「お掃除代」「お留守番代」500円”と書いた1枚の請求書を渡す。昼時、母親は500円と一緒に請求書を渡すのだが、そこに書かれていたのは「病気をしたときの看病代」「洋服や靴」「おもちゃ代」など、すべて0円。それを見たたかしの目には涙があふれる、といった内容である。

この話を読んで、ほとんどの生徒たちは“母親が子どもにお金を要求しないのは当たり前”といった意見を述べる。だが、ひとりの男子生徒が母親の気持ちについて「子どもっていいな。えらいことするとお金がもらえるから、私も子どもがいいな」と回答。


すると、生徒たちからは大きな笑いが起ってしまう。これを聞いた教師は「お金がほしい、いいなと思うんだったら…」と返したことで、まわりの生徒が「1円、10円、100円でも書いて渡せばいい」と発言。男子はそれ以上声をあげず、静かに涙を流すのだった。

■“ねらい”どおりの授業が正解? 「道徳」の問題点

「お母さんは家事とかをしても、お金をいつももらえないから、『お金をもらいたい』って気持ちがあってこれを書いた…」。あとから取材陣に対してそう伝えた男子生徒は、なんと母親思いの子どもなのだろう。共働きで忙しく家事をこなす母を思う、まさに「家族愛」から出た言葉だったが、教師はそんな子どもの心のなかまで汲み取ることができなかったのだ。
道徳の教科化

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本来、「道徳」にひとつの正解なんて存在しない。しかし教科として扱う以上、“こうするべきだ”というひとつの価値観を“答え”に位置づけ、そこに導く指導をすることが必要となってしまうのだろうか。
だが、この方法では、その男子生徒の回答は“不正解”となってしまう。それは、価値観の押し付けとは違うのだろうか…?

■「道徳」授業のカギは“多様化”への理解

番組に出演していた教育評論家・尾木直樹氏も話していたが、教師の力量によって授業内容が大きく変わるという点も課題のひとつだろう。

先程の男子生徒の意見についても、教師がひとつの考えとして受け入れ、あらためて子どもたちに問いかけることができていれば、周囲の子どもたちも「そういうことか」と納得したかもしれない。あるいは「笑ってしまった自分が間違っていた」と反省したかもしれない。

じつは、「道徳」の授業の肝はそこにあり、子どもたちが見出すべきは正しい答えではなく、“そんな考え方もあるのか”という多様性を知ることにあるのではないかと思う。“ねらい”まで一直線に辿り着くことがよい授業のように思えてしまうが、それでは物事のうわべをなぞっているだけ。言うなれば“きれいごとの押し付け”のようにも感じてしまうのだ。

筆者自身、子どもの頃に受けた「道徳」の授業は「こう答えてほしいんでしょ?」という意図が見え見えで、それに沿った回答をしていた記憶がある。
今回、正式教科化となるが、1~5といった数値での評価ではなく、また内申書にも影響はないという。しかし“評価”という基準が入るとなれば、高く評価されたいと思うのが世の常だ。

授業で「いじめはいけない」と発言した生徒が、次の休み時間には友達をいじめている…。心から理解していないのであれば、そんな状況が起こりえることが容易に想像できてしまうような「道徳」に、はたしてどんな意味があるのか疑問に感じてしまう。
道徳の教科化

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■「道徳」への期待&親としてできること

たとえば“友だちとふたりでいるのに、お菓子がひとつしかない”という例文があったとき、きっと求められる答えは「半分にわける」ことだろう。

けれども実際に生きていく上では、そのときの状況によって自分が選ぶ答えは変わってくる。必ずしも「半分にわける」ことが正解ではなく、いろいろな選択肢があってしかるべき。もちろん、人を傷つけるようなことはしてはいけないが、いろんな考えがあっていいし、必ずしも自分の考えだけが正しいわけではない。
そこまで引っくるめて指導していくのが、本来の「道徳」の在り方のように思うのである。

算数のように答えがひとつではない「道徳」において、ひとつの終着点(価値)に向かって授業を進めることは、無理があるのではないか。そうだとしたならば、われわれ親はどうしたらいいのか。

そしてそれをカバーできるのは、やはり家庭なのだろうと思える。学校で“答え”を完結させるのではなく、授業内容について親子であらためて話し合うことができれば、「道徳」がより意味のあるものになるのではないか。

番組では、「道徳」で取り上げるテーマを子どもたち自身で考えたり、タブレット端末を取り入れている学校も紹介されていた。すでに小学校では教科化がスタートしている「道徳」だが、授業の進め方や目的について、まだまだ考えていく余地があるだろう。そして親である私たちも、もっと「道徳」という教科について関心を抱く必要がありそうだ。

道徳の教科化

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